ウルトラマンメビウス外伝 RAYGA
第7話 侵略のオトメゴコロ その3
「ンで……シロウさんはどこ!?」
エミのその言葉で、ユミははっとした。
シロウは確かこの老人達の農作業を手伝っている、と聞いている。三人がここにいるということは――
「シロウちゃんなら、家に帰ったよ」
答えたのはタキザワ。
「シノブさんが昼ご飯を作ってくれているからな」
ここにはいない、とわかってユミはほっと胸を撫で下ろし、またひとすくい生クリームを口に運ぶ。
「あいつもだいぶ作業がさまになってきたよな、イリエのじーさんよ」
「ほっほっほ」
「それはいいけど、シロウさんを変な道に引きずり込まないでよ」
エミの冷え切った声に、ワクイが不満そうな顔をする。
「変な道ってなんだよ、エミちゃん」
たちまちエミの目つきがじと目に変わった。
「……女子高生に言わせる気? この、エロじじぃ」
「でも……ウルトラマンと地球人でそういうことできるのかしら?」
「そういう疑問がすぐわいちゃうってことは、マキヤさん欲求不満?」
「万年発情期のトオヤマさんに言われたくないわ」
「ああら、女はいつでも女なのよ?」
「――そっちも意味不明のエロトークやめっ!」
隣の奥サマトークにすかさず突っ込みを入れるエミ。
「純真な女子高生の傍でする話じゃないでしょ! もう、大人のくせに誰も彼も……っ!!」
さすがに突っ込み疲れて、身体を戻し、席に座り直す――正面を向き、ユミを見たエミの怒り顔が、たちまちげんなりと崩れた。
エミの奮闘を目の端で見ながらも、幸せ満載の笑顔でスペシャルパフェと一生懸命格闘していたユミは、その変化に気づいて小首を傾げる。
「??」
「……ユミって、そういうところが案外図太いよね……」
「はむ?」
スプーンを加えたまま、もう一度小首を傾げるユミ。
エミは盛大なため息をついて、フォークをナポリタンに突き刺し、回した。
「もういいわ。とりあえず、あたしもこれ食べちゃうから。終わったらさっさと帰ろ」
そう呟いて、勢いよくナポリタンをかき込み始めた時、喫茶店入り口のカウベルが鳴った。
新たな客が喫茶店に入ってきたらしい――と、ナポリタンを頬張りながらそちらをちらりと見やるエミ。次の瞬間、彼女は目を剥いて驚いた。
「う、うぶっーーっ!?」
咄嗟に両手で口を押さえ、正面のユミをナポリタンまみれにすることだけは押さえ込んだものの、目は白黒している。
「どうしたの? 誰か知り合いが――」
そのあまりの慌てぶりに、訝しんだユミが振り返ると――
喫茶店の店内風景には似つかわしくない、異様な風体の一団がぞろぞろと入ってきていた。
上半身はオレンジを基調に、胸元に赤、肩にグレーを配した革っぽいジャケット、下半身はほぼグレー一色のズボンという隊服。
ヘルメットもかぶったまま店内に入ってきた一団は、確かに見覚えのある顔ばかり。
「……CREW・GUYS?」
ユミも目をぱちくりさせたまま、確認する。
「ええと、クモイさんに、ヤマシロさん、それから……隊長さんのアイハラさん? それと、セザキさんに……」
最後の一人、今時珍しい三角メガネの女性は、直接会ったことはないが、確かテレビで見たことがある。怪獣災害の現場で、状況説明を理路整然とまくし立てていた。いかにも頭の良さそうな仕事の出来るキャリア・ウーマン、もしくは風紀に厳しい女教師という印象が強い。
「シノハラさん、だったかな?」
ヘルメットを脱いだ彼女は、ちらりとユミたちの方を見やると、軽く会釈した。
思わずユミも頭を下げ返す。
「……師匠!」
何とか口の中のものを飲み下して呼びかけるエミ。
気づいたクモイ・タイチは、脱いだヘルメットを小脇に抱えて軽く手を上げた。
「ああ、チカヨシか。奇遇だな」
「はい!」
「アキヤマもいるのか。二人とも久しぶりだな。今、お昼か」
呼ばれて笑顔のまま軽く頭を下げたユミはしかし、すぐにパフェとの格闘に戻る。
食べても食べてもなくならない、この至福。この世の幸せ。
とはいえ、それでも耳だけそばだてて、エミとクモイの会話に聞き入る。なんと言っても、シロウさんとひとかたならぬつながりのある二人だ。
そうしている間に、CREW・GUYS一行はユミの背後の席に陣取っていた。
ウェイトレスが人数分のおひやをトレイに載せて、いそいそやって来る。
そちらで注文が飛び交っている間に、クモイ・タイチと席を立ったエミは会話を続けていた。
「でも、師匠。今日はどうなさったんですか? CREW・GUYSの皆さんお揃いなんて」
「調査だ」
「調査? ……何があったか、聞いてもいいですか?」
クモイ・タイチは少し考え込んだ。
「ん〜、そうだな。別に隠すことでもないか」
おほんと一つ咳を払って、説明を始める。
「昨晩、この近辺で微量のマイナスエネルギーが検出された。一応、警察のパトロールでは異常は見つからなかったが、念には念を入れて何か異常がないか、あるいはマイナスエネルギーの発生要因はないか、俺たちが直接調査してきたところだ」
「それで、結果はどうだったんですか?」
クモイ・タイチは肩をそびやかした。
「なにもなし、だ。……そうだな。お前たちは何か気づかなかったか?」
「う〜ん……」
腕組みをして考え込むエミ。ふと、そのしかめっ面がクモイ・タイチを向いた。
「ていうか……師匠。マイナスエネルギーって何ですか?」
その問いかけに、聞き耳を立てながらパフェを頬張るユミも頷いていた。
マイナスエネルギー。
いまいちなじみのない単語だった。そういえばさっき見ていた雑誌の後ろの方に載っていたような……。
(ええと、確か――)
「ええと、それはな」
「それについては、わたくしが説明いたしましょう」
クモイ・タイチが少し困った顔をしていると、横から助け舟が入った――三角メガネの女性隊員が立っていた。
彼女はメガネをついっと押し上げた。
「CREW・GUYSのシノハラですわ。お見知りおきくださいな」
差し出された手を握り返すエミ。
「あ、クモイ師匠の弟子のチカヨシ・エミです。こっちは親友のアキヤマ・ユミ。シノハラ隊員の活躍は、テレビで拝見したことが」
「あら、ありがとうございます」
艶然と微笑み、握手を解くシノハラ隊員。まさに大人の女の人、というその存在感にエミもユミも黙って見とれるしかない。
「それでは、本題に入りましょう。マイナスエネルギーとはなにか、ということでしたわね。……おほん」
一つ咳を払って、シノハラ隊員は姿勢を正した。
「色々な説があり、その実態自体はまだ解明されたわけではないのですけれど……人間の精神活動の中でも負の部分を担う感情、怒りや悲しみ、憎しみに伴って放たれるエネルギー、と解釈されていますわね。なんと申しますか……簡単に言えば、ネガティブなスピリチュアル・エネルギーというところかしらね。とはいえ、過去のデータを見ると、人間だけが放つものではないような節もありますし。やはりまだ、解明途中の謎のエネルギーなのですよね」
小首を傾げて、困ったような顔をする。
エミも合わせたように小首を傾げた。
「ええと……よくわからないんですけど。なんで、そんな正体不明で解析途中のエネルギーなのに、危険かもしれないなんてわかるんですか?」
「それは――」
「昔、それのせいで怪獣が出現したと判断される事例があったから、ですよね?」
口を挟んだのはユミ。
そちらに視線を走らせたシノハラ隊員は、にっこり微笑んだ。
「そうですわ。よくご存知ですわね、ええと……アキヤマさん?」
シノハラ隊員の説明を聞いていて思い出したユミは、頷いて記憶を探る。
「んと……1980年頃、ちょうどウルトラマン80が地球にいた頃ですよね。防衛隊はUGM。最後に現れたマーゴドンという冷凍怪獣は、ウルトラマンの力を借りずに地球人が自力で倒したって、読みました」
「あらら。わたくしの説明することがなくなってしまいましたわね。でも、よくお勉強なさっているのですね。ひょっとして、将来はGUYSに入隊希望かしら?」
褒められてユミははにかんだ。
「いえ、そんな。GUYSライセンスは取ろうかと思ってますけど、入隊するかどうかは……」
「あらそうですの? でも、せっかくだからその知識は、世のため人のために役立てていただきたいわ。ぜひぜひ入隊してくださいな」
その時、クモイ・タイチが咳払いをした。
「シノハラ隊員。GUYSは危険な現場だ、気軽に誘ってもらっては困る」
「はいはい。……ところで、結局クモイ隊員が聞いた件はいかがなのかしら? 心当たりはありませんの?」
エミとユミは顔を見合わせ、お互いに首を傾げた。
「ごめんなさい、特にないです」
「私もありません。町の様子に変わったところは……別にいつもと変わらない土曜日だと思います」
「じゃあ……お二人のお友達はどうかしら?」
再びエミとユミは顔を見合わせた。誰のことを言っているのか、わからない。
その困惑を見て取ったシノハラ隊員は、すぐ言い直した。
「ああ、ごめんなさい。わかりやすく言うとね、ウルトラマンレイガのことよ」
「え?」
「ええ?」
二人は再び顔を見合わせた。
「あら、驚くことじゃないでしょう。彼はわたし達と一緒に戦った仲なのよ? その所在を把握していて、何か変かしら?」
「あ……はあ……」
エミとユミは明らかに戸惑った様子で、ちらっとクモイ・タイチを見やる。しかし、クモイ・タイチは既に席へ戻り、他の隊員とメニューを選んでいた。
「ともかく、こういうことは彼のような特殊な人間なら何か感じてるかもしれないんですけれど……会っておられませんの?」
「はい、今日はまだ。あ、でも……こっちのおじいちゃん達が、さっきまで一緒にいたそうですよ?」
「へぇ……じゃあ、お話を聞かせてもらっちゃおうかしら」
「それより、さっきの話をしっかり白黒つけたほうがいいんじゃないか?」
そう口を挟んできたのは、ワクイだった。
怪訝そうにエミの背後の席を見やるシノハラ隊員に対し、ワクイはへらへらっと笑う。
「そっちのパフェ食べてるお嬢ちゃんがよ、レイガにお熱なんだよ。やめとけって、GUYSの隊員さんの立場から言ってやってくんなよ〜」
プリンを削ぎかけていたユミは、思わず手を止めた。
「ふえ?」
顔を上げて、目をぱちくりさせる。なぜそこで自分の話題になるのか。恥ずかしいと思うゆとりもないほど驚いていた。
その間にエミが慌てて振り返った。
「ちょっと、ワクイのおじいちゃん! なに言い出すの!? GUYSの人相手に……それはシャレになんないよ!?」
「シャレなもんかよ。地球人の娘が、宇宙人の毒牙にかからねえようにするのも、善良な地球人として当然な務めだと思うぜ?」
「シロウさんが悪党みたいな言い方はやめてよ!」
「そうです!」
さすがに黙っていられず、ユミもスプーンを振り上げて抗議の声を上げた。
「毒牙ってなんですか!? シロウさんはそんな人じゃないです!」
「どーだかな。男はみんな狼だぜ? ……なあ、タキザワのとっつぁん。あんた、どう思う?」
チャーハンを黙々と食べていたタキザワは、その手を止めるとおしぼりで口元を拭ってから口を開いた。
「いずれあいつは、地球を去る。お嬢ちゃんの想いは実らんだろうな」
それは事実。
ワクイの心無い一言よりも、そちらの方が重い一撃となってユミの胸に突き刺さる。
ショックに言葉を継げないユミに代わり、エミは叫んだ。
「タキザワさんまで……。大師匠! 何とか言ってやってください!」
しかし、イリエはほっほっほ、と笑うのみ。
「そんな……大師匠まで……?」
ショックを受ける二人に、今度は横合いからトオヤマがにやつきながら口を挟む。
「だからぁ、種族を超えた愛とか、そういうマニアックな趣味はあなた達の歳じゃあ、まだ早いってことなのよ。普通の高校生でガマンしときなさい?」
「あ……、でもぉ……」
「マニアックってなんですか!? ガマンしとくってなんですか!? 恋って、そんなものじゃないでしょ!!」
ユミが言い返す前に片っ端からエミが言い返すので、出番のないユミは――
「あうう……みんなひどい……ひどいです〜……」
やけになってスプーンを次々口に運び運び、今にも泣きそうな声で訴えるしかない。
すると、エミは振り返って言った。
「あんたは食べるか泣くか言い返すか、どれかにしなさいっ!!」
「あらあら。弱気なこと。古今東西、様々な作品で種族や立場を超えた愛は表現されているけれど……今からそんなことでへこたれてては、成就は難しいんじゃないかしら。……そんなんじゃ、あたしの方がよほど相応しいわよ?」
「マキヤさんまでなにを……!!」
黒ぶちメガネの奥で、瞳が怪しく光る。
「だって、あたしならそんな弱音吐いたりしないもの。……物語のヒロインになれるチャンス、逃す手はないわねぇ。うひひ」
「そういうことなら、あたしも混ざるっ!」
元気のいい声は、ユミの頭上――席の背もたれ越しに、口にスプーンをくわえたままのヤマシロ・リョウコだった。
「……はい?」
全く予想外の場所から飛んできた流れ弾に、女子高生二人の表情が固まる。
突込みがないのをいいことに、ヤマシロ・リョウコは屈託ない笑顔を満面に浮かべた。
「だってぇ、あたしとレイガちゃんは月の裏で命を預け合い、助け合った仲なんだよ? これはもう、ハリウッド的にも二人が結ばれてハッピーエンドの流れでしょー」
「ちょ、ちょっと待って! ……え……何を言ってるの?」
「それは聞き捨てなりませんわね」
新たに参戦したのはシノハラ隊員。ギラリと三角メガネが光る。
「月の決戦にはわたくしもいたのですわよ? ハリウッド的流れで言うなら、タイプの違う二人が苦難を乗り越えて愛し合うようになり、結ばれる。それこそが真のハッピーエンドですわ。……つまるところ、本命はわたくし、ということですのよ」
「……あの〜、シノハラ隊員?」
呼びかけたエミを、シノハラ隊員はジト目で睨んだ。
「うるさいですわ小娘っ! わたくしもいい加減年が年ですし、焦っていますのよ。邪魔はさせませんわっ」
「えー……と……」
エミの突っ込みも、さすがにGUYSの隊員に対しては鈍る。
そんなエミを傍目に、喫茶店の中をぐるり見回したユミは、真剣な表情で呟いた。
「エミちゃん……これは……これは大変だよ」
「今度はなに!?」
「……シロウさんがモテモテだ」
「んなことは、言われなくてもわかってるわよ!」
「ちょーっと待ったぁ!!」
混乱に拍車をかける新たな声――は、どう聞いても男のものだった。
見やれば、ヤマシロ・リョウコの隣に立ち上がった優男なCREW・GUYS隊員セザキ・マサト。
「実は、レイガは僕も狙ってたんです! 抜け駆けは許しませんよ、皆さん!!」
「あんた男でしょーっ!!」
さすがに突っ込まざるをえずに吼えたエミだったが、セザキ・マサトは白い歯をきらりと光らせて笑った。
「大丈夫! 僕は両刀使いだ!」
まぁ、と頬を染めたのはなぜかマキヤ。
「なにが大丈夫かっ! ……つーか、クモイ師匠! なんとかしてください! みんな変です! 収拾がつきません!!」
名指しを受けたクモイ・タイチはカレーライスを食べていた。皿を持ったまま立ち上がり、食べながら答える。
「んあー……(モグモグ、モグモグ)……ひぇいうぁふぉふぉふぁら、ふぉれひひゃひゃへれふぉれ(レイガのことなら俺に任せておけ)」
「………………ししょー……それはなにに対する答え……?」
師弟の間を吹き抜ける寒い風。
すぐに激しく頭を振って正気を取り戻したエミは、隣の席を覗き込んだ。最後の希望、隊長さんに訴えかける。
「CREW・GUYSの隊長さん! これ、なんとかしてくださいよ! 女子高生の恋ばなが、なんでこんなおおごとに!」
オムライスを味わって食べていたアイハラ・リュウは、ふっと頬を緩めた。
「女子高生……。人の恋路を邪魔する奴は、馬に蹴られて死んじまえってな。試練てのは、乗り越えるためにあるんだぜ」
「試練ていうか、状況が無茶苦茶なんですけど!」
アイハラ・リュウはスプーンをざっくりオムライスに刺すと、やにわに立ち上がり、ジャケットの前を開いてもろ肌を脱いだ。
「このCREW・GUYS隊長自らが、最大の障壁となって立ちはだかってやるぜ! さあ、どこからでもかかって来い!」
「あーん、この人も変だー!!」
サジを投げて泣きの入ったエミを置き去りに、レイガ争奪戦はさらにヒートアップしてゆく。
「……そろそろ老骨に鞭を打つ時が来たようじゃのぅ。ひょおおおおおおお」
ひょこっと立ち上がったイリエが、なぜか妙な拳法の構えを取りながら、気合いの声を上げる。
カレーの皿をテーブルに置いたクモイ・タイチが、スプーンを両手に持ってボクシングのような構えを取る。
「隊長の言うとおりだな。……試練を乗り越えぬ者に、勝利という明日は来ない。レイガと付き合いたければ、俺を倒してもらおうかっ!」
「じゃっじゃじゃ〜ん!! リョーコちゃんも倒してもらおうかっ!!」
「ふっ……僕を差し置いて、とは片腹痛い。隠れたる無冠の帝王、セザキ・マサトが相手だっ!」
「地球人の娘がたぶらかされてるとなっちゃあ、捨て置けねえな。それも立派な、いわゆる一つの侵略行為だからなっ! 止めるのが俺の、CREW・GUYS隊長の任務! さあ、さあさあさあ、かかって来い!」
「三十路前の女の焦りをなめんじゃないですわよっ! レイガは誰にも渡しませんわっ!!」
「おーほほほっ、どいつもこいつもガキどもがいっちょまえに発情してさぁっ! 人妻の熟れた恋愛テクニック、このラブマスター・トオヤマが見せてあげるってのよっ」
「なんというか……のけ者にされるのも嫌なので、ここは私、マキヤも参戦ということで、一つ。……あの子、実は結構好みだし。にひひ」
「じゃあ、ワシは……ワシは……ぶっちゃけよう! 日頃ツンツンしとるが、ほんとは、ほんとはあいつが好きなんじゃあああああっっっ!!!!」
「……わしは、そうだな。食後の運動ということで。……あいつをデザート? ……ふふ」
思い思いのポーズと口上で女子高生を挑発してくる大人たち。
エミとユミはぽかんとしていた。
ここまで状況が混沌としてくると、もはやユミの思考では整理が追いつかない。
かろうじて、スペシャルパフェだけでも食べなければ、と囁く意識に従い、無心にスプーンを口へと運ぶ。
「あはははー……生クリームとジャム、おいしー。しあわせー……」
「……もうっ!! あったま来た!」
いきなりどっかり席に腰を下ろしたエミは、物凄い勢いでナポリタンをかき込み始めた。
そして、食べ終わるなりユミの手を取って立ち上がらせる。
「エ、エミちゃん?」
「行くわよ!!」
「ス、スペシャルパフェがまだ残って……」
「今はそれどころかっ!!」
「自分は食べたくせにぃー……」
半泣きのユミの手を握ったまま、そそくさと伝票を取ってレジへ急行する。
振り返れば、二人が無視を決め込んだせいか、いまや戦いは大人同士の睨み合いとなっていた。なにやらお互いに奇妙な拳法めいた構えを取って牽制し合いつつ、レイガは自分のものだ、と叫んでいる。
「ったく、付き合ってらんない」
千円札を三枚置いたエミはそのまま、釣りはいらないっ、と吐き捨てて店を出た。
―――――― ※ ―――― ※ ――――――
外へ出た二人は、そのまま足早に店から離れる。
エミはユミの手を引いたまま、まだぷりぷり怒っていた。
「ったく、信じらんない。いい年した大人がよってたかって、女子高生の真剣な恋ばなを茶化して……絶対許さないんだから」
「エミちゃん……」
エミの言葉に、ユミは胸が熱くなった。
シロウを取り合いになって、険悪な仲になってしまうのではないか、などと悩んでいた昨晩の自分が情けない。
「……やっぱり、エミちゃんはエミちゃんだね」
「え?」
足を止めたユミにつられ、足を止めたエミは、不思議そうな顔で振り返る。
ユミはにっこり笑って、つないだままの手をぎゅっと握った。
「ありがとう、エミちゃん」
「な、なに言ってんのよ。あたしたち、友達でしょ? これくらい、当たり前じゃない」
「うん。……本当にエミちゃんが友達でよかった。わたし、意気地がないから……いつもいつも、本当にありがとう」
心から溢れる言葉――目元からも、溢れる光。
「これくらいで泣かないでよ」
手を離したエミは照れくさそうに頬を染めて、鼻の頭を掻く。
ふと、その表情が真剣さを取り戻す。
「……っていうかさぁ。おかしいわよ。どう考えても。他の人はともかく、師匠や大師匠があんなこと言うなんてありえない」
「んー……」
歩き出したエミと並んで歩きながら、ユミも考え込んだ。
「そうだよね。みんな、ちょっと言動がおかしいっていうか、ネジが飛んだみたいっていうか……それにしても、どうしてシロウさんなんだろ?」
「街の人気者ってレベルじゃないわよ、あれは」
空を見上げるようにして考えていたエミは急に、んん? と何か思いたたったように顔をしかめた。
「ひょっとして……シロウさん、地球人なら男女関係なく発情するようなフェロモンでもばら撒いちゃったとか」
「なんでシロウさんがそんなことするの?」
「いや、だって……シロウさんだし」
「ひど〜い。シロウさん、そんな人じゃないよ。エミちゃんだって知ってるでしょ。そんな悪いこと考える人じゃないこと」
エミはふっと皮肉げな微笑を浮かべてユミを見やった。
「ユミ、甘いよ?」
「え?」
腕組みをしたエミは足を止め、立てた指を左右に振った。
「確かにあんたの言うとおり、シロウさんは根っからの悪人じゃない。それに地球に来て、善悪の判断もあたしたち並みになってきてる。それはあたしも重々承知してるわ。でも……ユミ、あんたは大事なことを忘れてる」
「え? なに?」
「シロウさんはね……うっかり属性の持ち主なのよ!!」
「ええ〜っっ!!!! ――って。なに? うっかり属性って?」
「『 うっかり 』、してはいけないことをしてしまうってことよ。悪気があってとかじゃなく、いやむしろ善意のつもりでとか、別に何かをするつもりではなかったのにとか、果ては何もしていないことがそういう結果を招いてしまうとか……とにかく、悪巧みをしていないのに悪巧みした時並みの、いいえ、時にはそれ以上の被害を出してしまう人、余計なことをして周囲の誰にも予想外の混乱を撒き散らす才能を持った人」
「え〜と……つまり、天然ってこと?」
「……………………。あんたもたいがいひどくない?」
「ひどくないっ。そういうところを含めて、好きなんだもん」
言ってから、ユミは顔面全部を赤く染めた。
「わ、あ、え、と、わたし、いま、その」
混乱して言葉を紡げない。
エミは、手の平を向けてユミをなだめる。
「よーしよしよし。落ち着け。あんたの気持ちはよーく知ってるから、あたし相手に今さら照れないで。いいから、落ち着いて深呼吸……はい、いぃち、にぃ、さん、しぃ………………落ち着いた?」
「うん」
頷きながら、それでも少し小さめに深呼吸を繰り返す。
しかし、嬉しい気持ちが頬にこぼれる。
誰かを好き、という気持ちを隠さずに言える幸せ。それを受け止めてくれる友達がいるという幸せ。
その笑顔を見たエミが、今度は気恥ずかしそうにそっぽを向く。
「ともかく、あたしはシロウさんが寝ぼけて何かの超能力を暴走させたとかいう話を聞いても、さほど驚かない自信があるわよ」
「確かに、言われてみるとありそうで怖いなぁ……」
「じゃあ、直接シロウさんに聞いてみよっか? ええと、お昼ごはん食べに帰ったって言ってたし……今なら家に――なに?」
その時、ユミは思わずエミのシャツの裾をつかんで、首を左右に振っていた。
今はどんな顔をして会えばいいのかわからない。
そう。今気づいた。唐突に気づいてしまった。
エミにちゃん知られていなかった時は(バレバレだったということは置いといて)、シロウさんと普通の友達のふりもしていられた。
でも、今。
自分の気持ちを知られてしまった今、エミちゃんの前でどんな態度を取ったらいいのか、わからない。
急にでれでれイチャイチャするのはおかしいし(シロウさんは知らないわけだし)、かといって素っ気無い振りをするのも(エミちゃんの手前)変だし。
それで、思わず咄嗟にエミを止めてしまっていた。
その内心の葛藤に気づかぬエミは、怪訝そうにしている。
「どうしたの? シロウさんに会いたくないの? そんなわけないよね〜♪ あははは」
「あ、あの、あのあの……今、思ったんだけど!」
脳細胞をフル回転して、言い訳を考える。
必要は閃きの母というか、火事場のなんとやらで、ふと思いついた。
「クモイさんの言っていたマイナスエネルギー! ――の影響がこれなのかもしれないわ、エミちゃん!」
「ああ〜。確かに。そうね、間違いなくこれって異常事態だもの。ありうるわね」
「シロウさんが原因という具体的な証拠はないし、地球人なら老若男女誰でも発情しちゃうフェロモン、なんて発想より、そっちの方が説得力あるし! その、わたしとしてもシロウさんが犯人じゃない方向で考えたいな〜って」
「わーかったわかった。ん、もう。ユミはほんとにシロウさんラブだねぇ。じゃあ、前言撤回。シロウさん犯人説は、最後の最後にしておきます。……取り消しはしないわよ?」
口をへの字に曲げているエミ。ここから先は絶対に退かない、という顔だ。
ユミは、頷いた。
「ん。エミちゃんだから、いい。シロウさんが不思議な力持ってるの、確かだもんね……。他の人に言われると嫌だけど、エミちゃんなら」
ふぅ、とため息を漏らしたエミは、まだまだ残暑厳しい9月の空を見上げる。
「とはいえ……GUYSの隊員さんがあの調子じゃねー……ん?」
「……そうよね。そうだとしたら…………え、と?」
二人は、どちらともなく厳しい顔で見詰め合った。そして、同じ言葉を漏らした。
「「この状況、誰に相談したらいいの?」」