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ウルトラマンメビウス外伝 RAYGA

 第7話  侵略のオトメゴコロ その2

 翌朝――GUYS日本支部臨時指揮司令所。
「……で、今んとこ続報はなしか」
 帰投したアイハラ・リュウは、引継ぎ報告書類を挟んだブリーフボードを見やりながらシノハラ・ミオに聞いた。
 頷くシノハラ・ミオ。髪は再びアップに結い直してある。
「一応、昨晩報告した状況からの推移はありません。パトロール強化してくれた警察からも、特に異常なしとの報告が上がってきています」
「ん〜……昔っからこのレベルの反応はあったからなぁ。追加の調査の必要はあると思うか?」
「地元警察に注意を促したのは私です。職務上の責任と言う意味でも、こちらの要請に応えてくれたあちらへの礼儀という意味でも、私が調査をして、その結果を伝達すべきと考えます」
「わかった。けど、GUYSの職務上のことなんだ。お前の判断は俺の判断。お前一人が責任に思う必要はねえよ。んじゃま、調査やっちまうか」
「G.I.G」
 徹夜明けにもかかわらず、やる気を瞳に漲らせるシノハラ・ミオ。
 その後方、会議机ではヤマシロ・リョウコがぐったり臥せっていた。
(ミオちゃん、すごいなぁ……昨日のガールズトークの時とは、まるっきり別人だよ)
 吼えるライオンのように、喉の奥が見えるほどの大あくびをした時、他の三人が指揮司令所に入ってきた。

 ―――――― ※ ―――― ※ ――――――

 東京P地区、チカヨシ家の2階・エミの部屋。
 翌日土曜日の朝9時半。
 小さめのリビングテーブルを挟んで向かい合うエミとユミ。
 白地にピンクや水色の花柄を散りばめたワンピースのユミ。エミは自宅だけあって、ショートパンツにプリントTシャツというラフな格好。
 いくつかの雑誌を開いて、真剣に読んでいるユミに対し、エミは広げたノートの上にぐったり倒れ伏していた。
「……夏休みが終わったんだからさぁ、もう夏休みの宿題もなしでいいと思わない?」
 頬に垂れる自分のポニーテールの先を指先でいじりつつ、ぶつくさ文句を垂れるエミに、ユミは誌面から顔を上げた。
「ダメだよ、エミちゃん。こういう提出物はきちんと出さないと、成績に響くよ」
「今更でしょ〜……あたし、ユミみたいに頭良くないもん」
 顎をノートに乗せたまま、不服そうに口を尖らせる。
 まるっきり小学生じみたその態度に、ユミは困り顔で苦笑する。
「逆だよ。成績が悪いなら、余計にそういう提出物をきちんと出して、少しでも底上げしとかなきゃ。ほーらー。わたしも自由研究忘れてたし、付き合うから。ね?」
「ちぇ〜。休みの日にまで勉強なんかしたくないなぁ〜。せっかく今日は両親共に出かけるし、クラブも休みだから、思いっきり遊べると思ったのに」
「あ、そうなんだ?」
「うん。被災した上司へのお見舞いだって」
「ふぅん……」
 少し考え込んだユミは、ふと微笑を浮かべた。
「じゃあさ、お昼は外で食べない?」
「? 別にいいけど……うちに食材あるから、ユミが作ってくれてもいいよ? 安上がりだし、ユミの料理おいしいし」
「ううん。あのね、実はちょっと前から行きたいお店があったんだけど……一人で行くのもなんだし、と思って」
 勉強以外の話題とあって、たちまちエミは身を起こした。
「へぇ。どこどこ? ていうか、いつも帰りは一緒なんだから誘ってくれれば付き合うのに」
「それが……喫茶店なの。そこのスペシャルパフェが結構おいしいって聞いて。ほら、いつもは帰ったらお互いすぐ晩御飯だし、わたしの場合お母さんのお迎えとかあるから。それに、休みとかでも、女の子一人で喫茶店入ってパフェ頼むのも、ね?」
「ああ、わかるわかる。いいよ。それなら付き合っちゃう。行こ行こ」
「じゃあ、宿題仕上げちゃわないとね」
「ええ〜……めんどい〜」
 再びふにゃふにゃと崩れるエミ。
 ユミは雑誌を傍らに置いた。
「ほら、エミちゃん。わたしが教えてあげるから。頭使った後の甘いものは余計においしいよ?」
「そっかなぁ」
「そうだよ。ほら、頑張ろ?」
「……うん。わかった」
 不承不承ながらもシャーペンを持ち、ノートに向かうエミを見ながら、ユミは微笑んだ。

 ―――――― ※ ―――― ※ ――――――

「ねえ、ユミぃ」
 ノートに向かい始めて1時間。
 不意にエミはユミを呼んだ。顔はノートに向けたまま、シャーペンを操る指も止めない。なんだかんだ言いながら、始めてしまえばエミの集中力はすごい、とユミが感心するところだ。
 とはいえ、集中力がすごくても、答が合ってるかどうかとは全く関係ないところも、また別の意味で感心するところなのだが。
「なに?」
「ユミ、自由研究の提出忘れてたって言ってたけど、珍しいね」
「え?」
「いやほら、そういうのって絶対忘れたことなかったのにさ」
「あ、うん」
 ユミは思わず頬を染めた。
 まさか、エミと二人きりになりたくて嘘をついたなどとは口が裂けても言えない。
 本当は適当なところで、ズバリ本音を聞きたかったのだが……いざとなるとなかなか切り出せない。

『エミちゃんはシロウさんのこと、好きなの?』

 なんて。
 今も、切り出す絶好の機会といえば機会なのだが……
(今言っちゃうと、せっかくエミちゃんがやる気になってるのに……邪魔しちゃうし…………ううん、恥ずかしくて切り出せないわけじゃないのよ? エミちゃんのためを思って……そうそう、どうせ後でお昼ごはん食べに行くんだし、その時でも……その時がダメでも、今日は一日一緒にいるんだし……うん。まだ、今じゃなくていいよね)
 そんな言い訳を内心でしつつ、ユミは努めて明るく振舞う。
「あのあの、それがね。今年の自由研究、テーマだけは決めてたんだけど、合宿とかあったし、大騒ぎだったし、シロウさんの件もあったんで、どうしようか考えてるうちに――」
「シロウさん? なんでシロウさんが関係するの?」
「あ」
 不思議そうに顔を上げたエミに、ユミは思わず固まっていた。
 ここはきちんと言い繕わないと、秘めた想いがばれてしまう。
「……いやあの。ウルトラマンを……」
「ウルトラマン?」
 エミがそこに食いついてきたことで、ユミの脳裏に閃きが生まれた。
 シロウさん、ウルトラマンという点をつないで、エミを納得させられそうな理由を紡ぎだす。
「うん。ウルトラマンのことを自由研究にしようと思ってたんだけど……ほら、シロウさんもウルトラ族の出身なわけだし、過去に地球に来てたウルトラ兄弟が嫌いみたいだし、それについてあれこれ研究するのって、詮索されるみたいであんまり快く思わないかな〜と思って」
 シロウを慮って、という時点で自爆しているようなものであることを気づかないまま、曖昧に笑う。
「ふぅん。……それでそういう雑誌を読んでたんだ」
 エミが指摘する雑誌とは、ユミが持ち込んだウルトラマンの特集記事を組んだ雑誌。
 初代ウルトラマンからメビウス、そして再び帰ってきたウルトラマン・ジャックまで、その戦いの経緯や当時の防衛部隊装備など、少々女の子が読むものとしては似つかわしくないものだ。
 エミは感心しきりに頷いていた。
「ヤマグチさんとかシブタさんちのてっちゃんとか、男の子が好きそうだからさ。そういうの。どうしたんだろって思ってたのよ。そうかぁ、ウルトラマンの自由研究ね。でも、そういうのって、ネットの方が詳しかったりしない?」
「うん、それはそうなんだけど。……エミちゃん、パソコンある?」
 言いながら、ユミは部屋の中を見回した。それらしきものはない。
 エミは首を振った。
「ゴメン。あたし携帯はあるけど、パソコンは持ってないや。一応、お父さんの部屋にはあるけど……勝手に使うわけにはいかないし……あ、そうだ」
 ぽん、と手を打つ。
「ヤマグチさんがいるじゃん。カズヤさん。あの人、大学の論文パソコンで打ってるって聞いたことあるよ。貸してもらお?」
「え、でも……悪いんじゃ」
「まあまあ」
 言っている間にエミは携帯電話を開いて、二、三ボタンを押した。
 耳に当ててしばし待つ。
「――あ、ヤマグチさん? チカヨシです。エミです。今日暇? 家にいる? 遊びに行っていい?」
「エ、エミちゃん!」
 あまりにあけすけな誘い方に、ユミの方が恐縮してしまう。年上の男の人にそんな聞き方していいのだろうか。
「うん。あのね、この間の合宿で一緒だったユミ。覚えてるよね? ……そうそう、その娘。そのユミがさ、ネット使いたいんだって。で、あたしパソコン使えないし、もし時間があったら……え? いい? ありがとう、ヤマグチさん! うん、じゃあすぐ行くね!」
 携帯を閉じるなり、エミはにっこり笑った。
「ユミ、大丈夫だって。さ、行こう!」
「エミちゃん、相変わらず強引なんだから……ちょ、ちょっとエミちゃん!」
 いち早く立ち上がり、着の身着のままで部屋を出て行こうとするエミを慌てて呼び止める。
「なに? 早く行こうよ。ヤマグチさん、待ってるよ」
「そうじゃなくて。……エミちゃん、宿題!」
 指差すテーブルの上に、広げられたまま放置されたノート。
 たちまち、エミの顔に影が差す。
「ちっ」
「ちっ、じゃない! ほら、エミちゃんも向こうで宿題するの! ちょうどいいじゃない。わたしがネットで調べてる間は、ヤマグチさんに教えてもらえば」
「そこまでしてやりたくなぁい」
「やらなきゃダメなの! 怒るよ、エミちゃん!」
「……はぁい。ちぇー、せっかく逃げられると思ったのにぃ」
 渋々ノートを閉じ、教科書やらプリントやらの教材をトートバッグに詰め込む。
 その間に、ユミも雑誌の類を自らのトートバッグに詰め込んだ。

 ―――――― ※ ―――― ※ ――――――

 さらに1時間ほどが経過した。
 ヤマグチ家2階――カズヤの部屋。
 エミとカズヤは小さめのちゃぶ台にノートや教科書を広げて勉強している。
 その後ろで、ユミはカズヤの勉強机に座り、デスクトップパソコンを借りて目的のサイトを検索・探索していた。
 とはいえ。
 自由研究なんて、そもそもがエミを訪ねるためのこじつけの口実だったのだから、あまり身は入らない。
 それに、カズヤという他人が間に入ってしまったがために、余計本題に入りづらくなってしまった。
(この調子だと、お昼ごはんも一緒になるのかな〜……そうすると、やっぱり言えないよね)
 ほっとしている気持ちと、どうしようという気持ちがごっちゃになって、モニター画面に集中できない。
(こーいうところが、わたしってダメなんだよね。ウジウジと悩んじゃって……まずここから強くならなくちゃいけないのに)
 身は入っていないのに、目を使う作業をしていると眠気が襲ってくる。
 ユミは何度か目を瞬かせ、大きく首を振った。まとわりつくような眠気を振り払う。
(ダメダメ。エミちゃんも頑張ってるんだから。わたしも頑張らないと。とりあえず、わたしが言いだしっぺなんだし……今日のお詫びに、この自由研究だけでも完成させて、エミちゃんに譲るぐらいはしておかないと)
「――ユミちゃん、そっちはどう?」
「はい?」
 カズヤの声に我に返り、振り返る。
 一区切りついたのか、カズヤの隣でエミはテーブルの上に身体を投げ出して、脱力していた。
「あ、えーと。問題ないです」
「そうじゃなくて、お昼ごはん。お母さんに頼めば、君たちの分も作ってくれると思うけど」
「あ……と。ごめんなさい。実はエミちゃんと、外へ食べに行く約束してて」
「喫茶店のスペシャルパフェが食べたいんだって〜」
 にひひ、となぜか妙に皮肉めいた表情で笑うエミ。
「あ、そうなの? じゃあしょうがないな」
「本当にごめんなさい」
「いや、いいって。……じゃあ、とりあえずこの辺で一旦休憩にしようか。丁度お昼時だし。ボクは下で食べてくるから」
「あ、はい。じゃあ、エミちゃん――」
「いやっほー! お昼ごはんだー!!」
 満面の笑みを浮かべ、元気よく身を起こしたエミは、両手を頭上に掲げて子供のようにその喜びを表現した。

 ―――――― ※ ―――― ※ ――――――

 件の喫茶店。
 二人は窓際の席で向かい合わせに座っていた。
 ユミの前には両手に余る大きさの器に山盛り盛られた生クリームとアイス、プリン、ゼリー、フルーツ、ジャム、チョコの造形物。
 エミの前にはナポリタン。
「……いくら食べたいって言ってもさぁ。まず普通の食事しない? 昼ごはんなんだし」
 小学生のように目をきらめかせ、夢の塊をうっとり見つめているユミに、エミは少々倦んだような顔つきで注意する。
 しかし、ユミは表情を変えないまま、きっぱりと首を振った。
「いいの。これがいいの。これだけでいいの。これしかダメなの。これでなきゃダメなの。……ああ、エミちゃん。今日は本当にありがとね」
「いやまあ、本人がそこまで幸せならいいんだけど……」
 ナポリタンにフォークを刺し、くるくるっと巻いてぱくりと食いつくエミ。
 ちゅるん、と残りをすすって口をモグモグさせていると、ユミもようやく決心したようにパフェの山にスプーンの最初の一刺しを――
「ところでさ、ユミ。よかったの?」
「なぁにがぁ〜?」
 幸せの絶頂の中、スプーンにすくい取った生クリームの山を口に運ぶ。
 口の中のナポリタンを飲み込んだエミは、にやりと不敵な笑みを浮かべた。
「いや、ほらさ。シロウさんを誘いたかったんじゃないの?」
 その瞬間、ユミはせっかく口に運んだものを吹きそうになって危うく我慢し、それでも肺から駆け上がってきた呼気を鼻に抜いたために、口の中から鼻の奥にかけてなにやらえらいことになって目を白黒させた。咳き込みそうなのも、必死で我慢して落ち着くのを持つ。
 そして、その慌てぶりの一部始終をエミは、ニヤニヤと見つめていた。
 おひやに口をつけて、ようやく落ち着きを取り戻したユミは、潤んだ目元をおしぼりで拭いながら、恨めしげにエミを睨む。
「な、なん、なにを言い出すのよ、エミちゃん!」
「え〜? だってぇ〜。今日来たの、それが目的だったんじゃないのぉ?」
「え? え? え?」
 自分で作り上げた世界が崩れてゆく感覚。罠を仕掛けて相手を陥れたと思っていたら、自分の方が罠にかかっていたという……な、何を言っているのかわからねーと思うが(いろいろ略)
 ともかく、ユミは言葉を失った。
 その様子がいたく満足らしく、エミのしてやったりの笑顔はとどまるところを知らない。
「バレバレだって。ユミのことぐらい、あたしが見抜けないとでも思ってた? ユミがあたしを知ってるように、あたしだってユミのことよく知ってるんだから。自由研究だけするの忘れた? そんなわけないじゃない。もし仮にそういう事態になったって、始業式の翌日には作って出しちゃうでしょ、ユミは」
「あううううう〜」
「ていうかさー、合宿前からずーっとラブラブ光線出しっぱなしだったじゃない。わかってないの、多分シロウさんだけだよ」
「そ、そんなにバレバレだったの……?」
「うん。目がハート型になってた」
 きししし、と笑うエミ。
「まあ、普段見られないユミのオモシロ顔が見られたから、だしにしようとしたのは許したげる」
「あ、違うの。それは……違うの」
 再びナポリタンを食べようとしたエミに、ユミは首を振った。
 エミが不思議そうに顔を上げる。
「違う? 違うって何が?」

 今だ。
 今がその時だ。
 ユミはごくりと唾を飲んだ。

「あ、あのね。……今日は、その……シロウさんじゃなくて、エミちゃんにお話があって……」
「あたしに?」
「うん。……その……あの……」

 怖い。
 聞くのが怖い。
 聞いてしまえば、友達を一人失うことになるかもしれない。
 それが怖い。
 でも。
 聞きたい。聞かなければならない。

「あのね……エミちゃん。エミちゃんて、シロウさんがいるといない時で言葉遣いが違うよね? 今は『さん』付けだけど、本人がいる時は呼び捨てだし」
「え? あ……うん。そりゃ、あたしはシロウさんの師匠だし。でも、ユミとは友達だもん。弟子に偉そうな命令口調で口を利くのは普通だけど、ユミにそんな口の利き方できないよ。呼び方は……気になる? あたしなりにオンオフ切り替えてたつもりだったんだけど」
「オンオフ?」
「シロウさんの師匠モードと、ええと、普通モードって言うか……」
「ああ。……そうなんだ。ううん、気にしてるのはそこじゃないの」
「じゃあなに? なにが――って、あ。ひょっとして」
 エミはフォークでユミを指した。
「あたしとシロウさんの仲を疑ってる?」
「あのあの、そうじゃなくて。仲を疑ってるんじゃないの。仲良しでもいいの。ただ……エミちゃんの気持ちを知っておきたくて」
「あたしの気持ちって……あたしがシロウさんを好きかどうかってこと?」
 ユミが頷くと、エミは難しい顔をして頬杖をついた。
「う〜〜〜〜〜〜〜ん。好き、といえば好きなんだけど……多分、ユミの好きとは違う気がする」
「違う? どう違うの?」
 難しいなぁ、と呟きながらしかめた顔を続けるエミ。
「説明は難しいけど……明確にラインがあるのよね。あたしの中で。恋愛ラインって言うのかな。シロウさんはその向こう側にいるの。例えば宇宙人だとか、ウルトラマンだとか、弟子だとか、命の恩人だとか。そういうのが先に来るから、恋愛の対象としては見てないかなぁ。ぶっちゃけて言えば、ユミとおんなじラインかな。向こうから付き合って、と言われたら別に断るほどでもないけどっていうぐらいの好意。まあ、ユミの想いは知ってるし、そんなことになったら断るけどね」
「エミちゃん……」
「だから、あたしに遠慮なんかしなくていいよ。押しちゃえ押しちゃえ」
 屈託なく笑って、ナポリタンにフォークを刺す。
 その時。
「若いっていいわね〜」
「私もあと十五年若ければ……とか言っちゃってぇ。うふふ」
 聞いたことのある声につられて横を向くと、通路を挟んだ隣の席に見たことのある顔が並んでいた。
「トオヤマさん、マキヤさん!?」
 名前の出てこない自分に代わってエミが御丁寧に叫んでくれたので、ユミは思い出した。オオクマ家で何度か会った近所の奥サマコンビだ。確か、パーマのかかった茶髪の女性がトオヤマさんで、黒髪・黒ぶちメガネの女性がマキヤさんだった……はず。
「なんでここに!?」
「なんでって、ねえ?」
「今は土曜日の昼下がり。旦那は朝からゴルフだし、子供たちも遊びに出ちゃうし。私達みたいな奥サマは、気だるげな午後をこういう場所でアンニュイに過ごすものなのよ。ねぇ」
 ねー、と二人して頷き合う。
「意味わかんないし」
 エミは心底不満げな仏頂面で首を振る。
 話題から取り残されたユミは、この隙にとばかりに再びスプーンをスペシャルパフェに伸ばし――
「それにしても……ウルトラマンと地球人、銀河を超え、種族を超えた愛! ああっ、燃えるわぁっ!! すてきっ!!」
 胸で両手を組合せ、身をよじるようにしてうっとりと呟くトオヤマ。
 玉状のアイスクリームをぞっくり3分の1ほど削いだスプーンは、そのまま勢い余ってテーブルの上にアイスクリームを落下させてしまった。
「あ……」
「ところで……二人の間にもし子供が出来たら、ウルトラマンなのかしら。それとも、地球人? ウルトラマンサイズだと、産むのが大変そうねぇ」
 なんだかいきなり論点が異次元に飛躍しているのはマキヤ。
 テーブルの上に落ちたアイスクリームをすくって、パフェの器の下に敷かれた皿へ入れようとしていたユミは、思わず手が滑ってそのまま床に落としてしまった。
「ああ……」
 もう完全に手が落ち着かず、涙目のユミ。
 見かねて、エミが立ち上がる。
「ちょっと、二人とも! 変なこと言わないで下さい! ユミは真剣なんだから!」
「エミちゃん……」
 エミの心遣いが嬉しい。ユミはほろっと来た。

 ところが。

「いやいや、しかしいずれは直視せねばならん問題だぞ」
「は?」
 背後の席からかかった声にエミが振り返ると、そこの席にもまた見慣れた顔があった。
「タ、タキザワさん?」
「よりによってあんな宇宙小僧なんか好きになるたぁ、お嬢ちゃんも物好きだねぇ。やめとけやめとけ。傷つくだけだぞ」
「ワクイさん!? って、そっちにいる――じゃなかった、おられるのはイリエ大師匠!? 何してるんですか、皆さん!?」
「なにとはご挨拶」
 目を丸くしているエミに答えたのは、イリエ。
 ずずっと湯気の立つコーヒーをすする。
「ふー……今は土曜の昼下がり。一仕事終えた老人たちは、気だるげな午後をこういう涼しい場所でアンニュイに――」
「大師匠まで!! お願いだから、それはやめてー!!」
 悩乱するエミに、三人の老人はひょッひょッひょ、と奇妙な笑い声を上げる。
「まあそう言うな、お嬢ちゃん。わしら汗だくになっての一仕事が終わったところだ。この暑いのに喫茶店で涼しんじゃいかん、というのは酷いぞ。わしらに干からびて死ねというのかね」
 おしぼりでぐいぐい顔を拭いながら、タキザワがじろりとエミを見やる。
「元から十分干からびておるがのぅ。ほっほっほ」
「なんの、ワシはまだまだみずみずしいつもりだぜ」
 しかし、エミもたじろがない。座席に膝立ちになり、背もたれ越しに向こうの席を覗き込んで言い返す。
「誰もそんなこと言ってません! っていうか、女子高生の秘密の恋ばなに聞き耳立てて、あまつさえ話に乱入するなんて大人にあるまじき行為です! それと、ワクイさんのはみずみずしいんじゃなくて太ってるだけだからっ! 水じゃなくって脂だからっ!」
「そうよそうよ。男って、いくつになってもエロいんだから」
「こういうの、都の条例違反にならないのかしら……」
「あんたらもだっ!!」
 そ知らぬ顔で援護射撃をした奥サマコンビ二人にも、即、エミの怒声が飛ぶ。
「ユミの気持ちも知らないでっ! 変なこと言いふらしたり、シロウさんの耳に入れたら、あたしが許さないからねっ!!」
「エミちゃん……ありがとう……」
 スプーンをくわえて、もぐもくお礼を述べる。
 振り返ったエミは、しかしジト目だった。
「ユミ! 人が怒ってる時に、ここぞとばかりにパフェ食うなっ!! あんたも怒れっ! あんたのことなんだよ!」
「ふぇ、だあってぇ〜」
 こうでもしないと食べる隙がないんだもん、と身体を左右によじらせるユミの口元には、たっぷり生クリームがついていた。


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