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ウルトラマンメビウス外伝 RAYGA

 第7話  侵略のオトメゴコロ その1


 激動の夏休みも終わり、新学期が始まって最初の金曜日の夜。
 パジャマ姿のアキヤマ・ユミは、自室のベッドで大きな枕を抱きしめ、ほうけた目でじっと虚空を見つめていた。
 その脳裏に浮かんで消えるのは、夏休みのあれやこれや。
 とりわけ、彼女の思考を占めているのは――

 プールで溺れているシロウ。
 エミに喝を入れられているシロウ。
 帰り道、並んで歩くシロウ。
 燃えるバイクの炎を背景に、自分たちを守って戦ってくれたシロウ。
 オオクマのおばさんに殴られて泣きべそをかいているシロウ。
 心配ない、と言い置いて、怖がる様子もなくヤクザの車に乗り込んでゆくシロウ。
 そして、へらへら笑いながら帰ってきたシロウ。
 水泳大会で、声を上げて応援してくれたシロウ。
 そして――覚えているはずのない記憶。
 ユミをかばって串刺しになりながらも、必死でエミに逃げるよう叫んでいるシロウ。
 自分の怪我も顧みず、ユミの手を握って必死に回復しようとしてくれたシロウ。
 それから、それから……

 オオクマ家の庭でクモイ・タイチと睨み合うシロウ。
 波間で、バーベキューで、花火で子供みたいにはしゃぐシロウ。
 イリエに真面目な顔つきで指導を受けるシロウ。
 お姫様抱っこしてくれたシロウ。
 一緒に食卓を囲んだシロウ。
 浜辺でエミと二人、クモイ・タイチに挑み続けるシロウ。
 返り討ちにあって、死ぬかもしれないと思うほど沈められるシロウ。
 帰ってきた道場で初めて弱気を見せたシロウ。
 でも、ユミが言った自分勝手な思いを、きちんと受け止めてくれたシロウ。

『わかるぜ、ユミの気持ち』

 思い返すたび、その一言に胸が高鳴る。
 そのうえ、

『もう、オレの前でそんな泣き方すんな。……なんか……胸が痛いっつーか。苦しいっつーか。とにかく、なんかもやもやして気色悪いからよ』

 などと言われたのだ。
(う〜〜〜〜〜〜っ、これってアレだよね。シロウさんも、意識してくれてるってことだよね!? う〜〜〜〜、うっ♪うっ♪うっ♪ やぁん、どうしよう)
 枕に力いっぱい鯖折りをかけながら、右に左に転がり回るユミの頬は緩みっぱなしだった。

 その後は――
(たくさんたくさん、一緒に映画観てぇ♪)
 その場にあと二人いたことは、とりあえず無視。映画の中身がおよそムードのあるものではなかったことも。
(またクモイさんと戦って……)
 映画で見たそのままの戦い方――それは、それまでのシロウとは全く違った、きびきびとした動き。
(わたしの手料理も食べてもらって♪)
 その事実はないのだが、おいしいを連発しているシロウの映像がユミの頭の中に踊る。
(……エミちゃんを回復させたシロウさんも素敵だったなぁ……でも――)
 やはり、三人でシロウを元気づけたあれが、忘れられない。
(わたしも一緒に戦いたい……なんて言っちゃって……やぁん、わたしったら♪)
 あの時、エミの拳に添えた右手を見ては、また頬を緩めて身悶える。
(わたし、シロウさんが好き♪ 好きになっちゃった♪ なっちゃった♪ どうしよう♪)

 そして、戦いの渦中に飛び込んでゆくシロウ。
 クモイ・タイチがGUYSを辞めたと知って怒るシロウ。
 自分達を守るために、変身して敵のビームを受け止めるシロウ。
 ウルトラセブンに負け、全身から白煙を漂わせながらもクモイ・タイチを治すシロウ。
 自分達を守るために約束を破ってしまったのに、恨み言など何も言わないシロウ。
 それどころか、ユミのウルトラマンであることを認めてくれたシロウ。
 クモイ・タイチの最後の指導を、今まで見せたことのないほど真剣な面持ちで聞いているシロウ。
 その技でニセウルトラセブンを倒したシロウ。
 それからそれから……空を埋め尽くす敵と戦うために、立ち上がるシロウ。
 それで――空から落ちてきて、最後は膝枕。

(そのままシロウさんにキ、キ、キ、キスまで……!! やぁぁぁぁんん♪ わたしったら、調子に乗りすぎよ〜♪)
 身悶えは止まらない。バタ足をするかのように暴れる足に合わせて、ベッドのスプリングがぎしぎし鳴り響く。
(それより何より……約束しちゃった♪ 約束しちゃった♪ 二人だけの約束しちゃった♪ んふふふふっ♪ シロウさんだって、あんなに強くなったんだもんね。今度は、わたしがエミちゃんに『やるな』って言わせなきゃ)
 ふと、緩みに緩みきったその表情が醒めたように硬張った。
(……………………そういえば……エミちゃんはどうなのかな)
 ユミの見ている限り、エミとシロウの仲は普通じゃない気がしていた。
 少なくとも同級生の男子との距離とは全く違う。なにより、合宿のきっかけから、合宿中の二人の行動、そして極めつけにクモイ・タイチとの稽古で二人が見せた息の合ったコンビネーションは、二人の仲を否が応でも意識させた。まるで、間に入ってはいけないような……。
(エミちゃん……そういう方面には疎い感じがするけど……でも、エミちゃんだって女の子だもの。油断は出来ないよね。もし……もしも、エミちゃんもシロウさんを…………だったら……わたし、どうしたら……)
 ユミはじっと虚空を見据えたまま、動けなくなった。
 その脳裏で揺れる天秤。片方にシロウを。もう片方にエミを。
(わたし……どうしよう。どっちかなんて……)
 むっくり身を起こしたユミは、携帯電話を手に取った。
 開いて、エミの携帯番号を呼び出す。
 しばらく、じっとその画面を見つめ、何度か息を呑む。
 そして、ついに意を決して送信ボタンを押した。

 ―――――― ※ ―――― ※ ――――――

 東京CREW・GUYS日本支部・地下施設。
 コンクリート打ちっ放しの広大な多目的ホールに、巨大薄型パネルや各種通信機器、データ端末などが並び、一応ディレクションルームと同じ機能を備えている。
 9月最初の金曜夜中。
 フェニックスネストがまだ宇宙から戻らない今、臨時の指揮司令所として稼動しているその場所は、ひとまずの平穏の中にあった。
 休日返上で様々な出動要請に応じてはいるものの、GUYSの隊員も生身の人間。休日はなくとも、休息は必要である。
 アイハラ・リュウとセザキ・マサトが、現在それぞれの機体に乗って各地に飛んでいる中、クモイ・タイチとイクノ・ゴンゾウは仮眠室で仮眠。指揮司令所には、シノハラ・ミオとヤマシロ・リョウコが待機していた。
 パイプ椅子に座ったヤマシロ・リョウコは、手持ち無沙汰にぼんやり正面メインパネルに映る都内の復興状況を見ている。
 ディレクションテーブルがないので、折りたたみ式の会議机を二つ並べたテーブルの上には、お菓子の山が。見ようによっては、テレビ局のスタジオで出番待ちのタレントかなにかのようだ。
 一方、シノハラ・ミオは相変わらずデスクトップ端末にかじりついていた。何をそんなに一生懸命になって作業しているのか、ヤマシロ・リョウコにはわからない。ただ、シノハラ・ミオの三角メガネに映り込んでいるモニター画面の輝きが、妙に不気味さを醸し出している。
 暇で暇でしょうがないヤマシロ・リョウコは、ふと辺りを見回した。
 二人以外には、誰もいない。
 日中は一般隊員の出入りもあるが、さすがにこの時間の出入りはない。
「……ねえ、ミオちゃん。お話していいかなぁ?」
「いいわよ」
 即答に、ヤマシロ・リョウコは面食らった。
 作業が終わるまで待って、とか何とか言われるかと思っていたが……。
「ミオちゃんてさぁ、大企業で秘書してたんだよね? ほんと?」
「ええ、ほんとよ。隠すほどのことでもないから言うけど――」
 そう答えるシノハラ・ミオの作業に遅滞はない。そして、続けて告げられたその企業名に、ヤマシロ・リョウコは目を丸くした。
「ええええええ!?!? ちょ……え? えええっ!? うっそ、マジ?? あそこって――」
「そうね、あなたのオリンピック選手時代のスポンサーでもあったわね」
 ヤマシロ・リョウコは純粋に国際的超一流企業の名前に驚いただけだったのだが、シノハラ・ミオは変な風に受け取ったらしい。
「ちなみに、あなたへの支援金の額について最終調整の段階で関わったことがあるわ。一回だけね。……増やしたか減らしたかは、ナ・イ・ショ、だけど」
 ふふっと、微笑む。
 ヤマシロ・リョウコはずり落ちそうになっていたパイプ椅子から立ち上がり、深々と頭を下げた。
「いや、その節はどうもお世話になりました……」
「どういたしまして。……だから、初めてディレクションルームで顔合わせした時には、少し驚いたのよ? もっとも、あなたは全然知らなかったみたいなんで、拍子抜けしたけど」
「それはとんだ失礼を――ってか、今知ったばかりだもん!」
「まあ、いいんだけどね。仕事上の関わりだけで直接顔を合わせたわけでもないし、言ってみれば『道ですれ違ったことがある』っていうのと大して変わらない話だから」
「そりゃそうだけど……」
 パイプ椅子に腰を下ろしたヤマシロ・リョウコは、机の上の菓子の山に手を伸ばし、そのうちの一つを開けた。中からせんべいを一枚取り出す。
「でも、あれだよね。人間、何処で縁があるかわかんないってことだよねぇ」
「そうね」
 そっけない返答。
 ヤマシロ・リョウコはせんべいをぼりぼりかじりながら、シノハラ・ミオの作業姿をじっと見つめる。
「ねえ、ミオちゃん」
「なに?」
「GUYSにはお婿さん探しに来たってほんと?」
 途端に、デスクトップ端末が警報音を鳴らした。何か操作を誤ったらしい。
 シノハラ・ミオは大慌てで何かいろいろ操作していたが、しばらくして落ち着いたのか、ゆらぁりと振り返った。メガネが不気味にギラリと光る。
「リョウコ……さん? そんな話、どこから……?」
「セッチーから」
「あんの、バカナンパっ!!」
 叫ぶなり立ち上がったシノハラ・ミオは、テーブルに思い切り手の平を叩きつけた。あまりの衝撃に菓子の山が崩落する。
「帰ってきたら、お仕置きが必要だわね……」
 怒りのあまり頬を引き攣らせているシノハラ・ミオに、ヤマシロ・リョウコは笑いながらせんべいを差し出した。
「ほらほら、これでも食べて落ち着いて。それで……ホントなの?」
「そんなの……っ!!」
 否定したいのだろうが、紅潮した顔とヤマシロ・リョウコの手からせんべいをむしりとるその動作が、如実に答えを語っている。
 それを見た上で、ヤマシロ・リョウコの笑みはにんまりいやらしいものに変わった。
「子供たちの憧れ、天下のCREW・GUYSの隊員でぇ、常日頃からみんなに対してお小言の多いミオお姉さんが、まぁさか嘘なんかつかないよねー」
 たちまちシノハラ・ミオの表情が硬張る。
「ね?」
「くっ……リョウコ、あなた……」
 ヤマシロ・リョウコは両手で頬杖をついた。
「んふふふふー。誰にも言わないけどさー」
 その一言は、今のシノハラ・ミオには脅迫に匹敵する文句に聞こえた。
「知っりたいなー♪ ミオちゃんのGUYS志望動機ってやつ。いーじゃん、ここにはあたししかいないしぃ、教えてよ」
「く……」
 がっくり肩を落とし、盛大なため息を漏らす。
「わかったわ……そのかわり、絶対に誰にも話さないでよ?」
「もちろんだよ。あたし、知らずにミオちゃんを困らせることはあっても、嫌がることはしないよ。友達だもん」
「……今はその空々しいセリフにすがるしかないのね……うう」
 精根尽き果てたように、ゆっくりと手を伸ばしてパイプ椅子を一つ引き寄せ、そこに座る。
 一つため息をついて、せんべいをひとかじりして――意を決したように背筋を伸ばした。口を引き結んで、少し上を向く。
「……少なくとも、そういう意図が全くないとは言わないわ」
「ええと……要するにどっち?」
「……お願いだから、察して……」
「うう〜ん……それにしたって、えらく遠回しな肯定だねぇ」
「…………わかってるんじゃないっ!!
「あはははははー。それで? いいお相手は見つかったの?」
 その問いかけに対する反応は、意外そうな表情。
 シノハラ・ミオは目をぱちくりさせていた。
「責めないの?」
「なにを?」
「いえ、だから……日頃散々プロフェッショナル意識がどうのこうのって言ってる私が、そういう動機でここに居ることについてよ。言ってることが違うとか、自分のことは棚上げか、とか……」
「全然思わないよ?」
「どうして?」
「だってミオちゃん、いつも一生懸命お仕事してるじゃない。あたし、これでも手抜きで仕事してるかどうかくらい、見抜けるつもりだよ? 結果も出してるしさ。だったら、ここへ来た動機なんて関係ないよ。それに、ミオちゃんの仕事ぶりからじゃ、動機がそれだなんて想像もつかないし。だから確かめたくって、聞いたの」
「……動機なんか関係ないなら、なんで聞くのよ」
 途端に、ヤマシロ・リョウコは照れくさそうにはにかんで、指遊びを始めた。
「えへへ〜……その……ミオちゃん友達だし……ほら、月では喧嘩しちゃったし、さ。今後ああいうことがないようにするためにも、お互いのこと、もっと知っておくべきじゃないかなー、と思って。あと、その……もしその話が本当なら……」
「……本当なら?」
「やっぱり友達として、応援してあげたいなーって」
 シノハラ・ミオは明らかに余計なお世話だ、と言いたげなため息を大きく吐いて、頭を垂れた。
 慌ててヤマシロ・リョウコは身を乗り出す。
「あ、あ、あ、待って。ちょっと待って。あの、あたし体育会系だけど、一応女の子――って年でもないけど、女の子だし、あたしにだって、結婚に憧れる気持ちってわかるんだからね? あたしだって、そのうち……とか、その、思ってなくもないし」
 やれやれ、と呟いたシノハラ・ミオはメガネを外した。
「たまにはいいかしらね……そういう話も」
 アップにまとめていた髪もほどき、揺する。肩口に届く髪がふぁさりと広がった。
「そりゃあたしも女ですから? 純白のウェディングドレスとか、幸せな新婚生活とか、憧れてますわよ? 昔から? それがなにか?」
「うわ、いきなりぶっちゃけた」
 愉快そうに笑うヤマシロ・リョウコ。
「実際、あなたはまだ前半だからいいけど、そろそろ三十路の足音がひたひた聞こえてくると、さすがに焦りもするわよ」
「へぇ。ミオちゃんて仕事一筋に見えてたんだけど、そうじゃないんだ」
「それとこれとは別でしょ。仕事に対して持つべき責任感は責任感として、こっちの話は人生設計というか展望というか……ともかく、女と生まれたからには、やっぱり手に入れておきたいものってあるじゃない。仕事一筋の人生なんて、男に任せておけばいいのよ」
 かじりかけのせんべいにじっと目を落として、自らに言い聞かせるように語る。
 不意に、その視線が上がった。
「――で? 私に聞くくらいだから、あなたこそ誰かいい人いるんでしょうね?」
 その逆襲に、ヤマシロ・リョウコは渋い顔つきになって首を捻った。
「んー……今んところ、いないかなぁ」
「クモイ隊員と仲良さそうだけど?」
 すっかり肩の力を抜いた様子で、せんべいをかじるシノハラ・ミオ。
「あれは違うよー。なんていうか……ディープな戦友というか……武術オタク同士の仲の良さというか……」
「ああ、なるほど。じゃあ、セザキ隊員は?」
「セッチー? だって、セッチーはミオちゃんのことが好きなんだよ? あたしのことは眼中にないし、いい友達だし。友達の恋路を邪魔するほど野暮じゃないよ」
「アイハラ隊長は? 同じ熱血系で気は合いそうだけど」
「隊長は隊長かなぁ。尊敬する先輩だけど、愛してるって感じじゃないなぁ。……ああ、戦場じゃあノリで叫ぶかもしれないけど、本気にしないでね?」
「わかってるわよ」
 せんべいを食べ終わったシノハラ・ミオは鼻を鳴らしながら、袋に手を伸ばした。さりげなくヤマシロ・リョウコが袋の口をそちらに向ける。
「あなた、気分が乗ってきたら誰彼構わず愛してるだの、キスしたげるだの……聞いてるこっちが恥ずかしいわよ」
 取り出したせんべいをかじる。
「だって、その時はそう思うんだもん。大好きーって」
 シノハラ・ミオにつられたように、ヤマシロ・リョウコもせんべいを一枚取り出してかじり始めた。
 静まり返って端末や機器類の低い唸りだけが響いている部屋に、ぼーりぼーりと異音が響く。
「んんー……あたしってさぁ、アーチェリー一筋だったからさぁ。いまいち自分の男の好みってわかんないんだよねぇ」
「ふぅん……。それでも初恋ぐらいはしたでしょうに。そのときの男の子のタイプはどうだったの? ……お茶がほしいわね」
「スポーツドリンクならあるよ?」
 そう言って、足元のバッグから500mlサイズのペットボトルを取り出し、放り投げる。シノハラ・ミオが受け取ったのを確認して、自分の分をさらに取り出した。二人して同時に蓋を開け、同時に口をつけて飲む。
「……ぷふー。初恋の思い出かぁ。あたし、誰だったかなぁ。ん〜……ああ、アーチェリークラブの二つほど年上のお兄ちゃんだったかなぁ。小学校3年か4年ぐらいの時」
「初恋なんだか、憧れなんだか微妙なところねぇ。ん〜……じゃあ、アイドルとか、芸能人で好きなタイプは?」
「軟弱なのはキライ」
「軟弱って……別に芸能人だからって」
 芸能人の名誉のために擁護しようとしたシノハラ・ミオに対し、ヤマシロ・リョウコは手の平を見せて制した。
「いや、あたしの勝手な思い込みなのかもしれないけど、そもそもあたしにそう思われてる時点でダメ。芸能人の作るイメージって、要するにそういう風に見てほしいって、ポーズじゃない。ポーズを取る人間ってのも元々いけ好かないけどさ、それは置いといても、ポーズってのはつまるところ、その人の理想の姿なわけでしょ?」
「……全部がそうとは限らないけど……」
「その人が思い描く理想の姿に対して、あたしがダメって感じるってことは、未完成な姿はさらにダメってことじゃん。完成してもダメなんだから。だから、ダメ。でも、あえてよさげな人を挙げるなら――」
 ヤマシロ・リョウコが挙げたのは、昭和の時代にヤクザものの映画などに出演していたような、今では渋い演技で定評のある映画俳優ばかり。
 たちまちシノハラ・ミオは難しい顔で唸った。
「……素敵なのは認めるけど……その人たち、全員あなたのおじいさんと同い年ぐらいじゃなくて?」
「そうなんだよ〜」
「難儀な子ねぇ」
「そういうミオちゃんはどうなのさ? なんだか、いつの間にかあたしの恋ばなになっちゃってるけど、ミオちゃんの話だったはずだよね?」
「私? ……日本支部内で敢えて挙げるなら……合格点はサコミズ総監かしらね?」
「……そりゃまた大物狙いだねぇ。ちなみに、セッチーはどうなの?」
「眼中にないわよ」
「ひどっ。あんなに一生懸命なのに……」
「それが却って煩わしいのよ」
 シノハラ・ミオは大袈裟にため息をついた。
「彼、情報集めは得意みたいだし、それなら少なくとも私の好みがどういう人で、嫌いなタイプがどういう人か、ぐらいは把握してほしいところだわね。私のことが本当に好きならよ? それが判っていない時点で、実際のところ彼が私に対して保っている距離がわかるってものじゃないかしら?」
「辛らつだねぇ……セッチー、聞いてたら泣いちゃうよ?」
「いいわよ、別に。私は困らないもの。……で、このチーム内でもし誰か、という話になったら……そうねぇ。イクノさんかしらね? 最低限、あれくらい落ち着いてる人でないと。話も通じるし。騒がしいのや無思慮なのは遠慮したいわ」
「タイっちゃんは? 落ち着きはあると思うけど」
「ん〜……クモイ隊員、ねぇ……」
 セザキ・マサトの時とは違い、一拍置いてシノハラ・ミオは答えた。
「最近ちょっと丸くなってきたような気もするけれど……でも、あれこそ無思慮でしょ。必要以上に口を開かないのはいいけれど、常識がズレてるのは大減点だわ」
「ありゃりゃ……となると……隊長も落ち着きって点ではダメだしなぁ。あたしが言うのもなんだけどさ」
「ほんと、そうよね」
「ミオちゃん、ひどっ。じゃあ……一般隊員とか、整備員さん、あるいは科学班の人とかはどう? ディレクションルームの機能が地下施設(こっち)来てから、結構接点増えたし」
 シノハラ・ミオは艶然と微笑んで、ペットボトルに口をつけた。
「そっちは今、品定め中」
「ぷはは、してたんだ! さすがミオちゃん、それはあたしの目を以ってしても見抜けなかったぁ。やるねぇ」
 ヤマシロ・リョウコはテーブルを叩いて面白がる。
 しかし、シノハラ・ミオは少し困ったように眉根を寄せていた。
「でも、接点と言ってもねぇ。書類持ってきてもらって、事務的な話を二、三するだけだし。正直、隊員としての面以外はわからないわよ。こちらも業務中に業務以外の無駄話するわけにもいかないし」
「ん〜。そっかぁ。まあ、そのお堅いところがミオちゃんらしいっちゃらしいけど。それじゃあ、ミオちゃんの野望も今のところ達成の兆しなし、って感じだねぇ。……ん〜、てかさー」
 不意にヤマシロ・リョウコは身を乗り出した。
「ミオちゃんの好みって、結構あたしに似てない? 落ち着いてて、常識的で、必要以上に口を開かないって。さっきの映画俳優とか、まんま」
「あら、私は別に年下でも構わないわよ? 条件さえ揃っていれば」
「む。人をオジ専みたいに言わないでよ。あたしだって、若い男の子に興味がないわけじゃ」
「あらあらあら。自分の男の好みさえわかってない乙女がいうのは、少し早いんじゃないかしらぁ〜」
 口元を押さえ、お上品な素振りでおほほと笑う。
 ヤマシロ・リョウコはばったりテーブル上に倒れ伏した。
「……ほんと、辛らつだねぇ……。んじゃさぁ。好みじゃなくて、ミオちゃんが結婚相手にしたい男の条件って何さ? やっぱ安定した高収入?」
「人を玉の輿狙いみたいに言わないで。……いやまあ、それに越したことはないけれどね。でも、それだけだったら、いくら入隊した先とはいえ、GUYSで探すなんて考えないわよ。元の職場の方がいいに決まってるじゃない」
「ですよね〜」
「そもそも私がGUYSに入隊したのは、ミサキに誘われた……って言うか、助けを求められたからだけどね。それで、ここで探してみようかな、と思ったのは、やっぱり相手を探すなら私が理解できる範囲で、違う視点や価値観を持った人がいいな、と思ったから。そういう意味ではサコミズ総監は、ほんとポイント高いのよね〜。何気に気配りもばっちりだし、いざという時は頼りになるし」
 ヤマシロ・リョウコもうんうんと激しく頷いて同意する。
「そうそう、そうなんだよ。日頃あんまりでしゃばらないし、昼行灯タイプかなーと思ってたんだけど、やっぱメビウスと一緒に激戦をくぐり抜けた元隊長さんだよね。リュウ隊長が全幅の信頼置くわけだわ。かっこよかったよね、月面決戦の時の総監」
 しかし、身を乗り出したシノハラ・ミオは、立てた人差し指を左右に振った。
「ちっちっち。ダメよ、リョウコちゃん。それは隊員としての見方だわ。女として見るなら、あたしが完全に煮詰まった時に出してくれたコーヒー。もう、あのタイミングの良さったら。思わずぐっときちゃったわよ」
「落ち着いたよね〜。レイガちゃんにも飲ませてあげたかったぐらいだよ、あのコーヒー」
 そこまで言って、はたとヤマシロ・リョウコは何かに気づいた風に顔をしかめた。
「あれ? ……でも、総監はミサキさんが狙ってんじゃないの?」
「あ、やっぱりリョウコちゃんも気づいてた? そうよね〜。本人は隠してるつもりなんだろうけど。にじみ出てるっていうか」
 顔を見合わせて、忍び笑う二人。
「昭和の女性っぽい、大人の秘めた慕情? みたいな? くぅ〜、がんばれミサキちゃん!」
 両拳を握り締めるヤマシロ・リョウコ。
 一方のシノハラ・ミオは、わざとらしく困ったような表情を作る。
「さすがにミサキを蹴落とすわけにはいかないし、彼女ほどお熱なわけでもないから、サコミズ総監はお相手としては除外はしてるんだけどね。……でも、サコミズ総監以上にいい男って、存在するのかしら。それこそ宇宙人辺りにでも範囲を広げないと――と?」
 不意にデスクトップ端末が短く警音を発した。
 いそいそと立ち上がり、メガネをかけながら席に戻ったシノハラ・ミオは、直ちにその情報を調べ始める。
 ヤマシロ・リョウコもすぐその背後に寄って来た。
「なに? なにかあった?」
「ん〜……マイナスエネルギーの反応ね。かなり微弱で、一瞬だけだけど。場所は……東京P地区
「……?」
 二人はそれぞれ別方向へ視線を飛ばして、考え込む。
「……また、レイガちゃん絡みかなぁ」
「否定できないわねぇ。――ええと」
 画面を操作し、詳細な反応の位置を調べてゆく。
「うう〜ん……P地区だけど、一応レイガの住んでる地域から少し距離があるわね。……でも、この程度の反応は、以前から全国各地で時折あったのよ。大きな事件に発展した例が多く報告されてるのは、ドキュメントUGMの時代に集中するけれど」
「ふぅん。……それで、どうするの? 調査に出る?」
「一応、このレベルなら警戒待機がマニュアル通りなんだけど……時間的にも真夜中だし、迂闊に騒ぎ立てるのも現地の迷惑でしょうし、ねぇ」
 そう言いながらヘッドセットを頭に載せ、電話回線を呼び出し始める。
「どうすんの、ミオちゃん?」
「地元の警察がパトロールしてるはずだから、その時にでも少し注意して見てもらうことにするわ。実際の調査は、日が明けてから行きましょう」
「りょーかい」
「じゃあ、こっちの連絡しておくから、あなたは日誌に――あ、夜分にすみません。こちらCREW・GUYSのシノハラ・ミオと申します」
 地元警察と話すシノハラ・ミオの声を聞きながら、隣の端末デスクについたヤマシロ・リョウコは日誌にデータと伝達事項を記入し始めた。


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