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ウルトラマンメビウス外伝 RAYGA

 第6話  史上最大の逆襲 生ある"もの"たちの反撃 その9

 地球・津川浦のノムラ柔道道場。
 道場でただ一人、神棚に向かって正座し、目を閉じて黙想するイリエ。
 しゃんと背筋を伸ばしたその姿は、日頃の腰を曲げ、杖を突き突き歩く姿からは想像できない気迫を、全身から放っている。


 玄関前にはエミとユミの姿があった。
「……エミちゃん、光が……」
 山の向こうが明るいことに気づいて、ユミが顔を曇らせた。
 町から少し離れた山の中にあるこの道場からでも、山の縁を彩り、夜の雲を下から照らす明かりがよく見える。
 燃え盛る炎が天を焦がすその明るさは、その下に広がる阿鼻叫喚の地獄絵図を思えば、不気味という他ない。
 それともあれは、さらにその彼方、ことさら酷い爆撃を受けているという東京の明るさだろうか。
 それを見ていたエミは唇を噛んだ。
「あたしたち……無力だね。ユミ……。こうして生きていて、両手両足も動くのに……あそこで誰かが困って、助けを求めてるのに……その場にいたら、きっとなにか出来ることがあるはずなのに……なにも出来ない。悔しいね」
「……………………」
「……ユミ?」
 無言のままの友人を見やると、ユミは奇妙な表情を浮かべていた。
 驚いているような表情。
「え? ……なに? あたし、なんか変なこと言った?」
「あ……ううん。すっごくエミちゃんらしいんだけど……」
「だけど、なによ? その顔、なんなの?」
「ああ、うん。その……エミちゃんでもそんな風に思うことがあるんだと思って。私の中では、エミちゃんっていつでも前向きで突っ走るって印象だったから。そっか……無力とか、何も出来ないとか……エミちゃんでも言うんだ」
 えへへ、となぜか安堵したような笑いを曖昧に浮かべるユミ。
 今度はエミの方がぽかんとした表情になった。
「当たり前じゃない。あたしを何だと思ってたわけ? 神様でもなんでもない、ただの女子高生なのよ? 出来ないことなんて、それこそ山ほどあるわよ。ユミみたいにおしとやかにするのは苦手だし、勉強だって……それから、師匠の修行だって、言いだしっぺなのに途中でリタイアしちゃったし……」
 そして、辛そうに表情を歪める。
「それに……こんな思いは今回が初めてじゃないから……」
「そうなの? そうなんだ……」
「うん……。この間……ユミが死にそうだった時、あたしは何も出来なかった。ユミを助けるどころか、目の前でシロウさんが刺されて……それでもあたしだけでもって、必死で逃がしてくれようとしていたのに、あたしは逃げることすら出来なかった。あの時あたしは……腰が抜けてたんだもの」
 大きくため息をついて、空を見上げる。
「はぁ〜あ。……散々シロウさんにえらそうなこと言ってもさ、結局あたし……ただの女子高生なんだよね……」
 地上からでも、異常なほどの瞬きが上空いっぱいで生まれては消えてゆくのが見えている。
「そうだね」
 ユミも横に並んで夜空を見上げた。
「世の中から見たら、エミちゃんはただの女子高生。私もそう。でも……エミちゃんは、チカヨシ・エミだよ。私の憧れで、目標で……大事な友達。世界中で、ううん、宇宙でただ一人の、大事な大事な、かけがえのない友達。私はそう思ってる」
「ユミ……」
「――明日の私は、今日より強い」
 不意の声は、背後から届いた。
 二人が振り返ると、カズヤがサンダルを突っかけながら出てくるところだった。
 先だってぶつかったエミが、怪訝そうな目つきで迎える。
「……ヤマグチさん」
「いい加減ネットも飽きちゃってさ。……掲示板の書き込みにあったんだ」
 二人に並んだカズヤは、山の方の光と夜空に目を走らせ、腕組みをした。
「『それでも明日はやってくる。そして、明日の私は、今日より強い』――ってさ。ほら、もうすぐ夜明けだ」
 カズヤが顎をしゃくる先を二人が見やる。
 津川浦の沖合いに横たわる水平線が、ほのかに光り始めている。
「なんかそれ読んだ途端、ネットにかじりついてるのがバカらしくなっちゃってさ。なにしてんだろオレ、って。……人間、あれだね。無理矢理でも未来の可能性を想像しちゃうと、希望を持っちゃうもんなんだね。やれやれ。何か出来るわけでもないのにさ」
「……出来ることならあります」
 そう告げたのは、ユミだった。その視線はじっと水平線の光芒を見つめている。
 その両手が、胸の前で組まれた。
「ヤマグチさんは非科学的だって、笑うかもしれないけど……祈ることだけは、まだ」
「そうよね」
 頷いて、エミも手を組んだ。
「今のあたしたちには、それしか出来ないもんね」
「ボクは無神論なんだけどなぁ。……こんな時だけ祈ったら、かえって神様や仏様に失礼な気がするけど」
「神様にじゃありません」
 毅然と言い放つユミ。手を組み、頭を垂れて。
「こんな戦いすぐに終わるように。戦っている人たちが、無事帰ってきますように。私が祈るのは、それだけです。神様にじゃなくて……そういう『未来』に。ここへ来て、って」
「そっか……じゃあ、ボクは――あ〜、まあいっか。適当で。やっぱ、祈るってのは性分じゃないし」
 そう言いつつ、その場に腰を下ろして胡坐をかくカズヤ。
「でも、来てほしいよな。そんな未来(あした)」
 それを聞きながら、エミはユミと同じように頭を垂れた。
 祈りは一つ。
(……シロウ。頑張れ。負けるな。あたしの弟子)

 ―――――― ※ ―――― ※ ――――――

 月面。

 フェニックス・フェノメノンの直撃を受けた左側のビル――その下半分はえぐられたように口を開いている。
 半壊していながらも倒壊しないのは、材質的な理由か、それとも重力の問題なのか。 
 そして、その破壊孔の前に立つ蒼い影。
 右足は既に腿の4分の3、左手は二の腕の中ほどまで分解が進んでいる。
 左足がわずかに地面から離れている。レイガは今、浮き上がっていた。
 落ち着いて考えれば、別に片足でも問題はなかったのだ。空を飛ぶ要領で身体全体を浮揚させてしまえば、なにも地面を踏みしめる必要はない。
(こいつを壊せば――)
 露出したビルの内部では、闇の粒子をその表面にまとわりつかせた巨大な球体が、振動じみた不気味な唸りを上げていた。直径はレイガの身長の半分ほど。全力射撃を終えた直後だからか、レゾリューム粒子の黒い闇自体は薄れ、本来の金属光沢が透けて見えている。
(む……っ!?)
 ビルの中に、球体とレイガの間を遮る何かがあふれ出した。
 続けて、足元の地面をめくりあげ――否、覆う月の砂ごと装甲板を内側から跳ね飛ばして、何かが飛び出してきた。
 大きく退がったレイガは、距離を置くことでそれらがなんであるかを認識できた。
 地面に見えていた甲板上の装甲を跳ね飛ばし、生えてきたのは――金属製の触手の群れ。
 両舷にそそり立つマンモス庁舎の内側を向いている窓も次々と開いて――金属製の触手の群れ。
 そして、ビルの内部、球体の周辺を埋め尽くし、波に揺れる海草のようにゆーらゆーらと蠢いているのは――金属製の触手の群れ。
 先端が閉じると輪っかになる形状のマシンハンド、レーザー光線射出装置、ドリル、トゲ付き金属球、ハンマー、槍、針、その他諸々のありとあらゆる工具や武器・武装を先端に装備した金属触手が、うねくり踊っていた。
 さらにはマンモス庁舎の下部の壁が次々とシャッターのように開き、その中から戦車や小火器を抱えたアンドロイド兵たちがわさわさと沸いて出て来る。ビルの中、球体の周辺にもわらわらと人間そっくりのロボットたちが、人間の兵士そっくりの姿をして現れる。
(なるほど、やっぱりそれは大事なものらしいな! ――っと、てぇりゃ!!)
 襲い掛かってくるマシンハンドの群れを、右手一本で斬り捌くレイガ。
 マシンハンドの包囲網の外からは、戦車の砲撃も始まる。
 マンモス庁舎の窓からはレーザー、光弾、実弾取り混ぜた砲撃の雨が。
 なぜか小火器を抱えたアンドロイドまでもが派手に弾をばら撒いて、レイガを牽制しようとしている。
(――邪魔だ! どけっ!!)
 蒼い斬光が空に弧を描く。いくつもの金属触手が千切れとび、派手な爆発が周囲を埋め尽くす。
 だが、斬り捨てても、斬り捨てても、マシンハンドは次々とわいて襲い掛かってくる。
 降り注ぐ砲弾も、射線が限られているため外にいた時ほどではないにせよ――横殴りの雨の如し。
 マシンハンドに邪魔をされて前へ進むことがかなわず、敵のレーザーや電撃、砲弾を受けたり躱したりしているうちに、知らず後退させられてゆく。敵の弱点らしき球体は、離れて行くばかりだ。
 すぐ目の前にある球体が、遠い。
 そして、球体の表面では、薄れていた闇がまた濃度を増し始めている。闇のエネルギーを再チャージしているのか。
(いい加減に――)
 蒼く輝く右手を広げ、前に向ける。海蛇の群れかなにかのように、ざわざわとうねりながら向かってくるマシンハンドの群れ。
(――しろよ)
 右手に留めておいたエネルギーを解放した。
 蒼い爆発が広がり、マシンハンドの群れと弾幕を飲み込む。それらの圧力を一瞬緩めることに成功した。
(今だっ!!)
 攻勢が緩んだその一瞬に、右手を左へ振りかぶり、水平に空を薙ぎ払いながら前進をかける。
『ジュワッ!!』
 再び輝きを取り戻した右の拳を真っ直ぐ突き出し、自らの身体を槍と化して――それは、クモイ・タイチの腕をへし折り、胸を潰しかけたあの姿。その一撃。

 しかし。

 驚く、怯むという感情のないコンピューター相手に、その突撃は虚を突いたもの、とはならなかった。
 たちまち再生したのか、と思うほど再び生え伸びるマシンハンドの群れ。そして、飽くことのない砲撃。
 勢いをつけて疾走するレイガも止まらない。
 右拳を包む蒼い光で、行く手を遮るマシンハンドも砲弾もまとめて蹴散らし、一直線に球体へ突進してゆく。


 だが、その攻撃は絶対的な隙がある。
 それは背後。 
 そしてそれを、コンピューターはすぐに看破した。
 速度を合わせて伸びたマシンハンドの一つが、まず左足首を捕まえた。
『!?』
 がくりとつんのめり、速度が落ちる。
 レイガはそのまま力任せに突破をかけた――が、ふくらはぎ、膝、腿の下、腿の上、腰、胴、胴、胴、胸、首、右肩、右上腕、右肘、右下腕――かなりの勢いで突っ込んでいたにもかかわらず、マシンハンドはあっという間にレイガを絡め取り、捕獲してしまった。
 あと少し。
(ぐ、くっ……このっ!! 届けっ!!)
 拳を開き、指先を揃える。
 本当にあと少し。
 距離にして指の先から数m。
 全ての力を込めた希望に蒼く輝く指の、そのわずか先。
 引き止めるマシンハンドの力に最後まで抗い、球体を刺し貫くべく伸ばした右手。
 何とか届かせようと身悶える。しかし、幾重にも身体に巻きついた機械の縛めは、もはや身じろぎさえ許さない。そうしている間にも、次々と絡み付いてゆく。マシンハンドの上からマシンハンドがさらに巻きついて締め上げる。レイガの地肌が見えなくなってゆく。
(ぐああああっ……あと、あと少しだろうがぁっ!!!!)
 蒼い輝きのほんの、ほんのわずかな先。

 けれど――絶望的なまでに遠い数m。

『――そこまでだ、宇宙警備隊隊員』
 レイガと球体の間、数mの隙間にロボット長官のホログラムが現れた。外で見たのより小さめだ。
 その表情、声色は明らかな嘲笑に歪んでいる。
『このコアはR粒子生成用のプラントコアに過ぎない。これを潰されたところで、R兵器が使えなくなり、多少戦力が低下するだけのこと。貴様とウルトラマンジャックさえ倒してしまえば、これが使えぬことなど、実のところさしたる問題ではない。つまり、貴様のしようとしていることは全くの無駄なのだよ』

 ―――――― ※ ―――― ※ ――――――

 星間機械文明連合総司令本部。
『さあ、R粒子の闇に融けて消えたまえ。愚かな宇宙警備隊隊員』
 ホログラムに勝利の高笑いをあげさせておいて、ロボット長官はオペレーターに訊ねた。
「R兵器の発射態勢完了までのカウントは?」
「40を切りました」
「――敵移動型防衛拠点、突っ込んできます!」
「なに!?」
 唐突な報告にメインパネルを見やる。
 巨体を器用に操って弾幕の直撃を躱していたフェニックスネストが、正面に回り込んでいた。そのまま、真っ直ぐアイランド向けて突っ込んでくる。
 ロボット長官はにんまり頬を緩ませた。
「バカめ、万策尽き果てて特攻を選んだか。感情に走るとは、やはり有機生命体は無能の極みだな。全兵装を以って迎撃、撃墜せよ! いや、この中央アイランドにさえぶつけなければ、撃墜できなくともよい!」

 ―――――― ※ ―――― ※ ――――――

 正面から突入コースに乗ったフェニックスネストは、左右の壁面に空いた窓からと眼下の金属触手の総攻撃により、無数の被弾を受けていた。
 しかし、絶妙の操縦テクニックで致命弾だけは躱し続けるヤマシロ・リョウコ。
「――右スタビライザー被弾、左アンダーウィング、可変機構損傷! シールド防御力30%に低下! ……まだ飛べます!」
 被弾状況を読み上げるイクノ・ゴンゾウ。
「カウント、10、9、8……」
 なにかのカウントを読み上げるシノハラ・ミオ。
 その時を待ってメインパネルを見据えるサコミズ・シンゴの目に――いや、その場にいる者全ての目に、諦めも死の覚悟もなかった。
「――行くよ、サコミズさん!」
 被弾の激しい振動の中でも、ヤマシロ・リョウコの操縦は少しの狂いもない。
「ああ! メテオール解禁! マグネリウム・メディカライザー、発射!」
「いっけえぇぇぇ!! レイガちゃん! あたしたちの希望だよ! 受け取って!!」
 主砲フェニックス・キャノンから放たれた光芒が、レイガを包み込んだ金属触手の繭を撃ち――そのままフェニックスネストは、90度機体を捻りつつ急上昇をかけ、中央アイランド左棟と左側のマンモス庁舎の上をすり抜けた。

 ―――――― ※ ―――― ※ ――――――

 星間機械文明連合総司令本部。
 機体を捻って中央アイランドとの衝突を躱し、飛び去るフェニックスネスト。そのあちこちから黒煙が上がっている。
 ロボット長官は顔をしかめた。
「なんだ!? ぶつけるのではなかったのか!? 何をした? 宇宙警備隊隊員はどうなった?」
「……異変、ありません」
 オペレーターの報告に、ロボット長官は怪訝そうな顔をした。
「今のは、攻撃ではなかったのか?」
「ある種の光エネルギーのようですが……破壊性のエネルギーではないようです。防衛機構にも特段の異常なし」
「……なにがしたかったのだ?」
「不明です。……?」
 なにに気づいたのか、オペレーターは手元のモニターを覗き込んだ。
「長官、異常発生。宇宙警備隊隊員が――」

 ―――――― ※ ―――― ※ ――――――

 レイガは金属の塊の中でもがいていた。
 体は動かない。
 右腕を伸ばした姿勢のまま、がっちりと縛られ、固められてしまっている。動かせるのは右の手首から先だけ。右手を包む蒼い輝きのおかげで、そこだけは触手による絡みつきから逃れている。
 テレポーテーションでの脱出は困難だった。この建物の外へ逃げるならともかく、この金属触手の塊から抜け出るだけとなると、距離が短すぎる。それに、この周辺にマシンハンドをはじめとして物体が多すぎる。他の物質と重合せず出現できるだけの空間の確保が出来ない。
『――さあ、R粒子の闇に融けて消えたまえ。愚かな宇宙警備隊隊員』
 ロボット長官の高笑いに、球体のあげる鈍く重い唸りが重なる。
 時間がない。
(くそ、くそくそくそくそくそぉぉぉぉぉっ!!!! もう少しで届くんだ!)
 コアが作る暗黒の粒子、あれをぶち抜いてその中の球体を壊すには、右手のエネルギーをそのまま叩きつけなければならない。
 だが、その右手はがんじがらめにされて固定されている。
(くそ……せめて、右手が伸びれば――)
 もがいてみても、岩の中に塗り込められたように身体が動かない。
(あと少し……あと少しなんだぞっ! ここまで来て、これで終わりはないだろう!! 届けっ! 届いてくれっ! 届けよぉぉぉっっ!!!!)
 もがく。もがく。もがく。もがきにもがいても、それでも――動かない。動けない。
 さらに巻きついてくる金属触手が視界さえ塞いでゆく。
 球体の闇が濃度を増し、ついに金属光沢が見えなくなった――ところで、視界も奪われた。
 それは、絶望の闇――

 その時。
(――受け取って!!)
 背後から光の力が撃ち込まれた。

 何が起きたのか、レイガにはわからなかった。
(――届かないって? 大丈夫大丈夫。一人じゃ届かないなら、手をつないでたどり着けばいいのさ♪ 一緒に笑うため、楽しい明日のためにね)
 そう言いながら肩を組んできた誰かがいた。
 いや、その声は知っている。リョウコだ。だが、あいつは地球人のはず――
(――大丈夫、届きますよ)
 ユミの声。そして、肩越しに伸びてきた光る手が――視界を塞がれているはずなのに、見えた――右手に重なる。
(――慌てるなバカ弟子。教えたろ? 水に浮くためには、リラックスしなきゃ)
 エミの手も重なる。
(――騒ぐな。慌てるな。心を乱すな。集中しろ。念じろ。超能力は専門外だが、つまるところ力の制御とはそういうことだ)
 クモイ・タイチの手が。
(――私も、お願いします)
 シノハラの手が。
(――ボクの手でよければ使ってくれ)
 サコミズの手が。
 それから、それから……たくさんの人の、たくさんの手が。
 絆の手が。

 そして――

(さあ、やっちまいな!!)
 シノブの手に思いっきり背中を叩かれ、レイガは――

 ―――――― ※ ―――― ※ ――――――

 ずず、と何かが動いた。
 レイガの体の何かが、右腕へと集まってくる。

 光が溢れた。
 伸ばしたまま固定されたレイガの右腕が、これまでにない輝きを放ち始めた。
『な、なんだ、何が起きて――』
 星の世界では、青を極めると白へと至る。
 青い光が眩しく輝き、白へと濃度を増す。直視すら難しいほどの白い輝きへ。
 その光を浴びたホログラムが力場を失って消滅し、球体を包むレゾリュームの闇が光の圧力で裏面へと押し寄せられてゆく。
 そして、右腕の光が伸びた。
 否。
 伸びたのは光ではなく、光の中から出現した結晶の塊――それは氷だった。
 光を凝縮して氷と化した剣は、コアをさっくり貫いた。
 溢れる光、膨れ上がる氷。消滅する闇。
 右腕を縛っていたマシンハンドが、次々と膨れ上がる氷の圧力に耐え切れず、ぶちぶちと千切れてゆく。
 コアを貫いた氷が膨れ上がり、そのまま取り込んでゆく。コアが爆発した瞬間が、そのまま氷漬けになった。
 コアルームの金属壁面いっぱいに広がってゆく霜と氷。
 ゆらゆら揺れていたマシンハンドが動きを止め、霜を吹き、氷柱をぶら下げ、そして……砕け散る。風化したかのように。

 ―――――― ※ ―――― ※ ――――――

 建造以来鳴ったためしのない緊急警報が鳴り響く。
「どうなっている!? 何が起きている!?」
 ロボット長官は状況を把握できず、ひたすらパネルやモニターを落ち着きなく見渡していた。
 次々とパネルやモニターが死んでゆく。爆発や放電は起きていないが、各種装置が次々と沈黙してゆく。
 原因を突き止める前にセンサー類や機材が機能を停止するため、何の報告も上がってこない。
「――R粒子生成コア、機能停止。映像で確認できた範囲では、破壊されたのち、暴走前に凍結した模様」
「コンピューターより警報。異常冷却により、主要チップ・記憶装置・データ回線が次々破損。あとカウント249で全機能停止。速やかに新規コンピューターへバックアップデータを復元し――」
「地球戦線で異常発生。通信装置の特定チップ破損により、こちらの指令が届けられません。後は現地の旗艦に権限を委譲します。――特定チップ破損により、委譲指令の発信不能。カウント100後、現地旗艦が自動的に命令を引き継ぎます」
「中央アイランドを中心に大規模な低温化進行中。本司令部のある右棟も下部より極低温化が進行しています。現在、防ぐ術がありません」
 そう告げたオペレーターの指先が、コンソールに貼り付いた。上げた拍子に人工皮膚がべり、と剥ける。
 見れば、室内いたるところに霜がふき始めていた。
「……バカな」
 立ち上がったロボット長官の尻に、椅子がついてきた。
「む……。う?」
 身体を支えようと置いた手の平が、デスクの天板に貼り付いていた。
「く……艦内全域の高温化はできんのか!!」
「コンピューターとの回線破損により、艦内環境変更のためのあらゆるコマンドがキャンセルされています」
「出来る範囲でいい! 熱だ! 熱を発生させろ!!」
「――長官、光の国戦線より緊急通信です」
 たちまち、ロボット長官の表情が緩んだ。
「おお! 勝ったか!? ならば、我々がここで敗れようとも――」
「敗北の報告です」
「な……」
 緩んだ表情が、即座に凍りついた。その肌に霜が吹く。
「なんだと!? 向こうはここの千倍以上の戦力を投入したはずだぞ!?」
「レポートが届いています。……要約します。ペダン・バンダ連合の介入により生じた隙に、宇宙警備隊大隊長が超高エネルギー発射装置・通称『ウルトラキー』を使用、全戦力の82.5889消失。中枢艦も多数消失し、現在大規模艦隊行動不能。宇宙警備隊の大反攻を受けており、カウント6778以内に全滅と予想されます」
「サーリン星より緊急通信。宇宙警備隊隊長ゾフィーの襲撃を受け、全戦力壊滅。中枢都市も全滅し、降伏したとのことです」
「ファンタス星より緊急通信。宇宙警備隊隊員ウルトラマンエースとウルトラマン80の襲撃を受け、中枢大破。銀河連邦・銀河共和連盟合同軍の介入もあり、ロボフォーもその73.1202が壊滅。戦闘継続不能となり、降伏」
「第四惑星本星より緊急通信。――宇宙警備隊隊員ウルトラマン及びウルトラセブンの襲撃を受け、反撃するも防衛に失敗。総合センターの中枢コンピューター及びバックアップコンピューターも全て破壊されました。第四惑星守備艦隊及び製造中の艦隊は全て稼動不能状態。事実上、第四惑星は滅亡。以後の作戦行動は艦隊各個に判断せよ、とのことです」
「ほ、本星までも!?」
「銀河各地の戦線でも、宇宙警備隊ならびにその他の勢力により星間機械文明連合の勢力が駆逐されているとの報告が続々届いております。現在時点での戦力は、作戦開始時の3.6663」
「なんだ……なんなのだいったい!? どういうことか!? なぜ我々がそんな、しかも、こんな短期間で」
「理由解析――コンピューター機能停止につき、解析不能」
 その時、激しい震動が床を揺らした。
 よろめいた拍子にロボット長官の手の平の皮膚が破れた。
 倒れたオペレーターがそのまま床に頭部と背中を貼り付けられ、立てなくなる。
「こ、今度は何だ!?」
「航行用メインエンジン暴走中」
「なんだと!? それもコンピューター制御を失ったせいか!?」
「いえ。先ほどの長官の熱を発生させよという命令を受諾したものです。航行用メインエンジンの過剰作動により、異常冷却に抗し得る高熱を発生させています」
「そんなことをすればメインエンジンが、いや本艦は爆発するぞ!」
「コンピューター機能停止につき、命令及び想定の妥当性判断不能。長官の命令が最終判断となります。現在、エンジン周辺部の低温化は緩和。継続すればその範囲は維持できます。……メインエンジンを停止しますか?」
「ぬ、ぐ……」
 停止をすれば異常冷却で凍りつき、放置すれば爆発――ロボット長官は鬼のような形相のまま、震え続ける。
「だ、誰か……誰か最適の選択を想定できる者はいないのか!! 何か代替方策はないのか!?」
「繰り返します。コンピューター機能停止につき、命令及び想定の妥当性判断不能。長官の命令が最終判断となります。――長官、指示をどうぞ」
 数秒、唸りをあげて考え込んでいたロボット長官の後頭部の蓋が、内部から弾けるように開いた。いくつか、歯車が飛ぶ。
 ぎょろりと目が正面を見やった。もう、表示されているものの方が少ないパネル群を。
「……メインエンジンはそのまま。艦を浮上させ、本星系を緊急離脱せヨ」
 言っている間にも、歯車だけでなく、バネが、ネジが、基盤の欠片がぽろぽろ飛び出す。
「そウダ。残ゾん戦りょクを集め、再キヲ図るのダ。我々レ、レ、が負ケるはずナドナイノだ。ダ。Da。これハ、ナナなニかの間違イぃィだ。ロん理的デハナイ。ない。nai。ナ。しし真理ハワレワレわれ我らに、ニニッ、美しキ秩序、ジョ……――」
 眼球が左右あべこべの向きにぐるぐる回り、身体が不自然にガタガタ揺れる。開いた後頭部から、白煙が上がり、バチバチと放電が弾ける。
 だが、そんな長官を気にするオペレーターはいなかった。
 既に全員が凍りつき、霜をふき、機能を停止していた。
 長官の背後では、彼のメンテナンスを担当する秘書ロボットが、作られた艶やかな笑みを浮かべたまま、凍りついていた。マネキンのごとく。
 そして、長官も……びしりと顔面に大きくひびが走り、次の瞬間浮上の震動により砕け散った。顔も、腕も、胸も、脚も。

 ―――――― ※ ―――― ※ ――――――

 フェニックスネスト。
「……敵船体、浮上!!」
 イクノ・ゴンゾウの言葉に頷いたサコミズ・シンゴは、メインパネルを食い入るように見つめていた。
 シノハラ・ミオも、ヤマシロ・リョウコも。
 巨大な物体が、月の砂を波のように掻き分けて浮上してゆく。
 それは、全長400mを超える四角柱。
 両側の外側が上部にせり上がっているものの、それを元の通り下ろし、中央のビジネスビルを格納してしまえば、高さ100m、幅160m、長さ400mの宇宙飛ぶ四角柱となる。おおむね、世界最大のタンカーを2台横に並べ、縦に3台積んだぐらいの大きさである。
「攻撃……してこないね?」
 ヤマシロ・リョウコは不安げに呟く。その額には、また一筋血が流れている。
 最後の突撃で被弾し続けた代償に、もはやフェニックスネストは満身創痍だった。機体のあちこちから火と放電を吐き、黒煙を立ち昇らせている。とりあえず飛行しているだけの状態である。
「各種センサーで確認してるけど…………いろいろ異常が発生してるわね」
 手元のモニターを確認したシノハラ・ミオが答える。
「まず、敵の反撃は完全に沈黙。どうやら、例の電波も止まってるみたいだけど……通信回線が開いている節もない。それに、一番の異常はレイガのいた辺り。極端な温度低下が発生中。逆に船体内部のエンジンとおぼしきブロックは、暴走状態と言っていいぐらいの熱量を発生させているわ。このままじゃ爆発しかねないけど……何が起きているの?」
「全員、まだ気を抜くな」
 サコミズ・シンゴの指示に頷く三人。
「浮上したということは、まだ船は生きているということだ。どんな攻撃を仕掛けてくるかわからないぞ。――リョウコ、距離を置け」
「ジ、G.I.G」
 操縦桿を引いて、フェニックスネストを後退させる。現状、飛ぶのがやっとの機体はよたよたと後退りしてゆく。
 その時、白い噴水が船体上部中央付近から立ち昇った。
 新たな動きに緊張が走る。
 素早くシノハラ・ミオの指が動いて、その箇所を拡大してゆく。
「……凍りついた中央棟の破片のようで――」
 噴水の中から上空へ飛び出した何かに気づいてそこを拡大するのと、ヤマシロ・リョウコが歓声をあげたのはほぼ同時だった。
「レイガちゃんだ!! ……あれ? レイガちゃん?」
 サコミズ・シンゴも顔をしかめた。
 左腕、右足のないそのシルエットは間違いなくレイガ。しかし、その姿――というより、身体の配色パターンが変わっていた。
 全身蒼と黒、一部銀で完全に左右対称だったレイガの身体の配色パターン。それが、蒼と黒は右半身、腕から腰辺りまでに集まっていた。それも、無理矢理全身からその配色を集めたかのように、ねじれを思わせる歪み方をしている。それ以外の部分はほぼ銀一色。足、腰、胸のあちらこちらに、ほんの申し訳程度に黒いラインが入っているだけ。
「……彼も、二段変身をしたのか」
 サコミズ・シンゴの呟きに、イクノ・ゴンゾウが頷いた。
「そういえば、ウルトラマンメビウスも自らの配色パターンを変え、パワーアップしたそうですね。じゃあ、レイガもまた……」
「多分、そういうことなんだろうね」
 頷き返すサコミズ・シンゴの横顔に、笑みが浮かぶ。
 飛び出してきたレイガは、そのままスマートに月面へと着地した。片足立ちのまま、大きく息を吐いているかのような、両肩の緊張を抜く動作をする。
 その背後で、第四惑星の中枢艦の崩壊が始まった。
 上昇してゆく船体の中央から前半分が、朽ちた丸太が折れるように、ぼっきり折れた。
 大きく口を開いた断面で爆発が連続し、細かい破片が無数に剥がれ落ちてゆく。それでも船体は上昇を続ける――まるで傷だらけになりながらも狩場から逃亡しようとしている獣のように。
 折れて落下した前半分が月面に落着し、大量の粉塵を巻き上げる。次の瞬間、大爆発が起きた。
 そして――
「――敵船体内部、エンジン暴走の臨界点突破。爆発します」
 シノハラ・ミオの報告からかっきり十秒後。
 史上最大の侵略戦争を仕掛けてきた機械人類の中枢艦は、大爆発を起こし虚空に沈んだ。その野望と共に。

 ―――――― ※ ―――― ※ ――――――

 地球・大気圏上層部〜軌道上。

 月面の中枢艦を失った星間機械文明連合ではあったが、すぐに指揮系統を現場の旗艦の一つに委譲したため、戦闘の継続事態にさしたる問題は発生しない――はずだった。
 しかし、歴戦の勇士、智謀の策略家、冷徹な超科学の徒には、一瞬走った動揺だけで付け込む隙としては、十分だった。
 何の連携相談もなく、それは行われた。
 メトロン星人率いる遊撃部隊とバルタン部隊が隙に乗じて爆撃艦隊本体に突撃を敢行した。これに生協船団を護衛していた巨大化した異星人部隊も呼応し、爆撃艦隊は迎撃行動に出ざるをえなくなった。
 この状況に対し、追撃艦隊と乱戦状態にあったGUYSを新マンがブレスレットで援護。GUYSは一斉に戦域を離脱、新マンの下へ集合した。

「ウルトラマンと並んで、一緒に戦いたかった」

 日本以外のCREW・GUYSによって構成された、通信もままならないこの部隊の参加者は、後に全員目をきらめかせて自らの行動についてそう説明したという。
 新マンのブレスレット攻撃の混乱を立て直し、GUYSの追撃に移った艦隊――しかし、GUYSは既にその正面に陣を揃えていた。何の通信連絡もなく、ただハンドサインとお互いの気心を通じ合わせて。
 新マンの増幅スペシウム光線とGUYSメカの一斉全力射撃により、ほどなく追撃艦隊は壊滅。
 続けて、爆撃艦隊も生協船団、分身バルタンも参加した一斉包囲射撃により壊滅的打撃を受け――

 ―――――― ※ ―――― ※ ――――――

 ニューヨーク沖・GUYS総本部。

「GUYSスペーシーより連絡がありました!」
 議場に響き渡る職員の声に、世界中から集まっている要人の視線が集まった。
「敵艦隊の殲滅を確認! 我々の、勝ちです!! 我々は、勝ちました!」
 その瞬間、議場が爆発した。喜びの声で。
 誰も彼もが誰彼なく抱き合い、喜び合い、称え合う――議場の壇上に座るタケナカ総議長だけが、黙ったまま議場の天井を見上げていた。

 ―――――― ※ ―――― ※ ――――――

 東京P地区。
 近所の火事消火活動に駆り出されていたタキザワ達の下へ、泡を食ったワクイがやってきた。
「おいおい、聞いたか。戦争が終わったってよ!」
 鎮火までは行かないが、大分火の勢いも治まり、バケツリレーが一段落して、気が抜けたように座り込んでいたタキザワ、トオヤマ、マキヤ、シノブ――その他周囲に集まっていた者たちは、一斉に顔を見合わせた。
「ワクイの、それは本当か!?」
「本当ですか、ワクイさん!?」
「こんな時にウソなんか言えるかって!」
 次々詰め寄ってくる住民に、ワクイは避難所になっている公民館の方を指差した。
「今、テレビの緊急ニュースで言ってたんでぇ。どうやらあの機械のウンタラとか言うのは追い返したらしいぞ」
 途端に、人々は雪崩を打って公民館へと動き始めた。
 あっという間にその場に残ったのは、腕組みをしているタキザワと放り出されたバケツを集めて回っているシノブだけ。
「およ? きっちり屋のシノブさんはともかく、タキザワのとっつぁんは行かねえのかい?」
 怪訝そうなワクイに、タキザワは小首を傾げた。
「ああ。ま、喜ばしいことではあるが……正直、大喜びしたいってよりは、ようやくゆっくり休めるかって気持ちの方が強いもんでな。それに、まだここの火の見張りがいるだろう」
「とっつぁんらしいな。じゃ、俺も行ってきていいかな? どうにも今はニュースが見たくていけねえや」
「ああ。ここはワシとシノブさんで見てるよ」
「悪ぃな。んじゃ」
 嬉しそうに公民館へ駆けて行くワクイ。
 その後ろ姿を見送っていると、シノブがやってきた。
 少し不機嫌そうに持ってきたバケツを足元に積み上げる。
「やれやれ。いい大人が片付けもしないで……」
「ま、戦争が終わったってんだ。大目に見てあげましょうや。今日ぐらいは」
 腰に拳を当てたシノブは、しかし鼻息を一つ鳴らして周囲を見回した。
 燃えている住宅、炭になった住宅、倒壊した住宅、倒壊しそうな住宅、崩れた壁、大穴の空いた道路、垂れ下がった電線、蓋の消えたマンホール……。
「あたしらの戦争はこれからだと思うけどね」
「そうさなぁ」
 タキザワは頷いた。
「ま、なるようになるだろうさ」
「……タキザワさんもたいがいのんきねぇ。それにしても……あの子達はいつ帰って来るかねぇ」
 シノブは津川浦の方角の空に顔を向け、ため息を一つついた。

 ―――――― ※ ―――― ※ ――――――

 地球・津川浦。
 野村道場の応接間。
『――只今、敵艦隊の殲滅を確認したとGUYSより発表がありました! 皆さん、地球は、地球は救われました!!』
 テレビの中で、冷静沈着を旨とするはずのアナウンサーが絶叫している。
 その背後の映像パネルでは、市民が歓声をあげて抱き合っている。
「……すごいや」
 カズヤは口から魂を吐き出してしまいそうな顔つきで、大きく息を吐いてソファに沈み込んだ。
「地球が……勝っちゃった……」
「シロウさんやクモイ師匠が命を懸けてくれた結果だよね。……ありがとう。本当にありがとう」
 目を潤ませ、握り締めた拳をぎゅっと抱きしめるエミ。
「……………………」
 ユミは一人、窓を――開け放され、清涼な朝の空気が入ってくる窓から見える青い空を見つめていた。


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