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ウルトラマンメビウス外伝 RAYGA

 第6話  史上最大の逆襲 生ある"もの"たちの反撃 その10

 ねじれていた身体の配色パターンがゆるゆると元の位置に戻り、レイガは再び蒼と黒のウルトラ族の姿を取り戻した。
 そして、力尽きた。
 受身も取れず、うつ伏せに倒れゆく巨体。そのまま、幻影が消えるように姿を消した。

「レイガ……いや、オオクマ・シロウを助けるんだ!」
 サコミズ・シンゴの号令と共に――というより、号令が終わる前に、ヤマシロ・リョウコはヘルメットを抱えてヘッドブリッジを飛び出し、格納庫のガンスピーダーへと向かっていた。

 ―――――― ※ ―――― ※ ――――――

 光綾なすテレパシー空間。
 左手、右足を失ったシロウは横たわっていた。
「レイガ……」
 その足元に立ったのは新マン。
 しかし、シロウは目を閉じたまま、身じろぎもしない。
(……よぉ。無事だったか。その様子じゃ、そっちも終わったようだな……)
 頷く新マン。
(くくっ、ざまあねえよな。力を使いすぎて、もう動けやしねえ)
 疲れきった声だけが響く。
 新マンはゆっくり首を振った。
「いや、お前は本当によくやった。私はお前を誇りに思う」
(よせやい。……俺一人じゃ、絶対に勝てなかった。地球人からも、お前からも力をもらって……共に戦って、ようやく勝てた。いや、このザマじゃあ勝ったとは言えねえな。時間の……問題だろ?)
 闇の力による分解・侵蝕は進んでいた。左腕は肩まで、右足は股間まで消えている。
「もういいだろうレイガ」
 新マンは深く頷いて言った。
「お前はこの地球で大事なことを学んだ。新しい力も身につけた。そのかけがえのない経験を、ここで闇に沈めてはいけない。光の国へ戻れ。エネルギーはともかく、失った手足を取り戻すにはそれしかない」
(いやだ)
 シロウは躊躇なく即答した。
(今、地球を離れれば、俺は二度とここへは帰って来られない。宇宙警備隊隊員ではない俺に、そんな自由があるわけがない。それに、メビウスの件がある。帰れば捕まる)
「では、宇宙警備隊に入れ。今のお前なら――」
(それも、いやだ。確かにお前には借りがあり、今回は肩を並べて戦いはした。だが、それでも俺はお前たちが嫌いだ。エリート嫌いの俺が、どうしてエリートの仲間に入れる。俺はエリートになんかなりたくない)
「だが、そのままでは消えてしまうぞ」
(いいさ。守りたいものは守れた。代償に手足の一本や二本くれてやる、とも啖呵を切った。言ったからには、仕方がない。……拳骨上等、だ)
「……お前の帰りを待つ人がいるのにか」
(……………………)
「このまま消えてしまえば、お前の帰りを待つ者たちの戦いは終わらないぞ。戦いの終わりとは、勝負がついた時のことではない。帰って来るべき人が帰るべき場所に帰り着いて、初めて戦いは終わるのだ。お前の帰るべき場所は、闇の中ではないはずだ」
(……だったら、光の国に戻っても一緒じゃねえか。帰れなくなる)
「……………………」
 しばらく黙っていた新マンは、ふと左手をシロウに差し向けた。
「わかった。では……こうしよう」
 右手でブレスレットに触れる。温かな光が左手から放たれ、シロウを包む。
 光の輪郭が、失われた左腕と右足を描く。
(…………!? 手と、足の感覚が……戻った?)
「お前の手足を一時的に復元した。だが、あくまで一時的なものだ。体内では闇の侵蝕が続く。それは、時に耐え難い痛みと苦しみを伴うだろう。そして、最後にはお前という存在は消滅してしまう。だから、手遅れにならないうちに、光の国へ帰る決断をするんだ」
(……………………。帰るかどうかはともかく……礼は言っておく。ありがとう、ジャック)
「もって半年だ。変身をして、力を使えばそれだけ消耗する。気をつけろ」
 新マンはそのまま姿を消した。

 ―――――― ※ ―――― ※ ――――――

「――……ん、……ちゃん! …………ロウちゃん! ……事して、シロウちゃん!! 死んだらダメだよ!」
 意識を取り戻すと、ヤマシロ・リョウコの必死な泣き顔が視界を覆っていた。
「……リョウ、コ……か?」
 呻きめいた声で確認しながら、頬に落ちかかる暖かいぬめりに気づいた。涙か。
 途端に彼女の泣き顔がぱっと輝いた。
「よかった、生きてた! ――サコミズさん、シロウちゃんが目を覚ました!」
 手に持っていた携帯電話みたいな物に向かって叫ぶ。通信機らしい。
『わかった。……十分な手当てが出来るかどうか判らないが、とにかく医療室へ。準備はしておく』
「G.I.G!」
 通信機を胸ポケットに戻したヤマシロ・リョウコは、シロウの左腕を自らの首に回し、肩を支えた。女性とは思えぬ力強さでシロウを立ち上がらせる。
 だが、身体に力が入らない。思わずよろめいて、シロウは危うく右足を踏み出して、こらえた。
「……わ、わりぃ」
「ううん。あれだけ頑張ったんだもん。名誉の負傷だよ! 胸を張って! シロウちゃんは敵のボスを倒してくれたんだから!」
「そうか……俺たちは……勝ったんだな」
 ヤマシロ・リョウコに支えられながら、一歩一歩、足を踏み出す。
 どうやらここは、格納庫らしかった。殺風景な金属壁で囲まれた空間に、流線型の乗り物が安置されている。どうやらヤマシロ・リョウコはそれに乗って月面に倒れた自分を回収してくれたようだ。
「そうだよ。だから、もう安心していいの。どうしてか、手足も元に戻っちゃったし――」
「それは……」
 テレパシー空間であったことを言おうとして、ヤマシロ・リョウコの横顔を見やったシロウは顔をしかめた。彼女の眉間から鼻の左右へ、血の筋が走っている。
「怪我……してるじゃないか」
 自由になる右手を差し伸ばし、彼女の額にかざす。白い光が仄かに灯り――
「………………っ!!」
 激痛が走った。左腕に。右手ではなく。
 鋭利な刃で徐々に肉を削り落とされているような痛み。かろうじて苦鳴まではこらえたものの、身体に走った緊張まではさすがに隠せなかった。
「シロウちゃん!?」
「……だい……丈夫だ。ちょっと身体のあちこちが痛くてな。大丈夫――ほれ。治ったぜ」
 治癒の力を使っている間中、左腕の激痛は走り続けた。
 ヤマシロ・リョウコは困惑していた。
「自分の方が重症なのに……シロウちゃんて、ほんとにバカだね。でも、ありがとう」
 ヤマシロ・リョウコが笑う。何の裏もなく、心の底から嬉しそうに。
 その笑顔に、痛みが癒される気がした。
「……いいんだよ。オイタガサマだ」
「オイタガ? ……ん〜……『お互い様』?」
「ああ、それそれ。……多分、それ」
「多分かよっ!」
 元気な、とまではいかないものの、リラックスした笑い声を残し、二人は格納庫から出て行った。 

 ―――――― ※ ―――― ※ ――――――

 フェニックスネスト内の医療室。
 ヤマシロ・リョウコはフェニックスネストの操縦を担当するため、ヘッドブリッジへ戻った。
 診察台の上に横たわったシロウの横には、サコミズ・シンゴとシノハラ・ミオが付き添っている。
「……サコミズ。地球の方も片付いたそうだぜ」
 シロウの言葉に、サコミズ・シンゴは顔をしかめた。
 医療機器のコンソールを操作して、シロウの状態をスキャンしているシノハラ・ミオもちらりと二人を見やる。
「片付いた? どうしてわかるんだ?」
「さっき、ジャックと話をした。詳しい状況までは知らないが、向こうも勝ったみたいだぜ」
 サコミズ・シンゴは思わず振り返り、シノハラ・ミオと笑顔で頷き合った。
「では、地球は」
「ああ。連中の撃退に成功したみたいだ。……よかったな」
「そうか。君の……君たちのおかげだよ」
 差し出されたサコミズ・シンゴの右手を、シロウはあまり興味なさそうにじろりと見やっただけだった。
「別に俺は、お前たちのために戦ったわけじゃない。たまたま倒すべき相手が一緒だっただけだ。握手なんか――っと、いけねえ。そうか。礼儀知らずじゃ、かーちゃんに怒られる」
 渋々といったていで、ゆっくりと出された手を握り返す。
「ともかく、守れてよかったな、という意味で、だぞ。変な勘違いすんなよ」
「君の戦う理由がどうであれ、ボク達だけでは生きて帰ることすら難しかっただろう。地球人を代表し、君たちの協力に心から感謝する。本当に、ありがとう。そして――」
 握手の手をほどき、シロウの肩を親しみを込めて軽く叩く。
「今はゆっくり休んでくれ。地球へ帰り着くまで」
「それには、俺の方が感謝しておいた方がいいかな。……そういや、どのくらいかかるんだ?」
「君たちが宇宙を飛ぶほどの速度は出せないからね。それに、今のこの機体の状態では、大気圏に突入できない。一旦GUYSスペーシーの宇宙ステーションにドッキングして、修理してもらってからになる。地上に着くのは、そうだな――」
「わかったわかった」
 うっとおしげに手を振って遮ったシロウは、大きくため息をついた。
「やれやれ。難儀なもんだな。……わかった。俺が回復したら、直すかテレポーテーションで運んでやるよ。行きがけの駄賃、てやつだ……よな?」
「それは助かるけど……」
 サコミズ・シンゴはしかめっ面でシノハラ・ミオを見やる。各種スキャンデータを見ていたシノハラ・ミオは、首を横に振った。
「今のレイガ――失礼。オオクマ・シロウの体調では、短期での回復は難しいと思われます」
「ああ? なんで地球人にウルトラ族の体調がわかるんだよ」
「メビウスのデータがあるんだ」
「メビウスの? なんで?」
 怪訝そうに聞き返すシロウに、サコミズ・シンゴは少し寂しげな笑みを浮かべて頷いた。
「彼が地球にいた時、激しい戦いの連続で倒れたことがあった。その時のデータが残っている。そのデータと今の君の状態を比較してもらっているんだ。だから、完全ではないにしろ、君がどれほど消耗しているかはある程度わかる」
 そこから先は、メガネをついっと押し上げたシノハラ・ミオが引き取った。
「今のあなたは、その姿を保つのがやっと……いいえ、その姿でいることで、エネルギーの消耗を抑えている状態だと思われます。超能力を使ったり、超能力を使えるような状態に戻ろうとすれば――要するに、変身なんかしたら、あっという間にエネルギーが尽きてしまうでしょう。あなたがいくら超人でも、エネルギーが尽きたらどうなるのか……それこそ地球人よりよくわかっているのでは?」
「……………………」
 答えられずにいると、シノハラ・ミオは目を伏せ一つため息をついた。
「オオクマ・シロウ。もう戦いは終わったのです。これ以上無理はしなくていい。戻れない、というのならともかく、時間さえかければ私達にだってきちんと地球へ帰れるのだから。ここは、任せてください。それとも……私達の技術は信用なりませんか?」
「それこそどうでもいい心配だぜ」
 へっと鼻を鳴らして、シロウは目を閉じた。
「俺はウルトラ族の宇宙人だぞ。万が一この船が爆発して宇宙に放り出されたとしても、俺は生きていられる。信用なるとかならんとか、どうでもいいさ」
 シノハラ・ミオはサコミズ・シンゴを顔を見合わせて苦笑した。
「ただ……倒れた俺を月に置き去りにせず、わざわざ連れて帰ってくれるんだ。その借りはきちんと返してぇ。それだけのことさ」
「あなた……リョウコちゃんには聞いてたけど、本当に義理堅いのね」
 ふふっと笑みを漏らしながら、シノハラ・ミオは席を立った。横に置いていたブリーフボードを胸に抱き、医療室のドアへと歩いてゆく。
 サコミズ・シンゴも先に立って医療室を出てゆく。
 出る前に振り返ったシノハラ・ミオは、嫣然と笑みを振り撒いた。
「その借りを返してもらうのはまたいずれ。でも今は、ゆっくりお休みなさいな。ウルトラマンでも、休息こそが回復の一番の近道なんでしょ?」
 返事は返らない。
 既にシロウの呼吸リズムは、寝息のそれだった。
「……それじゃ、お休みなさい。よい夢を」
 そっと呟くように言って、白い指が壁際の電灯スイッチに触れる。
 医療室の照明が薄暗いレベルまで明度を落とされ、空気の漏出音とともに扉が閉じた。

 ―――――― ※ ―――― ※ ――――――

 その後、満身創痍のフェニックスネストがGUYSスペーシーの宇宙ステーションにたどり着く前に、シロウの姿は消えていた。

 ―――――― ※ ―――― ※ ――――――

 二日後。
 東京都心。
 超高層ビル最上階。
 ガラス張りの社長室に、主が戻ってきていた。
 ソファの差し向かいに座るのは、郷秀樹。二人の前には、湯気の立つ湯呑み。
「生協から戦闘参加した人員のおよそ4割が亡くなったか、行方不明だ」
 そう言って、馬道龍は大きくため息をついた。がっくり肩を落としている。
 一方の郷秀樹も、痛ましげに眉間に皺を寄せていた。
「……そうか。彼らの魂に安らぎあらんことを」
「やりきれんな。守るために戦うというのは」
「? どういう意味だ?」
「死んだ者達が残した者達へどう報いればいいのか、私にはわからんのだ。……自分で言うのもなんだが、まだ侵略者根性が染みついているらしい。これがこちらから仕掛けた侵略戦争で、得るものがあったなら、その配分によって報いることも出来ようが……どうしたものか」
「どうもしなくていいさ」
 郷秀樹は湯飲みを取り上げて、軽くすすった。
「死んだ者達が平和のために戦ったというのなら、報いるのは出来る限り平和を続けること以外にない。それこそが彼らの望みだったのだからな。そして……冷たいようだが、遺族の悲しみは彼らにとっての部外者である俺達では、どうにも出来ない。悲しみを共有し、彼らの思いを忘れないことだ。後は、せめて彼らが困窮したりすることのないように支えてやるぐらいしかないだろう」
 馬道龍は不満げに鼻を鳴らした。
「そんなことは当たり前だ。何のための生協だと思っている。私が言いたいのは、そういうことじゃなくてだな」
「ふむ……君自身の負い目か? もう少しうまく指揮できていれば、とかな」
「ム……」
 図星を刺されたらしく、馬道龍は黙り込んだ。
「それこそ、君自身が乗り越えるべきことだろう? ……君の納得や満足のために安易に物や金で解決しようとすれば、かえって彼らを傷つける。心の問題は、いつだって心でしか解決できない」
「……それが、君の得た結論か。愛する者を殺されてなお、戦い続ける君の」
「まあ、そうだな」
 哀しげに頬を緩めて、郷秀樹は湯飲みをあおる。
 そして、その水面に視線を落とし――
「ああ、もう一つ忘れていたよ」
「なんだ?」
「心の問題の解決には、時間も必要だ。……いや……そもそも、解決ではないな。あくまで対処だ。愛する者を失った心の傷は、決して消えることはない。ただ時と絆が、少しばかり優しくその傷の痛みを和らげてくれるだけだ」
「……深いな。それに、何かしら重い」
 馬道龍も湯飲みを取り上げ、ひとすすりした。
 熱いため息と共に、ふと思いがこぼれる。
「やれやれ。本当に守るというのは……難しいな」

 ―――――― ※ ―――― ※ ――――――

 GUYSジャパン地下施設。
 総監代行ミサキ・ユキ及び隊長アイハラ・リュウの指揮の下、GUYSジャパンは都内の救助活動支援のため、フル稼働していた。

「そうですか……フェニックスネストの修理にはそんなに時間が」
 ミサキ・ユキ総監代行は、少し困ったような顔をした。
 メインパネルには宇宙ステーションのサコミズ総監が映っている。
『そんなわけで、ボクはフェニックスネストが大気圏突入できるようになるまでこちらに留まる。ヤマシロ・リョウコ隊員、シノハラ・ミオ隊員、イクノ・ゴンゾウ隊員については、先にそちらへ帰ってもらうことにした』
「三人をこちらへ? どうやってですか?」
『ここには今、他の支部のガンフェニックストライカーもエネルギー補給のため待機しているからね。彼らに分乗させてもらって、そちらまで送り届けてもらう。それで、ミサキさん。悪いんだけど、ボクが帰るまでそっちの指揮は引き続きお願いするよ』
「それは構いません。私は総監代行ですから。おまかせ下さい」
『ミサキさんにそう言ってもらえると心強いよ。ありがとう』
「いいえ。……でも、やはり総監がいないとこの基地は少し寂しいですから、出来るだけ早くお帰り下さいね」
『ああ。心掛けるよ。それじゃ』
「それでは、失礼します」
 画面に一礼すると同時に、通信が途絶えた。
 顔を起こしたミサキ・ユキはさて、と呟いて一息ついた。
「……総監が戻って来られる前に、あらかた片付けておきたいところね」
 そう言って見据えるメインパネルの他のモニターウィンドウ。サコミズ総監のバストショットが消えた画面には、現在の都内の被害状況と救助要請が大きく映っていた。

 ―――――― ※ ―――― ※ ――――――

 ニューヨーク沖・GUYS総本部施設内。
 次々と回って来る決裁待ちの書類の束、ひっきりなしにかかってくる電話、終わることなく訪れる各国要人との対応を続けていたタケナカ総議長は、昼休みを総議長執務室で迎えていた。
 昼ごはんはカップラーメン。
 にもかかわらず、嬉しそうに蓋をめくり、立ち昇る湯気と香ばしい醤油スープの匂いに顔をほころばせる。
「……んむ、現役時代を思い出すな。忙しい時はよくこれで済ませていたものだ」
 プラスチックフォークを刺し、麺を引き上げて息を吹きかける。
 そこへ、職員がやってきた。
「タケナカ総議長閣下。ご相談が――あ、お食事中でしたか」
「構わんよ。ゆっくり味わって食うものでもないしな。……おおそうだ、君も忙しそうだな。食うか?」
 カップラーメンをデスクに置き、袖の引き出しから別のカップラーメンを取り出す。
「お湯はそこのポットのが今沸きたてで――」
「いえ、お気持ちだけ。それより、この後通信の時間を取ろうと思いますが」
「通信? ……ああ、GUYS・EU支部の。予定が早まったのか」
 引き出しを閉めたタケナカ総議長は、言いながらカップラーメンを取り上げ、麺を一束すすり込んだ。
「いえ、お相手はGUYSスペーシーに滞在中の、サコミズGUYS日本支部総監です」
「さこっち? いや、サコミズ総監かね? 何かあったのか?」
 顔をしかめる総議長に、職員は首を横に振った。
「特には何も。ただ、月の裏であったことの報告も書面データでの提出でしたし、総議長閣下とサコミズ総監との個人的な仲は存じておりますので、水入らずでお話をしたいのではないか、と思いまして」
「……………………」
 タケナカ総議長はずるずるっとまたすすり込みながら、考えていた。
「…………それは、君の差し金かね?」
「は。恐れ入ります」
 頭を下げる職員。
 タケナカ総議長は、カップラーメンをデスクに置いて、威儀を正した。
「その気遣いには礼を言う。ありがとう。だが、気持ちだけ受け取っておこう。今は必要ない」
「しかし……」
「特に用事もないのに通信回線を使うのは、公私の混同にあたる」
「サコミズ総監はタケナカ総議長閣下と参謀室提案の作戦を見事遂行したのです。ねぎらいの言葉をかけることは、私事にはならないと思います」
「その気遣いには、重ね重ね礼を言う。……確かに、話をしたい気持ちがないといえば嘘になるが……私が彼に作戦を授け、彼がそれを実行した。そして、成功して生きて帰ってきた。それで十分だ。顔を合わせて口で言わずとも、こちらの感謝の気持ちなど、サコミズ総監はきちんと感じてくれている。彼はそういう男だ」
「そう、ですか」
「それに、仲がよければこそ、通信画面などという味気ないものではなく、直接会って話がしたい。酒でも酌み交わしながら、ゆっくりとな。お互い生き残ったのだ。いずれそういう機会も来るさ。それを楽しみに励んでいるのだよ、私は」
「そうでしたか。失礼しました。では、その件はキャンセルしておきます。私はこれで」
 少しばかり気落ちした風で、一礼して踵を返す職員。
 再度カップラーメンに伸ばしかけた手をふと、タケナカ総議長は止めた。
「ああ、そうだ。待ちたまえ。この際だから、君に頼んでおこう」
「はい?」
 呼ばれた職員は、開いたドアのところで振り返った。
 怪訝そうな彼に、タケナカ総議長はにんまり頬を緩める。
「サコミズ総監が日本に戻り、私のスケジュールに余裕が出てきた時でいい。休暇が取れるようにしておいてくれたまえ。時期は君に任せる」
 たちまちぱっと顔を閃かせた職員は、その場で最敬礼をした。
「G.I.G! 今回の被害を一番受けた日本への視察をどこかで組み込んでおきます。その直後に総議長閣下の休暇が取れるよう、設定してみます」
「うむ。期待している」
 少しだけ軽くなった足取りで執務室を出てゆく若い職員の背中を見送り、カップラーメンを手に取る。
 ずるずるはふはふと麺をすするその顔は、穏やかに緩んでいた。

 ―――――― ※ ―――― ※ ――――――

 津川浦海岸。

「帰って来ないねー」
 海風に吹き散らされる髪を、そっとかきあげるエミ。
 海岸の裏手の山に夕陽が沈んでゆく。
 夕闇の忍び寄る水平線は、刻一刻黒さを増していた。
 砂浜に両膝を抱えて座るユミ。その隣に立つエミ。
「……大丈夫……帰って、来るよ。きっと」
 そう呟くユミの声は、重圧に潰されそうなほど弱々しい。
 日中は町でボランティア活動、夕方野村道場へ帰る間際にこうして海岸で過ごすのが二人の日課になっていた。
 カズヤはボランティア本部で情報やデータを扱う部門に所属し、生き生きと働いていた。野村道場にもほとんど戻っていない。
 二人の後ろを、数人の子供たちが歓声をあげて駆け抜けてゆく。子供たちはいつでも逞しい。どこでも、どんな状況でも友達を作り、遊ぶ術を見つけ出す。
 それらを見送ったエミは身を屈めた。うつむいて身を縮こまらせているユミに身体を寄せ、その肩を抱いてやる。
「今日聞いた話だとさ、月に行ってたGUYSの隊員さんも宇宙ステーションに帰って来たってことだよ? シロウさんも一緒に行ってたんだから、もうすぐ帰ってくるよ、ユミ」
「…………うん」
 そう頷いても、今にも泣きそうなその横顔は変わらない。
「――まあ、無事なのは確かだがな」
 背後から不意にかけられたその声は――
「師匠!?」
 振り返る二人の前に、GUYSの隊員服に身を包んだクモイ・タイチの姿があった。
「二人とも無事で何よりだ」
 ざくざく歩いて来たクモイ・タイチは、にんまり頬を緩めた。
「クモイ師匠!! ……師匠こそ無事で何よりです」
「クモイさん……」
「大阪の後始末のついでに寄ったんだが……やっぱり、奴はまだ戻っていないのか」
 艦隊殲滅後、大阪に集結していたロボット軍団とGUYS・防衛軍共同の一大決戦はエミ達も聞いていた。それは壮絶な戦いで、大阪も東京に負けず劣らず火の海になったと報道されていた。
 エミは頷いた。
「はい……。それで、師匠には聞きたいことがいっぱいあるんですけど……」
「クモイさん!」
 エミが何から聞くか迷っていると、ユミが勢いよく立ち上がった。
「あの人は――シロウさんはどうなったんですか!? GUYSの人はシロウさんのこと、知ってるんですよね!?」
「結論から言うと、行方不明だ」
「え……」
 たちまちユミの瞳が揺れる。エミも驚いていた。
 クモイ・タイチは話すべきことをまとめているように、頭をぽりぽり掻いた。
「そうだな。順序を並べて話すか。……実際、俺は月面での決戦には参加できなくてな。戦いの中身はまだよく知らん。仲間も宇宙ステーションまで戻ってきた、ということしか聞いていない」
「それで、シロウさんは?」
「月面から戻る途中までは一緒だったそうだ。ところが、宇宙ステーションとのドッキング前に姿を消した」
「……どうして、そんなことを」
 哀しそうに眉をたわめるユミに、クモイ・タイチは首を傾げた。
「それこそ奴自身に聞かなければわからんな。GUYSには心を許していないということなのか、それとも他に理由があったのか」
「他にって……猫とか象みたいな?」
「ネコとゾウ? ええと……エミちゃん、なにそれ?」
 深刻な表情のエミに対し、ユミは怪訝そうに小首を傾げる。
 クモイ・タイチは呆れたように苦笑を漏らした。
「あれか? ネコやゾウは死期を悟ると姿を消すというやつか?」
「シキ? ……死期って……!!」
 さっと青ざめるユミ。
「ああ、慌てるなアキヤマ」
 機先を制してクモイ・タイチは彼女に手の平を向け、続く言葉を遮った。
「奴が姿を消す理由なら、一刻も早くここか家に戻るための方が可能性は高い。それ以外にも何か宇宙人特有の理由があったのかもしれん。ともかく、月面の決戦で命を落としたわけではない。いずれ戻ってくるだろう」
「……そうですか。よかった」
 ほっとした表情で、膝くだけにへたり込むユミ。
 その姿に、エミも安堵の表情を浮かべた。
「よかったね、ユミ。うん、そりゃそうだよ。シロウにはあたしたちの心と魂を預けたんだもの。心も魂もないロボットなんかに、負けるはずない」
「うん。うん……」
「そうだな」
 腕を組んだクモイ・タイチも頷いた。
「負けてもらっては、この合宿を計画した甲斐がない。あいつはこの数日で、少なくとも――」
 ふと、言葉を切って顔をしかめる。怪訝そうに辺りへ目を走らせる。
「…………あああああああああああああああああああ」
 すぐに二人も異変に気づいた。
「あああああああああああああああああああ」
 辺りを走り回っていた子供たちも、足を止めてきょろきょろと見回している。
「あああああああああああああああああああ」
「なに!? なんなの? この声、何処から――」
 エミの目が沖合いを見やる。ユミもその視線につられて――
「――上だ!」
 クモイ・タイチの視線も走る。
「…………あああああああああああああああああああ――」
 派手な水飛沫が立った。何かが――状況から考えて、人間としか思えないが――空から海に落ちた。
「な……」
「え、ええ?」
「……………………」
 白く泡立った水面に、その場にいた全員の眼差しが集まる。
 しばらくして、その水面を突き破るようにして、人影が浮上してきたのが見えた。
「やっぱ……人? だよね? エミちゃん」
「……だよね? でも……泳げてる? 溺れてる?」
「どっちとも言いがたい動きだな。中途半端な」
 遊泳の限度を超えた沖合いの水域。
 浮上してきたのはいいものの、腕をバタバタ動かしているのは、泳いでいるのか溺れているのか、この距離では今ひとつ判別できない。
「――エミちゃん!」
「うん!」
 エミとユミはとっさにお互い顔を見合わせ、頷き合った。
 同時にホットパンツとスカートを脱ぎ捨てながら、腰を浮かして波間を凝視しているクモイ・タイチへ告げる。
「師匠、ここはあたしたちに任せて! ユミ、何か浮くものを!」
 ユミは周囲をざっと見回した。
「んー……と、あそこにサーフボードが! 私、取って来るね!」
「お願い!」
「――待て!」
 下半身下着姿のまま駆け出そうとする二人の肩を、クモイ・タイチはがっしりつかんで止めた。
「師匠!?」
「クモイさん!?」
 驚く二人に、クモイ・タイチは首を振った。
「大丈夫だ」
「大丈夫って、なにが!? 人が――」
「人じゃない」
 そのセリフに、エミは怪訝そうな顔になって、もう一度沖合いを見やった。ユミも同じように目を凝らす。
「いやいやいやいや、師匠。あれはどう見ても、人間――」
「ああ、すまん。言い方が悪かった。正確には地球人じゃない、だな」
「え……?」
「あれ、エミちゃん……あのシャツ……」
 ユミの声が震える。エミも、慌てて目を凝らし、その姿を見やる。
 二人の肩から手を離したクモイ・タイチは、薄く笑っていた。
「あのバカが。なんでこんな帰り方なんだ」
 彼の目にははっきりと映っていた。
 不器用極まりない泳ぎ方――それこそ溺れているのよりは少しましなぐらいの――で、波間に浮き沈みしているオオクマ・シロウの姿が。

 ―――――― ※ ―――― ※ ――――――

「シ、シロウ! なんであんた、こんな……」
 津川浦海岸にたどり着いたシロウを、三人で波打ち際の外まで引き上げた時、既に日は沈んでいた。
 精根尽き果てて、死体のようにだらりと四肢を投げ出し、荒く速い呼吸を繰り返すシロウ。
「シロウさんっ!! よかった、シロウさん!! 帰ってきてくれて!」
「んもう……ユミぃ〜」
 人目をはばからずその首にかじりつくユミに、エミの追及の槍はへし折られた。
 代わりにクモイ・タイチが傍に膝をつく。
「おい、オオクマ。おい。しゃべれないのか」
 半目のシロウの頬をぺちぺちと叩く。
「……うう……。お、泳いだ……泳ぎ切ったぞ……」
 なぜか差し出す右手を、エミは両手でがっしり握った。たちまちその目が潤む。
「うん、よくやった。よくやったぞ、弟子! あたしの教えを守って、必死に泳いだんだね! よくやった! 頑張った!」
「シロウさあぁぁぁん!!」
 感動の一場面――だが、クモイ・タイチは呆れたように一つため息をついた。

 ―――――― ※ ―――― ※ ――――――

 しばらくして、エミは水を取りに行った。
 上機嫌極まりないユミの膝枕に頭を乗せたシロウは、ようやく落ち着いた様子で一息ついていた。
「それにしても、すげえ偶然だなぁ。はは……。まさか、狙い通りにここへ戻って来れて、しかもそこに三人が揃ってるなんてな」
 腕組みをしたクモイ・タイチは顔をしかめていた。
「まさにこれこそ奇跡だな。それ以外の表現が見当たらん。……物語ならご都合主義だが……。しかし、オオクマ。頑張ったはいいが……一体なんだってこんな真似を。ヤマシロ隊員達と一緒に宇宙ステーションに行けば、安全に送ってくれたはずだ。彼女も心配していたぞ」
 シロウはん〜、としばし言い淀んだ。
「いや、サコミズがな。あいつが、帰るのに船を直したりして時間がかかるってなこと言ってたんでな。かといって、俺もあのでかい船を直せるほどには回復できなかったんで、テレポーテーションを使って船から抜けたんだよ。ところが……エネルギーが足りなくてな。生身のまま大気圏突入しちまって。そのまま海に落ちたんだよ」
「生身で大気圏突入?」
 クモイ・タイチはげんなりした。
「バカだバカだとは思っていたが……ここまで救いがたいバカだとは思わなかった。よく燃え尽きなかったな」
「ふふん。バカにするなよ?」
 クモイ・タイチにしてみれば、バカ丸出しの得意げな表情でシロウは笑った。
「こちとら宇宙の飛び方ぐらいは知ってるんだ。要するに、重力と真逆へ飛べば落下速度は低減できる。エネルギー不足でテレポーテーションも変身も出来なかったが……そうだな、この格好で走るか歩く程度の速度には出来るぜ」
「それがなんで無様な悲鳴上げて海に落ちたんだ。そのまま落下速度を落として、この浜に着地すればいいだろうが」
「決まってんだろ。そのエネルギーもとうとう尽きちまったんだよ。くそー、もう少しだったのになぁ」
「……やはりお前はバカだな」
「なんだと!?」
 目を吊り上げるシロウを、クモイ・タイチは険しい表情で睨みつけた。気を呑まれたシロウは、たちまち意気を失う。
「一歩間違えば燃え尽きて死ぬか、凍りついて死ぬか、さもなければ水面に叩きつけられて死んでたところだ」
「うん。……つーか、師匠の特訓がなきゃ溺れ死んでた、も追加してくれ」
 なぜか得意げなシロウに、クモイ・タイチは大きくため息をつくしかない。
「わかった。もういい。……ともかく、よく生きて帰ってきた」
「そうですよ」
 幸せそのものの笑顔で、膝の上のシロウを覗き込むユミ。シロウの額に置いていた手を伸ばし、シロウの右手をそっと握った。
「シロウさん。……おかえりなさい」
「お、おう。……え?」
 シロウが照れくさそうにはにかんだ直後、ユミは前屈みになって――唇でシロウの頬に触れた。

 宵闇に包まれた夜空を、流れ星が走ってゆく。
 雨のように、祝福するかのように。
 終わることなく、いくつもいくつも。


 夏が終わる。


【第7話予告】
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