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ウルトラマンメビウス外伝 RAYGA

 第6話  史上最大の逆襲 生ある"もの"たちの反撃 その8

 地球より離れること300万光年の彼方。
 ウルトラの星、通称・光の国。
 その輝く惑星の周辺宙域での熾烈な戦いは今、急展開を迎えていた。

 突如現れたペダン星とバンダ星の連合船団により、コントロールを失ったキングジョーとクレージーゴンが戦闘を放棄。
 それを追うために戦力を割いた星間機械文明連合に対し、光の国の反攻が始まっていた。
 しかし――

 光の国・宇宙警備隊司令部。
「司令! 敵中枢艦からの艦砲射撃にレゾリューム粒子検出! 多くの部隊が痛撃を受けて瓦解!」
「むぅっ!!」
 突然入ったその一報に、それまで泰然自若として動かなかったウルトラの父が腕組みを解いた。
 レゾリューム粒子。
 暗黒宇宙大皇帝エンペラ星人が放つ、暗黒の光線レゾリューム光線に含まれる成分。(※ウルトラマンメビウス第49、50話)
 光のウルトラ族の対存在と言ってもいい、暗黒宇宙の出身者エンペラ星人の放つレゾリューム光線は、闇の必殺光線である。まともに受ければ、実体化した光とも言える身体属性を持つウルトラ族は身体を失い、消滅してしまう恐るべき光線だ。
 これを無効化するには、地球人などとの合体によって『光だけではない』身体組成を獲得する必要がある。現在の宇宙警備隊でこの条件に合致するウルトラマンは、ウルトラマンジャックとウルトラマンエース、そしてウルトラマンヒカリだけである。
「レゾリューム……なぜ奴らが」
 唸っている間にも、次々と報告が入る。
「――タロウ教官の部隊の半数がやられました! タロウ教官は無事ですが、後退を余儀なくされています」
「レオとアストラの部隊も、小惑星帯へ緊急避難!」
「メビウス隊、撤退!」
「ヒカリ隊も撤退! ――いえ、ヒカリのみ踏みとどまっています! 各隊の後退時間を稼ぐためにたった一人で! ……おい、ヒカリ! やめろ、一人で中枢艦突入なんて無茶だ!」
「南天でも勇士司令部が苦戦!」
「司令、このままでは戦線がズタズタにされてしまいます!」
「くそ、なんてことだ!! せっかくキングジョーやクレージーゴンが撤退したというのに!!」
「暗黒粒子での攻撃など、どうして防いだらいいんだ!?」
「あの暗黒宇宙大皇帝が使っていた力だぞ!? 防ぎようなんかあるわけが――」

「ウルトラキーを使う」

 有無を言わさぬ威厳に満ちたその声に、司令部は水を打ったように静まり返った。
「……司令?」
 ウルトラの父は、驚愕に振り返る司令室の一同を見回し、力強く頷いた。
「あの力を……光を駆逐する暗黒の力を野放しには出来ない。そして、あの力に対抗するには、もはやウルトラキーしかあるまい。私が出る」
 それだけ言うと、マントを翻し、ウルトラの父はざわめきの収まらぬ司令部を後にした。

 ―――――― ※ ―――― ※ ――――――

 月面。コロレフ・クレーター。
(な……なんだこりゃあっ!?)
 左手を失ったレイガは、右手でその腕を押さえながら月面に着地していた。片膝をついて、大きく肩を上下させている。
 失われた部分から漂い揺れる光の粒子は収まることを知らず、徐々にだが腕を這い登るように分解侵食している。
 痛みはない。だが、『その部分』の感覚が失われてゆく。
(俺の腕が……体が分解されてるってのか!? ウルトラ族のこの身体が!?)

 ―――――― ※ ―――― ※ ――――――

 フェニックスネスト・ヘッドブリッジ内ディレクションルーム。
 正面パネルに映るは、片膝立ちのまま、消えた左手を愕然と見下ろしているレイガの姿。
「レ、レイガちゃんの手が!?」
「レイガ!!」
 ヤマシロ・リョウコの悲鳴にかぶさる、サコミズ・シンゴの悲痛な叫び。
「く……エンペラ星人の力を、なぜ奴らが!?」
『ふははははは。驚いておろう? 劣等存在どもめ』
 青ざめたサコミズ・シンゴを嘲笑うのは、正面メインパネル――レイガの向こうのホログラム。
 レイガに余裕がなくなった今、サコミズ・シンゴの声は届いていない。
『世界に顕現する現象は、すべからく因果の関係を持ち、その因果を解き明かせば再現することは可能。それが、科学だ』
「それは……確かにそうかもしれないけど……」
 シノハラ・ミオはそのまま絶句している。
『確かに、我ら第四惑星の科学力だけではこのレゾリューム粒子を解析し、取り扱うことは難しかったが、ファンタス星とサーリン星の同志達の科学力、そして宇宙各地で接収した様々な物言わぬ同志達の解析の中で積み上げられた科学的知見を結集すれば、この程度の現象の再現などさしたる困難ではない』
 再び高笑いを上げるロボット長官に、サコミズ・シンゴは唸って拳を握り締める。
「初めからウルトラマンたちを標的にした計画も立てていたということか……!!」
『かつて……我々はウルトラセブン、サーリン星同志はウルトラマンレオ、ファンタス星同志はウルトラマン80、それぞれに宇宙警備隊に邪魔をされている。計画遂行の邪魔となるに十分予想できる障害に対し、有効な対策を立てておくのは当たり前のこと。R兵器だけではない。この船そのものが、必ず我らの前に立ち塞がるであろうウルトラ族撃滅のための切り札なのだ!』
「――レゾリューム粒子検出!」
 シノハラ・ミオが叫んだ。
 再び闇の弾が奔る。
 単発のそれを、レイガは飛び込み前転で危うく躱した。
『ふはははは。そうだ。貴様らウルトラ族の絶対的な弱点、レゾリューム粒子。無様に躱すしかあるまい? だが、我らの誇るコンピューター制御の砲撃から、いつまで逃れられるかな?』
 好機と見たか、敵の攻撃は動きの鈍ったレイガに集中し始めた。フェニックスネストは後方から追尾してくる大量のミサイルを振り切ろうとするのが精一杯で、援護に迎えない。
 地上でソニックブームの尾を引くかのごとく、連続して着弾する砲弾・光弾に月面が沸き返る。
 レイガは、躱した。躱しまくった。
 時に走り、時に跳び、時に身を投げ出し、時に宙を舞って――やがて、もうもうと舞い上がる灰色の砂塵の中にレイガの姿が消えた。
 画面を睨んでいたサコミズ・シンゴは、シノハラ・ミオを見やった。
「くっ……ミオ! カートリッジ・シリンダーの充填率は!?」
「現在96%! あと2分、あと2分だけ待ってください!」
「ゴンゾウ! 最適な射撃ポイントとタイミングを割り出すんだ! リョウコ! ゴンゾウの指示に従ってフェニックスネストを移動させつつ、射撃準備! 命令と同時に、撃て!」
「「G.I.G!!」」

 ―――――― ※ ―――― ※ ――――――

 星間機械文明連合総司令本部。
 レイガを捉えていたモニター画像が灰色の砂嵐に閉ざされていた。
「目標消失」
「着弾時に舞い上がった粉塵の影響で目標が捉えられません。暫時砲撃の停止を提案」
 アンドロイド・オペレーターの抑揚のない声が響く。
 空中のフェニックスネストを狙うのとは違い、地上にいるレイガを狙うとなると、ばら撒いた弾幕の着弾で大量の砂塵が舞い上がる。地球の6分の1しかない重力のため、その滞空時間は長い。細かい砂塵は、様々なセンサーの目を潰してしまう。
「ええい、ちょこまかと!」
 ホログラムを待機状態に戻したロボット長官がデスクを叩いた。
「そもそも、なぜ左手などを消した。頭か胸、もしくは足を狙えなかったのか」
「R兵器は制御が難しく、現在の状態での精密射撃は出来ません」
「なんだそれは。……威力も思ったほどではないし、同志ファンタスも不完全な兵器を持ち込んでくれたものだな」
「中央アイランド左棟下部のR粒子生成コアから、両側舷の射出機構へ粒子を移動させる際に相当量のR粒子が失われています。また、外部射出機構――特に砲身には耐久上の問題があり、R砲弾射出時の反動で震動してしまう課題をクリアできていません」
「それでは使えないのと同じではないか。何か対策はなかったのか」
「R兵器は、精密射撃及び全力射撃を行う場合、全防壁を開放し、コアを含む中枢機構を露出させる必要があります。前者は捕捉した標的の動きをコアに直結した砲身に精密追従させるため、後者は機構内部の冷却装置では間に合わないためです。ただし、現状の戦況から必要な措置ではありません。むしろ、非効率的戦術です」
「コンピューターによる解析結果、出ました。R兵器の精密射撃もしくは全力射撃提案――やはり優先度は低いです」
 ロボット長官はフン、と鼻を鳴らした。
「まあいい。ならば、確実に当てられるようにするだけだ」
「周囲に漂う粉塵と目標の想定以上の機動力により、単発での命中率は1.8933にまで低下。位置特定まで待機状態に入ることを推奨します」
「必要ない。あれを狙え」
 メインパネルの隅に映っているフェニックスネストを、ロボット長官の指がさし示した。
「R兵器以外の砲門は全て移動型防衛拠点を捕捉せよ。あれを狙えば、ここまでの行動パターンからして、奴は確実に射線上へ身を曝すはずだ」
「命令の妥当性判定。――完了。コンピューターもその命令を支持しました。R兵器を除く全砲門全力射撃、目標・敵移動型防衛拠点。射撃、開始」

 ―――――― ※ ―――― ※ ――――――

 粉塵に沈んだレイガを放置し、再び星間機械文明連合総司令本部の砲撃がフェニックスネストに襲い掛かる。
 追尾ミサイルだけでも苦心していたところへ、追加の弾幕。
 ヤマシロ・リョウコの腕を以ってしても躱すことの不可能な物量の砲撃に、あっという間に逃げ場はなくなった。
 そして、至近弾の衝撃で態勢を崩したところへ、無数のミサイル・砲弾・光弾が――
『ここは通さんと言ってんだろうがっ!!』
 全くためらいなく、レイガがその前に立ちはだかった。
 たちまち、連続する無慈悲な爆光爆炎がレイガの蒼い姿を、その苦悶の声さえも飲み込む。
「レイガ!!」
 サコミズ・シンゴの表情が歪む。
『ふはははは、やはり自ら飛び込みおったな!? バカめっ!』
 ロボット長官のホログラムが高笑いをあげる。
 爆炎が晴れた時、レイガは再び月面に落ちた。
 しかし、今度は着地こそしたものの、すぐにへたり込むように尻餅をついてしまった。
 怪訝そうに画面を見ていたヤマシロ・リョウコが息を呑む。
「……!! レイガちゃん!! 足、今度は足が!!」
 フェニックスネスト無傷の代償は、レイガの右膝。
 右膝を中心に腿と脛の中ほどまでが光の粒子となって虚空に漂い、霧散してゆく。
「あれじゃ、これ以上避けられないじゃない!!」
「なんて狡猾な! 我々をエサにして、あの闇の攻撃を確実に命中させているのか!」
 珍しく声を荒げるイクノ・ゴンゾウ。
 そして、ホログラムが嘲笑う。
『ふははははは。その足ではもはや逃げ惑うことも出来まい、宇宙警備隊隊員』
 レイガの胸のカラータイマーが点滅を始めた。

 ―――――― ※ ―――― ※ ――――――

「カートリッジ・シリンダーにエネルギー注入完了!」
 シノハラ・ミオの叫びに、サコミズは頷いた。
「メテオール解禁! 今だ、リョウコ! フェニックス・フェノメノン発射!」
「G.I.G!!」
 正面にはレイガがいる。
 だが、リョウコはためらいなく撃った。

 ―――――― ※ ―――― ※ ――――――

 地球と違い、月面上では得られる光のエネルギーの減衰がほぼない。
 そこでカラータイマーが点滅を始めるということは、かなりのピンチである。
 右足が文字通り失われ、左手も肘まで消えている。
 確かに、あのホログラムが嘲笑っているとおり、もう砲撃を躱すことも捌くことも出来ない。
(ここまでか)
 レイガは、自分でも意外なほど冷静にそう思った。何とか片膝立ちで身を起こす。
(……さすがに、これでは……)
 脳裏に甦るは、これまでのピンチ。
 ゾフィーと対峙した時。
 二体の地球怪獣に叩きのめされた時。
 ユミを斬ったツルク星人と相対した時。
 ウルトラマンジャックにスペシウム光線で吹っ飛ばされた時。
 あの時と同じ、苦い敗北の臭いが胸の奥に漂う。

 これ以上に意味があるのか。

 これ以上、守りきれるのか。

 無理だ。腕が消え、足が消え――もう動くこともままならないのに、何をどうして守るのか。
 結局、自分は半端者――

『――レイガ! 躱せっ!!』
 サコミズ・シンゴの鋭い叫び声に、レイガの意識は引き戻された。
 同時に、横っ飛びに体を躱す。

 今いたその位置を、凄まじいエネルギー光線が通過した。

 ホログラムは粉砕されて消滅。
 左舷のマンモス庁舎の中ほどを易々とぶち抜いて、中央のビジネスビル――星間機械文明連合総司令本部に直撃した。
(な……)
 躱したにもかかわらず、荒れ狂うエネルギー流に至近で曝された全身を、痺れに似た痛みが襲う。
 その痛みが、レイガを闇へと引きずり込んだ。

 ―――――― ※ ―――― ※ ――――――

 星間機械文明連合総司令本部。
「な……なんだと!?」
 凄まじい衝撃に、椅子から転げ落ちたロボット長官の表情は歪んでいた。
「一体何が起きた!?」
「高出力イオンビーム直撃。左舷砲塔内蔵防壁貫通、中央アイランド左棟下部のR粒子生成コアルーム防壁損壊」
「ホログラム投影力場、消失」
 無表情なオペレーターたちもまた椅子から放り出されたり、倒れていたがコンソールにしがみつきながら身を起こし、状況を報告し始めた。
「左舷電磁防壁・物理防壁ともに第7層まで完全消失。電磁防壁の復帰までカウント500」
「左舷砲門の34.7715消失。15.3637になんらかの異常。本船の攻撃力、防御力ともに37.9926まで低下」
「中央アイランド左棟防壁の消失とともにエネルギーコア露出。ただし、コアに異常なし」
「コアの周囲に漏れ出したR粒子が、防壁を貫通して減衰したイオンビームを相殺した模様」
「中央アイランド右棟――総司令本部及び総合センターに被害なし」
「これより本船の全行動はR粒子生成コアと総合センターの防衛を最優先事項とします。――コア防護関連装置、作動開始」
「なぜ奴らにイオンビームが射てたのだ!? 射てぬように計算して弾幕を張っていたのではないのか!?」
 立ち上がったものの、椅子には座らずデスクの天板を叩いて喚くロボット長官。
「――移動型防衛拠点は、宇宙警備隊隊員の直背後より砲撃」
「直背後から……?」
 その言葉の意味を理解した途端、ロボット長官は目を剥いた。
「ち、地球人め、あの宇宙警備隊隊員ごと撃ちおったのか!! だが、その可能性にコンピューターはなぜ対応しなかった!」
「判断理由提示申請。――許可。報告。コンピューターによると、そうした行動に移る可能性は、地球人の精神的・判断論理的特性から考えて極小と判断。また、その行動を選択したとしても、現実には技術的問題があり、成功する可能性も極小と判断されております」
「だが、実際にこうして被害を受けておるではないか!! ……おのれ、地球人。なんという……これだから言動に論理的一貫性の低い存在という連中は!! ええい、それで宇宙警備隊隊員の動向は!?」
「イオンビームを至近で躱したものの、ダメージを受けた模様。転倒後、眼光消失。起き上がる気配なし」
「ならば、今は移動型防衛拠点の排除に全力を挙げよ! 第二射を撃たせるな!! あらゆる手を使用して――」
 そのとき、オペレーターの一人が振り向いた。
「長官、ペダン・バンダ連合船団を追撃したEprIR部隊が壊滅しました」
「なに!? 何が起きている!?」
「EprIR部隊全戦力を以って船団を取り囲み、一斉砲撃をした直後、船団が自爆。ダメージ比率だけで言えば、第三惑星防衛部隊が投入してきた大規模範囲攻撃兵器の15.7332という想定以上の威力により、半径2457の範囲に集中していたEprIR部隊は消滅しました」
「どういうことだ、なぜ自爆など……いや、自爆したのならPdnKJとBndCGのコントロールは」
「いまだ回復せず。戦線から遠ざかる一方です」
『――簡単な戦術だよ、人形』
 突然、通信回線にペダン星人が現れた。
『我々が何の策もなくお前たちの前に姿を晒すと思っていたのか。やはり人形、しょせん頭の中は空洞のようだな』
「ペダン星人!」
 シルエットの星人は、くつくつと笑っている。
『新開発のペダニウム爆弾の威力、いかがだったかな? 少々扱いが難しいので、こういう形でしか使えなかったのだが……不完全なインペライザーとはいえ、これだけ破壊できるなら十分な威力と言わねばなるまい? それもこれも貴様らがバカ正直に囮船団の後を追ってきてくれたおかげだ。いい実地試験だった』
「おのれ……」
『いいか、人形。貴様らが何をほざき、どこで暴れようと我々の知ったことではない。だが、我らの勢力域に侵入しようなどと愚かな計画を立てたなら、同じ末路が待つとその空っぽの頭の中に記憶しておくことだ。……では、我々はこれにて失礼する』
 慇懃に頭を下げた後、ぶつりと回線は落ちた。
 
 ―――――― ※ ―――― ※ ――――――

 フェニックスネスト・ヘッドブリッジ内ディレクションルーム。
「ミオ、シリンダー・カートリッジ再充填開始! リョウコ、敵の砲撃を躱しまくれ! ゴンゾウ! 敵の状態を報告!」
「レイガちゃんはどうするの!? 目の光が消えてるよ!?」
「援護の余裕はない!」
 聞きようによってはあまりに冷たいその一言を、しかしヤマシロ・リョウコは唇を引き結んで頷いた。
「……了解! 今は、自分のことだけに集中する!」
「そうよ、せっかく針の穴に糸を通したんだもの! ここで下手なステップを踏むわけにはいかないのよ!」
 そう叫ぶシノハラ・ミオの表情には、以前にはない苦悩と焦りの色が刻まれている。
 イクノ・ゴンゾウも鬼のように目尻を吊り上げた顔つきで続く。
「敵の砲撃が彼に向かえば、それだけこちらにチャンスが生まれる。こちらに向かえば、彼にチャンスが出来る。お互いのチャンスを生かし切れるかどうかは、こちらの動きと彼次第です!」
「ここが踏ん張りどころだ!」
 サコミズ・シンゴはヤマシロ・リョウコの座る椅子の背もたれに手をかけ、正面パネルに映る敵総司令部の姿を睨む。
 左舷の建物の中央部に風通しのよさそうな大穴が空き、中心のビジネスビルの左棟下部もえぐられたようにぽっかり口を空けている。そのビルの中に、ウルトラマンの腰ほどはあろうかという高さの、巨大な球体が見えていた。その表面は不気味な血の色をまとった暗黒色の揺らぎを見せている。
「あれが、おそらくは奴らのエネルギーコアのはずだ」
「はい。高エネルギー反応と共に、レゾリューム粒子の生成を検出しています。エネルギー発生機構があれ一つとは限りませんが、間違いなく、あの船の中枢機構の一部です!」
 各種センサーのデータへ瞬時に目を通したシノハラ・ミオの補足に、イクノ・ゴンゾウ、サコミズ・シンゴ共に頷いた。
「あれを破壊する! GUYS! サリー・ゴー!!!!」
「「「G.I.G!!!」」」
 
 ―――――― ※ ―――― ※ ――――――

 月面に大の字で力なく横たわるレイガ。
 周囲はいまだ舞い落ちる粉塵がうっすらもやをかけている。

 カラータイマーが鳴っている。
 右足の感覚、左腕の感覚がない。エネルギーは尽きつつある。
 意識が……はっきりしない。
 夢の中にいるような、テレパシー空間にいるような、ふわふわした感覚が続いている。
 寒い。
 失った右足と左腕から熱が奪われてゆく。
 冷えてゆく。
 力を――エネルギーを失うとは、消滅とは、死とは……これか。
 失われ行く熱は、思考能力までも奪い去ってゆく。
(……疲…………れた……。さ、むい……。もう……俺は……)
 カラータイマーが鳴っている。
 その甲高い音だけが、沈み行く意識の邪魔をする。
 それさえなければ、このまま心地よく眠りの中に落ちて行けるのに。どこまでも、どこまでも、永遠の闇の中へ……どこまでも……。
(……い……や……)
 違う。
 何か雑音が混じっている。
 カラータイマーの神経に障る警告音の陰に、なにか。
 このまま眠り行くなら気に止める必要もないその雑音に、なぜ気づいたのか。
(……何か、聞こえる……)


『ロボットごときに負けてたまるかっ!!』
『ウルトラマンが戦ってくれているんだ! 地球人の俺たちが戦わないでどうする!』
『弾尽き、エネルギーが切れるまで、戦えーっっ!!』
 そして、見えた。
 宇宙空間、走る光線・光弾の中を泳ぐように乱舞するGUYSのメカたち。
 迸る光撃、炸裂する爆光、火を噴く戦艦。砕け散るロボット。

『ここは、地球だ! 宇宙で戦ってる連中の帰る場所だ!! 守れぇーっっ!!』
『敵はロボット、遠慮はいらん! 全火力を叩き込めーっっ!!』
『出て行け、ここはオレ達の星だ、出て行けええええっっっ!!!!』
『関西人のド根性、思い知ったらんかい! オラオラオラオラオラオラオラァァァッ!!!』
 ビルの間を闊歩するロボットに対し、浴びせかけられる弾丸砲弾。
 ビル伝いにロボットに取り付いたり、ロボットが倒れた隙にその内部へ侵入し、暴れまくっている者までいる。
(これは……地球で戦っている連中……なのか)
 どこかで、ふつ、と小さな熱が生まれた。小さな小さな、人肌ほどの熱が。


 また、見える。
『戦況は私が見ている! 各自は目の前の敵に集中しろ! ……右後方、ガメロットを止めろ! ザンパ船、それ以上はGUYSの戦闘空域に接触する! 連中の誤射を招く、退がれ!』
 宇宙空間、その身を曝して指揮を取っているメトロン星人。
『これ以上、船団を墜とさせはせん! ――ネオ・MTファイアー!!!』
 宇宙船の装甲の上に仁王立ちになり、長くすぼまった口から炎を吐く、紅いビラビラだらけの宇宙人。
『……これ以上の住環境悪化は認められない。全力を以って阻止せよ』
 特徴的な笑い声と共に、数十のバルタン星人が同じ言葉を繰り返しながら戦っている。
(異星人までが……守っている。戦っている)
 熱を帯びた部分が、仄かに光る。赤く、埋み火のごとく。


『――リョーコちゃんのやってたことに比べたら、大分楽だね。誰だか知らないけど、上でほとんど落としてくれてるしさ』
 リョーコがやっていたように、画面上の敵や光弾を狙い射っているGUYSの隊員。セザキ、だったか。
『こちらクモイ。北海道釧路から帰投中に接触したニセセブンを千葉沖合いで撃破』
 海中から立ち昇る噴煙を背に、ガンローダーのコクピットでクモイ・タイチが眼光鋭く報告を行っている。
『こっちも富山のガメロットは撃破したぜ。どうやら大阪にロボット軍団が集結しつつあるらしいな。援護に向かう』
 連戦の疲れも見せないのは、確かGUYSの隊長とか言ってたやつだ。リュウ、と呼ばれていた。
 ぽっと、火が点る。一筋、白い煙が立ち昇る。


『約束しよう。お前達が帰ってくるまで、必ず守り抜いてみせる』
 新マンの声が甦る。
 そして、圧倒的戦力を前に、約束通り背にした地球を守る彼の姿が見えた。
 いくらブレスレットの能力で回復したとはいえ、あらん能力とエネルギーの全てを注ぎ込み、疲弊の極みにあるはずだ。その胸のカラータイマーも赤く点滅している。
 なのに、微塵も弱った様子を見せず、伸びた背筋の美しさよ。
(……ジャック……。……くそぅ。ちくしょう。なんだ、それは……………………かっこいいじゃねえか)
 憧れや嫉妬といった燃料を得た小さな火は、少し火力を増す。
『みな……この星の明日を、命を、愛する人を守るために必死で戦っている。その絆と想いがある限り、俺は決して負けない。負けられない』
『お互いを信じ合い、守り合い、任せ合うことで幾多の困難を乗り越えて行く。それが――『 絆の力 』だ』
(『 絆の力 』……)
『共に戦うものたちと』
(共に戦うものたち……)
 火力を増した火は、じりじりと広がり始める。


『――了解! 今は、自分のことだけに集中する!』
 ウルトラマンと地球人はお友達だなんだと言っていたリョウコが、何かを吹っ切っている。
『そうよ、せっかく針の穴に糸を通したんだもの! ここで下手なステップを踏むわけにはいかないのよ!』
 確か……シノハラ。だが、表情はレイガにもわかるほど、苦しげに歪んでいる。
 わざと声を出して、心を奮い立たせている顔だ。わかる。ツルク星人のとき、自分もそうだった。
『敵の砲撃が彼に向かえば、それだけこちらにチャンスが生まれる。こちらに向かえば、彼にチャンスが出来る。お互いのチャンスを生かし切れるかどうかは、こちらの動きと彼次第です!』
 あの宇宙船に乗っていた、体格のいい男が覚悟を決めた形相で叫んでいる。
(まだ……俺に望みを……? ……俺を……信じて…………あいつら……)
『ここが踏ん張りどころだ!』
 サコミズが吼える。
 その声が、風となって火を煽る。



(腕を、足を失っても……俺はまだ、戦えるか……? やつらの足手まといではないか? 勝つために、まだ俺が出来ることは……ここでじっとしていること以外に何かあるか……?)


『こぉの、バカ弟子がぁっっ!!


 闇を引き裂いて走る閃光のごときその声は、エミの声。
 ぼんやりしていた意識が、きりりと鮮明になった。
『出来るかどうかじゃない。やる気があるかどうかだよ!』
 それはカズヤの声。
 そんなセリフを聞いた覚えはないが、ろくにケンカの経験もないくせに、そういう知識だけは一人前のカズヤなら言いそうだ。
(クソ……お前に言われると腹が立つ。……間違ってないだけに余計にな)
『足手まとい? はっ、元からだろう。諦める理由としては、今さらすぎるぞ。……自分に嘘をつくな。怖いのだろう?』
 小馬鹿にしたような笑みを浮かべてクモイ・タイチがうそぶく。
(お見通しかよ、くそったれ)
『シロウさん……シロウさんの本気、見せてください』
 ユミの声。
(本気…………そうか。俺は、まだ……)
 火は燃え広がり、勢いを増し、炎となる。


 レイガの目に、光が灯った。


『こっからが本当の勝負だよ、弟子!!』
 心の奥底からエミが吼える。より鮮明に、肩を組んだ耳元で叫んでいるように。
(――応っ!)
 ぐぐぐ、と上体を持ち上げてゆく。
 だが、失われた左腕が、力が、起き上がる身体を支えきれない――
『……支えにするには、心許ないかもしれませんけど……』
 耳元で囁くユミの声。背中を暖かく優しい手が押してくれる。
(十分だ)
 上体を起こしきったレイガは、身体を前にのめらせ、左足だけで立とうとする。
 しかし、左足一本で立ち上がるのは困難を極める。バランスが安定しない。
『腹の下に力を入れんか。重心じゃ重心。……ほれほれ、ちょっと奇跡ってやつを起こしてみんかい』
 イリエの杖に下腹を押さえられる。
 体中に散っていた力が、そこに集まってくる。
(はい、超師匠!!)
 ぐっと力んで、左足だけで立ち上がる。勢いをつけて、背筋を真っ直ぐ伸ばす。ジャックのように。
 顎を引き、たなびく粉塵の向こうにそびえる星間機械文明連合総司令本部を見据える。
(そうだ。今はぐだぐだ考えてる場合じゃねえ。頭でわかったつもりでも、まだ覚悟が足りなかったみてえだ。こいつは――)
 右拳を握り締める。
(――絶対に勝ち取らなきゃならねえ戦いなんだ。俺は、みんなの思いを背負ってるんだ。この身体が動く限り、しんどいの寒いの怖いのなどと泣き言なんか言ってられねえ)
 満身創痍。勝ち目なんて見当たらない。なのに――
(ああ、そうだぜ。足手まといかも、なんざ俺らしくねえ。そんな甘い考えでどうにかなるほど、このピンチは安くねえ。まさに絶体絶命だ)
 そう。なのに。
 心が躍っている。わくわくしている――みんなで戦えることに。その実感に。

『―― 一見困難で、実現不可能に見える道へ勇気を持って踏み出し、共に切り拓き、進むために。……そう。『諦めなければ、必ず夢は叶う』。そのことを証明するために、俺たちは戦ってきた。そして、これからも戦う。それが――』

(そう、俺は――)


『ウルトラマンだ』


 その瞬間、振りかぶりもしていないのに、右拳にいつもの蒼い輝きが宿った。

 ―――――― ※ ―――― ※ ――――――

 立ち上がったレイガが、たなびく粉塵の中から現われた。
 膝のない右足と、先を失った左肘から光の粒子をたなびかせて。
 復帰したホログラムは、その姿を見て嘲笑を浮かべた。
『そのまま寝ているか、消えてしまえばよかったものを。その足、その腕でなにが出来る。もはや逃げることも出来まい?』
『――逃げる?』
 レイガの声が、戦場に響いた。右足と左手を失いつつある者の口調とは思えぬほど落ち着いた声が。
『逃げやしねえよ』
 両足を開き、両手を広げる。背後のものを守る、絶対防御の構え。
『こちとら、てめえ一人で戦ってるんじゃねえんだ。守らなきゃならないもののためなら、腕や脚の一本や二本ぐらいくれてやる。持って行け』
『なに?』
 あまりの落ち着きぶりに、ロボット長官の方がたじろいでいた。
『その代わり、てめえら』
 蒼く輝く右腕を振り上げる。
『覚悟決めて来いよ。本気の俺は、宇宙最強だぜ!!』
『ほざけ、もはやろくに動けもせぬ分際で。よかろう。――R兵器射撃開始! 奴は避けられん。全力射撃で望み通り跡形もなく消滅させてしまえ』

 ―――――― ※ ―――― ※ ――――――

 フェニックスネストのヘッドブリッジ内ディレクションルーム。
 CREW・GUYSはレイガの復活劇を横目に見つつ、追尾ミサイルを振り切ることに全力を傾けていた。
 さしものヤマシロ・リョウコも、今の状況では歓声をあげることは出来ない。
『――シノハラ、頼みがある』
 突然ヘッドセットに流れてきたレイガの声に、シノハラ・ミオは面食らった。
「な、なに? どうしたの?」
『さっきと同じように、背後から俺を撃て』
 無茶苦茶なその願いに、シノハラ・ミオは思わず頬を引き攣らせた。
 しかし。
「……わかった。あなたを、信じるわ」
『頼んだぜ』
 通信が切れると同時に、シノハラ・ミオは振り返ってサコミズ・シンゴに進言した。

 ―――――― ※ ―――― ※ ――――――

 星間機械文明連合総司令本部。
 露出したままのコアがぎゅるぎゅると怪しげに蠢き、左舷砲塔群内蔵防壁に空けられた大穴越しにレイガをロックオンする。
「――R兵器全力射撃準備完了。敵のイオンビームによる攻撃貫通が防壁展開の手間を無くしてくれました」
「自ら首を絞めたか、地球人。愚かよな。……さあ、文字通り消え失せろ。宇宙警備隊隊員!」
 手を振りかぶる。その時。
「移動型防衛拠点に高エネルギー反応。通常レベルですが、主砲攻撃の兆候です」
「なに? 防壁がない状態でそれはまずい! 防御弾幕を張れ!」
「位置が……! またしても宇宙警備隊隊員の直背後です。左舷破損箇所の方向ですので、こちらからの防御弾幕、間に合いません」
「またか! 一度ならず二度までも……我らに同じ手が通じると思うか。R兵器全力射撃。宇宙警備隊隊員ごと消し飛ばしてしまえ!」
「了解。R兵器、全力射撃開始」

 ―――――― ※ ―――― ※ ――――――

 フェニックスネストのヘッドブリッジ内ディレクションルーム。
「フェニックス・キャノン、発射!」
 サコミズ・シンゴの命令と同時に、ヤマシロ・リョウコは撃った。
 主砲の砲口が眩しい白光を放つ。

 ―――――― ※ ―――― ※ ――――――

 星間機械文明連合総司令本部のレゾリューム砲の暗黒光線と、フェニックスネストのフェニックス・キャノンは同時に放たれた。
 白と黒の奔流がぶつかり、蒼の巨人はその境目に姿を消した。
 ぶつかり合った闇と光のエネルギーは、爆発することもなく中間地点でお互いを喰らい合い続ける。
 やがて、レゾリューム砲もフェニックス・キャノンもほぼ同時にエネルギー切れを迎えた。
 
 そして――

 ―――――― ※ ―――― ※ ――――――

 相殺しあったエネルギーに、センサー類が一瞬目くらましを受けたような状態になった。
 一呼吸置いて次々と甦るモニター・データ類。彼我の損傷がほぼなし、との報告を受けた直後――激しい震動に襲われた。
「……な、なんだ!? エネルギーは相殺したはずではないのか!?」
 思わず突っ伏したデスクから身を起こしたのは、ロボット長官。
「――最悪レベルの緊急事態発生。上層甲板の中央アイランド左棟付近に宇宙警備隊隊員が出現」
「なに!? R兵器によって消滅したのではないのか!? どうやってそんなところへ!?」
「状況解析。――完了。命中寸前に空間の歪み検出。テレポーテーションで移動したものと推察」
「ば、ばかなっ!! 早く奴を排除しろ!!」
「コアの防御機構が既に作動しています」
「R兵器は撃てんのかっ!?」
「全力射撃直後につき、再チャージまでカウント100」
「……そうか、立ち上がってすぐに飛び込んで来なかったのはそれを狙ってか!! おのれ、小賢しい真似を! こうなれば、中央アイランドを船内に格納しろ! R粒子生成コアが壊されたら、こちら側の棟もただではすまん!」
 コンソールを操作したオペレーターの一体が、首を振った。
「――命令実行できません。左棟破損の影響により、アイランド昇降装置に歪みが発生。また、いくつかの破損部分が降下の障害となっています。無理に稼動させることにより、歪みがアイランドへ伝播し、無傷の右棟までもが崩壊する可能性が34.5899」
「ならば全機能を挙げて、奴を排除するのだ! 中央アイランドを守れ!」
「命令受諾。全リミッター開放。コンピューターより指示受諾。マシンハンドで捕獲し、至近距離からのR兵器砲撃により消滅させます」
 抑揚のない声の報告を聞きながら、ロボット長官は両拳をデスクに叩きつけた。
「おのれぇ〜。なぜだ!? なぜ我々が追い込まれている? なにが問題だったのだ? 我々は選択しうる中で最高の選択を、最良のタイミングで選んできたはずだ! なのになぜ、あんな低脳どもにここまで食い込まれているのだ!? 理解不能だ!」
 その後頭部からは、もくもくと白煙があがり始めていた。


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