ウルトラマンメビウス外伝 RAYGA
第6話 史上最大の逆襲 生ある"もの"たちの反撃 その7
サーリン星大気圏外。
群れ集い、迫り来るガメロット部隊に対し、怯みもせず立ちはだかるウルトラ戦士一人。
銀を基調に赤い模様を刻んだその姿。
胸を飾る六つの星は並ぶ者なき勇士の証、ウルトラブレスター。
両肩を飾る星は宇宙警備隊隊長を意味するスターマーク。
彼こそ、銀河に名高きウルトラ兄弟の長兄、宇宙警備隊隊長ゾフィー。
右腕を真っ直ぐ伸ばし、水平に曲げた左手をその右腕に向けた構えは、宇宙最強を謳われる必殺光線M87光線の構え。
『ユウキセイメイタイ、シスベシ』
『ウチュウニタダシキシンカヲ』
『ウツクシキチツジョヲ』
「――宇宙の秩序を乱しているのは、お前たちだ」
いささかの揺るぎもなく断じ、放つM87光線。
宇宙の黒を引き裂いて奔る、白の閃光。
ミステラー星人のネオ・MTファイアーを、新マンのスペシウム光線を、ウルトラブレスレットさえ弾き返した装甲がまるで紙のように燃え上がった。
光線が通り過ぎた後に咲き誇る、爆光の華、華、華。
ゾフィーはM87光線を放ちながら、向きを変え、宙域全体を掃き清めてゆく。
地球へ派遣された機数を大きく上回るガメロットが、その一払いで墜ちてゆく。
軌道上からロボットの姿が消し尽くされるのも、時間の問題だった。
―――――― ※ ―――― ※ ――――――
月面。
インペライザーの大群とレイガの戦いは続いていた。
右手でトゲつきの鉄球を押さえながら、左腕で別の機体の大剣を受け流す。わずかに崩れたバランスを見破ってそいつを蹴り飛ばし、トゲつき鉄球の機体も返す回し蹴りで後退らせる。
空いた間合いを、すぐさま別の機体が埋めるべく突進してきた――両腕のドリルを猛回転させながら、真っ直ぐに構えて。
ドリルが相手ではまともに受けるわけにもいかず、受け流すのも難しいと見たレイガは、空中へ飛び上がった。
そのままとどまってはいい的になってしまう。
すぐにインペライザー・ドリルタイプの背後に着地し、右貫手を背部装甲の隙間へ突き込んだ。
背後から襲い来る曲刀タイプを蹴り飛ばしつつ、装甲内部で右手のエネルギーを開放。
インペライザー・ドリルタイプは全身の隙間から青い輝きを放った後、あちこちから火花と炎と電撃を放って擱坐した。
(……ようやく一機か! 大気がない分、地球上ほど消耗は激しくないが、この数は厄介だぜ)
左右から襲い掛かってきた二機の大剣を飛び込み前転で大きく躱す。
(スラッシュ系の光線一発で倒せる相手でもないしな)
ちらりと見やる上空を、アフターバーナー全開で旋回しているフェニックスネスト。
四方を囲む四部隊のロボット軍団がそれぞれに放つ砲撃を、全長70mの機体とは思えぬ機動で躱している。
(――とりあえず、リョーコたちが他の部隊の足を止めてくれている間に、この四機を潰しちまって、早いとこボスの居場所を見つけねえと――う!?)
四方の一角、正面に陣取るインペライザーの一団。人間で言うなら頭部に当たる部分の三連ガトリング砲の砲口がこちらを向き、じわりと光を放ち始めている。
(ちぃっ)
片膝立ちのレイガは、咄嗟に両腕を左へ差し伸ばし、右へと大きく回しながらエネルギーを集めた。
そして、その輝きを右手に集めた瞬間。
インペライザーが消えた。
(――なに?)
短距離の空間転移かと振り返る。
しかし、その目の前で他のインペライザーが姿を消すところだった。周囲の一団だけではない。四方を包囲していた機体群が、次々と空間転移で姿を消してゆく。
そして、どこに現れるともなく、時間だけが過ぎてゆく。
なにが起きたのか、全くわからない。
輝く右手を構えたまま、レイガは呆然と佇み続けた。
その上空を、行き先を見失ったようにフェニックスネストが速度を落とし、大きく旋回してゆく。
―――――― ※ ―――― ※ ――――――
フェニックスネスト。
「インペライザー全機、空間転移にて反応消失。行き先は不明ですが……レーダーの範囲には出現していません」
イクノ・ゴンゾウの報告に、サコミズ・シンゴは顔をしかめていた。
「どういうことだ……? なぜ、この期に及んで姿を消す? 地球で何かあったのか? ――ミオ……あ、いや、シノハラ隊員」
「ミオで結構です、総監。隊長もそう呼んでますし。――残念ながら、ここは地球からの……いいえ、月の公転軌道内の電波等がほとんど届かない場所ですので、向こうで何が起きているかは、わかりかねます」
「そうか」
渋い表情で唸るサコミズ・シンゴ。
すぐにヤマシロ・リョウコがフォローの声をあげる。
「でもでも、普通に考えてさぁ。せっかく集めた戦力をすぐに持ってったってことは、こっちより大変な状況になってるんじゃないの? 星間機械文明連合的にさ。チャンスだよ〜これは」
「情報が入らない限り、なんとも判断できないわよヤマシロ――いえ、リョウコ隊員。……それに――」
ちらりと何もない天井を見上げたメガネの奥の瞳は、すぐに伏せられた。続く言葉はその引き結ばれた唇の奥にたゆたう。
「ちょっとぉ。思わせぶりな言い方はやめてよ、ミオちゃん。なんかあるならはっきり言って。気になるじゃん」
ヤマシロ・リョウコの言葉にほぅ、と一つため息を漏らしたシノハラ・ミオは、メガネのブリッジを中指で押し上げた。
「……あんな強力な機体を50機以上も集めておいて、それをあっさり撤退させるだけの理由は、何も月の向こう側の状況だけに依らない、ということよ」
「だーかーらー」
ヤマシロ・リョウコはたちまち頬を膨らませた。
「そういうわからんちんなセリフを使わないでってば。アホの子のあたしでも判るように言ってよ」
「アホの子って……あなた一応、大学出てたでしょうに?」
「ミオちゃんの使ってる部分は、あたしもう筋肉になってるの! それより、どういう意味さ」
「脳みそ筋肉なんて、自分で言うかしら普通。ん、もう……しょうがないわねぇ」
もう一つため息をついたシノハラ・ミオは、チェアをくるりと回してヤマシロ・リョウコに正対し、人差し指を立ててにっこり笑った。おちこぼれた生徒を相手に教科書の内容を解説する理科教師のように。
「だからね、つまり――」
『ここにボスはいないか、ボスはあれだけの戦力よりさらに強いかってことだ』
不意に割り込んできたレイガの声にセリフを奪われ、シノハラ・ミオはにっこり笑顔のまま凍りついたように動きを止めた。
「レイガちゃん?」
正面パネルに視線を向けたヤマシロ・リョウコの顔は、不満げに曇っていた。
「今のでよくわかったねぇ。仲間だと思ってたのに、なんかちょっとショック……」
画面内、月面上に立っているレイガは、その上空でホバリングしているこちらを見ていた。
『何の仲間だ。……説明なんか聞いてねえよ。けど、ケンカで兵隊引かせる理由なんざ、それしかねえだろ。見つからねえ自信があるか、てめえだけで倒せる自信があるか。このまま、敵のボスなり本拠地なりが姿を表わさなきゃ、まあ要するにオレたちはいっぱい食わされたってコトに――……』
言葉を途中で切ったレイガが、メインパネルの中でそっぽを向く――否、回りを見回していた。
「……レイガちゃん?」
「月面に衝撃波!!」
訝しげなヤマシロ・リョウコの声に、イクノ・ゴンゾウの声がかぶさった。
「いえ、震動? ……地震? とにかく、地表面が揺れています!!」
考え込んでいたサコミズ・シンゴ、がっくり落ち込んでいたシノハラ・ミオも、たちまち正気に戻ってメインパネルに目を向けた。
コロレフ・クレーターのほぼ中央。地面が隆起し始めていた。
シノハラ・ミオが舌打ちを漏らす。
「地下から!? ……定番過ぎて笑っちゃうわね!」
『――違う。危ないっ!!』
突然、隆起した地面の少し上、何もない空間に閃光が走った。
一つではなく、いくつも。それは群がる記者がカメラフラッシュを焚いたかのような閃光の嵐。
次の瞬間、激しい衝撃にフェニックスネストは揺さぶられた。
―――――― ※ ―――― ※ ――――――
何もない空間。
月面上、その彼方に広がる黒い星の海。
そこからいきなり前触れもなく放たれた閃光と砲弾が、フェニックスネストを直撃した。
その威力に大きく後方へ吹っ飛んだ機体は、月面に墜落した。そのままコマのように回転し、派手に砂煙を巻き上げながら滑ってゆく。
やがて、左前方へ突っ伏すように斜めに傾いて停止したフェニックスネストは、気を失ったようにバーナーもモーターも停止させ、機体のあちこちで輝いていた光源を失っていった。
―――――― ※ ―――― ※ ――――――
フェニックスネスト・ヘッドブリッジ。
「く……み、みんな、大丈夫かっ!!」
ふらつきながら立ち上がったサコミズ・シンゴの、切羽詰った叫びが響く。
室内の光源はあらかた落ち、今は非常灯と各コンソールデスクのモニターやパネルの輝きで、かろうじて室内の様子が窺える状態だった。
「うー……リョーコちんは大丈夫でぇすー……」
呻きながら、デスクの下から這いずりあがるヤマシロ・リョウコ。本人も気づいているのかいないのか、一筋の血が額から鼻の脇を抜けて走っている。
デスクに突っ伏していたのか、それとも衝撃をやり過ごすためにしがみついたのか、イクノ・ゴンゾウがその巨体をむっくり起こす。
「私も無事です。……しかし、今の衝撃で反応炉が緊急停止。爆発の危険性はありませんが、現在全システムダウン。生命維持装置関連のみ、正常に作動中」
「……ミオ? ミオ、大丈夫か!?」
「大丈夫です。心配しないで下さい。……メガネが見つからなくて――あ、あった。ありました」
レンズを真っ二つに走るひびの入った三角縁メガネをかけたシノハラ・ミオは、床に座り込んだままストレッチをするように身体を左右にねじった。
「はい。大丈夫のようです。打撲した痛みはあちこちはありますが、とりあえずの活動に問題はありません」
「そうか、全員無事でなによりだ。機体状況は?」
一人だけ椅子から転げ落ちることを拒否していたイクノ・ゴンゾウが、素早くコンソールをいじる。
「機体の左側面装甲に破損あり。近傍ブロック閉鎖。幸い、内部へのダメージはありませんが……これでは大気圏突入は出来ません」
「今は帰りの心配はいい。内部へのダメージがないなら、反応炉の再起動は出来るな?」
「時間がかかります。……起動用のバッテリーがほぼ空で……充填に二十分は」
「そんな! このまま追撃受けたら……あれ?」
操縦席のコンソールを叩いて立ち上がったヤマシロ・リョウコだったが、すぐに怪訝な顔になった。
「……なんで追撃受けてないの?」
「外で奮闘してくれてるんじゃない? あなたの仲良しレイガちゃんが、ね」
そう静かに告げたのはシノハラ・ミオ。
いつもはしっかりまとめた黒髪を乱れるにまかせ、頬に擦過傷の赤いにじみを浮かべたまま、コンソールを叩き続ける。
やがて、正面メインパネルが復旧し――最初に映ったのは、銀地に蒼と黒の背中だった。
そして、その向こうに見えた。敵の本拠地が。
「………………ビル?」
シノハラ・ミオは小首を傾げた。
見えている物を一言で言い表すなら、確かにビジネスビルが一番しっくりくる。
東京ではさほど珍しくもない、シャープで飾り気のないデザインのビジネスビル。
それが二棟。
白骨のように白い外壁、各面一階ごとに四枚張りのガラス窓が三列並んでいる――という全く同じデザインだが、右棟(向かって左)の方が左棟(向かって右)より二階分ほど高い。両棟は三箇所の渡り廊下らしきもので結ばれているが、間隔はそれほど広くはない。
そして。
それらを挟んで両側に屹立する巨大な壁。否、建築物。
どこかの研究施設のような、起伏のないのっぺりした白い壁面に窓が等間隔でずらりと並んでいるだけの、実に没個性的な建物。バルコニーや廊下が露出していないため、マンションのような居住目的の建物には見えないが、どこかの庁舎か刑務所と言われれば、頷いてしまいそうな外観だった。
特筆すべきはその大きさ。幅こそ中央の二棟程度だが、その高さはさらに二階分ほど高く、奥行きはひたすら長い。
「ええと……ここ、月面だよね? つーか、あれ異星人の施設のはずだけど……なんで? 妙に馴染みがあるような気がする」
目をぱちくりさせてそう呟くヤマシロ・リョウコ。
「中央の二棟が高さ約6、70m、奥行き約50m、幅約30m……確かに、18階建てと16階建てのビルに見えますね」
手早く画像から大きさを計測したイクノ・ゴンゾウも、やや戸惑いがちだ。
「それと……こっちは……ちょっとでかいですね」
先だっての地響きの正体――それは、砂を掻き分けて屹立した新たな巨大建築物。
これもすぐに画像から推定数値をはじき出す。
「こちらは左右両方とも同じサイズですが……高さはおおよそ80m。幅は約30m、奥行きは……400m以上。と言ってもピンとこないでしょうが、そうですね…………日本でも最大級の巨大ショッピングモールにも匹敵します」
建物の配置は、最初のビジネスビルも含めるとアルファベットの【 H 】型。もしくは、もう少し正しく表現するのであれば【 [・・] 】型。
その配置はともかく、それぞれ東京ではさほど珍しくもない建物が、月面を背景に建っている風景というのは、違和感が凄まじい。
「それにしても……一体、いつの間にあんなものを建てたのでしょうか」
驚愕の色を隠せないイクノ・ゴンゾウ。
「違う」
呆気に取られている一同の中で、サコミズ・シンゴだけが闘志を失わぬ険しい表情で敵本拠地を睨みつけていた。
「あれは、船だ。宇宙船だ」
「え?」
「へ?」
「あれが!?」
三人がサコミズ・シンゴの慧眼に驚いた瞬間、ビジネスビルとそれを挟む二棟のマンモス庁舎が牙を剥いた。
―――――― ※ ―――― ※ ――――――
コロレフ・クレーターのほぼ中央。
フェニックスネストの撃墜と同時に、カメレオンやミミック・オクトパスが擬態を解いたかのように、もしくはホログラムカードの中の存在が二次元から三次元へと出現したかのように、それは姿を現わした。
白い二棟の高層ビル。そして、大量の土砂を掻き分けて出現した縦長の棟――に見えたのは、出現したその時だけだった。
見ている間に窓が次々開いた。そして、中で光が瞬く――放たれる光弾,。
それらが、撃墜され動けないフェニックスネストに襲い掛かる。
刹那、蒼い輝きが虚空を断つ――フェニックスネストを狙った追撃の光弾は、空しく爆光で宙を彩った。
フェニックスネストの前に立ちはだかる蒼い影。
(――ようやくご登場か、ボス!)
レイガは嬉しげに叫んで、飛来する光弾を次々と迎撃し始めた。
倒すべき敵をようやく見つけたレイガの動きは、これまでになく生き生きしている。
右手が蒼い残光の尾を引き、閃光が連続する。
とはいえ、右手一本で叩き落せる数にはやはり限度がある。
対処し損ねた一発が、レイガの左肩に直撃した。
「グァっ」
威力に負けて、半歩左足が下がる。しかし、すぐに引き戻し、踏み出した。
直撃を受けた左肩が、かすかに白く光を放つ。
次に、顔をかばっている間に右膝へ直撃を受けた。
「ゼァッ」
呻きはしたが、怯まない。膝を折らない。手を休めない。
そして、右膝が白くぼんやりと光を放つ。
背後に、気配を感じた。
『――レイガちゃん!』
いつもどおり元気なヤマシロ・リョウコの声に、心の中で笑みを浮かべるレイガ。
(よぉ、無事だったか。飛べるか?)
『すまない、レイガ。今、再起動をかけているが……思ったより時間がかかりそうだ。君こそ大丈夫なのか』
サコミズだったか。マジメそうなヤマシロ・リョウコの上官の声。
(大丈夫大丈夫、お前らが思ってるほど、オレはやわじゃねえ。この程度のへなちょこ玉――ぐわっ)
集中力が途切れたか、三発ほど同時に食らった。さすがにじりりと後退る。しかし、背後には弾幕を届かせない。身体をのけぞらせることも、腰を落とすこともなく、むしろ両腕を左右に開き、身体を大きく広げる。そして、それでもすり抜けそうになった一発を、左手を伸ばし、その掌で受け止めた。
「ヅゥッ!」
『レイガちゃん!!』
『レイガ!』
ヤマシロ・リョウコとサコミズ・シンゴの叫びを背に受け、レイガは今後退った分を踏み出した。
胸から腹にかけて三箇所、そして左手が白く仄かに光る。
(うるせぇ。ヘタレた声、出すな。お前らが飛ぶまで、ここは絶対守ってみせるからよ。心配すんな。そっちに集中してろ)
『わかった。頼む、レイガ。――ゴンさん、再起動を早く』
(ふふ、ふふふ……)
頼む、の一言がこれほど嬉しい、心強いと思ったことはない。心で燃える炎の火力が、少し上がった気がした。
しかし、守ってみせる、と意気込んでは見たものの、この絶え間ない弾幕に右手一本ではかなり厳しいのも確かだった。
かといって、左手にも同じ光を宿せば双方のエネルギーの密度が薄くなり、防御の態をなさなくなる。同じ密度で左手にも宿そうと思えば、消耗が激しくなる。この状況で、あと選択できる対策があるとしたら……。
『――レイガ。あなた、どうしてそこまで……』
もう一人の隊員に指示を飛ばし始めたサコミズ・シンゴに代わって、女の呟きめいた声が聞こえてきた。
(……その声は、シノハラだっけか? いいから、気にすんな。約束だからだよ)
『約束?』
(ああ、そうだ)
的確に、遅滞なく、弾幕を迎撃し――対処しきれなくとも、体を張って止める。
その作業をしながら、レイガは続けた。
(クモイと約束した。リョーコを守るってな。ジャックと約束した。お前らと一緒に戦うってな。かーちゃんと約束した。誰も死なせないってな。エミ師匠と約束した! 必ず勝つってな! そんで……そんでもって、ユミと約束したんだ! オレは、強くなるってな!!)
『約束って……それが? その程度のことのために? 命を懸けて? 宇宙人のあなたが? 一人では怪獣も倒せないあなたが? おかしいんじゃないの?』
(へっ、よく言われるよ)
続けざまに飛来する砲弾を、右手で大きく円を描き、次々に叩き落す。
(けど、宇宙人も弱いのも関係ねえ。オレは……みんなの命と魂を預かったんだ。一人で戦ってるんじゃねえ。だから、生半可じゃ倒れられねえし、倒されねえ。オレにとっての戦う理由は、お前らみたいに地球のためなんかじゃあねえし、宇宙の平和のためでもねえ。ただ一つ、絶対破れねえ、破っちゃいけねえ約束を守るため。それだけだ。それで十分だ)
『……………………』
(だから、気にすんな。これはオレがその約束を守るため、勝手にやってるこった。お前はこれに乗じて、さっさとそいつを飛び立たせることだけに力を注げ! そんでもって、あの大砲で全部すっきりぶっとばしちまえ!)
『……大砲? ああ、フェニックス・フェノメ……』
不自然に声が途切れた。電波障害とか、そんなものではなく、シノハラ・ミオの方が何かに絶句したのだ。
『それよ!! その手があったわ!』
―――――― ※ ―――― ※ ――――――
フェニックスネスト。
機体の再起動をイクノ・ゴンゾウに任せてレイガと話をしていたシノハラ・ミオが、猛烈な勢いでコンソールを叩き始めた。
いくつかのデータをモニター画面に呼び出して、確認すると、満面に笑顔を浮かべた。
「やっぱり! イク……いえ、ゴンさん。再起動時間の短縮が可能です! フェニックス・キャノンのカートリッジ・シリンダーにエネルギーが注入されたままになっています! それを起動用バッテリーに注入するか、もしくは直接反応炉起動のトリガーに出来れば!」
「なるほど! ――解析しました。うん、その案なら回路接続後、30秒で再起動できます!」
ひゅーっと手持ち無沙汰なヤマシロ・リョウコが口笛を吹く。
「さっすがミオちゃん、三角メガネは伊達じゃないねぇ」
「このメガネを茶化すのは許しません」
「あ、はい。ごめんなさい」
この忙しいのにわざわざ振り返って、メガネの横に手を添え、ギラリとレンズを反射させるシノハラ・ミオ。その妙な迫力に、ヤマシロ・リョウコはおもわずたじろいで素直に頷いていた。
その間にイクノ・ゴンゾウが素早くコンソール上に手を這わす。
「……再起動シークエンス開始。サコミズ総監、多少リスクはありますが、ここはエネルギーを直接反応炉起動のトリガーに使います」
「ああ、任せる。リョウコは離陸準備、ミオは離陸直後にフェニックス・フェノメノンのエネルギーチャージの段取りを」
「「G.I.G」」
威勢良く返事をして、それぞれの作業に取り掛かる――ふと、ミオは正面メインパネルを見やった。
そこでレイガは相変わらずこちらに背を向け、敵の弾幕を独りで防いでいる。
「……結局、あたしは…………何も見てないのかしらね」
―――――― ※ ―――― ※ ――――――
立て続けに敵の弾が炸裂した。
レイガはこれまでにないぐらい大きく後退らされた。
(くっ……)
立て直す暇を与えられず、新たな弾着が炸裂する。足を踏みしめ、何とかこらえる。
だが、レイガは思い知っていた。敵の射撃が的確になっている。
躱すわけにはいかない初弾を放ち、それを迎撃して体勢を崩したところへの集中砲火。こちらのどうにもならない隙を、明らかに狙っている。
(ならば)
躱すわけにはいかない初弾をあえて身体で受け止め、続く集中砲火を右手で迎撃する。
しかし、その攻防もすぐに手を変えられた。
切れ目のない弾幕。右手一本では守りきれない、文字通り桁の違う手数という絶対的な壁。
次々と炸裂する爆光と爆炎、立ち昇る砂塵の中にレイガの姿も途切れがちになる。
(くあっ……効率かなぐり捨てて、物量作戦にきやがったか)
ビジネスビルの両側に建つマンモス研究棟の、こちらを向いている窓という窓も開かれ、砲撃を開始していた。
こうなるともはや手には負えない。
(ちぃ……せめて、ウルトラ兄弟みたいにエネルギーバリアが張れたら……)
何度か試みてはみたが、体内を巡るエネルギーの流れを感じ、感覚的にコントロールするのとは根本的に何かが違うらしい。
エネルギーをなにかの形状に変えて、空間の一点に留まらせようとすると、それはたちまち拡散してしまい防御壁の態をなさない。レイガ自身の印象としては、ガラスと表現できる程度の防御力さえ期待できない。せいぜい障子紙がいいところだ。
こうなれば、もはや自らの身体の頑丈さだけが頼りだ。
レイガは右手を前に向けてエネルギーを開放、炸裂させて一瞬だけ弾幕を制すると、その隙に全身へ回復のエネルギーを巡らせた。
絶対無敵の防御壁が無理なら、向こうが与えてくるダメージを超える回復力を持つ壁になる。
それが、レイガの選択だった。
そして、たちまちレイガは無数の爆光に包まれた。
―――――― ※ ―――― ※ ――――――
フェニックスネスト。
レイガの妙な行動に、シノハラ・ミオの顔が曇る。
「右手で防ぐのをやめた? ……何を考えてるの? それとも、もう限界……?」
「あれ? レイガが白く輝いてる……」
ヤマシロ・リョウコは少し考え込んだ。爆光と爆炎の中に沈みがちではっきりとは見えないが、あの輝きはついさっき見た。
「ええと……あれって、確かあたしの腕の疲れを治してくれた時に見たような……」
「治す?」
サコミズ・シンゴも顔をしかめる。
「治す……って、ひょっとして彼、やられる端から回復しているのか!?」
『ああ、そうだ!』
得意げな――少し苦鳴混じりのレイガの声が響いた。
『ジャックみてえにバリアは張れねえが、これならある程度はもつ! ここは宇宙空間だしな」
「ある程度はって……どっちにしても、一旦ダメージは受けているんでしょ!? 痛みとか、感じないの!?」
不思議そうに顔をしかめるシノハラ・ミオ。
『そりゃ痛いに決まってんだろ――けど、んなこと言ってる場合じゃねえからな!』
「はぁ……。こういう時は男らしいって褒めてあげるべきなのかしら、それともバカじゃないのと言ってあげるべきなのかしら」
「もちろんそこは、漢字の漢と書いて"おとこ"だぜ、レイガちゃん!! ――に決まってるよ! ね!?」
『応っ!!!』
ヤマシロ・リョウコの声援に、より強固な防御で応えるレイガ。。
その時、機体各部及び、室内の光源が全て光を取り戻した。
「リアクター再起動完了! リフトモーター、回路作動正常! アフターバーナーにも異常なし! 離陸開始まであと5分!」
イクノ・ゴンゾウの落ち着いた低音の声。
明るくなったディレクションルームを見回したサコミズ・シンゴは、はっとした表情になった。
「リョウコ、額から血が!」
「この程度! 死にやしません!」
乱暴に袖で額を拭い、傷の手当てを拒否して操縦桿を握るヤマシロ・リョウコ。
「今はなによりまず、レイガちゃんに応えなきゃ!」
「サコミズ総監。フェニックスキャノン、カートリッジ・シリンダー内圧87%。メテオールのフェニックス・フェノメノンの使用にはもう少し必要ですが、通常砲撃なら、これでも十分いけます」
シノハラ・ミオの報告。
メインパネル上で爆光に包まれ、衝撃に押し戻されながらも踏ん張り続ける蒼い巨人をじっと見据えたサコミズ・シンゴは、頷いた。
「ここは乾坤一擲の大勝負だ。レイガを信じよう。……ミオ、フェニックス・フェノメノンが使用できるまで充填を継続!」
「G.I.G」
―――――― ※ ―――― ※ ――――――
星間機械文明連合総司令本部。
ロボット長官は苛立たしげに口髭をひくつかせた。
「新人の宇宙警備隊隊員の一体ごときに、なにを手間取っている! さっさと殲滅せんか!!」
「基本防御力が想定以上。特に右手に集めたエネルギーによる防御行動及び身体の頑強さが、作戦遂行上の最大の障害となっています。ですが、行動パターンデータの解析は完了済み。現在、常に最適化された砲撃を行っています」
「移動型防衛拠点に高エネルギー反応。メインエネルギー発生コアが再起動した模様」
「――長官。たった今、コンピューターからR兵器の使用を推奨されました」
オペレーターの報告に、ロボット長官の表情が曇る。
「R兵器だと?」
怪訝そうな顔つきをしたロボット長官は、少し考え込んで頷いた。
「ふむ……対宇宙警備隊装備か。新人ごときに使う兵器ではないが……。それに、あれは起動に多少時間がかかる。コンピューターの指示に間違いはあるまいが、その判断の根拠は何か」
「推奨理由提示申請。――回答。再起動した移動型防衛拠点の主砲による攻撃のリスク軽減。単機の場合の対処と、宇宙警備隊隊員とのコンビネーションを前提にした対処では、そのリスクが16.4601倍異なります」
「コンピューターはあの主砲を脅威と判断したか」
「データによれば、恒星内部で生じるエネルギーに匹敵するあのイオンビームの防御には、現状では15.8812のリスクが伴います。発砲前に対象を撃墜することが安全確実との判断です」
「理解した。では、R兵器をスタンバイせよ」
「了解。R兵器作動開始。起動までカウント180」
「時間稼ぎは、私が行おう。回線を開け」
「移動型防衛拠点の通信回線は閉鎖されたままです」
「何だ、礼儀を知らぬ連中だな。地球人というのは」
「――こちらのプログラムに対する対応と考えられます」
「わかっておるわ。本船前方にホログラム投影。私を映し出せ。声は空間振動波で流せ」
「ホログラム投影開始、空間振動波発生装置スタンバイ――――どうぞ」
「うむ。……おほん」
頷いて、一つ咳を払ったロボット長官は、威厳を取り繕いつつ口を開いた。
―――――― ※ ―――― ※ ――――――
突然、ビル群からの砲撃が止まった。
そして、巨大な人の姿が正面に出現した。
鼻の下に口ひげを蓄えて表情の硬い、背広姿の男。一昔前の官僚然とした、一目で堅物と分かる人物――のホログラム。
『愚か者どもめ』
声が聞こえた。レイガだけでなく、フェニックスネストの面々にも。
頭ごなしのその一言に、レイガが拳を握り締めていた。
『貴様ら有機生命体の滅亡は論理の帰結である。我々高等知的無機生命体が出現した以上、貴様らが淘汰され消えゆくのは、覆すことのかなわぬ宇宙の摂理・真理なのだ。何をどうあがこうとも既に出たこの結論は変わりはせぬのに、なぜそうもエネルギーと物資と時間を無駄に消費するのか。実に愚かだ。理解しがたい』
「ふざけるな。そんなものはお前たちだけの勝手な理屈に過ぎない」
静かに、しかし怒りを込めた声はサコミズ・シンゴ。
怒りも露わに力強く踏み出そうとしたレイガも、その声に含まれた感情に思わずその足を止めていた。そして、サコミズ・シンゴのその声を、空間振動波に変換して流し始めた。
「地球には、こんな言葉がある。『膏薬と理屈はどこにでも付く』――つまり、理屈などというものは、考え方次第でどうにでも都合のよいように解釈し展開できる便利なものだから、頼りすぎてはいけないという戒めだ。だから、地球人は理屈だけで全てを理解しようとはしない。たくさんの理屈の中から、大事なものや大事なことを含めて選び取る。最初から一つの理屈や理由を提示し、それしか目を向けないお前たちの言葉など、地球人の心には決して届かない!」
からからとロボット長官は嘲った。
『自らの無知をさらけ出したな、地球人。論理がいくつも並び立つのは、貴様らが未熟ゆえ。どれほどの思考を重ねようとも、最後は一つの結論にたどり着く――それこそが真理。我々がその真理に則っている以上、我々に間違いはない。ゆえに、貴様らが間違っているのだ。実に簡単明快な論理ではないか』
「そんなものが論理だというのなら、お前たちのそれは、前提から間違っているんだ。お前たちが則っているというその理屈は、決して真理などではない!!」
『ふん。やはり、貴様ら未熟で不完全な存在には真理を理解することなど、到底出来ぬとみえる。ならば、愚鈍なる貴様らにも十分理解できるよう、この圧倒的な力を以って示してくれよう。我々星間機械文明連合こそが、この宇宙の秩序の現し身であるのだということを! さあ、滅ぶがいい! 不完全なる存在どもよ!』
―――――― ※ ―――― ※ ――――――
星間機械文明連合総司令本部。
大仰に両手を広げて叫んだロボット長官に、オペレーターがそっと告げた。
「R兵器の射撃準備完了。通常砲撃再開とともに発射します」
ロボット長官はにんまり頬を歪めた。そして、頷いた。
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フェニックスネスト。
時間稼ぎは終わった。
「リフトモーター、最大出力稼動可能です!」
イクノ・ゴンゾウの報告に、サコミズ・シンゴは頷いた。
「リョウコ、離陸だ!」
「G.I.G!! 翔べぇぇぇぇ! 不死鳥ぉぉぉぉっっ!!」
噴射ペダルを踏み込み、スロットルレバーと操縦桿を引き絞るヤマシロ・リョウコの叫びに応えるかのように、胴体下部のリフトモーターから白煙を噴き出したフェニックスネストは月面の空へと、再び舞い上がった。
同時に再開された砲撃――息を合わせて、レイガも側転して弾幕から身を躱す。
しかし――
「――!? こっちも!!」
シノハラ・ミオは思わず悲鳴じみた声をあげていた。
敵の建物の、向かって右側へ大きく回り込んだフェニックスネスト。
それに合わせて一斉に建物の窓が開き、光弾が放たれた。その圧倒的物量、まさに弾『幕』。
「うわ! ちょっ……!!! これはさすがにっ!!!」
ヤマシロ・リョウコも慌てて操縦桿を切り、距離を取ろうとしたが、正面に比べて尋常ではない数の窓=砲口=砲弾に避けきれない。
高速旋回中に何発か至近弾の衝撃を食らい、機体が激しい震動に揺れまどう。
即座にイクノ・ゴンゾウが解析結果を報告した。
「側面の砲口は前後面の約10倍! 両側面は危険です! ええと……窓がない面――上空へ避難を!」
「G.I.G!!」
「――ダメだ!!」
サコミズ・シンゴの制止は間に合わず、ヤマシロ・リョウコは操縦桿を引いていた。
敵の総司令本部中央のビルに匹敵する巨体(全長70m・全高60m)を捻って、上空に逃れる。
『だから愚かだというのだ、貴様らは』
ホログラムのロボット長官がにやりとほくそ笑む。
両棟の屋上。次々とスライド式に口が開き、ミサイルサイロが露わになった。
「げえっ!?」
ヤマシロ・リョウコは女の子とは思えぬ下品な驚愕の声をあげていた。
「ちょっと待てぇぇぇぇぇぇぇぇっっっっ!!!!!!!!!!!」
叫びながらも、一瞬の遅滞なく機体を捻らせ、一斉に放たれた小型ミサイルを躱す。
『我らが誇るコンピューターの計算能力を侮ってもらっては困るな、地球人』
「――ダメ、躱しきれないっ!!」
絶望の声をあげたのはシノハラ・ミオ。
当たり前のように急角度でターンし、踊るような(見ようによっては無駄な)軌道をいくつもいくつも交差させ、追尾してくるミサイル群。
そして、上空への侵入を諦めたことで、側舷の窓という窓、砲口という砲口からの弾幕も追加される。
計算していると言いつつも、空間を占められる物量は限られている。いくつもの誘爆誤爆の華を尾のように引きながら、必死で月面上を翔ける不死鳥の砦。その圧倒的な弾幕に、主砲を敵へ向けることも叶わない。
『……チョコマカ動いてんじゃねえよっ!!』
罵声と聞き紛うその声は、割って入ったレイガのものだった。
フェニックスネストと敵本拠地との間に飛び込んだレイガは、真っ直ぐ立てた右腕の腹に、左の拳を押し当てた。
レイジウム光線。
放たれた光の奔流は、クモイ・タイチが指摘した致命的な弱点『発射すると拡散してしまう』ことを逆手にとって、より広い範囲の弾幕を迎撃した。
「レイガちゃん!?」
「レイガ!!」
『ここは……通さねえっっっ!!!!』
迎撃し切れなかった砲撃・ミサイルを、自らの身体を文字通り何の脚色もなく盾として防ぐ。防ぐ。防ぐ。防ぎ切る。
凄まじい爆撃の嵐に、その背後にいるフェニックスネストのメインパネルも白一色に閉ざされるほど。
『こ、ここは俺に任せろ! てめえらは必殺の一撃を確実に――』
その時――『 闇 』が奔った。
戦場を彩る幾十・幾百もの光弾にたった一つ混じった、暗黒の塊。
世界との関わりを拒否するかのように、世界を呪うかのように、周囲に禍々しくも毒々しい血の色をまとわせて。
レイガには、それだけを気遣う余裕はなかった。何か違う、と頭のどこかで感じたにしても、それを理由に身を躱すという選択肢はなかった。その一発だけでなく、それに続く幾十もの殺意に背後のフェニックスネストを曝すことなど。
それはレイガの左手に命中した――が、他のものと違って爆発しなかった。
ただ、消えた。
手が。
左手と下腕の前半分が。
消えた部分から、光の粒子が周囲に漏れ散っている。