ウルトラマンメビウス外伝 RAYGA
第6話 史上最大の逆襲 生ある"もの"たちの反撃 その3
日本・フェニックスネスト・ディレクションルーム上。
周囲に落ちてくる光弾の数は尋常ではなく、シロウが光の球と化してフェニックスネスト上空を飛び回っても防ぎきれなかった。
着弾の際に放たれる衝撃波と地面を揺るがす震動がひっきりなしに続き、ヤマシロ・リョウコもさすがに立っていられず、這いつくばっていた。
そのグラスバイザーに、下のディレクションルームから通信が入った。
『ヤマシロ隊員! 砲撃は停止です! 急いで中へ戻って!』
「――ミ、ミオちゃん!? ゴメン、ちょっ〜と今、手が離せないんだけど! いや、例えの話でなくてマヂで!! ひゃああっ、手ぇ放したら落ちるぅ! 落ちちゃうぅ!!」
叫んでいる間にもひときわ激しい震動が襲いかかり、ヤマシロ・リョウコは顔を歪めて床にしがみついた。
『もういいの! そこはもうもういいから! 隙を見て戻りなさい!』
「で、でも! あたしが防がなくちゃ!」
『いいの! 総本部から特別な命令が下りました! これから、フェニックスネストはフライトモードに変形して離陸しなければなりません! だから、あなたがそこにいたらかえって邪魔なのよ!』
「り、離陸!? 飛ぶの!? この基地が!? この状況で!? ――そんなの無理だよ! 撃墜されるのがオチだよ!?」
『それでも、です! 詳しい話は後でしてあげるから、あなたはすぐに中へ入りなさい! 必要ならイクノ隊員とサコミズ総監を助けにやるわよ!?』
「総監が? そ、それはいらないっ! わかった、すぐ戻るから!」
『では、可及的速やかによろしく!』
通信が切れるなり、それを待っていたかのように震動が止まった。
あれだけ降り注いでいた光弾が、ウソのように止んでいる。
すぐに、青い光の球体がヤマシロ・リョウコの傍に舞い戻ってきた。
片膝をついた格好で人間の姿に戻ったシロウは、さすがに辛そうに表情を歪め、荒い息を繰り返していた。
「……と、とりあえず小休止か。けど、この調子で降ってこられちゃ、どうやっても間に合わねーぞ」
そう愚痴りながら、ヤマシロ・リョウコの腕を取って立たせる。
「さあ、リョーコ。今のうちに一隻でも――」
「シロウちゃん。大切な人の方、大丈夫?」
「え? あ、ああ……そうだな」
目を少し細めて、周囲を見回すシロウ。
ヤマシロ・リョウコも見える範囲で首を巡らせてみた。
周囲は火の海だった。舞い上がった粉塵と土煙が立ち込め、市街地の様子はよく見えない。滑走路はどこから飛んできたのか大小さまざまな岩や土くれが転がり、いくつかの場所には着弾跡の孔があいて、ひと目で使用不能とわかる状態となっていた。
ややあって、シロウの唇から小さく吐息が漏れた。
「とりあえず、オレの知り合いは全員大丈夫みたいだ。……けど、あちこちで沢山の人の命が……。町も、いくつも消えて、瓦礫の山になっちまってる……」
「そう……。シロウちゃん、ここまでありがとうね」
言いながら、ヤマシロ・リョウコはトライガーショットの銃床からコネクタを外し、ガンベルトに戻した。
「ありがとうって……」
きょとんとしているシロウ。
大きくため息をついたヤマシロ・リョウコは、グラスバイザーを脱いで頭を一振りした。たなびく髪。露わになった表情は――硬い。
「この基地がさ、飛ぶんだって。ここにいると、その作業が出来ないから中に戻れって、今、命令が来た」
「飛ぶって……じゃあ、守りはどうするんだよ!」
「守れなくなるね」
グラスバイザーを小脇に抱え、そうぶっきらぼうに吐き捨てる。背を向けたヤマシロ・リョウコの足は、中へ入る扉へ向かった。
「待てよ! それでいいのかよ!」
「よくなんかないっ!!」
追いすがり、肩をつかむシロウの手を邪険に振り払う。そして――振り返ることなく、つかつか歩き続ける。
「よくなんかない……けど、あたしたちの上司が、あのサコミズ総監が、何の考えもなくそんなことするわけないんだ。一時の守りを捨てでも、やらなきゃいけないことが見えたってことなんじゃないの?」
「なに? …………ちょっと待て、それって……」
「敵のボスがどこにいるか、わかったのかもしんない」
ぼそりと呟くその言葉はしかし、ヤマシロ・リョウコ自身にとっても願望の割合がほとんどを占めた言葉。
しかし、それを既定事実の言葉として、シロウは受け止めた。
たちまち血気にはやる若者の唇が、喜びに歪む。
「――じゃあ、捨て置けねえな!」
駆け寄るなり、シロウはヤマシロ・リョウコの肩を再びつかみ――次の瞬間、二人してその場から消えた。
―――――― ※ ―――― ※ ――――――
フェニックスネスト・ディレクション・ルーム。
フライトモードへの変形準備のため、室内中央のテーブルの両サイドに設置されたコンソールデスクにそれぞれシノハラ・ミオ、イクノ・ゴンゾウが着き、正面後方にサコミズ・シンゴが立っていた。
いきなり、その正面――メインパネルの前に、ヤマシロ・リョウコが出現した。シロウに抱えられて。
何が起きたのか、わからぬ態で呆然としているヤマシロ・リョウコ。
シノハラ・ミオ、イクノ・ゴンゾウ、サコミズ・シンゴの三人も、あまりに予想外な帰還と見知らぬ少年の出現に驚き、呆気に取られている。
シロウは室内の三人をじろりと値踏みすると、一番えらそうな場所にいる奴――すなわちサコミズ・シンゴに向かって口を開いた。
「おい、お前! 敵のボスの居場所がわかったって本当か!?」
その無礼極まりない問いかけに、ようやく左右の二人は正気づいた。
無礼なる侵入者に対し、銃を抜――
「やめてっ!!」
ヤマシロ・リョウコが手を広げてシロウをかばった。
「この子は大丈夫! だから、二人とも銃は向けないで! それに今は時間が惜しいんでしょ!? 作業を続けて! そんでもって――」
困惑する二人から、サコミズ・シンゴに目を向ける。
「サコミズ総監、シロウちゃんの質問に答えたげて。それ、あたしも聞きたい」
「シロウ、ちゃん?」
一瞬、眉根を寄せたサコミズ・シンゴはしかし、すぐに頷いた。
「わかった。――二人とも、今は彼女の言うとおり一瞬一秒が惜しい。発進準備を続けて」
「了解」
「G.I.G」
不審の目をシロウに浴びせつつ、二人は頷いて、再び席に戻った。
「シノハラ隊員、セントラルブロック及びジェネレータブロック内のクルー、セーフティブロックへ退避済みです」
「了解。ヘッドブリッジ前進します」
ミオの宣言の直後、ディレクションルームに震動が走った。先ほどの爆撃のような暴力的な揺れではない。エレベーターの起動時のような軽い揺れだ。
メインパンネルに映る、外からフェニックスネストを捉えた画像に動きがあった。ディレクションルームを収めたフェニックスネストの艦橋・ヘッドブリッジが、折鶴の首を伸ばすように下方へ前進遷移している。
サコミズ・シンゴは、シロウをじっと見つめて口を開いた。
「キミがシロウ君? ということは……レイガ、なんだね?」
「なに!?」
「そ、総監? なんでシロウちゃんの正体を……」
息を合わせたように驚く二人に、サコミズ・シンゴは苦笑した。
「ま、それはともかく。レイガ、先ほどはGUYSの仲間を助けてくれたね? それに、その後もこの基地とヤマシロ隊員を守ってくれていた。本当に助かった。ありがとう」
「それこそどうでもいいことだぜ。オレが聞きたいのは――」
「敵のボスの居場所か。残念ながら、まだ見つかったわけじゃない」
「え?」
シロウとヤマシロ・リョウコは思わず顔を見合わせた。
「そうなんですか、サコミズ総監。あたし、てっきり……」
「うん。総本部の参謀室は、あの艦隊を統率しているメインコンピューターを載せた船なり施設なり――つまり、君たちの言うところの敵のボスの居場所が、月の裏側にあるんじゃないかと見ている。ボクらはそれを確認しに行く」
「なぁんだ、見つかったわけじゃないのか……」
落胆するヤマシロ・リョウコ。
シロウも少し表情を曇らせたものの、すぐに切り返した。
「けど、なんでそれが月の裏側にいるかもしれないなんて話になったんだ? それに、今この辺りは上空から狙われてるんだろーが。ここで飛び上がるのは、落としてくれってもんだろう」
「敵の中枢は地球上空にない――それが、ウルトラマンからの情報だそうだ」
「ジャックの!? あいつ、いつの間に――」
シロウは思わず天井を振り仰いでいた。
サコミズ・シンゴは構わずに続ける。
「地球近辺で、ウルトラマンたちでさえ目が届かない場所といえば、決して地球から直接見ることの出来ない月の裏が一番有力だ。それに、今、世界でフェニックスネストより早く月へと向かえる手段はない。君たちウルトラ族のように自力での大気圏脱出が出来ない人類は、少々危険でもこの基地の飛翔に賭けるしかないんだ。つけくわえるなら、フライトモードへの変形さえ終われば、主砲が使える。正面の弾幕ぐらいは突破できる」
「……………………」
その説明に納得できないのか、天井を見上げたまま、腕を組んで考え込んでいるシロウ。
対して、ヤマシロ・リョウコは大きくため息をついた。
「とは言ってもさぁ、サコミズ総監。弾幕突破しても、その先には数えんのもバカらしいぐらいの宇宙戦艦が待ってるわけでしょ? それの突破はどうするんですか? フェニックスネストに、そんなたくさんの砲塔はなかったと思うんだけど」
「そこから先は……総本部が何か考えているようだから。彼らを信じよう」
サコミズ・シンゴが苦笑する。その時、ひときわ大きく、部屋が揺れた。艦橋・ヘッドブロックが真っ直ぐ伸び終えた震動だった。
「ヘッドブリッジ延伸終了。セントラルブロック発進位置へ遷移開始」
「主砲、延伸開始」
メインパネルの画面上、ヘッドブリッジとその後方の通路区画が収まっていた空間から、巨大な筒が伸び出してくる。
「ああっ、わからんっ!」
それまで黙って考え込んでいたシロウが、不意に喚いて激しく首を振った。
「理屈っぽいのは好きじゃねえんだ。要するに、この宇宙船で敵陣突破して、月の裏側に隠れてる敵の親玉ぶちのめす、そういう作戦なんだな?」
「いやいやいやいや、シロウちゃんシロウちゃん」
さすがに呆れて首を振るヤマシロ・リョウコ。
「今の説明、それ以外にどう聞こえるのさ?」
「それ以外に聞こえなかったから確認したんだよ。……つうか、俺にもわかる程度の作戦なのが、ちょっと信じられなくてな」
「……………………ええと。それ、突っ込み待ちの自虐ネタ? 宇宙人のくせに? 天然? じゃ、ないよね?」
「なにが?」
真顔で問い返すシロウに、ヤマシロ・リョウコは頭痛をガマンするような顔で眉間を押さえた。
「っちゃー、天然かぁ……タイっちゃん、よくキレなかったなぁ。いや……タイっちゃんなら無視するのか」
そんな二人のやり取りに、苦笑が消せないサコミズ・シンゴ。
軽い震動に続いて、イクノ・ゴンゾウが告げる。
「主砲延伸完了――リフレクター・ブレード、ホールドオン」
本体後部のリフレクターウィングが展開。
シノハラ・ミオの指がコンソールを走る。
「主翼・展開――主翼延伸開始」
左右上下の折りたたまれたり格納されている両翼が広がる。
その時、ふと何かを感じて天井を見上げ――おそらくはそこを透視して上空を見た――シロウの表情に緊張が走った。
「……おい、間に合わねえぞ」
緊張は激しい表情の硬張りに変わってゆく。
「連中の第二射だ」
シロウの声に、前方の二人が動揺したようにサコミズ・シンゴを振り返る。
しかし、サコミズ・シンゴは頷いた。
「かまうな。気にせず作業を続けるんだ」
「了解。――リフトモーター噴射。……出力、最大」
床が細かく震え始めた。
外から見ていれば、フェニックスネストの下部から激しく白煙が噴き出しているのがわかっただろう。
そして、フェニックスネストは浮き上がった。
「バーナー・点火」
後方の推進モーターが一斉に火を噴く。
「フェニックスネスト、発進!!!」
喝を入れるかのごとき、サコミズ・シンゴの命令。
日本上空を焼き尽くす真っ白な真夜中に、全長70mの巨大な不死鳥は全人類の希望を乗せて再び羽ばたいた。
―――――― ※ ―――― ※ ――――――
GUYS総本部。
巨大な会議場のメインパネルに、一筋の白煙を残して離陸上昇して行くフェニックスネストの雄姿が映っている。
壇上の総議長がゆっくりと立ち上がり、それに向かって敬礼をした。
続けて、両脇のGUYS高官達も次々と立ち上がり、総議長に倣う。
同時に議席に座る各国代表たちも、敬礼をする者、手を合わせる者、指を組む者、十字を切る者、胸に拳を当てる者――次々とそれぞれのやり方で敬意を表し始めた。
しんと静まり返った議場に、希望と祈りだけが満ちていた。
―――――― ※ ―――― ※ ――――――
旅立つフェニックスネストの雄姿は、テレビを通じて日本各地、いや世界各国に送信されていた。
映像を見る者全てが、その雄姿にそれぞれ祈りと希望を託す。
東京P地区でも。
津川浦でも。
―――――― ※ ―――― ※ ――――――
大気圏上層部。
エネルギーの消耗から、肩を大きく上下させる新マンの姿がそこにあった。
その眼前で放たれた第二射。撃ち出された輝く殺意の塊――およそ二千。
正面に立つ新マンには、たとえウルトラブレスレットで作ったスペシウム増幅リングを通してシネラマショットを放とうとも、先ほど程度の戦果は期待できない。
かといって、ウルトラスパークとウルトラスラッシュ、スペシウム光線などの手数で対応するにも、あまりに多すぎる。
となれば。
使える力は一つだけ。
持ちうる能力の全てを開放して、放つしかない。
最強の防御技『ウルトラバリヤー』を。
かつて、怪獣の起こした津波を押し戻したことのある、切り札。(※帰ってきたウルトラマン第14話)
たとえその後に力尽きようとも、第三射を防ぐことはできなくなろうとも、今ここで出来る精一杯を。
誰にともなく頷いて、新マンは背筋を伸ばし、全身に力を漲らせた。
「――ジェアッ!!」
胸の前で腕を交差させ、高速スピンを始める。
回転する新マンの姿がぶれて見えるほどの物凄い速度――やがて、頭から足まで十数本ものエネルギーの輪が生じた。回転する新マンを包む、コイル状のその光の輪の隙間から、さらにとどめきれないエネルギーがあふれ出し、周囲に広がってゆく。
エネルギーを撒き散らしながら、さらに回転の速度は上がり続け、やがて――不意に止まった。
同時に、コイル状の光の輪も弾けて拡散する。
「ヘアッ!!」
新マンは胸の前で両手を水平に向かい合わせ、ウルトラスラッシュを放つように右手を振り上げ、振り下ろした。ただし、八つ裂き光輪を放つウルトラスラッシュと違い、迫り来る敵意を押しとどめるように手の平を前方に向けて。
その手の平から水面に広がる波紋のように、同心円を描いて広がってゆくエネルギー波。それは、超高速スピンによって周囲へ拡散させておいたエネルギーと連鎖し、時間と空間を歪めてゆく。
新マンの周囲で弾けるいくつもの閃光。
それは、新マンの超能力と物理法則のせめぎあい。
そして――異変が起きた。
降り注ぐ光弾の全てが見る見るうちに速度を緩め、ついには止まってしまった。
それを確認し、おもむろに両腕を突き出す新マン。
その手で何もない空間を大きくすくいあげ、ひっくり返すような動作をした。すると――
光弾は再び動き始めた。
前方ではなく、後方へ。
地球へではなく、星間機械文明連合の艦隊へと。
まるで、新マンの手の動きで、空間ごと、もしくは時間ごとひっくり返されたかのように。
ビデオの逆再生を見ているかのような光景が、展開されてゆく。
両腕を頭上に差し上げたままの新マンの周囲では閃光が弾け、なにかの荷重を受けているようにその巨体が震える。
全ての光弾は戻っていった。
自らを撃ち放ったものの元へと。
―――――― ※ ―――― ※ ――――――
宇宙空間某所。
暗がりの中に、いくつもの計器類が明かりとして浮かび上がる空間。
メインパネルに映し出される信じがたい光景と結果に、ロボット長官も声が出ない。
自ら放った光弾によって次々とダメージを受けてゆく戦艦。
コンピュータ制御の回避運動とはいえ、空間的・時間的に対応できる限度というものがある。
躱しきれずに直撃を受けるもの、隣接艦と接触してバランスを崩すもの……艦隊は、一言で表わすならば大混乱に陥っていた。
それは、もし地球人ならば突然の嵐に翻弄され、巨大な波に飲まれて壊滅する艦隊を思い浮かべる光景だった。
「……! コンピューターの予想では艦隊の11.5281が今の攻撃で撃沈、18.9772が戦闘不能! 残る艦の62.1789が1200から1500カウントの間は戦列復帰不能」
オペレーターの報告に、ロボット長官はちょびヒゲを震わせて、無念の極みのような唸りをあげた。
「んぬぐぐぐぅぅぅぅぅ……戦力集中が裏目に出たか。おのれ、宇宙警備隊隊員め! ――それで、地表殲滅に必要な戦力は確保できるか?」
「現状の戦闘能力保持戦力が全て戦線に復帰した場合、問題ありません」
「では、爆撃艦隊は全能力を艦隊行動の復帰及び爆撃再開準備に回せ」
「了解」
「……そういえば、抵抗勢力艦隊及びその追撃艦隊の動きはどうなっている?」
「事前の想定通りのコースを進行中。もうすぐ爆撃艦隊による爆撃射角範囲内に入ります」
「現状で、抵抗勢力艦隊による砲撃を受けた場合の、爆撃艦隊の被害は?」
「解析中――完了。残存戦力の約15.6002を喪失」
「むぅ。さすがにこの状況でその損失は受け入れられん。追撃艦隊及び外縁防衛部隊に通達。全力砲撃により、抵抗勢力艦隊に爆撃艦隊本隊への砲撃を許すな。壊滅もしくは追い払え。全力で本隊を防衛するのだ。また、爆撃艦隊で無傷、もしくは戦闘能力をまだ保持している艦は――奴を、ウルトラマンジャックを集中放火せよ! 奴だ! 奴さえいなくなれば、この戦いは――」
「了解」
「長官。第三惑星からの防衛行動とおぼしき動きを察知しました」
別のオペレーターが報告を告げた。
「なに? なんだ、今更」
「氷に覆われた極地の大陸から、複数の飛翔体射出を確認。加えて、衛星軌道上に配置された防衛戦力拠点からも、様々なエネルギー反応感知。また、弓状列島の防衛拠点が浮遊、大気圏脱出を図るべく加速上昇中であります」
「反攻の機と見たか。……愚か者どもめ」
ロボット長官はしかし、ふてぶてしく笑みを浮かべていた。
「この程度の状況でうろたえるのは、感情に支配される有機生命体だけだ。我らには、油断も隙もなく、無論、混乱やうろたえなどというものとも無縁であることを、思い知るがいい――戦線復帰不能な艦、それにタイプPdnKJとタイプBndCGを盾として、敵飛翔体の射線上に移動させろ! 上昇してくる防衛拠点はウルトラマンジャックと共に墜としてしまえ!!」
「了解」
オペレーターの手が一斉にコンソールを走り、メインパネル上の艦隊が、整然と動き始めた。
―――――― ※ ―――― ※ ――――――
生協船団旗艦艦橋。
艦橋だけでなく、船団全域で新マンの見せた奇跡への称賛の歓声と咆哮が沸きあがっていた。
しかし。その興奮に水を差すように。
「後方及び上方からの砲撃! おそらく全力砲撃です! 弾幕の密度が異様! 各種センサー対応しきれません!」
ホロ・コンソール上のモニターの一つに浮かび上がるそれぞれの射撃情報を見ていたメトロン星人は、やがて頷いた。
「ふむ。……この射角、弾幕の密度……どうやら敵は、どうあっても爆撃艦隊の本隊を守りたいようだな。……ふふふ、弱気が見えてきたではないか。この弾幕、つかまれば壊滅的ダメージを負うが、あくまで牽制目的だ。下手に動かねば、こちらに害はない。――全船に通達。爆撃艦隊の本隊には構うな。進路はこのままだ」
「良いのですか。敵本隊を叩くまたとないチャンスでは?」
ボーズ星人が惜しそうに口を挟む。
「計画の破綻とは、往々にしてそうしたほんのちょっとした欲から生じる。地球流に言えば、スケベ心というやつだな」
「はぁ」
「元々こちらは無理が利く戦力ではない。最初に言ったとおり、この程度の戦力で敵艦隊を殲滅できるとも思っていない。せっかく親切にもあっちへ行け、と指示してくれているのだから、ここは素直にご厚意に甘えておくとしよう。それが地球人の誇る、美しき礼儀というものだろう? もっとも……奴らには理解出来まいがな? ふふふふ。それに――」
「報告! GUYSが動き出した模様!!」
メトロン星人の言葉を遮って、レーダー手の宇宙人が報告の声を上げた。
二人もそちらに注意を向ける。
「思った通り、来たな」
「――南極大陸より射出されたミサイル群、多数飛来! また、日本より……フェニックスネスト!? CREW・GUYSジャパンのフェニックスネストが離陸、加速上昇中です!」
誰もが知る地球最高の戦力の出撃報告を聞いて、艦橋に再び歓声が沸き起こった。
その中で、メトロン星人だけが黙っている。
「……組合長?」
周囲との埋めがたい雰囲気を悟ったボーズ星人が、その顔色を覗く。
「フェニックスネストだと? なぜだ? そんなものを今さらこの宙域に突入させて、一体どんな効果が見込めるというのだ? GUYSは、サコミズは何を考えている?」
残念なことに、その問いに応えられる者は、その場にはいなかった。
そして、一番身近にいるボーズ星人は、メトロン星人の文字通りのっぺりした横顔を見ながら密かに思っていた。
(……この人、ひょっとして……ただ単にへそ曲がりか?)
―――――― ※ ―――― ※ ――――――
時間と空間に干渉し、物理法則を広大な範囲に渡って捻じ曲げるウルトラバリヤーは、無論、エネルギーの消耗も激しい。
それまでの激戦、シネラマショットの頻繁な使用、そしてウルトラバリヤー。加えて、宇宙近傍の上層部とはいえ、大気圏内ではエネルギーの消耗がより顕著となる。
新マンのエネルギーは、その胸で点滅するカラータイマーが示すとおり、今や尽きかけていた。
脱力した姿のまま、地球の引力に引かれ自由落下状態で落ちてゆく新マン。
その頭上を覆う星間機械文明連合の艦隊は、今や蜂の巣をつついたような混乱状態だったが、それでもいくつかの艦はすぐに反撃を開始した。地表爆撃用の砲塔ではなく、対艦用の通常砲塔を巡らせて新マンに照準を合わせる。
対する新マンの左手がゆっくりと胸の前にかざされ、右手がその左手首を目指してのろのろと伸びてくる。
絶え間なく震えるその両腕が、新マンの消耗の深刻さを如実に物語っている。そして、戦艦からの砲撃に対し、その行動が間に合わないのは、もはや明白だった。
宇宙戦艦の砲身先端から光があふれ出し――
一億ボルトのイオンビームが空間を薙いだ。
新マンの後方から。
一呼吸置いて、爆散する十数隻の戦艦。
漆黒の宇宙を背景に、尾を引くようにして次々と咲く炎の花、花、花。
振り返った新マンは見た。
青く輝く地球を背に上昇してくる地球人の希望の象徴――鋼鉄の不死鳥の砦・フェニックスネストを。
―――――― ※ ―――― ※ ――――――
「――フェニックス・フェノメノンの掃射により、目標宇宙戦艦十七隻を撃破。なお、ウルトラマンジャックは健在です」
シノハラ・ミオの報告に、正面後方の操縦席に座るヤマシロ・リョウコは頷いた。
「あったりきしゃりき! あたしが射つんだ、外しゃーしないってぇ」
はしゃぐ彼女の後ろでその肩に手を置き、満足げに頷くサコミズ・シンゴ。
「これで、あの時(※)の借りが、少しは返せたかな?」(※ウルトラマンメビウス第45話)
「サコミズ総監、提案があります」
言いながら、イクノ・ゴンゾウはメインパネル隅にあるメテオールを表示させた。
「ウルトラマンのエネルギーを回復できるメテオール、マグネリウム・メディカライザー(※)です。これでウルトラマンジャックを回復させてはいかがでしょう」(※ウルトラマンメビウス第46話にて使用)
「そうだな……。レイガ、君はどう――」
ディレクションルームの隅に与えられた席に座っているシロウ――しかし、今は眠っているかのように目を閉じていた。
それを見たサコミズ・シンゴは、なにを理解したのか、一つ頷いてイクノ・ゴンゾウに向き直った。
「とりあえず、今はフェニックス・フェノメノン第二射の用意を」
「G.I.G。フェニックス・フェノメノン、第二射準備に入ります。カートリッジ交換。エネルギー充填開始」
―――――― ※ ―――― ※ ――――――
宇宙空間某所。
暗がりの中に、いくつもの計器類が明かりとして浮かび上がる空間。
「何事だ。今の攻撃はなんだ」
「解析中。――完了。強力なイオンビーム砲と特定。その威力は恒星内部で発生するエネルギーに匹敵」
「なんだと? この星の有機生命体の科学技術が、それほどのレベルに達しているなど、報告を受けてはいない。信じられん」
ひとしきり唸ったロボット長官だったが、すぐに冷静な面持ちに戻った。
「しかし、あくまで単機。これを以って情勢を変えることなど――」
「長官。極地大陸より発射された飛翔体、あとカウント200で射程範囲に侵入。なお、衛星軌道上に配置された防衛拠点からも、飛翔体が多数射出されました。全飛翔体の総数、2000を超えます」
「惑星から打ち上げる、高速飛翔体か。……放射性元素の反応は?」
「解析中――完了。反応、ありません。少なくとも核分裂弾もしくは核分裂を起爆装置とした核融合弾ではない模様」
「数だけ揃えた通常弾頭か。それとも、ペダン合金の結合を解く例の弾頭か……最後の足掻きだな。いずれにせよ、当たらなければ問題はない。先に命じた通り、高硬度装甲ロボットと戦力外の戦艦を盾にしつつ、適当に射ち落としておけ。今、大事なのはウルトラマンジャックと抵抗勢力艦隊の確実な排除だ」
「了解」
「抵抗勢力艦隊へは、全力砲撃による誘導を続行。ウルトラマンジャックとの合流及び、爆撃艦隊本隊下方への侵入を許すな。本隊はウルトラマンジャックと上昇してくる移動型防衛拠点に、砲撃再開。同時にタイプPdnKJを二体回せ。砲撃が当たっても構わん。その程度でどうにかなる装甲でもあるまい。確実に奴らの動きを封じ、殲滅するのだ」
「了解――近傍で活動中のタイプPdnKJを二体、差し向けます」
オペレーターの流暢な返事を聞きながら、ロボット長官は苛立たしげにデスクの天板を指先で叩く。
「それにしても、思った以上にてこずらせてくれる。これこそが時間と労力の無駄だと、なぜ理解できんのだ。人間というやつは。論理的帰結において決定した事項が覆るはずなど、ありうるはずもないというのに……この愚かしさ、実に不愉快だ。全く不愉快だ。一刻も早く掃討を終わらせなければ」
その言葉に、背後にかしずく秘書ロボットも黙って頷いた。
―――――― ※ ―――― ※ ――――――
CREW・GUYS日本支部。
フェニックスネスト離陸後の中枢となっている地下施設。
ミサキ・ユキ総監代行の下、各種情報の収集と地球に残されたアイハラ・リュウ、セザキ・マサト、クモイ・タイチ各隊員への指示が行われていた。
そこへ飛び込んできた速報。
「――全世界の支部がガンフェニックストライカーを宇宙へ!?」
報告を持ってきた一般隊員は頷いた。
「各支部連名の報告が来ています。読み上げます。――勇気ある日本支部に倣い、通信機能を全て断って戦いに臨む。人類の希望、フェニックスネストの作戦を成功させんがため、全力を尽くす。日本支部も健闘されたし。――以上です」
「……通信機能を断って……そんな、危険な。でも……もう止められないのね」
「各機は衛星軌道まで上昇、GUYSスペーシーと協力して編隊を形成、敵艦隊への攻撃態勢に入っています」
「協力って……意志の疎通はどうしているの!?」
目を丸くするミサキ・ユキに、隊員は戸惑いの表情を見せた。
「どうって……ああ、ミサキ総監代行は軍の出身ではありませんでしたね。CREW・GUYSの隊員はみな空軍と共通のハンドサインを覚えていますから、ある程度の意志の疎通は出来ます。あとは各自の判断で」
「でも、そんな方法で大丈夫なの?」
「一般隊員の私が言うのも変かもしれませんが……優秀なパイロットが現場の判断で戦うとなれば、通信機能の不在はそれほどの問題ではありません。ともあれ、信じるしかありません。地球人の底力を」
「そうね……わたしたちには、それしか出来ない……歯痒いけれど」
ミサキ・ユキはふと天井を見上げた。その彼方にいるはずのフェニックスネスト、そして命懸けで天空に昇って行った数多くの若武者たちを想って。
「サコミズ総監……みんな……どうか、ご無事で」