ウルトラマンメビウス外伝 RAYGA
第6話 史上最大の逆襲 生ある"もの"たちの反撃 その2
各地でのCREW・GUYS及び防衛軍による戦闘により、現状、敵のロボット軍団による都市蹂躙の被害は、ほぼ抑制されていた。
とはいえ、周辺――特に洋上からの接近・侵入は続いており、一時たりとも気を抜けない状況に変わりはない。
また、CREW・GUYS日本支部及び周辺諸支部からの砲撃により、上空から降り注ぐ弾幕も相当数防御してはいるが、時を追って増加する弾数は、そのまま地表への爆撃となり、被害の増加に比例している。
フェニックスネストがある関東を中心に被害は広範囲に渡り、これについては現状全く対応策がなかった。
フェニックスネスト・ディレクションルーム。
地響きにも似た震動がひっきりなく伝わってくる。
「――周辺への着弾数が増えています。このままでは、一時間以内に確実に直撃弾を受けます! いえ、確率的には今現在で直撃弾を受けていないことが、既に異常で不自然なんですが……!」
シノハラ・ミオの悲鳴じみた報告に、ディレクション・ルームの空気が緊迫の度を増す。
ミサキ・ユキは、眉をひそめて頷いた。
「サコミズ総監が何かを考えておられるようだけれど……」
この場を離れるわけにはいかず、まだ総監執務室に迎えないでいる。
「とにかく今は、フライトモードへの変形準備を」
イクノ・ゴンゾウが各プログラム調整を行いながら口を挟んだ。
「そろそろミサキ総監代行、トリヤマ補佐官、マル秘書官は地下施設へ退避願います。サコミズ総監がおいでになり次第、発進できるようにいたしますので」
「う、うむ。わかった。後のことは頼むぞ、諸君」
頷いて、そそくさと出て行くトリヤマ補佐官、マル秘書官。
ミサキ総監代行ももう一度状況確認をし、総監執務室に寄った後で指揮を地下施設から取ることを伝え、ディレクションルームを後にした。
「――イクノ隊員、ヤマシロ隊員はもう引き上げさせますか?」
シノハラ・ミオの問いかけに、イクノ・ゴンゾウは首を振った。
「いえ、彼女にはもう少し粘ってもらいます。それより各地に散っている三人に状況報告をお願いします」
「G.I.G」
―――――― ※ ―――― ※ ――――――
ディレクションルームの外、ヘッドブリッジ上。
上空に向かって引き金を引き続けるヤマシロ・リョウコ。
その傍らで、時折飛んでくるつぶてを的確に弾いて彼女を守りつつ、上空を睨み上げるシロウの姿があった。
「くそ、戦艦がどんどん集まってきてやがる。上の連中、何してやがんだぁ? このままじゃあ――」
ふっとその視線が地上に戻り、ある方向を見やった。
その雰囲気を察したヤマシロ・リョウコも、射撃を続けつつシロウを気にした。
「どうかした?」
「……いや……」
宇宙からの光弾が着弾したのか、ひときわ明るくなっている場所が遠景に見える。
しかし、すぐに別の場所で次々と同じような発光現象が起こった。
細めた目に、遠く人の目では見えない場所を映すシロウ。
「――うちの近所に着弾した。……けど、うん。かあちゃんも、俺の知り合いも全部無事みたいだ」
「そりゃあよかったね。……てか、今は大丈夫でも、このままじゃあ時間の問題だよ――ねっ!!」
フェニックスネスト目掛けて落ちてきた光弾を、シルバーシャークGが撃墜する。
一瞬、上空に綺麗な花火が咲いた。その花火を突破して、次々と光弾が落下してくる。
「ん〜……もういいよ、シロウちゃん。こっちより、君の守りたい方を守りに行きなよ」
神業めいた手際で、花火を突破した光弾を撃ち落してゆくヤマシロ・リョウコ。
しかし、その提案にシロウは目と歯を剥いた。
「ああ? ――ふざけんな。俺がそこまでバカだと思ってんのかよ」
喚いている間にも、こちらの弾幕をすり抜けた光弾が、シルバーシャークGの直近に落ちてくる。
それを――
「やらせるかっ!」
瞬時に蒼い光の球へと変身したシロウは、直撃コースで落ちてくる光弾を体当たりで弾き飛ばし、すぐにヤマシロ・リョウコの傍に戻ってきた。
「サンキュー、シロウちゃん!」
「――くそ、今の俺じゃあ、これが精一杯だ。せめて……ずっと変身していられりゃあな。地上じゃ時間が短すぎんだよ。これじゃあ、たとえ変身しても守りきれるもんじゃねえ! どうすりゃいいんだ!?」
「だから、ほんとに守りたい人の傍に行けって言ったんじゃない。なに意地張ってんのさ」
「だーかーら」
シロウは床をばんばん叩いた。
「ここがやられたら、今より落ちてくる弾の数が増えるんだろうが。それぐらいわかってるんだよ、俺だって! だから、こっちにいた方が俺が傍にいて守るより、もっと守れるはずだ。違うか?」
「そりゃそうだし、そう考えてくれることは素直に嬉しいけど――くそっ、ええええいっ!! 話に集中させろ、バカっ!!」
夜空に舞い散る花火の乱舞。徐々に戦艦を落とす数より、落ちてくる光弾を迎撃する数が増えている。
「それに、俺の守りたい相手はあっちとこっちにいるから、どっちに行くにしてももう片方を見捨てることになっちまう。だったら、ここで見張っていて、直撃しそうなやつを見つけたら、叩き落す方が早え。ここは丁度あっちとこっちの中間だし、見晴らしがよくて落ちてくるのがよく見える!」
「こっからで間に合うの?」
「間に合わせる!」
「そっか。じゃあ、もう言わない。ここの守りは任せたよ!?」
「合点承知だ。リョーコこそ気にしないで思いっきり、やっちまえ」
それから、GUYS日本支部から放たれる光線の迎撃・撃墜率はさらに上がった。
―――――― ※ ―――― ※ ――――――
『現状の確認をしておこう。今、地球の防衛は絶妙な均衡を保っている』
画面の向こうでタケナカ総議長は顔の前で組み合わせた手を、落ち着かなげに蠢かせている。
サコミズ・シンゴは渋い表情で返した。
「絶妙というより、ジリ貧だけどね。被害は増え続けている」
『そうだ。そして、おそらくはGUYS日本支部壊滅と同時に、地球の防衛力はバランスを失うだろう。戦力的なものもさることながら、精神的にそこから一気に崩れ去る。それが、参謀室の見解だ。私もそう見ている』
「責任重大だね」
皮肉めかして、力なく微笑するサコミズ・シンゴ。
『参謀室は当初より地球側の防衛力に限界があることを予見し、あらゆる角度から反転攻勢の可能性を探っていた。そして……ついさっき重要な情報がもたらされた。ウルトラマンから、な。時間の関係で裏づけデータの確認は十分ではないが、論理的に考えて星間機械文明連合の偽報ではない、と判断した』
「ふむ。それで、その内容は?」
『うむ。要約すれば、敵の艦隊指揮は中央集中管理式のコンピューター・システムで行われているにもかかわらず、地球上空の艦隊内に中枢艦が存在していない、ということだ』
「中央管理式なのに中枢が存在しない……? なのに、やつらは実際に整然と艦隊行動をしている……興味深い矛盾だね」
ふむ、と唸ってうつむき、考え込むサコミズ・シンゴ。
しかし、タケナカ総議長はサコミズ・シンゴが答えを出す前に、続けた。
『聡明なお前のことだ。すぐ同じ結論に達すると思うが、参謀室はその矛盾を解く、二つの可能性を提示した。一つは、彼らが艦隊を隠していたやり方で、視覚的擬装を施し、観測できないようにしているというものだ。もう一つは、そもそも戦場にそのような重要な機関を置かず、我々地球人の手と目の届かぬ場所に設置しているというもの』
「どちらも至極妥当な推論だな」
『だが、ウルトラマンからの報告により前者の可能性は限りなく低くなった。ウルトラマンが視覚的擬装を見破れないとは思えないし、もし彼らに見破れないのだとしたら、残念ながら今の地球の技術ではその位置を暴くことは事実上、不可能だと言っていい』
「ということは、後者であるという前提で――」
『そうだ。そして、位置の推定は比較的簡単に行われた。……地球近辺にありながら、地球からは観測の困難な場所。そんな条件に当てはまる空間、それは――』
「月の……裏側、か」
画面の向こうで、地球防衛の頂点に立つ男はにんまり頬を緩めた。
『さすがさこっち。それだけの情報で、すぐそこに思い至るとは』
「よせよ」
照れ笑いを浮かべた表情が、ふと硬張る。
「――そうか。それで、フェニックスネストの発進を止めたのか」
『そうだ。即座に飛翔でき、かつ月面の裏側に到達したのちには戦闘が可能であること。その上、過去に君が指揮をして、月面で活動もした経験も持つ――君たちCREW・GUYSジャパンをおいて適任は他にない。行ってくれるな』
「それは構わないが……実際には日本上空に集まっている艦隊を突破するのは難しいぞ。それに、いかにフェニックスネストといえども、月面への到達には相当の時間がかかる。それまで、持ち堪えられるのか? そして、月面の裏にそんな中枢などなければ――」
『さこっち。要らぬ心配だよ、それは』
タケナカ総議長は得意げに笑う。
『敵陣の突破については手を打っている。月面到達までの時間に関しても、その間程度ならこらえてみせるさ。そして……最も考えたくない結果については、無視してくれ。あるものと考えて行動してほしい』
「希望を、探すんだな」
『そうだ。今は、悩んでいる時間も惜しい。可能性が決して低くない以上、一か八かの勝負をここでかけるしかない』
自らに納得させるかのように頷くタケナカ総議長。
『総議長』という肩書きにそぐわぬ、そしてまた御年七十を越える老人とは思えぬ、炯炯たる眼の輝き。それは一軍の将のもの。
応えて頷くサコミズ・シンゴの眼にもまた同じ輝きが宿る。
「了解した、タケナカ総議長殿」
そっと立ち上がったCREW・GUYS日本支部総監は、そのまま画面に向かって敬礼をした。
「これよりCREW・GUYSジャパンは、総本部の立案した作戦に則り、月面へと出発します」
『うむ。よろしく、頼む』
再び――今度は全幅の信頼を込めて――タケナカ総議長は力強く頷いた。
―――――― ※ ―――― ※ ――――――
衛星軌道上、GUYSスペーシー本部宇宙ステーション。
ディレクションルームに隊員が集められた。
カバーする宙域の広さから、その人数は地上の支部の比ではない。匹敵する規模の支部といえば、GUYSオーシャンぐらいだろう。とはいえ、ここにいる2、30人ほどが全員ではない。他のステーションにも部署があり、隊員がいる。
集合した隊員に対し、隊長はにんまり頬笑んだ。
「諸君、よくぞここまでガマンしてくれた。たった今、総本部より戦闘解禁の命令が下った」
ざわつきと、地響きめいた唸り声がディレクションルームに満ちる。
「敵は、我々が沈黙しているのをいいことに好き放題してくれている。覚悟はいいか、お前たち。ここから、貸しを取り立てるぞ!! 準備にかかれ!!」
隊長の声は通信回線を通じて他のステーションや部署にも届いていた。
そして、鎖から解き放たれた獣の咆哮が連鎖のように広がってゆく。
―――――― ※ ―――― ※ ――――――
南極。
氷の下のミサイルサイロが、造られて以来初めて本格稼動を始めた。
「……弾頭取り付けは順調か?」
金髪碧眼、痩身で背が高く、目つきの鋭い白人の男。自らも研究員なのか、CREW・GUYS隊服の上から白衣を着たその隊長は、サイロ内部の活況に、やや倦んだような表情を見せていた。
ディレクションルームのメインパネルに、発射態勢にあるロケットミサイルが次々と映し出されてゆく。中には、今先端の弾頭の取り付け作業を行っているものもある。分厚い防寒服に身を包んだ作業員達は、白い息を吐きながらも実に活き活きと動いている。
「現在、進捗率81%。あと20分で全弾頭の取り付け、終わります」
ディスプレイの一つに向かっていた隊員の報告に、隊長は物憂げなため息をついた。
「やれやれ……この騒ぎは、墓場に相応しいものではないな。実に騒々しい。癇に障る」
「しかし、隊長。我々倉庫番部隊と揶揄されるGUYSアンタークティカの晴れの舞台です。皆、奮い立っております」
「愚か者」
隊長の声は凛として、しかし鋭かった。
「君はオモチャを与えられた子供か。よくそれで、CREW・GUYSの入隊試験を通ったものだな。私が面接官なら、確実に落としていたぞ」
「……………………」
「し、しかし、お言葉ですが隊長!」
うなだれた隊員に代わって、別の隊員が反論する。
「この地を守る戦力として配置されながら、我々のやっていることといえば過去の防衛軍や防衛部隊の兵器の改良か、作られはしたものの使うことも出来ずに封印された大量破壊兵器の監視。実際、この基地の面積の大半は、我々ですら踏み込むことを許されない封印倉庫ばかりではありませんか。日本支部のような華々しい活躍がしたい、などとは申しませんが、せめて、我々の活躍の場が巡って来たことに勇み、奮い立つぐらいは許されてもいいのではありませんか?」
「だから子供か、と言ったのだ」
呆れ果てたように首を振り、またため息をつく。
切れ長の眼差しが、不満げな隊員たちを一瞥した。
「許されていいわけがないだろう。君たちの活躍の場が巡ってきた? 状況を正しく認識したまえ、諸君。我々に下された命令は、封印を解いてあれをミサイルに乗せ、宇宙へ打ち上げる。それだけだ。宇宙に出て戦えとも、南極に侵入してくる敵と戦えとも命じられてはいない」
「しかし――」
「ミサイルを撃つ――すなわち、ボタンを押すだけの行為を、戦いなどと認識するなっ!!」
隊長の一喝によって、ディレクションルームに漂っていた浮かれ気分は雲散霧消した。
「この南極の地は墓場なのだ。過去に造られた大量破壊兵器という名の悪魔を封じた、地獄の最下層コキュートスなのだ。そして我々は、その地獄の門番にして墓守。地獄の門が開かれることを喜ぶな。墓土の下に埋めたものが蘇ることに浮かれるな。例えそれが人類の危機を救うためとはいえ、ここに封じられた物が使われ、人の目に曝されることが、未来にどのような結果を招くかを想起せよ。それでもなお、勇み、奮い立つというのなら、今ここで辞表を出すがいい。即刻受理してやる」
ディレクションルームに落ちる沈黙の帳。そして、隊員たちはうなだれて自分達の業務に戻る。
それを見やり、隊長の眼差しは再び正面のメインパネルに注意を戻した。
「もっとも」
その口元に、ほんのわずかに、うっすらと、一瞬だけ笑みが浮かぶ。
「ミサイルを射つことを喜ぶのは論外だが、発射したミサイルが狙い通りに的中し、予定通りの威力を発揮することを祈るぐらいは問題あるまい。そういう命令を受けたのだし、なんといっても、今は人類危急存亡の時なのだからな」
―――――― ※ ―――― ※ ――――――
宇宙空間某所。
暗がりの中に、いくつもの計器類が明かりとして浮かび上がる空間。
「長官、コンピューターより指示が下りました」
「指示? この状況で、一体何の指示だ?」
「現状の戦力損耗と敵の防御力をほぼ無力化する作戦指示です」
「敵の抗戦能力をほぼ無効化する? そんな方法が?」
「はい。ですが、非常に単純な指示です」
「読み上げろ」
「――地上爆撃に参加する戦艦を全て同期させ、一斉砲撃を放て、というものです」
「なるほど。……ううむ」
ロボット長官は感心したように唸った。
「それは盲点だったな。確かに敵の防御拠点は少ない。バラバラに撃てば生じた時間差で防御できるが、ほぼ同時に地上へ到達する攻撃には、対応できない。――よろしい、その指示通りに攻撃プログラムを組め。ファンタス、サーリン同志にはその旨を伝え、爆撃艦隊の防衛に全力を挙げさせろ」
「了解」
―――――― ※ ―――― ※ ――――――
宇宙。
生協船団旗艦の艦橋。
「組合長! 日本上空の敵艦隊に動きが!」
「動き? ……これ以上何をどう動くというのだ」
怪訝そうに報告を上げたオペレーターを見やるメトロン星人。
「それが……地表への爆撃を停止しました!」
「なに?」
艦橋がざわつく。
メトロン星人は唸って、腕を組んだ。
「ふむ……。これが時間稼ぎであるはずがない。だとしたら、あれは攻撃のための――」
不意に、激しい震動が旗艦の船体を揺るがした。メトロン星人も体勢を崩しかけ、危うく踏みとどまる。
「――第三機関部に直撃弾! 第三エンジン大破につき、ブロックごと切り離します!」
「機動力23%低下!」
「次が来ます! いかん、直撃コースだ!!」
叫んだ瞬間、艦橋の前で何かが爆発した。しかし、被害はなく、震動も穏やか。
「なんだ?」
「――見ろ! ウルトラマンだ!」
艦橋前面の透過装甲からみえる景色を、頼もしくも巨大な銀と赤に彩られた新マンの背中が覆い隠していた。
「……ジャック、来てくれたのか」
メトロン星人の安堵の声が聞こえたのか、ちらりと後ろを見やって頷く新マン。
その時、オペレーターの悲鳴が走った。
「敵、地表爆撃再開! 一斉砲撃です! 二千隻以上もの戦艦の……! こんなの、防ぎきれるわけがないっ!!」
それを聞いた瞬間、メトロン星人の膝ががっくりと折れた。
「!! ……しまった!!! そういうことかっ!!」
―――――― ※ ―――― ※ ――――――
日本。
その瞬間、真夜中の空は白く光り輝いた。
エミが窓の外を見やり――
カズヤがモニターから顔を上げ――
ユミが台所の窓を少し開け――
イリエは神棚を前に黙想を続け――
シノブはせんべいをくわえたままサッシの外の光に気を取られ――
タキザワは電話の途中で玄関の外の明るさに気づき――
ワクイは風呂の窓から恐る恐る白い夜空を見上げ――
トオヤマは異常を報ずるテレビの前で子供を抱きしめ――
マキヤは防災ヘルメットをかぶったまま、夫と抱き合い――
イチロウはマンションのベランダから実家の方を見やり――
その後ろ、居間ではカナコは気を失ってソファにへたり込み――
奇しくもテツジとタロウは、それぞれの場所でウルトラマンの人形を握り締め――
地下通路を進むミサキ・ユキはふと足を止めて、配管の走る天井を見上げた。
トリヤマ補佐官とマル秘書官は、それに気づいた風もなくそそくさと先を急ぐ。
サコミズ・シンゴはモニター画面に釘付けとなり、タケナカ総議長は拳を握り締めた。
それぞれのコクピットからそれぞれに空を見上げるアイハラ・リュウ、セザキ・マサト、クモイ・タイチ。
メインパネルに映し出された光景に凍りつくシノハラ・ミオ、イクノ・ゴンゾウ。
銃口を真っ直ぐ天に差し向けたまま、顔から全ての感情が消え失せたヤマシロ・リョウコ。
その傍で――シロウも硬直していた。
その光景を見ていた世界中の人類の時間が止まった。
全天を埋め尽くす絶望の光を前にして、誰もがただ呆然と立ち尽くす。
史上最悪の殲滅攻撃――
ウルトラマンに象徴される『 光 』というものが、決して人類を無条件に助ける属性ではないことを思い知る瞬間。
全ての希望を塗り潰す、絶望の光。
防ぐ術も、時間も、地球にはなく、その光の全てが地表に届いた時、確実に日本列島はその形を変えるに違いなかった。
しかし。
一人だけ、諦めなかった者がいた。
ウルトラマン。
地球を、人類を守るために光の国から遣わされし者。
兄弟の中でも『守ることについて特に秀でた者』と評される彼。
この未曾有の危機を前に、とっさの行動を取りえたのは彼だけだった。
―――――― ※ ―――― ※ ――――――
「ジェアアッッ!!」
投げ放ったウルトラブレスレットで作ったリングを、L字に組んだ腕から放った光線で撃つ。
増幅されたシネラマショットは、生協船団を包囲する艦隊の一角を消滅させ、そのまま大した減衰もせずに日本上空に到達。一斉砲撃された、まさしく光の弾幕を薙ぎ払った。
それでも、その増幅シネラマショットの虎口を逃れた光弾が、ざっと四割。
ウルトラブレスレットを左手首に戻すなり、新マンは両腕を胸の前で交差させた。
「ンンヌゥゥァアアアッ――ヘア゛ッ!!」
気合を込めて両腕を勢いよく開く。すると、その姿が揺らぎ始め――頭部から徐々に薄れ、消えていった。
―――――― ※ ―――― ※ ――――――
日本上空。
地表爆撃艦隊下方――放たれた光弾よりもさらに下方。
新マンは、生協船団旗艦前から消えた時の逆回しでそこに出現した。テレポーテーションで。
降り注ぐ光弾はその数を減らしたとはいえ、まだまだ日本壊滅に十分。
降り注ぐ光弾を見上げる態勢で、光弾より少し遅めに落下しながら、新マンはウルトラブレスレットを放った。
続けて、ウルトラスラッシュ、スペシウム光線を放ち、次々と光弾を撃破してゆく。
だが。
ウルトラマンは神ではない。
人類に比べてどれほど強大な存在であろうとも、その能力に限度があり、その努力にも届かぬ果てがある。
つかんだ砂が指先から零れ落ちてゆくように、一つ、また一つとたった一人の防衛線を光弾が突破してゆく。
しかし、それを追うことも――否、気に留めることすら、今の彼には許されてはいなかった。
―――――― ※ ―――― ※ ――――――
生協船団旗艦艦橋。
空気が凍りついていた。
新マンの活躍に見入っているのではない。
その超絶的な活躍にもかかわらず、すり抜けて行く光弾の圧倒的な数に絶望しているのだった。
「……ウルトラマン!」
メトロン星人がその腕で床を叩く。悔しげに。怒りを込めて。
「たとえそれを防いでも、次の攻撃をどうするのだ!!」
「し、しかし組合長殿。彼がかなりの数の砲撃を防いでいる。この間に何か作戦を――」
なだめるボーズ星人に、メトロン星人は身体を左右に振った。首のない宇宙人なので、首を振っているらしい。
「作戦か。……敵の中枢は発見できず、船団は包囲され、被害は増すばかり。頼みの綱であるウルトラマンも、もはやあそこに釘付けだ。このまま力をそぎ取られてゆくだけだろう。それを援護しようにも、我々は包囲されている。唯一、期待をかけていた地球防衛部隊も、この状況を覆すだけの力はあるまい。結局のところ、彼らは……宇宙に出るのさえ、相当な時間と準備を必要とする文明レベルなのだからな。いやはや、見事な八方ふさがりだ。どこに反転攻勢の目があるというのかね?」
「それは……」
自称頭脳派宇宙人は伊達ではない。
理路整然と不利過ぎる状況を並べ立てられては、ボーズ星人も黙り込むしかなかった。
しかし。
「いや、待てよ」
寸前の意見を覆したのも、またメトロン星人本人だった。
やはり、自称頭脳派宇宙人は伊達ではない。
「八方ふさがりだと!? どこがだ!! ――通信、大至急、全船全部隊に通達! 包囲が崩れているではないか!」
「え?」
落ち込んでいたボーズ星人が顔を上げる。
メトロン星人は腕を差し伸ばして、窓の外に見える一角を指し示していた。
「どこを見ている! たった今、ウルトラマンが増幅光線で切り裂いた方角、あの一角を、全速力で突破せよ! 何はともあれ、まずはこの包囲網の突破が最優先事項である!」
「し、しかしそれは……敵の本隊との挟み撃ちの位置へ進むことに……なるのでは!?」
「下らん杞憂だ」
最前までのしょぼくれ具合がウソのように、鼻息の荒いメトロン星人。
「ならば、そのまま突破してしまえばよい。ここは地表ではない。宇宙空間なのだ。抜け道などどこにでもある! それに、あの本隊は、地表爆撃を目的としている! その下方の空間を通過するならば、連中は編隊を崩してまで降下しては来るまい」
「そんな無茶な。……これ幸いと爆撃してくるに決まってます!」
「構わん。それならばこちらも通過しつつ発砲し、爆撃砲弾を落とせばよい! いずれにせよ、この状況を動かすにはそこしかない! ――何をしている、早く全船全部隊に伝えよ!」
途端に、我に返ったかのような勢いで艦橋に活気が復活した。
叫ぶような指示と怒声が飛び交い始める。
しかし、包囲戦を仕掛けられ、防戦一方の船団各船の動きは鈍い。
その状況をメインパネルで見ていたメトロン星人は、やがて業を煮やして叫んだ。
「……ええい、まどろっこしい! 船団の再編成及び各船のコース指定は私が直接行う! ホロ・コンソールを出せ! 白兵戦部隊は各船外殻に取りつかせ、各船の防衛に専念させろ!」
たちまち、メトロン星人の周囲にホログラフの様々なコンソールパネルやモニターが出現した。
「メトロン星人……!!」
それを背後から見ていたボーズ星人は一言呻いた。
「その手で打てるのか、キーボードを!?」
「やかましいっ! 片腕が鞭のお前には言われたくないわいっ!」
通信管制席の幾人かが、そのやり取りに思わず吹き出した。
―――――― ※ ―――― ※ ――――――
日本・フェニックスネスト総監執務室。
タケナカ総議長との映像回線をつないだまま、サコミズ・シンゴは手早く着替えをしていた。
グレイを基調としたGUYS幹部の服から、隊長時代に着ていた隊服へと。
『……すまん、さこっち』
画面の向こうで白髪頭を下げるタケナカ総議長。
「なんで謝るんだ」
ジャケットの袖を通しながら、サコミズ・シンゴは苦笑した。
『もう少し早く、作戦を決断していれば――日本を守れたはずだ』
「よしてくれ」
少し怒ったように表情を引き締めて、サコミズ・シンゴは首を振った。
「ボクはまだ諦めていない。宇宙で戦ってくれている連中もだ。なのに、GUYSの最高責任者である君が諦めてどうする」
『そうだな……。だが、もう日本は……』
「最期の瞬間まで守るために戦い続ける。それがCREW・GUYSの、地球人の誇りだ。そして、エンペラ星人の時もそうだったように、どれだけ絶望的な状況の下でも、ボクらは決して絶望しない。諦めない。戦い続ける――タケナカ。君の命令は、必ず遂行してみせる。部下として……そして、それ以上に友として。信じて……待っていてくれ」
最後にジャケットのチャックを喉元まで引き上げたサコミズ・シンゴは、画面のタケナカ総議長に頷きかけた。
応えてタケナカ総議長も頷く。悲壮なまでの覚悟をその顔に貼り付かせ、立ち上がって最敬礼を切る。
『わかった。頼むぞ、さこっち……。――ガイズ・サリー・ゴー!!』
「G.I.G!!!」
こちらも最敬礼で返し、通信回線を落とした直後――今までにない激しい震動が基地を襲った。
―――――― ※ ―――― ※ ――――――
降り注ぐ数百発もの光弾の雨。
それは、日本を中心に東アジア一帯に満遍なく落ち、甚大な被害をもたらした。
崩壊する都市、炎上する山、煮えたぎる海。
新マン決死の防衛活動を以ってしても、過去の人類同士の大戦に匹敵する被害を食い止めることは出来なかった。
とはいえ――その被害は、星間機械文明連合が想定したものよりかなり低いものではあったのだが。
なぜなら、まだ地球に隠れ潜む者たちは多く、彼らが力を合わせることで相当な被害を軽減したからだった。
―――――― ※ ―――― ※ ――――――
東京P地区。
光弾の一つが本庄地区へと続く道に落下、林が炎上した。
また一つが川べりに落下、堤防を破壊した。
それ以外にもいくつかの光弾が周辺に落下し、中には家屋をなぎ倒したものもあった。
―――――― ※ ―――― ※ ――――――
津川浦。
海といい、山といい、町といい、いくつもの光弾が降り注ぐ。
津波が海岸を洗い、山火事が起き、瓦礫の廃墟がクレーターと化した。
―――――― ※ ―――― ※ ――――――
東京都心。
いくつかの高層ビルが直撃を受けて崩壊、炎上した。
巨大な破片が降り注ぎ、ビルの中と破片の落下地点からわき上がった粉塵が、猛烈な勢いでビル街を走り、広がる。それはまるで火砕流のように。
皮肉にもその風が、ロボット軍団の襲撃で起きた火事を吹き消した。
とはいえ、着弾した場所で起きた大爆発により新たな火災が起きたため、より被害は深刻になっている。
―――――― ※ ―――― ※ ――――――
宇宙空間某所。
暗がりの中に、いくつもの計器類が明かりとして浮かび上がる空間。
「ウルトラマンジャックの行動により、砲撃の82.6912を阻止されました。爆撃効果は想定の5.3928。陸上への着弾がほとんど防がれた計算になります」
その報告を聞くなり、ロボット長官は苦々しく吐き捨てた。
「化け物めが。だが、今ので奴も相当消耗したはずだ。翻って、こちらの艦隊に被害はない。――第二射用意」
「了解。第二射用意。――長官、抵抗勢力艦隊が包囲網を突破しました」
「ほう、まだ抵抗するか。こちらもしぶとい――予想コースは? 撤退してゆくようなら、今は見逃しても」
「地表爆撃艦隊へ急速接近中」
「なに?」
メインパネルに、幾枚かの状況図が表示された。どれにも大きく矢印が示されている。
「ただし、艦隊外縁に配置した防衛部隊との接触を避け、惑星大気圏上層へ降下、艦隊の下方を抜けるコースのようです」
「なんだその不可解な動きは。まるで、爆撃してくださいと言わんばかりではないか。いくら不合理な判断を下すことのある有機生命体とはいえ、これは……コンピューターの予想は?」
「解析開始――終了。爆撃による被害を考慮しない場合、最良の選択であると回答」
「どういうことだ?」
「理由その1。抵抗勢力艦隊の通過に対し、地表爆撃艦隊がこれを阻止せんと降下した場合、地表爆撃の効果を減ずることが出来ます。降下しなかった場合でも、砲撃及び自らの船体を盾にすることで地表爆撃の効果を多少減ずることが可能です」
「ふむ」
「理由その2。爆撃による同士討ち、もしくは爆撃停止。抵抗勢力を包囲していた艦隊約400隻が追撃中につき、自ら爆撃弾幕の中へ飛び込むことで、同士討ちを誘う思惑があるものと推察できます。また、同士討ちを避けるため爆撃を停止した場合でも、その分だけ地表への爆撃を遅らせることが可能です」
「なるほど」
「理由その3。分散している当方戦力の再統合。我々を一箇所に集めることで、艦隊行動の単純化を狙ったもの。理由その4。宇宙警備隊隊員の存在。現在、地表爆撃艦隊下方にて防衛活動を展開しているウルトラマンジャックの正面に包囲艦隊を誘導することで、さきほど包囲艦隊の一部と爆撃弾幕を消失させた高威力増幅光線にて打撃を加えることが可能」
「よろしい。理由は理解した。では、それに対する当方の行動はいかに?」
「抵抗勢力艦隊の空域通過前に再爆撃。通過中は通常砲撃にてウルトラマンジャックともども攻撃。包囲艦隊改め追撃艦隊通過後、爆撃再開――これがコンピューターの示した最も効率的な行動となります」
「ふん。なるほど。向こうは追われている立場。艦隊下方で立ち止まるわけにも行かない、か」
「加えて、現在地表爆撃艦隊の行動を遮っているウルトラマンジャックの排除も、追撃艦隊ならば積極的に行えます」
「了解した。その案を承認する。コンピューターの指示通りに対応せよ」
「了解。……地表爆撃第二射、準備完了――発射」
―――――― ※ ―――― ※ ――――――
南極。GUYSアンタークティカ基地。
「隊長、発射準備全工程完了しました。いつでも撃てます」
「よろしい。では、メテオール解禁。――発射だ」
何の溜めもためらいもなく、エレベーターのボタンを押すような気軽さで、隊長の白い指はデスクの一角にある発射ボタンをつぷ、と押した。
―――――― ※ ―――― ※ ――――――
衛星軌道上、GUYSスペーシー本部宇宙ステーション。
ディレクションルーム中央で腕を組む隊長。その眼は、地表に炸裂する爆撃光を軌道上から撮影している画像を流しっぱなしの、メインパネルに注がれている。
女性副隊長がディスプレイから顔を上げた。
「――隊長、全隊員・全部署戦闘準備完了。いつでもいけます」
「では……そのまま待機だ。反撃開始の花火が上がるまで、今しばらく待て」
「しかし、このままでは日本が」
「それでも待て。今動けば、日本どころか地球の命運が尽きるぞ。……大丈夫だ、日本支部には歴戦の猛者が揃っている。それに、ウルトラマンも居るのだ。俺は、彼らを信じる」
「……………………了解」
頷いて、副隊長もメインパネルを見つめた。