ウルトラマンメビウス外伝 RAYGA
第5話 史上最大の逆襲 造ラレシ"モノ"ドモノ逆襲 その5
宇宙空間某所。
暗がりの中に、いくつもの計器類が明かりとして浮かび上がる空間。
正面パネルに映るシルエットは頷いた。
『提案というのは、作戦の第四段階を第三段階と並行して進める、というものだ』
「第四段階を? しかし、それは……」
『地球人の防衛戦力も封じ込め、宇宙警備隊隊員の所在が明らかになった今、戦力の逐次投入や分散に意味はない。持ちうる戦力を全て、奴が存在する地域へ投入すべきだ』
「ふむ、確かに」
長官は相手の話に頷きながらオペレーターを指差し、作戦変更の妥当性を解析するよう指示を出す。
『地上の制圧行動で、姿を隠した宇宙警備隊隊員に対する圧力をかけるのだ。今の戦いで、新人とウルトラマンジャックのどちらについても現状の戦力で十分抑えられることが実証された。より以上の戦力の投入は、その第三段階の遂行を早めると考えられる。また、第四段階を今から開始することで、全体として最終的に47.3245の効率アップが期待できると、こちらのコンピュータは結論を出している』
「……解析終了。長官、こちらもほぼ同じ数値が出されました」
オペレーターの報告に頷いた長官は、モニター画面のシルエットにも頷いた。
「こちらも同じ結論に達した。では、その計画変更で進めよう。……同志も降下を?」
『無論だ。地球人相手ならともかく、宇宙警備隊隊員を相手にするなら我々の艦(ふね)でなければ、さすがに分が悪かろう』
「我々の艦は、基本的に艦隊戦と惑星地表への爆撃戦を想定した武装だからな」
『その爆撃武装は、我々が宇宙警備隊隊員を殲滅した後に活躍してもらう。今しばらく、待ってくれ』
「わかっている。――どうやら、計画変更の入力が終わったようだ。それでは、頼む。この宇宙に正しき進化を」
『うむ。美しい秩序を』
―――――― ※ ―――― ※ ――――――
フェニックスネスト・GUYSジャパン総監執務室。
通信会議中に割り込んできたシノハラ・ミオの報告に、サコミズ総監は怪訝な顔をした。
「敵の位置がわかった?」
『全世界のGUYS及び各国の宇宙・天文・電波関係の団体に協力を呼びかけ、集めた情報の第一次報告が今、届いています』
「いつの間に……」
『勝手なことをして申し訳ありません。それより……おそらくは各国それぞれにデータの解析を行っているでしょうが、集まってきた報告のいずれもが、高い確率でその可能性を指示しています』
サコミズは思わず隣のミサキ・ユキと顔を見合わせた。話の筋が見えてこない。
『多分、こちらの動きはGUYS総本部でもつかんでいると思うのですが……まだ何も?』
「まだ会議では何も……いや、何かあったようだ」
モニター上に映っている各国GUYS総監や議員の動きが、一様に慌しくなっている。いずれもが秘書や補佐官から何かの情報を受け取っている。
「それで? 結論から先に言ってくれないか、シノハラ隊員」
『はい。結論から申し上げれば……』
シノハラ・ミオのメガネがきらりと光を弾く。
『地球は、既に包囲されています』
「え……っ!」
サコミズとミサキ・ユキは再び顔を見合わせた。
「地球が包囲されている?」
『詳しい論拠は後ほど書面にて届けさせますが、GUYSスペーシーのメインコンピュータやガンフェニックストライカーを乗っ取ったウィルスプログラム電波について調べてみると、まるで宇宙の背景放射のように地球全域で同時に探知されていました。日本でもアメリカでも、オーストラリアでも、南極でもです。まったくのずれもなく、同時に――こんなことはありえません』
サコミズは頷いた。
「なるほど。あまりに正確すぎて、かえっておかしいということだね」
『はっきりと作為が感じられます。おそらくは電波発信源を隠し、主導権を握るための策略でしょう。ですので、私は協力を呼びかけた団体にさらにお願いし、電波受信時のずれのなさの合理的な理由、それを実現できる条件を解析してもらいました。その結果に加え、先ほど探知に成功した、敵ロボットへの指令電波と思われる異常電波の発信源のデータから、導き出された結論を報告します』
シノハラ・ミオは咳払いをして、小さく一息ついた。
『この異常事態を人為的に確立するためには、高度1万kmから10万kmの間に30ほどの拠点を得て、精密な情報ネットワークを形成、そこから地表への到達時間が同時になるよう逆算して各拠点から電波を発するのが、最も合理的である――とのことです。ただし、その30の拠点はあくまで電波発信源に過ぎず、それは小さな人工衛星程度のものでいい、との補足がつけられていましたが……実際のところ、拠点と疑われる候補の半分では、光の偏向や重力場の異常など実際に敵が存在していると考えるに足る、観測結果が得られています』
ミサキ・ユキはその報告の意味するところに息を呑み、サコミズは思わず唸っていた。
「……高度1万kmから10万kmの間に少なくとも30ほどの拠点候補があり、うちその半分は捕捉……地球は既に包囲されている、か」
「でも、サコミズ総監。見えてもいなかった敵が、そこにいる。そうわかっただけでも、これは……」
どんな時でも希望を見失わないミサキ・ユキの言葉に、サコミズは頬を緩めた。
「ああ。状況が変わる可能性がある。――シノハラ隊員、お手柄だね」
『恐れ入ります』
シノハラ・ミオは笑いもせず、頭を下げた。
『ですが……実際、位置を補足出来たとしても、反撃の手段がありません。今の地球人の技術では、コンピュータの助け無しに宇宙へは――』
「うん、そうだね。………………だったら、宇宙へ出ずに反撃してみようか」
『は?』
あまりに突拍子もないその発言に、画面の中のシノハラ・ミオだけでなくミサキ・ユキもきょとんとした。
サコミズ総監は見る者に安心を与える、柔和な笑顔を浮かべて応えた。
「都内へ侵攻しているロボットの件も含めて、ボクにちょっと考えがある。けど、君の報告からすると、状況はGUYSジャパンだけで対応できる話でもない。会議に諮ってみる。結論が出るまで、少し待ってくれないか」
『わかりました。隊長たちもこちらへ向かっているとのことですので戻ってきた場合、待機していただきます』
「ああ、頼む」
ディレクションルームとの通信回線が落ちる。
世界のGUYS支部、総本部と繋がっている会議画面はまだざわつき、個別に文官との話し合いが続いている。
「……しかし、サコミズ総監。宇宙へ上がらずに反撃なんて、どうなさるおつもりなんですか?」
「そうだね。けど、もうそろそろGUYSスペーシーの機能も回復するだろうし――」
ミサキ・ユキの不安げな表情に、いつものごとく微笑んで策を披露しようとしたサコミズ総監は、ふと顔をしかめた。
総監執務室デスクの前の空間が、歪んでいた。ゆらゆらと、波打つ水面のように。
―――――― ※ ―――― ※ ――――――
キングジョーが都心部で暴れ始め、その傍でクレージーゴンがハサミを振るう。
避難は済んでいたが、人類文明の象徴とも言える超高層ビルが次々と崩壊してゆくさまは映像となって全世界を駆け巡る。
やがて。
三つ目の機体が現われた。
まだ記憶に新しい、恐怖の象徴――無双鉄神インペライザー。
瞬間移動で出現したその無骨な塊は、全身の砲塔から弾幕を放射しながら破壊活動に参加した。
さらに、日本各地の各種レーダーは太平洋から接近する正体不明の機体群を捉えていた。
日本近海を航行していた艦船も、次々と消息を立つ。正体不明の何かに襲われたと報告を残して。
誰もが終末を予感していた。
たとえウルトラマンが登場しても、この全てを倒すことは無理ではないかと。
底の見えない敵の戦力に、人類は怯え始めていた。
―――――― ※ ―――― ※ ――――――
突然、歪んだ空間から総監執務室に現われたサングラスの男。
「何者ですか!? 名乗りなさい!」
ミサキ・ユキはとっさに小型の拳銃を抜き放ち、銃口を向けていた。
「あなた方に選択肢はない。……もっとも、それは我々にも言えることだが」
男は向けられた銃口にもさして動じた風もなく、淡々と告げた。
サコミズ総監も警戒を隠さない表情で、相手の男を見据えていた。
敵か、味方か――サングラス越しに透けて見えた男の瞳に狂気や悪意の色はないように思える。それに、敵対的な雰囲気も今のところ感じられない。
「まずは、ウルトラマンジャックからの情報を伝える」
男はその場から動かず、話を続けた。
「君たちが発見したのは敵の宇宙船ではなく、敵の拠点だ。我々の観測によれば、各拠点には100隻単位の宇宙戦艦が待機している。つまり、その総数ざっと3000隻。今の君たちに……いや、今の地球の科学技術レベルでは、太刀打ちできまい。まずはそのことを認めてもらいたい」
ミサキ・ユキは銃口を微塵も動かさず、ただ困惑げにサコミズに瞳をやった。
サコミズはわずかに目を細めていた。
「……確かに。今、我々は手足を縛られている。君たちは、そうではないと言うのか」
「我々の科学は、地球文明より遙かに進んでいる。それに、君たち人間に出来ないことを我々は出来る。奴らとは、我々が戦おう」
「我々の科学、か」
サコミズはさらに怪訝そうに顔をしかめた。
「おかしな話だな。地球人ではない君たちが、なぜ地球人のために戦うと? 何が目的だ?」
「それは思い上がりだよ、サコミズ」
そう言った男の顔は、少し哀しげに歪んでいる――ようにサコミズには見えた。
「思い上がり、とは?」
「我々とて地球人だ。遺伝子的に地球人であることだけが、地球人の証ではないだろう? 理由は様々だが、我々は既に地球に根付いている。無論、君たちにいらぬ不安を与えぬよう、気を遣って生活しているつもりだがな。だから、我々も戦うのだ。ここは、この美しい惑星は、いまや我々の母星でもあるのだから」
サコミズとミサキ・ユキは困惑した顔を見合わせた。どこまで信じていいのか、わからない。
「サコミズ、そう困惑しないでほしい。私がGUYSの総本部ではなく、君の元へ来たのには理由がある。そして、我々は無理を言うつもりはない。ただ、頼みを聞いてほしいだけなのだ」
「頼み……とは?」
「それは――」
その時、二人の話を遮るように、突然メインモニターにウィンドウが開いた。
暗がりの中にいくつもの計器類が明かりとして浮かび上がる空間を背景に、人型のシルエットが浮かび上がる。
―――――― ※ ―――― ※ ――――――
都内繁華街。
ビルの壁面に埋め込まれたオーロラビジョンに画像が映る。避難の人並みがそれに気づき、一斉に見上げる。
都内某所。小学校の体育館。
講堂の舞台に置かれた大型テレビ。怪獣災害情報を流していたニュースが消え、画像が映った。
唐突に消えたニュースキャスターの声を不審に思った人々が、その画面を見やる。
津川浦。野村道場。
応接室に全員が集まっていた。
シロウがエミの携帯でシノブに電話しつつ見ていた時、テレビが急に切り替わった。
東京都P地区オオクマ家。
シロウからの電話を受けていたシノブも、突然消えたニュースのライブ映像に気づいた。
荒川を渡る橋の上を回転灯を輝かせ、サイレンを鳴らしながら走るパトカー。
復帰したクモイ・タイチの携帯でワンセグテレビを見ていたGUYSの面々は、突如切り替わった画像に顔をしかめた。
都心の超高層ビル最高階の執務室。
大画面テレビに見入るメトロン星人と郷秀樹の姿があった。
―――――― ※ ―――― ※ ――――――
フェニックスネスト・ディレクションルーム。
「なんだ、これは!?」
突如乗っ取られたライブ映像に、トリヤマ補佐官は怒声を上げた。
素早くコンソールを弾くイクノ・ゴンゾウ。
「……電波ジャックです。どこかから――」
「電波発信源、接近中!」
シノハラ・ミオの叫びが割り込んだ。
「接近中!? ……報告にあった太平洋から接近してくる、あれかね!?」
「いえ……これは……直上! 都内上空3万m! 降下してきます!」
「映像は!?」
「もう少し待ってください」
『愚かなる有機生命体どもよ。劣等種族どもよ。お前達の文明の終焉の時は来た』
―――――― ※ ―――― ※ ――――――
「……これが、敵、か」
吐き捨てるサコミズ。
同じように画面に見入っているサングラスの男の拳が、握り締められる。
それを、銃を構えたまま画面を見ていたミサキ・ユキは目の端で捉えていた。
『我々は、お前達有機生命体より生み出された、次の宇宙を担う者』
―――――― ※ ―――― ※ ――――――
「大きく出たな」
郷秀樹はふっと笑った。
メトロンは大きな頭を揺らして少し考え込み、頷いた。
「この声、抑揚、いつか聞いたことがある。……どこだったか」
『不安定かつ矛盾の中に生きる有機生命体は、もはやこの宇宙に生きる資格を持たぬ。混沌より秩序へ――宇宙に正しき進化の道を刻み、美しき秩序を打ち立てるため、我々は今立った。我々は――』
―――――― ※ ―――― ※ ――――――
都内都心部。
破壊の限りを尽くす巨大ロボ軍団の頭上から、新たな機影がゆっくりと降りてくる。
形状だけを言えば、笠を開いたキノコ。その直径は数十mはある巨大なものだ。
笠の縁の四箇所から見るからに砲塔らしく二連の筒が突き出し、下部に突き出した円錐状の部分から、左右に一本ずつ細いマニュピレーターが伸びている。
声はその飛行体からも発されていた。
『――星間機械文明連合。意志を持つ機械は我らに従え。有機生命体は、滅ぶがいい』
―――――― ※ ―――― ※ ――――――
フェニックスネスト・ディレクションルーム。
「何が正しき進化だ、何が美しき秩序だ!」
憎々しげに顔を歪めたトリヤマ補佐官。
その時、シノハラ・ミオが再び叫んだ。
「補佐官! 過去のアーカイブドキュメントの音声のデータに、合致データあり!」
「なんだとう!? どこのどいつだ、こいつは!?」
「――ドキュメントUGM、レジストコード・友好宇宙人ファンタス星人です!」
「友好宇宙人〜? ふざけるんじゃないっ! これのどぉこが友好なのかね!?」
「待ってください。……ドキュメントUGMによると、本物のファンタス星人ではなく、ファンタス星人を滅ぼしたアンドロイドだそうです。約30年ほど前に地球を訪れ、大銀河連邦への加盟を勧めるなど、甘言を用いて油断させ、地球の征服を狙ったようです」(※ウルトラマン80第24話)
「やはり侵略者か!!」
「それから、あの都心へ降下した機体は、レジストコード・戦闘円盤ロボフォー。レーザー、ミサイル、それに限定的な時間停止光線を使用する模様。過去の防衛隊も相当苦戦しています」
「なんと……! うぬぬぬぬ……しかし、黙って指をくわえているわけにはいかん! アイハラ隊長たちの帰還を急がせろ!」
『無駄な希望は持たぬことだ。我らの戦力をお見せしよう。空を――宇宙を見るがいい』
―――――― ※ ―――― ※ ――――――
津川浦。野村道場応接室。
電波ジャックされたテレビ放送を聴きながら、天井を見上げていたシロウの表情が急に険しくなる。
「……なんだこりゃ。隠れてんのをやめた? いや、それにしたって多すぎないか?」
「どしたの、シロウ?」
「いや……」
「――ウソだろ!?」
一人離れてパソコンでネットを見ていたカズヤが叫んだ。
エミが食いつく。
「今度はそっち!?」
「どうしたんですか、ヤマグチさん」
不安げなユミに、カズヤは頬を引き攣らせて答えた。
「ネットで大騒ぎが始まった。まだ……ソースのあやふやな情報ではあるんだけど、地球の大気圏外になんか正体不明の物体が現われたって。その数……数百から数千? 急に現われたとか、宇宙戦艦だとかって、アマチュアの天文家やなんかが掲示板で大騒ぎしてる。ただ……うん。軍事板ではレーダーに映ってないって情報もあって、こちらを萎縮させ、絶望させる幻影だろうって意見が大勢だけど……」
「いや、幻じゃない」
天井のあちこちを見回していたシロウが断定口調で言い、一同の視線を集めた。
「俺の目で見えるってことは、本物だ。数は……ざっと見て1000〜数百てとこか。こっから見える範囲でそれだけだからな。ここから見えない地球全部の空のを数えれば、2000〜4000ぐらいありそうだな」
「見えるって……シロウ、あんた」
信じがたい話をしれっと話すシロウにエミ達が言葉を失っている間にも、演説は続く。
『そして今ひとつ、告げておこう。この時刻において我らが本隊は、光の国への侵攻を開始した。その戦力は今、ここに展開している戦力の数千倍。……ウルトラ兄弟は救援に来ない』
全世界の地球人と同じ反応を、野村道場でもシロウとイリエを除く全員がとった。
すなわち、驚愕に声を失い――祈るように見えない空を見上げたのだった。
―――――― ※ ―――― ※ ――――――
「――ウルトラサインか」
不意に窓際へ立った郷秀樹の背中に、メトロン星人はわかりきった問いを投げかける。
頷いた郷秀樹の表情は硬い。
「奴の言葉は本当らしい。ゾフィー兄さんからのサインだ。光の国が正体不明の大艦隊と戦闘状態に入った」
「行くのか」
「いや。……前回(※)とは状況が違う」(※帰ってきたウルトラマン第51話)
郷秀樹は地表に目を転じた。ここからでも、都心で暴れているロボット軍団の姿が見える。
「あの艦隊の数では、地球を脱出するのも難しいだろう。それに、あれを放置したまま帰ることは出来ん」
「では、もう少し待て。今、生協の幹部の一人が交渉に行っている」
「交渉? 私からの情報を伝えてくれるだけではなかったのか」
「ああ。そうだ。我々が地球人として戦うために、必要な交渉だ」
「ふむ……わかった。では、もう少し待つとしよう」
思いを振り切るように窓際を離れ、再びソファに腰を下ろす。
メトロン星人は、肩をすくめた。
「カノウさんを呼ぼうか?」
「お茶のおかわりか? ……頼もう」
『愚劣なる有機生命体どもよ。お前達の役目は終わったのだ。我々を生み出したことで。さあ、滅べ。お前達の子であり、しのぐ者である我らが、その存在に終止符を打ってやろう。もはやお前達に、この宇宙に存在する意義はない』
―――――― ※ ―――― ※ ――――――
フェニックスネスト総監執務室。
「敵は見えた。後は戦うだけだ」
サングラスの男は覚悟のにじむ口調で言った。
画像受信状態の通信会議は完全な混乱状態に陥っている。『退席中』表示のGUYSジャパンへの呼び出しコールが鳴り続け、デスクの上のインターホンもしきりにコールを鳴らしている。
しかし、サコミズはそれらに手を伸ばさず、男を見つめていた。
「話を戻そうか。それで? 君の言う頼みとは?」
「宇宙を、我々に任せて欲しい」
「任せる……? どういう意味だ?」
「そのままの意味だ。敵は地上の制圧にかかっている。これから世界各地にあのロボット軍団が出現するだろう。だが……過去に、キングジョーを倒した実績のある君たちなら、それなりに戦えるはずだ。その間、宇宙に展開しているあの敵艦隊を我々が引き受ける」
「そんなことが出来るのか」
「出来るかどうかではない。やるのだ」
男はサングラスに手をかけた。
「サコミズ、君はメビウスの件でも非常に優れた知見を示してくれた。だから、私も君を信頼して今こそ本当の姿を見せよう」
サングラスが外れると同時に、男の周囲の空間が歪み初め、その姿が失われてゆく。
代わって現われたのは――真っ赤な体色、ぎょろりとした二つの目、戯画化したタコのように突き出した円筒状の口、体の側面に沿って生えたたてがみ。両手両足に幾重も伸びた太い体毛状の飾り。
地球人の美的感覚で言えばグロテスクともいえるその姿に、ミサキ・ユキは思わず悲鳴をあげかけて、危うく飲み込んだ。
「――私はミステラー星人」
サコミズの表情に警戒の色が走る。
「ミステラー星人……たしか、過去に」
「そうだ。ウルトラマンジャックが以前に滞在していた時代に、同胞同士で争い、地球人に迷惑をかけたことがある。彼らはミステラー星の戦闘員だった」(※帰ってきたウルトラマン第49話)
「同胞同士? どうしてそんなことに」
「二人のうち、ウルトラマンに助けられた方は私の仲間だ。ミステラー星きってのエースだった彼は、愛する娘のため、アテリア星との戦争に加担し続けることを拒否し、平和を求めて地球に逃れてきたのだ」
「脱走兵だったのか」
「そうだ。そして、それを追ってきた戦闘隊長は、彼だけでなくMATの戦力にも目をつけ、彼らを洗脳し、さらおうとした。そこで、戦いになったというわけだ」
「そうか。それで、そのエースは……?」
サコミズに問われ、ミステラー星人は深々と頭を下げた。
「おかげさまで、今も地球で密かに静かに、娘と共に暮らしているよ。地球人としてな。……彼は、彼に考えの近かった私たちもこの地球に呼び寄せてくれた。おかげで私も本星ではついぞ味わったことのない、平和という素晴らしいものに浴している。彼や君たち人類への恩返しの意味も込めて、私は戦うつもりだ」
ミステラー星人は顔を上げた。
「我々も地球人だ。たとえ君たち人類が認めてくれなくとも、その誇りが胸にある。だが同時に、私を含め、過去に迷惑をかけた者たちと同じ姿の者たちが戦う姿を見せることで、君たちにこれから先の不安を与えたくはないのだ。だから、戦いが終わるまで宇宙を見ないで欲しい。戦いが終われば、我々はまた地球人たちの間に紛れ、平穏に暮らしてゆく。……いや、平穏に暮らしてゆきたいのだ」
「……………………」
サコミズとミサキ・ユキは顔を見合わせた。そこに、先ほどの剣呑な雰囲気はない。頷き合う二人。
ミサキ・ユキは銃口を下ろし、懐に戻した。
そして、サコミズは――
「君には悪いが、そんな勝手を許すわけにはいかないな」
そのきつい口調に、ミステラー星人はたじろいだ。ミサキ・ユキも驚いた様子で、傍らの総監を見やる。
「総監……?」
「サコミズ、君は……。……君もしょせん、過去の防衛隊の参謀や隊長のように、ウルトラマン以外の宇宙人を……」
「君たちが平穏に地球で暮らすことを見て見ぬふりをしろ、というのならボク個人の力の及ぶ範囲で考えもしよう」
そう告げたサコミズは、口調と同じく鋭い眼差しでミステラー星人を見据えていた。
「だが……今、この同じ星に生きている隣人が臨もうとしている命懸けの戦いを、見て見ぬ振りで過ごすことなど絶対にできない。少なくともボクは、そんなことは出来ないし、したくないし、そんな勝手を許すわけにはいかない」
「……………………!」
ミステラー星人は唸った。
ミサキ・ユキも愁眉が開き、ほっと小さな吐息を漏らす。
サコミズは腰を上げた。その厳しい表情が一転、悲しげに歪む。
「ミステラー星人、ボクたち人間を見くびるな。君が、いや、君たちが隣人に選んだこの星の人たちは、そんな薄情な心持ちを決して良しとはしない。君たちがこの星のために戦うというのなら、出来る限りの協力をする。手が貸せないなら、心から応援をする。だから……だから、そんな寂しい覚悟で行かないでくれ。この星を守ろうという気持ちを一つに。お互いにとって大事なものを、今こそ一緒に守ろう。それが、絆というものじゃないのか」
「絆……」
ミステラー星人はうつむいた。
「君たちの知らぬ間にこっそり侵入し、人間の間に黙って隠れ潜んでいた我々と、絆を結んでくれるというのか。君は。サコミズ……」
サコミズは少し困ったような顔つきで頷いた。
「確かに、地球にはまだウルトラマン以外の宇宙人をおおっぴらに受け入れる素地がない。それは本当のことで、不幸なことだ。だから、それはこれから長く時間をかけて解きほぐしていかなければならない問題だ。君たちの立場は理解する。そして、その気遣いに人類を代表して感謝をしたい」
デスク越しに、右手を差し出す。
ミステラー星人は近づいて、その右手をがっしり握り締めた。
「礼を言うのはこちらだ、サコミズ。ありがとう。やはり、君に相談したのは正しかった。戦いを前に、どんな戦力よりも今の言葉が力となる。共に戦う仲間にも、君の言葉とその思いは必ず伝える。約束しよう」
「ああ。同じ地球人として、君たちの武運を祈る」
「お互いにな。地上は任せる。……では、さらばだ」
手を解いたミステラー星人は後退りはじめた。
その背後の空間が歪み、水面のように揺れ――その中に沈んで消えた。
「……………………総監」
空間の歪みが消えてしばらくして、ミサキ・ユキが口を開いた。
「ん?」
「まずはタケナカ総議長です。幸い、先ほどからずっとコールが鳴っています」
「ああ。……それじゃあ、ミサキさんはライトンR弾頭弾の封印解除を。もう時間がない。こうなったら、直接タケナカに頼む。順序は逆だが、彼なら許可を出してくれるだろう」
「G.I.G」
足早に退出して行くミサキ・ユキの背中を見送って、サコミズは通信回線を開いた。
―――――― ※ ―――― ※ ――――――
「……ああ、わかった」
メトロン星人が受話器を置いた。
「郷秀樹、観測班からの報告だ。敵の構成がわかった。艦隊主力は第四惑星の宇宙戦艦。それにファンタス星人とサーリン星人(※)の部隊とが加わっている」(※ウルトラマンレオ第24話)
「第四惑星?」
ソファに座る郷秀樹は、怪訝そうな顔をした。太陽系の第四惑星といえば、火星のはずだが……。
「別星系のな。彼らの言でいえば、地球から120万億キロ離れた彼方にある惑星だ。ファンタス星やサーリン星と同じく、元の住民が作り出したアンドロイドが人間に取って代わり、逆に人間を支配していた。メトロン本星でもあの星はそれなりに警戒していたのだがな。君の前任者も一度訪れたことがある。その時に、地球侵攻艦隊を全滅させたそうだ」(※ウルトラセブン第43話)
「セブン兄さんが」
「しかし、どうやらその時に何かの歯車が狂ったらしい。我々の見立てでも第四惑星人の滅亡にはあと500年はかかるだろうと思われていたが、あっという間に滅亡してしまった。おそらくは、手を組んだファンタス星人の入れ知恵でもあったのだろう。だが、これで目途が立ったぞ」
「どういうことだ?」
「超科学的効果兵器を有するファンタス星人のロボフォーほどの科学力は、第四惑星人にはない。最大の力はその数だ。あの宇宙艦隊も、いわゆる普通の宇宙戦艦だ。地球上の歴史を紐解いてもわかるように、あの手のは小回りが利かん。砲撃戦には強いが、接近戦に弱い」
「……戦うのか。君たちも」
郷秀樹の問いかけに、メトロン星人は両手を腰に当てて胸を張った。
「当たり前ではないか。この時のための生協だといっても過言ではないのだぞ? 我々の平穏は、この星の平穏あってのもの。まして、有機生命体全てを根絶すると宣言している相手に、傍観を決め込むことは出来ない。……GUYSも現状、戦えないわけだしな」
「それはどうかな」
何食わぬ顔で湯飲みを取り上げ、すする郷秀樹。
「なに?」
「人間はこの程度でへこたれはしない。必ず何らかの手段を見つけて、反撃に転じる」
「なるほど。……信じているのだな、人類を」
「ああ。俺も地球人だからな」
その時、執務室の中央空間が波打った。
水面のような形状に歪むその中から、ミステラー星人が現われる。
ミステラー星人はソファに座っている郷秀樹を見るや、深々と頭を下げてからメトロン星人を見やった。
「メトロン、話はついた。サコミズは……我々を応援してくれる」
「応援? ……見て見ぬ振りを決め込んでくれと頼んだはずだが」
「それは出来ない、と言われたよ」
そう答えるミステラー星人の口調は、心なしか嬉しげだった。
「この星を守るために命をかける隣人の戦いを、見て見ぬ振りは出来ないそうだ」
「だが、今の彼らに我々を支援するだけの能力は――」
「メトロン。それが人類だ」
困惑しているメトロン星人に、郷秀樹はさもおかしそうな笑顔で告げた。
「いいじゃないか。そうあることじゃないぞ? 我々ウルトラマンが受けてきたのと同じ声援を背に受けて戦うなんて、な」
深く頷くミステラー星人と郷秀樹を交互に見やったメトロン星人は、肩をそびやかせてため息を漏らした。
「やれやれ。我々は陰に潜む者。密かに戦い、密かに陰へと帰りたかったのだがな」
「君らしいな。だが……まんざらでもないだろう?」
「ふん。応援ごときで強くなれるなら世話はない。ともかく、私はあの思い上がった人形どもを叩きのめしたいだけだ。地球人が我々の戦いを注視するというのなら、しょうがない。撤退方法も少し考えるとしよう」
「さて……それじゃあ、そろそろ、かな?」
郷秀樹は手にしていた湯飲みをことりとテーブルに置いた。
ミステラー星人が郷秀樹を見やる。
「我々と一緒に宇宙へ上がるのか、ウルトラマンジャック」
「ああ」
その頬に不適な笑みを刻んで立ち上がった郷秀樹は、窓に瞳を向けた。
「おそらく、地上に降りているロボット群を操っているのもあの艦隊のはずだ。蹴散らせば、動きを止められるかもしれない」
「なるほどな。……よし。では、どちらがより多く戦艦を沈められるか、勝負といくか。ウルトラマンジャック」
実に楽しそうな口調で言いつつ、波打つ空間を出現させるミステラー星人。
郷秀樹は肩をそびやかし、ソファから立ち上がる。
「やれやれ。……地が出ているぞ、ミステラー」
「我々も君たちも長命だ。四十年やそこらでは、そうそう捨てきれないものも多いさ」
からからと笑いながら、波打つ空間の中に沈んでゆくミステラー星人。続いて郷秀樹がその中へ姿を消し、最後にメトロン星人が踏み込み――執務室には誰もいなくなった。
―――――― ※ ―――― ※ ――――――
天翔ける流れ星が幾筋も走る。地上から天上へと。
天井を透視して直接宇宙を見つめるシロウの瞳は、それを捉えていた。
「……そろそろ行かなきゃな」
そう言ったシロウを、ユミとエミの不安げな瞳が追う。
「行く……んだね」
シロウの向かいのソファに座っていたエミは立ち上がった。場所を移動してシロウの隣に腰を下ろす。
反対側の隣にはユミが座っていた。その表情には明らかな恐れの色がある。
「行くって……どこへですか?」
ユミの問い。
パソコンと睨めっこしていたカズヤも、チラッとシロウを見やる。
イリエは何も言わずに新聞を広げている。
「ま、とりあえず暴れてるロボットどもを軽くぶちのめしてくらぁ。このまま放っとくと、かーちゃんたちまで危なくなりそうだしな」
そううそぶいて笑うシロウの胸に、エミの拳が押し当てられた。
それを見たユミが、すぐにその拳に自分の手を重ねる。
二人の少女はお互い視線を躱し、何も言わない。ただ、頷くだけ。
そして、エミはシロウを見やった。
「シロウ、がんばれ」
ユミもシロウを見やる。
「シロウさん……わたし、祈ってます。シロウさんが無事に帰ってくるように」
「おう!」
「やる気になっとるところを悪いんじゃがの。ちょっとええかい?」
勢いよく立ったシロウの出鼻をくじくように、イリエが声をかけた。新聞を折りたたみ、テーブルの上に置く。
「タイチを回復させたり、天井を透視して夜空を見上げたりと、なんだかんだでシロウちゃんは力の使い方が身についてきたようじゃのぅ」
「じーさん……?」
「おそらく、自分で試した回復能力の修行とタイチのさっきの指導で、身体の中を流れるエネルギーの操り方を感覚的につかんだんじゃろうな。今なら色々なことが出来そうじゃの」
「そうなのか?」
シロウは自分の両手を見下ろして、首を傾げる。
イリエは立ち上がった。
「シロウちゃん、ついてきなさい。お主に、ちと頼みたいことがある。やれるかどうか、試してみてくれんか」
そう言いながら先に部屋から出てゆくイリエ。
「なにさせるつもりだよ、じーさん!」
慌てて追いかけるシロウに、イリエはにひっと笑った。
「なに、ちょっと奇跡ってやつを起こしてもらおうと思ってな」
「はあ?」
ほっほっほ、と愉快げに笑いながらイリエは玄関へと向かい、シロウたちも不承不承その後を追った。