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ウルトラマンメビウス外伝 RAYGA

 第5話 史上最大の逆襲 造ラレシ"モノ"ドモノ逆襲 その4

(こいつ……っ!! 何だこの硬さはっ!?)
 殴る。蹴る。つかむ。揺らす。押す。引く。
 だが、びくともしない。
 まるで修行を始めた頃のクモイ・タイチのように重い。壁そのものだ。動かない。
 そして――
 敵ロボットの拳が繰り出された。
「シェア――……ッグァッ!」
 両腕でガードしたものの、予想以上のパワーに大きく吹っ飛ばされる。
 重心だの踏んばりだの何だのと言ってみたところで、身体そのものが浮き上がらされては意味がない。
 尻餅をつくように着水したレイガは、起き上がりながら痺れの走る両腕を激しく振った。
(――なんだ、このパワー……まともに食らえば、やばい!)
 心に影が兆す。
 一撃でもまともにもらえば残りのエネルギーを根こそぎ奪われ、この姿を保てなくなる――その思いが意識と視界を狭めてゆく。
 集中力を高め、この怪ロボットの動きに対応するためだったが、そのためにレイガは予兆を見落とすこととなる。
 沖合いから近づくもう一つの影を。

 ―――――― ※ ―――― ※ ――――――

 宇宙空間某所。

 暗がりの中に、いくつもの計器類が明かりとして浮かび上がる空間。
「SlmRU7、大破。完全沈黙。廃棄処分扱いとします」
「ぬぅ。おのれ、宇宙警備隊隊員め」
「第3惑星防衛戦力、沈黙。コントロール奪取失敗。エネルギー発生機関を強制停止させた模様です。以後の対応はいかがいたしますか?」
 長官は鼻を鳴らした。
「ふん、放っておけ。……いや、見せしめだ。破壊してしまえ」
「了解。……PdnKJタイプに引き続き、BndCGも到着しました。投入しますか?」
「投入せよ。あの宇宙警備隊隊員を叩き潰すのだ」
「了解、投入します」

 ―――――― ※ ―――― ※ ――――――

 怪ロボットが突如、レイガを無視するようにその場でぐるりと回転し、墜落したガンフェニックストライカー――津川浦海水浴場に向く。
 そのまま、左右に広げた両腕の肘から先を、垂直に立てた。
「!?」
 怪ロボットの額からイナズマ状の光線が放たれた。
 咄嗟に両者の間へ転がり込み、仄かに光る両手を盾にして防ぐレイガ。
「ジュアアアッ!!」
 防がれているにもかかわらず、怪ロボットは光線を放ち続ける。
 レイガも動くわけにはいかず、守り続ける。
 しかし、カラータイマーは既に点滅を開始してしばらく経っている。限界は近かった。
 その時、新たなシルエットが海中から浮上してきた。

 その姿、五角形。

 下半分ほどは海中に没していてわからないが、将棋の駒を上下に寸詰めたような形状。
 角ばったその全身に並ぶリベット状の突起。その巨体に比してもバランスが悪いほどに巨大なハサミの右腕。まったく逆に、使いようがあるのかと思われるほどに小さく控えめなハサミの左腕――いわゆる、片側だけのハサミが巨大な甲殻類『シオマネキ』に似ている。
 その胴体の上部には目や口を模しているような窓があり、その内側にはせわしなく回転し、動いている歯車が見えていた。
(……おいおい、ちょっと待てよ)
 新たな――どう考えても味方とは思えない――脅威の出現に、レイガは顔だけをそちらに向けるものの、動くことはできない。
(ウルトラセブンのニセモノの次は2対1だと? こいつはさすがに……冗談キツいぜ)
 海水をじわじわと押しのけて近づいてくる巨大ハサミロボ。
 その巨大ハサミがレイガを狙って伸びて来る。

 ―――――― ※ ―――― ※ ――――――

「レジストコード・クレージーゴン出現! ドキュメントUGに記載あり! バンダ星人の資源回収ロボットです」(※ウルトラセブン第38話)
 フェニックスネスト。
 イクノ・ゴンゾウの声に、トリヤマ補佐官はへなへなと腰砕けにへたり込んでしまった。
 慌ててマル秘書が支える。
「ほ、補佐官! しっかりしてください」
「な、なんでこんな……次から次へと……」
「これは……完全に詰みましたね」
 無念の形相でイクノ・ゴンゾウが唇を噛む。
「この状況を覆すのは……たとえ彼がウルトラマンでも……難しいでしょう。せめて、ウルトラマンジャックがいてくれれば」
「お、おお! そうだ!! ウルトラマンジャック! 彼は!? 彼は今どこに?」
「地球の裏、ブラジリアにてビルガモと戦闘中とのことです。地球上で稼動している最後のビルガモではありますが……現状、この窮地を彼に伝える術がありません」
「では、どうすればよいのだ!!」
 トリヤマ補佐官の叫びに答える者は、誰もいなかった。

 ―――――― ※ ―――― ※ ――――――

 クレージーゴンの巨大なハサミがレイガの胴をつかむ。
 キングジョーの光線は放たれ続けている。

(ちぃ……これまでか)
(――いや、よくやった。レイガ)

 心に割り込む深く静かな声。
 頭上で弾ける太陽の輝き。

「ジュワッ!!」

 空中でトンボを切った巨体が、ほぼ垂直にクレージーゴンに急降下した。
 『流星キック』の直撃を受けた重厚な正面装甲に火花が散り、たたらを踏むように後退る。

 片膝立ちで着水し、すっくと立ち上がるその雄姿。
 町の火の手に照らし出され、銀色に輝くその身体は夜目にも艶やかに濡れ輝く。

 レイガはそれを横目に見ながら、立ち上がった。その両手はまだキングジョーの光線を弾き続けている。
(へっ、ようやく御登場か。遅いんだよ――ウルトラマンジャック!!)

 ―――――― ※ ―――― ※ ――――――

 宇宙空間某所。

 暗がりの中に、いくつもの計器類が明かりとして浮かび上がる空間。
「長官! 戦闘域中心に突如ウルトラマンジャックが出現!」
「ふむ。……予想以上の速さではあるが、予想外ではない。想定通りの手順に従い、直ちにこれを殲滅せよ」
「了解。目標にウルトラマンジャック追加登録。戦闘開始します」

 ―――――― ※ ―――― ※ ――――――

「――別の電波?」 
 フェニックスネストが希望の歓声に包まれている中、ただ一人自らの世界に没頭していたシノハラ・ミオは怪訝そうに目を細めた。
「……なに? この電波……短いけど……待って、さっきも確か観測されて……そうだ。こっちも、こっちも……。何これ、何を意味して…………あ……ひょっとして、そういうこと!?」
 再び走り始める白い指先、笑みに持ち上がる唇。
「なるほど? ……油断したのか、もはやカムフラージュの必要もないということなのか……。ふん。その思い上がり、安くはないわよ」

 ―――――― ※ ―――― ※ ――――――

「シェアッ!」
 いきなり水を蹴立てて走り出したウルトラマンは、そのままキングジョーにドロップキックを決めた。
 ウルトラマンの巨体直撃を受け、ぐらりと傾いだ拍子に光線が止まる。
(待たせたな、レイガ)
 右拳を胸の前に握り締め、左手刀を前に突き出す構えのウルトラマン。
(別に待ってねえ。呼んだ覚えもないしな)
 その左に、鏡写しの――左拳を胸の前に握り締め、右手刀を前に突き出す構えのレイガが並ぶ。
(で、俺はどっちを相手にすればいい?)
(――? レイガ、いいのか。君は……)
(ごちゃごちゃぬかすな。こっちはもう残り時間もねえし、手詰まりなんだ。さっさと指示しやがれ。こーゆーのが、日常茶飯事だったんだろ?)
 ウルトラマンの顔が少し考え込むようにうつむいた。意を決したように一度、頷く。
(わかった。君の力を借りよう。まず、このペダン星人の戦闘ロボットからやるぞ)
 二人は再び両腕を差し上げたキングジョーを見やった。
(こいつは重力下では転倒に弱い。押し倒せば、時間が稼げる)
(わかった)
 頷き合うなり、二人は同時にキングジョーへ迫った。
 二人でそれぞれ右と左に組みつき、そのボディに数発ずつ拳を叩き込む。キングジョーが二、三歩後退したところへ、並んで同時に渾身の蹴りを食らわせる。
 それでも、倒れない。両腕が上がり、額部分から光線が放たれる。
 二人は側転で避けた。
(くそっ、二人がかりでも押し倒せねえだと!? 化けもんか、こいつ!!)
「――ジェアッ!?」
 ウルトラマンの声に振り向けば、もう一体のロボットが背後からその胴を巨大なハサミで締め付けていた。
 新マンの力を以ってしてもその怪力には抗し難いのか、ハサミから逃れるだけのことにさえ苦戦している。そして、もうはやカラータイマーが点滅を始めた。
(ちっ。そっちは任せたぜ!)
 言うなり、レイガは駆け出した。身を沈め、深く腰を落とし、低い態勢でキングジョーに組みつく。
 それでも、キングジョーはぐらぐらと揺れるばかりでなかなか倒せない。
(くそ、この……こちとら、タックルならここ数日、飽きるほどやってんだ! 何が何でも倒れてもらうぜ!)
 脳裏をよぎるは、エミとの共闘の日々。クモイとの激戦の日々。
 身軽な上にやたら重心の安定したクモイに比べれば、重いだけのロボットなど――その時、ふと別のイメージが頭をよぎった。
 イリエが、自分にではなくエミたちに教えるために見せた技。
(……柔よく剛を制す、だっけか? ええと、力押しだけじゃなくて、重心を崩して――)
 レイガは身を起こすと、キングジョーの右手首を左手でつかみ、開いた脇の下へ身体を滑り込ませた。そのまま右足を跳ね上げるように前へ突き出し、戻す反動でキングジョーの右膝裏を刈りつつ、右手で相手の左肩を突き倒す。
 いわゆる柔道の技『大外刈り』である。しかも、柔道七段クラスの鮮やかな。
 あろうことか、キングジョーの巨体が宙を舞った。そのまま、仰向けにぶっ倒れる。
(やった! ……じゃねえ、今だ!)
 レイガの両腕が左に差し延ばされた。
 光の尾を引いて両腕が半円を描き、右へと回る。両腕に宿る光が眩しく輝きを強め、左手を添えた右手に光が集まる。
(――砕け散れ!)
 光り輝く右手を高く掲げ、真っ直ぐ真下のキングジョーへ落とす――その瞬間、激しい水蒸気爆発が起きた。

 ―――――― ※ ―――― ※ ――――――

「シェアッ!!」
 ウルトラマンはキングジョーが投げ倒されたのを確認するや、その場で反転してウルトラブレスレットをクレージーゴンに放った。
 しかし、装甲に弾かれる。
 面食らいながらもブレスレットを手首に戻し、腕を十字に組む。
 この至近距離で放たれたスペシウム光線にも、クレージーゴンはびくともしなかった。
 放心したように、腕の十字を解くウルトラマンの動作が緩む。
 その時、レイガの起こした爆発で発生した大量の白煙が、背後から爆発的に広がった。
 立ち込め、周囲を包む水蒸気は視界を閉ざす。
「ヘア゛ァァッ……ジュワッッ!!」
 両拳を握って気合を込めたウルトラマンは、両腕をハサミと自分の胴体の間にねじ込んだ。
 そのまま何とか抜け出るだけの隙間を広げ、飛び込み前転で脱出する。
 巨大なハサミを振り上げて迫るクレージーゴン。
 振り返ったウルトラマンは再び腕を十字に組んだ。
 狙うはクレージーゴンではなく、その前の海面。
 新たな爆発が置き、さらなる白煙が海上に広がる。

 そして――

 海上に立ち込める白煙を突き破って、四機の飛行体が飛び出す。
 もう一つの白煙の塊を、クレージーゴンの巨大なハサミが引き裂く。
 戦場にウルトラマンの姿も、レイガの姿もなかった。

 ―――――― ※ ―――― ※ ――――――

 宇宙空間某所。

 暗がりの中に、いくつもの計器類が明かりとして浮かび上がる空間。
「両者の反応消失。撤退した模様。長官、いかがなさいますか」
「退いたか。構わん。PdnKJ、BndCGともに、このまま破壊活動を続けさせろ。そうすれば、否応なく奴らは再び現われる。ついでにEprIRタイプも投入し、完全な殲滅をはかる」
「了解」
「少々時間をロスしているな。……案外粘るではないか、宇宙警備隊。無駄なことを」
「長官、同盟部隊より秘匿回線にて通信です」
「……なんだ? メインモニターに出せ」
 正面パネルに人影が映った。
『同志よ、少々手間取っているようだな』
「全て想定内だ。苦戦しているわけではない」
『無論、理解している。だが、当初の想定より進捗の効率が落ちているのも確かだ。もうすぐ本隊が戦端を開く。ここで、遅れを取り戻しておけるものなら取り戻しておきたい。そこで、提案がある』
「提案?」
 映像の中のシルエットは、頷いた。

 ―――――― ※ ―――― ※ ――――――

「退いたか。いい判断だ」
 津川浦の高台で戦況を睨んでいたクモイ・タイチが、言葉とは裏腹に苦々しげに呟く。
 その傍らではユミがほっと一息ついていた。
 四機の飛行体と、一体の巨大なシオマネキロボットはしばらく周囲を窺っていたが、やがて移動を始めた。
 北へ。都心へ。つまり、より人の多い住宅密集地へと。
「ふむ、しかし……厄介なことになったのぅ」
 あごひげをしごきつつ、困った顔つきのイリエ。
 高台になっているそこからは、浜に打ち上げられた形のガンフェニックストライカーが見下ろせる。
 そこへ、エミが戻ってきた。
「お待たせ! 車調達してきたから、クモイ師匠を運んで……って、アレ?」
 立って浜を見下ろしているクモイ・タイチの姿に、エミは戸惑いの色を浮かべる。
 ユミがすぐに駆け寄って状況を説明した。
 一通りの状況を把握したエミは、少し残念そうに肩を落とした。
「なーんだ。せっかく行ってきたのに」
「いや、車はこの先必要だ。――待っていろ」
 そう言うなり、クモイ・タイチはほとんど垂直に近い断崖から、浜辺に向かって身を躍らせた。
 エミが息を呑み、ユミが短い悲鳴を上げ、イリエでさえ面食らった声を上げる。
 あまりに唐突なその行動を、誰も止める暇はなかった。
「ク、クモイさん!? ……まだ万全じゃないはずなのに」
「タイチの奴、心臓に悪いのぅ」
「ユミ、イリエさん、追っかけて! あたしは車を呼んでくる!」
 そう言い置いて、返事も待たずに再び走り去るエミ。
 ユミは激しく首を振った。
「ええええええ!? ム、ムリムリムリムリ! エミちゃん、私こんなとこから飛び降りるなんて――」
「わしらは道なりに降りるとしようかの」
「あ。は、はい。そうですよね」
 限りない安堵を滲ませて、ユミは先に歩き始めたイリエの背中を追いかけた。

 ―――――― ※ ―――― ※ ――――――

 都心の方角へ飛び去る四機の飛行体とクレージーゴンの背中を睨むシロウの眼差し。
 その隣では、郷秀樹がいつになく険しい表情で、なぜか夜空を見上げていた。
「くそっ!」
 苛ついた様子でガードレールを蹴飛ばすシロウ。
 海岸沿いの崖の上を走る道路に、二人はいた。
「あの野郎、俺の必殺技が当たる寸前に分離して躱しやがった!」
 ふっと表情を崩してシロウを見やる郷秀樹。
「あのロボットはキングジョー。そう地球人たちは呼んでいる」
「名前なんざ、どうでもいい!」
「キングジョーは動きこそ鈍いが、分離・合体による機動性の高さが身上だ。セブン兄さんも相当苦戦したと聞く」
「ち。……それで? もう一つのロボットも、装甲が硬くてこっちの攻撃が通らないときてやがる。どうするんだ?」
 シロウの問いかけに郷秀樹は眼を閉じ、首を振った。
「どうもしない。地球人に任せよう」
「……あ?」
「かつてのキングジョーは、地球人が開発した兵器で倒されたそうだ」
「冗談じゃねえっ! このまま負けっぱなしでいろってのか!?」
 激昂するシロウ。
 郷秀樹は大きく一つ深呼吸をした。自分も昂ぶる心を落ち着けるように。
「落ち着くんだ、レイガ。俺もお前も、再び奴らと戦うにはエネルギーの回復を待つ必要がある。今すぐに変身したとしても、いつも通りには戦えないだろう。それに、地球人が自らの手で地球を守れるのなら、それに越したことはない」
「そりゃ……そうだけどよ。なんか、釈然としねえぜ」
「レイガ。君は地球人とともにセブン兄さんのニセモノを倒した。今のところは、それでよしとしておけ。それだけでも、大した進歩だ」
 そう言って、郷秀樹はシロウに向き直り、右手を差し出した。
 シロウはそれを、不思議そうに見下ろす。
「……なんだ? なんの真似だ?」
「留守の間、よく守ってくれた。礼を言う。……ありがとう」
「あ、いや……別に俺はそんなつもりじゃねえし。なんか、成り行きでそうなっちまっただけで」
 真正面から礼を言われるとは思っていなかったシロウは、照れくさそうに頭を掻く。
「だとしても、俺が感謝する気持ちに変わりはない。この先も肩を並べて戦えるかどうかはわからないが、少なくとも今の戦いは共に戦えてよかった」
「………………。しょーがねーな。まあ、そこまで言うんなら」
 渋々といった風に、しかしがっしりと力を込めて右手をつかみ、大きく二、三度振る。二人の頬にそれぞれの思いが笑みとなって浮かぶ。
 そこへ車がやってきて、二人の背後で停まった。
 いつぞやオオクマ家まで迎えに来た、あの黒塗りの大きな車だ。
 助手席から降りてきたサングラスの男は、二人に深々と頭を下げた。
「……郷秀樹様、馬道龍様の命により、お迎えにあがりました。どうぞお乗りください」
 そう言って、後部座席の扉を開く。
 頷いた郷秀樹は、シロウを見やった。
「私はこれから馬道龍と会ってくるが、お前はどうする? 一緒に来るか?」
「いや、いい。知り合いと一緒に来てるんでな。お前も知ってるだろ? この前、俺に銃を突きつけやがったあいつとか、お前が命を助けた女の子とかだ。いろいろ話もあるし、勝手にいなくなると心配するだろうからそっちと合流する」
「そうか。わかった。……では、またな」
「ああ」
 軽く手を上げて応えるシロウに頷いて、郷秀樹は車に乗り込んだ。
 サングラスの男が後部座席の扉を閉じ、シロウに一礼して助手席に戻ると、すぐに車は発進した。
 そのテールランプが道の彼方に消えるのを見送って、シロウは歩き始めた。
 彼方に見える、津川浦海水浴場へと。

 ―――――― ※ ―――― ※ ――――――

「どう、セッチー? たいちょーと連絡取れそう?」
 郷秀樹とシロウが別れた場所からやや海水浴場よりの磯に、ヤマシロ・リョウコとセザキ・マサトの姿があった。
 二人とも海から上がってきたばかりで、ずぶ濡れ。
 岩場に腰を下ろしたヤマシロ・リョウコは、上のジャケットを脱いで、ヘルメットと共に傍らの岩の上に干している。ノースリーブのシャツ一枚の姿だが、濡れたシャツが肌に張り付くのを気にして、しきりに胸元を引っ張っていた。
 メモリーディスプレイを弄っていたセザキ・マサトは首を振った。
「――だめだ。ロックが解けないし、多分通信系プログラムは全部乗っ取られてるから、立ち上がりそうにないね」
「たいちょー、大丈夫かなぁ」
「大丈夫でしょ。隊長だし。……それより、ボクらがどうやって基地に戻るかを――」
 その時、ポケットから携帯の呼び出し音がなった。
 急いで取り出し、通話相手の名前を確認する。
「……クモっちゃん? なんだろ。――はい、セザキです」
『おお、マサト! 無事か!? リョーコもいるのか!?』
「うわ、隊長!? なんで?」
 流れてきた声に面食らう。思わずガンフェニックストライカーのシルエットが黒々とうずくまっている海水浴場の方を見やっていた。
「え? 隊長からなの?」
 ヤマシロ・リョウコも驚いて腰を上げる。
 近づいてくる彼女を手で制しつつ、セザキ・マサトは受話器を耳に当て直した。
「隊長、無事だったんですね? こっちはリョーコちゃんも無事です。でも、ガンスピーダーも動かなくなってしまって……」
『沈んだのか?』
「いえ、二機ともここの岩礁に何とか乗せました。台風でも来ない限り、満潮になってもさらわれはしないと思います」
『わかった。こっちはタイチと合流した。とりあえず、今は全員集まるのが先だ。現在位置を報告しろ。そっちに車を回す』
「車? ええと……ああ、まあいいや。G.I.G。ここは海岸沿いの道路下の磯ですね。今から照明弾を打ち上げますから――」
 話しながら上空を指差すジェスチャーを示すと、ヤマシロ・リョウコはすぐにトライガーショットを取り出し、上空に向けて照明弾を打ち上げた。
『……ああ、見えた。すぐ行く。道路に出ていてくれ』
「G.I.G。お待ちしてます」
 携帯を閉じたセザキ・マサトはヤマシロ・リョウコと顔を見合わせ、頷き合った。
「リョーコちゃん、行こうか」
「そだね。まだ戦いは終わってない――いや、ここからが本番だもんね」
 戦う者特有の精悍な表情を取り戻した二人は、道路へ上がる道を探して歩き始めた。

 ―――――― ※ ―――― ※ ――――――

 フェニックスネスト・ディレクションルーム。
 トリヤマ補佐官が吼えていた。
「イクノ隊員、三人に迎えをやれ! 緊急事態だ! 警察庁に応援を頼め! パトカーの先導を、いや、パトカーで連れて来るんだ!」
「G.I.G」
「ロボットの動き、監視は続いておるか、シノハラ隊員!」
「――進路予測出ました。二体とも海上から都心を目指すコースです」
 メインモニターに、台風の予報円に似た画像が表示される。
「おのれ……! 都内に展開しておるGUYS地上部隊隊員、予備役、関係各所に通報! 速やかに進路上の住民避難を行え!」
「G.I.G」
 事態が事態とあって、シノハラ・ミオの電波発信源解析の手は止まっている。
 代わりに素早く走る指は、今命じられた場所への緊急メールを打ち続ける。
「マル!」
「はい」
 これまたいつもとは表情の違う秘書官が応える。
「政府、防衛軍への通達だ。遺憾ながら、現在GUYSではあれと戦う戦力がない。防衛軍もしかり。避難こそ一番の対応、それに全力を挙げるように念を押せ! 間違っても戦おうなどと考えさせるな!」
「は、はいっ! ……でも、対策は……」
「ミサキ女史とサコミズ総監を信じろ! あの二人なら、必ず秘密兵器の使用許可を取ってくれる! お前が言ったんだぞ」
「そうですね。そうでした。はい!」
 破顔したマル秘書官は、急いでディレクションルームから出て行った。
 それぞれの作業に没頭するイクノ・ゴンゾウとシノハラ・ミオ。
 緊迫の度を増すディレクションルームにしっかと立つトリヤマ補佐官は、画面のライブ映像に映るキングジョーとクレージーゴンを睨みつけた。
「……ワシの仕事は、こんなバカげた騒ぎなどで誰一人命を落とさせんことだ。どこの何者かは知らんが、貴様らのいいようにはさせん!!」

 ―――――― ※ ―――― ※ ――――――

 荷台に7人の男女を載せた2tトラックが、海岸沿いを走る。
 運転手はセザキ・マサト。助手席にイリエが座り、荷台にアイハラ・リュウ、もろ肌脱いだヤマシロ・リョウコ、クモイ・タイチ、向かってオオクマ・シロウ、アキヤマ・ユミ、チカヨシ・エミ、来る時に運転手をしたヤマグチ・カズヤが座る。
「……以上が現在、俺の置かれている状況だ。ともかく、レイガのことはここだけの話で頼む」
 シロウの正体を含めて、状況の説明を一通り行ったクモイ・タイチは、アイハラ・リュウとヤマシロ・リョウコに頭を下げた。
「やめろ、タイチ。頭なんか下げるな。なにはともあれ、結果オーライでいいじゃねえか」
 一つため息をついたアイハラ・リュウは、ジャケットの内ポケットから一通の封筒を取り出し、クモイ・タイチに突き出した。
「もういいだろ。これは、自分で始末しとけ」
「隊長……。しかし、俺は……」
「グダグダ抜かすな。いいから始末しろ。今はお前のお悩み相談を受け付けてる状況じゃねえ。地球を守るため、一人でも多くの力がいる。第一、お前はそのためにGUYSに入ったんだろうが。今抜けてどうする」
「だが、俺は地球を裏切る行動を……」
「あーもう。――おい、オオクマ、だったな?」
 アイハラ・リュウの矛先は、自分に関係ないような顔をしていたシロウに向いた。
「お前、地球征服すんのか?」
 シロウだけでなく、エミ、ユミ、カズヤまでもがきょとんとした。
「はあ!? ふざけんなっ、なんで俺がそんなこと!」
「じゃあ、なんか別の悪巧みでも考えてんのか」
「だーかーらーっ!! なんなんだその言いがかりはっ! ……そーか、ケンカ売ってんのか。やるってンならやんぞ、こらっ!」
 頬を引き攣らせていきり立つシロウを、両側から女子高生二人が抱きつくようにして押さえにかかる。
「シロウ、落ち着いて。荷台で立ったら危ないから」
「シロウさん、どうどう」
 ふっと鼻を鳴らして笑ったアイハラ・リュウは、再びクモイ・タイチを見やった。
「その気はねーとよ、タイチ。問題ねえじゃねえか」
「……………………」
「あーもうっ!! なによ、それっ!!」
 それでも押し黙るクモイ・タイチの頬を、いきなりヤマシロ・リョウコは両手で挟み込んで顔を上向かせた。
「タイっちゃんらしくないっ! ぜんっぜんタイっちゃんらしくないよ! そんな下らないプライド、どこで拾ってきたのさ!」
「く、くだらにゃいプライド?」
 両頬を押さえられているため、発音が砕ける。
「そうだよ! タイっちゃんの凄いところは、何が大事かを瞬時に見抜いて、どれだけ泥をかぶってもそこへ突き進むことじゃないっ! 今大事なのは何!? レイガちゃんを鍛えちゃったことが良かったのか悪かったのか、うじうじ思い悩むこと? それとも今、現に侵略しに来てる敵と戦って、あたしたちと一緒に地球を守りぬくこと!? どっち!?」
「しかし、この件が公になれば、GUYSは――」
「「そんなもんでGUYS(おれたち/あたしたち)が揺らぐかっ!!」」
 完全にハモッたアイハラ・リュウとヤマシロ・リョウコの怒声に、クモイ・タイチは思わず引き下がっていた。
 運転席では、セザキ・マサトがニヤニヤ笑みを浮かべている。
「タイチ。レイガのことを秘密にしてたのはいい。以前のミライの時だってあの状況でなけりゃ、どうなっていたかわからねえところはあるからな」(※ウルトラマンメビウス第48話)
 腕組みをして頷くアイハラ・リュウ。
「けどな。それとこれは別の話だ。現にレイガはお前のそんな心配、吹っ飛ばすような活躍をしてくれたじゃねえか。なあ、レイガ。……手伝ってくれて、本当に助かったぜ。ありがとうな」
 不意に頭を下げられたシロウは、不機嫌そうな表情も一転、きょとんとした。
「あ、え? いや……その…………ああ、それほどでも」
「なに照れてんのよ。らしくない」
 意地悪げな笑みを浮かべたエミの肘鉄が軽くシロウの脇に入る。
 アイハラ・リュウは微笑みながらクモイ・タイチに目を戻した。
「タイチ、これ以上はあいつに対しても失礼だぜ」
 クモイ・タイチの顔を捧げ持つような格好をまだ続けているヤマシロ・リョウコも力強く頷いた。
「そうだよ、タイっちゃん。だいたい、そもそもがあたしたちに失礼だよ。あたしたち、その程度の絆じゃないでしょ? タイっちゃんがその方がいいなら、今回のことは何も聞かなかった、知らなかったことにしておくから……GUYSに戻ってきてよ。あたしたちには、タイっちゃんが必要なんだよ」
「そうだ、タイチ。俺たちを信じろよ」
「……隊長……」
 顔を上げるクモイ・タイチ。しかし、その表情にはまだ曇りがある。
「し、師匠っ!!」
 横合いから、素っ頓狂な声でエミが叫んだ。一同の視線が、元気よく手を挙げた女子高生に集まり、エミは思わず緊張に表情を引き攣らせた。
 しかし負けじと首を振り、拳を作って身を乗り出す。
「師匠、これはあれです! 義を見てせざるはなんとやらってやつです! それに、シロウのことは直接の師匠であるあたしと、オオクマのおばさんやみんなできちんと見守ってゆきます! だから、GUYSに戻って下さい!」
「チカヨシ……」
 シロウを挟んで、ユミもおずおずと手を挙げる。
「あ、あの……わたしも及ばずながら、シロウさんのことは……あの、その、一緒に考えてゆきますから」
「アキヤマ……」
「クモイさん、シロウ君の傍にはあなたの師匠であるイリエさんだっているんです。自分の師匠も弟子たちも信用できませんか?」
「ヤマグチ……」
「あたしの憧れのクモイ師匠は、そんなことでうじうじ悩まない!」
 再び、エミが叫んだ。
「師匠! 今、師匠の鍛え上げたその拳が、魂を伝えるその拳が求められているんですよ!? ここで立たなければ、今まであたしたちが受けた教えの全てが、ウソになってしまいます! 師匠の役目が言ったことをその生き様で示すことなら、弟子の役目はそんな師匠をどこまでも信じ、ついてゆくこと! あたし、チカヨシ・エミはどんな事態になっても、クモイ師匠の言葉を守り、貫きます! だから――」
「ああ、そうだぜ」
 ついに、シロウが参戦した。
「それに、お前が言ったんだろうが。この戦いは、逃げ場のない戦争だってな。……ったく、めんどくさい限りだぜ。この一件が終わるまでは俺も戦わなきゃならねえんだからな。んで、そうやって人に戦わせといて、お前は逃げんのか? 俺の師匠が師匠と認めた野郎は、その程度か」
「……………………」
 クモイ・タイチはうつむいて目を閉じた。その眉間に深い皺が刻まれる。
「……わかった。そうだな」
 やがて、一つ頷いた。同時に皺が消える。
「ふふ……戦うことしか出来ない俺に……いつの間にか、こんな絆がな……」
 見開かれた瞳に宿る、青い炎。いつもの精悍な横顔が、今戻った。
 ヤマシロ・リョウコとエミが感に堪えぬ様子で身を震わせ、アイハラ・リュウとカズヤがにんまり頬笑む。シロウは肩をそびやかし、そんなシロウを見てユミはにっこり笑った。
 クモイ・タイチはスパッとあぐらから正座に据わり直し、両手を荷台についた。
「ありがとう、みんな。そして、すまなかった。――隊長、俺はGUYSに復帰する。迷惑をかけた」
「その言葉だけを待ってたぜ。……ほれ」
 再度差し出された封筒を受け取ると、クモイ・タイチはその場でバラバラに引き裂き、風に散らした。



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