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ウルトラマンメビウス外伝 RAYGA

 第5話 史上最大の逆襲 造ラレシ"モノ"ドモノ逆襲 その3

 レイガ再出現の少し前。

「お前を戦場に送り込む前に、言っておくことがある」
 振り返ったクモイ・タイチはシロウを見据えながら告げた。
 背後の彼方では、空に派手な発光が連続している。
「作戦……いや、約束だ。お前が止めを刺すのは、地球人の手で倒せない場合だけにしろ」
「勝ちを譲れってのか」
「タッグだと言ったろう。……タッグ戦のDVDは見なかったのか?」
「いや、見た」
「なら、わかっているはずだ。それは手柄を譲ることでも、どちらか一方が従うことでもない。タッグ戦ではお互いがお互いをカバーし合うつもりがない限り、たとえ相手が一人でも勝つのは難しい。安心しろ。さっきの電話で、お前がいつもの光線発射の構えを取ったら、援護してくれるように話は通してある。お前だけが援護役を意識するわけではない」
 シロウは少し不満げに、戦いの空を見やった。
 ニセウルトラセブンと戦い続ける三つの輝きが夜空を乱舞している。
「……要するに、あいつらのことも気にかけながら戦えってことだな?」
「辞めたとはいえ、一緒に戦場を駆けてきた仲間だ。あいつらのことはよくわかっている」
 機体後部のモーターから噴き出す光が、幾条も夜空に流星じみた尾を引いて走る。それは何度も交差しながら、夜空を背景にダンスを踊り、幾何学模様の残像を描いている。
「お前があいつらを信頼し、あいつらのために戦うなら、必ずあいつらはお前の信頼に応えてくれる。これまでのいきさつはとりあえず脇に置いて、な。そういう奴らだ。……出来るか?」
 へっとシロウは鼻で笑った。
「ここまで焚きつけられて、今さら出来ませんなんか言えるかよ。……ま、あれをエミ師匠だと思って戦うさ」
「ほう。なるほど。いい考えだ、それは。初めて感心したぞ。――では、必殺技の伝授と行こうか」
 シロウに向き直ったクモイ・タイチ。
 背景に、海から空へ一条の緑色の細い光線が屹立した。その光線に絡みつき踊る噴射光――


 ―――――― ※ ―――― ※ ――――――

 ニセウルトラセブンよりも高い位置に出現したレイガは、飛び出した態勢のまま突っ込んだ。
 ウルトラセブンの腹部に抱きつき、そのままきりもみ回転しつつ海上へと落ちてゆく。

 数日前のイリエの教えが甦る。
「体の中で一番攻撃から逃しにくい、つまり避けにくい場所は腹じゃな。確実に捕まえたかったり、確実に当てたいなら、腹を狙うのは常道だというのは覚えておいて損はない。もっとも、腕や脚による防御がしやすいからの、その分防御力も強いんじゃがな」
「二人がかりでやるならばじゃ。ん〜……たとえば、こんな攻め方はどうかのう。一人が腰に組み付いて動きを止め、もう一人が腹を狙う。腕で防御されるかもしれんが、シロウちゃんの力ならそのまま押し切って――」


 両者は勢いよく海中に沈んだ。
 高くはねあがった水飛沫は円形の王冠を形作って夜闇に沈む海を彩り、次いで津波となって周囲に広がってゆく。
 落着しても組み付いたままだったレイガは、ニセウルトラセブンの右腋に自らの左腕を引っ掛けて引きずり上げると、空いた腹部――ロボットのハッチにも見える部分に右拳を叩き込んだ。まごうことなき、金属鉄板を殴りつけた音が響き渡る。

 クモイ・タイチの企み顔が脳裏に揺れる。
「いいか、レイガ。『できる』ということと、『した』ということの間には、天と地の差がある。それは、お前が抱える、『自らあみ出した技か、物真似の技か』ということ以上の差だ。奴はウルトラセブンと同じことが『できる』のかもしれんが、おのれの命を削ってまで戦い抜き、地球を守ったということを『してはいない』。……ここまで言えば、今のお前にはわかるだろう。奴は断じてウルトラセブンではないし、お前は奴が絶対に『できない』ことが『できる』はずだ。それは――」


 左腕で相手の右腋を支えたまま、何度も何度も拳を叩き込む。
 これまで放っていた、力任せに拳を振るうだけのパンチではない。一発一発に、明確な意志を込めた――魂の拳。

「覚えておけ。拳ってのはな……この掌の中におのれの魂を握り込んで、相手に叩き込むために使うんだ」

 今なら、クモイ・タイチのかつて言った台詞が、その重みがわかる。
 『魂』という言葉一つでしか表現できない、しかし、その台詞を吐いたクモイ・タイチとはまったく異なる、戦う意志と理由。
 こいつには、それが『できない』。かのウルトラ兄弟三番目の勇者と呼ばれる存在の、能力だけを写し取っただけのこいつには。
 そして、だからこそ自分は負けられない。
 ジャックに負けたとしても、鳥怪獣に負けたとしても、ツルク星人に殺されかけたとしても、こいつにだけは負けてはならない。
 魂なき人形に負けて、なにがウルトラ兄弟とのケンカだ。
 戦うことの意味を見つけるための道へ導いてくれた師匠のために――
 ともに修行の日々を送った友のために――
 悔しいが、戦う術を教えてくれた地球人たちのために――
 なにより、自分をウルトラマンと呼んでくれた一人の少女のために――
 絶対に――そう、絶対に、もう二度とこいつにだけは負けるわけにはいかない。

 ―――――― ※ ―――― ※ ――――――

 レイガのパンチに耐えかね、ニセウルトラセブンの腰が下がる。身体がくの字に曲がってゆく。足がふらつく。
 その上空を、合体を終えたガンフェニックストライカーが高速で旋回してゆく。
「あ、あれ、ほんとにレイガちゃん!? なんか、パンチの打ち方が前より格段に手馴れてない!?」
「……気迫が違うね」
 ヤマシロ・リョウコもセザキ・マサトも、レイガの気迫極まった戦いぶりに思わず見とれていた。
 追い込まれての逆切れとはまったく違った気迫。一撃一撃に明確な意志と、自信が溢れていることを、二人は感じ取っていた。
 不意にレイガが上空を見上げた――ガンフェニックストライカーに頷きかける。
「え? 気のせい?」
「今、こっちに……」
 あのレイガが自分達に何らかの意思を伝えたことに驚くヤマシロ・リョウコとセザキ・マサトをよそに、アイハラ・リュウは小さく頷いた。
「ガンフェニックストライカー、メテオール解禁!!」
「え、ええ!?」
「レイガを巻き込むの隊長!?」
 二人が騒いでいる間に、レイガはもう一度ニセウルトラセブンの腹を殴りつけると、そのままその背後に回りこんだ。両脇から腕を差し込み、後頭部で両手を組む羽交い絞め。
 それを引き剥がそうと暴れるニセウルトラセブン。
 しかし、力という点ではレイガも引けを取らないのか、それともイリエ直伝の重心の扱いがうまくいっているのか、なかなか外れない。
「――パーミッション・トゥ・シフト!! マニューバ!!」
 旋回が終わり、ニセウルトラセブンの真正面上方から突っ込んでくるガンフェニックストライカー各部のイナーシャルウィングが展開、その巨体が金色のメテオール粒子に包まれてゆく。

 ―――――― ※ ―――― ※ ――――――

 宇宙空間某所。

 暗がりの中に、いくつもの計器類が明かりとして浮かび上がる空間。
「SlmRU7、ダメージ増大。一時的ではありますが、腹部装甲耐久力32.4628まで低下。なお、本戦闘による大破可能性急速増大中。危険です」
「むぅ。あの宇宙警備隊員、新人ではなかったのか」
「情報不足により不明。第3惑星防衛兵器に高エネルギー集束反応発生。この攻撃の直撃を受けた場合のSlmRU7破壊の可能性、55、56、57……なお増大中。危険、危険、危険……」
「バカな。宇宙警備隊の隊員の能力を完全に再現したSlmRU7が、新たな宇宙秩序の担い手が、劣等文明の兵器と新人隊員ごときに敗北するというのか。そんなことは許されん」
 長官は席を蹴って立ち上がった。
「コントロール奪取プログラムはどうした」
「すでに発信カウントは終了。電波の発信を続けていますが……」
「ならば、速やかにコントロールを奪取せよ」
「できません」
「なに? なぜだ」
「プログラム起動しません。理由解析――終了。32.4308の確率で受信データ解析機能の停止。31.2356の確率でアンチプログラム開発、27.7765の確率でこちらより高度な暗号プロトコル使用……」
「そんな理由はどうでもいい。ならば、増援はどうだ」
「接近中。接触までカウント24」
「むぅ……コントロール奪取プログラムを起動させる方法を解析し、提示せよ」
「了解。解析――完了。コンピュータより緊急戦術プラン153778699提示」
「認証。直ちに開始せよ」
「了解、緊急戦術プラン153778699――開始」

 ―――――― ※ ―――― ※ ――――――

 フェニックスネスト・ディレクションルーム。
 イクノ・ゴンゾウの表情が曇った。
「――先ほどから地球を覆う異常電波とは異なるデータ量の電波発生を確認。シノハラ隊員の言ったとおり、プログラムが走らないので手を変えたようですね」
 呼びかけられたシノハラ・ミオは、シルエットの中にメガネだけを反射させ、ふっと嘲るように笑みを浮かべた。
「焦ったわね。侵略者」
 素早くその指がキーボードを叩き始め、物凄い勢いでウィンドウが立ち上がってゆく。 
「イクノ隊員、全世界のGUYSにそのデータを送信しなさい。急いで分析させ、こっちに返信させて」
「G.I.G」
「発生源の特定開始――うふふふふふ。よくも私にミスディレクションなんか仕掛けてくれたわね……見てなさい、侵略者。女に恥をかかせた恨み、百万倍にして返してあげる。この歳まで独り身の女の執念は、怖いのよぉ……うふ、うふふ、うふふふふふふ」
 暗い情念のオーラを立ち昇らせながら作業に没頭するその背中。
 トリヤマ補佐官もマル秘書官も、声をかけることが出来ず、ぞっとした面持ちで顔を見合わせていた。

 ―――――― ※ ―――― ※ ――――――

 ニセウルトラセブンは、羽交い絞めが外せぬと判断したか、不意にぐるりとレイガと位置を入れ替わった。
 すなわち、高速突入してくるガンフェニックストライカーに、レイガの背中を向けさせたのである。
 それは、止めようのないタイミングだった。
 ガンフェニックストライカーが急制動をかけ、その機体にまとうメテオール粒子がガンフェニックストライカーのシルエットを保ったまま、標的に襲い掛かる。
 乗組員の悲鳴さえ発される前に――

(――なめんなあああああああああああああっっっっ!!)

 レイガはそのまま、ニセウルトラセブンを引き抜いた。
 電子頭脳の想定外だったのか、それともレイガの怪力がニセウルトラセブンを超えた瞬間だったのか。
 鮮やかな弧を描いてニセウルトラセブンの赤い身体が宙を舞う。
 海中から引き抜かれた足先が水の尾を引く。
 それは、いつぞや受けたドラゴンスープレックスの攻守入れかえての再現。
 伊達に技を受けてきたわけではない。

 そして、完全無欠のアーチが完成する瞬間、ガンフェニックストライカーの放った金色のシルエットがニセウルトラセブンを直撃し――

 大爆発が海面に広がった。

 ―――――― ※ ―――― ※ ――――――

「よっしゃあっ!! 直撃だっ!」
 ガンフェニックストライカー・ガンウィンガーのコクピットでアイハラ・リュウは拳を握って吼えた。
「倒せた!?」
 セザキ・マサトが身を乗り出す。
「レイガちゃんは!?」
 ヤマシロ・リョウコもコクピットの外とモニター画面を何度も見比べる。
 海上を埋め尽くした爆炎が収まってゆく。

 その中に浮かび上がってくる二対の白い輝き。一対の緑色の輝き。

 風に吹き散らされる白煙の中から最初に現われたのは、レイガだった。
 片膝をついてはいるが、新マンの構えを鏡写しにしたファイティングポーズで構えている。
 そしてその向かいから、ニセウルトラセブンの姿が現われる。
 右頬の装甲の一部がひび割れて剥げ落ち、チカチカ輝く内部のメカの光が漏れている。肩に広がるプロテクター部分もいくつか破損し、内部の機械が見えている。そして――左腕がなかった。肘から先がへし折られたようにばっくり断面を開いている。
 右腕は指から肩にかけて、数箇所に渡って装甲が割れ、内部構造が露出、放電の火花が散っている。
 腹部に関しては、ほぼ装甲が吹き飛んでいるありさまだった。ウルトラセブンといえば、真っ赤なボディカラーが特徴だが、正面から見る限り、その赤は見る影もなく失われ、銀と黒、そして激しい火花が支配してしまっている。
 ニセウルトラセブンは、幾分不安定に上体を揺らしながら立ち上がる。
 バランスが失われているのか、何度もたたらを踏みつつ身体を起こしてゆく。 
 生物ではありえない振り幅で震えの走る右手が、ゆっくり額のビームランプに近づき――
「ジェアッ!!」
 レイガの手刀が空を切った。その手の先から、クサビ状のスラッシュ光線が放たれ、ニセウルトラセブンの顔面に命中した。
 爆発とともに銀色の破片をばら撒いてのけぞるニセウルトラセブン。その額のビームランプから派手に火花が噴き出しはじめる。
 たちまちその挙動はおかしくなった。酔っ払いのように上体の回旋が酷くなり、ただでさえ不安定だった足取りが、はっきりとした千鳥足となる。
 もう、これ以上の戦闘の継続は難しそうだった。
 その上空を旋回するガンフェニックストライカー。
「……こんなウルトラセブン、やだよ。見たくないよ……」
 痛ましげに眉を寄せるヤマシロ・リョウコ。
 その声を聞いていたセザキ・マサトの瞳も揺れる。
「仕方ないよ、リョーコちゃん。いつの時代でも、正義の味方の偽者の末路は悲惨なもの。それに、これは……まだ尖兵に過ぎない」 
「そうだ。俺たちはまだ、この戦いを仕組んだ黒幕の正体さえ知らねえんだ。こいつだって、ロボネズやビルガモみたいに、過去にこいつを作ったサロメ星人とやらが送り込んだものとは限らねえ。次はまた別のロボット兵器が来るかも知れねえんだ。気を抜くなよ」
 アイハラ・リュウの呟きの間に、レイガが両腕を左側に伸ばした。同時に、一度は止まったニセウルトラセブンの右手が、額のビームランプのさらに上を目指して上がってゆく。
「隊長! レイガがレイジウム光線発射態勢に!」
 セザキ・マサトの指摘に頷くアイハラ・リュウ。
「ああ。タイチからの直々のお願いだからな。――CREW・GUYSはレイガを援護する!」
 セザキ・マサト、ヤマシロ・リョウコ両名の叫ぶ『G.I.G』を受け、ガンフェニックストライカーはその機首をニセウルトラセブンに向けた。

 ―――――― ※ ―――― ※ ――――――

 レイガの脳裏によぎる、クモイ・タイチの講義。

「地球人である俺には、お前に光線技を教えてやることも、その稽古につきあうことも出来ん。まあ、せいぜいが命中精度を高める方法と、ダメージ効率を上げる方法についての理屈を並べ立てることぐらいだ」
 燃える町を背に、クモイ・タイチは一息つく。
「だから、必殺技を教えてやると言っても、お前に新しい能力を与えてやれるわけではない。それに、その必殺技自身、以前にお前は何気なく使っている」
「俺が? いつ?」
「地球で初めて戦った時に。タッコング相手にやったはずだ。あの時は、とどめとまではいかなかったようだが」
「……………………いや。覚えてねえ」
「ふぅ。まあ、そんなとこだろうな。では、よく聞いておけ。理屈はこうだ」


 光の粒子を集めながら、両腕が半円を描き、右へと回る。両腕に宿る光が眩しく輝きを強めてゆく。
 ニセウルトラセブンの右手が、アイスラッガーにかかった。わずかに向こうが早いか。
(最初の一撃さえ躱せば、何とか――)
 内心に汗をかきつつ、エネルギーを腕に集める。

 その時。

 レイガの後方より放たれた七色の光線が、ニセウルトラセブンを撃った。
 それは最前放ったレイガの光線の上を行くのか、ニセウルトラセブンの上半身が大きくのけぞる。
 後方から飛来した地球人の機体は、レイガの隣に並ぶとその位置で静止し、砲撃を続けた。
 『バリアント・スマッシャー』。
 レイガは知るよしもないが、ガンフェニックストライカーの誇る全砲門による前方への一斉射撃、それは超絶科学メテオールによる攻撃ではないものの、それに匹敵する威力を持つ。メテオールではないため、時間制限もない。現在地球人が持ちうる機動的通常戦力では、ほぼ最強のものだ。
 コクピットに見える地球人が、レイガを向いて頷く。
 レイガも頷き返して、再びニセウルトラセブンを見やった。


「両腕を左から、右へ回す――そこでストップだ」
 クモイ・タイチは人差し指を立てて、にんまり笑っている。
「今お前の腕に集まっているエネルギーは、エメリウム光線を弾けるだけの密度がある。だが、そこから光線を放つとお前のエネルギーは拡散されて、他のウルトラマン並みのダメージを与えられない。だから――」


(――そのままぶつけるっ!!)
 右手をわずかに前へ戻し、その甲に左手を添え、左手のエネルギーも右手に移す――そのポーズのまま、レイガは走り出した。
 誤射を防ぐため、バリアントスマッシャーが止まる。
 のけぞっていたニセウルトラセブンが上体を起こしてくる。
 その右手がアイスラッガーを飛ばし――
 レイガの右手が前に伸ばされ――

 レイガの右手を包む輝きがアイスラッガーを弾き飛ばした。
 光り輝く右手を、そのままニセウルトラセブンの腹部に開いた破壊孔に突き入れる。

 いともあっけなく。

 腹部に露出していたメカは崩壊した。
 レイガの右手は、メカを溶解させつつ内部へとずぶずぶ沈んでゆく。
 やがて、輝く五本の指がニセウルトラセブンの背面装甲を内側から突き破った。
 のけぞるような動きを見せるニセウルトラセブン。その痙攣じみた振動は、もはや病的なものとなっている。
 五本の指から侵食される装甲。それぞれの穴が溶けるように広がり、やがてひとつながりとなって――最後に、手の平が完全に突き抜けた。
(……ウルトラ兄弟にゃ情も義理もねえ。むしろ、むかつくだけだけなんだがよ……なんだかてめえだけは許せねえ、許しちゃいけない気がするんだよ。なんでだろうな、わかるか?)
 当然ながら、ロボットから返事はない。
(残念、答えられなかった人にはペナルティだ)
 手を握り締めて内部に引き戻し、貯め続けたエネルギーを解放する。
 青い輝きがニセウルトラセブンの腹部から、全身の傷口から、目から、額のビームランプからあふれ出し――次の瞬間、木っ端微塵に吹き飛んだ。 

 ―――――― ※ ―――― ※ ――――――

 津川浦からもレイガがニセウルトラセブンを倒した様子は見えていた。
「クモイさん、シロウさんが! やった、やりました!」
 はしゃぐユミに、クモイ・タイチも目を細めて頷いた。
「ま、かなりやばいタイミングではあったがな。今回は結果オーライでいいことにして――」
 声が途切れ、目に鋭さが戻る。
 その目は、もう夕闇に閉ざされている沖合いに向いていた。
 不意の沈黙に、ユミとイリエも怪訝そうにクモイ・タイチの視線の先を追う。
 クモイ・タイチは舌打ちを漏らした。
「……増援か?」

 ―――――― ※ ―――― ※ ――――――

 爆散したニセウルトラセブン。
 その場所からは、黒煙が立ち昇っていた。
 傍に立つレイガ――不意に、ビーム光がその肩を射た。

 同時に、ガンフェニックストライカーを異常な振動が襲った。

 ―――――― ※ ―――― ※ ――――――

「ダアッ!!」
 前のめりにつんのめった身体を何とか支えたレイガは、振り返って背後上空を見やる。
 何かが浮遊していた。四機の、別々の形状をした飛行物体。
 立てた二つの円筒を並べてつなげたような機体。
 四機の中でもっともサイズの小さな、いわゆるアダムスキー型UFOに似た機体。
 巨大な窓めいた透過装甲の並ぶ、角ばった機体。
 そして最後に、もっとも巨大な機体。頂点を下に向けた形状の三角形で、中央に空間が空いている。
 それらは編隊飛行を組んで飛来すると、レイガの上空を回りつつ、それぞれに攻撃を開始した。
 危うく飛び込み前転でその場を離れるものの、四機の浮遊物体はすぐにレイガを追ってくる。
「シェイアッ!!」
 体勢を整え、両手を振り回し、クサビ状のスラッシュ光線を手裏剣のように飛ばす。
 しかし、当たったはずのスラッシュ光線は、いとも容易く弾かれた。ダメージどころか傷一つついていない。
 警戒の色を深めつつ立ち上がり、再びファイティングポーズを構えるレイガ。カラータイマーが、赤く点滅を始める。
 しばらくその場に浮遊していた四機の飛行体は、急に降下して来た。
 最初に、二つの円筒を並べた機体がレイガの前に着水する。その上に小型アダムスキー、次に角ばった機体、そして最後に三角形が下向きの頂点を左右に開き、一番上に。
 積み重なった四機の姿は――

 ―――――― ※ ―――― ※ ――――――

 フェニックスネスト・ディレクション・ルーム。
 メインパネルに映し出された、四機の宇宙船が合体したモノの姿に、その場にいるもの全てが言葉を失っていた。

 人型の巨大ロボット。

 基本形態としては、頭部と胴が一体化したヒューマノイド形態ではある。
 しかし、頭部両側と腰の両側前後に突き出した突起、複眼じみた蜂の巣構造の透過装甲の奥に透けて見える妖しい機械の輝き、正面最上部で輝くライト状の部分――と、細部を見れば人間とはまるでかけ離れた形状だった。共通点は両手両足がある、ということぐらいだ。
「……レジストコード・宇宙ロボット、キングジョー……です」(※ウルトラセブン第14、15話)
 アーカイブを調べもせずに、呆然としたまま報告したイクノ・ゴンゾウの口調に明らかな怯えが走っていた。
「これが、ミサキ女史の言っておった……ウルトラセブンでも倒せなかった、強敵中の強敵……」
 トリヤマ補佐官も、鳩が豆鉄砲を食らったような顔で画面に引き込まれている。
 マル秘書官なども頬を引き攣らせている。
 室内でただ一人、敵の存在に飲まれていなかった者がいた。
「――ガンフェニックストライカーに異変! 機体制御プログラムに強制介入発生中!!」
 シノハラ・ミオの叫びが、ディレクションルームにいる人間を正気に引き戻した。
「なんだとぅ!? 今か!? 何とか止められんのか!?」
 さらに目を剥くトリヤマ補佐官に、シノハラ・ミオは狂ったような速さでキーボードを叩きながら答えた。
「ご冗談を! 私はハッカーでもなければ、システムエンジニアでもありません! 出来ることには限度があります! それに……」
 否定的な口ぶりなのに、その手の速度は一向に衰えない。
「今の私は、敵の電波発信源の特定で忙しいんです! あっちもこっちもなんて、面倒見きれません!」
 才媛が放つ気迫に当てられてか、トリヤマ補佐官はその口答えを正すこともなく、イクノ・ゴンゾウに目を向けた。
「イ、イクノ隊員!?」
 正気に戻ったイクノ・ゴンゾウもシノハラ・ミオほどではないものの、忙しくキーボードを操作している。
「――ガンフェニックストライカーの通信受信機能を一時的にカット」
「おお! そうか、受信をせねば――」
「――ダメです。受信機能回復、プログラムが勝手に起動させた模様。……くっ、これは!」
 イクノ・ゴンゾウの表情が歪む。
「考えたな。自己解凍式のプログラムにして、通信機能から乗っ取ってきたか――くそ、思ったより地球のことが研究されている!」
「な、なんじゃ? じこかい……なに?」
 意味を理解できず、トリヤマ補佐官はマル秘書官と顔を見合わせて小首を傾げた。
 そこへ、うるさそうにシノハラ・ミオが解説する。
「つまり、私たちが止めた解析プログラム付きで送り込んできたってことです。わかりやすく言えば、こちらの翻訳機が宇宙語を地球語に変換しなくなったから、向こうで翻訳機をつけて送ってきたの。向こうの翻訳機だから、OFFスイッチは向こう。こっちでは切れない。これぐらい、パソコンでデータを扱うなら常識です」
 送られてきたデータにざっと眼を通していたシノハラ・ミオが、妖しいオーラを再び放ち始めた。
 思わず身震いするトリヤマ補佐官。
「そ、そうかね。……しかし、なんでまたそんな面倒な。それなら向こうで地球語に変換して送ってきた方が楽なんじゃないのかね?」
「そうですね? どうしてでしょう?」
「ああもう! なんで私でもわかることがわからないんです!? 地球語で送ってきたら、こっちで解析・対抗するのもそれだけ楽になるんですよ! 宇宙語で送ってくれば、こちらは翻訳対策に一手間かかるでしょう!? 国家間戦争でも企業間抗争でもその一手間の差が重大な差になるんです!」
「な、なるほど……」
「だいたい、地球語・宇宙語はあくまで比喩の話です! そこにこだわらないで下さい! ――もう、いいから私の邪魔をしないで!」
「は、ははっ! 申し訳ありませんん!!」
「――トリヤマ補佐官。ガンフェニックストライカー、通信機能を完全に掌握されました」
 苦々しいイクノ・ゴンゾウの言葉の直後、ガンフェニックストライカーの通信回線は全て途絶した。

 ―――――― ※ ―――― ※ ――――――

 空中をよたよたとあてどころなく飛ぶガンフェニックストライカー。
「くそったれ! 言うことを聞きやがれっ!」
「通信機能、火器管制ダウン! 操縦系、反応炉制御系、ともに高速で侵食が進んでいます! 隊長、海上着水を!」
「ねえねえ、セッチー。慌ててるところ悪いんだけどさ、……メモリーディスプレイの画面に映ってるの、何?」
「え? あ、やべ!」
 GUYSメカのコクピットは、ガンスピーダーという小型のポッドであるが、その起動には隊員各自のメモリーディスプレイを起動ソケットに挿入し、認証させることが必要となる。この時、メモリーディスプレイの画像表示画面がモニターの一つとなる。
 つまり、現状ではメモリーディスプレイも敵プログラムの侵食対象となる。
 そのモニター画面に、不思議な模様が浮かび上がっている。
 セザキ・マサトは舌打ちをして、自分の膝を拳で叩いた。
「――隊長、限界です!」
「諦めんなっ! まだ飛べる!」
「そうじゃないっ! いいから、二人とも今すぐ脱出してメモリーディスプレイを抜けっ!!」
 いつものセザキ・マサトらしからぬ怒声。
「な、なに!?」
「どういうこと、セッチー!?」
「早くしないと、メモリーディスプレイがウィルスに冒される! 下手をするとこの中のデータが敵に渡ってしまう! 今すぐガンスピーダーをイジェクトして脱出しないならボクはこいつを撃つ!」
「そんなにやべえのかっ!?」
「もう時間がないっ!」
「わかった――リョーコ! 1、2の3だ! いいな!!」
「是非もないって奴ね! りょーかい!」
「反応炉停止、1、2の――さんっ!!」
 三人の指が、同時にあらかじめ決められていたそれぞれのボタンを押した。
 次の瞬間、機体にこれまでで最大の振動が走った。

 ―――――― ※ ―――― ※ ――――――

 通信回線を乗っ取られたガンフェニックストライカーの状況を、フェニックスネストでは確認できない。
 できるのはライブ映像による視認のみ。
 おぼつかなげなふらつきを宵海の水面に刻んでいたガンフェニックストライカーの航跡が、急に途絶えた。
 直後、二機のガンスピーダーがガンフェニックストライカー後部から排出され、すぐに着水の水飛沫が上がる。
 トリヤマ補佐官が眉をひそめる。
「二機だけ? アイハラ隊長はどうかしたのか?」
「さあ。……あ、ひょっとして一人残って着陸させるつもりでは?」
 マル秘書官の返答に、トリヤマ補佐官は大きく頷いた。
「おお、町に落ちては一大事だからな」

 ―――――― ※ ―――― ※ ――――――

 それどころではなかった。
「くそ! 何とかこの速度、落とせねえのかよっ!! このままじゃあ――」
 ガンフェニックストライカーの最先頭に位置するアイハラ・リュウには見えていた。
 この先に見える町の灯。このままガンフェニックストライカーを放棄・脱出すれば、機体がその近辺に突っ込む。何とか海上に着水させなければならない。
 だが、既にあらゆるモニターは死に、操縦桿もアフターバーナーレバーもほとんど反応しない。
「なんかないのか、コンピュータに頼ってない――」
 ふと頭をよぎった可能性に、アイハラ・リュウは唇を噛み締めた。
「――迷ってる場合じゃねえ。いちかばちかだっ!! メテオール解禁! パーミッション・トゥ・シフト! マニューバ!」
 完全な希望のみをその手に乗せて、メテオール解禁レバーを入れる。
 モニターは既に死んでいる。いつもの画面は出ない。反応炉も死んだ。メテオールが発動する可能性は、おそらくほぼ0。
 それでも。それしか考えつかなかった。
「超科学の力、根性で見せてみろ!! "俺達の翼"ぁっ!!!」
 叫んだ直後――機体から、黄金の粒子が飛び散った。一瞬だけ。
 その一瞬こそが、必要なものだった。
 一瞬だけモニターに表示が戻り、その瞬間だけ操縦桿の抵抗が消えた。
 すかさず、真っ直ぐ押し込む――機体は頭から海水面に突っ込み、海を割るかのような水飛沫を両側に立てながら着水した。

 ―――――― ※ ―――― ※ ――――――

「ガンフェニックストライカー、着水。……勢い余って、津川浦海水浴場に座礁した模様。画像から見る限り、反応炉の暴走、機体の分解・爆発はない模様。ですが、通信回線全滅の現状では隊長の状況含め、詳細は不明」
 イクノ・ゴンゾウの報告を、画像で見ていたトリヤマ補佐官はほっとした表情で一息ついた。
「やれやれ。とりあえず市民を含めて誰も犠牲にならんですんだようだな。……イクノ隊員、現地との連絡はなんとか取れんのかね?」
「全員がメモリーディスプレイを停止させています。難しいですね。それに、まだ戦いが終わっていません」
 イクノ・ゴンゾウの視線とともにトリヤマ補佐官の眼差しもメインパネルに向く。
 キングジョーとレイガとの戦いは始まっていた。両手を重ねた水平チョップを、力の限りにキングジョーの胴に叩き込んでいる。キングジョーの方ではそれほど効いたような素振りは見せないが。
「うぅむ……どちらにせよ、この場はレイガに委ねられてしまったということか」
「はい。……今後、GUYSジャパンがこの戦いに介入するためには、ミサキ総監代行の案が総本部にて認めてもらえるのを待つしかありません」
 渋い表情でトリヤマ補佐官がマル秘書を見やると、長身の秘書官はにっこり微笑んで深く頷いた。
「補佐官、総監もその件で現在会議中ですし、あの二人なら大丈夫。必ず使用許可を取ってくださいます」
「そうだな。それまで我々は……我々は…………はて? 何をしておればいいのだ?」



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