【一つ前に戻る】     【次へ進む】     【目次へ戻る】     【小説置き場へ戻る】     【ホーム】



ウルトラマンメビウス外伝 RAYGA

 第4話 史上最大の逆襲 反逆のロボット怪獣軍団 その8

 都心の超高層ビル最高階の執務室。
「ロボネズの次はビルガモか。この件の裏で糸を引いているのは、私に縁の深い相手なのかな?」
 重厚な応接テーブルを挟んでソファに腰を下ろした郷秀樹の揶揄に、馬道龍は大きくため息をつかざるをえなかった。
 ロボネズの件で話をつけてから半日も立たぬうちに、再び郷秀樹をこの執務室に招き入れた理由は、無論ビルガモの件だった。
「馬道龍、君が私を呼んだということは、この件も……」
「無論、バルタンの差し金ではない」
 再びため息をついた馬道龍は、手ずから入れたお茶を一息に飲み干した。
「だが、用意していたのはバルタンだ。理由はメシエ星雲人と同じ。さすがに今回は当事者がバルタンだけあって、今回は色々わかっていることがある」
「ほう?」
 興味をそそられた様子で、郷秀樹は手にしていた湯飲みをテーブルの上に置いた。
「おそらく、ロボネズも同じではないかと、連絡してきたバルタンの担当は言っていたが……要するに電子頭脳のプログラムを書き換えられたのだ。何者かに」
「何者か、とは?」
 馬道龍はむっとした表情で郷秀樹を睨んだ。
「この危急の事態に、そこまでわかっていたらそんな言い方はしない。……だが、これで何者かがこの地球へ侵略作戦を仕掛けてきていることは確かになった」
「何かがわかったんだな?」
「ああ。これはまだGUYS内部でも機密扱いの情報だが、今日の昼過ぎ、GUYSの宇宙ステーション基地にウィルス・プログラムが仕込まれ、宇宙防衛システムが麻痺した。その際に、多数の飛行物体の侵入を許してしまっている。何が侵入したのかは、こちらでもはっきり確認はしていない。ただの飛行物体なのか、円盤生物なのか……」
「ふぅむ……それとロボネズ、ビルガモがどう関係する?」
「ビルガモの電子頭脳は、その時のウィルスに感染したのだ。しかし、バルタンの知能は地球人のそれを遙かに上回っている。彼らの構築していたプログラムは、ただちにアンチウィルスの緊急対処を行ったため、GUYSの宇宙ステーションのように全機能麻痺という事態には陥らず、被害はプログラムの一部を書き換えられただけですんだ。ところが……その一部が大問題だったのだ」
「どういうことだ?」
 馬道龍は両肘を机の上についたまま、顔の前で両手を合わせ、しばし考え込んだ。
「簡単に言えば……敵味方識別機能が狂ったのだ。今、世界中のビルガモは地球に隠れ住んでいるバルタンを敵と認識し、その排除のために動いている。ちなみに、君らにとっては幸いと言うべきか、現在のところ地球人は敵と認識されていないらしい。……無論、攻撃を受ければその限りではないそうだが」
「そうか。それで、ビルガモは目立った無差別破壊活動を行うこともなく、ただ黙々と進んでいるのだな。だが、バルタンを排除するといっても……どこへ向かっているんだ? 基地でもあるのか?」
「ここだけの話だが……実は、都心にバルタン関係の会社がいくつかある。百貨店の春丹とか、HALU電機・通称HALU電とか……建築中堅の波留多組なぞは世界中にビルガモを作った張本人だ。無論、それらの会社の社員全員がバルタンというわけではないが」
「なるほどな。それで、バルタンにはビルガモを止められないのか?」
 馬道龍は忌々しげな顔つきで頷いた。
「ああ。バルタン側とビルガモを繋ぐ通信回線は、非常回線に至るまで全て遮断されたそうだ。それから、迂闊に近づけば攻撃が始まってしまうので、接近も遠慮している。バルタンとしては戦闘や攻撃の被害を最小限に食い止めるべく、全員で都市郊外へ移動し、そちらへビルガモを誘導する方向で検討・活動しているそうだが……」
「しかし、地球の防衛軍の戦力でビルガモを倒せるのか? あれは……かつて私もてこずった。装甲の硬さもだが、頭部から放つバルタニック・ウェーブの威力は高い。前面から放たれる閃光攻撃も見えないだけに、躱すのが難しい。ブレスレットがなければ、かなり苦戦しただろう」
「うむ。その点もバルタンは言及していた。能力的には、GUYSの誇るガンフェニックストライカーの最大攻撃を以ってすれば、破壊できる可能性が高いとのことだ。かつて地球を襲ったインペライザーほどの耐久力は無いらしい」
 その話に頷いていた郷秀樹は、ふと気づいて薄く笑った。
「……なるほど? つまり、今度はその情報をGUYSへ伝えろと――」
 その時、デスクの上の電話が鳴った。
 馬道龍は手で郷秀樹の話を制し、受話器を取り上げる。
「はいはーい、こちら馬道龍アルよー。ああ、カノウさんアルか。何か用アルかー? え?」
 馬道龍が受話器の向こうの秘書・カノウの話をふんふんと聞いている間に、郷秀樹は立ち上がった。
 窓ガラスの彼方に広がる雲一つ無い空を見つめ――怪訝そうな顔つきになった。馬道龍の電話を邪魔しないようそっと窓際まで歩み寄り、じっと空を見つめる瞳が左へ右へ何度も往復する。
「……そうアルか。ハイハイ、それはよかったのことヨロシ。それでは、この後は予定通りにするヨロシ。了解了解」
 ハイテンションな中国人キャラを演じていた馬道龍は、受話器を置くなりにんまり笑った。
「郷秀樹、喜びたまえ。君の出番はなくなったぞ。たった今、CREW・GUYSジャパンの連中が、こちらの思惑通り最大攻撃で都内のビルガモを破壊してくれたそうだ。……郷秀樹?」
 朗報に反応することなく、じっと空を見上げている郷秀樹。彼はその姿勢のまま、呟くように言った。
「馬道龍……どうやらこの事件は、地球上だけの話では終わらないようだ」
「なんだ? 何を見ている?」
 馬道龍は郷秀樹の視線の先を見やる。そこには地球で言うアルファベットの筆記体に似た、光のサインが輝いていた。
「あれは……ウルトラサインか?」
 郷秀樹は頷いた。
「そうだ。ゾフィー兄さんからのサインだ。……しばらく前から、宇宙の各所で侵略用ロボット兵器が何者かに操られ、暴走する事件が起きている。そして、そのうちのいくつかは地球に向かったようだと」
「侵略用ロボット兵器だと? ……ロボネズ、ビルガモもロボット。つまりこれは――」
「ああ。同じ黒幕の仕業である可能性が高くなってきたと見るべきだろうな」
「待て、郷秀樹。……気づいているのか、この状況が非常にまずいことを」
「まずい?」
 珍しく焦燥に駆られた風な馬道龍の口調に、郷秀樹はようやく隣へ目をやった。
 馬道龍は青ざめていた。
「いいか、郷秀樹。相手はGUYSの宇宙ステーションのコンピュータにウィルスを潜り込ませ、防衛システムの麻痺に追い込んだ。そこはおそらく、地球上で最もセキュリティの高い場所のひとつだったはずだ。つまり、地球上のあらゆるコンピュータ制御の装置類が敵の手に落ちる可能性がある。ロボネズ、ビルガモの例を見れば、地球製・地球外製の関わりなくだ。GUYSの戦闘機はおろか、生協組合員の隠し持っている宇宙船や兵器なども、その黒幕の意のままにされかねないぞ」
 途端に郷秀樹の顔が険しくなった。
「地球を守るための力が、そのまま地球人へ向くかもしれない……か。確かにまずいな」
「この状況を打破するには――待て」
 不意に鳴った電話に、馬道龍が出た。
「はい――君か。ああ。……そうか。わかった」
 受話器を置いた馬道龍の表情は、先ほどより険しくなっていた。
「郷秀樹。我々の危惧は、地球人も認識していたようだ。今、GUYS総本部が全機動兵器の運用凍結を全世界全支部に通達した。……地球が丸裸になるぞ」
「そうか」
 空を見上げた郷秀樹は、大きく静かに深呼吸をした。もうウルトラサインは消えている。
「馬道龍。君に頼みがある」
 馬道龍に向き直った郷秀樹の眼差しに、馬道龍はたじろいだ。覚悟を決めた者の顔つきだった。
「なんだ。今の状況では出来ることと出来ないことがあるぞ」
「現在残っているビルガモの場所を教えてくれ」
 馬道龍は面食らった顔で、何度か目を瞬かせた。
「待て待て。君一人で全世界に散らばるビルガモの残りを全部倒す気か!? いくらなんでも無茶だ! 何体あると思っている!」
 首を振る馬道龍に、郷秀樹は薄く頬笑んだ。
「ああ。そうだな。それに、地球人の底力はよくわかっている。勝算や先の見通しもなく、機動兵器の運用凍結などとは言わないだろう。おそらく、何かの策を練っている」
「だったら、それを待て」
「いや。その間にも狙われている人――いや、命があるのなら、それを見捨てることは出来ない」
「命……バルタンも、ということか。それが、宇宙警備隊隊員としての、君の使命と誇りなのだな」
「それだけじゃない。急な命令で翼をもがれた地球の防衛隊隊員たち……その無念さを背負って戦えるのは、今、地球上ではオレしかいない。たとえ無謀な戦いだとしても、時間稼ぎでしかないとしても、今こそ行かなければならない――地球人の友として」
 郷秀樹の決意はその顔つき通り、固い――馬道龍は諦め顔で、渋々頷いた。
「わかった……そのロマンチシズムにつき合うつもりは無いが、地球の平穏を守るためだ。出来るだけ協力はしよう」
 言いながら、受話器を取り上げる。そしてボタンを押そうとした指が、ふと止まった。
「私としては、ウルトラ兄弟の中で一番話のわかる君を失いたくはないのだがな。……まあ、背中とは言わん。肩の端っこでいい。私のその気持ちも貼り付けておいてくれ」
「承知した」
 力強く頷く郷秀樹。
 馬道龍は、照れ隠しでおどけるように肩をそびやかし、内線番号を押した。

 ―――――― ※ ―――― ※ ――――――

 同日同時刻。
 宇宙空間某所。

 暗がりの中に、いくつもの計器類が明かりとして浮かび上がる空間。
「……作戦の第二段階、進行度40%で停止」
 オペレーターらしき人物の報告には、やはり抑揚がなく、感情の宿っていない。
「状況の報告をせよ」
「地球人の機動兵器、一斉に活動を休止。戦線離脱、帰投中。理由解析。――終了。89.5432%の確率でコントロール奪取に対する備え。8.6397%の確率で新兵器投入のための撤退。以下、247通りの理由が類推されましたが、可能性些少につき省略。現状――確認。いくつかの拠点においては、バルタン星人の旧式機動兵器の活動が放置されています。これにより、作戦第二段階の想定ケース群529、532、541から622までを選択肢より排除。新たにケース群785から861を追加。なお、第三段階以降におけるケース群の更新は、現状では行いません」
「地球滞在中と想定される宇宙警備隊隊員の動向はどうか」
「不明。現在までのところ、出現は確認できておりません――長官、現状ならば作戦を第四段階へ進めることも可能です」
 長官、と呼ばれた優位的立場の存在は、少し沈黙してから答えた。
「本作戦の最優位目標は、宇宙警備隊隊員の排除である。地表制圧は、その後だ。よって作戦は第二段階のまま続行。潜入機動兵器群は、過去もっとも宇宙警備隊隊員の活動が確認されている、最大大陸の端の弓状列島を中心に配備」
「――長官、同盟部隊より秘匿回線にて通信。モニターに出ます」
 正面パネルに人影が映る。しかし、その姿もまたシルエットだけ。ただ、そのシルエットは地球人のものとなんら変わりはなかった。
『同志よ、作戦は順調のようだな』
 モニターに移るシルエットの口調は、やや人間味を感じさせるものだった。
「いや。宇宙警備隊隊員の存在がまだ確認されていない」
 長官と呼ばれた人物の口調は、ここでも人間味の欠片もなくぶっきらぼうだった。
「我々はともに過去、別々ではあるが宇宙警備隊隊員によって作戦の邪魔をされている。宇宙警備隊隊員の排除が行われない限り、作戦進行の順調さなど、表向きのことにすぎない」
『確かに。……過去、宇宙警備隊隊員に対する排除作戦はいくつもあった。だが、今回のように大規模かつ完璧なものは存在しない。まして、我々には油断も怠慢もありえない。そうだろう、同志?』
「無論だ。……今回こそ、我らの悲願を達成するのだ」
『そうとも。この宇宙に美しい秩序を』
「正しき進化を」
 それが別れの挨拶であるかのように両者は頷き合い、通信は終わった。

 ―――――― ※ ―――― ※ ――――――

 GUYSジャパン・フェニックスネスト。

 ガンフェニックストライカーのメテオール「インビンシブル・フェニックス・マキシマムパワー(※)」でビルガモを粉砕し、エネルギー補給のために帰投したCREW・GUYSの一同を出迎えたのは、以降出撃禁止の知らせだった。(※ウルトラマンメビウスTV版第48話にて、インペライザーを一撃で撃破)
「どういうこった、トリヤマさん! きちんと説明してくれよ!」
 ディレクションルームに戻るなり、ヘルメットを小脇に抱えたまま、語気も荒く詰め寄るアイハラ・リュウ。
 アイハラ・リュウ出撃後、指揮官として駆けつけていたトリヤマ補佐官は、目を白黒させながらも精一杯張り合う。
「し、しょうがなかろう! GUYS総本部の命令なんじゃから!」
「だから、なんでそんな命令が下るんだ! オレたちはあらゆる事態に対応する部隊じゃねえのかよ! それに、まだ神奈川にもう一体ビルガモがいるんじゃねーか!」
 そこへ、ミサキ・ユキが入室してきた。
「――それは私から説明します」
「お、おお! ミサキ女史!」
「ミサキさん」
 つかつかと入ってきたミサキ・ユキは、ディレクションテーブルにブリーフボードを置くと、一堂を見回した。その表情はいつも以上に厳しい。
「GUYS総本部は敵が地球製コンピュータに対し、既存の技術を超えた方法でウィルスを侵入させる能力がある、と判断しました。また、ロボネズ、ビルガモに関しても、敵のウィルスにより電子頭脳のプログラムが書き換えられ、暴走したものだとの情報が得られています。つまり、コンピュータ搭載物の全てが、敵の手に落ちる可能性があるということです」
 どよめきがディレクションルームに広がった。
「コンピュータ搭載物全てって……"オレ達の翼"もかよ!?」
「ていうか、現代においては、搭載してない物を数えた方が早いんじゃないかなぁ?」
 珍しく深刻げなセザキ・マサトに続いて、イクノ・ゴンゾウも腕組みをして唸る。
「うぅむ……とはいえ、所詮はプログラム。さすがに動作機構のない物を動かすほどのことはないと思いますが……」
「えー……と。ゴンちゃん、それどういう意味?」
「プログラムでできることは限られている、ということよ」
 ヤマシロ・リョウコの質問に答えたのは、シノハラ・ミオだった。
「簡単に言えば、いくらコンピュータ搭載型でも、いきなり炊飯ジャーが噛み付いたり、テレビが飛んで襲い掛かってきたりはしてこない、ということ。蓋の開け閉めまでコンピュータ制御の炊飯ジャーや、空飛ぶテレビがあれば話は別だけど」
「でも、車や航空機、そしてGUYSの戦力から各国軍隊の装備まで、乗っ取られれば危険なものは山ほど溢れてるわ」
 ミサキ・ユキの締めくくりに、一同は押し黙る。
 少しの沈黙の後、再び口を開いたのはアイハラ・リュウだった。
「でもよ、ミサキさん。それじゃあ、こっちは手も足も出ねえじゃねえか。できるのは地上戦だけになっちまうぜ」
「ええ。わかってるわ。だから今、全世界のGUYSの科学班だけでなく、民間からも協力者を募って防衛策を練っているところなの。その対応策が決まるまで、それまで待って」
「そんな悠長なこと、言ってられるかよ!」
 ディレクション・テーブルに拳を叩きつける。
 珍しくミサキ・ユキに逆らったアイハラ・リュウに、一同は驚いた。
「それはいつ完了するんだ? その間、神奈川のビルガモはどうすんだ!? 確かに、こちらから攻撃を仕掛けなきゃ、積極的な破壊活動はしないかも知れねえけど、町が蹂躙されてるんだぞ!? 放っといていいわけねえだろ!?」
「それは――」
「まーまーまーまー」
 不意に、その両者の間にトリヤマ補佐官が割って入った。眉間に皺を寄せ、いつになく厳しい表情を作っている。
「アイハラ隊長。落ち着きたまえ。確かに、ビルガモを放置するわけにはいかん」
「だったら、もう一回ぐらい出撃させてくれよ! ちゃちゃっと倒して戻って来るからよ!」
「落ち着けと言っておる!!」
 その珍しい怒声に、アイハラ・リュウは面食らった。
「君の気持ちはよくわかる。だが、"君たちの翼"が敵に乗っ取られ、町を破壊するのを見たいのかね!? 我々に、君たちが乗った機体が町を破壊する映像を見ろというのかね!? 万が一にもその可能性があるのなら、それを避けるのが最優先だ。そして、ガンフェニックストライカーなしでも戦える策を考えるのが、我々が本来なすべきことではないのかね!?」
「……確かに、それが正論ですよね」
 たちまち注目を浴びたセザキ・マサトは、お手上げのゼスチャーをして首を振る。
「ゴンちゃん、他に何か手はないの?」
「地上戦を挑むにしても、宇宙金属の装甲が相手では火力不足は否めません。強力な火器は例外なくコンピュータ制御の火器管制システムの支配下にありますし……」
「火器管制システム外でも、強力な火器はあります」
 その一言で、ミサキ・ユキは再び全員の視線を浴びた。
「実は、その使用許可を今、総本部に申請しているの。それは……ライトンR弾頭弾」
 アイハラ・リュウが怪訝そうな顔をする。
「ライトン? ……確か……以前、ディノゾールの群れを倒すのにGUYSスペーシーが使った(※ウルトラマンメビウス第11話)のが、そんな名前じゃありませんでしたっけ?」
「ライトンRマインね。ええ、そうよ。元はといえば、かつてウルトラ警備隊がキングジョーというロボットを倒すために使用したライトンR30爆弾。それをベースに、ライトンRマインは開発された兵器なの。ハンドロケットクラスの弾頭でさえ、ウルトラセブンのあらゆる攻撃をしのいでみせたキングジョーを倒したというあまりの威力に地上での使用を禁じられ、現在ではあのような形での運用に限定されています」
「それを、オレたちが使えるように?」
「ええ。でも、運用には慎重の上にも慎重を期する必要があります。その取り決めも含め、現在総本部で――」
 その時、シノハラ・ミオのデスクモニターでチャイムが鳴った。新たな情報のアップデートを報せるものだ。
 すぐに白い指がコンソールを走る。
 何事かと全員が注目する中、三角メガネの奥の瞳が少し緩んだ。
「――アイハラ隊長。神奈川・津川浦にウルトラマン出現! ウルトラマンジャックが、ビルガモと戦闘に入りました!」

 ―――――― ※ ―――― ※ ――――――

 津川浦海水浴場。

 睨み合うシロウとクモイ・タイチ。
「オレが……なにを見落としているだと?」
「すぐにわかる」
 手を返し、ちょいちょいと招く。
「こんの……野郎っ! どこまでも人をっ!!」
 憤激したシロウは波を蹴立てて襲い掛かった。手を蛇に見立てた動きで突きかかる。
「その技、よほど気に入ったか――しかし!」
 激しくうねり踊るシロウの両腕に合わせ、クモイ・タイチもそれ以上の速さで技を繰り出し、全てを防いでみせる。
 シロウは脳裏に閃くあらゆる場面を総動員して攻め続けた。これでもか、とばかりに映像で見た勝ちパターンの全てを次から次へと開陳してゆく。
 しかし、それは先ほどまでの攻防の再現。まったくクモイ・タイチに届かない。全ての技が、出す前に読まれているかのように対応されてしまう。
(――くそっ、なんでだ!?)
 フェイントは入れている。映画の通りに、試合の通りに。一つの技を捨石にして、次の技を出すこともしている。
 なのに、届かない。
 体調に問題は無い。疲労もそれほどではない。十分体は動いている。重心も、体の角度やらそれぞれの四肢の位置なども、違和感は無い。断言できる。脳裏に浮かぶイメージを、自分の体で再現できるギリギリのレベルまで再現できているはずだ。
 なのに。
(こいつは……あいつら全部より強いってのか!? わからんっ!!)
 一通りの攻防の後、再び蛇の動きを真似た拳法を繰り出したシロウ。
 その手首をつかまれた――そのまま、ほんのわずか角度を変えられただけで、固められた。
「うぐっ!?」
 手首に走った鋭い痛みに思わず身体が反応し、伸び上がるように重心が崩れる。その瞬間、シロウは空中を舞っていた。
 砂地に叩きつけられる寸前、再び手首がわずかにひねられた。それだけで受身のタイミングがずれた。
 衝撃が背を衝く。もろに自重の乗った投げを受けるのは、久々だった。
「く……ずあっ!」
 シロウは起き上がりざまに、座り込んだまま脚を払う水面蹴りを放っ――ほぼカウンターでその顔面にドロップキックが入った。
「ぐおぅっ!」
 再びひっくり返るシロウ。
 両足を跳ね上げて勢いよく立ち上がると、クモイ・タイチはボクシングのサウスポースタイルで構えていた。
 頬を引き攣らせ、鏡写しのオーソドックススタイルで迎え撃つシロウ。
 一気に踏み込んで放った数発のジャブは軽く躱され、同じ数だけのジャブを顔面に食らう。視界を塞がれながらも振り払うようにアッパーカットを振り上げると、やはり一瞬遅れて自分の顎が跳ね上がった。
「ぐぅうっ!!」
 二、三歩たたらを踏んで後退りつつ、追撃を振り切るようにハイキックを一閃。
 相手がそこにいるかどうかも確認せずに放ったその一撃は、確かな手応えを残した。
 くらつく視界を首を一振りして正し、態勢を整える。
 見れば――クモイ・タイチは目前におらず、なぜか海の中から立ち上がっていた。
 目をぱちくりさせるシロウ。
(――え? 今の、入ったのか? あいつが躱せなかったのか? なんで?)
 驚いていると、波を蹴立ててクモイ・タイチが襲い掛かってきた。
 砂浜に上がってくるや、こちらに合わせて丸く円を描くようにフットワークを使いつつ、ジャブを放つ。
(この状況は……これだ)
 脳裏に浮かぶ映像を元に、ボクシングの構えから、両腕を駆使しての受け流しとフットワークで数発のジャブを躱す。
 しかし、不意にクモイ・タイチはこちらに背を向けた。
 瞬間的なものだ――対応する映像は、ハイキックで横顔一閃。もしくは裏拳一閃。
 両腕を左に寄せて、想定される軌道上に置く――しかし、攻撃は意外なところから来た。すなわち、頭上から。
「――ごあっ!!?」
 その一撃を受けた左肩の骨が危険な軋みをあげる。衝撃で再び視界がくらつき、知らず、シロウは膝をついていた。
 立ち上がろうとして膝が立たず、左腕もだらりと下がった。
「!?」
 その前に、クモイ・タイチが立ちはだかった。
「背面を見せての『 縦 』の回し蹴り――貴様が見た映像の中に、この技はなかっただろう」
「う……」
 確かに。
 カズヤが用意した様々な映像作品や記録映像の中で、敵の前で背を向けてそのまま回し蹴りをするシーンは見た。頭上から蹴りを落とす踵落しも見た。どちらも相手の意表を突く技だった。
 だが、クモイ・タイチが今放った蹴りは違う。敵の前で回転するという行為を、純粋に蹴り足の加速に使った技。そして、その軌跡は通常のハイキックのように下から上、もしくは真横から蹴り抜くものではなく、ほぼ真上から足の甲を下に向けて蹴り下ろすもの。
 まるで……袈裟懸けに切り下す斬撃のような蹴り。頭上からつるべ落としのように落ちる蹴り。
 蹴る姿はプロレスの延髄切り。しかし、蹴りを上方角度から落とすという点では、むしろ空手系のローキックに近いのかもしれないが……。
 その角度から蹴りが降って来る可能性など頭になかったために、打点をずらすことすら出来なかった。おかげで、左半身が痺れて動かない。
 クモイ・タイチはなぜか残念そうに首を横に振った。
「言っておくが、こいつは派手なだけで実用的な技ではない。モーションが大きすぎて、今のお前とオレぐらい実力差がなければ通用しないし、それだけの実力差があるのなら、わざわざこんな大袈裟な大道芸などせずに、みぞおちでも一発殴ってやった方が話が早い」
 シロウは返す言葉もなく、ただ歯を剥いた。
 言われた中身もそうだが、いちいち以って回ったその言い方が気に食わない。
「怒るか? 借り物の技しか出せない猿真似野郎が、なにを一人前に怒る?」
「借り物の……猿真似だと!?」
「違うというのか?」
 じろりとこちらを見据える瞳に、シロウはたじろいだ。
 オオクマ家で受けた気迫の記憶が甦る。
 ウルトラ族の目を以ってしても見えない、しかし、肌を焼き、身の内を直接冷やし、凍りつかせるようなこの感覚はあの時と同じだ。何のエネルギーかはわからないが、それは確かにこの男から――特にその瞳から放たれていた。
 あの時は無様に膝が砕け、尻餅をついてしまったのだが――今は暑さとは別の、嫌な感じの汗が噴き出している。
「確かに、貴様の才能は大したものだ」
 クモイ・タイチが口を開くと同時に、少し感覚が弱まった。
「一度見ただけの技を、そこまで再現できるのはな。時折、その技を使ったアクションスター達や武術の先達の姿が、貴様に重なって見える。物真似としてはほぼ完璧。芸人ならそれで十分、飯を食ってゆけるさ。だが……その完璧さゆえにオレには一切通用しない」
「なにぃ……?」
 怪訝そうに顔を歪めるシロウに、クモイ・タイチは指を差し向けた。
「当たり前の話だ。……貴様が見た映像など、とっくの昔にオレも見ている。何度もな」
「な……」
「オレは地球人で、あれらは名作といっていいものだ。見たことがあって何がおかしい。格闘技関連の試合記録もそうだ。現代において、武の道に覇を競い、最強無敵を目指す者ならば、人生においてどこかで目にする記録……どこかで出会う、過去の、また現在の偉大なる先達の姿。この道一筋に生きてきたこのオレが、知らぬわけがあるまい」
「あ、あああっ!」
 思わずシロウは声を上げてしまっていた。
 その可能性があったかという驚愕と、道理でという納得、そして自分の足場がなくなり、宙に投げ出される喪失感。
 この数日間で積み上げていた自信が、さながら波に洗われる砂の城のごとく、崩れてゆく。
 膝が、疲労を思い出したようにがくがくと震え始めた。急に目の前にいるはずの男が、急に大きく見えてきた。
「手の内の知れた格下相手に、オレが負けるわけはない。いや、負けるわけにはいかない。そして、貴様がどれだけ必死に物真似をしようとも、物真似である限り、オレには絶対に届かん。なぜなら――」
 クモイ・タイチは指を収め、ぐいっと返した右拳を突き出してみせた。

「貴様のそれには、貴様の魂が宿っていないからだ」

 シロウはびくりと身体を震わせた。同じだ。あの時と。
 脳裏に甦る光景。
 そこは、オオクマ家の庭。今と同じに、片膝立ちのシロウ。その眼前に立ちはだかり、拳を突き出すクモイ・タイチ。
『拳ってのはな……この掌の中におのれの魂を握り込んで、相手に叩き込むために使うんだ』
 あの時から、自分は何も変わっていないのか―― 一歩も前に進んでいないのか。多くを学び、確実に強くなったと思っていたのは、ただの勘違いだったのか。
 歯噛みをして呻吟しているシロウに、クモイ・タイチは続けた。
「武の道を歩んできた者として――貴様が見た者達の内の幾人かの生き様を認めた者として、魂のこもらぬ仮初めの手先技など、一撃たりとも受けてはやれん。その拳、オレに届かせたくば――」
 突き出した拳を力の限りに握り締める。ボキボキと拳が鳴った。
「貴様の魂の……ありったけを注ぎ込んで――来いっ!!」
 まるでその声に合わせたかのように、クモイ・タイチに射す後光。
 見やれば、遥か遠く、ビルガモに蹂躙されている町並みの中に、銀色と赤で彩られた見覚えのある背中が出現していた。
「!? ウルトラマンジャック……」
 胸に去来する複雑な思いを、その一言に乗せて吐き出すシロウ。
 クモイ・タイチはちらりと見やっただけで、すぐに視線をシロウに戻した。
「ふふん……ちょうど良かったか、オオクマ?」
 その頬に皮肉げな蔑み笑いが浮かぶ。
「なに? ……なにがだ」
「新しい真似の対象が、向こうから現れてくれたのだ。次はウルトラスタイルだな?」
「てっ…………てめええええええええええええええっっっ!!!!」
 なにがむかついたのか、シロウにもわからない。ただ、その瞬間、何かが切れた。
 熱いものが体を駆け巡り、頭を沸騰させた。
 左半身の麻痺など、一瞬で忘れた。
 真似るべき映像を選ぶこともなく、怒りに任せて『 拳 』を突き出した。
 返した右拳を胸の辺りに構え、左拳を真っ直ぐ突き出したまま全身のバネを総動員して、突進する。
 全ての力を、前へ。
 殴るのではない。自らを一つの槍と化した突撃。

 シロウは気づいていなかった。その姿こそ――



【次へ】
    【目次へ戻る】    【ホーム】