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ウルトラマンメビウス外伝 RAYGA

 第4話 史上最大の逆襲 反逆のロボット怪獣軍団 その9

 ビル街を静かに突き進むビルガモ。
 その行く手に出現し、立ち塞がったウルトラマン。
 しかし、ウルトラマンがファイティングポーズを構えても、ビルガモは前に何もいないかのように、ただ道なりに歩き続ける。
 ウルトラマンはわずかに左右のビルを見やると、そのまま右手を左手首に添えた。
「シェアッ!!」
 右手を添えたまま、左の肘を引き、右手を手裏剣投げのように伸ばす。
 光の弧となって飛んだウルトラブレスレットは、ビルガモの右腕を切り落とし、背後から左腕を、反転して両足を切断した。
「ヘアッ!」
 最後に戻ってきた光の弧を右手で受け取り、そのまま再び光の矢に変えて放つ。
 光の矢はビルガモの口にも見える正面の張り出し部分から内部に入った。
 どこからともなく戻ってきた光の矢は、ウルトラマンの左腕でブレスレットへと戻る。
 ビルガモは――

 ―――――― ※ ―――― ※ ――――――

 ――光の矢が貫いた部分から、仕掛け花火のような火花が勢いよく噴き出す。
 両腕が肩からボロリと外れ落ち、両足が倒れ、その上へダルマ落としのように沈んだビルガモは、そのまま仰向けに倒れてしまった。
 内部で何度か爆発光が閃き、装甲の継ぎ目から煙が立ち昇る。
「すっげぇぇぇぇぇぇぇ!!!!」
 アイハラ・リュウの弾んだ声がディレクション・ルームの沈んだ空気を吹き飛ばした。
 悪島、ツルク星人事件でもブレスレットを使うシーンを見てはいたものの、これほど圧倒的な戦果を見るのは初めてだった。
 他の隊員も呆気にとられている。
「これは……確かに強いわぁ。ウルトラブレスレット」
 感に堪えぬ声で首を傾けるヤマシロ・リョウコ。
「ウルトラブレスレットが本体とか、ネットの悪口なんかで揶揄されるわけですねぇ」
「セザキ隊員、冗談でもそういう言い方は……。ウルトラブレスレットなしでも十分強いことは、悪島とツルク星人の件を間近で見てきた我々が、一番よく知っているはずです」
「おいおい、ゴンさん。俺たちは見てきたわけじゃねえぞ」
 セザキ・マサトをたしなめたイクノ・ゴンゾウを、今度はアイハラ・リュウがたしなめた。
 怪訝そうなイクノ・ゴンゾウに得意げな笑みを見せて、アイハラ・リュウは再びメインパネルに顔を戻す。
「俺たちは一緒に戦ったんだ。見てただけじゃねえ」
「あ……はい。そうですね」
 そうしている間に、ウルトラマンは空の彼方へと消えて行った。
「でも……」
 一人、険しい表情を崩さないシノハラ・ミオが、自分のディスプレイモニターを見ながら漏らす。
「日本はこれで救われたかもしれませんが、中国、エジプト、ブラジル……世界には、まだあと5台ものビルガモが残っています。全支部のCREW・GUYSの活動が事実上凍結されている今、どうやってそれを倒すのか……」
 ミサキ・ユキも同じく厳しい表情で頷く。
「そうね。……総本部の決断を待つしかないわ。それに、敵の攻撃がこれで終わりとも限らない。あなた達はいつでも出撃できるよう、今は身体を休めておきなさい。いいわね」
 CREW・GUYSの『G.I.G』という応声に頷き、ミサキ・ユキはディレクション・ルームを出て行った。
「さぁて、と」
 軽く伸びをして、アイハラ・リュウは隊員たちを見回す。
「んじゃ、ミサキさんの言ったとおり、俺たちは休憩。つーか、エネルギー補給に行くか。食堂へ。――ん?」
 ディレクション・ルームの出入り口に足を向けようとしたアイハラ・リュウは、難しい顔で腕組みをしているトリヤマ補佐官を見やって首を傾げた。
「どうしたんすか、トリヤマ補佐官。難しい顔をして」
「いや……なーんか、忘れとる気がして。……マル、わからんか?」
 長身のマル秘書官も、話題をふられたものの、わからぬ態で首をひねる。
「はぁ。そうおっしゃられましても……。補佐官が何をお忘れなのかが、よくわかりませんので。あ、いつもどおり気のせいとか」
「そうそう、気のせい気のせい――って、何だ、そのやる気の無い答えは。お前はワシの秘書官だろうが! ったく、しょうがないのう」
「それは、大事なことなんスか?」
 二人ののりつっこみに、少々呆れ気味に聞くアイハラ・リュウ。すると、トリヤマ補佐官はなぜか力強く頷いた。
「うむ。なんか、ビルガモ関係のことで、忘れておるような気がしてなぁ……」
「ビルガモで? ……けど、都内のは俺たちで倒したしぃ、神奈川のはウルトラマンが……」
 指を折っていた手がぴたりと止まり、三人は顔を見合わせた。
「「「ああーっ!? 大阪!?」」」
 同時に同じ叫びを上げて、シノハラ・ミオを振り返る。
「ミオ! 大阪のはどうなった!?」
「んですか!?」
「のかね?」
 三人のコントのような息の合い方に、少々の嫌悪感を表情に浮かべ、シノハラ・ミオはため息をついた。
「既に倒されています。時間的には、こちらが都内のビルガモを倒したのとほぼ同時刻です」
「おお!? イサナがやったのか!?」
 シノハラ・ミオは、しばらくディスプレイモニターに目を走らせた。
「……正確にはイサナ隊長と、現地に出動していた防衛軍の兵士の協力によるものだそうです。スペシウム・トライデントで大阪城の堀に転落させ、うつ伏せに倒れたところを、脚と胴の継ぎ目の部分の隙間から勇気ある防衛軍の兵士が侵入、内部を破壊して活動を止めた、とのことです。ただ、その兵士はその後連絡が取れなくなったため、現在、イサナ隊長はその兵士の捜索活動に参加中だそうです」
「それで、倒したのに連絡よこさなかったのか。しっかし、中に潜り込んで破壊活動とは、大阪には命知らずがいるもんだな。――なあ、マサト」
「ソーデスネー」
 いつになく感情のこもらぬ声で答えたセザキ・マサトは、ややげんなりした表情を隠すように横を向いていた。
 誰にも聞こえぬ声でひとりごちる。
「……やっぱ、あの人なんだろうなぁ……大阪だし」

 ―――――― ※ ―――― ※ ――――――

 津川浦海水浴場。

 まるでウルトラマン出現時のポーズで、拳を突き出し、脇目も振らずに突っ込んだシロウ。
 対するクモイ・タイチは、両腕を胸の前で揃えて守る。
 シロウの拳はその両腕を割り裂くように左右へ弾き飛ばし、まともに胸へめり込んだ。
 左拳の先でみしみしと響くは骨の軋みか、それとも骨が粉砕される音か。
「ぐぅ……ううううっっっっ!!!!!」
 そのまま、勢いよく押し込まれるクモイ・タイチ。
 両者の左右に弾け飛ぶ砂飛沫、立ちこめる砂塵。
「――な……なんでだ!?」
 動きが止まった時、驚きの声をあげたのはシロウの方だった。
 拳を引き戻し、クモイ・タイチの胸と自分の拳を交互に見比べる。
 シロウの渾身の一撃を受けてもなお、仁王立ちのクモイ・タイチ。
 その足下の砂地には、数mに渡って押し切られた足の跡が、二条の線になって残っている。
「てめえ……今、わざと……わざと受けやがったなっ!?」
 返事の代わりに、にぃと頬が歪む。
 その表情に、シロウは怒りのさざ波を頬に走らせた。
「避ければ避けられたものを、わざと受けて……オレが非力だとかぬかすためか!? それとも、避けるまでもないとかぬかしやがるのか!? 貴様はまた、そうやって人を馬鹿にして――」
「……バカはお前だ」
 絞り出すような声。シロウの頬が再び怒りに震え――たちまち、その表情が壊れた。
 クモイ・タイチの唇から鮮やかな赤が一筋、つうと顎に走った。
 絶対無敵を誇っていたクモイ・タイチの流血。
 意外な状況にたじろぐシロウに、クモイ・タイチは横を向いて血の塊を吐き捨てた。唾混じりなんてものではない。真紅一色。
 そして、再びシロウを見やる。その眼差しは厳しい。
「お前の魂……確かに受け取った」
 その静かな声音とは裏腹な気迫に文字通り気圧され、思わずシロウは一歩後退っていた。
「な、に……?」
 開いた間を詰めるように、クモイ・タイチが一歩進み出る。
「猿真似ではない、お前自身の……お前だけの一撃。この身を懸けて受けるに値するものだった。だが――まだまだ」
 さらに一歩踏み出す。
 両腕を最初と同じようにぶらりと下げた、無形の構え。
「う、ううっ」
 シロウはまた一歩退がる。これまでに感じたことの無い、異様な雰囲気、圧迫感――いや、違う。
 覚えがある。この、刃を向けられているかのような、身体の芯から凍りつく感覚は……かつて、ゾフィーと対面していた時にも感じていたもの。
 つまり今、シロウは恐怖を感じていた。
「どうした……? なぜ退がる? なぜ手を止める? なにを恐れる? なにをためらう?」
「う、うあ……」
 答えられない。自分でもわからないのだから。なぜか退がってしまう。
「オレが許せないのだろう? 倒したいのだろう? まだ、稽古は終わってないぞ。さあ、来い」
 また一歩踏み出すクモイ・タイチ。
「……くっ……」
 シロウは後退りながら、とりあえず拳を握った。
 そうだ。ついさっき、叫んだところだ。エミ師匠を裏切るような真似をしたこいつを、許さないと。
 なのになぜ、こんなに気持ちが萎えている?
 目を落としたその拳が、みっともないほど震えている?

 ――拳に甦る、相手の骨が軋み、砕ける嫌な感覚。

 なぜだ。
 ボーソーゾクの手足をへし折り、ヤクザを叩きのめして病院送りにした時は、こんな気持ちにはならなかった。
 かあちゃんとの約束があったから手加減してやったものの、時に強い奴が弱い奴の命を奪うのも悪いことだとは思わなかったし、自分がそうすること自体にも、ためらいや恐れなどなかった――はずなのに。
 今、自らの拳で目の前の地球人を殺してしまうかもしれないことを、自分は恐れている。
 いや、それだけではない。自分でもわからない何かが、この拳を振るうことを怯えさせている。
「お前は戦いたいのだろう」
 クモイ・タイチの足取りはたゆまず、また一歩進んでくる。
「自分には戦う力があると、誇りたいのだろう。ならば、戦え。ためらうな」
「バ、バカ言うなっ! 死ぬ気かてめえっ!? 次、おんなじのが入ったら、間違いなく――」
「それが戦いだっ!!」
「……………………っ!!」
 その一喝に、シロウの身体が強張った。
 さっきの拳の手応えは、明らかにクモイ・タイチに大ダメージを与えていたはずだ。なのに、何故まだそんな力が出るのか。出せるのか。
「いいか……目の前の相手を力でねじ伏せる。戦うとは、そういうことだ。そして、ひとたび戦いが始まれば……それを終わらせるには、勝利を得るか敗北するか――白黒つけるしかない。この稽古で、貴様が勝利する条件は何だ、シロウ! 言ってみろ!」
「え、ええと……」
「バカ野郎! 戦いの最中に、勝利への道を見失う奴があるかっ!!」
 クモイ・タイチは砂を蹴り上げた。
 かぶせられた砂飛沫を、シロウは振り払うようにしてしのぐ。
「条件はただ一つ、俺を倒す、それだけだ! 俺が倒れない限り、お前に勝ちはない! わかったら、さあ、来い!!」
 鬼気迫る気迫を発して、迫り来るクモイ・タイチ。
 シロウは立ち尽くした。
 心と感情がぐちゃぐちゃになって渦を巻き、何をしていいのかわからなくなっていた。 

 ―――――― ※ ―――― ※ ――――――

「クモイ師匠……」
 エミが不安げに呟きを漏らす。
「シロウの手加減無しの一発を受けて、無事なはずないのに……大師匠?」
「タイチの意地、じゃのう」
 答えたものの、イリエもわずかに表情が硬い。
「じゃが、タイチの言った通り、これはあやつ自身が決めたルール。稽古とはいえ、部外者が口を挟んでいい話ではないでの」
「でも、大師匠は立会人を務めるって」
「立会人の役目は、最後まで見届けることじゃよ。タイチが覚悟を決めておるなら、止める理由は何も無い。それに……今、止めるわけにはいかん。シロウちゃんにとっても、ここが一番大事なところじゃよ」
 二人の会話を聞いていたユミも、心配そうな眼差しを二人に戻す。
「いかなる形であれ、力を振るう者がすべからく一度は立ち止まる場所……おのれが戦うべき最大の敵と今、シロウちゃんは対決しておる」
 イリエの言葉に、二人の女子高生は同じように胸に抱きしめた拳を握り締めていた。

 ―――――― ※ ―――― ※ ――――――

 宇宙空間某所。

 暗がりの中に、いくつもの計器類が明かりとして浮かび上がる空間。
「……反応あり。宇宙警備隊隊員ウルトラマンジャック、出現」
 抑揚なく、感情の宿らぬオペレーターの報告。
「出たか。場所は」
「最大大陸端の弓状列島――潜入機動兵器群の配備を命じた地域です」
「よかろう。では――」
「反応消失」
「早いな?」
「ウルトラブレスレットにてバルタン星人の旧式機動兵器を擱坐させた後、速やかに姿を消した模様。潜入機動兵器群の展開、間に合いません」
「構わん。姿を隠したのなら呼び出すまでだ。これより作戦を第三段階に進め、想定ケース群318より開始」
「了解。――反応消失地点近傍にSlmRU7タイプ接近中」
「ほう、SlmRU7タイプか」
「PdnKJタイプ、BndCGタイプも近海に潜伏中。指令により、ケース群318より477までのシークエンス開始、まずはSlmRU7タイプをこのまま上陸させ、地球人の都市を破壊。対象再登場の場合、対応して各タイプの逐次投入」
 立て板に水を掛けたような口調で復唱し、コンソールを叩いて命令を次々実行させてゆくオペレーター。
 その背後に座るシルエットの長官は、愉快げにほくそえんだ。
「ふふふ。よりによってSlmRU7タイプとはな。我らが仇敵が、このような形で復讐を遂げてくれようとは……これはなかなかの見物だ」

 ―――――― ※ ―――― ※ ――――――

 それに最初に気づいたのは、カズヤだった。
 暮れなずむ海の彼方から飛来する物体――それは物凄いスピードで接近してくると、町の上空で速度を落とし、そのまま降り立った。
 暮れなずむ夕空を背景に、街中に立ちはだかる巨大な人型のシルエット。
 人間でいう目の辺りに六角形の光が二つ並び、額にも緑色の光が灯っている。
 そしてそのシルエットの最も特徴的なものは、頭頂部に屹立する板状のトサカ飾り――モヒカン刈り、と呼ぶ人もいるだろう。
 カズヤは驚愕をもってその正体を看破した。
「――ウルトラ……セブン!?」
 その余りに大きな独り言に、その場にいた者全てがそのシルエットに注意を向けた。
「ええ? ウルトラセブン?」
「あ、ほんとだ。でも、なんでここに? ねえ、エミちゃん?」
「あたしに聞かないでよ」
 岩の下に座っていたイリエが静かに立ち上がる。その表情はいつになく厳しい。
「……変じゃのう。何か、雰囲気が……」

 ―――――― ※ ―――― ※ ――――――

「……ウルトラセブン……? なぜ今? ビルガモはもう、新マンが……」
 不審げな眼差しでシルエットを見つめるクモイ・タイチ。

 シロウはシルエットを前に、ごくりと息を呑んだ。
 これで地球に二人目のウルトラマン。一体、地球に何が起きているのか。
 いや、そんなことに興味はない。むしろ、なぜ今ここへ来たのか。よりにもよって、自分がいるここへ。
 そして、何かを探すように左右を見回しているその姿。
 言いようのない不安の暗雲が、また新たにシロウの胸に広がっていた。

 ―――――― ※ ―――― ※ ――――――

「ウルトラセブン?」
 GUYS日本支部の食堂で食券を買ったところで、メモリーディスプレイの呼び出しに応じたアイハラ・リュウ。
 画面の中のシノハラ・ミオは頷いた。
『出現理由も進入経路も不明です。ちなみに、ウルトラマンジャックは中国の北京に出現し、今、ビルガモを倒したところです』
「そっちもすげえな。それで、ウルトラセブンは何を――」
『!!』
 話の最中に、シノハラ・ミオの顔色が変わった。
 驚愕――それも恐怖と混乱を含んだ驚愕。彼女がそんな顔をするところを、アイハラ・リュウは見たことがなかった。
「どうした、ミオ!?」
 アイハラ・リュウの切羽詰った声に、食券販売機に並んでいたセザキ・マサト、ヤマシロ・リョウコ、イクノ・ゴンゾウは顔を見合わせ、寄って来る。
 そして、聞いた。
 悲鳴に近い、シノハラ・ミオの声を。
『ウルトラセブンが! 町を――町を攻撃しています!!!』
「な、なんだとぉぉぉ!!!???」
 アイハラ・リュウの吼えるような声にかぶさるように、GUYS日本支部全館に非常警報が鳴り響いた。

 ―――――― ※ ―――― ※ ――――――

 右腕を胸の前で水平に寝かせ、左肘を引いた構え。
 セブンの額に輝く緑色のビームランプから放たれた光線が、町並みをよぎった。
 たちまちいくつもの爆発が起き、黒い煙が湧いて火の手が上がる。
 赤々と燃え盛る炎に照らし出されるその姿は、まさに赤い悪魔。
 セブンは構えを変えずに、あちらこちらと無差別に光線を放ち、町を壊してゆく。
 揺れる照り返しに、無機質な銀色の顔と胸のプロテクターがきらめいた。

 ―――――― ※ ―――― ※ ――――――

「「な……何してやがる、あの野郎っ!!!」」
 爆発音に振り返ったシロウとクモイ・タイチの声は、完全に重なっていた。
 遠景とはいえ、ウルトラセブンが町に向かって攻撃をし、町が火の海と化している光景は、二人にとってありえないものだった。
「どういうことだっ! レイガっ!」
 振り返ったクモイ・タイチが叫ぶ。
 たちまち、シロウの表情が歪んだ。
「なんでオレに聞くっ!? 知るかっ!! お前ら地球人こそ、なんかウルトラ兄弟にケンカ売ったんじゃねえのかよっ!!」
「それこそありえん! それなら新マンがビルガモを倒してくれる訳がないっ!!」
「ちょっと二人とも! それどころじゃないでしょ!」
 言い争う二人の下へ、エミたちがやってきた。
「これ、確実にさっきよりまずいよ。理由はわかんないけど、あのウルトラセブン、無差別攻撃してるもん」
「逃げましょう、シロウさん。今回ばかりは、もう稽古なんて言ってる場合じゃありません」
「そうだよ、シロウくん。セブンといえば、武闘派の呼び声も高い実力者。ここは逃げるしか」
「うむ。あの光線、いつこちらに飛んできてもおかしくはない。二人とも稽古の続きはお預けじゃ。さっさと――ひょ?」
 ウルトラセブンがこちらを向いていた。
 よもや、イリエの言葉がその直後に現実になろうとは。
 ウルトラセブンは中指と人差し指を立てた両手を額にかざす。
 緑色のビームランプが輝き――

 ―――――― ※ ―――― ※ ――――――

 中国・北京。
 ビルガモは倒されたものの、街中の混乱は収まってはいなかった。
 人々が右往左往する商店街を、郷秀樹が歩いていた。その表情は険しい。
 そこへ、一人のサングラスをかけた中国人が近づく。背広姿のその男は、郷秀樹を狭い路地に招き入れた。
「……君がここの案内人か」
 男は険しい顔で頷き、ついてくるように顎をしゃくって促す。
 奥へ奥へ、迷路のような路地裏を歩き通すと、とある行き止まりで足を止めた。
 四方をビルで囲まれ、一日を通して日が差さないであろう路地裏。地面には腐臭のする水たまりが広がり、ビルの窓という窓に設置された室外機から猛烈な暑さの空気が噴き出し、澱みすえた臭いを攪拌している。
「よくビルガモを倒してくれた。礼を言っておく。ウルトラマン」
 男はサングラスを外した。その姿が、セミに似た顔つき、二つに割れた頭、ハサミ状の腕を持った宇宙人の姿に変わる――宇宙忍者バルタン星人。
「フォッフォッフォッフォッフォ……」
 身体を揺らし、バルタン星人が笑う。その笑い声に重なって、郷秀樹の脳裏に直接声が聞こえてくる。
(――生協最高幹部のメトロン星人から連絡は受けた。我々バルタンとしては、複雑な気分ではあるがな。まさか、かつて20億の同胞を葬り去った怨敵ウルトラマンに、我がバルタン科学の結晶、転送装置を使わせることになるとは……)
 郷秀樹も複雑そうな表情で、頬を緩めた。
「それはお互い様だ。私も君たちと共闘する日が来るとは、夢にも思わなかった。……ともかく、次だ」
(次の移動先は、シンガポールだ。……狭い街のため同胞の避難が遅れ、既にビルガモは戦闘状態になっている。気をつけろ)
「わかった。アドバイスに感謝する」
(こちらこそ、同胞の救助に感謝する……急いでくれ。追い詰められたら、同胞は巨大化する可能性がある。それはお互い避けたい事態だ)
 頷いた郷秀樹に、バルタン星人は両手のハサミを向けた。
 開いたハサミの中から放たれたリング状の光線が郷秀樹に当たると、その足下から光の柱が立った。そのまま、郷秀樹の姿は輝きを強めてゆく光の柱の中に消えていった。

 ―――――― ※ ―――― ※ ――――――

 津川浦海水浴場。

 明らかにそこに残っていたシロウたちを狙った、ウルトラセブンのエメリウム光線。
 その光は、着弾前に広がった輝きに飲み込まれ、予想された爆発を起こさなかった。
 ウルトラセブンは両手を下ろし、怪訝そうに首を傾げる。
 広がった光が集束し――蒼い身体の巨人が現われる。
『――どういうつもりだ、ウルトラセブン』
 片膝をつき、背中を向けた姿勢で登場した青いウルトラ族――レイガは、そのまま首を捻じ曲げてウルトラセブンを見やる。
 ウルトラセブンは驚いた様子もなく、両腕を左右に開く独特のファイティングポーズを取った。
『問答無用か……ふざけんな! てめえ、それでも――』
 再び額のビームランプに両手の指をかざすウルトラセブン。
 自分の足下を見下ろしたレイガは、片膝をついたまま身体をウルトラセブンに向けた。仄かに光を放つ両手を左右に揃え、突き出す。
 放たれたエメリウム光線を、レイガはその手の平で受け止めた。
「――グ、グオォッ!!」
 必殺光線をまともに手で受け止めた、レイガの苦悶の声が響き渡る。
 やがて、レイガは必殺光線に押し切られるように後方へと吹っ飛んだ。その両手が火花を噴く。
 防ぎきれなかった光線が砂浜を焼き、大量の砂塵を巻き上げる。
 海に落ち、派手な水飛沫を辺りに撒き散らしたレイガ。しかし、すぐに片膝立ちに起き上がり、両手を激しく振った。
 白煙立ち昇る手の平を、ぼうっと淡い光が包んでいる。
『くっそ、さすがに必殺光線……回復能力がなけりゃヤバかっ――』
 気配を感じて顔を上げたレイガの前に、ウルトラセブンが飛び掛ってきていた。
『この――』
 慌てず、真正面から組みつく。
 お互いの肩と上腕をつかみ合った二人の巨人は、波を蹴立ててもみ合った。

 ―――――― ※ ―――― ※ ――――――

 力比べを続ける、赤と青の巨人。
 その足元近くで、一同は呆然と上空を見上げていた。
「――みんな、今のうちじゃ。逃げるぞい」
 イリエの声に促され、正気に戻ったエミとユミ、カズヤは駆け出そうとした。
 しかし、クモイ・タイチが動かない。両足を踏ん張って立ち尽くしたまま、巨人の取っ組み合いを見つめて――いや、睨んでいる。
「クモイ師匠!?」
 エミの声にもクモイ・タイチは動かない。
 次の言葉を紡ぐ前に、イリエが近寄った。
「……タイチ、もうええぞい。よう踏ん張った」
 クモイ・タイチの肩を軽く叩く――その途端、クモイ・タイチは口から大量の血を噴いた。糸の切れた操り人形のように崩れ落ちる。
「し、師匠!!??」
「クモイさん!?」
「クモイ隊員!!」
「慌てるでない!」
 慌てて駆け寄るエミたちを、イリエの一喝が押しとどめた。
 クモイ・タイチの胸をさっさと撫でて診断したイリエは、ふむと頷いた。
「肋骨が陥没しておる。両腕も折れておるな。……これでよう立っておったものじゃ。意地じゃのう」
「陥没……骨折って、やっぱりシロウのパンチが……」
「それ以外あるまい。ともかく、ここはまずかろう。早く移動を――」
「いや、いい。……置いてゆけ。俺は……避難の足手……まといだ」
 薄く目を開けたクモイ・タイチは、細い息の下でそう漏らした。
「こりゃタイチ! 何を言うか!」
「バカ言うな、バカ師匠!!」
「私、助けるためにいろって言われました!」
「みんな、動けない患者になに言っても時間の無駄! ボクが下半身を抱えるから、二人は両側から脇の下を支えて! イリエさんは先に行ってルートの確保!」
 カズヤのてきぱきとした指示に、三人は頷き合った。
 イリエが先に立って歩き始め、カズヤが後ろ向きに両足を抱える。その後ろから、エミとユミが脇の下から腕をくぐらせ、上体を支える。そうして、えっちらおっちら走り出した。

 ―――――― ※ ―――― ※ ――――――

 宇宙空間某所。

 暗がりの中に、いくつもの計器類が明かりとして浮かび上がる空間。
「……反応あり。宇宙警備隊隊員ウルトラマンジャック、再出現。ただし、最大大陸に移動」
 抑揚なく、感情の宿らぬオペレーターの報告。
「ほう? 状況は」
「前回と同じです。ウルトラブレスレットにてバルタン星人の旧式機動兵器擱坐させた後、速やかに姿を消した模様。既に反応消失。潜入機動兵器群の展開、追撃、いずれも間に合いません」
「ふむ。動きが予想外に早いな」
「SlmRU7、最初の出現場所にて破壊活動開始。――反応あり。……? 長官、想定ケース外の事態発生」
「バカを言うな。我々のコンピュータの予測は完璧だ。想定外など、ありえん」
「しかし、この反応は……過去に確認された宇宙警備隊隊員のいずれとも異なる波長のウルトラ族出現。SlmRU7と交戦開始」
「むぅ……新たに配属されていたか? だが、ジャックですら互角に戦えるか否かのSlmRU7が、新人に倒せるとは思えん。丁度いい、SlmRU7の戦闘データをモニターし、その新たな宇宙警備隊隊員の性能を解析せよ」
「了解。データモニター展開、解析開始。状況の推移に伴い、独立特殊ケース想定群9846195から9932522を現状に照らした環境変数にてプログラムスタート。――新たな反応あり。宇宙警備隊隊員ウルトラマンジャック、再出現。今度は最大大陸の赤道面近くの都市です」
「早いな。テレポーテーションを使っているのか?」
 長官の声にわずかな曇りが兆す。
「しかし、あの能力はウルトラ族を以ってしても多大なエネルギーを使う。日に何度も使える力ではないはず。……一体、どうやって……」
「長官、ウルトラマンジャックへは機動性の高いPdnKJタイプを追撃させるか、次の目的地と想定される、面積第二位大陸にて活動中のバルタン星人の旧式機動兵器近くに潜伏させる案を進言します」
「ふむ……いや、放っておけ」
「は? よろしいので?」
「バルタンの機動兵器は元々こちらの戦力ではない。どれだけ破壊されようと、こちらの作戦に支障は無い。それどころか、ウルトラマンジャックを確実に弱らせてくれよう。全機体破壊後、ウルトラマンジャックはSlmRU7の元に戻る。弱っている状態でSlmRU7と戦っても勝ち目は無い」
「了解。――コンピュータもその指示を支持。勝率74.359%から91.691%へ上昇。作戦進行は現状のままを維持。――長官、本隊より通信。布陣完了。3時間後、本隊はウルトラの星に総攻撃を開始する、とのことです」
 長官のシルエットが深く頷く。
「そうか。……できれば、ウルトラマンジャックをそれまでに倒しておきたいものだが……いずれにせよ、いよいよ我らの悲願が達成される時が来たようだな」
「……失礼します」
 長官の背後に現われた新たな人影。女性らしきシルエットと声。
 その女性は、振り向きもしない長官の背中に深々と頭を下げると、そのまま長官の背後に立った。
「長官、メンテナンスのお時間です」
「うむ」
 鷹揚に頷く長官。
 女性の手が長官の後頭部を撫で、何か金属的な留め金を外すような音がかすかに聞こえた。
 女性の目が光を放つ。
 その光に照らし出された長官の後頭部がドアでも開くように開き、その中に無数の配線と歯車が――

【 つ づ く 】


【第5話予告】
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