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ウルトラマンメビウス外伝 RAYGA

 第4話 史上最大の逆襲 反逆のロボット怪獣軍団 その7

 シロウの右貫手(ぬきて)を左手で軽くはたき飛ばし、右拳の連打を叩き込む。
 シロウの咄嗟の体捌きと、もう片手の防御により一発だけ、その右頬に拳が入った。
「……ちぃっ!」
 生意気にも舌打ちを漏らして、大きく飛び退がるシロウ。
 クモイ・タイチはつい仕掛けそうになる追い足を止めた。
 空いた距離が普通ではない。普通の人間相手の後退りなら追いつく自信はあるが、シロウのは後退りではなく後方へのジャンプだ。こちらが追いつく前に態勢を整えられるだけの十分な距離をとっている。
 素人同然のシロウ相手にカウンターを恐れるわけではないが、そこまでして、という思いもある。
 しかし、シロウはすぐに間合いへ戻ってこなかった。
 しきりに首を傾げ、身体を右半身に構えたり、左半身に構えたり、軽く体の前で腕を動かして何かを確かめている。
「……なんだ?」
 怪訝そうに片眉を上げたクモイ・タイチは、自分も少し肩の力を抜いて、元の構えに戻した。
「何を考えているのか知らないが……さっさとかかって来い」
「あ、ちょっと待て。……違うな。こうで、こう……」
「そういうのは『下手の考え休むに似たり』というんだ。何を迷ったところで、結果は一緒だ」
「うるせーよ。なんか感覚が違うんだよ! ったく……わかったよ! こうなりゃ、これだ!」
 叫ぶなり、シロウは新たな構えを取った。右拳を突き出し、右足を前に一歩、力強く踏み出した構え。重心低く腰を落とし、左拳は腰に引いている。
「カンフーまがいか。……いちいち苛つかせてくれるな」
 ぎり、と奥歯を噛み締める。
 きちんと修練を重ねて身につけたものならともかく、映画を見て身につけた程度の物真似で挑まれるというのが、真っ当正直に武術を修めてきた者のプライドをいたく刺激してくれる。
 こんな馬鹿を相手にするため、技を磨いてきたわけではない。
「うおりゃっ!!」
 人間離れした瞬発力で飛び込んできたシロウの左貫手を、右腕で外へ受け流す――それが、押し切られた。
「!!?」
 予想外の力に払いきれず、その指先が右肩をかすった。
 カウンター気味に、シロウの左わき腹へ右の膝蹴りを食らわす。十分な手ごたえとともにシロウは、そのままその場に崩れ落ちた。
「ぅぐふ、ぅっ」
 追い討ちはせず、一足退がって間合いを取る。
 削られた感覚のある右上腕を見やれば、たちまち走る赤いみみず腫れ。
 同時に迫る殺気――視界を戻せば、シロウがうずくまった姿勢からカエルのように跳ねて、こちらに飛んで来るところだった。
「たありゃっ!!」
「甘い」
 十分に間合いを詰めて放たれた左ジャブを右手でつかみ受け、右ストレートも左手で受け止める――途端に、ぐんっと身体が浮き、シロウに押し切られるように2mほど後退していた。
「この――パワー馬鹿がっ!」
 両手をつかんでいるからこそわかる、シロウの重心の崩れ。その崩れが安定を取り戻さないうちに、クモイ・タイチは両腕をぐるりと回して、シロウをひねり投げた。空中で見事に一回転半して、背中から砂地に落ちるシロウ。
「なに!?」
 両腕をつかまれたままシロウがしてみせた受身に、クモイ・タイチは思わず驚きの声を漏らしていた。腕を使わず、体幹の微妙な態勢の変化と下半身の使い方で、投げ技の威力を半減している。つい数日前に受身を教わった者の技量ではない。
 シロウはすぐに両拳を振り払うと、何度かバック転して距離を置いた。
「くそ、今のは惜しかった!」
「お前……いつの間にそんな高度な受身を」
 シロウは怪訝そうに顔を歪めた。
「はあ? なに言ってんだ。初日からこんなもん、散々やってただろうがよ」
「なに……?」
 そうだったろうか。投げ技中心に制限していたため、万が一を考えて海中戦闘ばかりしていたので、気づいていなかった。
 ふっと、イリエ師範の企み笑みが脳裏をよぎり、クモイ・タイチは理解した。
(なるほど。受身をしっかり取っていたから、元々の体力に加えて継戦時間が大幅に向上した、ということか。タネも仕掛けもあったわけだ。だが……そうなると、シロウの特殊な才能とは、なんだ?)
「何でもいい! 次、行くぜ!」
 先ほどとは違って、高い重心ながら軽いステップを刻み、両拳を顔の前に構える――いわゆるボクシングのアップライトスタイル。
 そのまま突っ込んできたシロウは、先ほどとは逆に軽く、素早い連打で攻めてきた。
 これもまた、素人の拳打と侮れるレベルではなくなっている。ボクシング・ジムの入門一年目ぐらいの合格点はくれてやってもいいだろう。
 軽く放っている割りに、きちんと腰が入っている。その上、砂地でのフットワークにもかかわらず、重心の崩れもほとんどない。
「こいつ……いや、イリエ師範……一体、何を仕込んだ!?」
 シロウのパンチを上回る速度で両腕を駆使し、放たれる全ての拳を弾き飛ばす。
 素人以上、とはいえクモイ・タイチにとっては、まだまだ恐れるほどの連打ではない。
 冷静に、機械的に、シロウの放つ拳の弾幕を処理し続ける。

 ―――――― ※ ―――― ※ ――――――

「シロウ、押してる!?」
「いや」
 期待を込めて喜んだエミだったが、無情にもイリエは首を振った。
「押しておるのは、タイチの方じゃの」
「え? でも、だって……クモイ師匠はガード一辺倒で」
「防御は防御でも、あの防御はたまらん防御じゃの。……よう見てみなさい。シロウちゃんが拳を繰り出す前に、手をかざしておろうが? あれでは腰の入った拳は出せぬのぅ」
 イリエの言葉どおり、シロウの連打を受け止め、捌き流すクモイ・タイチの手が、徐々にシロウの体に近づいている。シロウも拳打や格闘のスタイルを色々変えたり、フットワークを使おうと試みてはいるが、それを上回る速さで詰められ、間合いを殺されている。
 結果として、シロウの拳打をクモイ・タイチが防いでいるというより、クモイ・タイチ相手のミット打ちをやっているような有様になりつつある。
「しかしまあ、万に一つも食らわぬための戦法とは……武道家ではなく武術家、とうそぶくタイチにしては珍しいことじゃな」
「どういうことですか? あたしには、とっても凄い、クモイ師匠らしい戦い方に見えますけど」
「拳(こぶし)も繰り出せねば無意味。一本背負いも投げられねば無意味。攻めることが無意味ならば、戦うことそのものが無意味。それを以って、相手を制するという。それは、『武』の中に『道』を探す者の一つの理想。武道の基本は専守防衛じゃからの。それは、まず相手を倒すことを目的とする武術との最も根源的な考え方の違いじゃ」
「じゃあ、クモイ師匠はシロウに武道の心を教えようと……」
「それも違うのぅ。そんな殊勝な心がけの奴ではないわの」
 イリエの顔に、皮肉たっぷりの冷やかし笑いが浮かぶ。
「あれはさっきも言うたように、おのれが万に一つも食らわぬための戦法。まあ、それが身についておったことは良いことじゃ。なんのかんので良い指導者や技を競う相手に巡り会うておったのじゃろう。しかし、今、この局面で出す理由はないでのう。おそらく……シロウちゃんを恐れておるのじゃろ」
「クモイ師匠が……? どうして? 圧倒的に勝ってるのに」
「さあのう。そこまではわからん。問題は――ん?」
 背後の方から、イリエ達を呼ぶカズヤの声が聞こえてきた。
 同時に、海水浴場全域のスピーカーから警戒警報が鳴り響く。
『……こちら津川浦海水浴場管理組合です。当局から怪獣出現警報が発令されました。お客様は警察、警備員、ライフセーバー、組合員などによる誘導に従い、速やかに避難場所へ移動願います。なお、避難は徒歩にて行ってください。車両等での移動は禁止されております。繰り返します、当局から――』
 警報を聞いている間に、カズヤがイリエ達の下へたどり着いた。
「ヤマグチさん、どうしたの!? 怪獣って!?」
 エミの問いに、カズヤは大きく肩で息をしながら答えた。
「ま、町に怪ロボットが出現したんだ。ビルガモっていう、バルタン星人の作ったロボットらしい」
「こっちへ来るんですか!?」
 ユミも不安げに訊ねるが、カズヤは大きく首を振った。
「わからない。ボクも大まかな話を聞いてすぐこっちへ来たから。とりあえず街中にいきなり出現したってんで、そこら中大混乱だ。パニックとまでは行かないけど、町から離れようと道路に人が溢れてる」
「大師匠!」
「うむ。これはさすがに、稽古どころではないのぅ」
 頷いて振り返る――しかし、シロウとクモイ・タイチは手を休めることなく戦い続けていた。
 その様子からすると、今の警報も耳に入っていないのかもしれなかった。

 ―――――― ※ ―――― ※ ――――――

 いくら手を出しても、クモイの身体に拳が届かない――その焦りが、シロウの動きを大きくしていた。
 それを冷静に見定めるクモイ・タイチ。動きが大きくなれば、それだけ対処がしやすくなる。
「く、このっ……」
 業を煮やしたシロウの視線が、クモイ・タイチの下半身へ泳ぐ。
 案の定、蹴りを放ってきた。左太腿を狙ったローキック――を、膝を向けて打点を外して受けつつ、右足で深く踏み込んで、ガードの意識が緩んだ胸の真ん中に右肘を突き込む。
 ぐほ、と肺の空気を吐きつつ崩れ落ちるシロウ。
 そのまま真下からの右アッパーカットで顎をかち上げる。のけぞったところへさらに左の掌底を叩き込み、後頭部を砂地に叩きつける勢いで押し倒した。
 さすがに受身を取りきれず目を眩ませた隙に、その上に跨り、握り締めた拳を大きく引いて――

「タイチッ!!」

 空気ごと肌が震えるような大音声と気迫。
 思わずクモイ・タイチは凍りついたように動きを止めていた。
 声の主はイリエ師範。距離にして十数mは離れているが、その気迫――怒気はビリビリと感じられた。
「――師範?」
「そこまでじゃ! 稽古どころではないぞ!」
「? ――!?」
 怪訝そうに顔をしかめた時、鈍い爆発音が聞こえた。
 音の大きさから考えて、かなり離れている。岬の向こうの、いつも買い出しに行く町の方角――そちらに目をやると、奇妙なものが見えた。
「あれは……」
 考えている間に、シロウは立ち上がっていた。
「おい、クモイ。なんだ、あのオモチャみたいなのは」
 金属光沢に夏の陽射しを弾かせている、ビルより巨大なオブジェ。その足下から黒い爆煙が立ち昇っている。一瞬、前衛芸術によるカエルの彫刻かなにかかと思ったが、最近アーカイブドキュメントで見た映像が頭の奥で閃いた。
「確か……ビルガモだったか。以前、バルタン星人ジュニアが新マンと戦わせたロボットだな」
「なんでそんなもんが。しかも、こんなとこに。バルタン星人が攻めてきたってのか?」
 バルタン星人の円盤を探しているのか、空を振り仰ぐシロウ。
「……………………」
 考えている間にイリエたちも近寄って来た。
「クモイ師匠、避難命令が出ましたよ」
「シロウさん、早く逃げなくちゃ」
「稽古……というか、合宿もこれでおしまいじゃのぅ」
 残念さを滲ませるイリエに、たちまちシロウが不満げな顔を見せた。
「はあ? 何で終わりなんだよ。せっかく調子に乗ってきたところなのに」
「なんでって……シロウ、あのね? あそこは合宿の間の食料とか買いに行ってた町なのよ? そこで怪獣が暴れたら、もう買い物なんて出来ないじゃない。どうやって合宿続けんのよ」
「それに、怪獣災害が起きて被害が出たのに、悠長にこんなところでこんなことしてたら、地元の人たちに怒られるよ、シロウ君」
 しかし、シロウはそんな二人を鼻を鳴らしてせせら笑った。
「ははん。知るかよ、そんなこと。大体、こういう時のためにくるーがいずとかいう連中がいるんだろうが。そいつらが来て、あんなオモチャぱぱっと片付けてくれんだろ? ――なあ、クモイ」
 シロウの言葉に、全員の目が一斉にクモイの背中に注がれる。
 クモイ・タイチは会話に参加する様子もなく、じっと遠景のビルガモを見つめている。
「CREW・GUYSは来ないよ。少なくとも今すぐには」
 返事をしたのは、クモイ・タイチではなくカズヤだった。
 クモイ・タイチを除く全員の目が明確な疑問符を浮かべて、今度は彼に注がれる。
「都内にもう一体、あれと同じのが出て、そっちに出動してるんだ。日本全体でいうと、大阪にももう一体。こっちはGUYSオーシャンのイサナ隊が緊急出動してるって。それから、他にも世界中であれが出現してるって」
「なにそれ。……そういえば、世界中にネズミの怪獣が出てたのって、いつだっけ? ユミ?」
「合宿初日からだったと思うけど……。なんか今週、怪獣の出現が多いよね」
「いやいやいやいや、多いなんてもんじゃないよ。しかも全部ロボットなんだから。これは明確に何者かの意思が――」
「なんにしても、よ」
 カズヤの状況説明をぶった切って、エミはクモイ・タイチの背中を再び見やる。
「クモイ師匠はCREW・GUYSなんだから、もう出動しなきゃ、でしょ? 師匠がいないのに、シロウは誰と戦う気?」
「誰って……」
「ひょ?」
 イリエを指差したシロウに、三人組は激しく首を振りたくった。
「いやいやいやいや! シロウ、あんた大師匠を殺す気!?」
「無理無理無理無理」
「ダメダメダメダメ、シロウさん、それはちょっと……さすがにダメよ」
 一斉に否定され、唇を尖らせたシロウが口を開く前に、イリエが一歩進み出る。
「まあ、それはともかくじゃ。タイチ、ここはわしが預かる。お主は早う出動せい」
「そうです、師匠! あたしたちもすぐ避難しますから!」
「お仕事、がんばって下さい!」
「応援してます」
 しかし――
「いや、いい。オレは行かない」
 驚きのあまり声も出ない一同に、ようやくクモイ・タイチは振り返った。何かを秘めたその厳しい表情に、イリエの顔が曇る。
「オレは……この合宿前に、GUYSを辞めてきたからな」

 ―――――― ※ ―――― ※ ――――――

 都内M地区。
 ガンウィンガー、ガンローダー、ガンブースターの三機はビルガモの周囲を旋回しつつも、手を出しかねていた。
 都内M地区はいわゆる都会も都会のど真ん中。それゆえ、林立するビルの間を黙々と進むビルガモに対し、圧倒的な弾幕にものを言わせて牽制、方向転換を強制するわけには行かない。まして、周囲の避難誘導、検索も終わりきっていない現状ではなおさらだ。
 また、ビルガモ自体も何か目的を持っているのか、やたらに破壊活動を行うことなく道に沿って歩いているだけだった。
 不謹慎ではあるが、いっそ『こちとら地球侵略が目的だ』とばかりに暴れてくれていれば、こちらも緊急対処ということで応戦できるのだが。
 今のところビルガモの両腕、両肩、腰が削ったビルの壁、割った窓、看板、へこんだアスファルト、切断されたもろもろの電線、倒された街灯、電柱、街路樹、押し潰された中央緑化帯、踏み潰された駐車違反の車辺りが被害らしい被害だ。
 搭乗するCREW・GUYSの三名、ヤマシロ・リョウコ、セザキ・マサト、アイハラ・リュウは、ただその状況を見続けるしかない。
『……ねーねーセッチー。昔、こんなおもちゃなかった? ほら、ミゾのあるパネルの上をこーゆーのが動いてって、それが落っこちないように、パネルの方を動かすの。ええっと、チクタクなんとかって』
『あー。ははは、確かに。ずっと道沿いに歩いてますもんねぇ。見えなくはないかも』
「てめーら、たるんだ会話してんじゃねー!!」
 アイハラ・リュウの雷に、二人は首をすくめた。
「くそ……ゴンさん! ミオ! なんか手は無いのか!」
 シノハラ・ミオのウィンドウがパネル画面上に現われた。
『我慢してください。まだ周囲の避難が終わっていません。今のところビルガモが積極的な破壊行動を行わないおかげで、避難はスムーズにいっているんです。間違っても手を出さないでください』
「くそ……他のところのはどうなってる!?」
『お待ちください――神奈川H地区……津川浦の近くに出現した機体は現在、こちらに向かって進行中。状況はほぼこちらと同じです。地上部隊が状況を見てます。大阪は……今、大阪城公園でGUYSオーシャンのイサナ隊が戦闘を開始しました。しょっぱなにイサナ隊長がメテオール『スペシウム・トライデント』を放ちましたが、効果ありません。……敵の反撃開始されました』
「スペシウム弾頭弾三発まとめ当てのトライデントでも効かねえのか。……見た目どおり、面の皮は厚いってことだな。となると、やっぱり……とどめは」
『――隊長、津川浦って言ったら』
 セザキ・マサトの囁くような通信に、アイハラ・リュウは頷いた。
「ああ。あいつがいるな。……けど……」
 うつむいて、右手で胸を押さえる。内ポケットに入っているなにかの形に歪む制服。それは封筒のような形をしている。
「今は、ここにいない奴をあてにするな、マサト。オレ達で全部片付けるんだ」
『ねえねえ、たいちょー。ねえ、それ何の話? ここにいない奴って、タイっちゃんのこと?』
「あ」
 アイハラ・リュウはしまった、という顔をした。モニターの向こうのセザキ・マサトも口を押さえている。
 叫んでも囁いても、現状、全通信は全員にモニターされているのを忘れていた。
 たちまち、シノハラ・ミオのウィンドウがモニターに開いた。
『そういえば……休暇中のクモイ隊員からの連絡がまだありません。緊急時にはすぐ連絡を入れて、職務に復帰する規定のはずですが……隊長、ひょっとして……何か御存知なのですか?』
 問い詰めるメガネがギラリと光を放つ。
「い、いや、それはその……あいつは――そう。今、特別極秘任務に就いてて」
『そんな話は、聞いておりませんが』
『いやいやいやいや、そりゃあミオさん。なんてったって"特別"で"極秘"な任務だもの。ねー、隊長♪』
「そうそうそうそう。いや〜、この任務に参加させられなくて残念だ。実に残念だ」
『……な〜んか怪しいね、ミオちゃん。ねぇねぇ、ゴンさん、何か知ってるー?』
『いえ、なにも。……それより、今はビルガモのことが重要かと。隊長、ビルガモの戦術・戦力の解析報告を行いたいと思います。よろしいですか?』
 意図してかせずにか、話題を変えるイクノ・ゴンゾウ助け舟に、アイハラ・リュウは一も二もなく頷いた。
「あ、ああ。もちろんだ。そっちの方が大事だからな。――全員、きちんと聞いておけ」
 ヤマシロ・リョウコ、セザキ・マサトの応答を聞きながら、アイハラ・リュウはほっとため息をついた。

 ―――――― ※ ―――― ※ ――――――

「辞めたって、どういうことだ」
 クモイ・タイチに詰め寄ったのは、シロウだった。
 しかし、鼻を鳴らしたクモイ・タイチは腕を組んで、再び背を向けてしまった。
「オレの都合だ。お前に説明する必要は無い。それとも……オレがCREW・GUYSでないことで、貴様になにか問題があるのか」
「ある」
「なに?」
 怪訝そうに顔だけシロウに向ける。
 シロウは怒りを押し殺した表情で、クモイ・タイチを睨んでいた。暴発を恐れているのか、エミがさりげなくシロウの前に自分の肩を入れている。
「何があったか知らねえが、そんな簡単に地球を守ることを放り出すのかよ」
「フン。何も分かって無い奴が、口を挟むな。これは全てオレの問題だ。貴様を含めて、みんなには関係ない」
「ふざけんなっ!!」
 その激しい怒号に、ユミが思わず身を震わせた。カズヤが面食らい、エミが唇を引き結んだ。
「えらっそうに説教くれて、こんな真似までやらかしといて、地球守る仕事は放り出しましただぁ!? オレは地球を守る邪魔だからってんでこんなことさせられてんだろうが! 関係ないことあるかっ!! 第一、そんないい加減な野郎が、エミ師匠の師匠面してんのが一番気に食わねえ!」
「シロウ……」
 エミは思わず目元を潤ませる。
 しかし、クモイ・タイチは再び馬鹿馬鹿しそうに鼻を鳴らした。
「だったらなんだ。イリエ師範の仰るとおり、いい機会だからここで稽古も合宿も切り上げて帰るか?」
「それこそふざけんなっ!!」
 だん、と踏み出した足の周りの砂が衝撃で飛び上がった。
 そのまま、弓を引くように低く腰を落として構える。
「こんだけ馬鹿にされて、おめおめ帰れるかっ! 帰るにしたって、てめえをぶちのめしてからだ。その後、ついでにあのオモチャもぶっ壊してやる!」
「いいだろう。……オレも元よりそのつもりだ」
 言いながら、クモイ・タイチは初めて構えを取った。
 レスリングのスタイルから少し腰を下ろしたような姿勢。その目が細まる――緊張が高まる――エミが息を呑む――ユミが拳を胸に抱きしめる――カズヤがちらりと遠景のビルガモを気にする――
 さく、と軽い砂音を立てて、二人の間にイリエが立った。腰の曲がった背の低い老人が、生気溌剌たる若者の間に踏み込む様はある種の緊迫感を生む。ユミなどは止めるべきではないのか、と思わずエミを見やっていた。
 イリエはまず、シロウを見やった。
「シロウちゃん」
「止めるなジジィ!」
「止めやせんよ。ただ、忘れんようにな。みんなと交わした約束を」
「……え?」
 目をぱちくりさせるシロウに背を向け、クモイ・タイチを見やる。
「タイチ。お主も忘れるな。お主の決意と目的を。そのために、辞めてきたのじゃろ? じゃのに、さっきから拳に邪念が宿っておるぞ」
 こちらは表情を変えず、少しの間だけ目を閉じ――頷いた。
「…………はい」
「では、こっちの三人の面倒とこの稽古の立会いは、ワシが最後まで務める。もう好きなだけやり合うがええわい」
 イリエがその場に背を向け、二人の視界から消えた瞬間、二人は同時に踏み出していた。

 ―――――― ※ ―――― ※ ――――――

 肉と肉が相打つ鈍い響きが潮騒を掻き乱す。
 海岸から人の姿が絶えたのに、まだ残ってばかげた騒ぎをやらかしている二人を注意しようとやって来た、警察官とライフセーバー、管理組合の人たちはしかし、イリエの喝と二人の気迫に気圧され、渋々戻って行った。
 その間、エミ、ユミ、カズヤの三人は、目の前で行われている稽古と呼ぶには少々殺気のきつすぎる戦いから目が離せずにいた。
 シロウがカンフー映画のアクションスターばりに連撃連打を繰り出せば、鏡を合わせたようにクモイ・タイチも同じ動きで防御する。
 手刀拳打には同じ動きで打ち払い、ハイキックにハイキック、ローキックにはローキックを合わせて防ぐ。その動きはすでにケンカや試合というより、一定のリズムを刻むダンスのようになっている。
「やれやれ、ようやく二人の息が噛み合うてきおったな。――ほ、どっこいせ」
 人払いを済ませたイリエは、再び岩の下に腰を下ろした。
「さて、後は……どこを落としどころにするか、じゃのぅ。カズヤ君、ロボットの方はどうじゃ?」
 聞かれたカズヤは、額に手びさしを掲げてビルガモを見やる。
「………………ん〜……今のところ、ちょっとずつ移動してはいるようですけど……こっちへは来てないみたいです」
「ふむ。ならば、よいかの」
「でも……なんか納得できないな、こんなの」
 エミはさっきまでと同じように腕組みをして、仁王立ちのポーズのまま悔しそうに漏らす。
「あそこでは誰かが困ってるのに、それを放っておいてこんな……シロウには、その力だってあるのに」
「エミちゃん、シロウちゃんを殺す気かね」
「え?」
 エミだけでなく、ユミもびっくりしてイリエの横顔を見つめた。
「手加減や遊ぶことを知らず、油断もせんロボットの方が、今のシロウちゃんには敵として危ないとわしは思うんじゃがの。それに、本人は常々言うておろうが。ウルトラマンじゃない、とな。それとも、師匠として無理矢理戦わせるかね?」
「だったら……クモイ師匠はどうなんですか。あの人はCREW・GUYSのはずなのに」
「けじめ――じゃろうのぉ」
 呟くように漏らしながら、あごひげを軽く指先でしごく。
「けじめ? ……なんの? 困ってる人を見捨てて、シロウと戦うのがなんのけじめになるんですか」
「逆じゃわい。シロウちゃんに稽古をつけるために、GUYSを辞めたんじゃろ。考えてもみい。地球を守るGUYSの隊員が、地球の敵と見なされとる宇宙人に、戦う術を教えるのじゃ。ばれたら裏切り者だのなんだの、えらい騒ぎになるぞい。大問題じゃ」
「そんな! シロウはそんなのじゃないでしょ!? シロウはそんな分からず屋じゃない! きちんと話せば判ってくれるし、話し方次第では恩や意気に感じて――イリエのおじーちゃんだって知ってるでしょ!?」
「さてさて。じゃが……残念なことに、ワシの教え子の中にも、道を誤った末に柔道で人を傷つけた者はおる。道を誤らんでも、そうせざるをえんかった者もおる。まして、シロウちゃんのあの性格じゃ。なにかの弾みで、自分が教えた力で地球人を、いや、誰かを酷く傷つけたとしたら……師匠として、エミちゃんはどう思うかの? まして、自分の仲間が地球人を守る仕事についているとなれば、のぅ」
 問い詰められたエミは、腕組みを解いた。両脇にだらりと腕を垂らし、沈んだ表情で呟く。
「それは……そうだけど……でも……」
「あやつは昔っからそれなりに計算高い割りに、そういう筋の通らぬことの出来ん、難儀な性格でのぅ。変わっておらんわい。やれやれ」
 言葉とは裏腹に、イリエは目を細めていた。

 ―――――― ※ ―――― ※ ――――――

 神奈川H地区。津川浦近傍の町。
 突如出現したビルガモは、都内に現われた機体と同じく、特段の破壊活動を行うこともなく、道なりにゆっくり進撃を続けていた。
 踏み潰された駐禁車両が火を噴いて爆発、黒煙を上げる。出っ張った肩や腰に引っ掛けられた看板が路上に落ち、電柱がへし折れ、電線が引きずられる。
 人影の絶えた大通りを、ただただゆっくり突き進む巨大な金属の塊。
 そのオブジェじみた巨体が何を目指して移動しているのか、誰も知らない。
 ただ、その道の先は東京都心に繋がっていることだけは、確かだった。

 ―――――― ※ ―――― ※ ――――――

(違う、もっと……こう!)
 映画で見た映像が脳裏に瞬く。その通りに体を動かす――足を踏み出し、拳を突き出す。
 しかし、相手は映画の映像通りには動いてくれない。
 拳は空を切り、その出来た隙に回避不能な一撃――自分の映し鏡を見ているかのような、しかし、自分より切れ味も迷いも無い一撃を顔面に受け、態勢が崩れる。
(この……!!)
 この態勢が最も近い映画のシーンは……ボクシングのやつだ。ここから右拳を大回しに、相手の左脇腹へ――突き刺す!
 その通りに振るった拳は、またも空を切る。
 相手はいるはずの場所におらず、懐に踏み込んで来ていたからだった。
 そして、おのが右脇腹に突き刺さる衝撃。身体が横様に折れ曲がり、呼吸が止まる。さすがに膝が砕けた。
「が……はっ……」
 一瞬、視界が暗くなり、身体が落ちてゆく感覚――倒れる。
(――わたし、強くなっていくシロウさんが見てみたいです)
 ユミの声が聞こえた気がして、思わず足を踏ん張っていた。
 倒れたくない。倒れるところを見せたくない。
 膝が着くぎりぎりで落下を食い止めていた。
 その姿勢のまま歯を食いしばり、無理矢理足を伸ばす。
(そうだ、オレはまだ……強くなったところを、ユミに見せてない。そうだ、あの時と同じだ。オレの背中には……ユミがいる)
 脇腹に響いている激痛と、呼吸できない苦しみを奥歯で噛み潰し、構えを取る。
 現実のユミは、あの岩のところで、エミ師匠達と一緒にこっちを見ている。
 しかし、背中にユミがいるのも感じていた。
 これを、守り抜かなければならない。今度こそ。
(強くなって、シロウさん)
 風に鳴く風鈴のような声が、胸を吹き抜けた。

 ―――――― ※ ―――― ※ ――――――

(違う、そうじゃない! ……こうだ!)
 シロウが放つ攻撃が、いちいち以前見たことのある映画のワンシーンにダブる。
 クモイ・タイチはその一撃一撃を、殺陣の技としてではなく、格闘術の技として瞬時に再現してみせた。
 より正確に、より実戦的に、より強く。
 拳を繰り出せば、より早く、より強く――シロウの腕を、こちらの腕で弾き飛ばして拳を当てる。
 カンフーまがいに手足の攻撃を複雑に組み合わせて攻めてくれば、いちいちそれを同じ動きで一撃一撃を弾き飛ばしつつ当ててみせる。
 相手を倒すためではない。教えるためだ。
(そのレベルで模倣が出来ることは、評価してやろう。おそらくは、イリエ師範の仰っていた特殊な才能とは、つまりそこなのだな。だが、それだけでは「武」の「術」とはいえん!!)
 技比べで凌ぎ負け、一撃を受けて体勢を崩したシロウは、最後っ屁のように右フックを放とうとしている。
 クモイ・タイチは踏み込んだ。大振りな右フックだけに、懐に入ってしまえば当たらない。そして、同じフックをより小さく、より鋭く、シロウのがら空きになった右脇腹に――突き刺す!
 肺の空気を吐き出すような苦鳴を漏らして、横様に折れ曲がった。膝が砕け、倒れ込――
(見た技をコピーする能力……だが、それに頼りきり、その再現性にこだわるあまり、実戦ではまったく役には――)
「!」
 膝が砂地に突く寸前、シロウは踏ん張った。そこから無理矢理身体を伸び上がらせて、立ち上がる。
 荒い息を突きつつ、ファイティングポーズに戻る。
「……今のはいいのが入ったはずなんだがな。呆れるほどタフだな」
「るせー。……てめえに殴り倒されるのはいい。すぐに立つさ。けど、我慢できるもんを我慢せずに沈むわけにはいかねえんだ」
「なるほど………………そんなにオレが許せないか」
「当ったり前だっ! ……馬鹿にしやがって!」
 叫びとともに、左貫手が飛んでくる――追随する右の二の手が視界に映る。
 その貫手をこちらの貫手で弾き飛ばし、そのままシロウの胸元を鋭く突く。一瞬遅れて、二の手――逆の拳で顎をかち上げる。
 ここから先は、シロウの動きのトレース外だ。
 顔が仰向き、のけぞったシロウの、がら空きの胴に連打を叩き込む。
「む!?」
 その連打が、途中で止められた。
 シロウの両腕が、連打を繰り返す両腕を内側から弾き飛ばした。
(いかん!!)
 クモイ・タイチはほとんど本能的な動きで地面を蹴りながら、弾き飛ばされた両腕をすぐ胸の前で交差させた――その交差点に、シロウの揃えた掌底が叩きつけられた。
 踏ん張らず、自分で後方へ飛んだにもかかわらず、両腕の骨が激しく軋んだ。
(――それだ!)
 両腕に走る痛みを食いしばる頬が、少し緩んだ。
 誰の真似でもない、シロウ自身が放った、シロウ自身だけの理にかなう一撃。
 瞬時に、痺れの走った両腕の状況を判断する。骨に異常は無い。筋肉も無事。尾を引くほどのダメージは、ギリギリで食らわずに済んだらしい。
 空いた距離を詰めるべく、突進してくるシロウを体捌きでいなし、その腰を抱くようにして投げる。
 久々の投げ技は予想してなかったのか、戸惑った声を上げて空中を飛んだシロウは、派手な水飛沫を上げて海の中に沈んだ。
「――くそ!! やりやがったな!」
 水飛沫をはねのけるようにして立ち上がるなり悪態をつくシロウに、仁王立ちのクモイ・タイチは余裕綽々に腕を組み、睨みつけた。
「いい加減、お前の遊びに付き合うのも飽きてきた。そろそろ本気でお前を潰しにかかるぞ」
「なに!? ……う?」
 いつも通りに突っ込んでこようとしたシロウの出足が止まる。
 こちらの本気の表情に警戒したのか、それとも放つ殺気をようやく感じ取れるレベルに到達したのか。
 どちらであれ、やることは変わらない。
 クモイ・タイチは大きく一息つくと、シロウに指を突きつけた。
「……オオクマ・シロウ。貴様は重要なことを見落としている。それに気づかない限り、今日が明日でも貴様に勝ち目は絶対に訪れん」


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