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ウルトラマンメビウス外伝 RAYGA

 第4話 史上最大の逆襲 反逆のロボット怪獣軍団 その6

 翌日、午前中。
 GUYS日本支部フェニックスネストのディレクション・ルーム。
 正面パネルに、ネズミ怪獣ロボネズと世界各支部CREW・GUYSとの戦闘が、いくつものウィンドウを並べて同時に表示されている。
 それを制御するのはシノハラ・ミオ。
「――ごらんのように各支部の作戦は、各地の軍との協調や地域状況に会わせて様々に展開されていますが、最終的にはいずれもガンフェニックストライカーのメテオール、『インビンシブル・フェニックス』でレジストコード・ネズミ怪獣ロボネズを仕留めるという形で終了しています」
「……世界中に、それぞれの翼か」
 腕組みをして、口をへの字に曲げていたアイハラ・リュウはそう呟いて、つめていた息を吐いた。
「ま、ガンフェニックストライカーがGUYSの主力兵装として全世界に配備されたおかげだな、今回の勝ちはよ。なあ、ゴンさん?」
 話を振られたイクノ・ゴンゾウは、コンソールを叩く手を止めて頷いた。
「そうですね。エンペラ星人との決戦で、インペライザーに世界中の都市を蹂躙された記憶と、その一体を隊長たちが倒した成果(※)でもあります。インペライザーに通じるなら、たいていの怪獣に勝てると総本部も判断したのでしょう」(※ウルトラマンメビウス第48話)
「けど……ロボットとはいえ、同じ怪獣がこんなにたくさん世界中の都市に出現するなんて……。何が起きてるんでしょうかねぇ?」
 セザキ・マサトのもっともな問い掛けに答えられる者は、その部屋にはいなかった。
 沈黙の帳が落ちる。
「やっぱり……40年前と同じく、ネズミ星雲人の侵略――なのかな?」
 ヤマシロ・リョウコの不安げなセリフに、セザキ・マサトは苦笑した。
「リョーコちゃんそれ多分、ネズミ怪獣と混じってる。メシエ星雲人ね。メシエ」
「40年前の事例……ドキュメントM・A・Tにあります」
 シノハラ・ミオの指が走る。
 戦闘記録映像群の一番上に新たなウィンドウが開き、アーカイブ・ドキュメントが開く。
「このドキュメントでも推測とされてはいますが……前回、ロボネズがウルトラマンに倒された数日後、メシエ星雲人が出現し、交戦しています。また、それまでの間に、MAT隊員に対する暗殺目的のテロ事件が起きています。これは、当時の防衛隊の方で動機・手口ともに確認が取れているようです。狙われた隊員はいくつもの偶然が重なって、辛くも虎口を逃れたようですが」(※帰ってきたウルトラマン45話)
「やっぱりそうなると、これは――」
 セザキ・マサトの視線を受け、アイハラ・リュウも渋々頷く。
「ミサキさんからは決め付けるな、とは言われちゃいるが……これは誰が考えても、十中八九――」
 そのとき、メインパネルに新たなウィンドウが開いた。映ったのはサコミズ総監。そして、その隣にはミサキ・ユキの姿も。
 たちまち全員の眼がそちらに引き寄せられた。
『みんな、総本部から新しい情報が入った。今回の件は――』

 ―――――― ※ ―――― ※ ――――――

「メシエ星雲人の企みではない?」
 都心の超高層ビル最高階の執務室。
 黒い重役机を挟んで向かい合う馬道龍と郷秀樹の姿があった。

 時は、サンパウロで最後のロボネズが倒される少し前。

「どういうことだ、馬道龍? メシエ星雲人でなければ、誰があのロボット怪獣を操ってこんなことを?」
 問い詰める口調ではない。その表情が示すとおり、困惑していた。
 馬道龍は苦々しげな顔つきだった。
「君もジャックとしての記憶で、メシエ星雲人の母星の状況は知っているな?」
「ああ。自分達の超兵器実験により荒廃し、生存を脅かされている。彼らの侵略行為は、テロリスト星人のそれとは違い、主に移民先を探してのものだ。自業自得とはいえ、同情の余地もある。ただ、そのやり方が先住民に危害を加えるやり方ゆえに問題だ」
「生協構成員には、そういうヤクザなやり方を嫌って逃げてきたメシエ星雲人もいる。彼らから連絡があった。それによると、ロボネズ自体は確かに彼らが昔持ち込んだものらしい。本来は地球を自分たちのものにすべく各都市の地下に配備していたそうだ――が、まあ、色々あって、地球人との共存……というか、その間に隠れ住むことを選択して以後、凍結したままにされていたものだ」
「それがなぜ今?」
「今、解析してはいるが、彼らにもわかっていない。全ての機能を停止させていたものが、突然暴走したとしかな。ほとんど放置状態だった物だ。何者かが悪意を以って起動させた可能性も考えられなくはないが、ともかくメシエ星雲人の意思ではない。それだけは確かだ。ここ二十年は母星から新しい人員の来訪も無いから、本星のエージェントが入り込んだということもない。実際、今回の件は彼らにも何の益も無い。むしろ、生協内でも無用の争いを引き起こしたとして、立場が危うくなっているほどだ」
「なるほど……だが、なぜそれをわざわざオレに?」
「今の話を、地球人に、GUYSに知らせてやってほしいのだ。ウルトラマンとして」
「なに?」
 馬道龍は重役机に額を押し当てた。
「頼む。いまや、この星のマスコミは宇宙戦争だなんだとやかましい。GUYS内部ですら、その意見に流されつつある有様だ。だから、我々地球に隠れ潜む者たちの安全のためにも、この重要な情報を伝えねばならん。しかし、確実な手段が無いのだ。私は正体を明かすわけにもいかんし、GUYSとて今回のような状況では、匿名の情報を鵜呑みにするわけにはいかないだろう。かといって、いつものような回りくどい情報操作では、手遅れになる可能性もある。なにかの間違いで、地球人の社会に紛れ込んでいるメシエ星雲人たちのことがバレたら、今の状況ではお互いに血を見る可能性がある。そうなれば……ウソが本当になってしまう。頼む。助けてくれ、ウルトラマン」
「ふむ……」
 頷いて聞いていた郷秀樹は、最後にもう一つ深く頷いた。
「わかった。地球人には私の方から伝えておこう」
「……すまん、恩に着る」
「その代わり、暴走の件は必ず原因を突き止めて知らせてくれ」
「わかっている。生協の全力を挙げる」
 顔を上げた馬道龍は、真剣そのものの眼差しで頷き返した。

 ―――――― ※ ―――― ※ ――――――

 フェニックスネスト・ディレクションルーム。
『――というわけで、他ならぬウルトラマンからの情報だ。GUYS総本部総評議会はそれに基づき、本件を過去に地球へ侵入した星人の遺物が誤作動を起こしたもの、との判断をとりあえず下した』
 サコミズ総監の以って回ったようなその言い草に、ヤマシロ・リョウコが首を傾げる。
「総監、とりあえずって? 全面的には信じてないってこと?」
『そうじゃない。だが、判断はウルトラマンの情報を鵜呑みにしてではなく、地球人が自ら得た情報を総合して下すべきものだ。今、各国の現場で回収されたロボネズの破片や部品を各支部の科学班が全力を挙げて解析している。ウルトラマンの情報を裏付ける証拠が見つかれば、その判断が確定することになる。回りくどいと思うかもしれないが、今回の件は未曾有の事件だ。慎重に慎重を重ねて判断する必要がある。すまないが、君たちももうしばらくは緊急事態態勢で待機していてくれ』
 一同の『G.I.G』がディレクション・ルーム内に響いた。

 ―――――― ※ ―――― ※ ――――――

 同日同時刻。
 宇宙空間某所。

 暗がりの中に、いくつもの計器類が明かりとして浮かび上がる空間。
「……作戦の第一段階は終了」
 感情の宿らぬ口調。抑揚の無いしゃべり方。その姿はしかし、暗がりに隠れて見えない。
「本星系第三惑星の人類・通称『地球人』の戦力はどうか」
 別の者の口調も、先に口を開いた者同様、人間らしさの感じられない冷たいものだった。
「大陸各地の人口密集地に隠蔽された、メシエ星雲人の旧式兵器に対する反応からデータ採取。解析。――終了。戦力配置、戦力値確認。誤差、許容範囲内。現時点に置ける作戦の変更は必要ありません」
「文明の反応はどうか」
「地球人の文明が発信している電波を受信、解析。――終了。計画通り、メシエ星雲人への敵意増大中。星間戦争への突入可能性……5%」
「低いな。理由は?」
「解析。――終了。メシエ星雲人母星を攻撃できる兵器の有無不明。及び、地球側はメシエ星雲人母星の位置情報を知らないようです」
「これだから低レベル文明の人類は困る。まあよい。宇宙警備隊の動向はどうか」
「現時点での地球上における宇宙警備隊隊員の存否、不明。作戦第一段階時での出現は確認できず。光の国・宇宙警備隊による当方への警戒行動等、特段の動き無し。本隊も今のところまだ交戦には至らず、潜行進軍中」
「では、続けて作戦の第二段階へ移行」
「了解。潜入工作員へ通達。作戦第二段階へ移行。……各機発進。各方面よりプログラム電波発信開始」

 ―――――― ※ ―――― ※ ――――――

 衛星軌道上、GUYSスペーシー・宇宙ステーション基地。
 当直のレーダー・通信管制の隊員は、妙な電波の受信に顔をしかめた。
 一定のパターンの波形が重なって続く、今の地球上にはない電波形式。
 砂嵐の中に時折混じって聞こえる声のようなもの。
 報告を受け、それを確認したGUYSスペーシーの隊長は、現状に鑑み、その電波によって送られてくるデータがが異星人からの宣戦布告、もしくは昨夜からの異常事態に関係する何らかの情報である可能性を考慮、直ちにそのデータを基地のメインコンピューターにより解析にかけた。

 その瞬間――

 ―――――― ※ ―――― ※ ――――――

 同日午後4時半。

「GUYSスペーシーの基地機能が麻痺!?」
 GUYS日本支部・フェニックスネストの総監執務室にて、連絡を受けたサコミズ総監の表情は硬張っていた。
 別件で訪れていたアイハラ・リュウ、ミサキ・ユキの表情も浮かない。
 通信の相手はGUYS総本部のタケナカ最高総議長。ディスプレイに映るその表情は、いつもにまして厳(いかめ)しい。
『そうだ。謎の電文――いや、宣戦布告と思われる音声データを解析するため、ステーションのメインコンピューターにかけたところ、世界最高水準の防壁を擁していたにもかかわらず、あっという間に侵食され、乗っ取られたとのことだ』
「それで、ステーションは大丈夫なのか?」
 外見上の年齢は親子ほど離れているが、同い年のサコミズは、公式の場でなければタケナカ総議長との会話に敬語を使わない。
 タケナカ総議長は頷いた。
『うむ。幸い、総本部で研究中だった新型メテオール『サイバー・リストラクション』を緊急発動し、ステーションのメインコンピュータを攻撃寸前の状況に復元しているところだ。少し時間はかかるがな』
「サイバーリストラクション?」
『詳しい話はわしに聞かんでくれ。技術者の説明では、コンピュータの諸機能を任意の時点の状態まで巻き戻す機能だそうだ。物理的限定的な時間の巻き戻しに近いため、ウィルスの紛れ込みや潜伏もありえないとか何とか……わしも自分で言っていてよくわからん。孫のアヤならわかるのかもしれんが』
「それで、影響は?」
『ステーションの生命維持機能はギリギリのところで守られた。だが、ステーションの全機能を乗っ取られていた相当時間中に、宇宙からの侵入があったことが地上の各支部のレーダーサイトからの報告でわかっている。そして、現在においても宇宙防衛システムはダウンしたままだ』
「つまり、全て計画的な攻撃ということか。ロボット怪獣を操って混乱を起こし、緊張を増幅させ、宣戦布告と見せかけてウィルスを送り込み、地球の防衛網をこじ開けて、本隊を送り込む……実に巧妙で、手際がいいな」
『サコッち……今回の敵は、これまでの敵とは違うぞ。正直、次にどんな手を打ってくるか読めん』
「おいおい、参謀本部出のお前がそれでは困るじゃないか。しっかりしろよ」
 旧来の親友の苦言に、画面の向こうで世界最高指導者の一人が苦笑いを浮かべる。
『まったくだ。わしも年かな。――冗談はさておき、くれぐれも気をつけてくれ』
「ああ、わかってる。日本は大丈夫だ」
『うむ。サコッちの口からその言葉を聞ければ、安心だ。……んん?』
 タケナカ総議長の背後に、秘書官らしき人物が現われ、耳打ちをする。
 ほぼ同時に新しいウィンドウが開き、シノハラ・ミオが映った。
『サコミズ総監、アイハラ隊長はおられますか!?』
「どうしたの?」
『怪ロボット出現! 場所は――都内M地区! ライブ映像回します!』
 報告を聞いたアイハラ・リュウも慌ててサコミズ総監の横へ回り込み、ディスプレイを覗き込む。
「……なんだこりゃ」
 新たに立ち上がったウィンドウに映ったのは、奇妙な物体だった。
 昭和世代のサコミズ総監の脳裏に浮かんだ一番近い形容は、『昔懐かしブリキのロボット』。
 平成世代のアイハラ・リュウの脳裏に浮かんだのは『古臭いポリゴンゲームのキャラ』。
 その奇怪な姿を説明するのは困難が伴う。
 一升枡(約15×15×8cm)の中に500ml型紙パックを立て、その上に小型の双眼鏡を載せる。双眼鏡のレンズの間には、2cmほど飛び出すように耳掻きを立て、パック正面にお猪口より大きめの盃を伏せた形で、両側面には二股フォークでも貼りつけてやれば、おおよそ同じ形状のものが完成するだろう。
 足はそれこそ、ぜんまいで歩行する昭和中期のブリキのロボットによくある、底の広いすり足式の足。膝関節というものがなく、全身に占める脚の長さの割合は2割に届かぬほど短い。
 ちなみに、材質は宇宙金属らしく、その全身は金属光沢に輝いている。
 それが街中をじりじりと進んでゆく姿は、悪夢のようだった。宇宙人の侵略というより、オモチャの世界からの侵略と言われた方が納得できる。
『アーカイブに同種族……もとい、同型機のデータが記載されています』
 イクノ・ゴンゾウの画面も割り込んできた。
 さらにアーカイブ画像のウィンドウも開く。そこには、ライブ映像と同じ物が映っていた。
 画面の端に、別の写真も写っている。頭部が二つに割れ、両手がハサミ状の特徴ある姿の宇宙種族。
「……これは……バルタン星人?」
『はい。ドキュメントM・A・Tに記載があります。バルタン星人ジュニアが作り、ウルトラマンジャックと戦わせたロボット怪獣ビルガモです』(※帰ってきたウルトラマン41話)
 そういえば、大きな目に似た頭頂の発光部といい、胴の真ん中の突起(工作でいうと伏せた盃の部分)といい、このロボットの外見はどことなくバルタン星人の顔に似ている。両手の先も二股だ。
「ちょっと待って、イクノ隊員!」
 ミサキ・ユキはアイハラ・リュウとサコミズ総監を押しのけるようにしてディスプレイの前に陣取った。
「ひょっとして、これが宇宙から侵入した飛行物体の一つなの?」
『いえ。都内M地区の廃ビルの中から、突如出現しました。頭部の目に見えるような部分と、両腕はどこからともなく飛んできたものですが……宇宙からの侵入機は――いずれも太平洋上で消息を絶っています。時間的にも、アーカイブから読み取れる性能的にも、ビルガモがそれらの中の一つとは考えがたいですね』
「……ビルの中から、ですって?」
 困惑げなミサキ・ユキの脇で、サコミズ総監とアイハラ・リュウも顔を見合わせていた。
『擬装を解いて出現した、という方が正確かもしれません。かつてのビルガモもそうだったと、アーカイブに記述があります。ともかく、ビルガモは現在都心へ向かって進行中。このまま進めば、甚大な被害の出る恐れがあります』
 ライブ映像がビルガモを背景に逃げ惑う市民の姿を映し出す。
 サコミズ総監とミサキ・ユキも顔を見合わせ、頷き合った。
「わかった。市民の避難は関係各所とGUYSの地上部隊の連携で行う。CREW・GUYSは直ちに出撃し、ビルガモの進行を阻止するんだ」
『G.I.G』
「G.I.G」
 画面の向こうのイクノ・ゴンゾウ、シノハラ・ミオの返事に、アイハラ・リュウの声が重なる。
 踵を打ち合わせ、敬礼したアイハラ・リュウは、足早に総監執務室を出て行った。

 ―――――― ※ ―――― ※ ――――――

 同時刻、津川浦海水浴場。

 今日はBGMもなく、クモイ・タイチの前にはシロウが立ちはだかるのみ。
 エミとユミは岩の前に並んで、この戦いの成り行きに固唾を呑んでいる。
「シロウ……今日の勝ち負けは、クモイ師匠を倒せたかどうかじゃない。この合宿でどれだけ根性つけたか、どれだけ学んだか……それが出せたら、シロウの勝ちだよ。クモイ師匠の持ってる引き出しを一つでも多く引っ張り出して、片っ端から盗んじゃえ」
「シロウさん……シロウさんの本気、見せてください」
「ひょほほ、間に合ったようだの」
 そう笑いつつやってきたのは、サングラスをかけたイリエだった。
 背中を丸め、杖を突き突きやって来た老人の姿は、どことなく某武闘派の仙人様を思わせる風格がある。
「大師匠? 夕食の買い物はいいんですか?」
「カズヤ君に任せてきた。それより、今日は色々面白いものが見られそうじゃからのぅ」
 ほっほっほと笑って、岩陰に腰を下ろした。
 エミは睨み合う二人から視線をそらさず、イリエに訊ねた。
「シロウは……勝てると思いますか」
「武の道は一日にして成らず、じゃからのぅ。ま、普通に考えれば無理じゃの。武道武術の道とは、それほど甘いものではないわい」
「そう……ですよね」
「じゃがのう……」
 思わせぶりに白いあごひげをしごき、にんまり頬笑む。
「シロウちゃんがきちんと努力をしておれば、あるいは一泡ふかすことぐらいは出来るやもしれん。シロウちゃんには、特別な才能があるようじゃからの」
「特別な才能?」
 再び、ほっほっほと笑って答えをはぐらかすイリエ。
 二人が話している間に、クモイ・タイチとシロウの睨み合いは終わろうとしていた。

 ―――――― ※ ―――― ※ ――――――

 フェニックスネスト・ディレクションルーム。
 緊急事態警報のけたたましい音が鳴り止まない。
 フォワードも含めた全員がそれぞれのデスクの前に座って、情報処理に追われている。
 総監執務室から戻ってきたアイハラ・リュウは、踏み込むなりその喧騒に思わず立ち止まっていた。
「――なんだ、何の騒ぎだ!? ミオ、報告しろ!」
 これまでにないほど緊迫した表情でコンソールのキーボードを叩いていたシノハラ・ミオは、きっと睨みつけるような眼差しで隊長を見やった。
「レジストコード・ビルガモ、神奈川H地区、大阪F地区にも出現!」
「同時に三体だと!?」
「いえ、それどころではありません!」
 イクノ・ゴンゾウがこちらも緊迫の度を深めた口調で追補する。
「世界中で同時に出現しています。北京、シンガポール、サンフランシスコ、ブラジリア、カイロ、ミュンヘン……。ロボネズの時の時間差は一切ありません! 日本と同じく、複数出現している地域もあり、各支部パニック寸前の状態です!」
「なんだってんだ! ――くそ、マサト、リョーコ! ガンフェニックストライカーで出撃だ!」
「G.I.G!!」
「G.I.G!!」
 二人はデスクを離れ、自分のヘルメットを小脇に抱えて立ち上がる。
「ゴンさん、サポート頼む。ミオ、状況報告と分析、頼む」
「G.I.G」
「G.I.G」
「敵は三体。幸い、お互いの距離は離れてる。都内M地区のをやった後、神奈川、大阪の順で――」
『大阪はこっちに任せなよ』
 ふいにメインパネルをジャックして、ウィンドウが開いた。
 そこに映るのは青を基調にしたGUYSの制服を着た少しキザめの二枚目。
『おっひさー。アリゲラの時以来だな』(※ウルトラマンメビウス第38話)
「GUYSオーシャンのイサナ!? ――隊長」
 驚くアイハラ・リュウにイサナは、親指、人差し指、小指を立てたサインを見せた。
『おおっと。お互い隊長なんだ。野暮な肩書きつけて呼ぶのはやめにしようぜ、リュウ』
 旧友に会った喜びに、お互いの頬が緩む。
 アイハラの背後では、かつてオーシャン所属隊員だったイクノ・ゴンゾウが目礼を返していた。
「相変わらずだな。――で、いいのか!?」
『ああ。うちの部隊はちょうど今、紀伊水道にいてな。どっちにしろ未曾有の事態だ、ここはいちいち上にお伺い立てるより、現場でツーカーしちまったほうが早いんじゃねーの、と思ってさ。で、どうよ?』
「こっちは願ってもない話だが……大丈夫か? レジストコード・ロボネズよりは骨がありそうだぜ?」
『なぁに、何とかしてみせるって。そんじゃま、あとで久々にそっちへ遊びに行くんで――ヨロシクぅ』
 再び得意のハンドサインを見せて、通信が落ちる。
 アイハラ・リュウは室内を見回して、力強く頷いた。
「よぉし、大阪はGUYSオーシャンに任せるぞ。けど、オレ達も負けてらんねぇ。都内と神奈川、とっととジャンクにしてやんぜ! ――GUYS・サリー・ゴー!!」
 ディレクションルームにG.I.Gの唱和が響き渡った。

 ―――――― ※ ―――― ※ ――――――

 クモイ・タイチの構えは、肩の力を抜いて、両腕を脇に自然に垂らした、いわゆる『無形の位(むぎょうのくらい)』とか『八方破れ』と呼ばれる、構えない構え。
 シロウの構えは肩の高さに掲げた右手刀をやや前に、左拳を同じ高さで胸の方に引いた構え。それは奇しくも、ウルトラマンジャックを鏡に映した構えだった。
 やがて、シロウから動いた。
 すすっと忍び寄るようなすり足で間合いを詰め、牽制の左ジャブ、そして右ストレート。
 クモイ・タイチはジャブを右手ではたくようにして弾き、ストレートもその内側から払い上げるようにして流した。そのまま、軽い動作で前蹴りを放つ。
 軽く後方へ飛んで躱すシロウ。
 開きかけた間合いを、今度はクモイ・タイチが詰める。深く踏み込みつつ、右肘を突き出してシロウのみぞおちを狙う。
 躱せぬと見たシロウは、その肘を真横から右掌底で突き飛ばした。その動きに連動して、右の膝蹴りをクモイ・タイチのみぞおち目掛けて放つ。
 しかし、クモイ・タイチも肘を弾かれた動きをそのまま利用してその場で一回転し、左手の掌底でその膝を叩き落とした。ついでに、その流れのまま最短距離を走る直線的な回し蹴り。
 シロウの視界の外から左首筋を狙ったその踵は、しかしクモイ・タイチの狙いを外れてシロウの左肩に命中した。最後の回し蹴りに反応して、腕で防ごうとして、間に合わなかったらしい。
 シロウはその態勢のまま、一跨ぎほどの距離を横にずれた。
 そうして再び間合いを取り、最初の構えに戻る二人。
 立ち上がりの攻防は、合宿始まって以来――いや、この二人が手合わせを始めて以来、初めて実に大人しく、そして恐ろしくまともに始まった。

 ―――――― ※ ―――― ※ ――――――

「シロウが……まともに防御してる!!」
 心底からの驚きの声を上げるエミ。
 その傍らに座り込んだイリエも、興味深そうに片眉を下げた。
「ふむふむ、稽古の効果が出とるのぅ」
「そういえば……大師匠、朝の稽古ではシロウにパンチ以外では防御の技しか教えてませんでしたよね。あたしたちにはちゃんと大外刈りとか一本背負いとか、丁寧に教えてくれたのに。どうして投げ技とか教えなかったんですか?」
「そんなものは、ワシが教えんでも覚えるからの。その気になれば、シロウちゃんは一晩でワシと寸分違わぬ形で投げを打てるようになる」
「……はい?」
 聞き間違えたかと、思わず眉をしかめたエミ。しかし、イリエはそんな疑問に答えることなく続けた。
「タイチは昔っから不器用なやつでなぁ。受けと取りでは、受けが格段に苦手じゃった」
「ええと……それって柔道用語で、受けが投げられ役で、取りが投げる方でしたよね、確か」
「そうじゃ。それゆえ、教える側に回った時に、細かく辛抱強い指導を面倒くさがってこういう形になる。ま、指導の形は人それぞれじゃから、それは構わんが……まったくの素人であるエミちゃんやシロウちゃんに、この乱取り稽古はちと敷居が高い指導じゃの」
「だから、とりあえず身を守る術を、ということですか?」
「うんにゃ」
 途端に、イリエはにひっと企み顔で笑いを浮かべた。
「とりあえず、ではないぞ。きちんとタイチの指導が効果を出せるように考えておる。もっとも、タイチの奴は気づいておらんようだがのぅ」
「けど……守るだけでは、勝てない――ですよね?」
「やれやれ、エミちゃんもそんなことを言いおるのか」
 ため息を一つつく老師に、エミは怪訝そうな目を向けた。
「あやつもそうじゃが、エミちゃんもまったくシロウちゃんを見ておらんのぅ。師匠がそれでは、先が思いやられるわい――まあ、見てなさい。タイチが初心に戻れば、シロウちゃんはこの稽古で化ける」
「クモイ師匠が初心に……? シロウが化ける……? それは一体……」
「ほい、来たぞ」
 イリエの声を合図にしたかのように、二人が再び打ち合い始めた。
 今度はさっきのような様子見・探り合いの手合わせではない。さっきより打ち込む拳にも、蹴りこむ足先にも殺気と気迫のこもったやり取り。二人の間で重なる腕と腕、脚と脚、肩と肩――その間で響く重い音がただごとではない。
「ふぅむ」
 唸ったイリエは、不満げに眉根を寄せていた。
「いかんのぅ……やはり、タイチのやつ……自分を見失っておるようじゃの」


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