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ウルトラマンメビウス外伝 RAYGA

 第4話 史上最大の逆襲 反逆のロボット怪獣軍団 その5

 翌朝。
 リビングルームから姿を表わした四人の雰囲気が、がらりと変わっていた。
 朝食の皿を四人分抱えたユミがまず廊下に出て、その後からシロウとエミが出て来た。
「やるよ、シロウ」
「合点だ、師匠。行ってくんぜ、ユミ」
「お皿は私が洗っておくから。頑張って、シロウさん。エミちゃん」
 その声に、シロウは右拳、エミは左拳を掲げて背中で応える。
 二人が向かったのは柔道場――その隅にある大鏡。
 時刻は朝8時。イリエの稽古が始まるには、まだ一時間ほどある。
 本来投げ方などをチェックするその鏡の前に並んで立った二人は、両拳を握り――なぜかシャドーボクシングを始めた。見よう見まねもいいところな、不恰好なやり方で。

 その頃、カズヤはネットに繋いだノートパソコンと向かい合っていた。
「ええと……あ、あったあった。これを購入して、と。確か事務室にCDラジカセがあったから、これをCDに焼いて、ええと、あとは乾電池か。それも事務室にあるかな?」

 ―――――― ※ ―――― ※ ――――――

 朝9時。
「……あれは、なんです?」
 柔道場の入り口で、クモイ・タイチは苦虫を噛み潰した。
 まったく基本のなってない、シャドーボクシングというよりは、ダンシングな動きを必死の形相で繰り返す二人の背中。しかも妙にノリノリで、一通り済むと二人してヤンキーみたいな気勢を上げてハイタッチをしている。
 柔道着に着替えたイリエは、そんなクモイ・タイチとは対照的ににこにこ笑っている。
「昨日は徹夜で何か勉強しておったようだのぅ。ひょっひょっひょ……まあ、なんにせよ、稽古の前から体を動かすのはよいことじゃ。それから、タイチ」
 じろりと傍らのかつての弟子を見やる頬に、悪戯っぽい笑みが宿っている。
「今日の午後の稽古、楽しみにしておれ。今日からワシも本気でお主に勝つ方法を、あやつらに教えるでな」
 クモイ・タイチもにやりと頬を緩めた。それは、それでも勝てるという余裕の笑みか、少しは楽しめるかもしれぬという希望の笑みか。
「望むところです。それでは、私は昼食の買い物に行ってきます」
 クモイ・タイチが玄関に向かうのと入れ替わりに、柔道着に着替えたカズヤとエミがやってきた。
「あ、クモイさん、イリエさん。おはようございます」
「おはようございま〜す」
 律儀に足を止め、ぺこりと頭を下げるエミにつられ、カズヤもその後ろで足を止め、頭を下げる。
「おお、おはようさんじゃの」
「ああ。今日も怪我をしないようにな」
「はい、ありがとうございます。……あ、ところでクモイさん。お願いがあるんですが」
 玄関に向かいかけていたクモイ・タイチは、ユミに呼ばれて振り返った。
「なんだ? アキヤマがお願い? 珍しいな。お昼のメニューか?」
「あの、午後の稽古のことで」
「稽古? ……昨日のことならオレは――」
 少し表情が険しくなったクモイ・タイチに、慌てて首を左右に振りたくる。
「違います違います。違うんです! あの……午後の稽古で、音楽とか鳴らしていいですか?」
「音楽?」
 怪訝そうな顔をするクモイ・タイチに、今度はカズヤが進み出る。
「ほら、野球選手のキャンプとかでも鳴らしてるみたいにですよ。気持ちを高揚させて、身体の切れを良くしたりする効果があったりなかったり」
「必死の稽古中に、音楽など聞いている暇があるとは思えんな。それにそんな余裕があるようでは、まだまだ追い込みが足りん」
 にべも無い返事に、顔を見合わせる二人。
「まあ、そう言うでないタイチ」
 助け舟を出したのは、イリエだった。
「こやつらなりに何か考えがあるのじゃろう。お主がどうしても稽古の邪魔になると思うのなら仕方ないが、あってもなくてもよいのなら、認めてやってもいいのではないかの?」
「まあ、確かにそこまで否定するほどのことはありませんが……わかった。鳴らすのは構わん。ただ、あまり迷惑になるようなものは流すなよ?」
「もちろんです」
「やったぁ! イリエ先生、ありがとー!」
 喜びのあまり、イリエの両手を取ってぴょこぴょこ踊るユミ。イリエもなんだか楽しそうにそれに合わせて踊っている。
 それに少し首を傾げて背を向け、クモイは今度こそ玄関へ向かった。

 ―――――― ※ ―――― ※ ――――――

 午後2時。
 昼食も終わり、道場では四人の弟子が布団に突っ伏していた。
 昨晩の睡眠不足から、誰ともなく倒れこみ――ものの数秒で全員が寝息をたて始めたのだった。
 やがて、そのうちの一つがむくりと身を起こした。
 他の三人をじっと見やり、そのうちの一人の傍へ近づいてひざまづく。
 無防備に四肢を放り出してすぅすぅ寝息をたてているのは、エミ。
 エンジ色のノースリーブのシャツに包まれたそこそこ盛り上がった胸が、わずかに上下している。
 その胸に向けて、掌が差し延ばされ―― 

 ―――――― ※ ―――― ※ ――――――

 柔道場で起きていることを、イリエは入り口の影からじっと見ていた。
 そして、満足げににっこり微笑んで頷くと、そっとその場を離れた。 

 ―――――― ※ ―――― ※ ――――――

 午後4時半。
 昨日よりやや人気の少なくなった津川浦海水浴場に、つけっ放しのテレビからキャスターの声が垂れ流されている。

『一昨日の夜から出現している怪獣は、いずれも「ロボネズ」であるとの発表がGUYSから――』
『この怪獣は過去、メシエ星雲人という異星人の尖兵であったとする情報があり――』
『こちらイスタンブールです。本日出現した7体目のロボネズにより、市街地に相当の被害が――』
『GUYSジャパンのトリヤマ補佐官による、これはメシエ星雲人による大規模侵略ではないかとの発言が物議をかもしており――』
『ミサキ総監代行は、いかなる敵対的存在からもいまだ犯行声明に類する通告はないとの――』
『GUYS内での見解の相違に、市民は不安の声を――』

 ジャージ姿で小走りに、不恰好な(それでも朝よりは幾分ましな)シャドーボクシングをしながら走ってくるシロウとエミ。その後ろを、CDラジカセを持ってよたよたついてくるユミ。
 どの表情も、昨日より気合が入っているのを、岩の上に仁王立ちになったクモイ・タイチは見ていた。
「……なんだ?」
 今日は声をかけられるより早く、岩の下へ飛び降りて一行を待つ。
 周囲には昨日と同じく、遠巻きに好奇の眼差しが並んでいる。
「――クモイ師匠、今日もお願いします!」
 まず、エミが直立不動になって頭を下げる。すると、驚いたことに、シロウまでそれに続いて同じように頭を下げた。
「お前ら……一体」
 疑問を口にするのもはばかられ、首を振る。
「まあいい。やる気があるのは結構なことだ。……ルールは昨日と同じ。あと、アキヤマ」
 遅れてやってきたユミに目を転じる。
「は、はい」
「そのラジカセはあの道場の備品だから、今日はそれでは殴るなよ」
「はい」
 元気よく頷くユミに、クモイ・タイチはそれでも一抹の不安を拭えぬ表情でため息をつく。
「……で、今日は音楽を流しながらやるんだったな」
「え? そうなの?」
 エミは驚いた様子で、ユミを見やる。
「そのCDラジカセ、クモイ師匠の指示かと思ってた」
「ううん、ヤマグチさんが考えたの。絶対役に立つからって」
 ユミはえっちらおっちら岩の下にCDラジカセを設置した。ジャージの中から取り出したCDをセットし、電源を入れる。音量は7に合わせる。
「音楽が? なんで?」
 エミだけでなく、シロウも胡散臭げにユミを見ている。
「うん。じゃー……音楽スタート!」
 なぜか妙に嬉しげに、ユミは再生ボタンを押した。
 そして、そのサウンドが流れ出した。

 ―――――― ※ ―――― ※ ――――――

 高らかに鳴り響く、ファンファーレ調のトランペット。スタッカートを切りながら、どこまでも昇り詰めてゆくそのイメージ。
 否が応でも高まる闘争心。
 周囲の人垣がざわめく。
「……ッキーのテーマ?」(※脱字ではありません)
「だよね」
「今日はBGM付きか」
「頑張れ女の子!」
 最初のフレーズを聞いたシロウとエミは、たちまち目つきが変わった。
 率直な表現をするなら、闘魂に火がついたというべきか。
 二人はむしりとるようにジャージの上を脱ぎ捨てた。下は脱がず、両拳を胸の前で握り締めて構える。
 不恰好ではあるが、確実にボクシングのスタイルだ。
 その姿に、相対するクモイ・タイチは複雑な表情をしていた。
「……アイデアは買うが……気持ちだけで勝てたら、修行は要らんっ!!」
 虎が咆哮するような一喝に怯むことなく、二人はガードを上げてクモイ・タイチの間合いに突っ込んだ。

 ―――――― ※ ―――― ※ ――――――

 同日夜8時。
「……ッキーのテーマにあいおぶざたいがーのコンボでも勝てなかったか……」
 腕組みをしたカズヤの前で、布団に横たわるシロウとエミ。
「うう……でも、昨日よりは追い込んだ……気がする」
「くそぅ……途中でジャージがあんなに重くならなければ……」
 ズボンを穿いたままだった二人は、海中戦に持ち込まれた途端、運動量が激減し、結局昨日と同じようにいいようにあしらわれたのだった。
 結局、最後は少々卑怯な手でクモイ・タイチを倒した。
 自分には手荒な真似はしない、と気づいたエミがクモイ・タイチの腰にしがみつき、さらにエミの背後からシロウが組み付き、得意の怪力を生かして二人ともを引きずり倒――そうとしたのだが、クモイ・タイチの足腰が予想以上に強く、踏ん張られたため、シロウも意地になって踏ん張り返したところ、三人の足元の砂地が大規模に滑り、全員海中にひっくり返ったという結末。
 クモイ・タイチが尻モチは尻モチだ、と苦々しく宣言して稽古は終わったのだが、せっかく見よう見まねで身につけたボクシングも通じなかったことに、内心二人とも少なからぬショックがあった。
「せっかく徹夜で1から4まで通しで見て、そのうえ朝の稽古でもイリエ師範がパンチの打ち方、教えてくれたのになぁ」
 心底残念そうに呟き、空中へ向かって拳を繰り出すエミ。
 確かにそれは、脇を締めて腰を回す、朝よりは形になった拳打ではあった。
「けど、オレはかすったぜ。何発か」
 シロウは手応えを思い出すかのように、自分の右拳を見つめている。
「前の時や、昨日なんかかすりもしなかったのによ」
「うん。わたしも傍で見てて、今日のシロウさんはちょっとかっこよかったです。なんていうか、動作がきびきびしてて」
 二人の頭側に座り、ゆっくり団扇をあおいでいるユミも嬉しそうに微笑をこぼしている。
 そこで、カズヤがあぐらをかいた自分の両膝を、手で打ち叩いた。
「さて、二人とも。今日の反省を踏まえて、次のプログラムがあるんだがね?」
 二人は、がばっと跳ね起きて、カズヤを見た。
「まだ次があんのか!?」
「次はなに!?」
 カズヤは腰の後ろから、数枚のDVDケースを取り出した。
「ふっふっふ。今夜のプログラムは――名づけて、モンキーナイトだ」

 ―――――― ※ ―――― ※ ――――――

「……なんですか、あれは」
 食後の一服タイムに、食堂で差し向かって座るイリエとクモイ・タイチ。
 クモイ・タイチの不機嫌な口調に、新聞を読んでいたイリエは顔を上げた。
「なんじゃ? なんか問題があったかの?」
「映画を見てその気になっても、実戦で役に立つわけはない。そんなもので実力が上がるなら、格闘技の番組が大流行りな昨今、世の中は格闘家だらけだ」
「それはどうかのぅ。映画から得るものを、どうとらえるかは人それぞれじゃよ。確かに、虚構の世界のやり取りなど見たからといってすぐ実戦に使えるわけではないがな。大方の場合は」
 その途端、クモイ・タイチはテーブルを叩いて立ち上がった。
「だったら、なぜあんなバカな真似を許しておくんです!」
「理にはかなっておるよ。今のあやつらにはの」
 少し呆れたような眼差しでクモイ・タイチを一瞥したイリエは、再び紙面に眼を戻した。
「は?」
「少なくとも、あやつらのやる気は出る。それに、どんな格闘技でも基本は変わらぬ。それは殺陣であろうと本物の武術武道であろうと、身体の使い方一つということ。おぬしとて、ワシの道場に入門した当初、柔道の技解説ビデオをずっと見ておったではないか。あれも虚構じゃ」
「しかし……ふざけてます。あのバカ、現実と区別がついてない!」
「……ほう。なんかあったのか?」
 たちまちクモイ・タイチは苦虫を噛み潰した。
「稽古の終わりの方ですが……アキヤマの声援を受けて立ち上がるたびに、えっどりあーとか、どらごーなどといちいち叫ぶのです。ふざけるにも程がある!」
 途端に、イリエは爆笑した。
 なかなか笑いが収まらず、激しく咳き込む。
「ひょ、ひょっほっほ。かーっかっかっか。そりゃまた、なんとも楽しげな。ええのう。ワシも行ってその現場、見たかったわい」
「他人事だと思って……」
「まあ、そういきり立つでない。師匠なら、もっとどーんと構えておれ」
「ふざけているのを、黙って見過ごせと仰るのですか!? ……私が入門した頃、友人とふざけてて何度師範の拳骨を食らったとお思いか」
「はぁて、そんなこともあったかのぅ。最近昔のことはとんと憶えておらぬでなぁ。とはいえ、エミちゃんはともかく、今のシロウちゃんにはあれが一番じゃ。気に障るじゃろうが、もう少し付き合ってやってくれんか。の?」
 茶目っ気たっぷりな表情で目配せするイリエに、クモイ・タイチはたちまち怪訝な顔つきになった。
「師範……? 何を考えておられます? ひょっとして、それと奴の特殊なこととが関係しているのですか?」
「んー……さあのぅ。ところで、今日の二人はどうじゃった? お主の言うおふざけはともかくとして、じゃ」
 納得のいかぬ様子のまま、黙り込んだクモイ・タイチはゆっくり席に腰を落とした。
 少し考え込んで、不承不承答える。
「……まあ、確かに拳打については、格段に鋭さが違っていました。特にオオクマについては、少々信じがたいほどです。何度かかすられました。一体、師範は午前中の稽古で何を教えたのです?」
「一般的ではないが、柔道にも拳打の教えはある。それとボクシングの基本で相通ずる部分を少しな。まあ、どんなパンチも腰を回して打て、と教えただけじゃが。……しかし、そうか。なるほどなるほど。では、明日は体捌(たいさば)きかのぅ」
 嬉しそうに頬を緩めるイリエに、クモイ・タイチは警戒の色を隠しきれない。
「体捌き? ……師範、本当になにを企んでおいでなのです?」
「さぁて、の」
 にんまり企み顔を背けたイリエは、それ以上の追求を避けるように新聞紙の谷間に顔を隠してしまった。

 ―――――― ※ ―――― ※ ――――――

 翌日。津川浦海水浴場。
 午後4時半過ぎ。

『昨日のサンパウロの出現を最後に、落ち着いているロボネズ襲撃ですが――』
『一部にはこの怪獣はロボットだったとの情報もあり――』
『ともあれ、GUYS各支部の対怪獣作戦能力とその実力の高さを改めて――』
『既にハリウッドでは今回の件を映画化する話が――』

 海の家から流れるBGMを一切聞き流し、三日目の午後の稽古が開始された。
 今日の二人は――
「カンフーかっ!!」
 苛つきの混じった呟きを吐き捨てて、シロウの拳打を躱すクモイ・タイチ。
 その躱した拳打が空中で静止し、方向を変えて襲い掛かる。拳打は手刀になり、まるで蛇のような動きを以って、上体を揺らして躱すクモイ・タイチを追って来る。それを身体を翻して躱し、さらなる追撃を、左腕で払うようにして押しとどめた。
 そこへ、エミがスライディングをかけてきた。開いた両足の間にクモイ・タイチの両足を挟みこみ、捕らえようとする――カニバサミ。
「それは柔道では禁止技だっ!!」
 ひらりと空中でトンボを切って、華麗に躱す。
 珍しく空中でバランスを取りきれず、膝立ちで着地したクモイ・タイチの前で二人は思い思いのポーズを取っていた。
 シロウは右手を蛇の鎌首のようにもたげ、左手をその肘辺りに。
 エミは両手をお猪口でも持っているかのような形にして、左手を手前に、右手を前に突き出した構え。
「蛇拳と酔拳……昨日の勉強会はそれか」
 無論、クモイ・タイチの目から見ればそんな構えなど、非常に質の悪い、小学生レベルの猿真似以外の何ものでもない。
 だが、そこに昨日のボクシングで学んだらしい突きの鋭さと、二人の妙な息の合わせ方が最初の頃とは格段に違っている。迂闊に気を抜いて相手を出来る状況ではなくなってきていた。
 そして、そんな一連の戦いの間中、鳴り響いているBGMは――
「――パルタンXか、今日は」
「――サワの入場曲? でもやってんの、プロレスじゃないよね?」
「バッカお前、元ネタ知らねーのかよ」
「――ロジェクトAも二曲目以降にあるんじゃね?」
「――HKの? 中島だれそれが歌ってる? なんとかの星だっけ? 中年の星? 違うっけ?」
「それはぷろじぇくとえっくす。えっくすじゃなくて、えーだよ」
 三日目にもなると、ギャラリーもそれなりに増えている。

 ―――――― ※ ―――― ※ ――――――

 午後8時半。
 ノムラ柔道道場。
 帰ってきたシロウとエミは、喜色に満ち溢れていた。
 今日はかなり追い込んだという自信がある。
 結論から言えば、今日も自力でクモイ・タイチを倒すことは出来なかった。
 今日、稽古が終わったのはギャラリーの輪が、シロウとクモイ・タイチの直接格闘で必要となる安全領域の中に踏み込んできたからだった。ギャラリーにつべこべ文句を言うわけにもいかず、クモイ・タイチは今日の稽古を早々に切り上げてしまった。
 とはいえ、今日のクモイ・タイチは表情に余裕がなかった――ように二人には見えていた。足捌き体捌きで躱す動きだけでなく、腕で止め、打ち払う動きも確実に増えて来ている。
 あと一押しか。
「カズヤ、今夜はっ!!」
 夕食の片づけを終え、勢い込んで道場に飛び込んできた三人に、カズヤは顎をしゃくらせ、新たなDVDケースを掲げてみせる。
「モンキーの次は……もちろん、ドラゴンでしょう!! ……ほあちゃあっ!!」

 ―――――― ※ ―――― ※ ――――――

 翌日。津川浦海水浴場。
 四日目の午後4時半過ぎ。

『最後のロボネズ出現から既に60時間余りが過ぎ、識者の中には事態の終息を――』
『GUYS総本部は、今回の一連の事件の原因究明に――』
『ミサキ総監代行はまだ終息の判断はできない、と発言。市民には、今しばらく警戒を緩めないよう繰り返して――』

 海水浴場の一角は、そんなテレビ放送のBGMを蹴散らして、けたたましい怪鳥音とダイナミックな蹴りが交錯する戦場となっていた。
 クモイ・タイチが海に動けば、すかさずエミが深い方へ回り込み、その動きを制する。そこへ、怪力を生かしてシロウが鋭い飛び蹴りをかける。
 シロウの蹴りと、エミのタックルによる牽制という役割分担が昨日よりさらに明確になったため、クモイ・タイチは思うようにシロウを投げられない。
 押している、と確信した二人はより大胆に攻める。
 エミがハイキックを放ってクモイ・タイチにガードさせ、その隙にシロウが昨日のカンフーの真似事を生かした手刀を繰り出す。
 また、シロウの飛び蹴りにカウンターを合わせて顔面をわしづかみ、水中に沈めたクモイ・タイチの背後からローキックでエミが攻める……などなど。
 片方がやられることを前提にした戦術は、確かに功を奏していた。
 これまでほとんど入らなかった一撃が、時たま入るようになっている。
 だが、クモイ・タイチの苛立ちは徐々に募っていた。
 ギャラリーは無責任にやんやと囃し立てる。
 そして――

 ―――――― ※ ―――― ※ ――――――

 午後8時半。
 ノムラ柔道道場。
 ついにもぎ取った勝利に、二人の意気は天井知らずに高まっていた。
 最後に取った作戦は、一昨日一応の成功を収めた作戦の変形版だった。すなわち、エミがクモイ・タイチの腰に組み付いて移動を止めている間に、シロウが腹部を狙って飛び蹴りを放つというもの。
 躱しきれない攻撃から身を守るため、クモイ・タイチはガードを固めて受け止めざるを得ず、シロウの体重の全てをつぎ込んだ蹴りとエミの朽木倒しのコンボの前に、ついに尻餅をつくという醜態を晒さざるを得なかったのである。ちなみに、蹴りで避けにくい腹を狙えと教えたのは、イリエである。
「カズヤ、次だ次! 次はなんだ!?」
「――そろそろ、現実を見てもいい頃だよね?」
 思わせぶりな笑みを浮かべたカズヤが道場に並べたのは、プロレス、ボクシング、大相撲、オリンピック、総合格闘技……それぞれのベストバウトDVDだった。
 
 ―――――― ※ ―――― ※ ――――――

 翌日。津川浦海水浴場。
 午後4時半過ぎ。

『本日も日本は全国的に快晴、一部夕立があるかも――』
『本日のお夕食、「ぷらす一品」は――』
『政府首脳は経済状況の推移を見守ると――』
『明日も晴れそうです。もう夏休みも半ば、宿題は計画的に――』
 海の家から流れるそんな声が、どこか空々しい異界の響きを伴って聞こえる。

 稽古も五日目に入り、ギャラリーも増えてきていたが、今日は誰も声を上げなかった。
 開始直後から、昨日の大健闘はどこへやら、二人は海中にひざまずかされていた。
 昨日の結果を元に、今日は一部ルールの変更が加えられていた。すなわち、クモイ・タイチの拳打・蹴撃の解禁。
 それだけで、二人は初日に戻ったかのようにまったく歯が立たなくなった。
「なにか言うことはあるか?」
 傲然と立つクモイ・タイチの姿に、ギャラリーもしんとして声もない。その場にいる誰もが、両者の実力の違いを理解できる。それほどの力の差が、そこに厳然と存在していた。
「ないのなら、立て。そしてかかって来い。今日もオレを倒さなければ、この稽古は終わらんぞ」
「……くっ……づありゃあっ!!」
 波を蹴立てて立ち上がったシロウが、手を蛇に見立てた動きでクモイ・タイチに襲い掛かる。その勢い、鋭さは初日のへっぴり腰とはまったく違う、いっぱしの拳士のそれだ。
 しかし、クモイ・タイチは同じ動きを、シロウを上回る速度で仕掛け返した。指先で突いたとは思えぬ鈍い音が響き、シロウが吹っ飛んだ。
 飛沫をあげて沈み、すぐに波間から上体を起こしたその額と胸に三箇所、赤い指の痕が残っている。
「うりゃあっ!」
 身の軽さを生かしたローリングソバットで背後から襲いかかるエミ。
 しかし、クモイ・タイチは振り返りもせず左腕を振るった。蹴りをかいくぐった左手の甲でその顔を叩かれ、無様に水中へ落ちる。
 身を起こしたエミの表情に、明らかな恐れの色が刻まれていた。これまで、クモイ・タイチはエミの顔に直接触れるような攻撃はしてこなかったからだ。いや、防御で腕を打ち払う時と、投げる時以外ほとんど腕は使っていなかった。
 腕を自由に使う。それだけでクモイ・タイチの周囲には何かバリアのようなものがあるみたいだった。まったく近づけない。
 そして思い知った。クモイ・タイチがこれまで4日間、封じていたのが拳だけではなかったことを。
「……凄い……」
 ぶるっと身体を震わせたエミは、しかし、唇を舐めた。
「でも、やっぱ師匠はこうでなくっちゃ。つまるところ、第二形態ってことだよね――シロウ!!」
「おう!」
 呼びかけに応じて、シロウも立ち上がる。
 こちらも、表情が違う。初日のようなうろたえはなく、何か腹をくくったような覚悟に口を引き結んでいる。
「こっからが本当の勝負だよ、弟子!!」
「おおうっ!! いくぜ、師匠!」
 背後と前面、両方から同時に迫り来る弟子どもに、クモイ・タイチは嬉しそうに頬を歪めた。

 ―――――― ※ ―――― ※ ――――――

 午後8時半。
 ノムラ柔道道場。
 道場内はお通夜のように静まり返っていた。
 一枚だけ敷かれた布団にエミが横たえられている。
 その横でユミがすすり泣き、カズヤは唇を噛み締め、シロウは暗い目つきで虚空を睨んでいた。
 今日は、力尽きたエミが水中から姿を表わさなくなったことで決着を見た。
 エミが疲労のあまり水中で意識を失ったことに気づいたユミが、慌てて引き上げ、シロウが連れて帰ってきたのだった。
「……エミちゃん…………エミちゃん……死なないで……」
「死にゃあしねえよ」
 ぶっきらぼうに言い放って、シロウは布団の傍までいざり寄った。
 掛け布団を引き剥いで、エミの胸の前に右手をかざす。
 その手が仄かに輝き始めた。かつて、ウルトラブレスレットでユミの命をとりとめた輝きを、薄く薄くしたような弱々しい輝き。
「シロウ……さん…………それ……?」
 信じられない面持ちでシロウを見やるユミ。
 シロウは光る右手をじっと見つめながら、頬に笑みを浮かべた。
「これくらいなら、多分。何とか、な。……へへ、こいつがこの合宿の、一番の収穫かもな」
 カズヤも興味津々で身を乗り出す。
「回復能力……なのか。シロウ君、すごいじゃないか。一体いつの間にそんなこと」
「実は、お前らが昼寝してる間にちょっと試させてもらってたんだわ」
「あ……だから、わたしたち筋肉痛とか……」
「まあ、確かにユミん時はできなかったし、今回も自信はなかったし、できなかったらかっこ悪いしよ。黙ってやらせてもらってた」
 ぺろっと舌を出し、照れ隠しの笑みを浮かべるシロウ。
「初日の、イリエのじーちゃんの稽古の後で、ちょっと気がついてよ。自分が回復する時、身体の中で力がこう……動いてんのがわかってさ。その感覚を思い出してやってみたんだけどな。コツさえわかっちまえば、それほど難しいもんでもないんだよ。ただまあ……正直、今のオレの力ではどれくらいの怪我まで治せるのか、わからねえけどな」
 そう解説している間に、エミの顔色に生気の明るさが戻り、ほどなくその目が開いた。
「エミちゃん!」
 泣き顔でエミを覗き込むユミ。
「ユ……ミ……? 何で、泣いてるの……?」
「だって、だって……」
「ああ……そっか。あたし……気ぃ失っちゃったんだ」
 力なく微笑むエミ。まだ半分夢の中にいるかのような、ぼんやりした顔つき。
「ふぅ……。成功したか。よかった」
 力尽きたように腰を落として満足げに頬を緩めるシロウの肩を、カズヤが軽く叩く。
「ご苦労様、シロウ君。……だんだんウルトラマンらしくなってきてるね」
「やめてくれ。……師匠を助けるのは、弟子の務め。それだけのこった」
「ふふ、ま、君ならそう言うと思ったけどね」
 男二人で笑みを交わしていると、エミが身体を起こした。ユミがそっと寄り添って肩を支える。
「シロウ……ありがとう。それと……ごめん」
 頭を下げるエミに、シロウは首を振った。
「なぁに、これくらい。なんてことは――」
 エミは首を振った。
「ううん。違うの。稽古のこと。……あたし、もう明日からやめとく」
「……師匠?」
 怪訝そうにその顔を見やるシロウ。
 だが、心配したような恐怖の色は、その表情からは読み取れなかった。むしろ、何かすっきりしたような穏やかな笑みを浮かべている。
「今日のでよくわかった。二人でならクモイ師匠に勝てるかも、なんて思って連携技とか色々考えてたけど……ちょっと虫が良すぎたね。てんで相手にならなかった。こっから先は、あたしはシロウの足を引っ張るだけだよ」
「師匠……そんなことは。そんなこと言ったら、オレだって全然」
 首を振ったシロウは、自然と崩していた足を整え、正座になっていた。
 しかし、エミも首を振った。
「ううん。シロウはあたしをかばって力を抑えてる。それぐらいわかるよ。シロウの全力にあたしを巻き込んだら危ないから、だよね。……今のあたしはシロウの足枷。合宿の残りはあと二日。多分、もうあの場にいてもあたしは何の助けにもなれない。むしろ、邪魔。だから――」
「師匠……」
 うつむいたエミに、なんと答えていいかわからず、戸惑いの表情で唇を噛むシロウ。
 ところが、すぐにエミは顔を上げた。きっと表情を厳しく引き締めて。
「だからシロウ。こっからがあんたの本当の戦いだよ。心を揺らすんじゃない。あたしがいないくらいで」
 シロウを見据えるエミの強い眼差し。その表情に刻まれた緊張感は、舞台を降りる負け犬のものでは決してない。
 傍で見ているユミだけが、その面持ちをかつて見たことがある。
 過去に一度だけ、大会を目前にレギュラーを外され、代わりに選ばれた選手へのエールを送る時に見せた横顔。悔しさとか、後ろめたさとか、無論、妬み嫉み嫌味なんか微塵もなく、自分の代わりを務める者への本気の、心からの応援――自分にはまだ向けられたことのない表情。
 きゅっと拳を握るユミの感情など知らぬげに、エミはシロウへのエールを続けた。
「いい? あたしがいなくなることで、クモイ師匠にも遠慮がなくなる。明日の稽古は今日以上に激しく、厳しくなる。だから――」
 エミは身体と腕を伸ばすと、右拳をシロウの胸の真ん中に押し当てた。

「あたしの心と魂、持ってけ」

 その拳を見下ろしたシロウの目が、エミの目を見返し、再び拳へ戻る。
「師匠の……心と魂……」
「そう。敵は強大で、シロウは頑丈だけがとりえ。初日にクモイ師匠が言ってたあんたの弱点、心の弱さってやつ――あたしもユミも、あんたの心が弱いなんて思ってない。それでも、クモイ師匠が言った通りに折れそうになったら……あたしが支えてあげる。だから、持ってけ」
「……わたしも、持ってってください」
 ユミも手を伸ばし、エミの拳に添える。
「支えにするには、心許ないかもしれませんけど……わたしも一緒に戦いたい」
「師匠……エミ……」
「見えないものは持っていけない、とか言うなよ? シロウ君」
 そういって、カズヤもシロウの左胸にノックするような気軽さで、拳を押し当てた。
「この合宿を通して、もう君は地球人の心を理解できているはずだ。そう……考えるんじゃない。感じるんだ」
「考えず……感じる」
 四人の頭の中に、一昨日の夜に見た映画のワンシーンが甦る。
 そして、締めはやはりエミ。
「さあ、お前のその手を真っ赤に燃やし、クモイ師匠を倒せと轟き叫ばせろ! 出来るな、シロウ!!」
 途端に、シロウの目つきが変わった。拳を握り締め、全身から火を噴くような勢いで立ち上がる。
「そうだ……そうだよ!! あぁあ! ちぃっとばかし忘れてたぜ、師匠!! そもそもオレは、あいつを倒すためにここにいるんじゃねえか!!」
「そうだよ!」
「ぬおおおおおおっっ!!! やるぜ、師匠! やってやる! 明日が奴の命日だ!!」
「その意気だ、シロウ君!」
「あの海が奴の墓穴っ!!」
「頑張って、シロウさん!」
 次々に立ち上がり、口々にエールを送る。
「ふははははははは、あのでけえ岩と、昇る太陽を奴の墓標にしてやるぜぇっ!!」
 最初の落ち込みようはどこへやら、柔道場は異様な興奮に包まれつつあった。

 ―――――― ※ ―――― ※ ――――――

「……すっかり悪役じゃのー、タイチよ?」
「誰のせいですか」
 庭から道場の様子を窺っているのは、焼酎瓶を下げたイリエと湯飲みを持ったクモイ・タイチ。
 心底愉快げにほくそえんでいるイリエに対し、クモイ・タイチは仏頂面に輪をかけて不機嫌な表情。
 と、その表情がため息とともにふっと緩んだ。
「しかし、やはりチカヨシはある種の天才かもしれません。身体能力こそ平凡ですが、あの心根は育てようと思ってもそうそう育つものではない。将来が実に楽しみだ」
「良い指導者になる器じゃよ。たぶん……今のお主よりものぅ」
「そうですね……。正直、私に人を導く役回りは……荷が重いようです。結局……おのれ独りを守るために練り上げてきた力は、どこまで行っても人と繋がる力にはなりえない……そんな気がします」
「ふむ」
 イリエは、鼻を鳴らすように大きく息を吐いた。酒瓶を持った手を後ろ手に組み、月を見上げる。
「この合宿で、その境地を得たのならば、それこそがお主の一番の首尾じゃろうよ。じゃが――」
 さくさくと庭の草を踏みしめつつ、イリエは歩き出した。
「そこでとどまってしまうようなら、それこそこの出会い――ワシとお主、お主とシロウちゃん達との出会いは無駄となろうな」
「師範……」
 それきり交わす言葉はなく、夜の風が梢を揺らす音と虫の声だけが漂った。


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