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ウルトラマンメビウス外伝 RAYGA

 第3話 狙われた星 その8

 上空をよぎった光の正体は、セザキ・マサトとイクノ・ゴンゾウの乗るガンフェニックストライカーだった。
 凄まじい轟音と吹きつける風が並木を揺らし、エミとユミの髪を激しくなびかせる。
 ヤマシロ・リョーコはユミの脈を再度確かめながら、エミを見やって頷いた。
「お友達はあれで搬送するよ。ヘリや救急車なんかよりよっぽど早いから。大丈夫、絶対救ってみせる。あなたは気を確かに持って。ね?」
 エミがかすかに頷くのを確認して、メモリーディスプレイを取り出す。
「こちらリョーコちゃん。セッチー、状況は一刻を争うよ! そのまま着陸して!」
『そのままって……ムチャだよリョーコちゃん、そこには並木が』
 皆まで聞かず、メモリーディスプレイを操作してディレクションルームを呼び出す。
 映ったアイハラ・リュウの顔を見るなり、ヤマシロは謝った。
「ごめん、隊長!」
「あ? なんだいきなり」
「この公園の並木、倒す! 後であちこち謝るの、あたしも付き合うから! ゴメン!」
 それだけ言うと、セザキ・マサトに通信を切り替える。
「……セッチー! 了解取った! 薙ぎ倒して降りちゃえ!」
『おいリョーコちょっと待て!!』
『――了っ解!』
 上空をゆっくり旋回中だった巨大な機体が、ほぼ頭上で停止した。車輪を出し、そのまま、高度を落としてくる。
 上方から吹き降ろされる気流は、いよいよその風圧を増す。
 エミとユミのボストンバッグが吹っ飛んで行った。
 ガンフェニックストライカーの巨体にのしかかられた公園の並木が、めりめりと悲鳴を上げてへし折られてゆく。
 眩しい光の洪水と吹きすさぶ風にエミは目を開けていられず、頭を守るように両手を交差させ、俯いて顔を背けている。
 ヤマシロ・リョウコはユミの体に覆いかぶさっていた。
 その唇は固く引き結んで。
 少女の手首を握る左手指先に、もう脈はほとんど感じられない。体温も低い。呼吸もほぼ途切れている。意識は初めからない。
 それでも、まだ生きている。
 ヤマシロ・リョウコはただひたすらに奇跡を願っていた。
 あらゆる命令違反を犯してでも、彼女を医療施設に連れて行けさえすれば、奇跡は起こってくれるものだ、起こるはずだ、起こらなければならない、と、そう信じようと必死に努めていた。
 そうでなければ――その先を考えるのを、ヤマシロ・リョウコは拒否して少女の身体を強く抱きしめた。
「……がんばれ。がんばれ。絶対、絶対死んじゃダメだよ」

 ―――――― ※ ―――― ※ ――――――

 強烈な風にあおられ、クモイ・タイチは思わずバランスを崩した。
 その千載一遇の機会を逃さず、左腕を振るうツルク星人。狙いは右腕を踏みつけているクモイ・タイチの足。
 すんでのところで躱したクモイ・タイチ。
 その間にツルク星人は素早く立ち上がり、バック転を繰り返して並木の間に姿を消した。
 追おうとしたクモイ・タイチを、押し潰された木々から千切れ飛び、舞い散る木の葉のつぶてが襲う。
「く……っ!」
 視界が利かない中、舌打ちを漏らしつつ、トライガーショットを連射する。
 しかし、手応えはない。
「逃げられたか……う?」
 突然、正面の木がこちらに向かって倒れてきた。一本だけではなく、五、六本まとめて。
 ガンフェニックストライカーに押し潰されてではない。おそらくは、ツルク星人の仕業。
 クモイ・タイチは退避をためらった。
 自分だけなら、倒れてくる樹と樹の隙間を見つけて身を滑り込ませられる。だが、自分の背後には二人の少女とヤマシロ隊員、それにレイガと断定した少年がいる。それらをどうすれば救えるかを考えてしまっていた。
 下手に樹を撃ってしまえば、かえって直撃しかねない。かもしれない。だが。しかし。とはいえ。
「く……」
 そう都合よく名案が浮かぶわけもなく、タイムリミットは一瞬で過ぎ去り――

 視界を銀色の巨大な物がよぎった。
 頭上に覆いかぶさっていた木々が一瞬にしてその姿を消す。
 我が身に起きた幸運が理解できず、気配を感じて見上げたその視線の先に。


 ウルトラマンがいた。


 ―――――― ※ ―――― ※ ――――――
 
 片膝立ちでクモイ・タイチたちを見下ろすウルトラマン。
 その左腕に数本の木立を抱えている。それこそが、今頭上に落ちかかっていた並木だった。その根元は、きれいな切断面になっている。
 突然、ウルトラマンの正面方向、公園の林を中から突き破るようにして、巨大な影が現われた。
 その姿は、一言で表わすなら『直立したトカゲ』。その両腕手首からは、わずかに反った長い刃が生えていた。手首の先が刃になっているのではなく、手首の甲の部分から生えている。剣というより、爪といってもいいかもしれない。
 ツルク星人の巨大化体。
 怪獣はウルトラマンの姿を認めると、両腕を交差させ、勢いよく開いた。
 その斬撃によって発生した風が、周囲の木立を激しく揺らす。
 左腕に抱えた木立をそっと地面に置いたウルトラマンは、ゆっくり立ち上がった。
 右足を引き、右拳を胸の前に。左手の手刀を少し前に出す構えで迎え撃つ。
 両者の動きは、そこでぴたりと止まった。

 ―――――― ※ ―――― ※ ――――――

「ウルトラマン……」
 クモイ・タイチは、その巨大な背中に限りない安堵を感じていた。
「……おせえんだよ、バカ野郎が……」
 その時耳を打ったのは、安堵感をぶち壊しにする憎々しい呻き。
 思わず険しい面持ちになって振り返る。
 ようやく膝立ちに身を起こした少年が、憎悪に歪む顔つきでウルトラマンの背中を睨んでいた。左手で腹部の傷口を押さえ、荒い息に肩を上下させている。その足下は血の海だった。
「貴様……遅いとはどういう意味だ」
 そう聞いてしまってから、クモイ・タイチは後悔した。無視すればよかったのだ、こんな死にぞこないのチンピラが吐き捨てた憎まれ口など。
「その、まんまだろう……が。野郎が……もっと、早く、に、登場……してれば……誰も、こんな――」
「黙れ」
 断ち切るような一言。そこに含まれた気迫を感じたのか、少年は口をつぐんだ。
 クモイ・タイチは再びウルトラマンを見上げた。
「だったら貴様はなんだ。変身もせず、超能力も使わず、我が身を盾にして満身創痍のヒーロー気取りか。それであの女の子達を助けたつもりか。ふざけるな。我々が駆けつけなければ、貴様も彼女たちも今頃斬殺死体だ。敵を倒すどころか追い返すことすら出来なかったくせに、偉そうな能書きだけ垂れるな。貴様こそ、役立たずのクズ野郎だ」
「……………………」
 憤怒か憎悪か、いっそう歪んでゆく少年の顔を目の端に捉えながら、クモイ・タイチは鼻を鳴らした。
「口先だけの見栄っ張り野郎が。見ているだけで反吐が出る。覚悟しておくんだな、レイガ。GUYSでは貴様も敵性異星人の一員に分類している。これから貴様を連行するが、歓迎など期待するな」

 ―――――― ※ ―――― ※ ――――――

 睨み合い、じりじりと足を擦るようにして間合いを計る二体の宇宙人。
 先に動いたのはツルク星人だった。
 大きく振りかぶった刃を振り下ろし、襲い掛かる。
 その腕の内側に自らの腕を滑り込ませ、受け止めるウルトラマン。
 そのまま受け流しながら体を翻し、ツルク星人の背後に回り込んだ。がら空きの背中にキック一発。
 つんのめったツルク星人は、すぐに態勢を立て直し、振り返った。
 今度は大きく横薙ぎに一閃。
 飛び退って躱すウルトラマン。
 グラウンドの周囲に張られたファールネットが、すっぱり切り落とされた。
 ツルク星人の猛攻が始まった。縦に横に双刃を振るい、ウルトラマンを攻めたてる。
 ウルトラマンはその攻撃を受け、流し、躱しつつ、隙を見てキックを、チョップを叩き込む。
 だが、その攻撃もいくらかはツルク星人に防がれ、お互いにダメージが与えられない。
 やがて、ウルトラマンは受け止めたツルク星人の腕を取って、一本背負いをかけた。
「ダァッ!!」
 見事な弧を描き、仰向けに倒されたツルク星人は、すぐに身を翻し片膝立ちになった。その敏捷な動きは、やはり怪獣のものではない。
 ウルトラマンは立たせまいとその頭部を片手で抑え、追い打ちのチョップを首筋に叩き込む。一度。二度。三度。
 四つ目のチョップが振り上げられたその瞬間――ツルク星人の必殺攻撃が発動した。

 ―――――― ※ ―――― ※ ――――――

 胴――ちょうど地球人で言うへその高さを、両刃で水平に斬られたウルトラマンは、仰向けに転倒した。
「ウルトラマン!?」
 クモイ・タイチは思わず半歩前に踏み出していた。
 相当深いダメージを受けたのか、起き上がるウルトラマンの動作は鈍い。腹部をかばうようにしている。
 苦悶の呻き声が聞こえ、カラータイマーが点滅を開始した。
 ツルク星人は余裕綽々の風情で立ち上がり、両手の刃同士を擦り合わせるゼスチャーを繰り返しながらウルトラマンへと迫ってゆく。
「……大丈夫だ、ウルトラマン」
 クモイ・タイチは、まるで自分が攻撃を受けたかのように、苦しげに表情を歪めながら呟いた。
 大上段から振り下ろされた刃が、ウルトラマンの肩口に叩きつけられる。
 その刃を一旦は肩と両腕でかろうじて受け止めたウルトラマンだったが、ツルク星人はそのまま引ききるように刃を振り抜いた。
 ウルトラマンの右肩口から左脇腹へ、斬撃の痕が火花となって弾け散る。
「お前はそいつに負けはしない」
 斬られた衝撃で伸び上がった銀色の身体を、今度は真横に斬撃が薙ぐ。再び弾け走る火花。
 ウルトラマンの苦鳴が響き渡った。
 クモイ・タイチはぎゅっとトンファーを持つ拳を握り締めていた。
「オレは知っている。レオのような拳法の達人ではないお前が、同じような敵と戦い、勝ったことを。思い出せ!」
 今度は前のめりに倒れ伏すウルトラマン。
 ツルク星人はひとしきり勝利の高笑いのごとく、両腕を掲げ、全身を揺らして勝ち誇った後、右腕を大きく引き搾った。
 その切っ先が狙うのは、ウルトラマンの背中。
「ウルトラマン、証明してみせろ! 戦い方など、一つではないことを! 地球での戦いが、何一つ無駄ではなかったことを!」
 その声が届いたのか。
 ツルク星人が切っ先を突き出した刹那、ごろりと仰向けに寝返りを打ったウルトラマンは、その切っ先を真剣白羽取りで受け止めていた。
 そのまま、両者の動きがしばし止まる。
 突き込もうと体重を預けるツルク星人の力と、守るウルトラマンの力が拮抗し、鋭い切っ先はウルトラマンの顔の前から動くことなく小刻みに震えていた。
「――援護するぞ、ウルトラマン!」
 指し伸ばした手に握るトライガーショット。照星の彼方で力むツルク星人の横顔。
 クモイ・タイチはトライガーショットの引き金を引いた。

 ―――――― ※ ―――― ※ ――――――

「ちょ、ちょっと君!?」
 ヤマシロ・リョウコは慌てた。
 着陸したセザキ隊員が運んでくるストレッチャーを待っている間に、もう一人の重傷患者が近づいてきていたのだ。
 腹に大穴が空き、上半身は大きな『×』印に切り裂かれ、下半身の着衣といい靴といい出血でドロドロの少年。見た目には即死していてもおかしくない負傷状態。即死を免れたとしても、すでに出血多量で意識が消えていなければならない状態。少なくとも流れ出た血の量は、少女より多い。
 少年は速いペースで浅い呼吸を繰り返しながら、死にかけた少女の横に両膝をついた。
 その左手を、自らの血にまみれた両手で握り、自分の額に押し当てる。
「……君……」
 その行為が何を意味するのか、ヤマシロ・リョウコには理解できない。少女の彼氏なのか、お兄さんなのか、それとも……。
「――触るなっ!」
 少年の肩に手を回そうとした瞬間、少年は激しい口調で拒絶した。
「でも、その怪我……無理しちゃダメだよ」
「う、うる……うるせえ! オレを……ひ弱な、地球人ごときと…………一緒に、する……な……」
 単語単語の合間に、ヒューヒューと苦しげな息継ぎが紛れ込む。
「地球人……ごとき……? 君……まさか……」
「こいつは、死なせ、ねえ……。……死な、せて……たまる、か……」
 両手で握り締め、額に押し当てた少女の左手をさらに強く額に押し当てる。
 気張るように顔中に苦悶の皺を刻んだ横顔。
 ヤマシロ・リョウコにはそれが、なにかの力を搾り出そうとしているように見えた。
「オレ……だって…………ウルトラ……族……。学んで……使える、程度の……もの、なら、よ。ひっしに、なりゃ、あ……なんかの、間、違い……で……オレ、にも…………出ろ……出ろ…………出ろ、よ、オレの、奇跡、の、力っ!」

 ……………………

 ……………………

 ……………………。
 何も起きない。
 光が溢れるわけでもなく、光が集まるわけでもない。少女の土気色の頬が赤みを取り戻すわけもなく、細い細い呼吸も変わらない。
 何も起こらなかった。
「バカ、な……」
 少年は前のめりに崩れ落ちた。
 少女の左手は力なくぱたりと路上に落ちる。
 少年は土下座をしているような格好で、肩を震わせた。
「ク……ソ……なんで、だ……なんで…………オレは……約束を……約束が…………ユミ……」
「もういい、もういいよシロウさん!」
 声をかけられずに呆然としているヤマシロ・リョウコを押しのけ、無傷の少女が少年の背中に抱きついた。
「それ以上したら、シロウさんが死んじゃう!」
 そうか、彼はシロウというのか、とぼんやり考えつつ、ヤマシロ・リョウコはウルトラマンとツルク星人の戦いへと無意識に目をやっていた。

 ―――――― ※ ―――― ※ ――――――

 赤いレーザー弾アキュート・アローがツルク星人の横っ面に何発も着弾した。
 一声鳴いてのけぞったものの、攻撃自体が効いたわけではない。突然のことに驚いただけだった。
 だが、その隙はウルトラマンが態勢を整えるのに十分だった。
 片膝立ちになったウルトラマンは、再び振り下ろしてくる刃に目もくれず、目の前の腹に右手の指先を向けた。肘に左指先を向ける。
「ジェアッ!!」
 ウルトラショットをゼロ距離で放たれては、さすがのツルク星人も躱しも受けも出来ない。
 さらにその横っ面に再びアキュート・アローが命中する。
 さすがにツルク星人は大きく後退った。
 だが――その間合いはツルク星人必殺の二段攻撃の間合い。
 ツルク星人は両腕を身体の前で交差させた。
 ようやく立ち上がり、いつものファイティングポーズに戻ったウルトラマンは、緊張したように少し顎を引いた。
「ウルトラマン!!」
 間合いを計る戦場にクモイ・タイチの声が響き渡る。
 ウルトラマンは顔をそちらに向けた。
「思い出せ! ……八つ切り怪獣グロンケンだ!」
 一瞬の間。
 ウルトラマンは力強く頷いて、再びツルク星人に顔を向けた。
 戦場に吹く緩やかな風。
 カラータイマーの響きが緊張感を高めてゆく。
 もう、援護の余地のない時間に入ってゆく。
 その戦いを見ている者全ての耳目が惹きつけられてゆく。

 やがて。

 どちらが先に動いたのか。
 高速で両腕を大きく開閉する必殺の二段攻撃を繰り返しながら、ウルトラマンへ突進するツルク星人。
 同時に踏み出していたウルトラマンは、その踏み出しの力を利用してジャンプした。
 空中でひねりを加え、ツルク星人を飛び越えながら後頭部に蹴りを入れる――ウルトラキック。
 威力が低かったか、当たり損ねたか、高度な防御を駆使して体をさばいていたのか、大してツルク星人の体勢を崩せはしなかった。すぐに振り返りながら着地したウルトラマンに斬りかかる。
 しかし、それは必殺の二段攻撃ではなかった。
 人間で言えば裏拳。相手に当てるために、先手を取るために、攻撃の速度を優先した一撃。
 ウルトラマンは左腕を立てた。手首に嵌まったウルトラブレスレットがきらりと光る。
「デェアッ!」
 その左腕で、すくい上げるようにツルク星人の刃を薙ぎ払った。
 ブレスレットチョップはその軌跡に火花を散らし、ツルク星人の刃は根元から切断された。
 慌てて二の矢を放つツルク星人。
 ウルトラマンはその場でくるりと一回転して、襲い来るもう片方の刃を再び左手で切り上げる。
「ジュワッ!」
 美しい金属音が響き渡り、断ち切られた刃が濃紺の空高く舞い上がる。
 両腕の刃を奪われたツルク星人は、信じられないように自分の腕を見比べ、うろたえた。
 その隙が致命的なものとなった。
 その間に距離を置いていたウルトラマンは、立てた左手首に右手を添えた。ブレスレットが輝く。
 その輝きを右手に宿したまま、頭上に掲げる――光はミサイルのような形状の武器ウルトラスパークに変形していた。
「ジュアッ!」
 ウルトラスパークから放たれた眩しい光。輝きを浴びたツルク星人は、全身から力が抜けたように動きを止めた。両腕がだらりと垂れ下がる。
「ヘアッ!」
 投げつけられたウルトラスパークは三日月形の光となって飛び、ツルク星人の首を撫で切った。
 数拍の間を置いて、ごろりとツルク星人のトカゲじみた首が転がり落ちる。
 そして、また数拍置いて体が前のめりに倒れ――ともに爆発した。 

 ―――――― ※ ―――― ※ ――――――

 立ち尽くすウルトラマンを、爆炎の輝きが照らし出している。
「やった……」
 思わず漏らしたヤマシロ・リョウコはしかし、ストレッチャーに載せた少女の異変に気づいた。
 すぐさま手首を取り、首筋に手を当て、呼吸を確かめる。
 ヤマシロ・リョウコの表情が険しくなる。
 その表情を横で見ていたセザキ・マサトも状況を理解して顔を硬張らせる。
「……ダメ……死ぬな…………死ぬんじゃないっ!!」
 ヤマシロ・リョウコは躊躇なくユミの胸に両手を重ねて置いた。
 しかし、すぐにセザキ・マサトがそれを制する。
「リョーコちゃんダメだよ! この状態で心臓マッサージなんかやったって! 傷が! 血が!」
「じゃあ、どうすればいいってのよ! このままじゃあ病院まで保たない! あたしに出来ることはこれぐらいしか――」
 今にも泣き崩れそうな顔で怒鳴りつけられ、セザキ・マサトはたじろいだ。
 止めた本人にも、代わりの方策など思いつかない。
 ふっとヤマシロ・リョウコは上空を見上げた。
 万策尽き果てた者が、神に救いを求めるように。
 そこにいたのは――左手首に右手を添えたウルトラマン。
 先ほどウルトラスパークを放ったときとは全く違う、ゆっくりとした優しい仕草で、輝く右手をこちらへ差し伸べる。
 右手から放たれた柔らかな光が、周辺一体を照らし出してゆく。
「……ウルトラマン……」
 思わずヤマシロ・リョウコの瞳に溢れた涙。
 それは安堵の涙。本人にも理解できなかったが、あまりに優しく暖かく柔らかなその光に、知らずあふれ出していた。
 気が抜け、へたり込む。隣では、エミと呼ばれていた少女が同じようにへたり込んでいた。
 やがて、異変に気づいたのはセザキ・マサトだった。
「……傷が……。リョーコちゃん、この子の傷が!?」
「……え?」
 すぐに立ち上がり、ストレッチャーにすがりつく。エミも同じようにしてユミを覗き込んだ。
 ユミの右肩から左腰へ深く刻まれ、ぱっくり開いていた傷口が見る見るうちに再生し、閉じ始めていた。
 肌にも血の気が戻り、頬が染まり、指先が震える。
 ヤマシロ・リョウコはヘルメットを脱ぎ捨て、胸に耳を当てた。
「……聞こえる。鼓動が……聞こえ――」
 顔をあげてエミに報告するのと、ユミが呼吸を回復するのはほぼ同時だった。
 胸に溜まった悪い空気を全て吐き出すかのように大きく息を吐いた後、早い呼吸からゆっくりとした呼吸に落ち着いてゆく。
 そして、最後にその瞳が開いた。
「……ユミっ!! ユミぃぃっ!!」
 意識を回復したユミが見たのは、自分の首にかじりついて泣きじゃくるエミと、その向こうで白い光を放っている巨大な人影――
「……ウルトラ……マン……?」
 何がなんだかわからないまま、ユミはその人影に微笑みかけていた。

 ―――――― ※ ―――― ※ ――――――

 ウルトラマンのかざした右手から放射される光の中で起きた奇跡。
 それを少し離れて見ていたクモイ・タイチは、その口許に笑みを浮かべていた。
「……ありがとう。ウルトラマンジャック」
 聞こえるはずもない感謝の呟き。
 どうやら被害者の少女は完全に回復したらしい。ストレッチャーの上で上体を起こし、もう一人の泣きじゃくる少女と抱き合っている。
 光を放射し終えたウルトラマンは、満足げに頷きながら右手を左手首に添え、ウルトラブレスレットを戻し――
 その刹那。ウルトラマンは背後からの飛び蹴りを受けた。つんのめり、そのまま回転受身を取るようにして倒れる。
「なに!?」
 奇跡に喜び合っていたヤマシロ、セザキ、エミ、ユミ同様、クモイ・タイチも襲撃者の姿を見上げる。
 濃紺の背景に溶け込みそうな、青と黒のカラーパターン。胸で点滅しているカラータイマー。
 クモイ・タイチはもう一度ストレッチャーの方を見やった。
 あの少年だけがいない。
「ちぃっ!」
 ぎり、と奥歯を噛み締めてクモイ・タイチは襲撃者を睨みつけた。
「レイガッ!! 貴様あああああぁぁぁぁっっっっっっ!!!!」

 ―――――― ※ ―――― ※ ――――――

 仰向けに倒れたウルトラマンは、肘で上体を支えたまま、起き上がろうとはしなかった。
 正面に立ちはだかる蒼と黒の同胞を見つめている。
(……何のつもりだ、レイガ)
 音声のみによるテレパシー通信。
 だが、レイガからの返信はなかった。
 ただ、自分を真似たような構えを取り、腰を落としただけ。
(それが望みか)
 ゆっくりと立ち上がり、いつものファイティングポーズを構える。
 お互いに胸のカラータイマーは点滅している。長丁場には出来ない。
(手加減はしないぞ)
 そう宣言して、自ら仕掛ける――その視界に、赤いレーザー弾が入ってきた。

 ―――――― ※ ―――― ※ ――――――

「ふざけるな、チンピラッ!!」
 叫んで、クモイ・タイチはトライガーショットの引き金を引いていた。
 だが、アキュート・アローはレイガに届くことなく、割って入ったウルトラマンの腕の甲で防がれていた。
 胸の前で両腕を交差させて防御するウルトラVバリヤー。
「な……!? ウルトラマン?」
 驚くクモイ・タイチにウルトラマンは掌を向けて制し、深く頷く。
「任せろってのか……? だが、お前はもう……」
 じっとこちらを見つめるウルトラマン――その背後からレイガが襲いかかった。
 首筋を狙ったチョップ――それを跳ね上げた左腕で防いだ。
 驚くレイガの腹に後ろ蹴りを叩き込み、たたらを踏ませる。
 拳を握り、震わせ、再び襲い掛かるレイガ。
 だが、その戦いぶりは相変わらず素人のケンカ。
 殴りかかってきた拳を軽くスウェーで躱すウルトラマン――拳がレイガの腹にめり込んだ。
「……なに?」
 普段のウルトラマンとは明らかに違う対応に、クモイ・タイチの表情が曇った。
 パンチを、キックを、チョップを躱し、その都度カウンターの一撃を叩き込む。
 武術上級者が、実力の劣る者を相手する際に見せる、言ってみれば居丈高な戦法。相手に彼我の力量差を思い知らせ、場合によってはその心を折ってしまうやり方。
 武術は我が身を守るもの、という信条を持つクモイ・タイチが嫌う戦法でもある。そんな風にちまちま思い知らせるくらいなら、一撃でのしてやるのが武術家の礼儀であり、情けというもの。お互いの被害も少なくて済むはずだ。
 自分の力量に陶酔し、それを披露することを喜びとする卑劣漢が己れの行為を正当化するための戦法――だと思っていたクモイ・タイチをよそに、ウルトラマンは圧倒的な戦いぶりを見せつけていた。
 素人とはいえ、手数を出していれば、中にはきらりと光る一発が紛れ込むことがある。
 そんなパンチを、ウルトラマンはがっしり受け止め、そのまま一本背負いで投げ飛ばす。
 十分助走をつけた飛び蹴りを、カウンターのチョップ一閃で叩き落す。
 ハイキックを右腕一本で防ぎ、そのまま足を取って振り回し、地面に叩きつける。
 レイガの苦悶の声が夜空に響いた。
 起き上がったレイガがスラッシュ系の楔形光弾を放つ。
 右手を差し伸ばし、左手を右肘の内側に向けてウルトラショットで撃ち返す。
 そして――レイガは両腕を左に伸ばした。必殺光線の構え。
「……レイジウム光線」
 クモイ・タイチが呟いたそれは、GUYSのアーカイブに登録するためにつけられた名前。
「撃つ気か……? 本気で? 同胞に向かって?」
 レイガの両腕が光の軌跡を残しながら右へと回って――右腕を立て、左拳をその中ほどに押し当てる。
 放たれた光線を、ウルトラマンは両手を十字に組んで迎え撃った。
 両者の中間でお互いの光線はぶつかり合った。
 そのまま光線同士の押し合いになる――と思われたが、拮抗はあっけなく破れた。
 ウルトラマンのスペシウム光線はあっという間にレイジウム光線を押しのけ――というより弾き散らし、レイガの胸に命中した。
 胸から火花を飛び散らしながら、のけぞり飛ぶレイガ。
 その姿は地面に倒れる前に薄れ、消えた。

 ―――――― ※ ―――― ※ ――――――

 レイガが消えた後、ウルトラマンも空の彼方に消えた。
 エミとユミは身体の状態を調べるためにヤマシロ・リョウコ、セザキ・マサトとともにGUYSホスピタルに向かうこととなったが、クモイ・タイチだけは現場に残った。無許可で。
 無論、行方を消したレイガを捜索するために。


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