ウルトラマンメビウス外伝 RAYGA
第3話 狙われた星 その6
「お代わりなんかいらん。さっさと話を続けろ。つうか、まだ本題じゃなかったのかよ」
苦々しく吐き捨てて、広げた両腕をソファの背もたれに乗せるシロウ。
「今のは自己紹介じゃないか。――おほん。実は、私のような境遇の星人って、地球上には結構いてねぇ」
「ふうん……………………なに?」
驚きの真実に、ぐったりもたれていたシロウの首が立つ。
「有名どころではバルタンとか、ミステラーの逃亡兵とか、ええと……ペガッサの人もいたなぁ。私みたいに地球に侵略に来て帰れなくなったとか、地球人と触れ合ってその気がなくなったとか、地球人に住む星を壊されたとか、今の地球人が隆盛を極める前からいたんだけど、いつの間にか追いやられていたとか、理由は色々なんだけどね。そういうのが地球各地でひっそり暮らしてるんだ。で、私はそういう連中の集まりであるところの『地球在住宇宙人等生活協同組合』の代表を務めている。略して生協っていうんだけどね」
シロウはぽかんと口を開けたまま、固まっていた。
地球に異星人の集まり? 『地球在住宇宙人等生活協同組合』? 略して生協?
「それで、今日君に来てもらったのは他でもない。『地球在住宇宙人等生活協同組合』の組合長として、君に警告をするためだ」
警告、というキナ臭い単語に、シロウはたちまち敏感に反応した。
呆気に取られていた瞳が素早く焦点を結び、頬に酷薄な笑みが刻み込まれる。
「警告だぁ?」
「そう、君の存在は邪魔なんだ」
「言ってくれるな。くっくっく、なるほど。ようやく本性表わしやがったか。地球侵略の邪魔になるオレをまず始末しようって腹だな」
ソファの背もたれに両腕を架けたまま、じわりと殺意を放ち始める。
メトロン星人の動きが、その時ぴたりと止まった。頭部が大きく傾ぐ。
「……話を聞いていなかったのか?」
「ああん?」
「我々の望みは地球でひっそり、地球人にばれないように生きることだ。私の地球侵略が成功云々は、あくまでノリから出た軽い冗談だぞ? まさか本気にしたのか?」
「待て待て待て。そっちこそ今、オレが邪魔だっつーたろーが」
「もちろんだ」
大げさなぐらい真剣な口調で、大げさなぐらい大きく頷く。
「君は宇宙警備隊隊員でもないのに、怪獣が出ると巨大化して闘っただろう。そして、そのたびに地球人に迷惑をかけ、危険にさらした。地球人から見れば、君は怪獣と同じだ。そして、君が怪獣扱いされれば、我々地球に住む異星人も迫害される危険が高まるのだ。ウルトラマンそっくりな異星人ですら地球人を省みずに暴れるのなら、不気味な姿の宇宙人はどんな悪い奴なのだろう、とね」
「ああ……そーゆーことね」
たちまちやる気を失い、再びがっくり首を仰向ける。天井を見上げながら、シロウはため息をついた。
「つまりオレに、変身するな、と」
「変身だけじゃあないよ」
不満げに手を振るメトロン星人。
「そもそもウルトラ族の超能力自体、使わないでほしいのだ。……昨日、松竹組でスラッシュ系の光線を放っただろう?」
「……あ」
思い出した。
拳銃とかいう物で撃たれそうになったので、咄嗟に楔形光線を放って牽制したのだった。
「そういう考え無しの行動が困るというのだ。壁にその痕が残っていたんで、証拠隠滅に事務所ごと焼くしかなかった。おかげで騒ぎが大きくなってしまって、松竹組を解散させざるをえなかったんだぞ。警察やGUYSにあれを見られていたら、今頃オオクマ家に捜査員が訪れているところだ」
「家に?」
腰を浮かしかけるシロウに、メトロンは手を振った。
「慌てるな。来てないよ。君が起こした暴走族と暴力団の制圧事件、両方とも私が圧力をかけておいたからね。当事者も基本的に見たことあったことに口をつぐんでくれている。ゴシップ誌の記事ぐらいにはなるかもしれんが。……地球では、異星人というのは拘束するか排除するかの対象なんだよ」
「……かーちゃんはオレの正体を知っていても、黙ってくれてるぜ」
「その他にも、君の正体を知っているものは何人かいるようだね。だが、それは特殊な例だということを君は知るべきだ。かつて――」
不意にメトロンの声の調子が落ちた。シロウと同じようにソファに背を預け――首が胴と一体だし、目もフジツボなのでよくはわからないが――、天井を見上げて何かを思い出しているようだ。
「かつて、姿かたちは地球人そっくりに変身していたのに、地球人の子供を守ろうと超能力を使ったがために、暴徒と化した地球人に射殺された星人がいた。彼は平和を愛する心優しい星人だったのに……」
たちまちシロウの表情が険しくなる。
「ほんとかよ。ひでえ話だな。そのくせウルトラマンはありがたがる、か。……ち、やっぱ気に入らねえや。地球人てのは」
「そう言うな」
少し優しさのにじむ口調で言って、急須のお茶をシロウのカップに注ごうとする。しかし、お茶は出てこなかった。
急須を持ったまま立ち上がり、電動ポットへと向かう。
「地球人に限らず、誰しも理解の範疇外にあるものは怖いものだ。怖いものにはそれ相応の反応をしてしまう。……あれは、無知が招いた悲劇だったのだ。それで地球人の罪が消えるわけではないが、それで断罪するのも酷というものだよ。ま、当事者でないから言える意見だがね?」
新しいお茶っ葉に替え、お湯を注いで戻ってきたメトロン星人は、そのままシロウのカップにお茶をついでから、ソファに腰を下ろした。
「結局、自分が周囲の者と違うことを自覚できる者は、なるべく人と変わったところを隠すべきなのだ。心優しき隣人に、無用の心配や恐怖を与えぬために。いつか理解してもらえる時代が来るまで。それは我々隠れ住む者の知恵であり、礼儀なのだ。だから、君にもそれに従ってもらいたい」
「……………………」
しばらく考え込んだシロウは、まだ湯気の立っているカップを引っつかむと、一息に飲み干した。
「なるほど?」
大きく息を吐き、鋭く威嚇を込めた目でメトロンを見やる。
「今の話でよぉくわかったぜ、メトロン星人。地球人の底ってやつがな。結局、自分と似た者か、自分達を目に見えて助けてくれる相手でなきゃ受け入れられねえ、偏狭偏屈な田舎もんだってことだな? ……上等じゃねえか。地球人がオレを敵と見て戦おうってンなら、地球人もオレの敵だ。そん時は遠慮無しに暴れまくってやるよ。今回、ボーソーゾクやヤクザを相手にしたみたいにな」
「レイガっ! 君は――」
「まあ、待て。焦んなメトロン」
立ち上がって叱責しようとしたメトロン星人に対し、シロウは掌を突き出して制止した。
「とはいえ、だ。正直なところ、オレは地球侵略にも防衛にも興味はねえ。怪獣どもと戦ったのも、こっちの都合があったからだ」
「都合?」
立ったまま聞き返すメトロン星人。その口調にはありありと不審の色がある。
シロウはおどけたように両腕を広げて、肩をそびやかしてみせた。
「ぶっちゃけて言やぁ、かーちゃんの息子がピンチだったんでな。地球に潜むためにも、恩を売っときたかったんだよ。二回目はその後片付けっつーか……。それに、ボーソーゾクだって、ヤクザだってこっちから手ぇ出したわけじゃねえ。そっちから突っかかってきたんだ。こういうのを何だっけな、ゼンポーコーエンフンっつーんだっけ?」
「……正当防衛のことかな?」
「ああ、それそれ。たぶんそれ。あいつらにしろ、異星人の集まりにしろ、てめえが元締めだってんなら話は早え。オレに戦ってほしくねえんなら、オレの周りで面倒を起こすな。そもそもあのボーソーゾクとかいうバカどもが、エミとユミに手ぇ出そうとしたのが始まりなんだからよ」
「………………」
しばしの沈黙が漂う。
睨み合う両者。動いているのは、メトロン星人の甲殻部内縁で明滅する部分だけ。
「わかった。その要求、飲もう」
やがてそう言ったメトロン星人は、すとんとソファに腰を下ろした。
「へえ。話が早いな」
「以後、君のいる東京P地区周辺での暴走行為や暴力団の活動は極力止めさせよう。その代わり、こちらもお願いしたいことがある」
「なんだよ」
「さっきも言ったとおり、我々は地球で静かに暮らしたい。そのため、独自の地球防衛活動を行っている。宇宙警備隊とも、地球の防衛隊とも違う活動だが、その両者へのサポート活動も行っているんだ。まあ、具体的には独自のネットワークから得た情報を双方へ流しているんだが」
「……オレに頭使わせんなよ。自慢じゃねえが、そんなのは――」
「わかっているとも」
「ぅおい」
「なんだね。自分で言ったじゃないか。地球防衛に興味はない、と。我々が君に期待するのは君自身の『気持ち』ではない。君の持つ能力だ。ウルトラマンが不在で、GUYSや地球人の部下では対処できない事態において、何らかの実力行使が必要になった時に変身して戦ってもらいたい」
「……………………。つまり、てめえらの用心棒になれ、ってことか?」
「いやいや、むしろ秘密兵器だよ」
「ほほう。秘密兵器か。ふっふ、いい響きだ」
嬉しそうににんまり頬笑むシロウ。
しかし、メトロン星人は左右に体をひねった。首を振っているらしい。
「ただ、今のままではちょっと物足りない」
「あん?」
「とりあえず、目の前にいるのが地球人か異星人かぐらいはわかる程度の能力は訓練してもらわないと。ついでに腕も磨いてもらいたいね。いざ登場しても、時間稼ぎしか出来ないのでは困る。地球怪獣程度にてこずるようでは、秘密兵器とはいえないからね」
「む」
たちまち不機嫌そうに黙り込み、メトロン星人を睨むシロウ。
構わず、メトロン星人はカップに手を伸ばした。
空気を震わせるような音が響き、メトロン星人は元のハゲオヤジの姿に戻った。すっかり冷めたお茶に口をつける。
その時、ドアがノックされ、顔立ちの整ったスーツ女性が入ってきた。
「……会長、そろそろ次の会議の時間が」
「そうアルか。ではオオクマ・シロウ君、今日はこれまでにするのコトヨ」
「は?」
今の今までとまったく違うそのすっとぼけた口調に、シロウはうろたえた。
そんなシロウを馬道龍は追い立てるように立たせた。
「ささ今日はオシマイオシマイ」
「ちょ、ちょっと待て、オレはまだ返事を」
「無問題無問題。ワタシ忙しい。急ぐ話でないから、返事はまた今度でいいネー。今日のところは部下に送らせるアルから、またおととい来るヨロシ。今日は楽しかタアル。じゃー再見再見。――カノウさん、ワタシ次の会議出る準備しておくネー。彼のこと失礼ないヨー駐車場まて案内するアルよー」
背中を押してシロウを部屋の外へ追い出し、秘書のお姉さんに指示を出す。
「はい。……それではこちらへどうぞ」
早々に閉じられた扉に頭を下げた秘書のカノウは、踵を返しながらシロウをエレベーターに向かって案内する。
来る時にいた二人は先に車に向かったのか、扉の前からは消えていた。
―――――― ※ ―――― ※ ――――――
「――あれでよかったのか?」
シロウがその部屋から姿を消した直後。
壁際の観葉植物の陰に隠された、隣の部屋の扉から現われた男はそう訊ねた。
「例の件、伝えるんじゃなかったのか」
「しょうがないだろう。私もまさか、あそこまで使えないレベルだとは予想してなかった」
ソファに腰を下ろし、急須の中身を自分のカップに注ぐ馬道龍。その表情は明らかに不機嫌そうだ。
「まったく。目の前の異星人の正体にすら気づかないとは。あれでは伝えられんよ。下手に首を突っ込まれては、被害がさらに増えかねん。大人しくしてもらっているのが一番だ――君も飲むかね? 郷秀樹」
「いただこう」
扉から現われた男・郷秀樹は、サングラスを外して革ジャンの内ポケットに差しながら馬道龍の前に腰を下ろした。
馬道龍はいそいそと立ち上がり、お茶っ葉を替えることもなく電動ポットから急須に湯を注ぐ。
「私と君だけだし、出がらしでもかまわんだろう?」
「大した歓待だな。レイガとはえらい違いだ」
苦笑している郷秀樹の前に新しいカップを置き、注ぐ。
「まあ、そう言うな。私もゆっくりしているわけにもいかんのでな。カノウさんが戻って来るまでだ」
「……被害はどうなってる?」
郷秀樹はカップに手を伸ばそうともせず、真剣な眼差しで訊ねた。
馬道龍は悲痛な面持ちで首を横に振る。
「昨晩、十二人目がやられた。ミステラーの戦士だった。丁度いいところでレイガが暴れてくれたおかげで、そっちの隠蔽工作は人目につかなかったが……地球人の被害を防ぐためとはいえ、そろそろ生協内部でも異論が出始めている」
「仇のウルトラ族を守る義理はない、とかそんなところか」
頷く馬道龍。
「奴の標的は君だからな。だから放っておけば生協の組合員には被害はない、と考えているようだ。……そのために地球人が犠牲になれば、我々の肩身がまた狭くなるというのにな」
「地球人側の動きは?」
「現時点で地球人の被害は四人から増えてはいない。勇敢な組合員のお陰だよ。だが、そろそろ地球側の捜査本部でも疑念が生じているようだ。これは地球人の仕業ではなく、侵略者の仕業ではないかとな。裏情報によると、上層部がGUYSに捜査協力を要請したらしい」
「……怪奇宇宙人ツルク星人、か」
郷秀樹の眼が細まり、鋭さを帯びる。
馬道龍も前かがみ気味になって、真剣な眼差しを返す。
「格闘戦に限れば、宇宙でも屈指の一族だ。……そして、その雇い主はおそらく、この前に君が全滅させたテロリスト星人辺りだろう」
「あの時は世話になった」
「いや、こちらこそ。おかげで悪事を続けていられる」
皮肉に満ちた笑みを浮かべる馬道龍。
郷秀樹はカップを取って、一口茶を飲んだ。
「ま、ほどほどにな」
「もちろんだ。地球人の司直はともかく、君の手は煩わせんよ――と、それはともかく」
再び表情を引き締める。
「奴の同胞は過去にマグマ星人の依頼で、ウルトラマンレオを襲ったことがある。元侵略者の私が言うのもなんだが、あれは人の道を知らぬ外道だ。まともな相手ではない」
「そうらしいな」
答えつつ、茶をもう一口含む郷秀樹。
「だが……奴はむしろ、オレとの出会いを避けている節がある」
「標的である君との接触を避ける? なぜだ? ……いや、そうか。君だからか、新マン」
意味ありげな呼びかけ方に、郷秀樹は頷いた。
「そうだ。地球人の犠牲者を増やし、オレを怒らせて平常心を奪うつもりなのだろう。かつてのナックル星人の策をなぞっているのだろうな」
「ますますたちの悪い話だな。……今のままではいつ、どこで被害者が出るか、予想できん。何か手はあるのか」
「今のところ、ない」
郷秀樹は力無く首を振って、深いため息をついた。その眉間には深い苦悩の皺が刻まれている。
「手は尽くしている。が、MATにいた頃ならともかく……今は、な」
「そうか」
馬道龍はカップを手にした。少しその水面を見つめ、くいっと一息にあおる。
そして、そのカップを置くと同時に目の色が変わっていた。
「……そろそろ潮時かもしれんな」
その苦渋に満ちた呟きに、怪訝そうな顔をする郷秀樹。
馬道龍は腕を組んで、背中をソファに預けた。その眼差しが郷秀樹を真っ直ぐ捉える。
「郷秀樹。君と我々は地球を守るという利害で一致してはいるが、元々信念で以って道を同じくしているわけではない」
それまでとは明らかに一線を画した、他人行儀な口調だった。
「なんだ、藪から棒に」
「あくまで我々は利益の一致においてのみ、協力しているということを再確認したのだ。地球人を守ることで少数派である生協組合員の安全を図るのが目的とはいえ、そのために生協自体が分裂するような騒ぎになっては本末転倒。よって、これから我々は独自の活動を開始する」
「どういう意味だ?」
訝しむ郷秀樹に答えず、馬道龍は立ち上がった。そのまま窓際までゆっくり歩いてゆく。
「東京P地区周辺で哨戒・待機していたまえ、ウルトラマン。奴は必ず引きずり出してみせる。出てきたら連絡する。……倒すのは君がやれ」
「馬道龍……」
郷秀樹に背を向けたまま、馬道龍は眩しい夏の空を見上げる。その眼が細まる。
「これだけは覚えておきたまえ、ウルトラマン。我々は元々やむなく地球に住みついた者どもだ。非情といわれようと、卑劣と罵られようと、今の平穏を守るためになら、いくらでも君や地球人を利用する。我々が守りたいのは我々の平和であって、地球人の平和ではないのだ」
首だけ振り返って、皮肉っぽく頬を緩ませる。
「……無論、我々の平和がすなわち地球人の平和であってほしいのも、偽らざる気持ちだがな」
郷秀樹はしばらくじっと考え込んでいた。
しばらく沈黙が続いた後、安堵めいた吐息が漏れた。頷く頬に微笑が浮かぶ。
「その気持ちを信じよう。……だが、無茶はするなよ、馬道龍」
「君こそ、気をつけろ。奴の双腕刀は鉄をも切り裂くそうだ」
郷秀樹は深く頷き、決然と立ち上がった。
―――――― ※ ―――― ※ ――――――
「ただいまぁ」
夕暮れ時のオオクマ家玄関に、シロウの脳天気な声が響いた。
どたどたと多くの足音が交錯し、玄関に人の波が殺到した。
その数に、シロウはうんざりした顔になる。
「なんだよ、またかよ。うちのご近所さんは揃いも揃ってヒマな連中だな、おい」
心配しながら待っていたシノブ、エミ、ユミだけでなく、マキヤ、トオヤマ、タキザワ、ワクイ、カズヤまで、昨晩の顔ぶれが再び集まっていた。
「無事だったかい!」
すがりつくように聞いてくるシノブ。
「シロウさん! お帰りなさい!」
双子のように声を揃えて破顔しているエミとユミ。
「シロウくん、一体なにがどうなってるのか説明してくれよ」
まだ心配げなカズヤ。
タキザワ、ワクイは黙ったまま腕組みをして唇をへの字に曲げ、マキヤ、トオヤマは最後尾で物見高く様子を窺っている。
シロウは腰に両拳を当てて、大仰にため息を漏らしてみせる。
「何がどうもクソもあるかよ。ヤクザの元締めと話をしてきただけじゃねーか。――おう、エミ、ユミ」
「はい?」
「はい!」
急に呼ばれたエミはきょとんとし、ユミは嬉しそうに返事をした。
二人に向けて、にかっと笑ったシロウは親指を立ててみせた。
「もう心配ねえぜ。ヤクザの元締めがよ、この辺りじゃボーソーゾクもヤクザも暴れさせねえって約束したからよ」
「え……? ええええ?」
「ほんとですか、シロウさん!?」
「ほんとほんと。なかなか話のわかるおっさんでよ」
話しながら玄関を上がり、両手で二人の肩を抱いて、居間に向かう。
大人たちはちょっと不満げにその後を追いかけた。
「でも……」
ユミが不安そうに表情を曇らせる。
「そんな人が、何の見返りもなしにそんなことしてくれるとは思えません。シロウさん、一体……」
「だーかーらー。変な勘ぐりすんなって。……言っとくけどな、ユミ」
二人の肩から腕を離したシロウは、その手をズボンのポケットに突っ込み、睨むような顔つきで振り返った。
「オレは今こんななりだが、宇宙人なんだぜ。そのオレ様が、自分の何か大切なもんを取引材料に、てめえら地球人の身の安全とか考えるなんて思うなよ? そんな取引するくらいなら、巨大化して暴れてるっつーの」
「シロウ、あんた!」
鬼の形相でエミとユミの間を掻き分けて進み出てきたシノブに、シロウはたちまち怯えた顔つきになって後退った。
「待て待て待て、待ってかーちゃん。拳骨は待って。確かに出て行く前に拳骨上等とは言ったけど、拳骨は待ってくれ。巨大化してねえ。変身もしてねえ。ケンカもしてねえ。ええと……ほら、もし向こうで暴れてたら、あんなでっかい車でわざわざここまで送ってくれるわけねえだろ?」
「……ほんとに大丈夫なんだね?」
じと目で見据える。まったく信用されてない。
「大丈夫だって。しつこいよ。ほんとに話してきただけ」
「…………よかったぁぁぁ〜〜〜〜〜……」
思い思いため息を吐いて、シノブはへなへなとその場に座り込んでしまった。
慌ててタキザワ達がその背中を支える。
その様子に、シロウは両肩をそびやかしておどけてみせた。
―――――― ※ ―――― ※ ――――――
その夜。
風呂から上がったシロウは、汗を拭き拭き居間に戻ってきた。
シノブはちゃぶ台に頬杖をついて、テレビを見ている。
タオルを首にかけ、その向かいに腰を下ろした。
「……かーちゃん。ちょっと話があるんだけど」
ちろっとシロウを一瞥したシノブは、テレビを消すと居住まいを正した。
「なんだい? ……今日の、帰ってきたときのことかい?」
その口調。じろりと見やるその目つき。
シロウは苦笑しながら頷いた。
「やっぱ、かーちゃんにはわかってたか。そうじゃないかとは思ってたけどな」
「へえ。あんたもちょっとは人の心ってもんが読めるようになってきたようだね」
ほんの少し嬉しそうに微笑むシノブ。
シロウは照れくささに鼻の頭を掻いた。
「あんときはみんながいたんで、ああ言ったけどよ。一応かーちゃんには話しておくな」
そしてシロウは、馬道龍との会見の全てについてシノブに報告した。
馬道龍がヤクザとかの元締めであること、その正体、そして交わした約束。
シノブは正座したまま、全てをただ頷き頷き聞いていた。
―――――― ※ ―――― ※ ――――――
「――とまあ、そういうことになった」
「そうかい」
話を聞く前より、少し硬張った――真面目な表情で、シノブは頷いた。
しかし、すぐに笑顔をほころばせた。
「けどまあ、よく話してくれたね。それに、あの場で黙っていたのも正しい。今の話を聞いたら、エミちゃんやユミちゃんなんかは特に気にしただろうからね。褒めてあげるよ。……成長したね」
「へへへ……」
赤面して鼻の頭を掻く。
「シロウ、せっかく褒めてあげたんだから、明日台無しにするんじゃないよ?」
「明日?」
「約束してたじゃないか。明日、エミちゃんたちの水泳大会へ応援しに行くんだろ? その時にうっかり口を滑らせるんじゃないよ? あんたはそういうおっちょこちょいなところがあるからねえ」
「なんでぇ、結局説教かよ」
不満げに口を尖らせるシロウに、シノブは苦笑した。
「釘を刺してんだよ。……台無ししにちゃったら、今までみたいに笑って済ませることじゃないからね。腹くくって、隠し通すんだよ。それが、あの娘達のためなんだから」
「ああ。わかってる」
「ほんとかねぇ。……で? お前、どうするんだい? そいつの言うとおり、その宇宙人組織とやらの秘密兵器として戦うのかい?」
「え? ああ…………んー……正直、考えてねえんだよな」
腕を組み、首を傾げて唸る。
シノブは鼻を鳴らすようにため息をついた。
「ま、お前のこったからそうじゃないかと思ったけどね」
「やっぱ答え、出さなきゃだめかなぁ」
「そりゃそうさ。答えを出さずにズルズルなんてのは、なにはともあれ男らしくない。ダメだ。けどね……」
シノブは大きく深呼吸をして、少し前かがみに崩れかかっていた背筋を伸ばし、姿勢を正した。
「答えってのは別に、相手の予想しているものを相手の予想している時に出してやる必要はないんだよ?」
「はい?」
予想外の言葉に、思わずシロウは目を瞬かせていた。
「答えはお前が出すもんだ。他の人間があれこれつべこべ言うことじゃない。急かされて出した答えが必ずしも悪いとは限らないし、熟考の末の答えが最高とも限らない。答えってもんがいつも問題を出された時に見えているとも限らない。そして……選択した答えが正しいかどうかさえ、誰にもわからないもんだ。だから、あんたはあんたが一番良いと思うものを、一番良いと思う時に選べばいい」
「……………………」
「いいかい? 答えは相手が示した選択肢の中だけにあるとは限らないんだよ? あたしに言えるのは……あんたが出そうとしているその答えは、あんたにとって、とっても大事なものだから、急がず慌てずに出しなさいってこと。それと、出すのなら誠実な気持ちで出しなさいということだけだよ」
「……急がず、慌てず、誠実に……」
口の中で何度か繰り返してみる。
正直、シノブの言ったことの意味は、しっかりと腑に落ちるほど理解できてはいない。
ただ、嬉しさがこみ上げてきた。
理由はよくわからないが……答えを出せずにいる今の自分を叱りつけず、それでいいと言ってくれたからだろうか。
シロウはその嬉しさをシノブに伝えなくてはならない気がして――
「かーちゃん……」
ほとんど無意識に、首からかけていたタオルを外し、正座をして膝を揃え――
「? なんだい、改まって」
話が終わって、再びテレビのリモコンに手を伸ばしているシノブ。
シロウは深々と、ちゃぶ台に額がつくぐらい頭を下げた。
「ありがとう」
それ以外に思いつかなかったその言葉は、照れも気負いもなく、生まれて初めて自然に出たものだった。