ウルトラマンメビウス外伝 RAYGA
第3話 狙われた星 その5
シロウがリムジンに乗って都心へ向かっている頃。
クモイ・タイチはメモリー・ディスプレイでアイハラ・リュウと通信中だった。
『どうだ、タイチ。現場でなにか見つかったか?』
「見つかるも何も」
困惑げな顔で上方を見やる。隣のセザキ・マサトも気を抜かれたような顔つきをしている。
二人がいるのは、駅前のロータリーに面したビルの前。
一階が小さなパチンコ屋になっているそのビルの二階に、松竹組の組事務所があった――はずだった。
そこにあるはずの窓ガラスは砕け散って跡形もなく、残った窓枠が黒く煤けていた。
今は入り口に黄色い立ち入り禁止テープが張り巡らされ、その外側に黒山の人だかりができている。周囲には何台もの消防車と警察車両が停められているため、ロータリーも閉鎖状態となっている。
状況説明を受けたアイハラ・リュウは、通信画面の向こうで目をぱちくりさせていた。
『いったい……何があった?』
「ガス爆発だそうだ」
そう言いながらも、クモイ・タイチの表情は明らかに納得していない。
「警察からGUYSに捜査協力の打診のあった、暴力団事務所の襲撃事件だが……警察側の捜査は一通り昨晩のうちに終わっていたらしい。捜査員たちが一旦引き上げた後の未明に、突然事務所が丸焼けになった。捜査中は火の気どころか、人の気配もすらなかったとの話だがな。一応、中も見せてもらったが……そっちの説明はセザキ隊員に」
その言葉を受けて、セザキ・マサトもメモリー・ディスプレイを取り出した。
「もしもし、セザキです。いやもー中は真っ黒コゲのすすだらけ、ぜーんぶすっきり燃え尽きてました」
『それにしたってお前、いきなりガス爆発って』
「原因は不明です。消防の発表待ちですかね。ただ……ボクの見た限り、ガス爆発というにはちょーっと不審な点がちらほらと」
『どういうことだ?』
「ガス爆発、という割りに妙に火力が強いんですよねぇ。爆発のダメージより、燃焼のダメージの方が顕著に見られます。その割りに、他の階や隣接ビルへの被害が一切なし。組事務所の中だけがこんがり焼けて消し炭に。消防によると、通報を受けて消火活動に来たときにはすでにほぼ鎮火状態で、ガスの漏出も認められなかったとか。……ね? なーんか変でしょ?」
『ふむ……何者かによる、証拠隠滅の可能性が濃いってことか。だが、何のためだ?』
セザキ・マサトとクモイ・タイチは顔を見合わせ、お互いに首を振った。
「そこがわからないんですよねぇ。やっぱり、あれですかね? 暴力団員全員病院送りにしたのが例の惨殺事件の犯人で、足取りを隠すために……」
「それはない」
断言したクモイ・タイチに、画面に映るアイハラ・リュウの片眉が上がる。
『タイチ、自信ありげだな』
「ああ。このガス爆発も事故ではなく事件と仮定しての話だが……組事務所襲撃、ガス爆発、それに、ヤマシロ隊員が調べている暴走族の事故。この三件とも死者が出てない。どの事件の手口を見ても、例の事件の犯人像とはまるで重ならん。むしろ、死者を出さないように配慮したとも取れる」
『なるほど。……向こうは問答無用でぶった切り、だからな』
「ああ。それからもう一つ。このガス爆発が、さっき隊長たちが言ったとおりの証拠隠滅のためのものだとしたら……違和感を感じないか?」
『違和感?』
アイハラ・リュウは首をひねった。
『いや……よくある手口じゃねーか?』
「オレ達にはな。だが、組事務所襲撃の容疑者として想像される犯人像にそぐわない。これは、裏の世界での証拠の消し方だ。……オレの言っている意味、わかるか隊長?」
『ん〜……回りくどい言い方だな。タイチにしちゃ珍しく。はっきり言え』
ちょっとむっとして顔をしかめるタイチ。
「隊長。周囲に民間人がいるんだ。迂闊な発言は出来ん」
二人の周りを警察関係者や消防関係者が行き交っていた。立ち入り禁止テープの向こうには野次馬や報道関係者も揃って、二人に興味深げな視線を投げかけている。
「つまり、こういうことだよね?」
場の空気を読んだとは到底思えない脳天気な声で、セザキ・マサトが割り込む。
「光線ピカッでビルごと全部消滅させたり、幻で隠したり、中に隠したロボットや宇宙船出撃で一緒くたに何もかもなかったことにしたり、ええと……中を異次元に繋げて、目当ての場所には永遠に着けないようにするとか、そんな感じの方がらしい、ってことだよね? クモっちゃん」
聞かれたものの、腑に落ちない表情で小首を傾げるクモイ・タイチ。
「……まあ、そうなんだが……いや、そうだな。セザキ隊員の言うとおりだ。ガス爆発に見せかけて証拠隠滅なんてのは、連中の科学技術レベルから考えると、あまりに原始的すぎる」
『う〜ん……』
腕組みをしたアイハラ・リュウは、難しい顔で唸っていた。
『規格外の事件に、地球人くさい手口、か。なんつーか、今ひとつ収まりの悪い状況だな』
黙って頷くクモイ・タイチ。
『だが、規格外の犯人が起こしたらしい事件が、その周辺で何件も立て続けに起きたのは確かだ。例の惨殺事件も含めてな。この先、どこでどう関わってくるかわからねえ。十分注意して、周辺の調査を続行してくれ。オレもそっちへ行ってやりてぇが……』
通信機の向こうで、シノハラ・ミオが『ダメです』と釘を刺しているのが聞こえた。
万が一の待機要員として、また捜査協力を依頼してきた警察幹部との折衝役としても、アイハラ・リュウは今回ディレクション・ルームを離れるわけにはいかない。
クモイ・タイチとセザキ・マサトはお互いに頷き合って、画面に目を戻す。
「隊長、ま〜っかせて。とりあえずクモッちゃんもいることだし、暴力団員全員病院送りにしたその少年の足取りを追ってみます。病院の方はリョーコちゃんが行ってくれてるので」
「では、隊長。また連絡する」
『頼んだぜ二人とも』
G.I.G、の声とともに、通信は終わった。
―――――― ※ ―――― ※ ――――――
シロウが案内されたのは、都心の高層ビル群の一角だった。
地下の駐車場にリムジンを止め、直通エレベーターに乗り込む。
エレベーターはビルの壁面を尋常でない速度で上昇していった。ガラス張りの窓から見える風景は、レイガに変身した時に見える風景と同じ。
針山のようにそそり立ち、高さを競う石の塔の群れ。
その足下に広がる街はどこもかしこも石に覆われ、土の色はどこにも見えない。そしてそれが地平線の彼方まで続いている。
地球人の底力を見せつけるがごとき、人工のモニュメント・フィールド。それは地表にかぶせられた蓋のようにも見えた。
―――――― ※ ―――― ※ ――――――
やがて、最上階近くでエレベーターは止まり、シロウは二人の黒服の案内に従ってある部屋へと進んだ。
重厚な木彫扉が自動的に開く。見た目は伝統的、中身は最新式。
シロウを中へ促した黒服二人は、扉の外で扉が閉まるまでシロウの背中に頭を下げ続けていた。
「……さぁて」
ぺろっと唇を舐めたシロウは、ズボンのポケットに手を突っ込み、とりあえず部屋の中を見回した。
大きな部屋だった。オオクマ家の建物がまるまる入ってしまいそうだ。
天井からぶら下がっている、きらきら輝く派手な電灯だけで、シロウの部屋ぐらい十分占有できる大きさがある。
正面は壁一面ガラス張り。東京を見渡す大パノラマは、夏の日差しにきらめく海が眩しい。
床は全面じゅうたん張り。部屋の四隅に鉢植えの観葉植物。
調度品は、扉を入ってすぐのところに帽子・コート掛け、壁面の一角に細かい装飾に凝った書棚と食器棚が一つずつ。
地球人ではないシロウにはそれぞれの価値などとんとわかりはしないが、確かシノブが見ていたテレビ番組で、『セレブ』とかいう地球の上級人種が住んでいると紹介されていた部屋によく似ているように思う。
ただ、珍しいところで、この部屋の雰囲気にはまったく異質な、鮮やかな緑色のカラーボックスがぽつんと一つ置いてあった。それだけはオオクマ家を初めとして、色んな家で見た覚えがある。
部屋の中央には応接セット――天板に岩を用いたテーブルを挟んで、向かい合わせに置かれた黒革張りのロングソファ。
その上座に黒い重役机。そして背の高い黒革張りの重役椅子――に、誰かが座っていた。
椅子ごと向こう―見晴らしのいい窓側―を向いているため、シロウの位置からでは灰色のスーツの肩だけが見えている。容姿はわからないが、かろうじて男のようだと判断した。
「……てめえが、馬道龍か」
威嚇を隠しもしない低い声で訊ねると、椅子の男は軽く左手を挙げて答えた。
「そうだ。よく来たね、オオクマ・シロウ」
くるりと椅子ごと振り向く。そこにいたのは――
禿げたおっさんだった。
小太りで、年はシノブかタキザワのじーさんぐらい。
鼻の下に髭を蓄えているが、頭頂部はかなり広範囲にわたって地肌が露出している。
ぎょろっとした目が印象的だったが、裏世界を牛耳っているという触れ込みのわりに威圧感は感じない。
シロウは拍子抜けしたように一つ息を吐くと、そのまま部屋を横断して重役机の前に近づいて行った。
その間に男は机の引き出しから、紙製の小箱を取り出した。その表面の印刷は見たことがある。確か、タキザワのじーさんも持っていたタバコとかいうものだ。
馬道龍は中からタバコを一本取り出し、机の前まで来たシロウに差し出した。意味ありげに笑みを浮かべる。
「吸うかね?」
「いらねーよ」
敵の親玉から施してもらう筋合いはない。もとより吸う習慣もない。
すると、馬道龍はやっぱりな、とでも言いたげに頬に刻んだ笑みを深くした。
「セブンから聞いていたかね? 私からのタバコは危ない、と。ウルトラ族の逃亡者レイガ?」
「あん?」
シロウは怪訝そうに顔をしかめた。
セブン? ウルトラ兄弟の? なにを? なぜ? ――いや、それより。
「てめえ、なんでオレの本名を。地球人が――」
「なんだ、気づいていなかったのかね?」
指先でくるくるとタバコを回し、それを器用に元の箱の中へ戻した馬道龍は、それをそのまま引き出しの中へと入れた。
シロウもついその動きを目で追っていた。そして、引き出しが閉まる、たん、という音で馬道龍へ視線を戻し――
「うおっ!!??」
シロウは思わず、飛び退っていた。驚きすぎて力の調整がきかず、応接セットのテーブルの上に着地する。
その驚きようをカラカラと笑う馬道龍は、地球人の姿をしていなかった。
頭部から腹部まで一体になった、かぶりものじみた流線型の甲殻が、オレンジ色ということもあってひときわ目を引く。その両側に飛び出している小さな突起物は確か、テレビで見たフジツボとかいう生物を思い出させる。
甲殻から出ているように見える四肢は青を基調に、腹部が赤、肩と脇から足にかけて黄色。
そして、その両手は筒状で、先端の方が裂いたようにギザギザになっている。
どこをどう見ても、地球人ではありえなかった。
「私はメトロン星人」
テーブルの上でへっぴり腰で構えるシロウに、馬道龍だった者は笑いを含んだ声で言った。
甲殻部の両側、肩から腹部へと向かう部分に配された黄色い四角の部分が、ワクイの好きなデコトラとやらの装飾のようにピカピカ明滅を繰り返す。上から下へ、下から上へ。
メトロン星人はささくれたような形状の手を前後に振りながら、話を続ける。
「まあ、そう固くなるなレイガ。別に君を取って食おうというわけじゃない。むしろ同じ地球に潜む者として、仲良くやっていきたいのだ」
「……思い出したぞ。銀河の彼方の紅い星、メトロン星。かつて、そこの連中が地球を侵略しようとした……だが、当時地球を守っていたウルトラセブンに宇宙船もろとも倒された」
「よく知ってるな。我々も有名になったものだ」
笑っているのか体を微妙に揺すりながら、メトロン星人は立ち上がる。
「やんのか」
拳を固めるシロウを無視し、メトロン星人は部屋の端っこへ歩いて行った。
観葉植物の鉢の後ろに隠れていたワゴンを引き出す。上に載っているのは、電気ポットとカップ。それに、オオクマ家でも見覚えのある急須。
「えーと、君もお茶でいいかな?」
これまたオオクマ家でも見覚えのある金属製の円筒の蓋をかぽん、と開きながら聞いてくる。
「は?」
「いや〜、いつもは秘書のカノウさんに頼むんだけどね。さすがに君と私の話し合いに、地球人の彼女を同席させるわけにもいかないし。あ、一応お茶は最高級の宇治玉露だけど、私は日頃入れないからねー。お茶入れ名人のカノウさんほど美味くはないと思うんだ。それでもいいかい?」
「あ、いや……その…………はあ」
シロウに背中を向けていそいそとお茶の用意をするメトロン星人。
ありえないほど牧歌的な光景。
すっかり毒気を抜かれたシロウは、やっと構えを解いた。とりあえず、今のところはあちらに敵意はないように思える。演技かもしれないが。
油断はしないようメトロン星人を見据えながらテーブルから下りた。テーブルの上を掌で払っておく。
やがて、銀色の盆に二つのティーカップと急須を載せて戻ってきたメトロン星人は、それをテーブルの上に置いた。
「さ、さ、そっちに座って座って」
シロウに座席を勧めて、自分もその向かいに腰を下ろす。
そうして急須からそれぞれのティーカップにお茶を注ぐのだが……不思議な光景だった。あの手の形状で、どうやって、と思うぐらい見事にこぼさず注ぎきった。
シロウの前にティーカップを置き、自分の分も取り上げる。
「やー、この宇宙の片隅に輝く宝石・地球で巡り合った奇跡に、乾杯だ」
「……………………」
何か釈然としないものを感じながら、誘われるままカップを取り上げ、口に含む。
「……あ、うまい」
思わず口走っていた。オオクマ家で飲んでいるお茶とは全然違う。甘い。
メトロン星人は嬉しそうに何度も頷いた。
「そうだろうそうだろう。よかったら、分けてあげよう。あのお茶っ葉入れ、そのまま持って帰ってくれて構わないよ」
「はぁ……――って、そうじゃねえだろ!」
声は荒げたものの、カップは優しくテーブルに戻す。
奇妙な一拍の静寂。
顔を上げたシロウは、メトロン星人を指差した。
「メトロン星人、てめえが黒幕だったとはな。かーちゃんから地球人は殺すなと言われちゃいるが、てめえはメトロン星人だから問題ねえ! 覚悟しやがれ!」
「まあまあ。そういきり立つな。私だって地球人だぞ」
「はあ? 今てめえメトロン星人だと自分で」
「いやー。地球を侵略しに来たんだけど、計画失敗した挙句、置いてかれちゃってねぇ。あっはっは」
呑気な雰囲気で、後頭部を撫でるメトロン星人。地球人なら、照れて頭を掻いているということだろうか。
「もう40年以上も前になるんだねぇ……。私と相棒は、二人して地球侵略のために北川町である実験をしていたんだ」
「実験?」
殴りかかるタイミングをすかされたシロウは、ともあれ指をおさめることにした。
「そう。ワイ星の宇宙ケシに含まれる成分を結晶化し、タバコに混入して吸引させることで人間を凶暴化させ、お互いの信頼を失わせて弱体化させた後、社会を乗っ取るという計画だった。ところが、ウルトラ警備隊とウルトラセブンにバレちゃってねぇ」
「やられたんだな? ……でも、それじゃあなんでお前は」
「それがさ、聞いてくれる? 私はね、その時タバコの補充に出てたんだよ。ところがウルトラセブンにアジトを嗅ぎ付けられた相棒の奴が、私に連絡もなしに宇宙船を発進させちゃって。自分はセブンと大立ち回りして勝手にやられちゃうし、宇宙船も自動操縦で飛ばした挙句、ウルトラ警備隊に撃墜されちゃうし」
「はぁ」
「地球に一人残された私は、しょうがないので迎えが来るまで地球人のふりをして生きて行くことになったんだよ。人類同士の信頼をめちゃめちゃにするために来た私がだよ? だぁれも信用できない場所で一人ぼっちだ。いや〜、寂しかったねえ、侘しかったねえ、心細かったねぇ」
いちいち相槌を入れるのも面倒なので、シロウは再びカップを取って口をつけた。
「その間もセブンは次々襲ってくる宇宙人を撃退し続けるし、そのあと少し間を空けてやってきた新マンもナックル星人にやられたりしてえらいことになっちゃうし、まー、私が言うのもなんだけど異常な時代だったねぇ。で、そんなこんなでエースの時だよ。やあ〜っとメトロン星から同胞が来たんだ。『Jr』とか名乗っちゃってさ」
「エースの時代に? エースはヤプールと戦ったんじゃなかったのか?」
聞きかじりの知識を基に、ふと聞き返すとメトロン星人は我が意を得たりとばかりに身を乗り出し、ささくれた手の先でシロウを指差した。
「それだよ、それ。そのヤプール。おかしいと思ったんだ、目の色が違ってたからねぇ」
「……………………?」
「こっちはほら、数年ぶりのお迎えだと思うじゃない。だから会いに行ったんだよ、わざわざ。ところがジュニアのやつ、私を見るなり『仲間の仇も討たない臆病者』だの、『置いてけぼりを食った間抜け』だの、挙句の果てには『メトロン星の裏切り者』だよ。こっちは次にまたエージェントが送り込まれて来ると信じて、地球のことやウルトラ兄弟のことを色々調べておいてやったのに、そんなのろくに聞かないでマリア1号だか2号だかをぶっ壊すだの、妖星ゴランを地球にぶつけるだの。こっちからしたら壊してどうすんだよ、侵略して支配しなきゃだろーっちゅう話だよ。わかる? わかるよね?」
同意を求めてぐいぐい顔を寄せてくる。
「わかったから、顔を近づけるな。うっとうしい」
のっぺりした顔を押しのけると、ソファに腰を戻したメトロン星人は頬杖をついて、盛大なため息を漏らした。
「はぁぁぁぁぁぁあ……。でも結局、そのジュニアもエースに倒されちゃってさぁ。帰るに帰れなくなっちゃった。しかも後から考えたら、どうもジュニアのやつ、ヤプールに精神支配されてたみたいなんだな。奴らは、そうしていくつもの星を支配下に置いてる。ひょっとしたらメトロン星も……って思ったらさぁ、なんだかもう帰る気もなくなっちゃって」
「……………………」
「しょうがないから、地球人として生きることにしたんだよ。ところが、まあ地球生まれじゃない私みたいなのは、表の世界で生きるのは何かと不自由でねぇ……――あ、お茶のお代わり入れようか?」
「あ、ああ」
急須から器用にシロウのカップへ茶を注ぐ。
急須が置かれると、すぐ話は再開した。
「まあ、異星人とバレないようにしながら、色々な仕事をしてるとさぁ……時間ってスゴイよね」
「?」
「こんな私でも、40年も頑張っていれば表の世界では貿易商の社長、裏の世界でもちょっとした顔役だ。やってみるとこれはこれで、結構楽しいんだ。いやもー40年も地球人として暮らせば、身も心もすっかり地球人? みたいな? でさでさ、この間気づいたんだけどさ。置いてけぼり食って、裏切り者呼ばわりまでされた私が、今や地球人を顎でこき使う立場だ。ある意味地球侵略成功だよ、これ」
「地球侵略ねぇ」
ソファに背中をどっしり預け、天井を見上げる。頭上に輝くのは、窓から入る日の光にきらきらきらめいている物凄い質量の吊るし電灯。
足元では地球人があくせく働き、扉の外には多分地球人のあの二人が立っている。
地球人のボディガードをはべらせた宇宙人――確かにある意味侵略完了の一つの形かもしれない。
にしても。
「みみっちい地球侵略だな、おい」
「そうかな?」
「そうだろ」
シロウはがばっと起き上がり、前のめりになって拳を握った。
「侵略だぞ、侵略。いやがうえにも燃えるキーワードだろうが。攻める方も守る方もよ。侵略っていうからには、こう……力の差を見せつけて相手の心をへし折って服従させんのが王道ってもんだろう」
「いや、無理無理無理無理。それは無理だって」
激しく手を左右に振るメトロン星人。
「地球人の心は折れないんだよ。友人や家族という支えがあればなおのことね。それに、たとえいっとき折れたとしても、時が経てば必ず立ち直る。だから我々メトロン星人は、まず地球人同士の信頼を奪うことから始めようとしたんだけど……この40年は、地球人の心の強さをむしろ確認してしまったようなものだよ。本当に、この星を征服・支配するのはたやすくない」
ふぅん、と生返事を返しながらシロウはシノブ達のことを思い出していた。
確かに、シノブ達が心折れる光景などちょっと想像がつかない。それに、もしそういう風に落ち込んだとしても、近所の誰かが必ず支えになって元気付けようとするだろう。
困っているユミのためにシロウに助けを求めに来たり、水泳の練習やシロウの特訓で疲れているはずなのに、いつも本庄のユミの家まで往復1時間を余計に歩くエミのように。
一人一人の能力などレイガの足下に及ばぬほど弱いくせに、集まるとやたら強い。それが地球人の特性なのか。
ぼんやり考えている間にも、メトロン星人は話を続けていた。
「そして私は結論付けた。特に地球では、力による侵略は成功しない、とね。過去、幾多の異星人・異次元人がこの地球を征服しようとしたが、ことごとく失敗している。力という点では宇宙最強クラスの暗黒宇宙大皇帝でさえ、あのザマだった。その右腕として、宇宙では知性派の領袖のように言われているメフィラスも、結局は力頼みで失敗したしね」
「メフィラスが?」
シロウでも知っている大物異星人、メフィラス星人。
その能力はウルトラ族と同等。だが力押しによる侵略を好まず、知性を売りにし、言葉巧みに相手の心につけ込むやり方を好むと聞いたことがある。
ウルトラ族でもメフィラスの一族は、相当の警戒を要する相手と認識されているはずだ。
しかし、メトロン星人は相当憤慨した様子で、激しく手を前後に振っていた。
「おいおい、レイガ。君まであんな奴らの事を知性派だとか、紳士だなどと思っているわけではないだろうな」
「違うってのか?」
たちまちメトロンは手を額にやって、のけぞるような姿勢になった。
「あーあーもう。よしてくれ。メフィラスが知性派で、紳士? あれはただの見栄っ張りな乱暴者だ。知性派というなら、メトロンを置いて他にはない。皆、あの態度と口調にだまされているのだ。奴が知性を売りにしてるのは、短気で暴れ者の自分を隠すためにすぎない」
「はぁ」
「考えてもみたまえ。初代ウルトラマンの時も、タロウの時も、メビウスの時も、奴らは自分の作戦がうまくいかなくなると、途端にキレて力任せの侵略に切り替えた。自分で決めたルール一つ守りきれない者、心の抑制が利かない者が知性派? ちゃんちゃらおかしくって、へそで茶が沸いちゃうよ?」
地球人としか思えない言い回し。外見が外見だけに、凄まじい違和感がまったく収まらない。
「だが、結局てめえらだってセブンとエースに負けたんだろうに」
「うむ。認めよう。それは事実だ」
潔いほどきっぱりと頷くメトロン星人。
「そうして私はこの星の上にただ一人取り残され、今に至るわけだ――が」
が、に会わせて甲殻部全体をかっくんと斜めに傾ける。どうやら小首をかしげているらしい。
「が?」
「いやね、ここからが本題なんだ。――あ、その前にお茶のお代わりは?」
盛り上がりかけた話をへし折る申し出に、シロウは思わずがっくり首を仰向けて天井を見上げていた。