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ウルトラマンメビウス外伝 RAYGA

 火山島の死闘 その8

 ガンローダーの荷電粒子ハリケーンで投げ飛ばされたテロチルスは、斜面に激突する直前に両翼を勢いよく開いた。
 ぴたりと回転が止まり、そのまま滑空して地面をかすめるように上昇する。
 甲高い怒りの鳴き声が尾を引いて流れ飛ぶ。
 その声は厚いガス雲と雨幕を突き抜け、GUYSとウルトラマンの元まで届いていた。

 ―――――― ※ ―――― ※ ――――――

「行け! ウルトラマン!」
 ガンローダーに続いてウルトラマンの横に並んだガンウィンガー。
 アイハラ・リュウはコクピットの外のウルトラマンに吼えた。
「ケムラーは任せろ! GUYSの誇りにかけて、オレ達が倒してみせる!」
 静かに頷いたウルトラマンは、両手を振り上げ大地を蹴った。
『ジュワッ!』
 そのままテロチルスが消えた火口方面の赤いガス雲に向かって飛び去る。
 ほぼ同時に、ケムラー独特の蛙じみた鳴き声が聞こえてきた。
 見れば、ひっくり返っていたのが起き上がり、体を揺すって土汚れをふるい落としている。
『どうします、隊長?』
 ガンウィンガーの隣にセザキ・マサトのガンブースターが並ぶ。
「よーし、マサト、ゴンさん! バインド(合体)して一気にカタを――」
『いけません、隊長』
「ああん?!」
 絶妙のタイミングで茶々を入れてきた通信に、アイハラ・リュウは険しい目を向けた。
 無論、声の主はシノハラ・ミオである。
『後部座席のクモイ隊員のバイタルサインが低下しています。合体やガンフェニックストライカーのメテオール使用によって、慣性制御でも殺しきれないほどの急激なGや衝撃がかかれば、彼の生命に危険が及ぶ可能性があります』
「……!!」
 アイハラ・リュウは言葉に詰まって唇を噛んだ。
『隊長!』
『アイハラ隊長……』
 セザキ・マサトとイクノ・ゴンゾウの問いにも、アイハラ・リュウは答えられない。
「ち、ちくしょう。じゃあ、どうすりゃ――」
『……大丈夫、あたしがいるよ。リュウたいちょ』
「リョウコ?」
 モニターを見やれば、トライガーショットを構えたヤマシロ・リョウコの姿が映っていた。少し離れ気味なのは、メモリーディスプレイを手近な岩の上にでも置いているのだろう。
『タイっちゃんが言ってた。お尻のできものを潰せば、ケムラーを倒せるって。でも、背中の甲羅を開いてくれないと、バスターブレットが届かない。お願い、隊長。あいつの背中を開かせて。そしたら……後はあたしが仕留めてみせる』
 ヤマシロ・リョウコはこちらをちらりとも見ない。その眼差しは一心に何かを狙って細められている。
 アイハラ・リュウは改めてケムラーを見た。
 背中に背負っている一対の羽状の甲羅。
「……あれか。しかし、あれを開かせろったって……どうしろってんだ」
「――正面から攻撃だ……隊長」
 後部座席から聞こえたアドバイスは、クモイ・タイチの弱々しい声。
「タイチ?」
 正面にケムラーがいる。振り返るわけにいかず、アイハラ・リュウは声だけをかけた。
「しかし、攻撃っつっても……」
 げほ、とクモイ・タイチは軽く咳き込んだ。座席のヘッドレストにもたれかかり、目も閉じたまま呻くように続ける。
「……奴は敵を威嚇する時に……背中の甲羅を開く。ぐふっ、げふふっ……ふふ……オレでは……威嚇するほどの敵とは……見なしてくれなかったようだが……げほっ……隊長の腕とこいつの装備、それにこの大きさなら……げほげげほっ!」
 後部席で止まらない咳を聞きながら、アイハラ・リュウは歯を食いしばった。
「もういいタイチ。わかった。メテオールを使うぞ。……もつか?」
『隊長!』
 通信機から聞こえるシノハラ・ミオの非難の声を聞き流す。
「……ああ……オレも……クルーGUYSの一員。げほげほっ……気遣いは……げほっ……無用だ……」
「わかった」
 アイハラ・リュウの表情が引き締まった。通信画像に映るヤマシロ・リョウコを見やる。
「リョウコ! 機会は一度だけだ! その位置から狙えるんだな!?」
『さっきからずっとロックオンしてる! さっさとやって! あのウスノロがケツを振らないうちに!』
「お、おう」
 日頃のヤマシロ・リョウコとは違う口調に戸惑いながら、メテオール解除レバーを握る。
「マサト! ゴンさん! スペシウム弾頭弾で奴をその気にさせんぞ! 援護しろ! 奴をあそこに釘付けにして動かすな!」
『G.I.G! 任せてください!』
『G.I.G。さっさとけりをつけましょう』
 ガンローダーとガンブースターがゆっくりと前進を開始する。
『ガトリング・デトネイター!』
『バリアブル・パルサー!』
 前進しつつ、二機でケムラーの両脇にビーム乱射の弾幕を展開、方向転換を遮る。
『隊長!』
 シノハラ・ミオの再度の呼びかけに、リュウはうるさげに画面を睨みつけた。
「わかってる! 絶対にタイチを死なせたりなんかしねえ!」
『違います! ……やるのなら、背中の甲羅と頭頂部の間を狙ってください』
「あ?」
『あの甲羅、威嚇目的のためだけものとは思えません。それなりの強度があるはずです。これは可能性……いえ、私の思いつきにすぎませんが、その甲羅に守られている背面部分は、剥き出しの部分に比べて打たれ弱いかもしれません。もし、甲羅の隙間に爆発の衝撃を潜り込ませられれば――』
 画像の中のシノハラ・ミオのメガネが光を弾く。
 アイハラ・リュウは頷いた。
「わかった。要は爆発であの背中の甲羅をこじ開けちまえってことだな!? 任せとけ! 行くぞ! ――メテオール解禁! パーミッション・トゥ・シフト! マニューバ!」
 メテオール解禁レバーを入れる。
 ガンウィンガーの全身から金色の粒子が散った。
 機種左右からカナード翼が伸びる。主翼下のミサイルポッドが鳥の脚よろしく前にせり出し、両翼中央から畳まれていた二枚の垂直尾翼が立ち上がる。
 同時に空中静止していた機体の挙動がふらつき始める。揺れるロックオンマーク。
 超科学メテオールの慣性制御技術の発動により、推力に頼らない三次元機動が可能になったため、様々な要因に対して機体が敏感に反応しているのだ。操縦桿を握る手のわずかなブレ、外に吹き巻く気流のわずかな乱れにさえも、今のガンウィンガーは反応して動く。そして、メテオール発動時にはいずれの機体でも、このフラつきを押さえ込みながら狙いをつけなければならない。
 アイハラ・リュウは歯を食いしばって操縦桿を微調整し続ける。
 やがて、ロックオンマークが定まった。
「スペシウム弾頭弾……発射!!」
 操縦桿のトリガーが引かれ、主翼下で伸張した左右のミサイルポッドから1基ずつ、スペシウム・エネルギーを搭載したミサイルが放たれた。
 メテオールらしく少々ランダムな機動軌跡を描いて飛翔したミサイルは、シノハラ・ミオのアドバイスどおり、そしてアイハラ・リュウのロックオンどおり、ケムラーの頭頂後部と甲羅の境目に着弾、爆発した。

 ―――――― ※ ―――― ※ ――――――

 だいぶ薄まってきた赤色の世界の中で、ウルトラマンとテロチルスの空中戦は始まった。
 その様はまさに騎士の一騎打ち。正面から幾度もすれ違い、その都度お互いの技と攻撃が交錯する。
 ウルトラマンのハンドビーム、ウルトラショット、スペシウム光線、そして八つ裂き光輪までもがテロチルスの厚い皮膚に弾かれる。
 だが、テロチルスがくちばしの根元の触角から放つ怪光線も、ウルトラマンの回避能力と防御技術の前にダメージを与えられない。
『シュアッ』
 やがて、ウルトラマンは空中で静止した。真っ直ぐ突っ込んでくるテロチルスを待ち構える。
 巨体の直撃を受けぬよう身を翻しながら、その背中に組みついた。
『ジェアッ! ハア゛ッ!』
 肩口や背中にチョップを何度か叩き込む。
 一声鳴いたテロチルスは、きりもみ回転をしてウルトラマンを背中から振り落とした。
 そのまま、急旋回をして再び突進してくる。
 再びうまく身を返して組みつくウルトラマン。
『ダァッ!』
 しかし、今度は体勢を整える前だったため、背中側には回り込めず真正面から組み合う形になった。
 構わず首筋にチョップを叩き込む。
 鳴き声をあげて、くちばしを振り立てるテロチルス。
 ウルトラマンは何度か首を左右に振って躱した後、そのくちばしを両手で捕まえた。
『デュアッ! デェアッ!』
 振りほどこうと振り回されるくちばしをつかんだまま、しばらく力比べが続く。
 不意に触角から、怪光線が放たれた。
『ヘア゛ッ!』
 すんでのところで躱すウルトラマン。しかし、首をかしげた拍子に、くちばしを押さえていた両手が解けてしまった。
 ぐわっと口を開いたテロチルスの口から、白い粉雪状のものが噴き出した。

 ―――――― ※ ―――― ※ ――――――

 スペシウム弾頭弾の爆光と爆炎の中に、ケムラーの姿は沈んだ。
 メテオール弾頭の威力に、降り続く雨幕もまだ周囲に漂い残っていた赤いガスも一瞬で吹き飛び、爆風が三機を揺らす。
「やったか!?」
『――ケムラー健在!』
 シノハラ・ミオの報告と同時に、治まりゆく爆炎の中からガマガエルじみた面が現われた。
 着弾前よりその皮膚が黒ずんでいる気がするのは、さすがに焦げたのか、それとも爆炎の明るさ故の目の錯覚か、あるいはただの気のせいか。
「倒せねえのは織り込み済みだ! ……さあ、背中を開けっ!」
 アイハラ・リュウの声が届いたのか。
 ケムラーは首を一振りして体中から立ち昇る白煙を振り払い、威嚇するように吼えた。野太くスタッカートを切るような蛙の鳴き声で。
 そして、背中の甲羅が――
『隊長! ケムラーの背中が!』
『……開く……!』
 セザキ・マサトの叫びとイクノ・ゴンゾウの唸りの通り、ケムラーは背中の甲羅を開いていた。
「リョーコ!」

 ―――――― ※ ―――― ※ ――――――

 アイハラ・リュウの指示が飛ぶより早く、ヤマシロ・リョウコの指はトリガーを引いていた。
 必殺の意志を込めて放たれたオレンジ色のエネルギー弾は、狙い違わずケムラーの開いた甲羅の根元部分、巨大なおできのように盛り上がった箇所に炸裂した。
 次の瞬間、ケムラーは反射的とも思えるような勢いで立ち上がった。
 そのまま、凍りついたように動きを止める。痙攣するかのように、前脚だけがむなしく、そして弱々しく空を掻く。
 ヤマシロ・リョウコは再びトリガーを引いた。
 同じ箇所に再び炸裂するオレンジ色の爆光。
 スコープを覗くヤマシロ・リョウコの目はいささかの揺るぎもなく、爆光の向こうにターゲットを見つめ続ける。
 怪獣相手に手加減も油断もしない。まして弱点がそこだけだというのなら、命絶えるまで隙あらばそこを狙い撃ち続けるのが自分の役目だ。
 直立したまんまのケムラーの下顎が、何かの線でも切れたかのようにばっくり開き、目玉が裏返った。
 そのまま朽木が倒れるようにばったりと腹ばいに倒れる。轟く地響き。しかし、断末魔の悲鳴も聞こえない。
 ヤマシロ・リョウコは、トライガーショットを下ろした。一息吐き出し、長く伸ばした銃身を抱くようにしながら背後の岩肌に背中を預ける。
「……やったよ、タイっちゃん……」
 メテオールの効果時間切れでイナーシャルウィングを戻すガンウィンガー。
 激しい雨幕の向こうに見えるその影を見つめながらそう呟いて、ヤマシロ・リョウコはようやく唇の端に笑みを浮かべた。

 ―――――― ※ ―――― ※ ――――――

 メテオールが時間切れととともに不安定な挙動も終わり、いつもどおりの操縦感覚が操縦桿に戻ってくる。
「やったのか!?」
 アイハラ・リュウの不安げな問いかけに、シノハラ・ミオは頷いた。
『……ケムラーの生命反応微弱。いえ、今消えました』
『やったー!』
 たちまちセザキ・マサトがはしゃいだ歓声をあげる。
『やりましたね、隊長! すごいやリョーコちゃん! スペシウム光線が効かない怪獣を倒しちゃった!』
「騒ぐなマサト! まだ一匹残ってるんだぞ!」
 アイハラ・リュウが一喝すると、セザキ・マサトは黙り込んだ。
「ゴンさんとマサトはこのままウルトラマンの援護だ。オレはタイチのことがある。一旦客船の傍に戻る」
 そしてガンウィンガーを旋回させ、客船の座礁している入江に向ける。
『G.I.G』
『G.I.G』
 ガンローダーとガンブースターはまだ赤い帳に包まれた火口に機首を向け、飛び去る。
「ミオ、救援船団の方はどうなってる?」
『悪島近海への展開は進んでいるようです。ただ、やはりガスの中和か除去が進まないと近づけないと』
「この雨を降らせてるウルトラマンの超能力も長くは保たねえだろう。防衛軍に降雨作戦の開始を依頼しろ」
『しかし、まだ悪島の安全は……』
「向こうの機体が到着するまでにテロチルスは必ず排除する。状況は一刻を争う――タイチを含めてな」
『G.I.G』
 通信が落ち、着陸場所が見えてきた。

 ―――――― ※ ―――― ※ ――――――

 テロチルスの吐き出した白い粉雪状のものがウルトラマンを絡めとる。
 浴びた時は粉雪状なのに、いつしかそれは糸状になって体にまとわりついてくるのだ。
 ウルトラマンの頭から肩、腕にかけてが蜘蛛の巣で包まれたような状態になってゆく。
 それでも構わず、ウルトラマンはチョップをテロチルスの首や顔に叩き込んでいたが、やがてテロチルスが急旋回し、両者はまた離れてしまった。
『デュアッ!』
 絡み付いた糸を振り払い、胸を見下ろす。
 カラータイマーの点滅は続いている。もう時間はなかった。
 見れば、テロチルスは消え残る赤いガス雲の中でも、ひときわまだ濃度の高い場所へと戻ってゆこうとしている。
 追いかけようとしたウルトラマンを、後方から飛来したガンローダーとガンブースターが追い抜いた。
 テロチルスの背中にガトリング・デトネイターとバリアブル・パルサーの乱射が炸裂した。
『ウルトラマン! 止めを!』
『ジュワッ!』
 セザキ・マサトの声に大きく頷いたウルトラマンは、真っ直ぐテロチルスに向かって飛んだ。
 背中から突然受けた攻撃の威力によろめいていたテロチルスに追いつくのは簡単だった。
 素早く近づいて、その両足をつかむ。そのまま、その場で回転させる。
 背骨を軸にした横回転や急旋回に必要な側方回転には強いテロチルスも、背骨に垂直な軸での前・後回転には弱い。そもそもそんな回転軸は、普通の活動の中ではありえないからだ。人間でもそんな感覚を味わうのは前転後転、鉄棒で回る時ぐらいしかないだろう。
 これによって一時的に平衡感覚を奪われたテロチルスは、飛ぶことを止めた。自由落下によって重力を感知し、上下の平衡感覚を取り戻そうという本能的な反応だ。
 一切の動きを止めたその隙に、ウルトラマンはテロチルスの両足をつかんだまま赤いガス雲の中へと突入していった。
 進入角はほぼ45度。高速で、墜ちるよりも早く落下してゆく。
 やがて、赤いガス雲が途切れた。下から吹き上がってくる高熱の気流によってガス雲が押し上げられている空間――そこは火口。
 火口の周囲はテロチルスの吐いた白銀の糸でデコレートされ、その下は40年前の防衛隊による爆撃の痕も生々しく崩れているが、火口の中心では煮えたぎるマグマが蠢いている。
 ウルトラマンは火口へテロチルスとともに飛び込んだ――否、テロチルスを引きずり込んだ。
 ややあって、ウルトラマンだけが火口から飛び出してきた。
 その後を追うように、火口中心から爆発が起きる。
 小規模な噴火は、ウルトラマンが赤いガス雲を突き抜け、そのまま空の彼方へ消えても続いていた。

 ―――――― ※ ―――― ※ ――――――

『悪島上空の雨雲消失。降雨弾を搭載した防衛軍機、現在そちらへ向かっています。それと、悪島火山の噴火は小規模なもので、救出活動の妨げになる可能性は低いと気象庁から報告をいただいてます。むしろ降灰の方が怖いので、救出活動を早く進めた方がいいとのことです』
 シノハラ・ミオの報告に、アイハラ・リュウは黙って頷いた。
 そして、降り続く雨に濡れるコクピットキャノピーを見上げた。
 雨の勢いはかなり弱まっている。防衛軍機が到着する時刻にはおそらくやんでしまうだろう。
「……ありがとよ、ウルトラマン」
 雨滴の落ち来る空の彼方へ消えた地球の友へ、アイハラ・リュウは敬礼を切った。

 ―――――― ※ ―――― ※ ――――――

 その後。
 アクア・エリスの救出活動は紆余曲折を経つつも、数を投入した海上保安庁と防衛軍艦艇の連携により、比較的速やかに行われた。
 クモイ・タイチがあらかじめ見つけておいた、ガスによる汚染の少ない区画を有効利用したおかげでもある。
 当のクモイ・タイチは、本人の強い意思もあって他の要救助者とともに、海上保安庁の艦艇で帰ることとなる。
 残りの隊員は現地で救助の手伝いに当たった。

 こうして、最悪の海上遭難事故は乗務員・乗客の約一割の死亡・行方不明、二割の重傷、五割の軽傷という被害で済んだ。
 百人単位の死亡者、という数字だけでみれば、確かに『悪夢のような惨劇事故』と名づけるに相応しい本件ではあるが、怪獣による襲撃と毒ガスの脅威を考えれば、少ない犠牲と言えるかもしれない。

 ―――――― ※ ―――― ※ ――――――

 気づけば、聞き覚えのある駆動音と激しい向かい風にさらされていた。
 そこは『ジープ』の助手席。
 隣で運転しているのは、もちろん白ヒゲ革ジャンのあの男。
「……ここ、は?」
 『は』の発音が微妙に濁り、激しくむせた。喉が痛い。目もわずかな間しか開けていられず、すぐにまぶたが閉じてしまう。
 ちらりと見えた風景は、以前と似たような海岸沿いの道路だった。空の青は少し薄かった。日が傾いたようだ。
「目が覚めたか。まだ無理をするな。ガスの影響は抜け切っていないはずだ」
 返事は出来なかった。口を開けば咳が続く。
 そんなシロウを慮ってか、男は続けた。
「ここはもう本土だ。ガスはないから安心していい。いろいろ話したいこともあろうが、今はゆっくり休むんだ」
 そう言われて素直に頷くシロウではない。相手が少し楽しげなのも癪に障った。
(口は開けなくとも、テレパシーは使える。要らぬ気遣いだぜ)
「そうか」
(……まさかジャックだったとはな)
「その名前は地球ではあまり一般的ではないな。昔、地球で戦っていた頃にはウルトラマン、帰ってきたウルトラマン、新ウルトラマン、新マン、ウルトラマン二世などと呼ばれてた。当時の地球人には、ハヤタ兄さんの変身するウルトラマンと区別がつかなかったんだな」
(どうでもいい。地球人がどう呼ぼうと、貴様はジャックだろう)
「この姿の時は地球人・郷秀樹(ゴウ・ヒデキ)だ」
(ごう・ひでき……)
「そうだ」
(では、郷秀樹。何だあの戦いは……あれがウルトラマンの戦い方だってのか)
「不満そうだな」
(当たり前だ!)
 思わずシートから身を起こそうとしたシロウは、シートベルトでその動きを妨げられた挙句、激しく咳き込んだ。
(ちくしょう、何だこの拘束帯は!)
「昔ならいざ知らず、今は車の運転中にはそれを締めていないといけなくてな。……で、何が不満なんだ?」
(決まってる! デカイ口を叩いて戦いに行ったくせに、一体は人間どもに倒され、もう一体も光線技が通じず、ようやく勝った有様じゃねーか!)
 郷秀樹はなぜか褒められたように頬を緩めた。
「いいじゃないか。怪獣は二体とも倒せたんだ。何の問題もない」
(ふざけんな! ウルトラ兄弟の一員が、あんな苦戦していいのかよ!)
「ウルトラ兄弟でも苦戦する時はするさ。それに、あれが私の戦い方だ」
(……あの程度ってことか)
「いやいや」
 首を横に振って、ウィンカーを出す。そのまま、ジープを路肩に寄せて止めた。
 サイドブレーキを引いた郷秀樹は、一つため息を漏らして空を見上げた。
「宇宙は広い。光線技が通じない相手など、ごまんといる」
(そのためのウルトラブレスレットだろう。あれは何でも切り裂く兵器になるんだろーが。二体ともそいつでさっさと倒してしまえばよかったじゃねえか)
「ほう、よく知ってるな。では、そのウルトラブレスレットでさえ、防ぐ相手もいることを知っているか?」
(な……に?)
「かつて、私はそれで敗れたことがある。別の敵にはウルトラブレスレットのコントロールを奪われたこともあった。確かにウルトラブレスレットは強力な武器だが、無敵ではない。それよりあの場面では、雨を降らせてガスの影響を少なくすることの方が大事だった」
(地球人を助けるためか)
 郷秀樹は力強く頷いた。
「そうだ。あの島に座礁していた客船の中の人たちを助けるため、そしてGUYSの隊員たちを助けるためだ。実際、彼らはケムラーを自分たちだけで倒してみせた」
(ふん、それどころかお前自身が奴らに助けられていやがったじゃねえか)
「ああ。そして二体とも倒した。それでいい」
(よかねーだろうがっ! なんでウルトラ族との圧倒的な力の差ってやつを見せつけてやらねえ! ひ弱な地球人どもとは格が違うんだってことを――)
「まるで侵略宇宙人の台詞だな」
 郷秀樹は皮肉げな笑みを浮かべた。
(……う)
 助手席に沈み込んでいるシロウの眉間に、しわが刻まれる。
「地球は、地球人自らの手で守るべきだ。他者の力を当てにしてはいけない――これはハヤタ兄さんが地球にいた頃から、地球人の防衛隊が大事にしている考え方だ。私もそう思う。ウルトラマンは地球人の良き友人ではあっても、保護者ではない。地球人が自らの手で解決できるなら、友人である我々はほんの少し手を貸すだけでいいんだ」
(……………………)
「それに、ウルトラマンは神ではない。だから、時には地球人の力を借りなければならないこともある。必要な時に、お互いに力を貸し合える。そんな関係、そんなつながり――地球人との『絆』こそが、我々ウルトラ兄弟にとって最も大事な力であり、誰一人例外なく地球で学んだことだ。『私の戦い方』とはそれを守り、その力を最大限に活かす。そういう意味だ」
(……けっ、わかるか。そんな理屈。敵をぶっ倒す光線、叩きのめす拳、それが力だ。戦い方もクソもあるか。オレはそれ以外、信じねえ)
「そうか。だが、今回はその光線も効かず、拳も当たらなかったがな」
(……む…………ぐ……)
 黙りこんだシロウに、郷秀樹はにんまり笑みを投げかける。
「自分一人だけの力には必ず限界がある。その時、お前は……――いや、ま、今のお前はそれ以前、か」
 話しながらサイドブレーキを外し、シフトレバーを操作する。
(うるせー。余計なお世話だバカヤロウ。……もーいい、てめーとは話が噛みあわねー。話をするだけ時間と労力の無駄だ。さっさと家まで送りやがれ)
「わかったわかった」
 何がおかしいのか苦笑を漏らす郷秀樹。
 アクセル踏み込み、再びジープが走行を始める。
 風が二人の頬と髪をなぶってゆく。
 初夏の海は穏やかにたゆたい、遅い午後の日差しを乱反射していた。


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