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ウルトラマンメビウス外伝 RAYGA

 火山島の死闘 その7

「くそっ、こいつ……教練と違うぞ!」
 セザキ・マサトがGUYS入隊後に受けたレクチャーによれば、鳥型の怪獣の空中戦パターンはほぼ決まっている。攻撃方法が何であれ、獲物の後方へ回り込んで襲い掛かろうとする。
 防衛軍時代の教本を持ち出すまでもなく、慣性の法則の影響下にある限り、鳥型の怪獣であろうと科学技術の粋を集めた機体であろうと、相手の後方へ回り込むのは古今東西、空間機動戦のセオリーだ。
 だが、テロチルスの行動パターンは明らかにそのセオリーから外れていた。
 こちらの前方真正面に回り込み、騎士の一騎討ちよろしく突っ込んでくるのだ。
 身長60m、体重18000トンの巨体が突進してくる威圧感たるや、尋常なものではない。
 刻一刻、濃密さを増しつつある赤いガス雲の中、コクピットキャノピーに映るレーダー解析による機影画像が、あっという間に視界を制圧する時の絶望感は、防衛軍仕込みの精神力を以ってしても恐怖を抱かずにはおれない。
 トリガーを引く間もなく機体を翻し、躱すのがやっとの有様。
「くぅぅっ、なんて厄介な奴なんだ!」
 セザキ・マサトはたった今すれ違ったテロチルスの後方を取るべく、機体を急旋回させた。
 体にかかる強烈なGに、ぎりぎりと歯を食いしばる。
『セザキ隊員! いけません!』
 唐突な通信は、フェニックスネストのシノハラ・ミオからだった。
『その速度でそんな急旋回を繰り返せば、いくら最新鋭機のガンブースターでも、慣性を殺しきれません!』
「し、心配してくれるんだ。うっれしいな。ありがと、ミオさん♪」
 少し頬を引き攣らせつつ、目はキャノピーに映るテロチルスの画像を追う。
 シノハラ・ミオの心配している通り、ガンブースターの慣性制御技術でも殺しきれないGが、体に重くのしかかっていた。慣性制御技術の搭載されていない旧型機なら、機体が分解しかねない力がかかっているということだ。
「でも、大丈夫」
 操縦桿を傾け続けながら、セザキは微笑んだ。
『大丈夫じゃないから言っているんです!』
「それでも大丈夫!」
 テロチルスとの相対位置が徐々に真正面へと戻ってくる。高度は残念ながら、向こうの方が上。
 だが、無理をした甲斐あって、距離は確保できた。
 前方上方より真っ直ぐ墜ちてくるテロチルスに対し、操縦桿を引いて機首を上げる。
「ボクはGUYSクルーの中で唯一の防衛軍出身……この程度のGは馴れてる。――ガトリング・デトネイター!!」
 トリガーを引く。6門の砲身から放たれたビームが真正面の影を撃つ。
 直後、操縦桿をひねった。
 テロチルスの巨体をかすめるように、機体はひらりと身を躱した。
 唐突に視界が開ける。勢い余って赤いガス雲を突き抜けたらしかった。
 青い空に見とれる余裕もなく、再び限界を超えた急旋回を仕掛ける。
『――セザキ隊員。残念ながら今の攻撃でも、テロチルスに怯んだ様子はありません』
「くっそー……当たった手応えはあったんだけどな」
 さすがはスペシウム光線を耐えた怪獣。ガトリング・デトネイターの一斉射を受けて怯みもしないとは。
 考えてみれば、それほど強固で巨大な物体に高速で体当たりされたら、大抵のものはスクラップになるだろう。鳥型怪獣としては常識外れな攻撃パターンも、その身体特性から考えれば実に理にかなっている。硬い・でかい・速いという単純な長所だからこそ、何よりも強いのだ。ウルトラマンさえ圧倒するほどに。
『ガトリング・デトネイターも通じない以上、無理はやめて、ここは逃げに徹するべきです』
 冷静なオペレーターらしい進言。
 しかし、セザキ・マサトは急旋回を続けていた。
「そうしたいのは山々だけど……逃げても道は開けないよ、ミオさん。ボクの役目は奴を引きつけておく囮だけど……他の二機が上がってくる前に、何らかの突破口を見つけておきたいんだ!」
 視界が急速に蒼から赤へと戻り、その濃密さを増してゆく。
 テロチルスは――眼下。今度はこちらが上方を取った。操縦桿を押し込み、機首を下げる。
『見つかるんですか?』
 シノハラ・ミオのその声は、ありありと不審の色を帯びている。戦闘中にオペレーターにかけてほしい口調ではない。
 それに答えている間もなく、テロチルスとすれ違う――少々速度が出すぎていたか。トリガーを引く余裕はなかった。だが、迂闊に速度を落とせば、紙一重で躱すことも出来なくなる。
 後方へ飛び去ったテロチルスの画像を見送りながら、セザキ・マサトはようやく答えた。
「ん〜……――やっぱ無理かもしんない」

 ―――――― ※ ―――― ※ ――――――

 ケムラーが吐き出した亜硫酸ガスを含む黒煙は、たちまち大気に混じるテロチルスの糸の欠片と反応し、赤いガスを爆発的に増加させた。
 クモイ・タイチはおろか、ケムラー自身も黒と赤の入り混じった濃密なガス雲に巻かれ、その中に没する。

「タイチィィィィッッッッッ!!!!!」
 ようやく戦場へ到着したガンウィンガーのコクピットから、アイハラ・リュウの叫びが響く。

 スコープを覗いていたヤマシロ・リョウコが無言のまま唇を噛む。

 ガンローダーの再起動・最終フェイズに入っていたイクノ・ゴンゾウがふと顔を上げる。

 テロチルスとすれ違ったセザキ・マサトが、思わず見えるはずもない濃密な赤い霧の彼方へ注意を引かれる。

 そして、フェニックスネストではシノハラ・ミオが――凍りついていた。
「え……なに? このエネルギー!?」

 混じり合い、うねり踊る黒と赤のガスの中に、輝きが閃きはじめた。
 初めは明けの明星のごとくささやかに、けれど力強く。
 徐々に光度を上げ、最後には太陽の輝きへと。

 そして――

 それは現われた。
 視界を遮る赤と黒のガス雲を蹴散らして。
 銀の体に赤の模様。白く輝く丸い目に胸で輝く青緑色のカラータイマー。
 両の足で大地を踏みしめ、右拳を真っ直ぐ頭上に掲げ、左腕で力瘤を作るかのような独特のポーズで。
 その姿はまさしく――

「ウ……ウルトラマン!?」
 最初に叫んだのは、ヤマシロ・リョウコだった。
 最前までの寡黙なスナイパーの仮面などどこへやら、あっというまに混乱の極みに落ちて胸ポケットからメモリーディスプレイを取り出す。
「たたたたたいちょー! タイっちゃんが、タイっちゃんがウルトラマンに変身したよっ!!」
『んなわけあるかっ! ……けど、こいつは……』
 ウルトラマンを遠巻きに旋回するガンウィンガー。
 突然目の前に現われた敵に、ケムラーも驚いた様子で後退る。
『ダァッ!』
 右半身を一歩引き、右拳を握り、左手刀を前に突き出すファイティングポーズ。
 ケムラーは後退りながら先端が二股になった尻尾を蠍のように逆立て、怪光線を放った。
『ジョアッ!』
 右へ左へ、側転をして怪光線を躱す。連続する爆発。渦巻く赤いガス雲。
 時たま躱しきれない光線は、両腕を交差させて弾く。
 やがて光線が途切れた隙を見て、ウルトラマンは大きくジャンプした。空中で体をひねり、キックを放つ。
 ほぼ垂直に落ちるかのような切れ味鋭いキックが、ケムラーの尾の先端を切り落とした。
『――これが本物の……流星キックか!』
 唸ったのはアイハラ・リュウ。
 かつてのGUYSの仲間、今はサッカーのスペインリーグで活躍するイカルガ・ジョージが、シュートの手本にしたといわれる必殺キック。
 大事な尻尾の先を切り落とされたケムラーは、呻くような鳴き声を残してさらに後退ってゆく。
 逃がさじ、とばかりに頭を押さえつけたウルトラマンは、ひらりと体を翻してその背中へ跨った。そしてそのまま背中を殴りつける。
 背中の甲羅で打撃の効き目はないものの、ケムラーは嫌がって後ろ脚で大きく立ち上がった。背中の甲羅も開き、ウルトラマンを振り落とす。
 横転したウルトラマンに尻尾で一撃くれたケムラーは、振り向くなり口から黒いガスを噴き出した。
『シェアァッ!』
 たちまち爆発するような勢いで鮮血じみた赤いガスも広がる。
 黒と赤のガスをまともに浴びたウルトラマンは、両腕で振り払う仕草を見せた。その隙にガスを蹴立てて突進してくるケムラー。
『――ヘァア゛っ!!』
 それを、ウルトラマンはがっちり受け止め、押しとどめた。
 ケムラーの野太い蛙じみた咆哮と凄まじい地響きが轟き渡る。
 踏ん張る両者の足元の地面がえぐれ、大量の土埃が舞い上がる。周囲に漂う色彩は、赤と黒から、赤と砂色へと変わる。
 怪獣と巨人の力比べは拮抗したまましばらく続いた。

 ―――――― ※ ―――― ※ ――――――

『タイチッ、応答しろタイチッ!』
 アイハラ・リュウの叫びが胸ポケットからガンガン響く。それとも、体に伝わるこの地響きがそう錯覚させるのか。
 クモイ・タイチは頭を振り振り体を起こし、メモリーディスプレイを取り出した。
「……隊長、すまない。意識が飛びかけてた。大丈夫、生きてる。五体満足だ――げほっ」
『タイチッ! 無事だったか!?』
 アイハラ・リュウの安堵した声を聞きながら、素早く周囲に目を走らせ、状況を確認した。
 目の前に、ウルトラマンの背中があった。銀地に赤い模様。その模様の外側に、同じ赤でラインの入ったパターン。
「……帰ってきた、ウルトラマン……」
 ウルトラマンの向こうに、ケムラーがいる。
 もう一度頭を振ったクモイ・タイチは、険しい面持ちでトライガーショットを握り直し、歩き始めた。ウルトラマンに背を向け、戦場とは逆の方向へ。
『タイチ、今のうちに退避しろ』
「ああ。……いや、G.I.G」
 溶岩石がゴロゴロ転がる足場の悪い大地を、振り向き振り向き走った。
 ウルトラマンとケムラーの力比べは続いている。まるで、自分の退避を待ってくれているかのように。
 相当の距離を稼いだところで、クモイ・タイチの足が止まった。何かを堪えるように歯を食いしばり、空いた手を拳にして握り締めていたが、急にその場で振り返ると、ヘルメットのバイザーを押し上げた。
「ウルトラマン!」
 出来うる限りの声を張り上げて、クモイ・タイチは叫んだ。
 たちまち鼻腔から進入してきた赤いガスでむせそうになるのを、奥歯を食いしばって耐える。
 その時、ウルトラマンとケムラーの体が入れ替わった。今度はケムラーがこちらに背を向け、ウルトラマンの顔がケムラーの肩越しに見える。
 ウルトラマンと目が合った――クモイ・タイチはそう思った。
「ウルトラマン! ガスだ! この赤いガスをなんとかしてくれ!」
『な……何をしてやがる、タイチッ! 早くバイザーを下ろせ!』
 アイハラ・リュウの命令を無視し、クモイ・タイチは叫び続ける。
「ウルトラマン! この先の入江で難破した客船の中で、数百人がガスを逃れて隠れている! 空気ももう残り少ねえってのに、オレたちじゃあ、このガスを短時間に除去しきれねえ! 頼む――げ、げほ、げふふっ、げほげほげほ」
 ついに耐え切れなくなって、咳き込んだ。一度決壊してしまえば、もうとめどなく溢れ出してくる。
 それでも、続けた。
「たの……げほっげほげほげーっほげほ……ガスを……ぐふっ、げふふ、げふ……ガ、げふ、スごふっ、ガフッ」
 立っていることすらできなくなって、その場に崩れ落ちる。
『タイチ! いいからバイザーを下ろせ!』
 ガンウィンガーが急速にクモイ・タイチの方へ降下してきていた。
「た、たの……げほ、えほ、えっえほ……む……げーっほげほげほげほ……ウルトラ……ぐぐ、ぐふふっ、げほげほげほげほ……マンぐふっ」
 赤いガスの効果か、視界があっという間に薄れてゆく。喉に続いて目にも耐えがたい痛みが襲ってくる。
(……頼む……)
 意識さえも薄れてゆく中、わかった、と力強い言葉が聞こえたような気がした。

 ―――――― ※ ―――― ※ ――――――

 ケムラーに組み付いていたウルトラマンは突然、突き放すようにして距離を置いた。
 つっかえを失ったケムラーは腹から地面に倒れ込む。
 その隙に左腕を立て、右手を左手首に装着したブレスレットに添える。そのまま腰まで引いた後、右腕を上空へと振り上げた。
『ジェアッ!』
 ウルトラブレスレット――ウルトラマンの望むままに幾多の形状に形を変え、様々な能力を発揮する万能武器。
 それが今、三日月形の光弾となって赤いガス雲を切り裂き、真っ直ぐ真上に飛ぶ。
 やがてガス雲を突き抜けたウルトラブレスレットは、爆発した。
 広がる真っ白な煙。しかし、その煙は収まることも薄まることもなく、むしろ濃度を増して拡散してゆく。いや、その広がる速度、増加する体積から言って、それは拡散ではなく増殖だった。
 赤の塊を蹴散らし、増え広がってゆく白の塊。
 それはまるで赤い雲が白い雲に食われてゆくかのような光景だった。

 ―――――― ※ ―――― ※ ――――――

 タイチの無念に応えるべく、ケムラーを狙ってスコープを覗いていたヤマシロ・リョウコのバイザーに、何かが付着した。
 それはバイザーの曲面に沿って、つつぅ、と流れ落ちる――滴。
「……雨?」
 最初の滴がバイザーの下端から滴り落ちる前に、次のものが。次の瞬間には三つ目が―― 一息つく間も経たずに、数えることさえ不可能な勢いでそれは増え、視界に幾筋もの雨垂れの跡を作ってゆく。
 ざあっ、と聞き慣れた雨音が耳に入り、隊員服を叩く衝撃。
 思わず天を見上げれば、バイザーを直撃し、放射状に広がる無数の水滴。
「雨だ……雨だよ!」
 嵐の前触れを思わせるような、激しい雨。
 赤く染まった天空から無数に降り注ぐ滴の軌跡が、糸のように見えるほどの。
 大地に叩きつけられた水滴が砕け、煙状になって漂いたなびくほどの。
 見回せば、周囲に立ち込めていた赤いガスが少し薄れているように思えた。
「ウルトラマン……知ってたんだ。赤いガスが水に弱いって」
 戦場を見やれば、当のウルトラマンは右拳を胸の前で握り、左の手刀を少し前に出した独特のファイティングポーズのまま、ケムラーと睨み合っていた。濡れた上半身がなまめかしいつやを放っている。
 ケムラーもゴロゴロ唸りながらじりじりと横ばいに動いてゆく。
 両者の周囲にはまだ濃密な赤のガスが漂っており、お互いの下半身は見えない。
 睨み合いの緊張感が最高潮に達しようとした時だった。
 不意にウルトラマンが火山の火口方向を見やった。
 同時に騒々しい雨音さえ引き裂いて、甲高い叫び声が響き――火口付近に漂うことさら濃密な赤いガス雲が内側から爆ぜた。
 その中から出現した巨大な影は――テロチルスだった。

 ―――――― ※ ―――― ※ ――――――

『隊長……GUYSスペーシーから連絡です』
 虚脱したかのような声のシノハラ・ミオの通信。
『悪島の衛星画像……赤い雲が、突如現われた台風並みの巨大積乱雲に飲み込まれて消えたと……』
「ああ。こっちもすげえことになってる」
 アイハラ・リュウはガンウィンガーをクモイ・タイチのいる辺りに降下させながら、コクピットの外の光景に目を奪われていた。
 突然降り始めた豪雨によって、数m先ですら見通すことが難しかった赤いガスがあっという間に掻き消されてゆく。
 悪島到着前に話していた通り、やはりこの赤いガスは水に吸収されやすかったのだろう。
 ウルトラマンは再びケムラーに対して、ファイティングポーズをとっていた。
 突然の雨で、自らを隠す赤いガスの覆いを剥がされたことを怒っているかのように、ケムラーはしきりにウルトラマンに対して吼えている。
『――すみません隊長! テロチルスがそっちへ!』
 セザキ・マサトの通信と同時に、火口方面にまだ残る濃密な赤いガス雲を突き破ってテロチルスが出現した。
 雨幕を裂いて突進してきたテロチルスを、ウルトラマンは体をさばきつつ、両腕で押しのけるような仕草で受け流した。
 地面すれすれを滑空し、再び高度を取り戻した始祖怪鳥は、急旋回をして再びウルトラマンに襲い掛かる。
『やらせるかっ! ガトリング・デトネイター!』
「マサト!」
 テロチルスを追ってきたガンブースターによる一斉射撃が、テロチルスの顔面に炸裂した。
 一声鳴いたテロチルスの進行方向は大きく逸れ、そのまま山の斜面に頭から突っ込んだ。
『「ぃよっしゃー!!」』
 アイハラ・リュウとセザキ・マサトの歓声が綺麗にハモる。
 しかし、テロチルスは周囲の岩を跳ね飛ばしてすぐに立ち上がった。怒りの声か、威嚇の声か、しきりに鳴きながら翼を広げる。
 ウルトラマンはケムラーとテロチルスの両者に対して、交互に体を向けつつ牽制する。
 ガンウィンガーを着陸させつつ、アイハラ・リュウは舌打ちを漏らした。
「……くそったれ、あれを真正面から受けてもほとんどダメージ無しか」
『見た目どおり可愛くない奴ですねぇ〜。もてないぞ。――っと、それより隊長。早くクモっちゃんを』
「ああ、わかってる」
 頷いたアイハラ・リュウはシートベルトを手早く外し、コクピットハッチを開けた。
「しばらく援護を頼むぞ。タイチを乗せたら、すぐに戦線復帰する」
『G.I.G』
 ガンウィンガーのコクピットから出てゆくアイハラ・リュウの頭上を、ガンブースターがよぎっていった。

 ―――――― ※ ―――― ※ ――――――

 ケムラーが黒煙を吐いた。
 今度は先ほどまでのように赤いガスの爆散はほとんど生じなかったが、黒い煤煙じみたガスの塊はウルトラマンをまともに襲った。
 ガスの直撃を避けるように両手をかざしたその隙に、テロチルスが再び滑空して襲い掛かってきた。
 今度は視界が遮られていたせいか、受け流しきれずにまともに受けた――が、レイガの時のように押し倒されたまま引きずられることはなく、自ら後ろ向きに倒れ込み、巴投げの要領で蹴り上げる。
 しかしテロチルス。そこは鳥怪獣の面目躍如。
 地面に叩きつけられることなく、グライダーのように滑空を続けて飛び去る。
 急旋回して再び襲い掛かってくるであろう強敵に対し、立ち上がって構えるウルトラマン。
 その背後から叩きつけられるケムラーの尻尾。
 不意打ちによろけるウルトラマンの正面から、丁度帰ってきたテロチルスの体当たり。
 直撃だけは避けたものの、大きく吹っ飛ばされた。ケムラーの前へ。
 ケムラーは目の前の獲物を逃さず、その上にのしかかる。胸板を踏みつけようとするその前脚を、ウルトラマンは両手で下から受け止めた。

 ―――――― ※ ―――― ※ ――――――

『クク、見ろ。てめえだって手こずってるじゃねえか』
 主のいなくなったテレパシー空間で外界で続く戦いを覗き見していたシロウは、チンピラさながらの歪んだ笑みを浮かべていた。
『ガイズだかなんだか知らねえが、地球人なんか気にしてるから持ってる力も出せなくなるんだよ。弱い奴なんざ切り捨てろ! てめえの身はてめえで守る、くたばっても文句は言わねえってのが戦場での最低限の掟ってもんだろーが』
 胡坐を崩して座りながら画面に呟くシロウに応える声はない。
 体を翻し、かろうじてケムラーの下から逃れたウルトラマンは、背後からのテロチルスの突進を受け、再び地面に這いつくばらされていた。
 距離が開いたためにそのまま立ち上がろうとするウルトラマンに、ケムラーの黒いガスが吐きかけられる。
 今度は直撃を受けぬよう、飛び込み前転で躱す。
 体を起こしたところで右手を真っ直ぐ伸ばし、左手をその二の腕に添えた。右手の先から放たれる針状の光線・ハンドビーム。
 しかし、それはケムラーの厚い面の皮に弾かれて効き目はない。
 動揺を見せた隙に、背後から襲ってきたテロチルスに肩を蹴られ、つんのめる。そこへケムラーのガスが浴びせかけられた。
 そして――カラータイマーが赤へと変わり、点滅を始めた。
『おおっと。……ククッ。さあ、どうするジャック』
 見ていたシロウの笑みが、より深く刻まれる。
『そのままじゃオレの二の舞だぜ? それとも兄弟お得意の応援呼ぶか? ゾフィー兄さんに来てもらうか? ……雨を止ませて、万能兵器でぱぱっと蹴りをつけちまうか? ククク、どれを選んでもオレはお前なんか、お前の強さなんか認めねえぞ』

 ―――――― ※ ―――― ※ ――――――

 意識朦朧としているクモイ・タイチをガンウィンガーの後部座席に乗せ、シートベルトを着ける。
 そこへ、前部座席にイクノ・ゴンゾウの声で通信が入った。
『――隊長! ガンローダー・テイクオフしました! メテオール使用の許可を!』
「…………! わかった、許可する! メテオール解禁!」
 状況を確認せずに許可したのは、相手がイクノ・ゴンゾウだからだった。

 ―――――― ※ ―――― ※ ――――――

 客船アクア・エリスが座礁している入江の方向から飛来したガンローダー。
 コクピットに座るイクノ・ゴンゾウは、テロチルスとケムラーの両面攻撃に翻弄されているウルトラマンがレーダーに表示されるや否や、メテオールを発動させた。
「メテオール発動! パーミッション・トゥ・シフト! マニューバ!」
 垂直尾翼が左右に割れて倒れ、両翼からもう一組の細長い翼が展開される。そしてそのいずれのイナーシャルウィングも金色の粒子を放つ。
 なんとか滑空飛翔攻撃を続けるテロチルスの首を捕まえ、無理矢理地面に引きずり下ろしたウルトラマンに対し、ケムラーが背後からガスを吐きかけたところだった。
「ブリンガーファン! ベンチレーション・ボルテクサー!!」
 ガンローダー両翼の両面それぞれのシャッターが開き、内蔵されたファンが高速回転を始める。
 機体下部の大気が渦を巻きはじめ、あっという間に竜巻となった。
 ケムラーが吐いた黒いガスを、周囲に漂い残る赤いガスごと上空へと吸い上げてゆく。
 その凄まじい風圧にケムラーが無様にひっくり返り、テロチルスはよろめき、ウルトラマンの拳ほどもある固化溶岩が吹き飛び、転がっていった。
 この島で戦いが始まって以来初めて、二大怪獣の姿が赤いフィルターを通すことなく露になってゆく。
 ついには上空へ到達した竜巻が、ウルトラブレスレットが作り出した雨雲に穴を空けた。
 差し込む日の光が、片膝をついたウルトラマンを頭上から照らし出す。
 雲間からの陽射しを浴びるように、ウルトラマンは胸を張った。
「――まだまだぁ! 荷電粒子ハリケーン!!」
 周囲のガスを巻き上げた竜巻は、やがて小さい二つの竜巻に分離した。
 その二つの竜巻の狭間にテロチルスが捕まった。
 凄まじいきりもみ回転をかけながら一本釣りでもするかのように引っこ抜き、火山の火口方面へ放り投げる。物凄い勢いで回りながら、その姿はまだ濃密に残っている赤いガス雲の中に消えた。
 そこで、メテオールの使用許可時間1分は終了した。
 各イナーシャルウィングが収納され、機体周囲に浮遊していた金色の粒子も消える。
 再びクルーズモード(通常モード)に戻ったガンローダーは、ウルトラマンの横に並んだ。
 コクピット越しに親指を立てるイクノ・ゴンゾウに、ウルトラマンは確かに頷いた。


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