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ウルトラマンメビウス外伝 RAYGA

 火山島の死闘 その9

 火山島の決戦より数日後。
 都内の病院――オオクマ・イチロウの病室。
 ベッドに座るイチロウはまだ目に包帯を巻いていた。
 ベッドの横に置いたスツールに座るのはシノブ。
「ともかく、容態が安定して安心したわ。本当にあんたは、心配ばかりかけて」
「いやぁ、ごめん」
「まあ、いいけどね。あんたが悪いわけじゃないし。でも、無理するんじゃないよ? カナコさんもいるし、タロウだってまだ小学生なんだから」
「わかってるよ」
 そのとき、イチロウはなぜかワンテンポ遅れてくすりと笑った。
「? どうしたんだい? なにかおかしかった?」
「いや……いつになく子供扱いされてるなと思って。母さんにそんな言い方されたの、いつ以来だろ。シロウ君のせいかな?」
 途端にシノブは表情を緩めた。
「そうかもしれないねえ……。あの子のやることなすこと、昔のあんたらそっくりだわ」
「そりゃ大変そうだ。お互いに」
 二人が笑っているところへ、ノックが響いた。
 入ってきたのはカナコとタロウだった。
 タロウは満面に笑みを浮かべてベッドに駆け寄った。
「お父さんお父さん、ウルトラマンがお父さんの仇、とってくれたんだって」
「へえ。ウルトラマンが? どういうことだい?」
「今、ロビーのテレ ビで言ってた。お父さんの浴びた赤いガス、テロチルスって怪獣が吐いた白い糸と亜硫酸ガスが結合して発生してたんだって。そのテロチルスをウルトラマンとGUYSが協力して倒したって!」
「ふぅん。そうなのか」
「タロウ、それ……ひょっとして、青い体のウルトラマンかい?」
 心配そうな表情のシノブに、振り返ったタロウは首を振った。
「ううん。昔、MATっていう防衛隊があった頃に地球に来てたウルトラ兄弟の一人だって。ウルトラブレスレットを使うんだ。シュパーって。シュパーッ」
 ウルトラブレスレットを投げる仕草をしながら、興奮冷めやらぬていで騒ぐタロウをカナコは軽くはたいてたしなめる。
「これ。病室で暴れちゃいけません。……ところでお義母さん、バスの時間もうすぐじゃありません?」
 言われたシノブは壁の時計を見やり、頷いた。
「おや、そうだね。じゃ、そろそろおいとましようかしらね」
「あれ? 母さん、もう帰るの?」
 椅子から立ち上がりながら、シノブはにっこり微笑んだ。
「峠も越えたし、もうカナコさん一人で大丈夫でしょ。それに、早く帰ってやらないと、シロウが家に入れなくて困ってるらしいからね。そういえば、鍵を持たせるの忘れてたよ。あはは」
 快活に笑って、イチロウの太腿辺りをはたく。
「家に入れないって……じゃあ今、どうしてるんだ?」
「タキザワさん、覚えてるかい?」
「ああ。覚えてる。元気?」
「元気元気。シロウ、タキザワさんちに泊めてもらってるって。畑仕事の手伝いしてるそうだよ」
「はぁん。そりゃ大変そうだなぁ」
「いい経験だよ。……ったく、あの子ときたら、地球の常識なんかてんで知らないんだから」
「まあ、母さんが楽しそうだからいいんだけどさ。今度からは新しい家族が増えるなら増えるで、前もって連絡ぐらい入れてくれよ。いきなり連れてきて、あんたの弟だとか言われても、お互い心の準備ってもんがあるんだから」
「おや、あんたいつからそんな繊細な神経の持ち主になったんだい?」
「昔からだよ。母さんのせいで打たれ強くなっただけだ」
「そういうのは繊細とは言わないんだよ。……ま、それだけ減らず口が叩けるなら十分。あたしゃ安心して帰れるよ」
「減らず口はお互い様だよ。ボクを育てたのは誰だっけ?」
「やれやれ、目が見えないとほんと強気だこと」
 シノブは肩をすくめてみせた。
 そして、孫のタロウのほっぺたを両手で捧げ持つように触った。
「じゃ、タロウちゃ〜ん。おばあちゃんは帰るよ〜元気でね〜」
「うん。バイバイ、シノブおばあちゃん。また来てね」
「すみません、お義母さん。何から何までお世話になってしまって……」
 すまなそうに目を伏せるカナコににっこり微笑んで頷き返す。
「いいのいいの。カナコさん、後はしっかりね」
「はい……」
「母さん、この包帯が取れたらまたみんなで一度帰るよ」
「ああ。待ってるよ」
 手を振るイチロウ。
 その肩を軽く叩いたシノブは、激しく手を振るタロウに応えて手を振りながら病室を出て行った。

 ―――――― ※ ―――― ※ ――――――

 同日。
 都内のGUYSホスピタルの一室。
 入院患者クモイ・タイチの部屋を訪れた者がいた。
 扉が開くなり、個室の真ん中に立っていたクモイ・タイチが振り返った。
「ようこそ、ヤマシロ隊員」
 訪問者――花束を抱えたヤマシロ・リョウコは、入り口で目をぱちくりさせていた。
 クモイ・タイチの両眼はまだ包帯に厚く巻かれて、何も見えていないはずなのに。
「なんでわかったの?」
「歩き方だ」
 ヤマシロ・リョウコは思わず自分の足下に目を落とした。GUYS支給品のブーツだ。
 サンダル履きの看護士でないことは判るにしても、他のGUYS隊員の誰でもなく、迷いなく自分だと判別したのは、やはり武道家だけあって気配とかそーゆー関係だろうか。
「さすがだねぇ」
「感心には及ばん。毎日聞いている音だ。ヤマシロ隊員でも目隠ししたまま二、三日過ごせばすぐ聴き分けがつく」
「そんなものかなぁ」
「日常の生活で当たり前のことは、えてして気づかないものだ」
「ふふん。それを今、噛み締めてたんだね?」
 笑いながら部屋の中に入る。
 クモイ・タイチはベッドに腰を下ろし、ヤマシロ・リョウコにソファを薦めた。
「あんがと。花束持ってきたんだけど……え〜と、花瓶に挿しとくね」
 サイドテーブル上に置かれた花瓶。既に花束が挿されていたが、強引に持ってきた花束を押し込む。
「その花瓶を持ってきてくれたのは隊長でな」
「へえ、そう、なん、だっ」
 力を込めて押し込む――というよりねじ込む。
「先に入っている花はシノハラ隊員が持ってきてくれた」
「ふー、んっ! んっ、んんっ! ……こんなものかな?」
 肩で息をしながら、一歩離れる。
「あー……なるほど。確かに」
 改めて見直すと、確かに花の選択が自分のとは明らかに違う。なんというか、あでやかで、お互いの花が引き立てあっているような感じ。花束一つで一つの作品みたいだと、花については全くド素人のヤマシロ・リョウコにも感じられる。
 そこへヤマシロ・リョウコ選『これがあたしの好きな花々っ! 束で持ってけVer.』を無理矢理ねじりこんだものだから、何もかも全部丸ごとぶち壊しになってしまっている。
「……まー、いいよね。どうせ見えないんだし」
「見えないと判ってて、花を持ってくるのはどうかと思うが」
「う゛っ……鋭い突っ込み。だって見舞いの定番じゃんっ! それにほら、ミオちゃんもっ!」
「シノハラ隊員は隊長の花瓶を見てから持ってきたんだ」
「それがあたしとどう違うのよ」
 両腰に拳を当てて、口をへの字に曲げる。
「持ってきたときの台詞が違う」
「…………なんてったの?」
「見えなくとも香りは楽しめるし、早く見たければ早く治す気になるでしょ、だと」
 たちまちヤマシロ・リョウコはがっくり膝から崩れ落ちた。
「……さ……さすがミオちゃん。元秘書の肩書きは伊達じゃない。おサレだわ……」
「まあ、目が見えない患者に割れ物をプレゼントする隊長が一番どうかと思うんだが――これは内緒だぞ。言うとすねるからな、あの人は」

 ―――――― ※ ―――― ※ ――――――

 フェニックスネスト・ディレクションルーム。
 隊長用のデスクで書類に目を通していたアイハラ・リュウは大きなくしゃみをした。
「……風邪ですか、隊長?」
 少し眉間を寄せたシノハラ・ミオが、淹れたてのコーヒーをアイハラ・リュウの前にそっと置く。
 アイハラ・リュウは鼻の下をこすりながら首を振った。
「んなわけあるかよ。どうせ誰かが噂してんだろ?」
「ならいいんですが……。風邪ならうつさないでくださいね。わたくし、まだ今回の件のデータ処理が済んでないんですから」
「あ、お前そーゆーこと言うの? 仮にも隊長に対して、それは冷たくね? そこは『お大事に』じゃねーの?」
 あら失礼、とばかりに冷笑を浮かべて踵を返すシノハラ・ミオ。
「そうですよ、ミオさん。失礼ですよ」
 ディレクションテーブルで書類作成をしていたセザキ・マサトが口を挟んだ。
「隊長が風邪なんか引くわけありません! 昔から言うじゃないですか、バ……あ」
 何を言おうとしたのか、開きかけた口を慌てて閉じた。
 コーヒーカップに口をつけかけていたアイハラ・リュウが、その手を止めてセザキ・マサトを睨む。
「バ? …………バ、何? 何だマサト?」
「バ……ええと、その……バ、バ、バ――バリバリ働いてる人は風邪引く暇ないって!」
「初めて聞く格言です」
 絶対零度の声音でぴしゃりと言い捨て、セザキ・マサトの前にカップを叩きつけるように置いた。にもかかわらず、コーヒーはこぼれていなかった。
 ビビリまくって体を小さくしているセザキ・マサトに背を向け、自分のデスクに戻ったシノハラ・ミオは、コンソールをいくつか叩いた。
 メインパネルにアーカイブの画像が現われる。
「ところで隊長、ウルトラマンの件ですが」
 画像を見たアイハラ・リュウの目が少し細まる。
「……ウルトラマンジャックか。それがどうした」
「ジャック?」
 シノハラ・ミオは怪訝そうな顔をして手元のディスプレイ画面を見直す。
「アーカイブにそんなレジストコードは……」
「ミライ――メビウスから聞いた。以前、助けてもらったこともある」
「暗黒四天王デスレムとの戦い(ウルトラマンメビウステレビ版45話)の折りですね」
 メインパネルにデスレムの姿が表示される。
 アイハラ・リュウは頷いた。
「では、その名前を登録するよう本部に申請しておきます。ウルトラマン本人から得られた本名という貴重なデータですからね」
「ああ、頼む。それより、ジャックがどうかしたのか?」
「この先の戦闘計画を立てる上で、彼の存在を加味するのかどうか……メビウス――ヒビノ・ミライ隊員がおられた当時は、そういうこともあったと聞いておりますが」
 アイハラ・リュウは手にしたコーヒーカップに目を落とし、しばらく考え込んだ。
「……ウルトラマンの存在は忘れろ」
「忘れろ?」
 シノハラ・ミオだけでなく、聞き耳を立てていたセザキマサト、イクノ・ゴンゾウも手元から目を上げて、隊長を見やった。
 アイハラ・リュウはデスクの上にカップを置き、立ち上がった。ゆっくりとメインパネルへと歩いてゆく。その目は、ウルトラマンジャックを見つめていた。
「地球は、地球人自らの手で守り抜いてこそ、意味がある。そして、俺たちが命がけで闘うからこそ、ウルトラマンも力を貸してくれる。俺たちがその一番大事なものを忘れて、ウルトラマンに頼るようになったら……俺たちは、肩を並べて戦う資格がなくなる」
 頷くイクノ・ゴンゾウ。
 シノハラ・ミオは表情を変えずにディスプレイ画面を凝視している。
 異議を唱えたのは、セザキ・マサトだった。
「で、でも、ミオちゃんが言ってたようにヒビノ・ミライ先輩がおられた時は――」
「ミライはGUYSの仲間だった。ウルトラマンだからその力を当てにしてたってわけじゃねえし、頼っていたわけでもねえ。あいつの力を借りる時は、あいつ自身が必要だと判断するか、前もって話し合って協力してた」
「そうだったんですか」
「実際、ここ数日ミオやマサトの言ってることは、俺も考えてた。けどな、ミライを通して知らない仲でもないのに何の連絡もないってことは、ミライの後任として来たわけじゃないのかもしれねえ。……ウルトラマンにはウルトラマンの都合や事情があるんだろうしな」
 振り向いたアイハラ・リュウは、三人を一通り見渡してにんまり笑った。
「まあ、レイガのあの不始末の後だ。本物のウルトラマン登場で浮かれるのはわかるが、だからこそ気を引き締めろよ。むしろ、ウルトラマンに出番を与えねえぐらいの仕事をするのが、本物の地球防衛のプロってもんだぜ」
「G.I.G!」
 イクノ・ゴンゾウとシノハラ・ミオは座ったままで、セザキ・マサトは立ち上がって――斉唱した。

 ―――――― ※ ―――― ※ ――――――

「実はさ、タイっちゃんに聞きたいことがあってさぁ」
 ソファに座り、頭の後ろで手を組んだヤマシロ・リョウコは、先ほどからしきりに上下するクモイ・タイチの背中に声をかけた。
 クモイ・タイチは病室の真ん中で腕立て伏せをしていた。
「なんだ」
 声を出す時だけ上下動が止まる。
「悪島でさぁ、言ってたじゃない。何で射撃系の武術とか修めなかったのか、今は答えられないって」
「……ああ…………そういえば、言ったな」
「あれ……あの時に言っちゃうとあたしのテンションが下がるかも、だったから言わなかったんでしょ? なら、もういいよね? 教えてよ」
 クモイ・タイチは答えず、腕立て伏せを続ける。
 しばらくそれが続くに及び、待ちきれずにヤマシロ・リョウコは両足をばたつかせて抗議の声を上げた。
「ねーえー、タイっちゃんたらぁー」
「聞いてどうする、そんなこと」
「どうもしないけど、気になるじゃん。隠されたら」
「隠すつもりはないし、実に下らない理由だ」
「でも、きーきーたーいー」
 再び足をばたつかせる。
 クモイ・タイチは再びしばらく腕立てを続けた後、一区切りついたのかヤマシロ・リョウコの方を向いてその場であぐらをかいた。
「ヤマシロ隊員」
「はい! はいはい!」
 少し息が上がっているものの、落ち着いたもの静かなその声に、ヤマシロ・リョウコは慌てて居住まいを正した。組んでいた足を解き、両手を太ももの上に置く。何を話してくれるのかと期待に満ちた目でクモイ・タイチを見つめる。
「ケムラーを倒した狙撃は見事だった」
「あ、ありがと」
 照れて、鼻先を指で掻く。
「へへへー。でも、残念だったね。あたしの一世一代の見せ場、見らんなくて」
「見えたさ」
「うっそだぁ。だって目が――」
「見えなくとも感じられた。あの時、ヤマシロ隊員の放った気迫をな。久々に本物を感じさせてもらった」
「ありがとう。――ってか、またごまかそうとしてる!」
「違う。先に伝えておきたかっただけだ。オレは、あんたを尊敬していると」
「?」
 小首を傾げるヤマシロ・リョウコ。
 クモイ・タイチは大きく一つ息を吐いて、話し始めた。
「ヤマシロ隊員は、射術というものについてどう考えている?」
「どうって……別にそんな深く考えたことないよ? たまたまアーチェリーがあたしに合ってたっていうか、なりゆきで始めたっていうか……まあ、方法論とかなら多少は。でも、そんな話じゃないよね?」
「基本的に、射術は守りの技ではない――とは思わないか?」
「? 使い方によるんじゃない?」
「使い方の話じゃない。距離を置いて、自らを守る必要なしに相手を攻撃する技術……相手を傷つけ、倒すことだけが目的の技術。射術と格闘術の最大の違いはそこだ。他者からの攻撃に対し、自らの身を守るということについての技術がない」
「ああ。まあ、そこはそうかな。確かに、喧嘩には使えないよねぇ。あんなもん人に向けたらヤバすぎるもの」
 ヤマシロ・リョウコはそのまま、畳を突き抜けちゃうんだよぉ、とか、命中時の衝撃がどのくらいだとか、どれくらいの距離までなら命中確率八割とか、余計な知識を開陳する。
 一通りを黙って聞いていたクモイ・タイチは、隙を見計らって自分の話を続けた。
「オレが武術を始めた動機は、自分を守りたかったからだ。それゆえ、自らを守る技を持たない射術は初めから除外されていた。それが、射術を修めなかった理由だ」
「ふうん。でも、武術を続けてたんなら、こう……なんていうかな。格闘術では教わらない精神性とか、見えない世界が射術にはあるんじゃなかろうか、とか思わなかったの?」
「塵ほども」
「ああそう」
 気分を害したようにため息をついたヤマシロ・リョウコに、クモイ・タイチは少し困惑げな表情で頭を掻いた。
「いや、勘違いしてもらっては困るんだが、射術を貶める話をしているわけではない。ただ、オレの中で武術を修める動機は、どこまで行っても自らの身を守ることが最大の理由だったから、射術には興味を持たなかったということだ」
「なんか……追い詰められてたの?」
「まあ、な」
 クモイ・タイチは盛大にため息を漏らした。
「オレの生まれ育った町はガラが悪くてな。早い奴だと小学生の高学年ぐらいから不良になっていた。中学生に上がると、気の弱い奴はイジメ・カツアゲ・パシリの対象だ。そういうのを見てたもんで、それなりの腕っぷしがないと自分を守れないって思ってな。小学生のうちから空手、柔道、合気道、剣道の教室に通っていた」
「ふえ〜……そんな時からそんなに?」
 感心するヤマシロ・リョウコに、クモイ・タイチは自嘲気味の笑みを浮かべて首を振る。
「計算ずくさ。子供なりのな。そういう気質の町だから教室に集まってくる連中も、まあそれなりでな。各教室で上から数えた方が早いポジションを確保できれば、町でも一目置かれるようになる。実際そうなった」
「全部一番取っちゃえば最強じゃん。そうしなかったの?」
「出る杭は打たれる。それに、ああいうのは取りたい奴が必ずいる。オレは自分を守るために武術を学んでいただけで、他人と争ったり競ったりしたかったわけじゃない。まあ、4番手から6番手ぐらいが一番気楽なポジションだった」
「あたしとは全然違うねぇ。あたしはやり始めると一番取らないと満足できなくてさぁ。アーチェリー始めた頃はさ、2位とかで悔しくて一晩泣いたときもあったよ。にゃはははは」
「だからこそ、世界を相手に競えたんだろう。いい素質だ」
「そっかなぁ」
 照れ隠しにはにかんで頭を掻く。
 ふと、その手が止まった。
「あれ? でも、じゃあなんでGUYSに入隊しようと思ったわけ? 言っちゃあなんだけど、争いごとの最前線だよ、ここ?」
「それは……また別の話だ」
 ふとその頬に走ったさざなみ。痛みを覚えたかのようなその表情の変化に、ヤマシロ・リョウコは気づいた。
「なんかあったんだ」
 クモイ・タイチはうつむいて言葉を切った。
「……暗黒大皇帝エンペラ星人と戦うメビウスとGUYSを見たからだ」
「伝説の東京決戦……?」
 頷くクモイ・タイチ。
「地震、津波、嵐、火災、噴火、洪水……ひとたびそういうものが暴れだせば、武術など無力だ。だから、そういうものに直面した時は運が悪かったと思うしかない。そう割り切っていた。そして、目にしたエンペラ星人の絶対的な力。ウルトラマンすら消し去るその力は、もはや天災に等しいとオレは感じた」
「……………………」
 自らの膝をつかむクモイ・タイチの手に、ぐっと力がこもる。
「だがあの時……メビウス、ヒカリ、そしてGUYS……。天災に等しいあの力の差を前にしてもなお、戦うことをやめない奴らがいた。どう見ても勝ち目がないにもかかわらず、屈することを、割り切ることを拒否して何故戦いを挑むのか……。他者を守るために本気で自らの存在を賭けて、揺らぐことなく戦える連中のあの姿に……我が身を守ることしか考えていなかった己の小ささを、彼らの背後で守られる存在に過ぎない自分を、オレは思い知った」
「……それで、GUYSに?」
「ああ。オレにとっては戦う前から手合わせに敗れたようなものだったからな。GUYS入門は当然の成り行きだ」
「GUYS入門……タイっちゃんらしいね、その表現」
 微笑するヤマシロ・リョウコに対し、クモイ・タイチは首を振った。
「だが、オレはまだ本当の意味で誰かを守るという気持ちを理解できていない。覚悟もない。頭より先に気持ちで動くということもない。いまだになにをするにも計算ずくだ。他者を守るということはどういうことか、学べているのに身にはついていない。ともすれば、我が身を守る自分可愛さが顔を出しそうになる。そんな自分と格闘し続けている……まさに『日々是精進』だ」
「ふぅん……そっかぁ。それでか。タイっちゃん、頑張ってるもんね。特に射撃訓練」
「自分に足りないところを補うための修練は当たり前だ。以前に隊長が言っていた通り、GUYSの現場は言い訳など許されない現場。悔いる前に為すべきを為すことが務め」
「じゃあさ、今度格闘訓練のコーチしてよ」
 ぽん、と自分の太腿を叩いたヤマシロ・リョウコは元気よく立ち上がった。
「へへー、タイっちゃんより俗っぽい理由なんだけどさ、なんとかしてトリピー(トリヤマ補佐官)に剣道で一本入れたいのよ。CREW・GUYSのフォワード要員ともあろうものがさ、事務方のおっさんに一本すら取れないのって悔しくってさぁ」
「いいとも。この包帯が取れたら、早速」
「タイっちゃんなら、あたし程度そのままでも相手できそうだけどね」
 笑いながら手を貸し、クモイ・タイチを立ち上がらせる。
「じゃ、あたしそろそろ帰るね。いい話聞けたよ。ありがと、タイっちゃん」
「いや、こちらこそ。わざわざ見舞いに来てくれてありがとう」
 律儀に頭を下げるクモイ・タイチに背を向け、病室を出て行こうとしたヤマシロ・リョウコの足がふと止まった。
「あー、そうそう。タイっちゃん。言い忘れてた」
「? なんだ?」
 振り向いたヤマシロ・リョウコは、入り口に体をよっかけた姿勢で腕を組んだ。
「タイっちゃんさあ、覚悟がないとか、計算ずくだとか言ってたけどさ。そんな人があの猛烈なガスの中でわざわざバイザー上げて叫んだり、あたしの狙撃を助けるために、たった一人で怪獣の真正面に立ったりしないと思うんだけど。あたしから見たら、十分他人のために後先考えずに命賭けてるよ」
「ヤマシロ隊員……」
「大丈夫、タイっちゃんは間違いなく心身ともにCREW・GUYSの一員だよ。だから早く治して戻ってきてね。んじゃ!」
 最後にいつもの元気な笑顔をぱっと輝かせ、ヤマシロ・リョウコは風のように去った。
 急に閑散とした病室の只中でぽつねんと一人取り残されたクモイ・タイチ。
「……見えなくとも見えるものとは、あるものだな。本当に。ありがとう、ヤマシロ隊員」
 そう呟く頬は、うっすらと緩んでいた。



【第3話予告】
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