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ウルトラマンメビウス外伝 RAYGA

 火山島の死闘 その6

「レーダー画像コクピット投影システム作動!」
 セザキ・マサトの指が、エクステンション(追加武装用)スイッチを弾く。
 たちまちコクピットのキャノピーに様々な情報が画像や文字列として映り始めた。
「わお、すごい! ――と、敵は?」
 コクピットを見回すと、巨大な黒い影が表示されていた。その数二つ。一体が直立体形、もう一体が這いつくばった四脚体形。直立体形の影は、翼さえ判別できる。そのそれぞれにガイドがついて、相対距離が表示されている。
 セザキ・マサトは思わず口笛を吹いていた。
「こーりゃほんとにすごいや。ええと、射程距離内に入ると色が変わるんだっけな。……じゃあ、セザキ・マサト、ガンブースターいっきまーす!」
 ガンブースターは速度を上げ、視界の利かない赤い闇を裂いて一直線にテロチルスへと迫った。

 ―――――― ※ ―――― ※ ――――――

 レイガ――今や人間の姿に戻ったシロウはもがいていた。
 海中で視界を失うと、方向がわからなくなる。その上、呼吸もできない。
 そしてそもそも、レイガ――シロウは泳げない。
 ウルトラ族の姿なら、宇宙空間を『飛ぶ』ように水中を『飛ぶ』ことができる。だが、人間の姿で手足を使って水を掻き、浮力や推進力を得る方法を――いや、泳ぐという概念すら知らない。
 混乱、焦燥、憔悴、恐怖、様々な感情に飲み込まれ、ただ四肢をめちゃくちゃに振り回してもがくだけ。
 苦し紛れに口が開き、大量の海水がどっと体内に流れ込んだ瞬間――全ての圧力が消えた。


 気がつくと、シロウは何もない空間に座り込んでいた。
 二体の怪獣に弄ばれた体の痛みが消えている。息苦しさも、目の痛みも、水圧さえも消えていた。
 そういえば、視界が広がっている。ただし、見えているのは綾織る光がいくつも交錯する通常ではない世界だが。
『ここは……?』
 自分の思考が、声となって空間に響く。
 たちまちシロウは理解した。
『テレパシー空間!?』
 宇宙人の多くが、そしてもちろんウルトラ族も持っている、発声することなく意思を疎通する能力――テレパシー能力。
 その能力を拡大強化したのが、このテレパシー空間である。
 音声的思考情報のやり取り(言語レベルによるテレパシー)以上のコミュニケーションが必要とされる場合(説得や対話、威嚇など)に、自らの思考と相手の思考をリンクさせ、あたかも別次元の亜空間にお互いの存在を取り込んだかのように相対して会話が出来る。
 ここでは時間と空間が意味を持たない。
 ここでの主観時間が数時間でも現実には一瞬であったり、現実の感覚情報を全て切り離すことも出来るのだ。
『だが、一体誰の――』
『私だ』
 どこかで聞いたことのある力強い声に振り返れば、そこに男が立っていた。
 波打つ白髪、サングラス、彫りの深い顔、口許に生やしたひげ、革ジャンを着込んだ、がっしりした体格の長身――
『あんた……確か、ジープの』
『ああ、そうだ。それにしても、危ないところだった』
 サングラスを取った男は柔和な笑みを浮かべていた。
 だが、シロウは警戒心丸出しの険しい表情で、男を睨みつけていた。そのまま、ゆっくりと立ち上がる。
『地球人……がテレパシー空間だと? ありえん。貴様……何者だ』
 革ジャンの胸ポケットにサングラスを刺しながら、男はため息をついた。
『やれやれ。同じウルトラ族の気配も感じられないとは……本当に何の訓練も受けていないのだな。体内に入った毒素を浄化する方法も知らんようだし……。それで怪獣を相手にしようとは、命知らずもいいところだ』
 たちまち恐れもあらわに、にじり下がるシロウ。
『……貴様、まさか……宇宙警備隊員――』
 男は得意げに頷いた。

 ―――――― ※ ―――― ※ ――――――

 翼をゆっくり広げ、甲高い声を上げてケムラーを威嚇するテロチルス。
 背中の甲羅を、尻尾の付け根を支点にした『V』字型に立てて威嚇し返すケムラー。ゴロゴロと唸る声が不気味に響く。
 レイガを葬った今、この火山島の覇権をかけて再び対峙する二体の怪獣。刻一刻その緊張感は高まってゆく。


「……見えるか、ヤマシロ隊員」
 ケムラーの背後には、岩伝いに高い場所を探して回りこんだクモイ・タイチとヤマシロ・リョウコの姿があった。
 周囲に漂う赤いガスで、テロチルスはもちろんのこと、手前にいるケムラーの姿までも時折煙る。
 ヤマシロ・リョウコは困惑げに目を細めた。
「あの、背中の羽……昆虫みたいだけど、付き方逆だね。内側が原色派手派手パターンなのも威嚇のためかな? んー……でも、あんなのでビビる怪獣なんているのかなぁ」
 『V』字にそそり立った二枚の羽じみたものの内側は、赤や黒や青や白の帯が斜めに走っている。
「アレは羽というより甲羅だろう。それはともかく、その付け根のところに瘤がある」
「あるね。甲羅が開いてる時しか見えないケド。あ、そっか。あの甲羅で守ってるんだ。……アレが弱点なの?」
「ああ、そうだ。アーカイブの考察によると、どうも神経瘤か第二の心臓か、生命活動に重要な役割を果たす器官があるらしい。あれをトライガーショットのロングバレルモード・バスターブレッドで狙撃・破壊する」
「んー……むぅ。そんなんでほんとにあの怪獣が死ぬのぉ? ウルトラマンの光線でも倒せなかったんでしょ? なーんか、うさんくさいなぁ」
 ヤマシロ・リョウコはあからさまな疑いの眼差しを向けていた。
 体長40mを超える怪獣が、ハンドガンの一撃で死ぬということ自体がまず信じがたい。そんな怪獣ばかりなら苦労はないのだから。
 クモイ・タイチはメモリーディスプレイを取り出した。ケムラーのデータを呼び出す。
「アーカイブによると、科学特捜隊はあの部位にマッド・バズーカというバズーカ弾頭を命中させて仕留めた、とある。最新式の高熱爆裂エネルギー弾頭・バスターブレッドが40年前の武器に威力で劣るとは思えん」
「ん〜……そうだよね。劣ってたら、ちょっと哀しいかも」
「なんにせよ、ヤマシロ隊員。あんたの腕の見せ所だ」
「そだね」
 素っ気無く答えたヤマシロ・リョウコは、その口調に合わせるかのように表情を変えていた。
 いつもの笑顔が消え、目が細まる。さっきまでの視界の悪さに困惑する表情ではなく、的を照準内に捉える狙撃手の鋭い眼差し。
 メモリーディスプレイを胸ポケットに収めたクモイ・タイチは、その表情を見やってふっと表情を緩めた。
「いい顔だ。それが本性か?」
「やめてよ、そんな言い方」
 言いながらも、表情は変えない。そして視線はケムラーから離れない。
 クモイ・タイチは腰のガンベルトからトライガーショットを引き抜きながら、笑みをやめない。
「褒めてるんだ。その面構えなら、安心して任せられる」
「あんがと」
 ヤマシロ・リョウコはケムラーから目を離さないまま、腰のガンベルトから引き抜いたトライガーショットの狙撃用ロングバレルを伸長・展開してゆく。
「……ねえ、タイっちゃん。ちょっと聞きたいんだけどさ」
「なんだ」
「タイっちゃんて、GUYSに入る前って武者修行で全国回ってたんだよね?」
「ああ」
「格闘技訓練とかだと隊長顔負けの強さだし、剣道とか棒術とかヌンチャクなんかも使えるんでしょ? すごいよねー。でさ、ついでに射撃とか弓道とかはやんなかったの?」
「やってない」
「へぇ、意外。どうして?」
「興味なかった」
「えー? でも、武術を極めたかったんじゃないの?」
「んー……」
 返事はすぐに返らなかった。しばしの沈黙の合間をケムラーとテロチルスの威嚇の声が流れてゆく。
 やがて、クモイ・タイチは軽く首を振った。
「悪いな、ヤマシロ隊員。今は答えられない」
「へ? なんで? あたし、そんな難しいこと聞いた?」
「ああ。だが、これだけは言っておく」
 自分を見るクモイ・タイチの真剣な目に、ヤマシロ・リョウコは思わずトライガーショットの伸ばしたバレルをきゅっと抱きしめていた。
「……なに?」
「オレはヤマシロ・リョウコという射手を尊敬している。あんた自身が考えている以上にだ。だから、ここを任せることに何のためらいもない」
「タイっちゃん……」
 クモイ・タイチが差し出した腕に、ヤマシロ・リョウコは自分の腕をかち合わせた。そして、頷き合う。
 ふとクモイ・タイチは上空を見上げる。
「――と、無駄話はここまでだな。来たぞ」
 やがて――火山の山頂側から赤いガスを蹴散らして出現したガンブースターが、テロチルスへの攻撃を開始した。
 主翼に配置された6門の砲身から同時に放たれるビームの雨――ガトリング・デトネイター。
 その圧倒的な量の弾着はテロチルスだけでなく、その周辺にも爆発を起こし、今しもテロチルスに襲い掛かろうとしていたケムラーに二の足を踏ませた。
 背中の甲羅を閉じ、慎重に後退するケムラー。
 一方のテロチルスはガンブースターに怒りの一声を上げると、翼を羽ばたかせ始めた。
 滞留していた赤いガスが大気の流れに乗って渦巻き、二人の方へ押し寄せ始める。
 身を低くして様子を窺っていたクモイ・タイチは小さく頷いた。
「よし。ヤマシロ隊員。テロチルスが離れ次第、ケムラーに仕掛ける。必ず奴のケツをこちらに向かせて弱点を開かせる。あとは任せた」
 クモイ・タイチの眼が殺気を秘めて細まる。
 ヤマシロ・リョウコも同じ目つきに戻っていた。
「……一人で大丈夫?」
「ああ」
 クモイ・タイチは頬に自信ありげな笑みを刻んだ。
「相手の図体がどうあれクロス・レンジ(近距離戦)ならオレの戦場だ。任せろ」
「G.I.G。……あたしも、武術の達人クモイ・タイチを信じる。集中していこう」
「G.I.G」
 トライガーショットの銃床同士を打ち合わせ――
 クモイ・タイチはその場から駆け出した。
 ヤマシロ・リョウコはその場に伏せて、トライガーショットの狙いをつけ始めた。

 ―――――― ※ ―――― ※ ――――――

『ひょっとして、ウルトラ兄弟なのか』
 シロウの問いに、男は頷く。
 シロウは牙を剥くように頬を歪めた。
『なるほど、オレを捕まえに――いや、倒しに来たのか』
 一戦交える気で構えるシロウ。
 しかし、男は首を横に振った。
『いや。そんな指令は受けていない。私が地球に来たのは、別の指令を受けたからだ』
『う、ウソをつくな!』
 シロウは叫んだ。男の態度に、嫌な気分が胸に渦巻き始める。
『オレはあのメビウスを倒し、ゾフィーの追跡から逃げ切ったんだぞ! お前らウルトラ兄弟が動くには十分な理由だろう!』
 男は少し首をかしげて、微笑んだ。まるで、駄々っ子をあやしているかのように。
 それが、シロウを苛つかせる。
『うぬぼれるな、レイガ』
 あくまで口調は優しく、男はシロウの本名を口にした。
『確かにメビウスの一件は聞いている。だが、メビウスは手傷を負っただけ、彼自身も君への処罰を望んでいないと聞く。私も、今の君がそこまでの脅威だとは思わない――この間の戦いと今の戦いで、それが十分わかった』
『な、に……?』
 不意にテレパシー空間の背景に、さっきの戦いが映し出された。
 テロチルス、ケムラーの二体に蹴っ飛ばされ、つっ転がされ、ほとんど抵抗もできないまま土の汚れにまみれてゆくレイガ。
 シロウは音がするほど歯を食いしばり、屈辱に頬を引き攣らせた。
『確かに、この怪獣二体は決して弱くはない。だが、訓練された宇宙警備隊員でも勝てないほど強くもない』
 映像を見ながら、男はしれっと言い放った。
『く……こっちは二体の怪獣相手にしてたんだ! 一体ずつが相手なら――』
『数は問題ではない。君は勝てなかった。それが事実だ。それは君もわかっているはずだ』
 男の鋭い指摘に、シロウは声を失った。腹の中で屈辱の怒りが渦を巻く。
『それに、二体、三体同時の戦いなど宇宙警備隊員が直面する危機の中ではごく普通だ。私も昔、地球にいた時そういう場面に何度も陥った』
 何も答えられず、ただ呻きだけを噛み殺して男の横顔を睨むシロウ。
 男はシロウに視線を戻した。
『レイガ……地球から去るんだ。それがいやなら、もう戦うな。このままでは、いずれ……』
 思わせぶりに言葉を切って、黙り込む。
 それがまた敗北と屈辱にまみれたシロウを責め苛む。
 男が何を言いたいのかわかっていながら、叫ばずにはいられなかった。
『いずれ、何だよ! もったいぶるな! 言いたいことがあるなら、最後まで言え!』
 男はため息をついて、続けた。
『……いずれ、君は死ぬぞ』

 ―――――― ※ ―――― ※ ――――――

「ガトリング・デトネイター!」
 再び、ガンブースターの全身に配置された6門の砲身から、同時にビームが放たれる。
 それはテロチルスの背中に命中し、さらに向かい合っていたケムラーやその周辺にも降り注いだ。
 思わぬ攻撃に防御姿勢をとる二体の怪獣の上空を通過し、旋回する。
「さあ来い、テロチルス!」
 背後を見やりつつ旋回行動をとるセザキ・マサト。
『セザキ隊員、回避行動を取れ!』
 唐突に入ったクモイ・タイチの指示通りに、急上昇をかける。
 たった今いた空間を、謎の光弾が薙いでいった。
「な、なに? 今の!?」
『ケムラーは尻尾の先から光線を放つ! 注意しろ! テロチルスもくちばしの根元の触角からだ! ――テロチルスが飛ぶぞ! そのまま空域を離れろ!』
「G.I.G! テロチルスは任せて! その代わり、ケムラーは任せる! 頼んだよ、クモっちゃん、リョーコちゃん!」
『G.I.G』
 二人の声がハモるように聞こえ、通信が落ちた。
 そして――アラート音が響き渡る。敵機に後方へつかれた時の警報。
 セザキ・マサトは鋭く息を吐いて、右手で操縦桿を、左手でブースタースロットルレバーを握り直した。
「さあ、ウルトラマンを倒した大怪鳥……ボクが相手だ! ついて来い!」

 ―――――― ※ ―――― ※ ――――――

『オレが……死ぬだと? はっ、余計なお世話だ』
 男は首を横に振った。
『命を粗末にするな。君はまだ若い』
『うるせえよ!!』
 シロウは渾身の力を込めて、叩きつけるように足踏みをした。
『てめえの命の使い道ぐらい、てめえで決める! 他人に、それもウルトラ兄弟ごときに指図されるいわれはねえ!』
 咆哮するようなその言葉に、男の表情がふと曇る。
『……ウルトラ兄弟が嫌いなのか』
『あ〜あ、大っ嫌いだね。手前ら正義面しちゃいるが、オレから言わせりゃただの偽善者だ! そんな奴がえらそうに説教たれるのが気にいらねえ! エリートだ何だと持ち上げられてちやほやされてるのが気にいらねえ! ウルトラ族の若者が、お前らなんぞに憧れるのが気にいらねえ! 憧れられているのがさらに気にくわねえ! オレは……お前らなんかに憧れない! お前らに憧れるぐらいなら、敵に回った方がましだ!』
『なるほど』
 男はさほど気を悪くした様子もなく、深く頷いた。
 たちまちシロウは指を突きつけた。
『そのしたり顔も気にいらねえんだよ!』
『だが、力不足だ』
 あらゆる攻撃をあっさりかいくぐって核心を突く一撃に、シロウは続けて喚こうとしていた言葉を全て失った。声は出ず、ただ口だけをパクパク動かす。指先が力を失って下がる。
『今の君はメビウスはおろか、地球に現れる怪獣すら倒せない』
『う、う、うるせえ! 今回は調子が悪かっただけだ。大体、メビウスはオレが――』
『不意討ちの闇討ちだったのだろう?』
 シロウはしたり顔でにやりと頬を歪めた。
『はっ、卑怯だってのか!? だからウルトラ兄弟様ってのはよ。戦いに卑怯もクソも――』
『違う』
 首を振る男に、シロウの表情が曇る。
 男はじっとシロウの目を見つめながら続けた。
『どんな卑怯で卑劣な手で襲われようとも、最後には勝つ。それがウルトラ兄弟だ。だから、そんなことは問題じゃあない。問題なのは、不意打ちの闇討ちでさえ、君はメビウスにあの程度の手傷しか与えられなかった、ということだ』
『なんだと……?』
『あれが他の暗殺宇宙人の手によって行われていたならば、メビウスは死んでいた。その意味では、まだまだメビウスも甘い』
『………………』
『君は、自分でもわかっているはずだ。自分の弱さを』
『お、オレは弱くなど……!』
 精一杯の虚勢を張りながらも、知らずたじろいで半歩後退っていた。
 嫌な感覚が、破滅のざわめきが、胸に満ちていた。
 これまで目をそむけていたことに、今、向き合わされようとしている感覚。
 認識の奥底に封印されていた何かが、急速に浮き上がってくる――それを、見るなと叫ぶもう一人の自分。
『う、ううっ……オレは弱くなんかない……オレが本気になれば、宇宙警備隊だって』
 男は、シロウの葛藤を見透かしたようにゆっくりと首を横に振った。
『いや。君はわかっている。闇討ちという手段を選んだことこそが、君が自分自身の弱さを自覚している証し』
『ち、違うッ! あれは……メビウスの奴があんまりバカ正直なんで、それにつけ込んだだけだ! オレが弱いからなんかじゃ――』
『そのメビウスを真正面から打ち破れないから、闇討ち騙まし討ちを選んだのだろう? 自分の力に本当に自信があるなら、真正面から挑み、打ち破ったはずだ。ゾフィー兄さんと戦った時もそうだ。勝てないと踏んだから、目くらましを使ってテレポートで逃げたのだろう?』
『う……うう……』
 反論の余地がない。
 言葉にならない屈辱と敗北感が、呻きとなって葉の間からこぼれる。
『自分の弱さを認めるんだ、レイガ。誰しもが、そこから始まるんだ』
 男はシロウを妙な目つきで見つめていた。シロウにはそれが、哀れんでいるように感じられた。
『くぅぅぅ……ううううぅるせえええええっっっ!!!』
 ここが実体を伴わぬテレパシー空間であることも忘れ、シロウは男に殴りかかっていた。

 ―――――― ※ ―――― ※ ――――――

 ケムラーの横っ面にアキュートアローの赤い光弾が炸裂する。
 しかし、その表皮に傷をつけた様子はない。まさに蛙の面に小便。
 たちまち野太いカエルのうなり声みたいな咆哮が響き渡り、ケムラーの注意はクモイ・タイチへと引きつけられた。
 決して長いとはいえない前脚を伸ばし、走りながらトライガーショットを連射するクモイ・タイチを叩き潰そうとする。
 しかし、クモイ・タイチは軽快に身を翻し、時に横っ飛び、時に前転、急な切り返しを駆使してその攻撃を避けてゆく。
「モーションが丸見えなんだよ」
 さらに数度、前脚による攻撃が空振りに終わったあと、ケムラーは急に動きを止めた。
 先端が二股に分かれた尻尾を、サソリのように頭上へ持ち上げる。
「それもだ!」
 振り返ったクモイ・タイチは、トライガーショットのチェンバーシリンダーを引いて黄色に変えた。爆裂弾頭バスターブレッド――貫通力と連射力は落ちるが、爆発を伴うことで威力は上がり、範囲も格段に広がる。それをケムラーの顔面、眼球付近に命中させた。
 ダメージはなくともめくらましにはなる。ケムラーは眼への攻撃をいやがって身をよじらせ、尻尾から放たれた光弾は明後日の方向へ飛んでゆく。
 クモイ・タイチはその場で仁王立ちになって、再びケムラーの顔面に狙いを定める。
「さあ、背中の甲羅を開け、ケムラー。オレを敵と認め、威嚇してみろ! さあ!」
 再びケムラーの眼の近くでバスターブレッドの爆発が炸裂する。
 嫌がって顔を背けるケムラー。だが、背中の甲羅は開かない。開いたのは――口。
「なに!?」
 次の瞬間、クモイ・タイチの視界は真っ黒に染まった。

 ―――――― ※ ―――― ※ ――――――

 シロウの拳が空を切る。
 当然だ。面と向かって話をしていても、ここはテレパシー空間。眼前の相手も今ここにいる自分も、実体ではない。
 男はまったく動じた風もなく、つんのめったシロウの背中を見送った。
『確かに、君は宇宙警備隊員ではない。私が君の心配をしてやる必要はないのかもしれない』
『なにぃ?』
 振り返ったシロウは、男の不思議な眼差しに、再び襲い掛かるのを思いとどまった。
 シロウには理解しがたい、奇妙な眼差し。
 軽蔑や見下している風でもなく、かといって嘲笑う風でもなく。恐れや不安、怒りの色など微塵もなければ、同情や憐憫の色でもない。敵意を剥き出しにしている自分に対して向けるとは考えられないほど落ち着いた、吸い込まれそうな瞳。そんな眼をつい最近、どこかで見た――

 シロウははっとした。
 そうだ。
 シノブだ。
 男の目つきは、なぜかオオクマ・シノブの目に似ている。
 だが、なぜ。

『だから、これ以上の君への干渉はしない。……ただ、これだけは言っておくぞ』
 男はシロウに正対した。その瞳に、何かの決意の閃きが宿る。
 思わずシロウは息を呑んだ。怒りとは違う、何か巨大な気配が男の中で膨れ上がってゆく。
 自分が、相手のその気配に呑み込まれてゆくのを感じながら、動くことも、声を上げることすら出来ない――この感覚も知っている。シノブなら、この気配の直後に拳骨が飛んでくる。
『君がこの地球に仇をなすようなら、私は宇宙警備隊員として、なによりこの地球を愛する者として――君を倒す
 言い放つと同時に、男はさっと右腕を頭上に振り上げた。
 光が、男の内側から輝きを放ち始める。
 シロウは知らず、さらに後退っていた。時間と空間が意味を持たぬテレパシー空間で、なおも相手から避難しようとするかのように。
 シロウの視界が光に閉ざされ――男の声だけが響く。
『見ていたまえ。ウルトラマンの戦いを』


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