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ウルトラマンメビウス外伝 RAYGA

 火山島の死闘 その5

 赤いガスの彼方。
 草一本生えない溶岩の斜面が広がっていた。
 暗く閉ざされたような死の世界。
 その中にうずくまる、さらに黒い影。よどんだその闇の中に、不意に光が灯った。
 半月の形をしたその光の中に、黒い点。その黒い点が、光の中を上下左右に動く。
 蛙の鳴き声を長く引き伸ばしてビブラートをかけたような不気味な響きが赤い闇を揺らし――影がのそりと動いた。

 その遥か上方、赤いガスの雲に溶けた斜面の彼方から、別の響きが聞こえた。
 蛙の声に応えたのか、その声は。
 鳥のような甲高い叫び。
 そして――赤い雲を掻き分け、それは来た。

 ―――――― ※ ―――― ※ ――――――

 アクア・エリス船内をクモイ・タイチは駆けずり回っていた。
 メモリーディスプレイにダウンロードした船内図を見つつ、通路の状態を確認し、船内各所で息を潜める人たちを探し出し、救援が来たことを伝えてゆく。
 そして、ついにその足は船内最下層にたどり着いた。
 乗員・スタッフ用の部屋と機関室。かなり広いその空間は、上層階とは見た目も雰囲気も、そして状況もいささか趣きが違っていた。
 メモリーディスプレイで大気の成分を確認したあと、ヘルメットのバイザーを少し持ち上げ、すんすん鼻を鳴らしてみる。心なしか、空気が冴え冴えと冷えているような気がする。
「ここはまだガスが回ってないのか。隊長たちが遅れるようなら、どうにかして最下層に誘導するのも――」
 その最中、ふと足が止まった。
 そっと隔壁に手を触れる。
 掌から伝わる、微かな振動。おそらくはよほど神経質な人間か、訓練された人間でなければ気づけないほどの。
「………………。これは……この不規則さは……戦闘か?」
 クモイ・タイチの鋭い眼差しが隔壁・船壁を貫き、遥か彼方に向いた。
「だめだ。ここでは気配が感じ取れん。上甲板に出るか」

 ―――――― ※ ―――― ※ ――――――

 余人のあずかり知らぬ赤い闇の中、生存闘争は続いていた。
 巨体と巨体がぶつかる衝撃に渦巻く赤い大気の中、甲高い怪鳥音と不気味に震えるガマの声が交錯する。
 時折、お互いの間を何かの閃きが断続的によぎる。だが、お互いに怯まない。
 地を這うものが、屹立するものに黒い影のようなものを吹きかけた。
 応えるように、屹立するものが巨大な翼をはためかせつつ、こちらも何かを吐きかける。
 二つがぶつかった場所から、たちまち 『赤』 が爆発的にその濃度と体積を増した。空間が 『赤』 に塗り潰され、『赤』と『闇』が同義になる。
 両者の影はその膨れ上がる 『赤』 に呑まれて消えた。
 しかし、甲高い鳴き声と震えるガマ声、それに激しくぶつかり合う地響きは途絶えることなく、いつまでも轟き続けていた。

 ―――――― ※ ―――― ※ ――――――

 赤い靄にかすれた孤島の全景を、レイガは上空から見下ろしていた。
 中心の火口があると思われる部分ほど濃度が高く、地上まで見通せない。
 しかし、見える必要などない――レイガは小さく一つ、頷いた。
 見える必要などないのだ。立ちふさがるものは、なんであろうとぶちのめし、突破する。それが力というものだ。その力を自分は持っているのだ。
 しばらく空中にたたずんでいた銀と蒼の巨人は、やにわに両腕を左へ水平に差し伸ばした。そして、そのまま右へと大きく回してゆく。その軌跡をたどるように、集まる光の粒子。
「デュワッ!」
 掛け声とともに、立てた右腕の中ほどに左拳を押し当てる。
 光の奔流が放たれた。赤いガスの塊を蹴散らし、ぶち抜いて。そしてそれは地表面に届き――爆発を起こした。
 その爆発の衝撃がガスをさらに蹴散らす。
 大気が轟き、渦巻き、大地が震え、揺れる。
 レイガは光線を放ち続けたまま、空中でゆっくりと身体の方向を変えてゆく。
 光線がじりじりと島を舐め、爆発が続き、ガスが蹴散らされ、気流が渦巻き、土砂噴煙が舞い上がる。
 その情け容赦のない爆撃は、そのまま続けは確実に島の形状を変えかねなかった。

 ―――――― ※ ―――― ※ ――――――

「あの野郎、何してやがるっ!!」
『ダメだよ! 下には客船の乗客やタイッちゃんがいるのにっ!』
 アイハラ・リュウの怒号とヤマシロ・リョウコの悲鳴が交錯した。
 光線はまだガンウィンガーやアクア・エリスのある入江とは違う方向に放たれているが、レイガの意図は明白だった。
 光線と爆発の威力でガスを蹴散らし、視界を確保する気なのだ。もしくは、そのまま島ごと怪獣を葬るつもりなのか。
「CREW・GUYS! レイガを止めるぞ!」
「G.I.G」
『G.I.G』
 セザキ・マサトとイクノ・ゴンゾウの返答は素早かったが、ヤマシロ・リョウコだけは異議の声を上げた。
『たいちょー! それって、レイガを倒せってことですかぁ!? そんなの、そんなの……!!』
「うるせー! ガタガタ言ってる間に、救援を待ってる人たちやタイチが危険に晒されるんだぞ! 今はとにかく、あの光線を――」
 その時、まだ吹き散らされていない濃密なガスの塊が、内側から爆ぜた。
 そこから飛び出したのは、黄色いくちばしに赤い頭部、ねずみ色の体を持つ大怪鳥。
「テロチルス!?」
 アイハラ・リュウの叫びに応えるように、テロチルスが一声鳴いた。それは住処を荒らされたことへの怒りの声か。
 レイガは咄嗟に体をテロチルスに向けた。ガス雲を真一文字に薙いで、突進してくる巨大怪鳥に炸裂する光線。
 しかし、テロチルスはまったく動じなかった。それどころか、そのまま真っ直ぐレイガに突っ込み、体当たりをした。
 空中で跳ね飛ばされ、バランスを崩すレイガ。
 そのまま重力に引かれて落下したレイガは、地面へ激突する寸前に身体を翻し、なんとか片膝立ちで着地した。
 赤いガスのたなびく空中を見上げ、自分を文字通り叩き落とした敵を探す。
 テロチルスは悠然と空中を舞い、大きく旋回して戻ってきていた。
 レイガは、屈辱に震える拳を握り締め、ファイティングポーズを構えた。
 再び突っ込んで来るテロチルス。その角度と速度のある急降下は、もはや墜落に等しい勢いだ。
 レイガもそれを避ける素振りを見せず、受け止めようとした。高速で落ちてくる身長60m・体重1万8000tを。

 ―――――― ※ ―――― ※ ――――――

『地球怪獣風情が、このオレ様の邪魔を……するかっ!』
 弾き飛ばされた屈辱、怒りに、その拳、その体にはいつも以上の力がこもっていた。

 真正面から受け止め、地面に叩きつけてやる――

 しかし。
 叩きつけるどころか、受け止めることさえ出来なかった。
 受け止めた、と思った次の瞬間――背中から地面に叩きつけられたのはレイガの方だった。
 さらに、勢いあまったテロチルスにのしかかられたまま、地表を滑ってゆく。レイガの背中が地面を削り、えぐり、いくつもの岩塊を砕き、跳ね飛ばし、濛々たる土煙を巻き上げながら滑り続ける。そうして最後に山の斜面へぶつかってようやく止まった。
 先に立ち上がったのはテロチルスだった。
 レイガは大の字になったまま、頼りなげに頭をぐらつかせている。
 その上にテロチルスは馬乗りになった。
 一声吼えて、両翼の爪やくちばしを使って攻めかかる。
 レイガはかろうじて自由になる両腕を顔の前で振り回し、攻撃を防ごうと無様にもがく。
 その間にも、周囲には一旦吹き飛ばした赤いガスが戻り始めていた。見る見るうちに濃度が上がり、二体の姿を赤いベールに閉ざしてゆく。
 それはまるで、レイガの行く先を暗示するかのようだった。

 ―――――― ※ ―――― ※ ――――――

『たいちょー! レイガ、やばいですよ! 援護しないと!』
 島の上空に到着したガンローダーとガンブースターは、レイガとテロチルスの戦いを尻目にゆっくり旋回していた。
 ヤマシロ・リョウコの悲鳴じみた声に、アイハラ・リュウは厳しい表情で視線をアクア・エリスのある入江へ向ける。
「いや、ここは最初の予定通り着陸する。ゴンさんはガンウィンガーとガンローダーのインストール作業。リョウコはタイチの援護。マサトはガンブースターでレーダー波発信装置の設置だ。全員大急ぎで片付けろ!」
『でも、レイガは!』
「アレは味方じゃねえ!」
『タイッちゃんやアクア・エリスのことを知らないだけかもしれないじゃないっ!』
「だとしても、今それを説明してる場合じゃねえだろがっ! アイツがテロチルスの注意を引きつけてくれている間に、こっちが態勢を整えられる!」
『そんな……』
「そんなもソナーもあるかっ! 今やらなきゃならねえのは、オレたちに出来ることだ!」
『……ジ、G.I.G』
 納得できてない口調ながらも、渋々答えたヤマシロ・リョウコ。
 二機はガンウィンガーが着陸しているアクア・エリス傍の海辺に降下して行った。

 ―――――― ※ ―――― ※ ――――――

 体を翻し、何とかテロチルスの下から逃れ出たレイガはしかし、足元がおぼつかず、よろけるように数歩後退ってファイティング・ポーズを構え直した。
 両肩を大きく上下させつつ、両足で大地に屹立する大怪鳥を見据える。
 その周囲が、再び赤いガスによってぼやけてゆく。
 いや、ぼやけているのは立ち込める赤いガスのためだけではない。ガスの影響が――レイガの目を苛み始めていた。
 宇宙空間を飛び回るウルトラ族とて、ガスの影響を受けないわけではない。
 今でさえこれほど押されているのだ。視界が失われれば、万に一つも勝ち目はなくなる。今は力の出し惜しみをしている場合ではない。
 ほとんど恐慌に近い精神状態のまま、レイガは再び両腕を左へ差し伸ばし、右へと振り回した。
 そして、立てた右腕の中ほどに左拳を押し当てる。辛うじてまだ見えているテロチルスの影に向かって、光線を放つ。
 放たれた光線は、まともにテロチルスの鼻っ面に命中した。

 しかし――

 動じもしない。嘲笑うような甲高い鳴き声一つ。
 そんなバカな。
 構えを解いたレイガは呆然と自分の両手とテロチルスを見比べた。
 全くダメージを負っていないのか、感じていないのか。
 決して当たりそこねなんかじゃない。まともに当たった。
 自分の、ウルトラ族最大の攻撃を平然と耐えた。耐えてみせた。耐えられた。
 なんだ、これは。
 何が起きている?
 こいつは、なんだ?
 まったく恐れる様子もなくのしのしと近づいてくる大怪鳥に、レイガは拳を握り直し、大振りのパンチを放った。
 ひょいとのけぞるように躱され――横殴りの翼の一撃。
 レイガは軽々と吹っ飛ばされた。
 無様に横倒しなったレイガが立ち上がるより早く、テロチルスの猛襲が再び始まった。
 翼が、爪が、蹴りが、くちばしが、間断なくレイガに襲い掛かる。
 その猛攻の前に、なすすべなく叩きのめされ、打ちのめされ、傷つき、倒れ、はいつくばるレイガ。
 その無様な姿を隠すように、濃度を高めてゆく赤いガス。
 苦し紛れの反撃が虚しく空を切るのは、ガスの影響で視界を失いつつあるからか、それともテロチルスが一枚上手なのか。
 刻一刻深まりゆく赤い大気の濃度に犯されたかのように――胸に輝くカラータイマーの青が赤に変わり、点滅を始めた。

 ―――――― ※ ―――― ※ ――――――

「……攻防ともになっちゃいないな。だから一方的に攻められる。守るべき時はしっかり守らねば。中途半端に攻めようとすると、自力の差はすぐに現われる」
 苦戦を続けるレイガの様子を見て、奇しくも同じ言葉を吐いたものがその島に二人いた。
 一人は島に着陸したアイハラ・リュウたちと合流すべく、客船の最上部甲板にまで上がってきていたクモイ・タイチ。
 そしてもう一人は……入江の反対側の小高い岬に立つ男。
 背丈のある、革ジャン・サングラス姿で白髪のその男は、この赤いガスの中でも装備らしい装備を身につけないまま、じっと巨人と大怪鳥の戦いぶりを見つめていた。
 しばらくレイガの苦戦を見ていた男の視線が、ふと巨人の背後に立ち込める赤いガスの塊に向いた。
「ほら、油断していると……この前と同じ轍を踏むことになるぞ」

 ―――――― ※ ―――― ※ ――――――

 力を込めたパンチは身軽に躱され、必殺の意志を込めた蹴りもすかされる。
 組みついて格闘戦に持ち込もうとしても、飛んで逃げられて体当たりを受ける。
 運良く組みつけても圧倒的に力負けして、押し潰される。光線の類は、最大出力のあの光線を耐えられた以上、何を出しても効き目無し。
 大怪鳥テロチルスの猛撃に押し切られるまま、濃度を増す赤いガスの中へ追い込まれたレイガは、ファイティングポーズこそ構えてはいるものの、次の手を打てずにいた。
 そして、もはやその視界もほとんど閉ざされている。
 カラータイマーも点滅を始めており、もはや誰の目にもこの戦いの趨勢は明らかだった。レイガ自身にも。
 しかし。
 それを認めて逃げ出すわけにはいかなかった。
『暗黒大皇帝を倒したメビウスを……オレは倒したんだ。こんな……こんな地球怪獣ごときに!』
 勝機も見えないまま、再びテロチルスに立ち向かう――その時。
 背後から二条の光線が、レイガを直撃した。
 まったく予想だにしない攻撃に、のけぞるようにして動きを止め、そのままばったりと前のめりに倒れ込む。
 正面にいるテロチルスが、ひときわ甲高く、威嚇を思わせるような攻撃的な鳴き声を放った。
 上体を起こしつつ、振り返るレイガが揺らぐ視界でかろうじて見えたものは、ガスを蹴散らして現われた新たな怪獣。
 目つきの悪いガマガエルだかサンショウウオだかを思わせる容貌のその怪獣は、牙の並んだ特徴的な大きな口から奇妙な鳴き声を発した。蛙の鳴き声を引き伸ばしてビブラートをかけたような異界的な声が、赤い世界に不気味に響く。
 その怪獣は、まったく迷うことなくレイガに襲い掛かり、その足に噛み付いた。

 ―――――― ※ ―――― ※ ――――――

「二匹目だ?!」
 プログラムのインストール作業を続けるイクノ・ゴンゾウの横で、警戒にあたっていたアイハラ・リュウは素っ頓狂な声を出した。
 ガンローダーのコクピットでプログラムのインストール作業に没頭していたイクノ・ゴンゾウも、何事かと思わず顔を上げる。
 アイハラ・リュウの通信相手はクモイ・タイチだった。
 客船最上甲板から状況を見守っていたクモイ・タイチは、メモリーディスプレイのアーカイブデータより、二頭目の怪獣がレジストコード噴煙怪獣ケムラーと照合していた。
『これでいろいろ謎が解けたぞ、隊長』
「どういう意味だ?」
『アーカイブデータには、ケムラーは二股の尾の先から光線を出し、亜硫酸ガスを吐くとある。おそらくはそのガスとテロチルスの吐く糸が反応して、この有様になった――いや、ひょっとしたら……こいつら、ずっと戦っていたのかもしれん』
「だとしたら、とことんはた迷惑な戦いだな」
『まったくだ』
 クモイ・タイチは皮肉げに唇を歪めた。
 その表情はすぐに消え、厳しいものに戻った。
『しかし、その二頭が同時にレイガを敵と認識し、共同戦線を張っている。大したものだ』
「二匹でレイガを? ……野生の勘とかで、レイガが一番強いと感じ、タッグを組んだってのか」
「それは違いますよ、隊長」
 口を挟んだのは、再びインストール作業に没頭していたイクノ・ゴンゾウだった。話をしながらも、コンソール上のキーを叩く指は止まらない。
「弱い者同士が手を組んで、強敵に当たる――それは人間の知恵です。野生動物はまず、一番弱い奴から排除する」
「ってことは、レイガはあの中で一番弱いってことか?」
「少なくとも当事者はそう認識してるんでしょう」
 作業を続けるイクノ・ゴンゾウは無感情にそう言って、ひたすらコンソール上のキーを打ち続けていた。

 ―――――― ※ ―――― ※ ――――――

 脚に噛み付いたケムラーに対し、レイガの対応は早かった。
 否、前回の戦いで学んだというべきか。
 即座に右腕を立て、左の拳を腕の横に押し当てる。
 視界はほとんど失われていたが、足を噛まれているのだ。そこにいるのは間違いない。この角度、この距離ならその顔面を直撃、粉砕するはず。
 そして、あの大怪鳥ならともかく、こいつになら光線が効く…………はずだった。

 ケムラーは平然としていた。

 いや、かえってその燃え盛る獣性に油を注いだか。
 脚をくわえたまま大きく首を振り回したケムラー。
 軽々と空中へ持ち上げられ、地面に叩きつけられた。そして、起き上がることも出来ないレイガの上にそのままのしかかると、顔に向けて真っ黒いガスを吐きつけた。
 たちまち喉と口元を押さえ、苦しみ悶えるレイガ。その上で喜んでいるかのように、V字型に開く背中の甲羅を何度も開閉しながら、調子に乗って黒いガスを吐きかける。
 やがて、なんとか死力を振り絞ってケムラーの顔を押し上げ、体の上から押しのけたレイガは、ふらつきながらも片膝立ちになった。
 身体を起こそうとしたところへ、今度は背後から飛来したテロチルスの体当たり。
 まったく気づいていなかったレイガは、物凄い勢いで宙を舞い、海の傍にまで吹っ飛ばされた。

 ―――――― ※ ―――― ※ ――――――

『隊長……レイガはもう無理だ』
「無理?」
『もう逆転の目はない。この状況を打開するには、奴はあまりに――非力で、素人すぎる。もう時間もない』
「そうか。なら……あの怪獣二匹とも、オレたちで倒すだけだ」
 アイハラ・リュウの険しい視線が束の間、怪獣たちの戦場に向いた。
 とはいえ、物凄い地響きが轟いているものの、戦いの様子はここからではうかがい知ることが出来ない。ガンウィンガーとガンローダーが着陸しているその場所は、入江の奥で周囲を断崖絶壁に囲まれているためだ。
『となれば、隊長。倒すならまずケムラーだ』
「ケムラーを? なんでだ?」
『ドキュメントに記載がある。実は、ケムラーもスペシウム光線の通じなかった相手らしいが、出現当時はウルトラマンではなく当時の防衛部隊・科学特捜隊に倒されている。弱点は、背中の甲羅を開いた時に露出している突起部分。弱点がわかっているだけ、テロチルスよりは戦いやすい』
「なるほどな」
『それに、この赤いガスがケムラーの吐く亜硫酸ガスとの反応で生じているのなら、こいつを叩くだけで新たなガスの発生はかなりおさえられる』
「ふむ……」
 アイハラ・リュウは束の間メモリー・ディスプレイの画面から目をそらして、何かを考えた。
「おし。そんじゃそれでいくか。タイチ、ちょっと待ってろ――マサト、リョウコ、応答しろ。こちらリュウ」
『はいはーい。こちらリョーコちゃんでーす』
『ガンブースター、セザキです。順調にレーダー波発信装置射出設置中』
 相次いで二人がメモリーディスプレイの画面上に現れた。
『リョーコちゃんは、現在タイッちゃんと合流すべく、船内探索中でーす。……タイッちゃん、どこー?』
「タイチは船の最上甲板だ。リョウコ、合流したらそのまま岬へ上がって、ケムラーを倒しに行け。お前の腕の見せ所だぜ」
『?』
 怪訝そうに首を傾げるヤマシロ・リョウコ。
「詳しい話はタイチに聞け。以上だ」
『G.I.G! タイッちゃん、待っててね。すぐ行くよぉ〜』
 ヤマシロ・リョウコの画面が、セザキ・マサトの画面の背後に回りこむ。
「マサト、レイガがもうすぐギブアップする」
『ギブ……彼、大丈夫なんでしょうか』
「ウルトラマンかどうかもわからねえ乱入野郎の心配をしている場合か。ともかく、オレたちはこの時間を有効に生かす。マサト、機材の設置が終わり次第、タイチとリョウコのバックアップにつけ。ガンブースターでテロチルスを攻撃して、注意を引きつけるんだ」
『お? ということは。早速レーダー画像コクピット投影プログラムの出番ですね? 任せてください』
 腕まくりをするような仕草で、ガッツポーズをとるセザキ・マサト。どう見ても、操縦桿から手を離している。
「だが、無理はするんじゃねえぞ。あくまでケムラーから引き離すための囮だ。オレとゴンさんもインストールと再起動が済み次第、すぐに空へ上がる。テロチルスとの決戦はそっからだ。いいな!」
『G.I.G!』
 アイハラ・リュウは傍らのコクピットを見上げる。
「ゴンさん、そっちの状況は?」
「ガンウィンガーはあと再起動するだけです。ガンローダーはもう少しかかります」
「なるべく早く頼むぜ。オレはガンウィンガーで先に出る」
「G.I.G」
 頷いたアイハラ・リュウは、再びメモリーディスプレイに目を落とした。
「よ〜し、全員聞いてるな」
 狭い画面上に映るクモイ・タイチ、ヤマシロ・リョウコ、セザキ・マサトが頷く。
「オレたちの勝負はここからだ。行くぞ! ――GUYS! サリー・ゴー!!」
 四人の唱和する『G.I.G』が赤いガスに覆われた空に響いた。

 ―――――― ※ ―――― ※ ――――――

 ゆっくり、ゆっくりよろめきつつ立ち上がるレイガ。
 その胸のカラータイマーの鼓動は、もはや常軌を逸した速さで点滅を繰り返している。
 かろうじて立ち上がったものの、その上体は不安定にぐらぐらと揺れ、もはや意識さえ朦朧としていた。
 そんなレイガに止めを刺すべく、ケムラーの二股に分かれた尾から放つ怪光線と、テロチルスの鼻先の触角から針状の光線が放たれる。
 全身を襲う痺れに苦しみ悶え、崩れ落ちるように膝を着いたところへ、すかさず近寄ってきたテロチルスが翼の一撃。
 もはや踏ん張ることも出来ず、倒れ伏したレイガの背中にケムラーがのしかかり、何度も前脚で殴りつけた。
 そこへテロチルスも加わり、二体でまさに殴る蹴るの猛攻。もはや抵抗する素振りも見せられず、翻弄され続けるレイガ。
 最後に二体同時の蹴りを受けた銀と蒼の体は、綺麗に放物線を描き、断崖絶壁から海へと墜落し――そのまま水没した。

 甲高い鳴き声と蛙のような鳴き声、二つの勝利の咆哮が赤い大気を不気味に震わせた。



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