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ウルトラマンメビウス外伝 RAYGA

 火山島の死闘 その3


 毒ガス発生事件現場近くの病院。
 正午過ぎ、シロウを連れたオオクマ・シノブは、入院しているオオクマ・イチロウの病室を訪れた。
 イチロウは浴衣姿でベッドに座っていた。目を隠すように巻かれた包帯が痛々しい。
「イチロー……」
「お義母ぁさぁん!!」
 シノブが一郎に取りすがるより早く、付き添っていたイチロウの妻・カナコがシノブに抱きついた。
 シロウの目から見て、マキヤ似の大人しそうな女だ。肩の高さまで伸びた髪も黒いし、トオヤマみたいにうねってない。年は、やはりこっちの方が若く見える。多分、若いのだろう。あの二人より。
 義母の姿に安堵したのか、カナコは見知らぬ他人であるシロウの存在など気にも止めずにそのまま、泣きじゃくる。
「イチロウさんが、イチロウさんがぁ……」
「おーよしよし。大変だったねぇ」
 ここはひとまず彼女の気持ちを安定させるのが先決、と判断したのか、シノブはシロウの紹介どころか挨拶さえもそこそこに、病室の外へカナコを連れ出して行ってしまった。
 残されたシロウは手持ち無沙汰に頭を掻き掻き、ベッドサイドの椅子へ腰を下ろした。
 挨拶もせずに腰を下ろした人物がそこにいることを知ったイチロウが、見えない目をそちらに向ける。
「ええと……誰? お母さんと一緒に来てくれたみたいだけど……ジロウ? サブロウ?」
「シロウだ」
「……シロウ? ええっと……どこのシロウ君?」
 当然のことながら、困惑げに首を傾げるイチロウ。
「オオクマさんちのシロウ君だ」
「……………………すまない。思い当たらない。オオクマってことは、親戚だっけ?」
「いや。まったくの赤の他人だ」
「……………………」
 当然ながら、イチロウは困惑の度合いを深めている。
「いや……まあ、その……」
 シロウは相手が見えないとわかっていながら、ついその視線を避けるように窓の外へ目を逸らしていた。
「ちょーっと色々あってな。つい最近、かーちゃ……じゃねえ、お前のかーちゃんから四番目の息子にされちまったんだよ。四番目だからシロウだそうだ。……安直だよな」
「つまり……君はボクの新しい弟ってワケか?」
「まあ、そういうことになるかな。別にお前をアニキだなんて思いやしねえし、弟と認めてくれとも思わねえけど」
「なるほど」
 イチロウは何がおかしいのか、くすりと笑みをこぼした。
「そうか……お母さんは相変わらずのようだね。よかった。兄弟全員家を出てしまってから、ずっと一人にしてたんで、ちょっと心配してたんだよ」
「心配? ……心配ねぇ」
 窓を向いたままサイドテーブルに肘をついたシロウは、顎を掌で受けるような形で頬杖をつき、大きくため息をついた。
「? なにか?」
「いや……心配なんかしなくても元気っつーか、元気じゃない様子を見たことがねえもんでさ。つーか、元気すぎるぜ」
「そうなのかい?」
「もう毎日毎日、ボカボカボカボカ殴られて……今日も出掛けに3発ぐらい貰ったな。そのうち頭の形が変わっちまうんじゃないかと、そっちが心配だぜ。だから、心配なんかしなくても大丈夫だって。殺しても死にそうにねえってのは、まさにあのことだろよ――いや、それより」
 シロウは改めてイチロウを見やった。母の話が聞けるのが嬉しいのか、彼は口許に微笑をたたえていた。
「この間の怪獣騒ぎの時もそうだったけどよ、あんたの方がむしろ心配されてるぜ?」
「ああ、そうだな。言われてみれば。んー……まあ、今回も先だっても、そんなつもりは全然ないんだけどなぁ。どうもここのところ運が悪いというか、巡りが悪いというか……。しかし、そうか……お母さんに殴られてるのか。くっくっく……なるほど。君は結構やんちゃなんだな」
「あ?」
「ボクら兄弟も結構やんちゃだったから、よく怒られたよ。クソババア、なんて日常茶飯事に使ってた」
「それ言ったら、追加の拳骨が来る……のはわかってるのに、つい言っちまうんだよなぁ」
 ため息をつくシロウに、イチロウはますます愉快げに頬を緩めた。
「わかるわかる。ボクもそうだった。くくっ……案外、そういうところに昔のボクらを見ているのかもしれないな。ボクも君が他人には思えなくなってきたよ」
 イチロウは一人で合点しているようだが、シロウにはよくわからない。困惑げに首を傾げる。
「いや、ありがとうシロウ君。お母さんの話を聞かせてくれて」
 言いながら、イチロウは手を差し出した。
 その手の意味を図りかね、じっと見つめていると、イチロウはさらに手を突き出してきた。
「ひとまず、お近づきの印に握手をしてくれないかな?」
「ん……まあ、いいけど」
 渋々ながら手を出し、イチロウの手を握る。
 挨拶代わりの握手だ。軽く握るぐらいが礼儀というもの。ところが、イチロウは予想外の力強さで握り直してきた。シロウが面食らうほどに。
「ようこそオオクマ家へ、シロウ。ボクが長男のイチロウだ。すまないな、きちんと顔を見て言いたいところだけど、あいにく今、目が使えなくてね」
「らしいな」
 握った手を軽く振りながら、シロウの表情に緊張が走る。
 そもそもその件こそが、シノブとともに電車やらタクシーとやらに乗って、わざわざこんなところまでやってきた本当の目的だった。
「その目、一体どうしたんだ? ……この間の怪獣騒ぎと何か関連が?」
 イチロウの顔の上半分を覆い隠す包帯を凝視しながら、聞いてみる。
「うん。それが……よくわからないんだ。気がついたら、赤いガスに巻かれて目が痛んで、息が出来なくなった」
「赤いガス?」
「ああ。血のように赤いガスだった。けど、何が原因でそれが発生したのか、この目が見えなくなったのも赤いガスのせいかどうかすら、本当のところはまるでわからない。ただ……この間の怪獣とは関係ない気がするな」
「怪獣とは直接関係ないにしても、工場を壊されたせいとか。……ほれ、あの巨人に」
「さあ、どうだろうな」
 首をひねりながらも、イチロウは笑っていた。
「原因が何かわからない以上、ボクには何とも言えないな」
 答え無しに等しい。シロウは心の中で舌打ちをした。
 事件の発生した場所が場所だけに、てっきりこの間の戦いで下手を打ったせいかと思っていたのだが。
 確かに怪獣は倒したものの、光線の誤射で建物を広範囲に破壊してしまったことは、少しだけ気にしていたのだ。
 タキザワの爺さんが言っていたように、あれでイチロウが働き場所を失ったとかいう話になっていたら、何のためにあの姿を衆目に晒して戦ったのかわからなくなってしまう。あの件は、イチロウに被害が及ばなくてこそ、シノブに対して威張れるというものだ。
 しかし、当事者の一人からの反応がこの程度では、この件の真相究明は先が思いやられる。
「原因はどうしたらわかる?」
「原因? ん〜……場所が場所だし、状況が状況だけに多分GUYSも動いていると思うけどね。彼らなら専門のスタッフもいるだろうし、いずれ報道ででも発表してくれるだろう」
「ホウドウ?」
「テレビとか、新聞とかでさ」
「……なるほど」
 とりあえず、それなら真相究明はガイズとやらに任せていいかと頷く。
 とにもかくにも、この地球では勝手がきかない。ここへ来るまでだって、『でんしゃ』とか『ばす』とか『たくしー』とか移動体の乗り方が全部違うもんで、散々困惑したのだ。
 乗るために紙切れを購入しなければならない点や、一台ごとの大きさで言えば『ばす』と『でんしゃ』は似たようなものだ。
 てっきり『ばす』を何台もつなげたものが『でんしゃ』なのかと思っていた。しかし、特別に作られた道の上に敷かれた二本の鉄の筋の上でなければ走れない『でんしゃ』と違い、『ばす』と『たくしー』は道の上ならどこでも走れるらしい。そして、おそらく駆動力を発生させている機関も、その両者では一緒。
 さらに困惑したのが、先だって乗せてもらった移動体『ジープ』と『たくしー』の違いだ。
 屋根の無い陸上走行移動体を『ジープ』、屋根のある陸上走行移動体を『たくしー』と呼び分けるのかと思っていたのに、停まっていた白と黒の『たくしー』らしき移動体に乗り込もうとしたら、運転手にもシノブにもめちゃめちゃ怒られた。
 なるべく他の『たくしー』と同じ形状のもの、と思って屋根の上に突起の出ている(しかもやたら大きくて目立つ赤いの)ものを選んだのに。……シノブはあれを『ぱとかー』とか言っていた気がするが、さて『ぱとかー』とはなんなのだろう。『たくしー』と何が違うのか。
 いずれにせよ、多少情けなくはあるが、今の自分はシノブの案内無しでは人間としてこの地上を移動することすらままならない。イチロウから情報が得られるかと思って、ほいほいついては来たが、これ以上は難しそうだ。
(変身して飛んで行けば簡単なんだが……いや待て。次に行くべき場所がわからんか。困った)
「……シロウ? 何か言ったか?」
「あ、いや。なんでも」
 知らず口に出していたのか、と慌てて取り消す。
 その時、ふと違和感を覚えた。すぐにそれがまだ握られたままの右手であることに気づく。
「え〜……と」
 軽く握られた右手を振ってみる。イチロウも振り返してきた。
「いや、そうじゃなくて」
 困惑して、今度は手を開いてみる。しかし、イチロウは離さない。
「……………………」
「ところで、シロウに頼みがあるんだけど」
 地球では握手の解き方に何か手順でもあるのかと考え込んでいたシロウに、イチロウは切り出した。
「頼み? あんたが、オレに?」
「ああ。……お母さんのことさ。よろしく頼むよ」
「はぁ? なんで殴られてばっかりのオレに」
「シロウがどういういきさつで息子として迎えられたのかは知らないけど、お母さんがそれを望んだ。そしてシロウもそれを受け入れた。だから、今ここにいる。それが縁というものだよ」
「……よくわからん」
「まあいいさ。難しいことを頼むつもりは無い。ただ、お母さんはあれで結構寂しがり屋だからさ。傍にいてやってくれるだけでいい。シロウが傍にいてやれる間だけ、お母さんを守ってやってほしい。それが……兄として、弟になったシロウに望むたった一つのことだ。頼めるかな?」
 ん? と小首を傾げて返答を迫るイチロウ。しかし、シロウの困惑はさらに深まっていた。
 イチロウの言わんとすることがよくわからない。
 言葉の意味はわかる。だが、それは現状と変わらない。改めて頼まれることとも思えないのだが。
 それとも、これは地球人一流の修辞法か何かで、実は地球人でなければ理解不可能で複雑怪奇な裏の意図が込められているのだろうか……意志の疎通とは、実に難しい。
 ともあれ、否定するのもおかしいし、ここはとりあえず額面どおりに受け取っておいて頷くしかあるまい。それに、目下のところの大事は他にある。
「わかった。……わかったから、もう離せ。気色悪い」
 ほとんどやけくそに吐き捨てて、いっそう強く握手の手を振る。
 何が面白いのかニコニコしていたイチロウは、ようやくシロウの手を解放した。
「ありがとう、シロウ。これでボクも、少し心が楽になる」
 そうひとりごちながら、今の今までシロウの手を握っていた右手の掌に、見えざる視線を落とす。
「……………………」
「おい?」
 包帯を巻いているので見えるはずは無いのだが、あまりにもじっと掌を見つめているように見えたので、シロウは気になってつい訊いていた。
「なんか……オレの手、おかしかったか?」
「いや、そうじゃない……。そういえばシロウ。ボクがどんな仕事をしてるか、お母さんから聞いたかい?」
「は? あ〜……いや……聞いたような気はするけど、覚えてねえな。興味なかったし」
「そうか。ま、いいや。……ボクもそれなりに社会でもまれてきたんでね。握手をすれば、その人の人となりがそれなりにわかる――つもりだ」
 じっとりと手を濡らしていた汗を、服になすりつけて拭いていたシロウの動きが、その一言でぴたりと止まった。
「むしろ今は目が見えないせいか、余計にわかったような気がするよ。君という人が」
「何が……言いたいんだ」
 妙な緊張感が押し寄せてくる。まさか、目も見えない相手に正体がバレたのではあるまいな。
 いや、地球人は何の超能力も持っていないと甘く見ていたが、もしかしてこの男は接触型のテレパスとか――
「どうもボクらは似てるようだ。……うるさがっても、結局お母さんには勝て――」
 ぐらり、と急にイチロウの上体が傾いだ。
 横様に倒れ、ベッドから落ちるかという寸前に、シロウが支えていた。
「お……おい!? どうしたんだ急に!? なんか調子でも悪いのか!?」
 腕の中に抱えたイチロウの顔を仰向かせると、包帯から少しはみ出た額にびっしり汗の玉が浮いていた。
「う……う……」
 苦しげな呻きに、シロウはイチロウの上体をベッド上へ戻し、きちんとまっすぐなるように横たえた。
「おい、しっかりしろ! イチロー!」
「……ああ、すまん。ちょっと痛みが……もう…………くっ……」
「痛み? 痛みって……お前、ひょっとして……オレに気を遣って、痛みに耐えてやがったのか? なんでもないふりして!?」
「……ふふ、残念。シロウにじゃ……ない…………カナコと……お母さん……に…………」
 ちょうどその時、シノブとカナコが戻ってきた。もう一人、男の子供を連れて。
 空気で異常を察したのか、二人の表情がさっと変わる。
「おい、かーちゃん! イチローの様子が! どーすんだコレ!?」
「イチロウ!? しっかりおし、イチロウ!?」
 物凄い勢いでベッドの傍に駆け寄ってきた母親の呼びかけを待たず、イチロウは意識を失っていた。
 再び悲鳴を上げ、泣き崩れるカナコ。
 シノブはシロウを押しのけてナースコールを押した。

 ―――――― ※ ―――― ※ ――――――

 慌しく駆けつける医師と看護婦。
 ソファに崩れ落ちて青ざめているカナコ。その肩を抱いてあやしながら、医師の診断の様子を見ているシノブ。
 容態急変の大騒ぎの中で、シロウはそっと病室を後にした。
「……地球人はひ弱だからなぁ。死なれると後味悪いぜ」
 頭を掻きつつ、物騒なことを呟きながら人影のない階段を下りる。
「お父さんは死なないよ!」
 不意に頭上からかけられた声。
「ああん?」
 振り仰ぐと、さっきカナコと一緒に部屋へ来た子供が、降りてくるところだった。
 地球人の年と外見の相関関係はよく知らないが、初めてオオクマ家で目覚めたときにやって来て、自分にシロウと名づけた一番小さな体格の地球人ぐらい。あれは確か『ショウガクセイ』とか言っていたか。それが何を意味するのか知らないが、多分成長に合わせた特定の時期のことなのだろう。
「なんだお前。『ショウガクセイ』か」
「うん。4年生だよ。ボク、タロウ。シノブおばあちゃんが、シロウ兄ちゃんとロビーでテレビでも見てなさいって」
 またも意味不明の言葉に、シロウは詰まる。『ヨネンセイ』とはなんだろう。『ショウガクセイ』も『ヨネンセイ』も最後が『〜セイ』であるあたり、何か関連があるのだろうが、いかんせんシロウにはまったくわからない。想像もつかない。
「……そうか。『ヨネンセイ』か。イチローの息子だな」
 下手にしゃべると恥をかくだけではすまなくなりそうなので、曖昧に流すことにした。
 元気よく頷いたタロウが降りてくるのを待って、二人並んで階段を降り始める。
「でも、シロウ兄ちゃん、宇宙人みたいなこと言うんだね」
 シロウはぎくりとした。思わず下る足が止まりかかる。
 しかし、すぐに思い直して元のペースで降り始めた。相手は子供だ。どうにでも騙せる。
「そうか? よく言われるよ」
「知ってる? ウルトラマンって、変身してない時は地球人の姿してるんだって。ひょっとして、お兄ちゃんてこの間のウルトラマン?」
「……いや。少なくとも、オレはウルトラマンじゃねーし。そもそもウルトラマンは大っキライだし」
「えー? なんで? かっこいいし、強いし、守ってくれるんだよ?」
「ハ、なっさけね。お前はそれでいいのかよ」
「え?」
 急に足を止めたシロウを、先に行きかけたタロウは足を止めて振り仰いだ。
「どういう意味?」
「自分の星を、この地球を、よその宇宙人に守ってもらって、それでいいのかよ。自分の家ぐらい、自分で守るのが当然じゃねーのか?」
「……ウルトラマンはいらないって言いたいの?」
「甘えるなつってんだよ。守ってもらって喜ぶな。それは屈辱だ」
「くつ……じょく? ってなにさ?」
「悔しいことなんだよ。腹を立てて、怒っていいことなんだよ。オレをバカにするなって、叫ぶべきことなんだよ」
「ん〜と……よくわかんない。けど、いいじゃん。地球人とウルトラマンは仲良しなんだもん」
「仲良しねぇ。弱いと思われてるから、あいつらが守りに来るんだろうが。弱いと思われてて、それでいいのかよ。オレなら我慢ならねえがな」
 シロウは再び階段を降り始めた。タロウはむっすり不機嫌になっている。
「それに、仲良しなだけで守られてるんだとしたら、それこそウルトラマンは信用しない方がいいな」
「なんでさ! 友達を守るのが、そんなにおかしいの?」
「ああ、二つの意味でおかしいさ。じゃあ、地球人以上にウルトラマンと仲のいい宇宙人が地球人と戦うことになったら、ウルトラマンはどうすると思う? それでも地球人の味方をしてくれると思うか? 仲良しとか友達ってのは、自分のものって意味なのか? 自分のものでもない奴が、自分のために戦ってくれると本気で信じるって、どんだけおめでたいんだよ。そんなこったから、いつまでたっても自分の星一つ守れねえんだ」
「う…………」
「そして、それを踏まえてだ。友達ってんなら、地球人はウルトラマンのために何をしてる? なんでこれまでのウルトラマンはわざわざ正体を隠して地球人に成りすましてきた?」
「え……と、それは……」
 それは子供では答えきれない質問。
 シノブならどう答えるだろうか、と思う。
 シロウは太郎を嘲笑うように鼻を鳴らした。
「ふん。結局、一方的なんだよ。ウルトラマンの友情も、地球人の感覚も。あやふやで、頼りない。信じていい根拠なんてない。覚えておけ、タロウ。この世に揺るぎないものはたった一つ、自分の力だけだぜ」
「う〜……」
 タロウの唸りが通路に響く。いつしか、二人の位置は逆転し、シロウが先に階段を下りていた。
 少なくとも、もうタロウの頭の中にシロウがウルトラマンかも、という疑惑はなくなっているだろう。その上でウルトラマンへの不審の芽も蒔いておけるなら、このやり取りは大成功といえる。
 意気揚々と階段を下りてゆくシロウ。その足取りは勝利に軽い。
「弱くったっていいもん!」
 タロウが叫んだのは、シロウが1階フロアの踊り場に足を下ろした時だった。
「は?」
 足を止めたシロウは何を聞き違えたのか、と怪訝そうに振り返った。
「ボクの友達だって、足の速い子とか、勉強がスゴイ子とか、ゲームとかがスゴイ子とか、空手やってる子とか、色々いるもん! でも、みんな友達だもん! 強いか弱いかなんて、友達には関係ない! ウルトラマンは――ウルトラマンは友達なんだよーだ! シロウ兄ちゃんのバカ!!」
 子供にそこまではっきりと言い切られるとは思っていなかったシロウは、思わず呆気に取られた。その間にタロウは何かから解き放たれたごとくに階段を駆け下り、病院ロビーへと飛び出して行った。
「…………なんだ、そりゃ」
 勝利の高揚が霧散し、一抹の風が吹いた気がした。

 ―――――― ※ ―――― ※ ――――――

 午後の病院待合ロビーは、人でごった返していた。
 そこを行き交う人の波を見るともなく見つつ、タロウを探す。
 タロウはオオクマ家のテレビの倍はありそうな大型テレビの前に並んだ、長椅子の一つに座っていた。
 その隣に腰を下ろす。すると、隣の長椅子に腰掛けていた老女が、にっこり笑いつつ会釈をしてきた。思わずシロウも同じように会釈を返していた。
 長椅子の背中に両手を広げ、大の字になってぼーっと辺りを見回す。
 事務室の向こうで忙しく立ち働く事務員、窓口で薬を受け取ったりお金を払ったり、何か話し合っている人、ギプスを巻いたり、点滴台を押しながら手持ち無沙汰に順番待ちをしている人、長椅子に座ったままこっくりこっくり舟を漕いでいる老女、青ざめている少年、行き交う医師、看護婦……。
 様々な人間の交錯を見ていたシロウの目は、最終的に待合ロビーにいる他の人間達同様、そこに置かれたテレビ画面に引き寄せられていった。
 ちょうどニュース番組だった。今回の港湾工業地帯で起きた赤い毒ガス事件について、わかったことを報じているらしい。
 なるほど、これがイチロウの言っていた『ホウドウ』というものか、と思いつつ画面に見入る。
『――今回の事件は宇宙人や星人による侵略行為やテロではなく、怪獣災害であることがGUYSジャパンの発表で明らかになりました』
 『怪獣災害』という言葉に、シロウの耳が反応した。意識をテレビ画面に集中させる。
 画像の中の、きっちりとした服を着ている地球人の説明によると――
 ・今回の毒ガス事件はある怪獣の吐いた物質と、工場被災の際に発生した汚染物質が合成されて発生したもの。
 ・その物質を吐いた怪獣は、洋上のある島に棲息している。
 ・気流の関係で、その島から都内へその物質が吹き寄せられており、それは一見雪のように見える。
 ・その怪獣は、実は40年前にも出現しており、その際には様々な事故やそれに乗じた事件などが起きた。
 ・その怪獣自体は40年前にウルトラマンによって倒されたため、この雪のような物質が別の個体によるものか、40年前の個体が作った巣から飛来したものかはまだ調査中。
 ・また、その島は本日発生した航空機と客船の消息不明事件の現場に近いため、両事件との関連が濃厚である。
『――なお、GUYS日本支部によりますと、消息不明の航空機と客船を捜索していたCREW・GUYSにより、客船アクア・エリスらしき船体がその島にて確認されたため、現在関係各方面と調整を行い、速やかなる救出活動が計画されているとのことです』
 いつの間にか静まり返っていたロビーに、安堵めいたざわめきが広がる。
 シロウが首だけ周囲にめぐらすと、テレビを囲むように多くの人間が集まっていた。
「……おい、タロー」
 詰めれば四人座れる長椅子を、二人で(ただし主にシロウ一人で)どーんと占拠したシロウは、隣でテレビ画面に見入っているタロウに声をかけた。
「今の話だと、お前のとーちゃんをあんな目に合わせたのは、糸を吐く怪獣とあの工場ぶっ壊したウルトラマンのせいだってことになるな」
「ウルトラマンのせいじゃない」
 いまだに不機嫌さを隠さないぶっきらぼうな口調。そして、シロウを見もせずテレビにじっと集中している。画面ではGUYS日本支部の補佐官という丸顔の男が、なにか得意満面になってしゃべっていた。
「ボク、テレビで見てたもん。あの時、ウルトラマンはタッコングに足を噛まれてバランスを崩したんだ。わざとやったんじゃないもん」
「けど、あのウルトラマンがでしゃばらずに、ガイズとかいう連中に任せておけばそもそも工場もぶっ壊されずに済んだんじゃねーの?」
「GUYSはその前に海に突っ込んで動けなかったんだ。だから、ウルトラマンが来てくれたんだよ! ――もう、お兄ちゃんうるさいから黙っててよ!」
「わかったわかった。じゃあ、最後にウルトラマンに関係ないこと、聞かせろや」
「なんだよ、もう」
「あの地図に出てるアクジマっての、ここからだとどっちの方向になるんだ?」
「え?」
 本当に全く関係のない話が出るとは思っていなかったらしく、タロウは振り返ってきょとんとしていた。
「ええと……ちょっと待って。こっちが東……だから……たぶん、あっちかな?」
 タロウが指差したのは病院の玄関の方角。この星のいわゆる南磁極の方向だ。
 シロウはのっそり立ち上がった。
「ふぅん。……おい、タロー。シノブに言っとけ」
 ポケットに手を突っ込んで、タロウを見下ろす。
「なにさ」
「待つのも飽きたんで、オレは先に帰る。心配すんな、必ず戻るってな」
 不服げな表情を浮かべたタロウを鋭い眼光で制し、言うだけ言うと、シロウは人垣を掻き分けてその場を離れた。

 ―――――― ※ ―――― ※ ――――――

 病院を出たシロウは、白い粉の舞い散る中を歩いて人目につかない林の中に飛び込んだ。
「あー、くそったれ。地球人のためじゃねえぞ。てめえの不始末に蹴りぃつけるためだからな!!」
 次の瞬間、林の中が眩い輝きで溢れた。


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