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ウルトラマンメビウス外伝 RAYGA

 火山島の死闘 その2

 その日、日本は未曾有の事態に震撼していた。
 都心にも近い東京湾工業地帯の一角で、日中突如発生した赤い毒ガスにより多数の負傷者が病院に搬送されるという事態に加え、成田発ホノルル行きの航空機と、マカオ発東京行き豪華客船『アクアエリス』が、洋上で相次いで消息を絶ったためだ。
 毒ガス事件の目撃証言に出てくる『赤い毒ガス』に、かつての円盤生物ノーバによる襲撃事件(ウルトラマンメビウスTV版28話)を想起したアイハラ・リュウ隊長は、宇宙人によるテロや侵略行為への警戒から、ただちに現場へシノハラ・ミオ、セザキ・マサト、ヤマシロ・リョウコの三人を派遣した。
 また、一方の航空機・豪華客船消息不明事案については、両者の消息が途絶えたポイントが近接していることから、怪獣災害の可能性も考慮。いかなる事態にも即応すべく、防衛軍・海上保安庁による捜索網の一翼としてクモイ・タイチをガンウィンガーにて派遣した。

 ―――――― ※ ―――― ※ ――――――

『こちらガンウィンガー・クモイ』
 GUYSジャパン・ディレクションルーム。中央のテーブル正面のメインパネルに、クモイ・タイチの顔が映った。
 各方面から入る情報・報告を記した書類に目を通していたアイハラ・リュウの顔が上がる。
『現在、高度1000mを旅客機・客船消息不明海域付近を巡航中。やや気流が強いものの飛行に問題なし。現在のところ海面上に浮遊物などは見当たらない。ただ……』
 アイハラ・リュウはブリーフボードを置いて、コンソールのマイクを取り上げた。
「どうした? なんかあったか」
『雪が舞っている』
「雪? この暖かいのにか?」
「ああ、そう言えば隊長」
 別のデスクでコンソールを叩いていたイクノ・ゴンゾウが、ヘッドセットをずらして会話に割り込んだ。
「今日は朝から雪のような白い浮遊物が舞っている、と各所に通報があったようです。それどころではない事件が立て続けに起きているので、話題としては小さな扱いになってしまっているようですが」
 アイハラ・リュウは苦虫を噛み潰した。
「ったく、暑いのに雪は降るわ、毒ガスは出るわ、飛行機・客船が消えるわ……厄日だな」
『いや、隊長。こいつは形状が雪に見えるだけで、実際には雪ではないようだ』
 画面の向こうではクモイ・タイチが顔をしかめていた。
「雪じゃねえ?」
『さっき一度海面近くまで高度を下げてみたが、この気温でも溶ける様子がない。それに、妙にまとわりつく。今のところ飛行に問題はないが、帰投後に付着した物質の解析をした方がいいな』
「了解。……雪ですらねえのかよ。とことんひねくれた日だな」
『? なにか?』
 顔を背けてボソリと呟いたアイハラ・リュウに、画面の中のクモイ・タイチが再び怪訝そうな顔をする。
「いや、なんでも。それよりタイチ、さっきGUYSスペーシーから気になる報告が入ってな」
 わずかにクモイ・タイチの表情が曇る。
「その近くの島を衛星写真で撮ったらしいんだがな。画像を送る。ちょっと見てくれ」
 アイハラ・リュウの背後でイクノ・ゴンゾウがコンソールに指を走らせた。
 届いた画像を見たらしいクモイ・タイチの顔に緊張が走る。
『隊長、こいつは……』
「船と飛行機が消えた海域に近い島で、それだ。なんかありそうじゃねえか?」
『ああ、確かに。……何か臭うな』
「ともかく、雪の件も含めて、よくはわからねえが何かがその周辺で起きてる。そいつは確かだ」
『現地の確認を?』
「ああ、頼む。ひょっとすると、遭難者が流れ着いてるかも知れねえしな。とにかく、気をつけろ?」
『G.I.G。ガンウィンガーはこれより航路を変更、指定の島に向かう』
 クモイ・タイチの画像が消えた。
 しかし、すぐに新たなウィンドウが立ち上がった。表示されたのは、CREW・GUYSのヘルメットをかぶったシノハラ・ミオ隊員のバストアップ。三角メガネが夏の日差しをきらりと弾く。
『こちらシノハラ。ディレクションルーム、応答願います』
「おう、こちらリュウだ。ミオ、現場の状況はどうだ?」
 シノハラ・ミオは困惑げに眉をひそめた。
『通報にあった赤いガスですが、現在では視認できません。現場のガスはもう拡散してしまったようですね』
「そうか。それじゃあ、一応周辺は安全になってんだな」
『ええ、今は。大気中の成分分析はセザキ隊員が行っていますが、あまり期待はできないかもしれません。それから、周辺に聞き込みをかけてみましたが、宇宙人などによるテロを裏付ける証言は得られませんでした。とはいえ、当事現場にいた人間は軒並み入院中なので、そちらに向かったヤマシロ隊員の報告を待った方がいいでしょう』
 ふむ、と唸って腕組みをしたアイハラ・リュウは、しばらく考えた後、訊いた。
「ミオの見立てはどうだ? 赤い毒ガスっての、自然発生したものだと思うか?」
『先ほどの報告とは矛盾しそうですが、赤いという時点で、そうそう自然発生するものとも思えないんですけれど……。そういえば、二酸化窒素のガスは赤褐色ですね、確か』
「つまり、何らかの原因で二酸化窒素がいきなり大量に発生したってことか?」
 結論を急ぐアイハラ・リュウに、シノハラ・ミオは困惑した面持ちで首をかしげた。
『さあ……それを判ずる材料にも乏しいので、断言もいたしかねます。ただ、少なくとも、そちらを出る前に隊長が仰っておられた円盤生物ノーバの赤いガスではないようには思えます。……せめて毒ガス成分のサンプルが採取できればいいんですけれど』
「そうだな。――マサト、聞こえるか?」
 すぐにシノハラ・ミオの隣にセザキ・マサトのウィンドウが開く。
『はいはーい。一応メモリーディスプレイで大気成分の簡易分析はやってますけど……正体不明の成分や、ノーバの時に採取されたガスのデータに適合する成分は、特に検出されてないですね。まあ、大気汚染の兆候は出てますけど、これは工場の損壊に伴って放散したものと思われますし、通報時に提供された情報と合致しています』
『セザキ隊員、NOxの濃度はどうですか?』
『ノックス? ああ、窒素酸化物? ええっとねぇ……』
 シノハラ・ミオの問いに、セザキは難しい顔をした。
『人体に即影響が出るほどには発生してないなぁ。今でこの濃度なら、事件発生当時もさほど変わってないと思うけど。――隊長、もっと詳しいデータや時系列に沿ったデータは、この近辺の大気汚染物質の測定局の方からデータを貰った方が早いと思います。拡散したとしても、その影響は確実に残ってるはずですし』
「へえ」
 アイハラ・リュウは思わず感嘆の声を上げていた。
「マサト、お前よくそんなこと知ってたな」
『あ、防衛軍で毒ガス対策とか学びましたんで。カナリアも大事ですが、後方の人間が事態を理解する一助として、こういう知識も持っておけって。日本の大気汚染監視体制は、世界的に見てもちょっとしたもんなんですよ?』
「わかった。そっちの情報はこちらで集めておく。それよりマサト、タイチの方で手がいることになりそうだ。ガンローダーを飛ばす。そこはミオと科学分析班に任せて、一旦帰って来い。――ミオ、悪ぃな。もう少し残って現場の調査を頼む。撤収の判断は任せる」
『G.I.G。すぐに戻ります』
『G.I.G』
 画面から二人の姿が消え、通信が終了した。
 アイハラ・リュウは一息ついて、腕組みをした。
「ふぅ……。結局、何もわからずかよ。くそぉ……何もないところから、不自然な毒ガスが発生するわきゃあねえんだ。なんかあるはずなんだ」
「焦りは禁物ですよ、隊長」
 苛立たしげに唇を噛むアイハラ・リュウに、イクノ・ゴンゾウは硬い表情で頷いた。
「今は情報を集めている段階。集まった情報を分析すれば、また違うものが見えてくることもあります。ただでさえ二件の別々の事件が同時進行しているのです。状況はあわただしいですが、焦らず騒がず、慌てずに待ちましょう」
「ああ。そうだな……とりあえず、リョウコのやつが毒ガスの被害者から有力な証言でも引き出してくれればいいんだが……」

 ―――――― ※ ―――― ※ ――――――

 しばらくして、再びクモイ・タイチからの連絡が入った。
『こちらガンウィンガー・クモイ。現場到着、状況視認。隊長、ガンカメラの映像を見てくれ』
 メインモニター上、クモイ・タイチの隣に新しいウィンドウが開き、海上の風景が映った。 
 その画面を見た途端、アイハラ・リュウは顔をしかめた。
「なんだこりゃ?」
 水平線上に浮かぶその島は、いまだに活動を続ける火山島だという情報だったが、そこに映る光景は予想を超えていた。
 岩だらけで緑一つ見えないその島の中央には、火山の威容がそびえている――はずだったが、それが見えなくなっていた。鮮血を思わせる真っ赤な雲のようなものが漂い、すっかり山体を覆い隠している。
『GUYSスペーシーからの情報通りだ。あの衛星写真で見た、島を包み、たなびく赤い雲は、何かのフィルターを通したものかと思っていたが……現実のものらしい。悪趣味なことだ』
「……赤い、雲?」
 イクノ・ゴンゾウが漏らした言葉に、アイハラ・リュウもはっとして振り返る。
「ゴンさん! ひょっとして、こいつと港の赤いガスは――」
「ありえません」
「ああ?!」
 言下に否定され、アイハラ・リュウは少し鼻白んだ。
「あの島と東京湾では距離が離れすぎています。あの雲が港まで流れて行った可能性は、まずありえません。それに、もしそうならガンウィンガーはここへたどり着く途中で、必ず赤い雲に遭遇しているはずです。ただ……」
「ただ、なんだ?」
 イクノ・ゴンゾウはモニター画面を睨みつけながら、一声唸った。
「この両者の奇妙な符合に、何か意味がありそうだという点には同意します。何かが起きています。確実に」
 頷き合う二人。その間にも、クモイ・タイチの報告は続いていた。
『隊長。奇妙な話だが、海面近くではガスの濃度が薄いようだ。とりあえず低高度で島上空へ進入、ガスの周辺を旋回して状況を確認する。イクノ隊員、そちらでもデータをモニターしておいてくれ』
 イクノ・ゴンゾウは自分のヘッドセットのマイクのスイッチを入れた。
「クモイ隊員、イクノです。周辺状況の確認後で構いません。もし出来るようなら、上陸してガスの成分を採取分析して、こちらへ送っていただけませんか? 少し気になることが――」
『港の毒ガスの件だな』
「はい。距離的に言っても直接の関連があるとは思えませんが、同じ日に発生した赤いガス……何かあるのかもしれません」
『G.I.G。周辺状況を確認後、島へ上陸する』
「G.I.G。お気をつけて、クモイ隊員」
 一旦クモイ・タイチの画像が消え、ガンウィンガーとガンウィンガー搭載の各種センサーのデータを表示するウィンドウが立ち上がる。
 と、そこへ新たなウィンドウが立ち上がった。
『もしもーし。こちら久世病院のリョーコちゃんでーす。たいちょー、聞こえますー?』
 その声を元気と取るか、脳天気と取るか、分かれるところだろう。
「おう、こちらリュウ。何か証言は取れたか、リョウ――」
 苦笑を浮かべていたアイハラ・リュウは、不意に怪訝そうに顔をしかめた。
「……あ? 今なんつったリョウコ? クゼビョウイン?」
『はい。入院患者の多くが久世病院に搬送されたって聞いたんで、聞き込みにやってきたんですけどぉ……医師の一人が隊長とお知り合いだとかで――ああっ、ちょっと!』
 小型携帯通信・分析装置メモリーディスプレイを奪われたのか、画面に出ていたヤマシロ・リョウコが押しやられ、別の顔が現われた。おかっぱ頭の朴訥そうな若い男――アイハラ・リュウにとっては戦友の一人にして、かつてのCREW・GUYS隊員のクゼ・テッペイ。
『リュウさん! いや、アイハラ隊長!』
「よぉ、テッペイじゃねえか。元気そうで何よりだ。家業は順調か?」
『そんなこと言ってる場合じゃありません! 大変ですよ、これは!』
 画面の向こうで、通信を乗っ取られたヤマシロ・リョウコが、クゼ・テッペイの手からメモリーディスプレイを取り戻そうと何か喚いている。
「大変って、何が」
 アイハラ・リュウが小首を傾げて聞き返すと、画面のクゼ・テッペイは急所を突かれたような顔をした。
『やっぱりわかってなかったんだ……今回の毒ガス事件と同じ症例のものが、アーカイブドキュメントの中にあるはずです』
「なに?」
 CREW・GUYS所属当時(メビウステレビ版の時期)、怪獣博士の異名を取ったクゼ・テッペイの言葉に、アイハラ・リュウはすかさずイクノ・ゴンゾウへ目配せを送った。頷いたイクノ・ゴンゾウの無骨な指が、コンソール上を走る。
「どういうことだ、テッペイ。この赤い毒ガス事件、過去にも起こったってのか」
『ええ。ボクも入院患者の証言を集めるまでは気がつきませんでした。夏なのに降る雪、かすかな硫黄臭、赤い毒ガス、そして全員が揃いも揃ってまず目をやられているという症例。この話を聞いた時、ボクは――』
 アイハラ・リュウは苦笑した。聞きたいのはそっちではないし、聞いてもわからない話なのだが、昔からクゼ・テッペイという男は丁寧に話そうとして言葉数を増やし、結局わかりにくくしてしまう。
「そっちの話はいい。で、どのアーカイブドキュメントなんだ」
『ドキュメントMAT、関係する怪獣の名前は始祖怪鳥テロチルスです』
 再びイクノ・ゴンゾウを見やると、すぐに頷きが返ってメインパネルにその表示が出た。
 身長60m、体重1万8千t。黄色く長い嘴に、つるっとした頭から長い首にかけて、大きな鱗か羽毛のような飾りに覆われている。身体は爬虫類じみた無毛のぬめっとした肌をしており、同じ鳥形の怪獣・火山怪鳥バードンに比べれば主張の少ない容姿だが、その姿は確かに恐竜と鳥の中間形態・始祖鳥と呼ぶに相応しい。また、首から下に羽毛が生えていないため、その筋肉の発達ぶりがよくわかる。
「こいつか。で、こいつがその毒ガスを吐くってのか?」
『いいえ、テロチルスは巣を作る際に糸を吐くんです。それが風に飛ばされると、雪のような小さな破片になって舞うそうです』
「雪のような……それが被害者達の言ってる、夏に降る雪ってことか!」
 画面の向こうで頷くテッペイ。
『そして、その破片と大気中の亜硫酸ガスが結合すると、赤い毒ガスが発生するんです。どういう化学反応かはわかっていません。ただ、前回テロチルスが東京に現われた40年ほど前というのは、大気汚染、特に硫黄酸化物による汚染が今の比ではなかった。都内のあちこちで赤い毒ガスが発生し、大騒ぎになったようです』
「今は大丈夫なのか?」
『40年前とは違います。石油の脱硫も進み、自動車や工場も排気を綺麗にしている。亜硫酸ガスは酸性雨の元でもありますから、40年間の法律改正と技術革新により徹底的に排除され、今ではほぼ大気汚染の原因物質としては問題ありません。今回のような事故でもない限りは』
「てことは、これ以上都内では問題は出ないってことか?」
『いえ。都市全体での排出は問題ないレベルですが、短期間に大量の亜硫酸ガスが発生する可能性はゼロじゃない。違法な軽油製造の現場や、町工場、工事現場、それらでの事故、高速道路沿い……それに火山性ガスも。火山性ガスということは、温泉周辺も危ない。案外、東京には温泉が多いんですよ』
「……おいおい、そいつはヤバイじゃねえか。それで、対策は?」
 その言葉はイクノ・ゴンゾウへ向けたものだったが、当の本人は首を横に振った。
 そして、クゼ・テッペイが求められてもいないのに答えた。
『街に作られたテロチルスの巣自体は当時の防衛チームが熱線砲で溶かしたそうですが……現在東京に降る雪は、おそらく気流に乗って飛んできているものなので、まずその巣を見つけないと』
「巣? どこにあるんだ?」
『それは――』
 クゼ・テッペイが口を開く前に、イクノ・ゴンゾウが立ち上がった。
「アイハラ隊長、アーカイブドキュメントに記載があります。テロチルスの生息地は――」
『「――悪島です』」
 クゼ・テッペイとイクノ・ゴンゾウの声が見事に重なった。
「アクジマ? ……どっかで聞いたな。ええと……あ、アクジマ!?」
 とぼけたように首をひねっていたアイハラ・リュウは、唐突に目を見開いて叫んだ。イクノ・ゴンゾウを振り返る。
「アクジマって……おい!」
 頷くイクノ・ゴンゾウ。
 アイハラ・リュウは目を剥いた。
「タイチの向かってる島じゃねーか! こうしちゃいられねえ! ゴンさん! 大至急ガンローダーで出撃するぜ!」
 命じながら自分のヘルメットをつかみ上げ、そのままディレクションルームから出て行こうとする。
『待ってください、リュウさん。落ち着いて』
「ああん!?」
 かつての仲間の一声に足を止めて振り返ったものの、スライドドアは開きっぱなし。
「テッペイ! これが落ち着いていられるか! 部下の向かってる島に、怪獣がいるかもしれないんだぞ!」
『わかってます。でも、テロチルスが相手となると、大きな問題があるんです』
「なんだ。もったいぶるな。さっさと言え」
『テロチルスはウルトラマンのスペシウム光線に耐えた怪獣なんです。つまり、ガンウィンガーのスペシウム弾頭弾はおそらく、テロチルスには通用しないということです。他の機体のメテオールも、恐らく同様です。致命傷にはなりえない』
「なにぃ?」
 再び目をむくアイハラ・リュウの手前で、コンソールのモニターに表示されているアーカイブドキュメントを読んでいたイクノ・ゴンゾウもむぅ、と唸り声を上げた。
「確かに記載されています。悪島上空でのウルトラマンとの空中戦において、スペシウム光線の二連射にも怯まず、むしろウルトラマンを撃墜したと」
『空を飛ぶ怪獣である以上、その機動力は高いはず。出会い頭のインビンシブル・フェニックスですら避けられる可能性があります。ですから、テロチルスと遭遇する可能性があるなら、前もって何らかの策を立てておいた方が絶対にいい』
「なるほどな」
 ようやく、アイハラ・リュウは緊張の姿勢を解き、自分のデスクへと戻ってきた。ヘルメットを置き、口を真一文字に結ぶ。
「ウルトラマンを破った強敵か。こいつは、CREW・GUYSの総力を結集しなくちゃいけないようだな」
『ですが、リュウさん。それはあくまでテロチルスがいた場合の話で、ひょっとしたら今の雪はただ昔の巣の破片が気流に乗ってきているだけかも――』
 クゼ・テッペイが話をしている間に、コール音が響いた。
「待て、テッペイ。緊急コールだ。――ゴンさん?」
「クモイ隊員です。メインモニターに出します」
 メインモニターに映っているクゼ・テッペイが脇に退き、新しいウィンドウが立ち上がる。
 クモイ・タイチはそっぽを向いていた。キャノピーの外に見える何かに気を取られている。
『こちらガンウィンガー・クモイ! 隊長、ビンゴだ!』
 万事控えめなクモイ・タイチにしては珍しい興奮口調に、アイハラ・リュウとイクノ・ゴンゾウは顔を見合わせた。
「どうした、タイチ。実は、こっちでもお前に大至急連絡することが――」
『そんなのどうでもいい! 船だ! でかい客船が、島の南の入り江に乗り上げてる!』
「なにぃ!!? ほんとか、それは!!」
『ガンカメラの映像を確認してくれ!』
 デスクを離れ、ディレクションテーブルに駆け寄ったアイハラ・リュウは、前のめりになってメインモニターに食い入った。
 新たなウィンドウが開かれ、画像が届く。
 赤いガスの霧が画像をよぎる。その向こうにそれは見えた。
 海へ突き出した岬の横、断崖絶壁になっている岩肌に船体を預けるようにして豪華客船の巨体が座礁していた。
 イクノ・ゴンゾウの手が素早くコンソール上を動き、その画像を拡大・解析した。
「……船首に船名確認。画像解析……A・Q・U・A・ハイフン・E・L・I・C・E……アクアエリス。確かに、行方不明になっていた客船です。しかし、この状態は……」
 イクノ・ゴンゾウが言葉を濁すほど、船体の状況は酷いものだった。
 上甲板のデッキから艦橋付近にかけて、見事なまでに破壊されて跡形もなくなっている。
 おそらくGPSが設置されていたであろう艦橋、及び行方不明が判明した時間帯から考えるとパーティーか何かをやっていたはずのデッキがあった上部甲板は押し潰され、ひしゃげ、まるでえぐれたようになっていた。
 実際、いくつかの部分は船体の構造材が開放的に弾けた様相を見せているため、えぐられたと判断せざるを得ない。
『見ての通りだ。上部甲板と艦橋の破壊状況から見て、左舷上方後部から何か巨大な力が加わったようだな。……そう、例えば怪獣の体当たりとか』
 タイチの報告で、アイハラ・リュウの表情が強張る。
『ともかく、艦橋付近は絶望的だが、他の部分は比較的きれいなままで残っている。生存者の可能性もある。着陸して、生存者の捜索を行いたい。隊長、いいか』
「言うまでもねえ。頼むぞ、タイチ――と言いたいところだが」
『? 何だ、隊長』
「その島に、テロチルスという怪獣が生息している可能性が高い。赤いガスの濃度も、こっちの画面に映るぐらいだ。十分気をつけろ」
『G.I.G。怪獣の情報はメモリーディスプレイで検索・確認する。なにか気づいたことがあったら、すぐに連絡を入れる』
「頼む」
 通信が落ち、振り返ったアイハラ・リュウはイクノ・ゴンゾウを指差した。 
「――ゴンさん、大至急関係各方面に通達だ。客船発見、てな」
『医療関係はボクに任せてください、リュウさん』
 唐突にメインモニターからクゼ・テッペイに話しかけられ、アイハラ・リュウは大げさに驚いた。
「おわっ! ……そうか、まだつながってたんだっけな」
『リュウさぁん』
 苦笑を交し合った後、すぐにお互い真顔に戻る。
『生存者の救出、お願いします。リュウさん』
 命を何よりも大切にする医師らしい表情で、頭を下げる。
 アイハラ・リュウも深く頷いた。
「ああ。任せろ。テッペイの方も、救助者がすぐに搬送、入院できるように手配を頼む。ただ、この件は――」
『わかってますよ』
 テッペイは屈託ない笑顔で答えた。
『しかるべき公式発表があるまでは、内密に。……でも、多分長くは持ちませんよ』
「ああ。こっちでもすぐにミサキさんに連絡して公表してもらう。だから、頼むぜ」
『G.I.G』
 懐かしいやり取りを残してテッペイが画面から消え、ヤマシロ・リョウコが現われた。
『たいちょー、ええと……アタシはどうしましょうか?』
「ああ、そうか。もうそっちの件はいい。帰って来い。今、マサトがこっちへ――」
「ただいまー」
 スライドドアが開き、セザキ・マサトがディレクション・ルームへ入ってきた。あまりのタイミングのよさに、数瞬、皆が言葉を失う。
 その空気を感じたのか、セザキ・マサトは目を何度か瞬かせて、三人を交互に見回した。
「え? な、なに? なにかボク――」
 それに答えず、アイハラ・リュウは視線をヤマシロ・リョウコの画像に戻す。
「今、帰って来た。オレとマサトはガンローダーで、先にタイチの救援に向かう。リョウコも至急戻って、ガンブースターで追いつけ」
『G.I.G』
 リョウコのウィンドウが消えた直後、イクノ・ゴンゾウが報告を上げる。
「いま、シノハラ隊員と連絡をつけました。大至急帰投させ、ミサキさんとディレクションルームのバックアップにつけます」
「頼む。ついでに、ミサキさんへの客船発見の報告もな」
「G.I.G」
「それと、引継ぎが上手く行くようなら、ゴンさんもリョウコと一緒にガンブースターで来てくれ。現場では多分手が足りなくなる」
「G.I.G。今のうちにガンブースターへ薬品・医療器具を積めるだけ積ませておきます」
「頼む。――よし、マサト! 行くぞ!」
 会話しながら再びヘルメットを取っていたアイハラ・リュウは、状況が飲み込めずに立ち尽くしていたセザキ・マサトの首に腕を引っ掛けて、そのまま室外へと引きずり出す。
「行くって、どこへ? え? ええ? たいちょぉぉ――」
 声はディレクションルームのスライドドアが閉じるとともに、消えた。


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