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ウルトラマンメビウス外伝 RAYGA

 第2話 火山島の死闘 その1

 その日、東京に季節外れの風花が舞った。

 ―――――― ※ ―――― ※ ――――――

 東京湾岸の工業地帯の一角、真日本石油工業の工場跡地。
 かつてそこに建っていた工場施設は、巨人が放った光線の誤射により残骸と瓦礫と化していた。火の手こそ収まっていたが、まだあちこちから白い煙が立ち昇り、漂っている。
 周辺でうろつく半面型のガスマスクと防塵ゴーグル、安全ヘルメットを着用した作業員たち。皆、その手に分析器を持っていた。
「オオクマさん」
 白髪混じりの作業員が、その現場で一人だけ黄色い腕章をしている男に声をかけた。
 呼びかけられた男オオクマ・イチロウは、振り返ると、どう? と訊いた。
「微妙な数字っすねぇ」
 ガスマスクに遮られているせいで、妙にくぐもった声。
 作業員は自分の持っている分析器をイチロウに見せた。
「まー、扱ってた原料が原料だし、脱硫装置もろとも爆破されちゃったんで、ほら、特にSOx(硫黄酸化物)がどっさり。0.05ppmから0.04ppmの間を行ったり来たりですわ」
 計器に表示されている数値を見つめたイチロウは、一声唸って腕組みをした。
「あ〜……確かに微妙だなぁ」
「国の定めたSOxの大気汚染の環境基準が、1時間値の1日平均値が0.04ppm以下で、かつ1時間値が0.1ppm以下――ってことなんで、大気汚染レベルといえるような、いえないような。まあそれでも、40年前の東京での汚染ピーク時よりはよっぽどましなんですがね。あの頃は文字通り桁が違ってた」
 作業員の声には、微妙な感慨の色がある。年かさからして、おそらくはその時代をバリバリの現役として過ごしてきたのだろう。
「他の物質は?」
「他の連中が調査してますが、ちらっと聞いてきたところでは、数値的には似たり寄ったりのラインであんまり問題はなさそうです。ま、最近のは原料の時点から綺麗にされて入って来てますしね……とは言っても、環境基準に照らしてって言うだけで、確実に出るもんは出てるみたいですが」
「う〜ん……それらのガスの発生が収まるか、拡散する可能性はどう見る?」
 指示を決めかねるイチロウに、老作業員も顔をしかめて唸る。
「風によりますが……多分、濃度はこれ以上上がらないでしょうな。機械は吹っ飛んだし、火は治まったし、現状SOxの発生源は壊れた脱硫装置のフィルター近辺からの放散なんで、それに近づけばともかくですが。近隣の住民への説明とか配慮を考えると、上も現場も、本音はさっさと原因の撤去作業をしちまいたいでしょうね」
「この数値じゃ、待てとも言えないな」
 とは言いつつも、渋い顔をするイチロウ。
「そうですなぁ。この濃度ならマスク装備と作業後の徹底洗浄でなんとか対応できるでしょう。なんなら、鳥かご買って来ましょうか? カナリア入りの」
「ううん……」
 しばらく腕組みをしたまま考え込んだイチロウは、やがて小さく頷いた。
「わかった。他の分析結果も見てからになるが、基本的には――なんだ?」
 ひとひら舞う、白の欠片。
「……雪?」
 目を丸くしている二人の視界を、無数の細かな白い浮遊物がひらひらと舞うようによぎって行った。
「初夏に雪? 東京で? そんな馬鹿な」
 イチロウは防塵ゴーグルをずり上げ、舞い落ちてきた白い欠片を手袋を嵌めた掌に受けた。もう片方の手袋を脱ぎ、その指先で掌の上の欠片を押し潰すように揉んでみる。
 冷たくはない。それに、溶ける気配もない。
「雪――じゃないな。なんだ? 灰かな?」
「それにしちゃ、妙に綺麗ですぜ? 灰ならもっと黒くて煤だらけのはずです」
 作業員も同じようにして、掌にそれを受けていた。鼻に近づけ、嗅いでみたのは分析屋の性分からか。
「……なにか臭うな。これは………………硫黄?」
「降りが激しくなってきたぞ」
 見回せば、周囲は結構な量の白い粒子が舞い散っている。気づいた作業員達が皆、その場で作業の手を止め、空を振り仰いでいた。
 肌を焼く日差しの強さと汗のにじむ暑さの中、雪が舞い散る冬の光景。
 その時、風が吹き――大気は赤に染まった。

 ―――――― ※ ―――― ※ ――――――

 東京P地区オオクマ家。
「オオクマさ〜ん、回覧板……て、どうしたの!?」
 オオクマ家の縁側からやってきた二人の奥様、パーマ茶髪のトオヤマと黒ぶちメガネのマキヤは部屋の中の光景に呆気にとられた。
 シロウが正座させられ、エプロン姿のシノブに怒られている――いや、その光景自体は別におかしくはない。
 ただ、二人の間に、山ほどのトマトが積まれているのだ。
「どうもこうもないわよ、二人とも」
 二人を見やったシノブは、シロウの頭をはたいた。
「うちのバカタレが、タキザワさんの畑から盗んできたのよコレ! ほんとにもう」
「「ええええええっっ!?」」
 期せずして二人の声は重なった。
「まったく。喧嘩っ早いのはまだ許せるけど、盗人だけは許すわけにはいかないよっ!」
「違わい!」
 シロウはシノブを睨みながら叫び返した。
「たまたま道端になってたから、取って来てやったんじゃねえか! だいたい、あのじじいの物だって証拠でもあんのかよ! 名前とか書いてるわけじゃねーしよ!」
「この辺でトマト栽培してんのは、あの人だけなの! だいたい、作物にいちいち名前なんか書かなくても、ここは畑です、入らないでくださいってちゃんとわかるようにしてあるでしょうよ!」
「わかんなかったから、今怒られてんだろーが!」
「それが怒られてる者の態度かっ!」
 シノブの拳骨がシロウの脳天に落ちる。
 ぐわ、と呻いたシロウは、バネのおもちゃみたいに一瞬伸び上がってひっくり返り、頭を抱えてのたうち回る。
「アホだねこの子はっ! ちゃんと畦が作ってあって、中には畝が何本もあっただろ! 」
「……ア、アゼ? ウネ?」
 頭を押さえながら涙目のシロウ。
 そのとき、マキヤが手づちを打った。
「シノブさん、ひょっとしてシロウちゃん、畑とか知らないんじゃ……」
「宇宙人だしねぇ」
 トオヤマも頷く。二人はいつの間にか、縁側から室内に入ってきて二人並んで正座していた。
「今のやりとりとか見てると、とてもそうは思えないけどさ」
 けらけらと笑うトオヤマ。
 シノブの怒りに釣りあがった目が、二人を睨んだ。たちまち二人は居住まいを正して背筋を伸ばす。
「二人ともっ! 百歩譲ってそうだとしても、これは立派に犯罪なんだからね! 許すわけにはいきませんっ!!」
「なーにが犯罪だ。ちっちぇえこと言ってんなよ」
 ようやく身を起こしたシロウは、あぐらをかいてふてくされた顔でうそぶいた。
「だいたい、これがあいつのもんだとしたって、あれだけ実がなってんだ。これくらい貰ってきたっていいじゃねーか。ケチくせえ」
「よくないっ! 人さまの物を勝手に取ってきちゃいけないのは常識だし、欲しければまず本人にきちんとお願いするのが筋道です!!」
「地球人の常識とか筋道とか、知ったことか。オレぁ宇宙人だぜ」
「それこそ関係ないっ!」
 へらへら笑っていたシロウの頭に、再び拳骨が炸裂した。またもバネのように一瞬伸び上がってぶっ倒れ、頭を抱えてのたうつシロウ。
「地球だけじゃありません! 宇宙万古不変の真理ですっ!」
 シノブの口から飛び出した言葉に、マキヤはきょとんとした。
「うちゅうばんこふへんのしんりって……松本○士みたいなこと言うのねぇ、シノブさんて」
 すると、隣でトオヤマがぎょっとした顔でマキヤを見やる。
「いや……あたしゃむしろ、さらりとそんな人の名前が出るマキヤさんにビックリだわ」
「あら、そう?」
 二人のやり取りとは関係なく、シノブと宇宙人のバトルは最終局面を迎えていた。
「シロウ! 言っとくけどね、私の息子になった以上は、盗人や人殺しなんかは絶対に許さないからね!」
「いや、だからオレは盗んできたんじゃなくて――」
「返事はっ!!」
 拳を振り上げたシノブの剣幕に、シロウは口をパクパクさせて続く言葉を飲み込まざるをえなかった。
「……………………はい」
「声が小さいっ!」
「はいっ! もう畑から作物は盗みません!」
 もうやけくその叫び。知らず、手で頭を守る姿勢をとって後退る。
 シノブは鼻息荒くため息をつくと、ようやく拳を下ろした。むしるようにエプロンを外し、立ち上がる。
「それじゃあ、今からタキザワさんちへ謝りに行くわよ。はい、それ持って」
「……はぁい」
 渋々トマトの山を両腕に抱えて立ち上がり、うなだれたまま玄関へ向かうシロウ。
 シノブはマキヤから受け取った回覧板を一瞥してから玄関へ出てきた。
 今しもサンダルに足を入れようとしたその時、台所で電話が鳴った。
 怒りの眼差しそのままに、台所をみやるシノブ。
「ん、もう。こんな時に限ってかかってくるんだから。しょうがないね。……とりあえず、シロウは先に出なさい。電話が終わったらすぐに行くから。ちゃんとタキザワさんに謝っておくのよ」
 そう言うと、シノブは台所へ戻ってゆく。
 盛大なため息をついて、がっくり肩を落とすシロウ。
「へいへい……ああ……なにやってんだろーな、オレ」
「そう落ち込まない」
 縁側から表へ回ってきたトオヤマは、笑いながら玄関の外へ出たシロウの肩を軽く叩いた。
「知らなかったんだもの、しょうがないわよ。誰にでも間違いってあるしね。大丈夫、私達が一緒についてってあげるから。さ、行こっか、シロウちゃん」
「ト、トオヤマさん?」
 勝手に同道することにされたマキヤが、困惑の表情を浮かべる。
「アタシも行くの?」
「行かないの?」
 トオヤマは少し声をひそめ、マキヤに耳打ちした。
「……ここからがオモシロそうなのに」
「行く」
 メガネの奥の瞳を光らせたマキヤはあっさり頷いた。

 ―――――― ※ ―――― ※ ――――――

 タキザワ家。
 玄関の上がり框(がまち)に山積みされたトマトを、タキザワは少し困った表情で一つ一つ確かめている。
 トオヤマがなぜかニコニコしながら経緯を説明し、マキヤがシロウの様子をちらちら窺い、シロウは妙に胸を張っていた。どう見ても悪いことをしたと思っている顔ではない。
 やがて、トオヤマの説明が終わると、シロウは深々と頭を下げた。
「そーゆーわけで――悪かった。沢山出来てたもんで、これぐらいなら取ってもいいかと思ってたんだが……かーちゃんにめちゃめちゃ怒られた」
「だろうな」
 タキザワの唇に苦笑が浮かぶ。
「ま、もいぢまったもんはしょうがない。それより、なんでこんなにもいでいこうと思ったんだね?」
 不思議な問いに、奥様コンビはお互いに顔を見合わせ、顔を上げたシロウも小首を傾げる。
「どういう意味だ?」
「このトマト、シロウちゃんにとっては未知の星・地球産の実だ。我々地球人が食用に栽培しているものだとわかっていたのならともかく、今の話じゃ、そうじゃあない。自然に生えてるもんだと思ったんだろう?」
「ああ、まあ……」
「興味が湧いて自分で食べるつもりで採ったんなら、多くても数個でいい。どんな味だか、どんな成分だかもわからないものをこんなに沢山……ざっと数えて20はある。これだけ取るなんて、普通じゃないだろう?」
「いや、味は知ってる」
「ほう?」
「ええと、昨日の晩飯にかーちゃんが出してくれたんだ。うまかったもんで……」
「なるほど」
 タキザワの顔に笑みがこぼれた。
「たまたまその同じ実が道端になってるのを見て、オオクマさんに持って帰ってやろうと思ったわけだな」
「ン……まあ、そんな感じだけど……」
「そうかそうか。じゃあ、しょうがない。今回はシロウちゃんのその親孝行に免じて、許してあげよう」
「わお。タキザワさん、太っ腹。かっこいい〜」
 女子高生みたいにはしゃぐトオヤマ。
 タキザワはまんざらでもない様子で、続ける。
「自分だけで食べたり、売っ払うつもりだったんなら怒らなきゃいけないところだが、親孝行の気持ちで怒られるのなら、親からだけでいいさ」
「オヤコウコウ? ……ってなんだ?」
「子供が親のためになることをしようとすることだよ。地球人が尊ぶ行為なんだ」
「は〜……」
 妙に感心して目をぱちくりさせているシロウに、トオヤマとマキヤはそれぞれ肩に触れて頷いた。
「よかったじゃん、シロウちゃん」
「もうこんなことしちゃダメよ? わからないことはまず人に聞くのよ? シノブさんに相談しにくいことだったら、あたし達に相談してくれてもいいから」
「はぁ……」
 二人の笑顔に困惑しきりのシロウ。
 そこへ、シノブがようやくやってきた。
 だが、その表情が硬い。その異変にまず気づいたのは、シロウだった。
「……かーちゃん?」
 シノブは真っ直ぐタキザワの前にやってくると、深々と頭を下げた。
「送れてごめんなさい。タキザワさん、今回は本当にうちのバカ息子がご迷惑かけて……ごめんなさいね。きつく言っときましたから、二度とこんなことは――」
「ああ、もういいですよ。オオクマさん。事情は聞きました。今回はしょうがありません」
「いいえ、そんなわけには……すみません、これ、作物の弁償を……」
 そういって、ポケットから取り出した茶封筒を差し出す。
 しかし、タキザワは首を振った。
「いりません、いりません。オオクマさんからそんなもの、もらえませんわ」
「そう言わず。少ないかもしれませんが」
「ダメです。たった今シロウちゃんに許すと言ったんです。言った以上は、受け取るわけにはいかない。それより――これを持ってって下さい」
 タキザワはトマトをつかんで、差し出した。
「こいつはどなたかに食べてもらうために作りました。もいぢまった以上は、食べなきゃいけません。うちじゃあ、こんなに食べ切れませんから、責任を感じると言うのなら、オオクマさんちでも食べてください。私はそれで十分満足です」
「そんな……」
「そちらのお二方も、どうぞ。さすがにオオクマさんちでも、これだけは難しいでしょうから」
 たちまち奥様コンビの目が輝く。
「いいんですか? きゃー、ありがとータキザワさん。美味しそうだと思ってたのよー。いただきまーす」
「ありがとうございます。じゃあ、あたし達は4個ずつで」
 無邪気に騒ぐトオヤマと、律儀に頭を下げるマキヤ。二人はそのままトマトを手にとって検分し始めた。
 困惑しきっていたシノブは、もう一度深々と頭を下げて茶封筒をポケットに戻した。
「本当にごめんなさいね、タキザワさん。なんだかもう、申し訳なくて……」
「いいからいいから。どうせ収穫したら持って行こうと思ってたんだ。ま、シロウちゃんも二度とこんなことしないだろうし……そうだ、シロウちゃん。今度、畑仕事を手伝ってくれないか? 地球の農業ってもんを色々教えてやろう」
「ああ、うん。まあ、その話はまた今度……」
 曖昧に頷いてシノブを見やったシロウは、自分でも気づいているのかいないのか、眉間にしわを寄せて心配そうな表情だった。
「なあ、かーちゃん。なんかあったんじゃねえの?」
「え?」
 その一言でシノブの表情がさっと青ざめた。
「いや、なんか……焦ってるみたいっつーか、そわそわしてねえ? 早く帰りたそうだ」
「シノブさん?」
 タキザワもそういえば、と言う風にシノブを見やる。
「あ、いや……その……」
 少しの間逡巡した後、シノブは重い口を開いた。
「実は今、家を出るときにイチロウが入院したって、東京の会社から連絡があって」
 さっと空気が変わった。
 奥様コンビもぴたりと手を止め、タキザワも腕を組んで顔をしかめた。
「イチローちゃんが? なんでまた。この間の怪獣襲撃の件は、ちゃんと避難してたんだろ?」
「それが……壊された工場の復旧作業中に発生した毒ガスに巻かれたとかで」
 思わずシロウの表情が硬張る。
「そりゃ大変だ。それでイチローちゃん、命に別状はないのかい?」
「ええ。おかげさまで、命だけは大丈夫みたいです。詳しいことはわからないので、これからすぐに病院へ向かおうかと」
「そうだね。それがいい。シロウちゃんもついてってやりな」
「……ああ。そうする」
「あら」
「まあ」
 珍しく反抗もせずに頷いたシロウに驚く奥様コンビ。
 シロウは口をへの字に曲げ、何か考え込んでいた。


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