ウルトラマンメビウス外伝 RAYGA
第1話 光の逃亡者 その6
海底。
はるか離れた海上にて続いているドンパチ騒ぎに、目を覚ましたものがいた。
それは、むっくりと身を起こすなり、海中を漂う好物の香りを嗅ぎつけた。
無邪気に喜び、ゆっくりと海中を進み始める。
ドンパチ騒ぎの方向へ。
―――――― ※ ―――― ※ ――――――
「残ってる戦闘機も退いてゆくみてーだな」
シロウの言うとおり、画面上GUYSアロー1号の旋回範囲が徐々に広がり、映る時間が短くなってきていた。
次なる作戦のことなど知る由もないオオクマ家の面々には、それは防衛チームの撤退と見えた。そして、テレビのスタジオでも。
スタジオのコメンテイターだけは、おそらく次の作戦のための一時的撤収だろうと読み、そうコメントしてはいたが、事情を知らぬ一般市民にはその光景は不安を覚えるものであったことは確かだった。
そして、それはオオクマ・シノブが話をしている電話の向こうでも同じらしかった。
「大丈夫、大丈夫よ、カナちゃん。大丈夫。……ダメダメダメ。あなたがそんな弱気になってどうするの。子供が傍にいるときに、母親が絶対不安がっちゃダメよ。信じなきゃ。……うん……わかる。わかるわよ。でもね、それが母親の務めだから、ね? 子供がいるときには、絶対弱気な顔は見せちゃダメ。うん、うん……そうね、じゃあ代わって。私が相手してあげてるから、その間に顔でも洗って気を落ち着けなさいな。うん」
会話の内容に聞き耳を立てているワクイとタキザワが、なんともいえない顔をしていた。
それを見咎めたシロウが、眉根を寄せて怪訝な表情になる。
「……なんだ、じじいが二人してその面はよ。お前らの問題じゃあるまいし」
二人は奇しくも揃ってため息をついた。
「シロウちゃん。わしらにも息子娘がいて、孫がおるんだ」
「あーいうのを聞くと、とても他人事とは思えんわ。なあ、タキザワのとっつぁん」
頷き合う二人。
「……みんな支え合って生きておる。元気で生きておる、というだけでも心の支えとなる。それが家族というもの」
その間で黙ったまま煎餅をボリボリ食べていたイリエ老人が、ぼそりと呟くように言った。
そして、シロウを見やる。
「シロウちゃんは、家族はおらんのかね?」
シロウはイリエを見返したものの、答えなかった。ただ、老人を見つめるその瞳に威嚇の色はない。
「家族がどうとか、そんなのはどーでもいいだろ。誰でも生まれてくる時は一人で、死ぬ時も一人。最後にものをいうのは、自分の力だ。力があれば、我が身に降りかかる不幸を払える。そして――」
片膝を立てて座った姿勢のまま、シロウの周囲を光の粒子が飛び交い始めていた。
蛍よりももっと明るいその光は、数を増し、速度を増し、ついにはシロウ自身が光り始めているようにさえ見える。
老人トリオだけでなく、電話をしていたシノブまで思わず目を丸くして、その不思議な光景に見入った。
「――そして、力があれば人を思うように支配することも出来る」
シロウは笑っていた。不敵に。
「シロウ……」
シノブの呼びかけに、シロウは指先を向けた。
「いいか、これは貸しだ。いつか返してもらうからな」
言い終えた瞬間、光に包まれたシロウはその場から姿を消した。
何が起きたのか、誰もが理解できず呆然とシロウがいた空間を見つめる。
『……おばあちゃん? シノブおばあちゃん、どうしたの? おばあちゃんってば!』
電話の向こうでシノブを呼ぶ孫の声。
シノブはそっと答えた。
「……大丈夫。きっともうパパは大丈夫よ。すっごい援軍が今……助けに行ったから。………………ウルトラマンが」
―――――― ※ ―――― ※ ――――――
港湾倉庫の前にガンスピーダーを着陸させたセザキ・マサトとクモイ・タイチは、すぐに機体から降りてトライガーショットを準備した。
岸壁に打ち寄せる波が荒い。ペスターの姿はかなり近くなってきていた。
「やっぱ、でかいなー。で、クモっちゃん、どうする?」
「とりあえずはアキュート・アローで牽制だろう。胴は狙わずにいたいが、この距離なら当たればもうけものか」
言いながら、トライガーショット後方のチェンバーシリンダーを切り替え、赤いシリンダーに設定する。
「G.I.G。リョーコちゃんならこの距離でも狙えそうだけどね。ま、当たっても威力落ちてそうだし、大丈夫でしょ」
セザキ・マサトも赤いシリンダー=レーザー弾に切り替え、ふと隣のクモイ・タイチを見る――その表情が曇った。
それに気づいたクモイ・タイチも、怪訝そうに顔をしかめる。
「……なんだ、セザキ隊員」
「いや、あれ」
セザキ・マサトが指差すのは、クモイ・タイチの向こう側。
1ブロックほど先に人影があった。普通の衣服を着た、見るからに一般人。遠めで顔までははっきりとわからないが、多分若い男。少年と青年の間ぐらいの年齢か。それが、片膝を立てた姿勢で座っている。二人には、それが怪獣に驚いて腰を抜かしているように見えた。
「民間人!? なんでこんなところに!?」
「隠れていたのか? ちぃ……地上班、検索が甘いぞ」
クモイ・タイチが舌打ちを漏らしている間に、セザキ・マサトは胸ポケットからメモリーディスプレイを取り出す。
「隊長! 大変です!」
『なんだ、マサト。何かあったか』
ディスプレイのモニターに、アイハラ・リュウの顔が映る。
GUYSアロー1号機はペスターを遠巻きに旋回しつつ、時折機関砲を打って牽制を繰り返していた。
「民間人です! なぜかはわかりませんが、少年が――」
「セザキ隊員!」
クモイ・タイチの叫びにセザキ・マサトが顔を上げる。
いつの間にか立ち上がった少年が、走り出していた。
海へ。
その意味不明の行動に二人が戸惑い、動けずにいる間に少年は助走を終え――跳んだ。港の岸壁から、海へ。空手の跳び蹴りを放つような格好で。
次の瞬間、辺りは眩しい閃光に包まれた。
―――――― ※ ―――― ※ ――――――
その現場を注視していた全てのものの目を射る閃光――それが収まった時、ぺスターの顔面に巨大な足が命中していた。
唐突な一撃に、吠えることも忘れて、仰向けにひっくり返る怪獣。
圧倒的な質量の突入に、周囲へ広がる津波。
そして、片膝立ちで着水する巨人。弾け跳ぶ水飛沫、再び広がる津波。
「――ウルトラマン!?」
思わずコクピットで叫んだアイハラ・リュウを、そのウルトラマンが見上げた。
銀地に青と黒のラインが入ったその姿は、ウルトラマンヒカリよりはそれ以前に現れたウルトラ兄弟に近い。そして、なぜかカラータイマーは既に点滅を始めていた。
すぐにメインモニターにシノハラ・ミオの姿が映った。
『総本部のアーカイブで検索しましたが、過去に該当するデータありません。青い色はウルトラマンヒカリを思わせますが、体表上のパターン・各色の占有面積が全く違います。全く新しい存在です……確かに、ウルトラマンのようにも見えますが……』
アイハラ・リュウは巨人を見やり、唇を噛んだ。
「ちょっと待て……待てよ、こらぁ! ウルトラマン、まだお前の出番じゃねえだろうが!!」
ウルトラマンの上空を旋回させつつ、叫ぶ。
「オレ達はまだ、限界まで戦ってねえんだ! 余計な手出しはするんじゃねえ! てめえ、ミライから、メビウスから何も聞いてねえのかよ!」
ウルトラマンは、我々地球人が限界まで戦うからこそ、その心に応えて助けの手を差し伸べてくれる。
それが敬愛してやまぬセリザワ元隊長――今はウルトラマンヒカリと一体になって、宇宙のどこかで平和のために戦っている――が教えてくれた、『オレたちの原点』だった。それゆえに、アイハラ・リュウ自身がミライ=メビウスと衝突したこともある。
ウルトラマンだって神ではない、オレたちと同じように焦り、何かの重圧を感じて先走ることもあるのだと、後でわかった事件。
共に戦うこと、どちらかにもたれかかるのではない関係――ぶつかり合った末に、それが一番大事なことだと理解し合ったあのミライが、後輩であるだろうこのウルトラマンに伝えていないはずがない。
にもかかわらず。
返答は、『無視』だった。
顔をぺスターに戻したそのウルトラマンは、首を左右に曲げた後、拳を鳴らすような動作を見せた。
「ちょ……おいっ! 無視かよ!」
止める間もなく、ウルトラマンは起き上がったぺスターに殴りかかった。
―――――― ※ ―――― ※ ――――――
大きく振りかぶって、思い切り拳を振るう。いわゆるテレフォンパンチ。
敵の真正面に立って、顎下を何度も蹴り上げる。いわゆるヤクザキック。
新しいウルトラマンの戦い方は、まったく美しさの欠片もなかった。
「……何だ、あれは。まるっきり素人のケンカだ」
そう吐き捨てたのは、岸壁で様子を見ていたクモイ・タイチだった。
「クモっちゃん、そういえば格闘技のスペシャリストだっけ。……やっぱり酷いんだ。実は、ボクもそんな気がした」
「メビウスが初めて現れた時の映像は、何度も見た。ビルを盾にしたり、周囲の被害を考えずに戦ったその戦い方はともかく、動きや切れは間違いなく訓練された格闘者のものだった。だが、こいつは違う。これじゃまるで、悪ガキのケンカだ。無駄な動き、無駄な力、無駄な攻撃が多すぎる」
苛つきを隠しもしないクモイ・タイチの言葉の間にも、ウルトラマンは暴れていた。
ぺスターを押し倒し、馬乗りになってコウモリそっくりの顔を殴りたくる。
立ち上がったかと思えば、そのまま蹴りを入れる。何度も何度も。
戦うというよりは、いたぶると表現した方がいいようなその光景は、およそ品性に乏しく、見るものを嫌な気分にさせる。
「……ウルトラマンじゃないのかもしれないな」
クモイ・タイチが漏らした呟きに、セザキ・マサトは目を丸くした。
「え? ええっ? でもカラータイマー付いてるし、一応ボクらのピンチに駆けつけてくれたわけだし」
「オレがこんなことを言うのも変だが……オレはこんなやつに地球を守られたくない」
ちらりと上空を旋回し続けるGUYSアロー1号に視線を飛ばす。
「メビウス・ヒカリと共闘した隊長も、果たしてこいつとは肩を並べて戦う気になるかな。……ここは地球だ。素人ウルトラマンの訓練所じゃない。ガキのお守りはごめんだぜ」
「うん……」
クモイ・タイチの瞳に燃える怒りの炎に、それ以上何も言えなくなったセザキ・マサトは曖昧に頷いて海上へと目を戻した。
―――――― ※ ―――― ※ ――――――
「くそっ、どうなってやがる!」
GUYSアロー1号のコクピットで呻くアイハラ・リュウ。
そのメインモニターにミサキ・ユキ総監代行の姿が現れた。
『アイハラ隊長、GUYS総本部から連絡が来ました。新たな巨人はレジストコード・レイガ』
「レイガ? ……てことは、ウルトラマンじゃないのか? ミサキさん」
『少なくとも現時点では、ウルトラマンと認識できるだけのデータがありません。今は状況を見守ってください』
「けど! やつはオレたちGUYSをコケにしやがったんだぞ! ここでオレたちが退いちまったら、オレたちの誇りはどうなるんだよ!」
『退いてとは言ってないわ。現状で待機。彼らが周囲に被害を出さないように警戒を。……これは私の推測に過ぎないけれど……彼はウルトラ族の姿に似た別の宇宙人の可能性もあります。油断はしないで』
「もしもの時は、戦ってもいいってことかよ」
ミサキ・ユキは頷いた。そこにウルトラマンに対する遠慮のようなものは見えない。
『ええ。サコミズ総監も、レイガが私たちに害をなす存在であるのなら倒さねばならない、とおっしゃっていました。アイハラ隊長なら、その見極めができるだろう、と。だから今は』
「G.I.G」
『……お願いします』
アイハラ・リュウの返事を聞き、もう一度頷いて画面から消えるミサキ・ユキ。
通信が切れるや、アイハラ・リュウの口から大きなため息が一つ漏れた。
「くっそー。ほんとにあいつ、ミライの後輩じゃねえのかよ」
目下の海上では、レジスコード・レイガが仰向けに倒れたぺスターを、踏みつけるように蹴りを叩き込んでいる。
「戦い方もぐだぐだじゃねーか。ったく、もしウルトラマンだったら、ミライ……お前も後で懇々と説教してやっからな!」
―――――― ※ ―――― ※ ――――――
身体が重い。
宇宙空間ではついぞ味わったことのない疲労感に、シロウは焦っていた。
噂には聞いていたが、地球でのこの身体の維持がこれほど負担のかかるものだとは。
それも計算に入れて、人間の姿でのテレポート(瞬間移動)をしたというのに。
唯一計算通りなのは、この怪獣の弱さだった。
身体が大きすぎることと、ヒューマノイド体型ではないために反撃が読み易い。これならすぐにでも決着をつけられるだろう。
(メビウスを倒したオレが、こんな三下怪獣ごときに手こずるわけがねえ! ――とどめだ!)
怪獣が口から吐いた青白い火炎放射をジャンプして躱し、そのまま空中で身体をひねりつつ、怪獣の背後に着水する。
そして、両腕を左側に真っ直ぐ伸ばした。力を込めつつ右側へ。周囲からその軌跡に沿って集まる光の粒子。
最後に光を宿した右腕を立て、その腕の腹に左手で作った拳を――
―――――― ※ ―――― ※ ――――――
レイガの必殺光線が放たれた刹那。いきなり、その右膝が砕けた。
レイガにとっても予想外だったのか、光線の発射体勢のまま右側へ倒れ込んでゆく。
レイガの立てた右腕から放たれた眩しい光線は、一瞬ペスターに当たったものの、そのまま薙ぎ払うような軌道を描き、工場地帯を直撃した。それでも見るからに危なげなガスタンク・オイルタンクを外れたのは偶然の賜物か、それともレイガの意地か。
あちこちの工場で爆発が置き、爆炎が上がる。
―――――― ※ ―――― ※ ――――――
「なんだ!? なにしてやがるあの野郎!」
GUYSアロー1号のコクピットで、背筋を走る寒気に震えるアイハラ・リュウ。
すぐにメインモニターに、シノハラ・ミオの姿が映った。
『隊長! 新しい怪獣が!』
「なにぃ!? どこにだ!? そんなもん、見えねえぞ!」
『海中です! 今、レイガの足に!』
見ると、海中に尻を落としたレイガが、左足で右足を蹴っている。まるで、その先の海中で捕らえられた右足を解放しようとしているかのように。
やがて、その怪獣の姿が現われてきた。圧倒的な質量の海水を押しのけて現われたのは、小豆色の巨大な球。
その異様な姿に、アイハラ・リュウの目は思わず点になった。
「……タコ……ボール? 何だこいつは!?」
巨大な球形の身体に、隙間なく並んだ吸盤。球体の上部から生えた二本の腕。そして球体の中ほどについた、凶悪な顔。それがレイガの右足に噛みついている。
ぱっと見には、その特異な体型とあいまって可愛げがあるように見えなくもない。
『ドキュメントMATに同種族確認! オイル怪獣タッコングです!』
「オイル怪獣!? ってことは、こいつも」
『石油などのオイルを常食としているようです。以前確認された時には、当時東京湾の海底を走っていたパイプラインに被害が出ています』
「弱点は!?」
『特に記載ありません。ペスターのように火を吐いたりはしませんが、身体能力が強く、最初に確認された時には格闘の末、ヘドロ怪獣ザザーンを倒しています。その直後、謎の発光現象を残して海中へ逃走したそうですが』
「くそ、次から次へと! ――ゴンさん、まだ俺たちの翼は直らねえのかよ!」
すぐにメインモニターにイクノ・ゴンゾウの硬張った顔が映った。こちらを見ずに手元のコンソールに目を落としている。
『申し訳ありません、隊長。予想外にダメージが深刻で。しかし、もうすぐです!』
「くそっ……ミオ! さっきのレイガの光線の被害は!?」
『衛星で確認する限り、退避命令圏内ですので人的な被害はないかと。ただし、建物が幾つか完全に破壊されています』
「タイチ、マサト!」
『こちらセザキ。クモっちゃんもいます。……アイハラ隊長、見てください! ペスターが!』
言われて見やれば、ペスターがレイガの背後に迫っていた。弾けたザクロのようになっている顔の右側から、左胴体を斜め左上方へと走る光線の直撃痕が生々しい。
「そこからキャプチャー・キューブを撃てるか!?」
『僕らでは無理です。リョーコちゃんならできるかもしれないけど……』
「ちっ、こうなったらしょうがねえ、作戦変更だ! 二人ともガンスピーダーでレイガを援護!」
『待ちたまえ、アイハラ隊長! あれがウルトラマンと決まったわけではないのだぞ! 第一あやつはたった今、街に被害を――』
メインモニターで口から泡を飛ばすトリヤマ補佐官。
「うるせえ! 今はあの怪獣どもをなんとかするのが先だ! ウルトラマンかどうかは、後で確認するしかねえ! マサト、タイチ!」
『G.I.G!』
『隊長! レイガが――』
クモイ・タイチの通信と同時に、アイハラ・リュウの視界の隅を妙な輝きが射た。
見やれば、レイガが――
―――――― ※ ―――― ※ ――――――
尻を落としたまま、左へ両腕を伸ばす。そして右へと旋回させ、最後に立てた右腕の腹に、左拳を叩きつける。
放たれた光線は海面を抉り、水蒸気爆発を起こし、そのままタッコングに命中した。
「デュワアアアアアアアアアアアっっ!!!」
しかし、タッコングは怯んでレイガの右足から口を離し、何歩か後退っただけだった。
レイガはそのまま、強引に身体をひねって、背後から襲いかかろうとしていたペスターの真正面に光線を叩きつけた。
のしかかるような体勢になっていたペスターの動きが止まり――次の瞬間、大爆発を起こした。
海上に燃え広がる巨大な火柱を背にゆっくりと立ち上がったレイガは、タッコングに突進した。
真正面から組みつき、その動きを止める。
レイガは左腕と自重で暴れるタッコングを抑えながら、右腕で左から右へ、虚空を一閃した。すると、光線発射時と同じように、右手に光が宿った。
その右手でわしづかみにするような形を作り、タッコングの身体に叩きつける。
輝く手は、光線の直撃にも耐えたほどのタッコングの体表をあっさり突き破った。
タッコングが暴れ、逃れようとするのを許さずに押さえつけたまま、右腕を肩まで埋めてゆくレイガ。傷口から溢れるどろりとしたものは体液なのか、それともオイルなのか。
そのとき、タッコングは恐るべき生命力を見せ付けた。
右腕まで身体の中に埋め込まれながら、レイガの太腿に噛みついたのだ。
「!!」
顔をのけぞらせ、痛みに耐えるレイガ。しかし、右腕は抜かない。
タッコングも突き立てた牙を離さない。
完全な我慢比べ。しかし、圧倒的にレイガの分が悪い。胸のカラータイマーの点滅は既に相当早くなっている。
そこへ――
二機の飛行体が、海上を覆う黒煙を突き破って現われた。
一機はGUYSアロー1号。
もう一機は俺たちの翼・ガンフェニックストライカー。
「メテオール解禁!!」
アイハラ・リュウの叫びが虚空にこだまする。
ヤマシロ・リョウコが吼えた。
「いきますっ、名誉挽回っ! インビンシブル・フェニックス!」
機体全身のイナーシャルウィングを展開し、金色の光の粒子をまとって高速で突っ込んできたガンフェニックストライカーが、急制動をかける。その機体から、同じ形をした光のシルエットが放たれた。
「スペシウム弾頭弾、ファイヤー!!」
続けざまにGUYSアロー1号からもミサイルが放たれる。
両者は同時にタッコングの背後から命中した。
直後に起きた大爆発は、レイガをも飲み込み――
―――――― ※ ―――― ※ ――――――
東京湾に立ち昇る、二つの黒煙の柱。
怪獣の身体から海上に溢れたオイルは燃え続けていた。
タッコング爆散後、レイガの姿は消えていた。
爆発に巻き込まれたのか、それとも自らの意志で姿を消したのか。
GUYSの面々には判らなかった。
―――――― ※ ―――― ※ ――――――
「……えらいことになっちまったなぁ」
テレビ画面に釘付けになっていたタキザワが、呆然と呟く。
「シロウちゃん、大丈夫かね」
最初は焚きつけたことを忘れたかのように、心配そうに眉を寄せるワクイ。
そして、黙って茶をすするイリエ。
シノブは電話の向こうではしゃいでいる孫の声にほっとしつつも、目の端でテレビ画面を見やる時に不安げな表情をよぎらせる。
そして、この日シロウはオオクマ家に戻って来なかった。