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ウルトラマンメビウス外伝 RAYGA

 第1話 光の逃亡者 その4

「おいおいおい、オオクマさんオオクマさん、大変だ大変だ!」
 ようやく帰ったと思ったのに、半時間も立たぬうちに戻ってきたのは、老人三人組の一人タキザワだった。昔何かスポーツでもしていたのか、妙に体格がいい。
 またも縁側からやってきたタキザワは、オオクマ家の者が許しもしないうちから勝手にサッシを開けて、さっさと上がりこんできた。
「ほいほい、ちょっくらごめんよ」
 驚いたのはシロウである。
 不貞寝を決め込んでいたシロウがあげる抗議に耳を貸さず、その傍を通り過ぎたタキザワは台所へと入って行った。
「オオクマさんオオクマさーん……おお、オオクマさん。ここにおったかね」
 シノブは台所でごぼうをささがきにしていた。その手を止め、エプロンで拭う。
「あらまあ、タキザワさん。どうしたの? そんなに慌てて」
「どうしたもこうしたも。とにかくテレビを点けてくれんか」
「テレビ?」
 言われてシノブがいそいそと台所備え付けの小型テレビを点けると、緊急ニュースをやっていた。
 内容は東京湾に怪獣が現われたというもので、予想される進行方向の住民に避難勧告が出されていた。
「あれまぁ」
「ほれ、この予想図によると……かなり危ないんじゃないのかい!?」
「そーだねぇ……」
 困惑げに顔をしかめるシノブ。
 そこへシロウも台所に入ってきた。
「何が危ないってんだ? あー……?」
 しばらく画面を見つめていたシロウは肩をすくめた。
「なんだよ。進路予想の中にも入ってないじゃねーか。よく見ろよ。そいつの今いる場所からここまでどれだけあると思ってんだ。だいたい、この星にゃ防衛隊だっているんだろうが。メビウスと一緒にあのエンペラ星人を倒した奴らがよ。来やしねえよ、こんな山奥まで」
 笑いながら椅子に腰を落とす。
 しかし、シノブの顔色は晴れなかった。
「……電話した方がいいかねぇ」
「いやだからな。オレの話聞いてんのか」
「一応電話しといた方がいいよ。……シロウちゃんはちょっとこっちへ来な」
 シロウの寝ていた和室へ顎をしゃくり、先に台所を出てゆくタキザワ。
 シノブがコードレスホンを取り上げるのを見て、シロウはやれやれと首を振って和室に戻った。
 タキザワは和室のちゃぶ台の前に腰を下ろした。そのまま勝手に大画面テレビをつける。
「なんだよ。ババ……じゃなかった……シノ、ブー……さん、は、どこへ連絡してんだ? あれ、この星の連絡装置なんだろ?」
 少し遠慮気味に出したシノブの名に、テレビを見ながらタキザワはにんまり笑う。
「あの怪獣の進路予想のど真ん中がな、イチローちゃんの職場なんだ」
「イチロー? って、ああ」
 水屋の上に飾られた一家の集合写真。
「まあ、現状ではシロウちゃんのお兄さんだな。一番上の」
 タキザワの向かいに腰を下ろし、腕組みをしたシロウは腑に落ちたように頷いた。
「なるほどな。息子の安否が心配ってことか」
 台所を見やれば、コードレスホンを耳に当てたシノブは、呼び出し音を持て余して視線を宙にさまよわせている。
「けど、怪獣の接近がこれだけ早期にわかってるんだ。いくらなんでもすぐ避難するだろ。心配性なこって」
「息子が危ない時に、心配しない母親なんぞおらんよ。それに、直接的なことだけじゃないんだ。怪獣がコンビナートのタンク一つでも壊せば会社は大損害、イチローちゃんの生活だってどうなることか。そうでなくても、ワシの聞いてる限りじゃイチローちゃんは現場監督だかなんだかの責任者らしいから、ヘタをすると逃げ遅れて……ということも考えてしまうものだ」
「そんなもんかね。命が大事なら、なんもかんも放り出して逃げりゃ――」
 不意に言葉を切ったシロウは、自分の服の胸の辺りをわしづかみにした。
 脳裏によぎる恐怖の記憶。
 吹き上がる粉塵、その中からまっすぐに伸びる刃のごとき銀の腕。見えざる尖端が、確かにあの時ここを撃ち抜いた。
 胸に詰まる敗北感――なんもかんも放り出して逃げ出した結果、ここに残る傷痕が疼く。
「――いいのに……逃げない奴なのか。イチローってのは」
「ワシが知っとるイチローちゃんは、責任感が強い子でな。たとえば……逃げ遅れた部下がいたら助けに行かずにはいられないような」
「それで死んだらバカみてーじゃねーか」
「そうだな」
 タキザワは深く頷いた。
「だから、ワシはイチローちゃんがすぐに避難してくれていることを祈るしかない。それと、あのコンビナートが無事であることを」
「……行かねーからな」
 台所のシノブを心配そうに見つめているタキザワの横顔を睨み、シロウは唸るように告げた。
「オレはウルトラマンじゃねぇ。先にそう言ったはずだ。オレはただの宇宙犯罪者……逃亡先で隠れているだけだ。絶対、行かねーからな」
 タキザワは何も答えず、ただ頷くだけ。
 その頷きが癪に障る。シロウのいらつきは口許に当てつつ何度も揉みこむ拳に現われていた。

 ―――――― ※ ―――― ※ ――――――

 しばらくして、手にコードレスホンを下げて和室へ来たシノブは、浮かない表情をしていた。
「あの子の職場には繋がらないんで、会社へかけてみたけど……現場の状況はまだお知らせできませんって。今みんな避難してるところだから、安全なところに集まって確認が取れ次第発表しますって」
「うぅん……心配だねぇ」
「ええ……。あ、いけない。お茶もお出ししないで」
「ああ、いいんだよそんなの。今はそれどころじゃ――」
「おおい、シノブさんシノブさん」
 またも庭側のサッシを無遠慮に開けて、別の老人が顔を出した。最前、顔を出していた老人三人組の一人、太り気味の爺さんである。
「ニュースニュース、ニュース見たかね……って、なんだ。タキザワのとっつあん、来てたのか」
「おお、ワクイの。一足遅かったな」
「てことは、もうニュースは見たんだな?」
 ワクイと呼ばれた老人も、シノブが何も言わないうちにいそいそと上がりこんで、タキザワの隣に腰を下ろした。
「おおよ。今、ニュース見ながら、その話をしてたところだ」
「イチローのことでわざわざ来てくれてありがとね。タキザワさん、ワクイさん」
「いや、そんなこたぁ別にいいんだけどよ。オレも暇な身分だし。んで、イチローちゃんは大丈夫なのかい?」
 シノブはかぶりを振った。
「まだ避難中で会社の方でも確認は取れてないって……心配だねぇ」
「ふぅん……で、さぁ」
 ちゃぶ台に頬杖をついたワクイは、ぼけっとテレビの画面を見ていたシロウを見やった。
「なんでシロウちゃんはここにいるんだ?」
「は?」
 いきなり話題が自分に飛んできたことに戸惑うシロウに、ワクイは至極真面目な顔で続けた。
「シロウちゃんはウルトラマンなんだろ? だったら、さっさと行ってぱーっと倒してしまえば全部丸く収まるじゃないの」
「だから、オレはウルトラマンじゃないと最初に――」
「あ、なに? 怖いのか? 怪獣が」
 一瞬シロウの表情が硬張った。すぐに口許を引き攣らせながら、ワクイを睨みつける。
「………………そんな安い挑発に乗ると思ってんのか、ジジイ。だいたいなんで宇宙人のオレが地球人のためなんぞに。地球のことは地球人でカタつけりゃいいだろうが。オレは行かんぞ」
「おーおー怖い怖い」
 からかう口ぶりのワクイに、ちゃぶ台の下で拳を握るシロウ。
 ふと、その太腿を軽く叩く手があった。シノブだった。
「ワクイさん、やめてくださいな。本人が嫌がってるんです」
 シノブの顔は、茶化してごまかすことが出来ないぐらい真剣だった。ワクイも思わず、へい、と言って姿勢を正すほどに。
「あー……でも、イチローちゃんが……さ、ほら」
「やめてって言ってるじゃないの!!」
 声を荒げ、シノブはちゃぶ台を叩いた。その大きな音と気迫に、ワクイだけでなく隣のシロウも思わずびくりと震えた。
「シロウも今日からうちの子です。イチロウもシロウも同じです。わたしは、自分の子供に怪獣と戦えなんて……それも嫌がってるのに行けだなんて、口が裂けても言えません。言いたくありません。だから、その話はもうやめて。お願い」
「はあ……」
「それに、イチロウは賢い子だもの。可愛い嫁さんも、子供だっているんだから。ちゃんと逃げてくれてるわ。きっと」
 言うだけ言うと、シノブは台所へ立った。
 黙って腕組みをしているタキザワと、少ししょげているワクイ。
 その二人をよそに、シロウはただ黙って暖簾の向こうに消えるシノブの背中を見つめていた。

 ―――――― ※ ―――― ※ ――――――

 その後、さらにもう一人。最後の老人が来た。腰の曲がった老人の名はイリエ。
 ちゃぶ台を三人の老人とシロウで囲み、怪獣関連のニュース放送を見つめる。
 イリエが来たのも台所から確認したシノブは、人数分のお茶とお茶菓子のせんべいをお盆に載せて戻ってきた。
「ごめんなさいね、皆さん。ちょっと」
 ちゃぶ台にお盆を置いて、和室の片隅の仏壇に向かう。そして、手を合わせた。
 四人はその間にそれぞれ湯飲みを取って、てんでに茶をすすり始めた。
「……シノブさん、何してんだ?」
 さすがにまともに聞くことではないという空気を感じて声をひそめたシロウの問いに、タキザワが頷いて肩を寄せる。
「十年ほど前に亡くなった旦那さんのタロウさんに祈ってるんだろうよ。イチローちゃんを守ってくださいってな」
「守ってくれと祈る? 死んだやつに?」
「シロウちゃんの星では死んだ人をどう扱うかは知らんが、地球では、人は死んだ後も魂だけになって身近な人を守ってくれると信じられているのさ。それが本当かどうかは別にして、今みたいにどうもこうもしようがない時はみんな祈るのさ。ご先祖様だったり、神様だったりに」
 ふ〜ん、と気のない返事を頬杖をついたまま返したシロウ。
 光の国出身のシロウには理解しがたい感覚だった。
 死とは消滅だ。
 『肉体が生命維持不能なほどに破損された後でも意識だけは保つ』という類の超能力は、ウルトラ兄弟クラスならざらに保持している能力ではあるが、それが使える状態であるということは、そもそもウルトラ族で言うところの死には至っていない。
 ウルトラ族にとっての真の意味での死は、存在そのものが全て回復不可能なまでに消滅することだ。ウルトラの母――銀十字団の奇跡の力を以ってしても、復活不能なほどに。
 地球人は基本的に超能力を持たぬはず。だから生命維持不能なほどの肉体の破損や自意識の消滅は、つまるところ存在の消滅であり、死のはずだ。死を迎え、消滅したものが生者を守るなど、理屈として決してありえない話だ。そんなありえない話にすがる気持ちが、シロウにはわからない。しかもそれが、普通の日常会話の文脈の中で、当たり前のこととして語られるなど。
 ふと、何かに気づいて頬杖を外した。
「ああ、そうか。だからウルトラ兄弟は地球ではありがたがられてるわけか。つまり、実体があって実際に窮地から救ってくれるウルトラマンは、実に便利で頼りになる神様ってことだ」
「そうだな」
 少し複雑な表情ではあるが、一応頷くタキザワ。
「道理ですぐウルトラマンにすがるわけだ。実際に助けてくれるわけだもんな。そりゃ、死んだものにすがるよりよほどご利益はあるだろうよ。おまけにタダだしな」
 あてつけがましく口を尖らせたシロウは、目を細めてワクイを睨んだ。
 ワクイもむっとして睨み返す。
「なんだ。何か言いたげじゃないか、インチキウルトラマン」
「うるせー。てめえの住む星一つてめえの手で守れねえ半端モノが、なーにをえらそうに。悔しかったら、ウルトラマンなんぞいらねーぐらい言ってみろ」
 先ほどちょっと挑発されただけで拳を握ったのとはまったく打って変わって、妙に余裕がある。
 二人の不穏な空気を感じたのか、祈っているシノブの瞳だけがちょっとちゃぶ台の方を向いた。
「GUYSがおる」
 不意に口を挟んだのは、最初にシノブと挨拶をしたきりずっと黙ったままだったイリエ老人だった。
「あ?」
「CREW・GUYSは少なくともウルトラマンのおらんここ数年、しっかりと地球を守ってくれておる。まあ見ておれ、あの程度の怪獣はGUYSが倒してくれよう」
 そこまで言うと、イリエはぐいっと湯飲みをひとあおりして、茶を飲み干した。
 すぐにタキザワが急須からお茶を注ぐ。
「そうですな。GUYSの若者達に任せて待つとしましょう」
「そうだな。……GUYSがウルトラマンより強いとなれば、どこかの性悪インチキウルトラマンモドキ宇宙人も、慌てて宇宙へ戻っていくかも知れねえからなあ」
 お返しとばかりに、シロウへあてつけるワクイ。
 しかしシロウは不敵な笑みを浮かべて返した。
「へ、上等だぜ。ウルトラマン以上の実力があるってんなら、それこそいいデモンストレーションだ。もう一度兄弟どもと対決する前に、行きがけの駄賃としてそのガイズとやら、全部叩き潰してからこの星を出てってやるよ。ウルトラマンの味方は、オレの敵だからな」
「はっはん、若僧が吠え面かくんじゃねーぞ。地球人舐めんな」
「……ワクイさん、いい加減にしてくださいな。これ以上うちのシロウに言いがかりをつけるんなら、もう帰って」
 仏壇の前から戻ってきたシノブの一言に、ワクイはたちまち首をすくめて口をつぐんだ。
 それを見たイリエが笑う。
「ほっほっほ。ワクどんもシノブさんにはかなわんようじゃのう。――お? そろそろのようじゃの」
 一同の視線がテレビの画面に釘付けになる。
 画面の中では海から半身をのぞかせた怪獣の背後を、鋭角の鋭い飛行機体が横切っていた。
「さーて、我らがGUYSの活躍は、どうかのぅ?」


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