ウルトラマンメビウス外伝 RAYGA
第1話 光の逃亡者 その3
GUYSジャパン・ディレクションルーム。
「隕石が落ちたぁ? GUYSスペーシーは何してたんだよ。そういうアブねえ物を迎撃するのも、あちらさんのお役目じゃねーのかよ」
アイハラ・リュウは読みかけの新聞を折って、デスクの上に放り投げた。
あの伝説の戦いを生き抜いた"メビウスの友"が新生GUYSジャパンの隊長に就任して数年。
不満げなアイハラ隊長の目は、オペレート担当要員のシノハラ・ミオに向けられていた。
前世紀なら『教育ママ』の記号的象徴であったような三角メガネをかけ、髪をアップにまとめた女性隊員。その怜悧な横顔から、目元の涼しい美人教師といった趣きの女性隊員は、不満そうに隊長を見やった。
「わたくしに言われても。あ、そのままあちらさんに伝えます?」
「……嫌がらせかよ」
「多分向こうはそう受け取るでしょうね」
「そうじゃなくて、それを言うお前がだっつーの。それで? どこに落ちたんだ?」
「東京奥地ですね」
そう答えたのは、ごつい体格の男。確実にアイハラ・リュウより一回りは大きい。それに年齢的にも。
がっちりした体格からは想像もつかないが、一応分析担当の隊員イクノ・ゴンゾウ。
「侵入角度とレーダーが捉えたデータからすると――」
正面メインパネルに隕石墜落の予想軌道が描き出される。
「この辺り。P地区ですな」
「もう落ちてんだよな? 被害報告とか来てないのかミオ?」
シノハラ・ミオ隊員がコンソールを手早く操作し、ざっと情報を通し見る。
「ありません」
「1件もか? 落下の報告すらないってのか? ゴンさん、民間の天文台とかはどうだ? なんか情報来てないのか?」
シノハラ・ミオ隊員に続けて、イクノ・ゴンゾウ隊員も首を振った。
「連絡も情報提供もありませんな。……こうなると、かえって怪しい気もします」
「だな。――ミオ、定期パトロールの三人を呼び出してくれ」
「G.I.G」
長く美しい指がコンソール情を走り抜ける。
「セザキ隊員、ヤマシロ隊員、クモイ隊員、応答願います」
すぐメインパネルに三人の隊員が現われた。全員ヘルメットをかぶり、狭い空間に身を沈めている。
『こちらガンローダー・セザキです。今んとこ、特に異常ありません。けど……ミオさぁん、いい加減ボクのこと、下の名前で呼んでくださいよ〜』
『ガンウィンガー・ヤマシロ。異常なぁし。そぉよ、ミッちゃん。セッチーの言うとおり、もう少しフレンドリーにいこ? だってあたしたち、戦友じゃない』
『ガンブースター・クモイ。異常なし。オレは別に何でも構わんがな』
『タイっちゃんはこだわりなさすぎだよ〜』
『そうですよ。クモっちゃん。ボクのことはマサチンでもマサボンでもセッチーでも』
『……呼び方はどうでもいいが、できたら統一してくれ』
『じゃー、かえったら作戦会議しよっか。みんなのニックネーム決定会議』
「必要ありません」
手元のモニターから正面メインパネルに顔を上げたシノハラ・ミオ隊員のメガネがぎらり、と光る。
「業務遂行中の馴れ合いは厳に慎むべきです。ヤマシロ隊員の言うとおり、戦友だからこそ弁えるべき礼儀があるはずです。お友達ごっこは気を緩めることになりこそすれ、決してよい結果を生むとは思えません――ですよね、アイハラ隊長?」
急に話題を振られたアイハラ・リュウ隊長は、複雑な表情で小首を傾げた。
「んー……まあ、呼びたいようにすればいいんじゃね? それより、三人とも。東京P地区に怪しげな隕石が落下したらしい。ところが報告が上がってねえ。なんか異常がないかどうか、調べてくれ」
続けてイクノ・ゴンゾウ隊員が付け加える。
「GUYSスペーシーからのデータによると、それなりの質量があるはずなんです。にもかかわらず、落着の衝撃などのデータも採取されていません。隕石でない可能性もあります。十分気をつけて下さい」
ガンウィンガーを操縦するヤマシロ・リョウコ隊員が怪訝そうに顔をしかめた。
『隕石でないなら、なんだっていうの?』
「アーカイブドキュメントを見れば、隕石に擬態して地球へ突入・侵入してきた宇宙船や宇宙怪獣は数多くいます。そういう可能性も頭の隅に入れておいてください」
そして、最後をアイハラ・リュウ隊長が引き取る。
「ともかく、まずは隕石落下の痕跡を上空から探すんだ。――クルー・ガイズ、サリー・ゴー!!」
『G.I.G!!』
画面上の三人は右拳を左胸に当てて応答し、メインパネルから消えた。
「――ミオ、GUYSアローを一機、出せるようにしておいてくれ」
アイハラ・リュウ隊長の指示に、シノハラ・ミオ隊員は露骨に眉をしかめた。
「隊長がお出になるつもりですか? 感心しませんね」
「あ、ミオ。てめー、ひょっとしてオレが現場好きで出て行きたがってるとか思ってね?」
「違うとおっしゃるんですか?」
「たりめーだ。オレは隊長だぞ? あくまで万が一のための準備だよ。相手がなんだかわからないときにはそれなりの準備をしとくべきだろーが。……オレ、間違ったこと言ってるかゴンさん?」
年かさの隊員は、にこやかに笑って首を振った。
「間違ってはいません。ただ、これまでの行動と言動を見ていれば、シノハラ隊員の心配も少し理解は出来ますが」
「どーゆー意味だ、そりゃ」
その時、メインパネルが起動した。
そこにGUYSジャパン総監サコミズの姿が映る。
「リュウ……あ、いや、アイハラ隊長。いたか」
「いたかって……サコミズ総監まで」
「? 何の話だ?」
「あ、いや。こっちの話です」
「そうか。あー……ちょっと、ちょっと。な?」
なんともいえない、ばつの悪そうな顔つきで手招きするサコミズ。
アイハラ・リュウ隊長は小首を傾げた。
「? なんスか?」
「いや、だからな。ちょっと……執務室まで来てくれ。な?」
片手を立てて頼むようなゼスチャーを残して、画面は消えた。
「……なんだ?」
顔を見合わせるアイハラ・リュウ、シノハラ・ミオ、イクノ・ゴンゾウ。しかし、それぞれに小首を傾げるばかりで何も謎は解決しなかった。
―――――― ※ ―――― ※ ――――――
執務室から帰ってきたアイハラ・リュウは、しかし謎が解けたような顔つきではなかった。
腕組みをしたまま首をかしげてディレクションルームに入ってきた隊長に、シノハラ・ミオとイクノ・ゴンゾウは怪訝そうな顔を見合わせた。
「……隊長?」
イクノ・ゴンゾウが恐る恐る訊ねる。
だが、アイハラ・リュウはじっと考え込んでいる。
ふとその顔が上がった。
「ミオ、三人から報告は来たか?」
「いえ、何も。というか、まだ現地到着もしていませんが」
「そうか。……じゃあ、三人を引き上げさせてくれ」
「は? よろしいんですか?」
「どういうことです、アイハラ隊長。サコミズ総監はなんと?」
怪訝さが拭いきれないまま、イクノ・ゴンゾウは身を乗り出すようにして訊いた。
「この隕石の件は、放置していいんだと」
腕組みをしたまま、唇をとがらせたアイハラ・リュウは、自分でも納得できていない様子で答えた。
シノハラ・ミオ、イクノ・ゴンゾウ両名とも顔を見合わせる。
「たまたま地球に来ていたあるウルトラマンが、被害を出させないために処理してくれたらしい。それで落着時のデータも出てないんだとよ」
「そうなんですか? しかし、何でまたウルトラマンが……」
「おう、それならお礼を言いたいって、オレも言ったんだがよ。その当のウルトラマンは別件で立ち寄っただけで、もう地球を離れたんだそうだ」
「……なんか変な感じですね」
シノハラ・ミオの言葉に、イクノ・ゴンゾウも頷く。
「たとえ地面に落ちなかったとしても、大気圏突入し、東京奥地近郊まで来たことはデータによって裏付けられています。アマチュア天文家含めて何人もの人間が、毎晩空を眺めていることを考えれば、目撃情報の一件ぐらいはあってもおかしくないはずですが」
「ああ。オレもそう思う。この件はなんか裏がありそうだ。……ただな、あのサコミズ総監が隠し事をするとは思えねえし、するとしたらよっぽどのことなんだろう。だから、この話はここで終わりにしておく」
「よろしいのですか? あの方は以前、GUYSにいたウルトラマンメビウスの正体を……」
公然の秘密を口にしたシノハラ・ミオに、イクノ・ゴンゾウがしかめっ面を向ける。
だが、アイハラ・リュウはそれを咎める風もなく、遠い目を虚空に向けていた。
「それを言うなら、あの時隊員だったオレたち全員がだ。それに、あの件はあれでよかったとオレは思っている。当事のサコミズ隊長に、オレたちはだまされてたわけじゃねえ。あの人は……オレたちがミライのことを受け入れられるまで、待っていてくれたんだ。初めからミライがメビウスだとわかっていたら、本当にあそこまでの戦友になれたかどうか……わからねえ」
そこで言葉を切ったアイハラ・リュウは我に返って二人を見やり、照れくさそうに笑った。
「まあ、そんなことはどうでもいいじゃねーか。とにかく、オレはサコミズ総監を信じる。ミオ、三人を呼び戻せ」
「G.I.G」
シノハラ・ミオ隊員がコンソールと通信機に向かって操作を開始する。
その時、メインパネルが起動した。
東京湾岸の地図が表示され、その一点に点滅表示が現われる。
「なんだ? ゴンさん!」
「G.I.G」
イクノ・ゴンゾウがその巨体をすばやく自分のパーソナルデスクに身を滑り込ませ、ごつい指先でコンソールを叩く。
「アイハラ隊長、怪獣出現。場所は東京沿岸工業地帯の沖合い……画像出ます!」
現われたのはヒトデを二枚、左右に並べ、その合わせ目にこうもりの顔を置いたような怪獣だった。それが海の中をゆっくりと進んでいる。
「なんだありゃ。不細工っつーか、間抜けっつーか……」
「総本部のアーカイブによると、ドキュメントSSSPに同種族のデータがありますな。レジストコードは……油獣ペスター。石油を主食とし、口から青い火炎放射を吐きます」
「石油が主食だぁ? だから沿岸部のコンビナートを狙ってきやがったのか!」
「隊長、三人をそのまま向かわせますか?」
シノハラ・ミオの確認に、アイハラはしばし考えて首を振った。
「いや。場所が場所だ。ガンブースターだけ一旦帰投させ、化学消化剤弾頭を積み込ませろ。その間の戦力低下は、オレが補う。GUYSアローの発進準備、急がせろ!」
「G.I.G」
「隊長、それなら私が」
石から腰を上げかけるイクノ・ゴンゾウ隊員を、ヘルメットを小脇に抱えたアイハラ・リュウは制した。
「ゴンさんはここに残って、奴の弱点か上陸を防ぐ有効な手を探ってくれ。現場だけで対処できない案なら、ガンブースターに装備追加の上、同乗して飛んできてくれ。頼んだぜ」
「……G.I.G」
頷いて石に腰を下ろす。
アイハラ・リュウがディレクションルームから出て行こうとすると、先にドアがスライドしてトリヤマ補佐官とマル補佐官秘書が入ってきた。
ぶつかりそうになったアイハラ・リュウは寸前で立ち止まった。
「おおっと、トリヤマ補佐官?」
「怪獣が現われたと聞いて飛んできたのだ! どうなっておる!?」
「沿岸部工業地帯沖合いに油獣ペスターが出現。これより現場に急行します。避難指示の方はお願いします」
有無を言わせぬようそれだけ言うと、背筋を伸ばして敬礼を切り、さっさと出て行く。
その後姿をうろたえ気味に見送ったトリヤマ補佐官は、ディレクションルームの中に入ってきてメインパネルを見やった。
「……あれかね。その……ええと、ピストルとか言うのは」
すばやくマル補佐官秘書が耳打ちをする。
「補佐官、ピストルではなくペスターです。ペ・ス・タ・ア」
「ああ、ペスターだな。わかっとる。わかっとるわい。んで、どんな奴なのだ?」
水を向けられたイクノ・ゴンゾウは頷いて、先ほどの説明を繰り返した。
途端に目を丸くするトリヤマ補佐官。
「なんだとぉぉぉぉ!? 石油を食う上に、火を吐くだと!? いかんいかんいかん! いかんぞぉ! 石油は文明の血液! あんな怪獣ごときに食わせるわけにはいかん! まして火を吐くとなれば、危なっかしくてしょうがないではないか!」
「そうですね……事実、ドキュメントSSSPでは、ウルトラマンと交戦する前に自らが起こした火災の熱によってかなり弱っていたような描写があります」
イクノ・ゴンゾウ隊員の説明に、トリヤマ補佐官は疑わしげな顔を向けた。
「自分の起こした火災でぇ? そんな間抜けな怪獣なのか? ……そりゃ楽勝だな。心配することもなかったわい」
「そうですね。十分アイハラ隊長たちだけで対処できることでしょう」
相槌を打つマル補佐官秘書――しかし、それをぶち壊す冷徹な声。
「そうかしら」
シノハラ・ミオだった。
全てを突き刺す冷たい眼差しに、トリヤマ補佐官・マル補佐官秘書ともに思わずたじろぐ。
「わたしには自分の身を危うくすることすら判断できない、無分別な怪獣だと思いますが。人間も同じですが、分別のない者の方が何をしでかすかわからない分、よほど危険な気がします」
「そ、そそそそーかね? ……そーだな。そーだぞ、マル。何をしでかすかわからん奴の方が怖いだろうが!」
シノハラ・ミオ隊員の眼差しを避けるように顔を背け、マルの頭をはたく。
さらに、不満げに口を尖らせるマルの首を抱え、ぼそぼそと囁く。
『……あの女、どーもミサキ女史に雰囲気が似て扱いにくいじゃないか。どーしてあんなのを新隊員にしたんだっ!』
『それが……GUYSメンバー適正試験も学科に関してはほぼ満点、ここへ来る前は某大企業にて社長秘書をしていたほどの逸材との噂も……』
『なーんでそんな大物がGUYSなんぞへ来おったんだ? 給料だって、そっちの方がいいんじゃないのか?』
『その……適正試験を受けた理由はわからないんですが、CRUE・GUYS入隊にはミサキ女史が強く推されたようです。事務処理についてのエキスパートを。実際、事務処理能力ではそのミサキ女史の上を行くとの噂も……』
『ミサキ女史の上!?』
『しぃぃ〜〜っ! 聞こえちゃいますよ!』
トリヤマ補佐官が思わず上げかけた叫び声を、慌ててマル補佐官秘書が制する。
『ばばばば、バカもん! そんなことになったら、わしの立場がますますなくなるではないかっ!』
『……そうですねぇ』
マル補佐官秘書はため息をついた。
『補佐官、ああいうクールな女性に弱いですもんねぇ。いえ、男性的な意味でなく、頭が上がらないという意味で』
『いらんことは言わんでよろしいっ!』
『あいてててててて』
マル補佐官秘書の耳たぶをひねり上げるトリヤマ補佐官。
その背中に、シノハラ・ミオの声が飛んだ。
「トリヤマ補佐官、遊ぶのならディレクション・ルームの外でお願いします。現在戦闘中ですので」
たちまち補佐官は振り返って直立不動になった。
「はははははいっ! ……そうだぞ、マル! 遊ぶなら外へ行けいっ!」
「……私が言われたんじゃないのに……」
しょげるマル補佐官秘書。
そんな二人のやり取りに、シノハラ・ミオは深いため息を漏らしていた。