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ウルトラマンメビウス外伝 RAYGA

 第1話 光の逃亡者 その2

 名実ともに総監職に戻って以来、サコミズはデスクワークに忙殺されていた。
 以前ならミサキ総監代行がその多くを担ってくれていたのだが、エンペラ星人との決戦後は最も被害を受けたのが日本だったこともあって、その仕事量は尋常なものではなくなり、彼女一人では賄いきれなくなっていた。(総監の補佐役ということでは、トリヤマ補佐官もいるが、彼にデスクワークを任せると結果的に仕事が倍になるので、主に広報活動に当たってもらっている)
 結果的に新隊長にアイハラ・リュウを指名し、その座を譲ったことは正しかったと言えるだろう。
 今もサコミズは書類仕事を一つ片付け、一息ついてエスプレッソの香りを楽しんでいた。
『……サコミズ』
 光とともに呼びかけてくる声。
 懐かしさを感じるその声に、サコミズは目を細めた。
 気づくと、いつの間にかGUYSジャパンの総監執務室から光の空間に立っていた。
 正面に立つウルトラ戦士――ゾフィー。
「やぁ。久しぶりだね」
 サコミズが自然に出した手を、ゾフィーも自然に握り返す。
『ああ。久しいな、地球の友よ。突然だが、君に謝らねばならない』
「謝る……? 君が? 何かあったのかい?」
 歴戦の勇士の謝罪に、握手の手をほどいたサコミズは困惑げに眉をひそめた。
『実は……メビウス――ヒビノ・ミライが負傷した」
「ミライが?」
 さらに困惑が深まる。
 ウルトラマンメビウス。地球での仮の姿はヒビノ・ミライ。
 サコミズの部下にして、あの激戦をともに潜り抜けてきた戦友。だからこそ、彼がそう簡単に誰かに倒されはしないことをよく知っている。
「しかし、君がわざわざ謝りに来るということは、それほど……」
『油断したところを背後からやられたのだ。……ウルトラ族の若者に』
「ウルトラ族の?」
『暗黒大皇帝エンペラ星人との死闘を制したメビウスの勇名は、今や銀河に響き渡っている。……ウルトラ族の中に、その勇名に反発する者がいたのだ』
「……ミライを倒して名を上げてやろうと?」
 頷くゾフィーに、サコミズは思わず失笑した。
「いや、ごめんごめん。まさか人間の中にいるようなはねっかえりが、ウルトラ族にもいるとは思わなかったんだ。それで……ミライの容態は?」
『幸い、怪我の方はしばらく休めばすぐに治る。光の国にはウルトラの母もいる。……それで、謝らねばならないことがもう一つある』
「なんだい?」
『メビウスに怪我を負わせたその者が、どうやら地球に潜伏したようなのだ』
「へえ。……と言うことは、君が追ってきて、見失ったのかい」
『面目ない』
「いやいや。責めてるわけじゃない。それで?」
『実は、このまましばらく様子を見たいのだ。それを許してもらいたい』
「へえ?」
『地球はこれまで数多くの弟達に様々なことを教え、育ててくれた奇跡の星だ。ここで暮らし、人間達の懸命に生きる姿をその目で見ることで、彼の中の何かが変わるかもしれない』
「わかった」
 サコミズは即答した。
「君がそう言うのなら、僕もしばらく様子を見ることにしよう。だが……危険はないのか?」
『もしも彼が地球の人間に対し危害を加える存在となったなら、遠慮なく倒してくれて構わない。……だが、万が一に備えてこちらでも兄弟を一人、派遣しておこう』
「ミライかい?」
 ゾフィーは首を振った。
『いや。彼はまだ地球には来られない。だが、地球と人間のことをよく知るウルトラマンだ。その名は――』

 ―――――― ※ ―――― ※ ――――――

「――……総監。総監、起きてくださいサコミズ総監」
 涼やかな女性の声で、サコミズは我に返った。
 目の前にはミサキ女史。
 デスクの上に目をやれば、まだ湯気の立っているエスプレッソ。それほど時間は経っていないらしい。
「……総監、お疲れなんですか? お休みになります?」
 少し眉をひそめているミサキ女史に、サコミズはにこやかに笑った。
「いやいや。違うんだ。不意の来客があってね」
「来客?」
 ミサキ女史は不思議そうな顔をして、背後の扉を見やった。
「来客の訪問は聞いておりませんけど……どなたが?」
 ふと考え込む。
「……そうだな。君にだけは話しておいた方がいいかもしれないな」
「?」
 不思議そうに首をひねるミサキ女史に、サコミズは今あったことを話し始めた。

 ―――――― ※ ―――― ※ ――――――


 薄暗い夕暮れ時。
 しゅうしゅうと煙を噴き上げる大地。
 しかし、黒く焦げてえぐれた跡は半径数m程度、辺りの木々もほぼ無傷だった。
 やがて、藪を掻き分けて人影がその現場に近づいてきた。
 その人影は、現場を見るなり、
「あら、まあ」
 と漏らした。
 そして、えぐれた大地の中心部でうずくまる、銀と青の身体を持つ存在に声をかけた。
「あなた、大丈夫? ……なんだかとっても大丈夫じゃないみたいだけど」

 ―――――― ※ ―――― ※ ――――――

 六畳の和室に布団が敷かれていた。
 縁側のサッシ越しに見える空は初夏の眩しい青。白い雲がぽっかり浮かんでいる。
 銀と青の身体を持つ宇宙人は、布団に寝かせられていた。
 枕の傍には水を張った洗面器が置かれ、額に濡れた手ぬぐいが当てられている。
 不意に、それまで消えていた目の光が点灯した。
 むっくり身を起こすと、左右を見やり、自分の状況を確認して――凍りついたように動かなくなった。
 不思議そうに掛け布団をめくり上げ、額に張り付いた手ぬぐいを剥がし、握り締める。
 そこへ、誰かが入ってきた。
「あれあれ、気がついたかい。よかったよかった」
 それは地球人の女性だった。年の頃は50代から60代だろうか。丸っこい身体つきで、にこにこ笑っている。
「でも、もう少し寝ておいた方がいいんじゃないかね」
『……ジュア、ジェアァッ!!』
 手ぬぐいを握り締めたまま話そうとして、通じないことに気づいた宇宙人は首を左右に振った。部屋の中を見回して、タンスの上に飾ってある写真立てに気づく。
 それは家族写真らしかった。男性4人女性1人が写っている。女性は目の前の彼女らしい。彼女が腕を絡めているのが夫らしく、残りの男性の中ではもっとも年かさがある。となると、あとの三人は子供か。
 宇宙人はその中の一人、一番若く見える少年を凝視すると、次の瞬間、光を放ってその少年に姿を変えた。年は17、8。末っ子なのか写真では柔和で幼さの残る顔つきの少年だが、宇宙人が化けたその少年は、目じりを吊り上げた少しキツそうな印象に変わっていた。
「あれまあ」
 驚く女性に向かって手ぬぐいを握り締めた拳を突き出し、少年は叫んだ。
「おいこら、ババア! 宇宙人のオレがこんなもので良くなるわけないだろうがっ!! なに考えてんだ!」
「なに考えてんだも何も、他にしようがなかったんだからしょうがないじゃないのさっ!!」
 むっとした顔つきで怒る女性。その勢いに、少年は気圧された。
「……お……う……」
「それにね、ババアって言うんじゃないよっ! わたしにはオオクマ・シノブって名前がちゃんとあるんだ!」
「オオクマ・シノブ? ……だったらどうした、オレの知ったことか」
「ぎゃあぎゃあ喚くんじゃないよ! 最近のウルトラマンってのは命の恩人に礼も言えないのかいっ!!」
「うるせえ! オレはウルトラマンじゃねえし、助けてくれって言った憶えもねえ!」
 途端に、シノブはきょとんとした顔になった。
「……あんた、ウルトラマンじゃないの? ずっと前にテレビで見た青いウルトラマンに似てたから、あたしゃてっきり……。じゃ、どこの星の人?」
「それは……」
 痛いところを突かれて口ごもる。
 そのとき、天の助けのように縁側に人影が現われた。それも一人二人ではなく、ぞろぞろと。
「おーい、オオクマさん。彼の様子はどうだね?」
「シノブさん、あのウルトラマン目ぇ覚ましたかい?」
「昼休みなんでちょっくら寄ってみたんじゃが」
 体格のいいのと、太ったのと腰の曲がったのの、じーさん三人組。
 続いて中年女性が二人。パーマの茶髪で少し派手目の中年女性と、エプロン姿で黒ぶちメガネの中年女性。
「あら、もう起きてるじゃない」
「あれ? ウルトラマンじゃないわ? ええと……あれ? サブちゃん?」
 エプロン黒ぶちメガネの女性の疑問に、シロウと同い年ぐらいのカジュアルな格好をした青年が答える。
「サブちゃんはこんなに目つき悪くないって。あのウルトラマンが化けたんだろ? ほら、前にテレビで言ってたじゃん。ウルトラマンは人間の格好で紛れ込んでるって」
「化けたって言うな。タヌキやキツネじゃあるまいし。変身したっていうのよ。ねえ?」
 青年に肘鉄食らわしたのは、ブレザー姿の少女。
「ねえねえ、お兄ちゃんウルトラマンなんだよね。変身して変身して? シュワーッチ!」
 ランドセルを背負った幼い男の子。
 まさに老若男女。じーさんに近所の奥さんに若者に娘に子供に……。
 勝手にサッシを開けて覗き込み、口々に好き勝手なことを連発する連中に、若者は呆気に取られていた。
 その隣に座っているシノブはニコニコ微笑んで、頷いていた。
「えぇえぇ、この子が昨日皆さんで運んでいただいたウルトラマンなんですよ。さっきこの姿に変身してくれましてねえ」
 全員が好奇の光に目を輝かせ、へええ、と感に入った声をハモらせる。
「なんにせよ、ともかく無事でよかった。で……ええと……」
 代表して締めようとしたわりと体格のいい白髪頭の老人は、若者に手を差し伸べて首を傾げる。
「お名前はなんて仰るんで?」
「サブローにーちゃんに似てるから、シロウでいいじゃん」
 横から口を出したのは子供。
 しかし、老人は顔をしかめた。
「いやでもな、失礼だぞ。本当の名前があるんだろうし」
「シロウでいいさ」
 若者はぶっきらぼうに言い捨てた。
「それで我慢してやる。本当の名前を明かす気はねえよ」
 そして、若者シロウはオオクマ・シノブを見やった。
「おい、ババア。よく聞け。さっきも言ったが、オレはウルトラマンじゃない。ただの逃亡者だ。ちょうどいいからここで厄介になってやるが、一つだけ言っておく。――てめえらにもだ」
 じろりと鋭い目つきで野次馬連中を見渡す。
「オレの正体は誰にも言うな。この星の防衛隊にもだ。もしウルトラ兄弟や防衛隊の連中がオレを捕らえに来たりしたら、この場で巨大化してこの町をめちゃめちゃにしてやる。……くっくっく……なぁに、そんなに長居するつもりはねえ。しばらく休んでエネルギーが回復したら――」
 ばこん、と少々間抜けな音を立ててシロウは後頭部を叩かれた。
「つ……」
 振り返ると、シノブがお盆を片手に振りかざしていた。そして、その振り返ったところへ二発目が額に。
「な……なにすんだ! このバ――」
「ババアじゃないっ!!」
 中年女性とは思えぬ一喝に、シロウは思わず首をすくめた。
「あんたがここで暮らしたいなら、それはいい。あたしを呼ぶのにかーちゃんでもおばさんでもいい。けどね、ババアなんて呼び方だけは許さないよ。あたしだけじゃない、みんなにもだ。それから、妙な脅しをかける前にみんなにお礼を言いな。裏山に落ちてたあんたを、あたし一人じゃ抱え切れなくて、ここのみんなが担いでくれたんだからね」
「そ、そんなことオレは……!」
「言・い・な!」
「……ぐ……」
 これまで感じたことのない、得体の知れない気迫に気圧され、シロウの頬が引き攣る。
「ほれ、みんなに向かって正座して! しっかり頭下げるんだよ!」
 埒が明かないと思ったのか、シノブは隣に移動すると、太腿やお尻をひっぱたいてシロウを縁側に向けて正座させた。
 そして、そのままシロウの後頭部を右手でつかんで、押さえ込む。
「皆さん、お世話になりました。この度うちの新しい息子となりましたシロウです。――ほら、あんたもお礼を言って」
「だからオレは」
「言・い・な・さ・いっ!!」
 横を向けば、なぜか口応えする気を失くす怒りの表情。
「……………ぅぅぅ………はい」
 シロウはついに諦めた。
「……あ、ありがとうございました……」
 それまでシロウの脅しに沈黙していた縁側の連中は、途端にどっと笑った。
「いやいや、いいんだよ。困ってる時はお互い様さ」
「シノブさん、新しい息子はちょっと手を焼きそうだねぇ。かっかっか」
「まあでも、三人を独りで立派に育てた肝っ玉母さんじゃからの」
「オオクマさん、困ったことあったら相談してね」
「シロウちゃんも、あんまりゴンタしちゃダメよぉ」
「シロウ君シロウ君、君と色々話したいことがあるんだ。宇宙のこととか」
「シロウさん、学校とか行くんですか? 来るならうちの高校に来ませんか?」
「シロウ兄ちゃん、遊んで遊んで!」
「――だーっ、もーシローシローうるせー!!」
 てんでばらばらに喚く声に耐え切れなくなって、シロウは頭を押さえつけるシノブの手を振り切り、叫んだ。
「散れっ、散れ散れ散れっ!! これ以上ガタガタ喚きやがると取って食っちまうぞ!」
 瞬時に静寂が訪れた――と思いきや、すぐに爆発するような笑いが弾けた。


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