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ウルトラマンメビウス外伝 RAYGA

 第1話 光の逃亡者

 地球より離れること数光年の虚空。
 銀河の回転に合わせてただ浮遊しているだけの岩と氷の塊が漂っていた。
 主たる恒星を持たぬゆえに惑星とは言えず、兄弟たる惑星を持たぬゆえに衛星とも呼べぬただの塊。
 恒星の輝きも惑星の反射光もなく、ただ闇と冷気が漂う世界。
 闇の中、幾多の衝突と幾多の変動により生まれた、露出した岩と氷による鋭い剣の見本市。
 かすかにまとう大気の流れが吹き寄せる砂埃――否、それは漂うガスの揺らぎに過ぎないのか。
 瞬きもせぬ星々の微細な輝きだけが、生あるものを寄せつけぬ荒涼たるその面を見つめていた。

 と、永劫の静止と静寂の中に一筋の変化があった。
 星空を切り裂いて走る流星。
 それは不思議な軌跡を描いてその岩塊に近づくと、屹立する岩と氷の槍・剣の切っ先を器用に躱し、まるで鳥が滑空しながら着地するかのような優雅さで深い谷間に落ちた。
 いや、落ちたにしてはあまりに静か。
 派手な落着音も、運動エネルギーを減衰させる対価として噴き上がるはずの噴煙も、塊を震わせる震動さえも発生しなかった。

 しばらく。

 再び、岩と氷の塊は静謐の中に沈んでいった。

 ―――――― ※ ―――― ※ ――――――

 闇の中に四つの光点が浮かんだ。
 ちょうど流星が消えた辺り。
 最も高い位置にある光は緑。その下で左右に並ぶ光が白。そして、一番下で輝くのが青。
 生物が息づくかのように、わずかに動くその輝きは、落ちつかなげにあっちを向いたりこっちを向いたりしていたが、やがて意を決したように闇の中から進み出ていった。
 深い闇に包まれた谷間から、姿を現わしたのは――巨人。
 銀色を基調に、黒とダークブルーのラインが入ったその姿は、銀河に名高いウルトラ族の姿だった。
 闇の中で輝いていたのは、その目と額のビームランプ、そして胸に輝くカラータイマーだった。
(無駄だ)
 静謐に沈む岩塊に響き渡る、深く静かな声。
 谷間から出てきたそのウルトラ族は、その声を聞いた途端、何かを恐れるように左右を見回した。
(その程度で私を撒くことは出来ない)
 より明瞭に響くその声に、顔を上げる。虚空に、別のウルトラ族が立っていた。
 銀を基調に赤い模様を刻んだその姿。肩と胸に並ぶ星を模した印は、並ぶ者なき勇士の証。

 光の国の宇宙警備隊隊長ゾフィー。
 
 ゾフィーを見上げるウルトラ族に、隠しもしない脅えが走る。
 宇宙警備隊の大隊長ウルトラの父を除けば銀河最強とさえ噂される相手を前にすれば、ウルトラ族ならばこそ、恐れを抱かざるを得ない。
(さあ、もう無駄なことはやめて光の国へ帰るのだ。お前は、自らのしたことの裁きを受けねばならない)
 言いながら、ゆっくりとゾフィーは降り立った。
 相対するウルトラ族は、何かを振り払うように首を激しく左右に振ると、掌を広げた両手を突き出し、腰をわずかに落とした。格闘戦の初手に力比べを挑むかのようなその体勢に、ゾフィーはしばし沈黙した。
(……愚かな真似はよせ。お前と私では、勝負にならない)
(やってみなければ、わかるものか)
 初めて、そのウルトラ族が声を出した。若く、無分別な叫び。
(オレは、あの暗黒大皇帝エンペラ星人を倒したウルトラマンメビウスを倒したんだ。オレを……なめるなよ)
 ゾフィーは首を振った。
(不意打ち、だまし討ちで得た勝利になど意味はない。宇宙警備隊に憧れるのなら、その程度の分別は持て。それに、メビウスがやられたのは最後までお前を信じていたからだ)
(要するに、甘ちゃんなんだろ)
 含み笑いを漏らしながら、ゆっくりと横へ移動してゆく。足跡がゾフィーを中心にした円弧を描く。
(くくく……オレは正義だとか悪だとかに興味はない。絆? 友情? 馬鹿馬鹿しい。オレは面白おかしく生きられればいいのさ。宇宙警備隊に憧れる? 笑わせるな。ウルトラ族の若者が、皆お前達兄弟を眩しい目で見ているなどと思うなよ。オレにとっては、お前達など……)
 不意にそのウルトラ族は黙り込んだ。しかし、無言の怒気はさらに膨れ上がる。
(どうしてもやるのか)
 冷徹なまでのゾフィーのその確認に、ウルトラ族の若者がびくりと震えた。
 戦いを避けられないことへの諦めとか、悲哀とか、そんなものは微塵もない。ただ、戦士として最後の確認をしただけ。
(うおおおおおおおおおおおおおおおおおっっ!!)
 若者は恐れを振り切るように雄叫びをあげて、ゾフィーにつかみかかった。

 突き出された両手を、同じように突き出した両手でがっちり受け止める。
 両掌同士を合わせた力勝負――は、一挙に崩れた。勝負どころではない呆気なさで。
 手を合わせた瞬間に若者の膝が落ち、雄叫びが途切れた。
 ゾフィーにさほど力を入れているような素振りはない。
(ぬ、ぬううううううう、さすがは宇宙警備隊隊長!)
 吐き捨て際に、両腕の力を抜き、つんのめるゾフィーの脇腹を狙って左足で回し蹴りを――
 ゾフィーは崩れなかった。
(な……)
 とっさに左手を引き剥がされた。自由になったゾフィーの右腕が蹴りを受け止め、流す。引き剥がされた勢いで若者の体がくるりと回る。その動きをまた、実にうまく誘導して――
 若者は空中で見事にスピンして、地面に叩きつけられた。
 空気投げ。
 自分の力で投げるのではなく、相手の力をうまく利用して、ほとんど触れずに相手を倒す技。おのれと相手の重心を自在に操る達人だけが使える技だ。
(ぬうっ……とぉっ!!)
 地面を殴りつけて立ち上がった若者は、構えもばらばらにゾフィーへ殴りかかった。
 拳闘の基本など一切無視したケンカ殺法。力任せに拳を振り回し、蹴り上げ、つかみかかる。
 しかし、その攻撃の全てを歴戦の勇士はまるで出す前からわかっているかのように防ぎ、受け止め、流し、制する。
(く……この野郎……っ!!)
 肉弾戦ではかなわぬと見た若者は、額に右手をかざした。その右手を素早くゾフィーに向ける。すると、額のビームランプから白い矢が飛んだ。
(むぅっ!!)
 ゾフィーが側転をして躱す。外れた光の矢は地面を穿ち、粉塵を巻き上げる。
 若者は続けざまに光の矢を放った。
(そらそらそらそらっっっ!!)
 それに合わせて続けざまに側転を繰り返し、躱すゾフィー。
 やがて、その進路は谷から続く壁のような岩塊に阻まれた。立ち往生して、ひとしきり周囲を見回すゾフィーへ向けて、さらに多くの矢が放たれる。
(はっはっはー、どうだどうだどうだどうだ!!)
 体の前で腕を交差させ、身を屈めて防御姿勢を取るゾフィーの周囲で爆発がとめどなく続き、その姿が爆炎と立ち込める粉塵の中に消える。
(とどめだ!!)
 叫ぶなり、若者は一歩飛び退った。そして、構えを取る。
 両腕を真左へ。そして力を込めつつ右へと大きく旋回させる。蒼白い閃光がその軌跡に沿って発生し、右腕が仄かに光り始める。
 そして、最後に右肘をたたんで腕を立てつつ体の正面へ戻し、その中ほどに左拳を――
 その動きが止まった。
 粉塵の中から突き出した、銀色のもの。
 まるで敵に突きつけた剣の切っ先のようなそれは、ゾフィーの右腕。
 粉塵が晴れてゆく。
 ゾフィーは無傷だった。指先まで綺麗に揃えた右腕を真っ直ぐ若者に向けて伸ばし、左腕を水平にして胸の前に。左手の指先は、右腕の肘に添えられている。
 その構えこそ、宇宙警備隊最強を謳われる究極の光線・M87光線の構え。本気で放てば星が消し飛ぶ、とまで言われるその切っ先が、今、こちらを向いている。
 若者は凍りついた。
 おのれの放とうとしている光線で、果たしてその噂の最強光線を跳ね返せるか。

 いや、噂は噂。ゾフィーの光線がそれだけの威力を持っているのなら、あの暗黒大皇帝もゾフィー一人で倒せばよかったのだ。メビウス・ヒカリと共闘し、さらには地球人の妙なテクノロジーを借りてようやく勝てたというのだから、それほどではないのかもしれない。
 だが、その一方でゾフィーは本気で放てば星をも砕くその光線を、常にセーブして使っているという。そこに生きる者たちを無用に傷つけぬために。
 今、ここにいるのは自分だけ。足元にあるのはかなり大きくはあるが、ただの岩と氷の塊。セーブする理由はない。
 もし、あの噂が本当なら……自分は消し飛ぶ。

 恐れが若者を封じていた。
(……どうした。撃たないのか)
 ゾフィーの声に、垂直に立てた右腕の腹に押し当てようとしている左拳が、びくりと震えた。
(き……貴様こそ。なぜ撃たない)
(お前が撃てば、撃つ。拳には拳を、技には技を、光線には光線を)
(回りくどいことを……そうまでして、自らの優位を誇りたいか)
(そうではない。我々の力は守る力だ。戦わずしておのれの未熟を悟り、拳を納めるならば、それ以上戦う意味はない。そしていつでも敗北は、おのれで悟るものだ)
(オレは……まだ負けてなどいないっ!!)
(ならば撃つがいい。その身に敗北を刻んでやろう。……私は、メビウスほど優しくはないぞ)
 ゾフィーの指先から放たれる鋭利な刃物のような気配。それは紛れもない殺気だった。狙われているカラータイマーが凍り付いてゆくようだ。
(……クソッたれがぁっ!!)
 若者は吼えて、左拳を右腕の腹に押し当てた。垂直に立った右腕から白い帯状の光線が放たれ、ゾフィーの足元に炸裂した。
 先ほどの白い矢とは比べ物にならない爆発が起き、ゾフィーの姿がその向こうに掻き消える。
 初めから狙いを外すとわかっていたのか、ゾフィーはM87光線を放たなかった。

 ―――――― ※ ―――― ※ ――――――

 ゾフィーの足元を大きくえぐった爆発が収まり、粉塵が消えた時、若者の姿は消えていた。
 辺りを見回す。ゾフィーの目を以ってしても、若者の姿は見当たらなかった。この距離で姿を隠せるほどの移動といえば、一つしか方法はない。
(……テレポートまで使えるのか。才能だけは大したものだ)
 もう一度辺りを見回して、ゾフィーは両手を頭上に掲げ――無限の虚空へと飛び上がった。

 ―――――― ※ ―――― ※ ――――――

 虚空。
 岩の塊さえもない、虚空に若者は一人浮いていた。
 自分がどこかへ流されているのか、それともただその場に動くこともなく浮いているだけなのかすらわからない。
 疲れ果てていた。
 瞬間移動=テレポートは多大なエネルギーを消費する。
 訓練を受けていない者ならなおのこと、その消費量は尋常ではない。下手をするとこのまま消滅してしまう可能性さえある。
(く…………そ………………消え……て……たま…………る、か……)
 震える腕を差し伸ばす。
 つかみ取ろうとするかのように広げた手の先に、美しく輝く水色の惑星があった。


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