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The Last Hope 〜滅び行く星の果てで〜 (中編)


 夜半過ぎ。
 廃墟の中に、炎の明かりが揺れる。
 見渡す限り地上に他の光はなく、ただ天上に星々がきらめき、三日月が浮かんでいるばかり。
 虫の音も聞こえない。ただ聞こえるは、携帯トーチから噴き出すガスが燃える音と、上空を噴き行く風の音ばかり。
 男は一人、マグカップに口をつけていた。中身はインスタントコーヒー。
 不意に、呻きとともにトーチの向こう側に寝かせていたペイルウィングが目を覚ました。
 頭を振り振り起き上がった彼女は、傷が痛んだのか、顔をしかめて動きを止めた。
 まだ半分寝ぼけたような、とろんとした目つきが辺りを見回し、携帯トーチに目を止め、次いで陸戦兵に移り、最後に自分の状況を確認した。
 下着姿で、毛布一枚だけ。身体のあちこちに湿布が貼りつき、包帯が巻きついている。特に制服から露出していた肩から上腕、そして太腿は完全に地肌が隠れていた。
 緩やかに吹く風に揺れる前髪が気になったのか、手を額にやる。指先が額に巻かれた包帯に触れ、ヘルメットをかぶっていないことにも気づいた。
「悪く思うなよ? すげえ火傷と怪我だったんだからよ」
 コーヒーを煽りながら、陸戦兵は悪びれずに言った。
「ま、援護したお礼に見せたと思って、気にすんな」
 いつもは無言無表情でもやはり女なのか、ずり落ちかかった毛布の前を掻き抱いて胸元を隠す。
「……私の装備は?」
 陸戦兵は自分の足元を指差した。ペイルウィングがそちらに目をやると、ヘルメットが置かれていた。見る限り、破損箇所はない。
 不審げな表情を浮かべる彼女に、陸戦兵は傍にスプレー缶を置いた。
「とりあえず、持ち合わせのリペアスプレー全部使って、復旧しておいた。制服の方は、今戦車の中でアーマーエネルギーをチャージしてる。朝には回復してるだろう」
 陸戦兵のそつのない事後処理振りに、ペイルウィングは済まなそうにうつむいた。
「……そうか。世話をかけた」
「メシ、食えそうか?」
「ああ、いただく」
 差し出されたレーションを受け取ったペイルウィングは、すぐにそれを開けて食べ始めた。

―――――――――――― * * * ――――――――――――

「で? やっぱり、東京に行くのか?」
 食事が終わって、差し向かいでのコーヒータイム。陸戦兵が、ぽつりと漏らした。
「………何か問題が?」
 顔すら上げない。毛布で身体を隠したまま、両手でマグカップを包むようにして持っている。
 陸戦兵は、唇をへの字に曲げた。
「あの通信を聴いたのは昨日、いやもう一昨日か。もう二日経った計算になる。……【奴】がいるにせよ、いないにせよ、もう決戦は終わっちまってんじゃないか、と思ってさ」
「それは、東京へ行かない理由にはならない」
 マグカップをひとあおりして、続ける。
「決戦に間に合わせるために東京へ行くわけじゃない。【彼】に会うために行くんだ」
「決戦は終わってるかも知れんぜ? 人類側の無惨な敗北でな……あれからまったく広域通信が入って来ないのは、東京の臨時本部がやられっちまったからじゃないのか?」
「根拠のない、ただの推測だな」
「そりゃま、そうだが……」
「たとえ、お前の言う通りだとしても……そこに【彼】がいるかもしれないのなら、私は行きたい。行かねばならない」
「そればっかりだな。そんなに惚れ込んだかね。それとも、憎悪だったりしてな? あー。そういや、そもそも奴と会ったことでもあるのか?」
 カップを空けた陸戦兵は茶化すように笑いながら、新しいコーヒーを注いだ。
 ついでにペイルウィングのカップにも注いでやる。
「会ったことは、ない」
 包帯を巻いた頭が軽くうつむく。お礼に頭を下げたのか、問いの内容にうつむいたのかはわからない。
 ペイルウィングはそのまま、マグカップの中を覗き込んでいた。
 湯気の立つ黒い水面に映る無表情が揺れ、歪む。
「――前の戦いの折、私はオペレーターだった」
 陸戦兵は片眉を上げたが、口はつぐんだ。
「たくさんの隊員を送り出し、たくさんの隊員を見殺しにした。家族はジェノサイドキャノンに焼かれ、友人知人は残らず行方不明……戦いが終わり、生き残りはしたが、それだけだった。生きているのが辛かった。人は、自分を知る者がいてこそ、人らしく生きられるのだと痛切に思い知らされた」
「……オペレーター仲間は?」
「仕事仲間さ、しょせんは。私が生きてきた証しを、彼らは知らない。私は……EDF入隊前の、過去の自分を全て失った。だから、ペイルウィングに志願した。戦闘マシーンになることで、私の中の人間性全てを殺し尽くしてしまおうと……人でなくなれば、あるいはもう死んでしまえば、こんな心の痛みは、孤独は感じずに済むだろうと……」
 カップを煽る。吐き出したものを、再び飲み込むように。
「ただ……一つだけ、どうしても気になることがあった。【彼】のことだ」
 陸戦兵は再び顔をしかめた。話のつながりがわからない。
「オペレーターをしていた私は、常々【彼】に関する通信、【彼】に関する噂をよく耳にしていた。前大戦後期から戦後にかけて、【彼】がどう呼ばれていたか知っているか?」
「……人類最強の兵士? 切り札、とか? 救世主とか、英雄ってのもありそうだねぇ」
「【化け物】、だよ」
 ふと上げたペイルウィングの眼が、妖しげな光を放っていた。
 憎悪と憤怒と哀しみと憧れとをまぜこぜにしたような、見るものの背筋を寒からしめる鈍い輝き。
「命懸けで戦いながら、仲間に【化け物】呼ばわりされ、上司すら畏怖に声を震わせる……そんな境遇に置かれながら、なぜ【彼】は戦えたのか。守るべきものがあったから? それは家族や知人? それとも、自分を【化け物】呼ばわりする仲間? あるいはEDF隊員としての責任感? この地球を守りたいという思い? やはり人は、そういうものがなければ戦えないのか? では、その後は? 戦いが終わり、化け物の力を必要とされなくなって、【彼】は何を考えた? 独りだった? 独りだったなら、どうやって生きる意志を繋いだ?」
 矢継ぎ早に発される問い。
 陸戦兵は彼女から目を逸らし、彼女と同じようにマグカップに目を落とした。
 この問いは、自分に向けられたものではない。
 いや、これは会話ですらない。自分は、答える術も資格も持たない、ただの聴衆に過ぎない。
 そんな思いを知ってか知らずか、ペイルウィングは目を上げた。
「私は知りたい。【彼】の思いを。私はどうすればいいのか。どんな答であれ、それを聞かない限り……私は前に進めない」
「【彼】が……答えてくれると思うか? 俺が聞いたって、そいつは……ひどく難しい問いだぜ? 実に……そう、哲学的で、観念的だな。答があるとは思えないがな」
「かもしれない。だが……答をくれぬなら、それはそれで一つの答なのだろう」
「やれやれ」
 陸戦兵は軽く肩をそびやかして、マグカップを脇へ置いた。
「まるで恋する乙女だな。そのくせ、話の中身は禅問答と来た」
 ぶつくさぼやきながら、自分の毛布を取り出し身体に巻きつけて横になる。
「ったく……今や世界が終わる、明日にも二人とも死ぬかもって時に、男と女が一組いて、なんでそんな色気の欠片もない話になるかね」
 カップに口をつけていたペイルウィングの瞳がふと、自分に背中を向けて横になった男の背に注がれる。
「……なんだ。私を抱きたかったのか?」
「最初はな」
 むすっとした声だけが返ってきた。
「今はそんな気分じゃねー。こう見えても、俺は繊細なんだ。自分に気のない女は抱けねー」
「奇遇だな」
 女はくすりと笑って、マグカップを脇に置いた。
「私もお前には抱かれる気にならない」
 手を伸ばして携帯トーチの火をしぼり、自分も横たわる。
 ふと、身体を走る痛みに顔をしかめた。肩に巻かれた包帯に改めて目を止め――付け足すように呟く。
「……いい奴だとは思うがな」
   その後、二人は一切会話を交わすことなく、眠りの中へと落ちていった。

―――――――――――― * * * ――――――――――――

 翌日。
 早朝から無限軌道が轟音を上げ、峠を走る。
 山の中のせいか、アスファルトはさほど荒れていない。しかし、無限軌道の震動は健康体であっても堪える。怪我をしている者なら、尚更だ。
 そのためか、出発して以来、二人は一切言葉を交わさなかった。
 山をいくつか越えて行くうちに、無線が反応し始めた。
『――ザザッ……この地に集まったE……員諸君に告ぐ…………最後の戦い……』
 すかさず陸戦兵は、ヘルメットの通信機を入れた。
「おい、通信だ。聞こえたか?」
『聞いた。まだ、始まっていないようだな』
 わずかな安堵の気配に、陸戦兵の胸中は複雑だった。
 ただ、声の調子を聞いた限りでは、昨日の怪我の後遺症はさほど感じていないようだ。
 なるほど、並のペイルウィング十人分とか、クィーン・ビーと呼ばれるだけのことはありそうだ。
(……こりゃあ、こっちの方が先にイカれるかな……)
 片手で運転しながら、陸戦兵はもう片手で胸を押さえていた。
 彼女の前では隠し通してはいたが、昨日から鈍い痛みが続いている。あの無茶なスナイパーの反動で何度も吹っ飛ばされた後遺症だ。
 無限軌道の振動が胸の内部を侵蝕しているかのように、その痛みはだんだん強くなっていた。
『あと、どれぐらいだ』
「わからん。戦前みたいに衛星ナビで地形を見ることも出来んし、今ここがどの辺りなのかも実はよくわからん。こちらから通信できりゃあいいんだがなぁ」
『わかった。そちらは運転に集中しろ。通信は私がやる』
「あ、ちょい待ち。悪いが、もしつながっても俺のことは秘密で頼む」
『なに?』
「俺は、戦闘に参加するつもりはねーからよ。この山地を越えるまでは送るけど、その先は――」
『そうか。了解した』
 そうして、しばらくペイルウィングの呼びかけを耳にしつつ、ギガンテスの山中行は続いた。

―――――――――――― * * * ――――――――――――

『ダメだ。届かない』
 二十分ほども呼びかけた末に、ペイルウィングはあきらめの声を吐いた。
 陸戦兵の胸をよぎる、安堵めいた思い。
「まー、山ン中だしな。ヘルメットの通信機出力じゃ、届く範囲も知れてるし……。ともかく、向こうの状況はわかるんだ。焦っても仕方なかんべ?」
『だが、できれば、戦いが始まる前に到着したい。戦いが始まってしまえば……話を聞けぬままに終わるかもしれない』
 そこに含まれた焦燥の色に陸戦兵は、そう焦るなよ女王陛下、と通信機を切ったまま呟いた。
 その時、再び通信機からオペレーターの緊迫した声が響いた。
『――空間に異常!』
 慌ててギガンテスを止める。
 ハッチから顔を出すと、ペイルウィングも緊迫した面持ちでヘルメットの耳の辺りに手をやって、こちらを見ていた。
『上空に高エネルギー反応、収束! 質量はなし! ――間違いありません、敵浮遊都市出現の前兆です!』
『EDF各員、戦闘配備!! 来るぞっ!!』
『ペイルウィング各員は、プラズマユニット起動! いつでも動けるようにしておきなさい!』
『エネルギーさらに上……ザザアッ……ザ、ザーーッ……空間のゆが……ザ……はっせ……』
 通信が乱れる。おそらくは浮遊都市出現の前触れに収束する高エネルギーのおかげで、通信電波が撹乱されているのだろう。
 しかし、その乱れもすぐに終わった。
『……エネルギー反応、反転! 急速低下っ! 質量増大! ――来ますっ!!』
 二人は顔を見合わせたまま、息を呑み――申し合わせたかのように、同時に東京の方角を見やった。
 しばらく通信が沈黙する。途絶したのではなく、沈黙していた。かすかに聞こえる、いくつものため息。
『大きい……こんなの……』
 呟くオペレーターの声が、恐怖に震えている。
 やがて、気を取り直した司令官の声が響き渡る。
『各員、個別に戦闘開始っ!! EDF隊員の、地球人の意地を見せろっ!!』
 その声に、ペイルウィングの叫びがかぶさった。
「おい! 早く出せ! 一刻も早くたどり着くんだっ!! 頼む!!」
 複雑な表情で頷いた陸戦兵は、ハッチを閉じて席へと戻り、アクセルを踏み込んだ。

―――――――――――― * * * ――――――――――――

 弾をバラ撒く音、一撃一撃の重そうな長い発射音、雨が振るような音、雷轟……様々な音が入り乱れている。
 そして、様々な声が。
『なんだ……なんなんだこれはああああああああっっっ!! まるでレーザーの、光の雨だっ!!』
『360度全方位から降って来る!! こんなのアーマーが保つわけ……ぐぶ』 ……ザーッ……
『どこへ逃げればいいんですか! これじゃ飛べもしない! 本部、本部! 指示を下さい、ほん――あああああああーーーーっっっ!!!』 ……ザーッ……
『仲間がバタバタやられてる! どうすりゃいいんだ! 誰か教えてくれぇ!!』
 阿鼻叫喚の地獄絵図は、通信を聴いているだけでも想像に難くない。
『……まず火力を奪わないとどうにもならん。浮遊都市下部に設置された砲台を破壊するんだ!』
 比較的物静かな本部司令官の声はしかし、焦りにわずかな震えを伴っていた。
『指令が出たっ! 砲台だっ!! 砲台を落とせーっ!!』
 再び、通信機をつんざく攻撃音が轟き始めた。
『撃つのよっ! ほら、怯えてる場合じゃないでしょ! しゃんとして! あなた、何のためにこの作戦に参加したのっ!?』
『撃て、撃て、撃てぇぇぇぇーーーーーっっっ!!』
『よくもっ! よくも仲間をやってくれたわねっ!!!』
『墜ちろ墜ちろ墜ちろ墜ちろ墜ちろ墜ちろーーーーーーーっっっっ!!!』
『くっ……こちらサクマ小隊! ちくしょう、サクマ隊長が穴だらけの消し炭になっちまった! 誰か、あの先っちょの赤いレーザーバルカンをなんとかしてくれ!』
『こちらツグミ小隊! ダメです! 当小隊の装備では、敵砲台まで届きません! 隣の小隊が撃ち上げている思念誘導兵器が、かろうじて届いているぐらいで――誰か、サンダースナイパー持ってないのっ!?』
『こちら、外周スナイパー部隊! 現在、敵砲火にさらされている連中、気をつけろ! 細くて、蒼いレーザーを吐き出す砲台、やたらと照準が――おがっ!!』 ……ザーッ……
『おい、ヒガシっ! ヒガシっ!! ――ちくしょう、ヒガシがやられたっ!』
『バカな、そこは浮遊都市の最外周縁じゃないのか!?』
『くそったれ! 緑のレーザーの砲台、なんて射程距離だ! こっちの精密射撃射程を超えて撃って来やがる!』
『……なんだ、頭上が明るいぞ……急に晴れて……』
『――緊急警告!』
 オペレーターの焦燥にまみれた声――いや、悲鳴が轟く。
『浮遊都市下部の円柱先端に高エネルギー反応! ジェノサイドキャノンです! 最寄の部隊は至急退避してください!』
『ジェノって……うわあああああああっっっ頭の上じゃねえかああああああっっっ!!』
『ちょ、ちょっと!! このレーザーの雨の中を、どうやって退避しろっていうのっ!?』
『誰か、何とかしてくれっ!!』
『こんな死に方はいやああああああーーーーーっっっ!!!』
『助けてくれ、助けてくれーーーーっっ!!』
『ああああああああ、ごめんなさいごめんなさい!! ホリ小隊長、クーラーボックスの中に残ってた最後のプリン食べたの私ですぅぅぅぅ! ずっと心に引っかかってましたああああああっっっ!!』
『はああああああ!?? あんたこんな時に何言って――』

 光。
 一斉に沈黙する通信機。
 そして街の中を駆け抜ける爆風。
 後に残るのは、消滅した町の残骸。
 そこへ降り注ぐ、容赦なき光の雨。
 それはもう戦いではなかった。
 ただの、駆除だった。

―――――――――――― * * * ――――――――――――

 ギガンテスは山道を出しうる限り最高の速度を出して走っていた。
『急げ、急いでくれっ!!』
「わーってるよっ!! そっちこそ落ちんなよっ!!」
 耳元でがなるペイルウィングの声に、陸戦兵は喚き返した。
 その間にも、戦場を伝える通信が入って来る。
 女の声が聞こえてきた。
『……あのジェノサイドキャノンがある限り、接近は無理だ。何とか浮遊都市下部のジェノサイドキャノンを破壊しないと』
『この声……教官!? 生きていたのか!?』
「知り合いかっ!?」
 急カーブをいささか乱暴なやり方でショートカットし、距離を稼ぐ。路傍の盛り土が無限軌道にえぐられ、はね飛ぶ。凄まじく車体を揺るがす大振動に、陸戦兵は顔を歪めた。
『私がペイルウィングに志願した時の、教官だ。……そうか、生きていたのか』
 答える間もなく、次のカーブ。再び突き上げる震動と衝撃。
 同時に、通信が入って来た。
『よくも地球をめちゃくちゃにしやがったな! くそっ、くそおっ!』
「……へへ、誰だか知らんが、陸戦兵もがんばってるな」
 少し誇らしげに頬笑んだ瞬間、続け様に通信が入った。
『……あっ……』
「……あ?」
『ぎゃああああああああっ!!』
「うおおおおいっ!? ……くそ〜っ!」
 不意に、ザリ、と砂混じりの雑音が走った。

―――――――――――― * * * ――――――――――――

『防がれた!?』
 司令官の驚愕の声が響く。
『こちら外周スナイパー部隊! なんだ今のはっ!! 中心部を直接狙ったのに……!』
『浮遊都市の周囲は、バリアウォールで覆われているようです』
『あれがバリアウォール……肉眼で見えるほどの電磁防壁とは、なんという……』
 司令官の声が、再び走った雑音で途切れた。
『……ちくしょう、まただっ!!』
『だめだ。バリアウォールがある限り、攻撃が効かない』
 無念で奥歯を噛み潰してしまいそうな、司令官の声。
 間髪を入れずに、轟く悲鳴。
『ぐわあああああああああっっ!!!』
『きゃあああああああああっっ!!!』
 陸戦兵の悲鳴が響く。ペイルウィング部隊の悲鳴も混じる。
『なんだ!?』
『こちら外周スナイパー部隊ホクトだ! くそったれ! こんなインチキが許されていいのかっ! 奴らバリアの中からも撃って来てやがるぞっ!!』
『……敵レーザー兵器の弱点がわかりました!』
 オペレーターの声。
『レーザーは障害物を貫通できません! 障害物の陰に潜めば、被害は減らせます』
『そういうことは先に言えっ!! 各員、手近な残骸、家屋、ビルの陰に潜めっ!!』
 数秒の沈黙に、攻撃音がかぶさる。
 やがて、誰かの笑い声が響いて来た。
『……ふははははっ、なんだ、なんだよ! 簡単な話じゃねーか! ふははははは、よーし、時間はかかりそうだが、こうやって砲台を一本一本落としてゆけば――』
『おい、あれは何だっ!? 蒼い……球体がこっちへ近寄ってく――』 ……ザーッ……
『うわああああああっっっ!!!! 本部っ! 本部応答せよ! 隣に、隣にいた小隊が、ビルごと蒼い球体に飲み込まれて消えたっ! あれはなんだっ!! ビルごと跡形もなくなっちまった!』
『……解析終了。プラズマボールのようです。速度は遅いですが、家屋、ビルを消滅させるだけのエネルギーを持った一種の爆弾……小型のジェノサイドキャノンのようなもののようです』
『だーかーらーっ! そういうことは先に言えって言ってるでしょおっ!?』
『ちくしょう、出て行きゃレーザーの雨で、隠れていたらアレで狙い撃ちかっ! おまけに中心部はバリアで守られてっ! 一体どうしろってんだ!!』
 ややあって、オペレーターが叫んだ。
『……バリアウォールの発生源がわかりました。浮遊都市の下に、バリアウォールの発生装置があります』
『バリアウォール発生装置を探せ! 破壊するんだ!』
 司令官を差し置いて叫ぶペイルウィング隊長の声は、もはや命令というより懇願に近かった。
『探せったって、どれがどれやら……! もっと具体的な形状を言ってくれ!!』
『内側に向かってエネルギーを放出している、一際大きな装置が――』
 その声が終わらぬうちに、オペレーターが喜色を隠しきれぬ声で報告した。
『あ……発生装置を破壊!』
 わずかな沈黙の後、司令官が不審げに漏らした。
『……おかしい。バリアウォールに変化はない』
『発生装置は一つではないようです! あと三つ、あと三つあります!』
『くそう! 全てのバリアウォール発生装置を破壊するんだ!』
『だから、破壊しろったって……! どこだよっ!』
『……あれねっ! あたしがやるわ! このレイピアで切り刻んでやるっ!!』
『待って! 無茶よ、シェリー! 届く前に撃ち墜とされ――あ』
『バリアウォール発生装置を破壊! 残り二基です!』
『見ろ! 発生装置を破壊した奴がいる!』
『……ひょっとして、外周のスナイパー部隊か!?』
『違う! 我々は今、内周からのレーザー兵器に狙われて動けないっ! 我々ではないっ!! ……くそう、ダンがやられた!』
『バリアウォール発生装置を破壊! 残り一基です!』
『信じられない! 誰かが次々と発生装置を破壊してる!?』
 そのペイルウィングの叫びは、生き残った隊員全ての生きる意志を奮い起こすに十分な効果があった。
『誰だっ!? 誰だよ、そんなすげえことやってんのはっ!?』
『バーカ、決まってんだろ! 今回の戦いでも、前回の戦いでも……俺達が無理だと思ったことをやり遂げちまう、そんな奴は【あいつ】しかいねえっ!!』
『【あいつ】かっ!! 【あいつ】が、この戦場に……!』
 飛び交う通信の間に、オペレーターの声が割り込む。
『……発生装置を全て破壊しました! バリアウォールが消滅します!』
 澄んだ音とともに空が割れた。

―――――――――――― * * * ――――――――――――

「聞いたかっ!?」
 ギガンテスのエンジンと無限軌道の音さえ退けて響く大声。
 彼女の返事はなかったが、おそらく頷いただろう。 
「……早く行かねえと、全部終わっちまうかもな」
 行く手はだいぶひらけてきていた。もう一峠越えれば、おそらく戦場を見下ろせるに違いない。
 紫色の唇を噛み締めて、胸にうずくまる痛みを噛み潰しながら車体を操る陸戦兵。その耳に、ペイルウィングの呟きが聞こえて来た。
『【彼】は……そこにいる。今も……戦っている! 頼む……間に合ってくれ!』

―――――――――――― * * * ――――――――――――

『ついにやったぞ! 浮遊都市の中心部を攻撃するんだ!』
 喜色を隠しきれない司令官の声。
 轟き渡る攻撃音。しかし――
『きゃああああああああああーーーーーっっっ!!!』 ……ザーッ……
『……くそっ! なんて密度だ! 砲台がまるで森のように突っ立ってやがるっ!』
『あれを全部墜とせというのか……』
『なんだ……? 林の中にオレンジ色のハッチのようなものが……本部! なんだあれは――げっ! 円盤が出てきやがった!』
 追認の形で、オペレーターが告げる。
『浮遊都市から円盤部隊が発進しました』
 そして続く悲鳴。怒号。
『く、くそっくそっ!! は、速いっ!! 照準が追いつかないっ!!』
『射程まで接近してくれるならっ! ペイルウィングをなめないでよねっ!! たあああーーーーーっっっ!!!』
『このこのこのっ、ML−2Rから逃げられると思うてかっ!! ……おっ……ふはははははっ、ざまあみ――ぐおぁっ!!』 ……ザーッ……
『メリル! メリルさーーーーんっっ!! ――うううっ、こちらオカジマ小隊のヤシマ! 英国からの救援ペイルウィング部隊が壊滅しました! 我が小隊もあと、私一人です! 誰か、なんとかしてぇっ!』
『せっかく外周部の砲台はほぼ排除したのに……ちくしょうっ! ちくしょうっ!! ……ぐああああああああっっっ!!』 ……ザーッ……
『こちらサカモト小隊! 孤立しています! 至急応援を請う! 応援を――ぎゃ』 ……ザーッ……
『……円盤は中心部付近の発進口から出てくる。あの発進口をなんとかしなければ』
 先ほどの喜色など跡形もない、司令官の苦りきった口調を遮って、誰かが叫ぶ。
『へっ、そんなの関係あるかっ! バリアはもうなくなったんだ! 直接中心部を……こういう時こそ、スナイパーの本領発揮――』
 ざり、と不気味な雑音が混じった。
『な、なんだとっ!? また弾かれたっ!?』
『見ろ! 中心部は新たなバリアウォールで覆われている! ……なんという要塞だ』
『司令官……』
 陰鬱なペイルウィング隊長の声が響く。
『攻撃隊は全滅状態。どうやら、ここまでだな……』
『待って下さい。今の攻撃は、あながち的外れではありません』
 この状況下でも、今なおオペレーターの声は冷静さを保っている。
『浮遊都市の中心部にハッチがあります。あそこを攻撃できれば、打撃を与えることができるかもしれません』
『だが、中心部はバリアウォールに守られている。どうすればいいんだ』
『バリアウォール発生装置がどこかにあるはずです』
 オペレーターの冷静すぎる声に、苛ついた陸戦兵が喚く。
『またバリアウォール発生装置かっ! いい加減にしてくれっ!!』
『通信機で喚かないでよっ! やるべきことがわかるだけ、ましじゃないのさっ!!』
『てめーこそうるせえぞ、オバハンっ!』
『なんですってぇぇぇぇっっっ!!!!』
『――円盤発進口を破壊。残り七つです』
 ペイルウィングのヒステリックな叫びの陰で別のオペレーターの告げた声は、しかしその時誰の耳にも届いてはいなかった。
 次々と出現する円盤と戦う者、隙を縫って砲台を墜とす者、バリアウォール発生装置を探す者……。
 皆それぞれの戦いに必死で、その小さな声に注意を払う暇はなかった。

―――――――――――― * * * ――――――――――――

 山を越え、最後の峠に出たところでギガンテスは止まった。
 そこからは市街地が一望できる――はずだった。
「なんだありゃあ。まるで、落し蓋だな……」
 呑気に漏らしたのは、ハッチから這い出し、地に足をつけて辺りを見回した陸戦兵だった。しかし、その表情は完全に強張っている。
 市街地が見えなかった。
 市街地を覆い隠すように、巨大な円盤が……浮遊都市がいた。その下ではしきりに爆発が起きている。
『――円盤発進口を破壊』
『見ろ! 誰かが円盤発進口を破壊したぞ!』
 ざわめきが電波に乗って戦場を駆け抜けた。
 砲塔脇に座っていたペイルウィングが、静かに立ち上がる。
「……行くのか」
 聞くまでもないことを聞いたのは、彼女を振り向かせるため。
 そして、彼女は振り向いた。
 蒼いヘルメットと仮面から覗く口元に、強固なる意志を貼り付けて。
『――円盤発進口を破壊』
「【彼】が……いる」
 不意に通信機が、不協和音を奏でた。がががぴゅーいという混信音に続いて、何かが聞こえてくる。
『……今も放送……人類はまだ、生き残っているのです……現在、15の都市から放送が届いて……』
「……通信……じゃなくて放送、か? オペレーターじゃない……アナウンサー?」
 驚く陸戦兵に比べ、ペイルウィングは表情をまったく動かさなかった。
『……我々の放送に対し、いくつかの国から応答があり……きらめないでくだ……通信可能な施設がある大都市は15以上にのぼり……』
『――円盤発進口を破壊』
 雑音の向こうで、必死の思いを乗せて言葉を紡ぐアナウンサーの声と、あくまで冷静なオペレーターの声が交錯する。
 その声を聞き取ろうとしている間に、ペイルウィングは戦車から降りた。戦場を望む峠の縁に歩いてゆく。
「ここまで運んでくれて、感謝する。さよな――」
「おーっとっと。待て待て、待てよ」
 そのまま飛びそうになる彼女の手を、咄嗟に握っていた。
 ペイルウィングは迷惑そうにその手を振り払おうとした。
「違う違う。慌てるな。別に今さら引き止めようってんじゃない。……これを持っていけ」
 怪訝そうに小首を傾げる女の前に差し出されたのは、無骨な一丁のスナイパーライフルだった。
『……地球は、ほぼ壊滅状態です。それでも人類はまだ滅亡したわけではありません。人類はまだ生き残っているのです。……我々は最期まで放送を続けます。あきらめないで下さい。あきらめないで下さい』
『――円盤発進口を破壊』
「ライサンダーZ。地球最強の兵器にして、四丁しかないうちの一丁だ。予備マガジンもつけてあるから、全部で14発撃てる」
「私には使えない」
 ペイルウィングは困惑げに、もう一度その無骨な兵器を見下ろした。
 陸戦兵はにんまり頬笑んでみせた。
「おいおい、想い人に会うのに手ぶらでいくつもりかよ? プレゼントの一つもあった方がよかろうが? 花束とはいかないが……印象良くなるし、話をするきっかけにもなるからよ?」
『――円盤発進口を破壊』
「いいのか?」
 おずおずと手をさし伸ばし、おっかなびっくりスナイパーライフルを受け取る。
「いいさ。実は、俺の部隊はこいつらを試験するための部隊だったんだがな……こいつ、一発でこのギガンテスをぶち抜くぐらいの威力があるんだが、反動がただごとじゃなくてな……」
 いきなり制服の前のジッパーを下げて、前を開く。
 胸から腹にかけて、さらしでも巻いたかのように包帯で覆われていた。しかも、生々しく赤いにじみが染み出してきている。
 ふと、ペイルウィングの唇が何かに気づいて小さく開いた。
「その傷……お前、まさか昨日の……」
「対戦車砲もびっくりだぜ? ま、要するに俺には使いこなせなかったってことさ。だが……」
 陸戦兵は、浮遊都市の方を見やった。その目が細まる。
「【奴】なら、きっと使えると思うんだがな? 特に、敵の弱点と思われる、中心部ハッチを撃ち抜くにはよ。こいつで無理なら……諦めもつくだろうぜ」
「そう、か……。わかった。では、ありがたく受け取っておく。――最後まで、世話になった」
 深々と頭を下げる。
「ああ……元気でな」
 そして、蒼白の翼を広げ、七色の航跡を描いて女王蜂が飛び――
 同時に、オペレーターが告げた。
『――全ての円盤発進口を破壊しました』
 ぐらりとよろめいた陸戦兵は、そのままギガンテスに背中を預け、ずるずると尻餅をつくように崩れ落ちた。


【後編へ続く】
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