EDF関西外伝!!

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第4話 サンダーロボ 絶体絶命!!


「なんて……大きさ……なの」
 わなわなと唇が震え、声がかすれる。
 空を覆う巨大な威容に、胸が押し潰されそうなほどの不安がのしかかる。
 モニター画面で見たマザーシップとは、威圧感がまるで違う。
「こんなものに……本当に…………勝てるの……? 人類は……」
 知らず、出ない唾を飲み、知らず、半歩後退った。
「く……司令、山岡司令! 聞こえますかっ!」
 すぐに大阪司令部から返答があった。
『こちら大阪司令部。え〜と……EDFレディ、さん?』
 大阪城を出る間際に交代を頼んだ女性隊員の声には、奇妙な澱みがあった。
 その理由に思い至って、EDFレディは苦笑した。確かに自分がオペレーターでも、【EDFレディ】なんてコールは口にするのに勇気が要る。
 だが、おかげで少し気が緩んだ。ほっとした。
「コールネームはEDFレディ、もしくはレディだけで結構です。それより、大変です。神戸上空にマザーシップが……そちらでも確認できていますか?」
『確認済みです。現在、関西駐屯部隊全員に非常召集をかけ、準備できた隊から出撃させていますが、大阪本部部隊だけでも現状到着にはあと30分はかかります』
 阪神間の道路は、神戸襲撃の報を受けた避難民が溢れ、いかにEDFといえども迅速な行動が取れない状況にあるのだという。またバゼラート単独での戦闘は危険と司令は考え、控えさせていると。
「それでは、救援は……東京からの救援は!?」
『それが……』
 言い澱むオペレーターに、嫌な予感が胸をよぎる。
 その時、男の声が割って入った。
『それは私から報告しよう――小野隊にもつなぎたまえ』
「……山岡司令?」

―――――――― * * ※ * * ――――――――

 業火が紅の装甲を舐める。
 炎の影に入って見えなかった2匹目の【ソラス】の太い尻尾が、肩口に叩きつけられる。
 膝をついたところへ、3匹目の【ソラス】が頭から突進してきた。
 三者三様の苦鳴をあげて、サンダー1は空港管制塔に叩きつけられた。
『…………あ、あきまへん……パワーが段ちや……それに、なんなんや、この連携は……』
 瀬崎の声が弱々しい。気を失いかけているのか。
 小野は舌打ちをした。
「瀬崎! 気ぃ失うなっ! 失う前に飛べ! 飛んだらポートアイランドに渡って、サンダー3にチェンジや!! 距離を置いて砲撃戦に持ち込むんや!!」
『りょう……かい……』
 モニターに表示されている瀬崎の動きが妙に鈍い。
 飛行レバーをつかんだ時、再び【ソラス】が体当たりをしてきた。
 凄まじい衝撃とともに機体が管制塔内部にめり込み、その上に大小のコンクリート片が崩れ落ちる。
『いたたたたた……瀬崎、おのれどっか怪我しとんちゃうのか!? 大丈夫なんか?』
 衝撃でぐったり首を折った瀬崎を、井上が気遣う。
『……怪我っちゅーか……この機体が限界……っぽい…………です。さっきの……炎とか…………むっちゃ……熱ぅて…………』
 息が荒い。頭もぐらぐらしている。
 小野はざっと機体の状況を映し出したモニターを見た。
 瀬崎の乗っているバゼラートが構成する部分の被害が飛び抜けて高い。それに瀬崎の制服の防護機能もだいぶレベルが低下している。
「――サンダー1は装甲の薄いさけ……。そういや、さっき貿易センタービルに叩きつけられたときも、サンダー1やったしな。……五月雨博士!」
『そっちの状況はモニターしておる。今の状況では――』
『こちら関西駐屯部隊大阪司令部の山岡だ。小野隊、並びにEDFレディに告げる』
『山岡司令? 何や今ごろ』
 不意に割り込んできた司令の声に、井上が顔をしかめる。
 小野も不快そうに眉をたわめた。このタイミングでオペレーターではなく、司令自らが通信に出る。只事ではないということだろう。
「ま〜た、アレちゃうのか。前任の北川みたいに東京から救援来るからゆーて……」
『救援は来ない。繰り返す。救援は来ない』
『…………は?』
「なんやて……?」
 小野と井上はモニター越しに顔を見合わせた。
『現在、東京も敵の圧倒的戦力による攻撃を受けており、一切救援は送れない状況にある。下手をすると極東本部が壊滅しかねないほどの総攻撃だそうだ。したがって我々は、我々の戦力だけで神戸侵攻部隊を退けねばならない』
「井上」
 小野は薄笑みを浮かべながら、シートベルトを外し始めた。
『なんや?』
『そこで、君達には撤退を命ずる。戦闘を直ちに中止し、帰投せよ』
「瀬崎をこっちに移す。しばらく操縦を頼むで」
『さよけ。わかった、任しとき』
 頷いて、小野はシート裏のハッチを開け、狭い連絡通路へと姿を消した。
 誰もいないコクピットに、空しく司令の通信が響く。
『今、君達を失うわけにはいかない。辛い決断かもしれんが、ここは一つ私に免じて勇気ある撤退をし、戦力を万全に整えてから捲土重来を期して――』

―――――――― * * ※ * * ――――――――

「彼の言う通りになってしまった……」
 EDFレディの胸に去来する無念の思い。
 だが、前もって小野に言われていたおかげで、さほどショックには感じなかった。
 その時、通信が入った。
『EDFレディと小野隊。ワシじゃ。聞こえておるな』
「あ、はい、五月雨博士。何か?」
『何をボーっとしておる。山岡司令の判断は妥当じゃ。敵を前にして背を向けるのは悔しいかもしれんが――』
「いえ、私は別に構いませんが……彼らが――」
 南に視線を向ける。サンダーロボが戦っている辺りは、もうもうと粉塵が立ちこめ、何が起きているのかよくわからない。
『――無理やで、おっさん』
 不意に井上の声が通信に割って入った。
『無理? 無理とはどういうことじゃ?』
『今、ワシらは【ソラス】3匹に囲まれとる。その上、頭上にはマザーシップがおって、円盤吐き出しとる。瀬崎も負傷した見たいやしな。こら、ちょっと逃げようがあらへんで』
 EDFレディは改めてマザーシップのセンターハッチを見上げた。確かに井上隊員の言うとおり、十機ほどの円盤がセンターハッチ付近に待機している。接近してこないのは、状況の推移を見守っているのか、それともマザーシップの護衛だからか。
『こないなったら、しゃーない。オペレーターのねーちゃんだけでも逃げや。あんたみたいな別嬪さんまでワシらと運命共にすることはあらへん』
 EDFレディは蒼ざめた。それはつまり、小野隊三人はもう覚悟を決めたということなのか。
「し、しかし……私はあなた方の救援に!!」
『ん? ああ、小野のことやったら心配すな。命令は出とんのや。あんたのことを腰抜けやとは思わへんやろ。あんたが規律に厳しい人やっちゅうのは、わかってるさかいな』
 何を勘違いしたのか、トンチンカンな答を返す井上。
『まぁ、何にせよワシらもただでやられる気はあらへん。【ソラス】の2、3匹は道連れにしたる。ほんでもってチャンスがあったら、尻尾巻いて逃げたるわい』
「井上隊員……」
『ま、そんなわけや。万が一の時は、あとは頼むわな、ねーちゃん、博士。――おっと、小野が戻ってきおった。ほなな』
 一方的に通信は切れた。

―――――――― * * ※ * * ――――――――

 連絡通路から瀬崎を引きずり出した小野は、にんまり笑った。
「外の様子はどないや」
『管制塔に埋ったせいか、無視してくれとるみたいやな。助かっとる』
「ふざけろ。間抜けなだけや」
 吐き捨てながら、小野は気を失った瀬崎をシートの裏側に縛りつけた。
『ほんで、瀬崎はどないやねん』
「大丈夫や。気ぃ失うてるだけや。制服のおかげか知らんが、少なくとも外傷はあらへんな――詳しいことは病院連れて行かなわからんけどな」
『ほぅか』
 小野はシートに座り、ベルトをしっかり止めると、コンソールをあちこちいじり始めた。いくつかスイッチを入れ、通常は使用しないプログラムを走らせる。
「おし。サンダー1の操縦系統はこっちにつないだ。ただ、分離時のバゼラートの操縦はオートに設定して来たしな。再合体時にタイミングが若干ずれるかもわからん。覚悟しとけよ」
『おう……で、どないする? 逃げるか、やんのか』
「知れたことや。やる。敵の大将目の前にしてケツまくれるかいな」
『せやけど、エネルギーもサンダービーム一発が精一杯やのに、【ソラス】3匹に蟻塚、円盤にマザーシップて……どないすんねん』
 不安げな井上に対し、小野はにんまり笑ってみせ、スロットルレバーをつかんだ。
「ふっふっふ。オレという男が、その辺なぁんも考えてへんと思うか。見とれ、窮鼠猫を噛むっちゅーのを実演したる」
『自分がネズミっちゅー自覚はあるわけか』
「やかましっ!! ネズミはネズミでも、南米産のカピバラや! もしくはペスト保ちのネズミや!」
 わめいて、小野はスロットルをMAXまで一気に突き入れた。

―――――――― * * ※ * * ――――――――

 廃墟と化した空港管制塔から瓦礫を吹き飛ばし、サンダー1の赤い機体が飛び出した。
「ダブルサンダァァァァ・トマホォゥゥゥゥゥゥク・ブゥゥゥゥゥメランッッ!!!」
 【く】の字のローターブレードを真正面で今しも炎を吐こうとしていた【ソラス】に叩き込む。
 急襲によろめく【ソラス】。隙が生まれた。
 戻ってきたローターブレードを戻し――
「オォォォォプゥゥゥンン・サンダァァァァッッッ!!! チェェェェェェンンジ・サンダァァァァァ・2ゥゥゥゥゥゥッッッ!! スイッチ・オンンンッッッ!!」
 空中で三機に別れた機体が順序を入れ替え、再び一列に並ぶ。
「井上ぇぇぇっっ!!」
「小野ぉぉぉっっ!!」
 二人の叫びが交錯し、オート機動のバゼラートが生み出すズレをあっという間に埋める。
 そして――白い巨人・サンダー2が大地に立った。

―――――――― * * ※ * * ――――――――

 大阪司令部。
 メインモニターに三頭の【ソラス】と向かい合うサンダーロボの姿が映っていた。
「……小野隊はまだ、戦うつもりか」
 その声には苦々しさが混じる。前任の北川が胃に穴が空け、入院治療を兼ねて中部へ転任になった訳を、肌で感じた。
 山岡は北川と違って無茶をする隊員は嫌いではない。しかしこれは無茶というレベルではない。無謀だ。
「他の角度からの映像はないのか」
「ありません。現在神戸空港島で生きている監視カメラはこれだけです。……でも、小野隊員たち……どうしましょう、司令」
 オペレーターが不安そうに振り返る。
 前任のオペレーター――EDFレディはこんなときでも取り乱しはしなかったと感じつつ、山岡は首を横に振った。
「どうもこうもない。連中が意地でも留まるというのだ、これ以上は無駄だ。放っておけ」
「で、でも……応援部隊を差し向けるとか。バゼラートなら、現待機地点から10分で現着できます」
「無数に出てくる円盤相手に、バゼラートで相手になるか!!」
 一喝されたオペレーターは首をすくめた。
「地上からの援護なしに、単独部隊で連中を相手にすることは、兵士を死に追いやることと同じだ! 部隊を預かる者として、そんなことは出来ん。まして、その作戦に何の意味もないとなれば」
「では……小野隊は見殺しに?」
 山岡は頷いた。オペレーターが見間違えようもないほど、はっきりと。
「彼らは自分の意志で私の命令を無視し、戦うことを選んだ。その結果は、彼ら自身が引き受けねばならん。憶えておきたまえ。我々には英雄はいないのだ。我々に出来ることは、彼らが稼ぐこの十数分ほどを、勝利に結びつけることだけだ。……参謀局に連絡。サンダーロボなしで奴らに勝つプランを大至急立案させろ」
「は……はい」
 不承不承前を向くオペレーター。しかし、すぐに振り返った。
「司令、ホットラインです。……ええと、枚方? どうしてこんな近くにホットライン?」
「なんだと?」
 山岡は自分のデスクの電話型通信機の受話器を上げ、耳に寄せた。
 その途端、司令部の照明が落ちた。
「な……!!」
 山岡は驚愕のあまり、左右を見回した。
 暗がりにメインモニターの光とコンソール上に散らばる諸々のスイッチやメーターの輝きだけが浮かび上がっている。
 オペレーターもコンソールを狂ったように弾き回っている。よくは見えないが、パニックに陥っているのは確かだ。
「どういうことだ、なぜこの司令部の電源が――」
『慌てるでない。お主が受話器を上げると同時に、そっちのコンピューターをハックしただけじゃ。じき電源はじめ諸回路は元に戻る』
「その声……五月雨博士!?」
 先ほどから小野隊やEDFレディと連絡を取り合い、時にはこちらにも回線をつないでいた彼が、なぜ。
 なぜホットラインなのか。なぜ大阪司令部のコンピューターをハックしたのか。なぜ今なのか。
 混乱の極みで受話器を握り締める手に、汗がにじむ。まさか、博士は侵略者と……。
 黙っている……いや、声の出せない山岡に、五月雨博士は気味の悪い笑い声を交えて言った。
『ふふふふふ、山岡司令。落ち着いてわしの話を聞け。お主に頼みがあるのじゃ』

―――――――― * * ※ * * ――――――――

「直立トカゲがなんぼのもんやぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!」
 サンダー2のパンチが、【ソラス】の横っ面を殴り飛ばす。ジャンプしてのパンチに、さすがの【ソラス】ものけぞり倒れた。
 だが、その着地を狙いすましたようにもう一匹の体当たりを背中に受け、サンダー2は大きく跳ね飛ばされた。
「……ぐぬぅっ!! こんクソボケがぁっっ!! 邪魔すんなっっっ!!」
 小野の眼差しは一点を見据えていたが、それはまるで永遠のように遠い。サンダー1ならひとっ飛びなのだろうが、飛べないサンダー2は立ち塞がる【ソラス】を掻き分け、押しのけねばならない。
 しかし、身長が【ソラス】の胸ほどまでしかないサンダーロボでは、まるで大人の集団に割り込もうとしている子供だ。まったく相手にならない。
「遠いっ……けど、そこに、そこに見えとるんやっ!! どおぉぉぉぉけえぇぇぇぇぇぇっっっ!!!!!!」
 吼えて、パンチを繰り出す。パンチは当たる。だが、倒せない。
 吼える、叫ぶ、わめく、荒れる……その声に叩き起こされるように、瀬崎は目を醒ました。

―――――――― * * ※ * * ――――――――

 ポートアイランドの敵をひとまず殲滅し終え、神戸空港橋を渡ったEDFレディは目を疑った。
 確かに報告として聞いてはいたが……【ソラス】三匹の威圧感・迫力はききしに勝る。よくこんなのと戦う気になる。
 それに、あのサンダーロボが……女王蟻三匹を相手に回して全く揺るぎもしなかったあの巨体が、まるで猫に弄ばれるネズミのような扱いを受けている。それは、儚い希望を暗澹たる絶望で塗り潰すには充分すぎる光景だった。
 思わずEDFレディは叫んでいた。
「お…………小野隊員……小野隊員!!」
『なんじゃいっ! 見てわからんのか、今取り込み中やっ!!』
 意外と元気な声がヘルメット中に響き渡り、思わずEDFレディはヘルメットの上から耳を押さえた。
「――っっ……何でそんな無茶な――」
 見ている間にもサンダー2は突き飛ばされ、蹴り転がされ、炎を浴びて火達磨になっている。
 粉塵を吹き散らす衝撃が風となって、EDFレディにまで吹きつけてきた。
「ダメです、勝ち目はありません! 逃げてください! 一旦撤退して、エネルギーを補給すれば【ソラス】だって……」
『……あかんな。届くとこにあるんや。もう少しなんや。ここまで来たら、退けん。おのれは退がっとれ。巻き込まれんぞ』
「届くって……何があるというの?」
 意味不明の言葉に戸惑う。
 そのとき、サンダー2が不自然な格好で左膝をついた。
『なんや……? 今、攻撃受けたか?』
 小野の不思議そうな声に、EDFレディの胸を不安がよぎる。
『小野……左膝のジョイントがイカレた』
 井上の声もかなり切羽詰っている。
『イカレたて』
『サンダーロボの脚はバゼラート【イーグル】や。度重なるダメージに、散々浴びた酸が効いたっちゅうことやろな。こら、いよいよもって……』
 EDFレディは青ざめた。つまりそれは、逃げることも難しくなったということではないのか。
『どないかして動かんのか!?』
『人間と違うんや。機械はいっぺん壊れたら、そうそう騙し騙し使うっちゅなわけにはいかんで。ほな小野、白兵戦の準備を――』
「――それなら、私が脱出を援護します」
 清々しささえ漂う口調で、EDFレディが宣言した。
『おおっ、ねーちゃん! そら助かるわ』
『……いや、その申し出、受けるわけにはいかん。サンダービームを撃ち込まなあかんのや』
 小野の意固地な一言に、EDFレディは頬を引き攣らせた。
「そんなことを言っている場合ではないでしょう!? 下らないプライドのために、仲間二人をも巻き添えにする気!?」
『おう、もちろんじゃっ! 一蓮托生、一心同体、一意専心、一族郎党、一家離散!! 毒を食らわば皿まで、旅は道連れ世は情け、渡る世間は鬼ばかり、これは乗り合わせた泥舟や、呉も越も一緒に沈んでもらうで! 』
 EDFレディの顔が、怒りに強張る。
「あなたという人はっ!」
『ぎゃーぎゃー抜かすなっ、ヒス女っ!! 手伝わんのやったら黙っとれ!!』
 一方的に通信は遮断された。
 その瞬間、サンダー2は片膝をついたまま【ソラス】の尻尾を横殴りに叩きつけられ、かつて飛行機の格納庫だった建物に突っ込んだ。

―――――――― * * ※ * * ――――――――

「くっそ〜……何でオレともあろう者が、こんな泥臭い展開やっとるねや。もっと華麗に決めんとあかんねんけどな」
 大の字になって倒れているサンダー2のコクピットで、誰にともなく小野はぼやいた。
『まあ、それおのれの実力っちゅうもんなんやろ。いつの時代でも実力以上のことしようとか思うアホは、ろくな最期迎えんもんやしな』
 鼻クソでも掘っているかのような呑気な物言いに、小野は歯軋りをした。
「アホんだら!! オレの実力なんぞオレでもわかっとらんのに、何でお前にわかるんや!! ――くそ、左足さえ動けば」
『ワシにはおエライ小野様が何を狙てんのか知らんけどな、もうここから撃ってまえ。こっからでも、充分蟻塚に当たるやろが! ワシらお前に言われて毎回覚悟決めてんねや、今回はお前こそ覚悟決めえ!!』
「そんなもん覚悟とは言わんわいっ!!」
 目尻を吊り上げて、小野は吠えた。
「途中で放り出す覚悟なんぞ、覚悟の名に値せんわっ!! 覚悟っちゅうのはな、命とかプライドとか、失ったら最後、二度と戻らんもんを懸ける時に使うんじゃっ!!」
『勝つために捨てなあかんプライドもあるやろがっ!!』
「それは今やないっ!!」
 叫び続けながら、小野の手はコンソールを走り回る。
「……見とれ、人間様の知略の限りを見せたる。とりあえず立てや、サンダー2!!!!」
 格納庫の残骸に埋もれるように仰向けで倒れていたサンダー2の上体を起こす。機体に覆い被さっていた瓦礫が、音を立てて滑り落ちる。
 小野は素早く【ソラス】どもの様子をうかがった。
 距離的に一番近い左手の【ソラス】の口元に、水蒸気のようなものが揺らめいている。
 二番目に近い右手の【ソラス】はのっそり歩いている。
 一番遠い【ソラス】は正面に立って、こちらを睨みつけている(ように見える)。
 サンダー2はそのまま右腕を前に突き出した。
「サンダァァァァ・ナックル!!!」
 撃ち出された拳は三匹のどれにも当たらず、最後尾の【ソラス】の顔をかすめてさらに伸び続ける。
 そこで、サンダー2は右腕を大きく引いた。チェーンの軌道が変わり、最後尾の【ソラス】の首に巻きつく。
「よっしゃ!」
 小野は腕内部のチェーンウィンチのレバーを入れた。右腕が唸りをあげてチェーンを巻き取る。やがて鎖はぴんと張られた。
『お、おいおい、【ソラス】を引き寄せる気かいやっ!?』
「ちゃう、オレらが引き寄せられるんやっ!!」
 小野の叫びとともに、チェーンを嫌った【ソラス】が首を振った。
 その力に逆らわず、ウィンチの巻き取り速度をMAXに入れながら、右足で地面を蹴る。
 その瞬間、サンダー2は跳んだ。
 真っ直ぐ最後尾の【ソラス】に向かって。
 たった今サンダー2がへたり込んでいた場所を、左手にいた【ソラス】の吐いた炎が舐めてゆく。まさに間一髪だった。
 だが――果たして意図された動きだったのかどうか。残る【ソラス】の片割れがサンダー2と最後尾【ソラス】の間に割り込もうとした。
「くそ、邪魔する――」
『やらせませんっ!!』
 清冽な雪解け水のような涼声が耳を打った。
 横合いから飛び出してきたEDFレディが邪魔をしようとした【ソラス】の顔に、稲妻状のレーザー光線を叩き込む。
 思わず足を止め、空に向かって吠える【ソラス】。
 着地したEDFレディは、振り返って叫んだ。
『行きなさいっ!! ここは私が引き受けます!!』
 返事も返さず、ただ小野はにぃ、と歯を剥いて笑った。
 そしてそのまま、首にチェーンを巻きつけた【ソラス】に、肩口から体当たりさせる。
「どや、きっついやろ――なに!?」
 【ソラス】はサンダー2のショルダータックルを耐えていた。
 小野の計算は、そこで崩れた。
 小野の予想では、サンダー2のショルダータックルを受け、のけぞり倒れる【ソラス】の上で勢いを殺さずそのまま前転し、目標地点にたどり着くはずだった。だが、奴らの体重は予想以上のようだった。多少体勢がぶれたものの、しっかりと両足で立っている。あるいは尻尾で支えたのか。
 【ソラス】に弾き返される形となり、その目の前で無様に尻もちをつこうとするサンダー2。
「くそ、あと一歩……出ろぉぉぉぉぉぉぉぉっっっっ!!!!!!」
 無駄を承知でペダルを踏む――奇跡は起きた。
 崩れ落ちる機体を、もはや動かぬはずの左足が支えた。さらには地面を蹴って、低い姿勢で小野が狙っていたポイントへ向かって跳ぶ。
 何が起きたのか――。
 わからぬまま、小野は機体の制御を行い、転がるようにしてサンダー2を所定の位置につけた。
 コンピューターが導き出した最適点。サンダービームの効果を、最大限に生かす角度を取れる、たった一つのポイント。
『――小野はん、今ので左足は完全にいかれましたで。もう、どないしても動きまへんわ』
 モニターの脇に映る瀬崎の笑み。
 小野の驚愕を、井上が代弁した。
『瀬崎、おのれいつの間に――』
『あれだけ後ろでギャーギャー喚かれたら、うかうか意識も失っとれまへんわ。もう、ボクにできることはありまへん。さあ、小野はん!』
「おう!」
 いつもは多弁な小野にしては短く答え、照準を定める。
「全エネルギーをサンダービームの回路に流し込め! どうせ外したらオレらの命はないんや、ケチんなや!! 派手に行くでぇ!!」
『了解! バゼラート【イーグル】、フルパワー!!』
『おう! エアバイク【ベアー】、フルパワー!!』
 三人の腕が、エネルギー制御レバーをMAXへ突き入れる。

―――――――― * * ※ * * ――――――――

「あそこで射つの!?」
 【ソラス】の火炎放射を空中へ逃れて躱しながら、浮遊型レーザー発振機を放ち、【ソラス】の鼻面へ紅の三連レーザーをお見舞いする。
 その眼差しはちらちらと、へたり込んだような格好のサンダー2をうかがっていた。
『EDFレディ、退避せぇ! そこにおったら巻き添え食らうぞ!!』
「ラジャー」
 小野の声にEDFレディは頷いて、【ソラス】に背を向けた。

―――――――― * * ※ * * ――――――――

 大阪司令部。
「サンダー2、サンダービーム発射態勢に入りました。あっ……司令、これは……!!」
 メインモニターに、サンダービーム発射時の予想射線図が示された。
 蟻塚のみならず、右に振れば【ソラス】三体、上に振ればマザーシップにも……。
 山岡司令はデスクを叩くようにして立ち上がった。
「あのバカ、道理でおかしな戦い方だと思ったら……これを狙っていたのか! 何という……!!」
「しかし、司令。マザーシップはバリアに包まれています。果たして、サンダービームは通じるでしょうか?」
 オペレーターの疑問は、山岡の抱いている不安でもあった。
「それはわからん。だが、我々のできることは一つしかない。……バゼラート部隊、前進! この一撃が成功しようが失敗しようが、あの三人を絶対に救い出せ! あいつらは、EDFに必要な人材だ!! 死なせるなっ!!」

―――――――― * * ※ * * ――――――――

 じゃかっとサンダー2の腹にサンダービーム発射口が開き、三人の――いや、傍で見守るEDFレディ、大阪司令部で見守る司令部の人々、それにここへ辿り着こうと先を急ぐ多くのEDF隊員たちの思いを集めるかのように、ピンク色の輝きを放ち始める。
『これでっ!!』
『この戦いはっ!!!』
「終わりじゃあっ!!! くらえっ!」
 三人の言葉が重なる。そして、この戦いを見ている者も皆、知らず叫んでいた。

『『『『「サンダアァァァァァ……ビイイイイィィィィィィムッッッ!!!!!」』』』』


――第5話へ続く


【第5話 予告編】
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