EDF関西!! の外伝!!

【第二話へ戻る】      【目次へ戻る】   【ホーム】


第3話 サンダーロボ vs EDFレディ!!


 神戸大橋の下、頭から落ちたサンダー2は海底に逆立ち状態で沈んでいた。
 井上が悪態をついた。
『……気い抜きすぎなんじゃ、アホ。勝ったと思うてからに。勝ち誇んのは勝ってからにせんかい』
『そうですよ。まだボクら、ようやく敵の侵攻を止めてるだけですやん。とりあえず敵の巣を叩きましょうな』
『うむ、EDFレディも苦戦しとるようじゃ。倒しても倒しても後から後から湧いてくるのでは、空を飛べるといえど苦しかろう。まして、彼女はまだ精神的な弱さを抱えておる。小野隊員――』
 逆さになったコクピットの中で、小野は神妙な顔つきで頷いた。
「それ以上言いないな、博士。わかっとる。……あんまり気持ち良ぉて、ちぃっと我を忘れとった。オレとしたことが力に呑まれるたぁな」
『しょっちゅう呑まれとるがな。完全なパワードランカーやんけ』
「やかましっ!! ……ま、海に頭から飛び込んでちょっと冷えたわ。もう大丈夫や」
『え? 小野はん、サンダー2とシンクロしてますのん? 凄いですね、まるでGガンダムかエヴァ――』
「ものの例えやっ!! ――ところで、五月雨博士」
 小野はレバーをつかみ、力いっぱい引き寄せた。コクピットが水平に戻ってゆく。
『なんじゃ』
「一つ聞いときたいんや。……こいつが動けんようになっても、次の手はあるか?」
『どういう意味じゃ?』
「最後のサンダービームを蟻の巣に撃ち込む。その後にまだ増援が来たら、EDFは戦えんのか、っちゅう話や」
 小野は意図的にオレら、ではなくEDFは、と言った。
「今回の敵襲は尋常やない。オレら、はっきりゆうて今回この機体がなかったら、とうの昔に死んどるとこや。せやから、もしあるなら第三派はもっと強烈な奴らが来るとオレは見とる」
 きらりん、と眼鏡が(どこから入ったかわからない)光を弾く。
 瀬崎と井上はパネル越しに顔を見合わせた。
『そういや……まだ【ソラス】が出とらんな』
『マザーシップかて。キャリアーは墜としましたけど……それに、新型の巨大生物が多数確認できてます。あれだけじゃないかも』
「そもそも、この展開やったら巣にはラスボスがおるっちゅーのが定石やろ。どないやねんな。サンダーロボ無しでも、EDF関西駐屯部隊だけで太刀打ちできんのかい」
 しばらく沈黙が続いた。
『…………無理じゃ、と言ったらどうするつもりじゃ?』
「ここは、撤退する」
『『ええええええええええっっっ!?』』
 小野の即答に、サイドパネルの井上と瀬崎が目を剥いて驚いた。
『ほほう。小野隊員、お主にしては冷静な判断――』
「勝たんと意味ないねや、この戦いは! 退いても何にもならんのやったら……命を無駄に多少永らえるだけやっちゅーなら、オレは退かん。せやけど、サンダーロボを万全にすれば必ず勝機が見えるっちゅーんやったら、オレは退く! ええ指揮官ちゅーのは引き際を心得てるもんや!!」
『誰が指揮官やねん。しかも、ええ指揮官て』
 井上の突っ込みはあっさり無視された。
『……策は、ないわけではない』
 五月雨博士の返答に小野は顔をしかめた。
「えらい歯切れの悪い言い方でんな。なにかありまんのか?」
『まあの。EDFのトップシークレットという奴じゃ。戦況から言えば、ここはお主の言う通り、神戸の被害は目をつぶり一旦退く方が――』
『――待って下さい』
 五月雨博士の通信に割って入ったのは、少し息のあがっているEDFレディの声だった。
『あと3時間、いえ、2時間半だけ耐えて下さい。そうすれば――』
「2時間半〜?」
 その数字に嫌なものを感じて、小野は眼をすがめる。
『山岡司令が東京に救援要請を打ちましたから――』
『あ、アカン! おねーちゃん、それゆーたら――』
 井上の制止も、時すでに遅し。
 ぶちん、という音とともに、(どこから入ったかも知れない)逆光の中、小野の眼鏡だけが(どこからともなく射し込んだ)光を反射して浮かび上がる。
「また……またあいつが来よんのかぁぁぁぁぁぁっっっ!!!」

―――――――― * * ※ * * ――――――――

 小野の雄叫びに、海面が丸く細波立った。
 一瞬遅れて、サンダー2が海面上に飛び出し、ポートアイランド側の岸辺に着陸する。妙に腰を落とした『踏ん張るポーズ』で。
『ふざけんなここはかんさいやとうきょうもんのくるところやないとなんべんいえばおのれらは――』
 腕を振り回し、地団駄を踏んで怒りまくるサンダー2。当たるを幸いに、飛び掛ってくる蜘蛛も蟻も建物もクレーンも関係なく叩き潰してゆく。
 EDFレディは対岸の本土側・神戸大橋の橋脚袂に着地した。その制服は、度重なる激闘で少々乱れている。
「小野隊員、落ち着いて。お気持ちはわかりますが、これは人類の行く末を決める戦い、彼の力も――」
『や  ましわっ!!』
 一喝されたEDFレディは、怯えたように身体を震わせた。
「何を……」
『けっ、しょせんは女か。そうやって白馬の王子様が来るのを待つんが性におうとるゆーことやな。アホくさ、やってられるかい』
 EDFレディの露出した頬に細波のような引き攣りが走った。
『小野はん、それは言い過ぎでっせ! 彼女は別に――』
『神戸っ子は黙ってぇ!! ――なにが“彼”や、ふざけやがって。まだ見ぬ英雄に心ときめかせとけ、ドアホ』
「小野隊員」
 EDFレディは、心底冷え切った声で呼びかけた。
「EDF隊員として不適格なあなたに言われたくありません。度重なる命令違反、規定違反、独断行動、相手を問わぬ侮辱的発言、妄想の垂れ流し、自意識過剰、他者への不寛容……どれだけの人が迷惑していることか」
『迷惑ぅ? ……やっぱりわかってへんようやな。人間、迷惑かけおうてなんぼやんけ』
 小野は鼻で笑っていた。
「あなたの妄想など、誰も理解しないわっ!!」
 EDFレディは初めて感情も露わに叫んだ。
『は、妄想てなんや。大阪府知事の件か? それとも東京モンの陰謀の件か? ……どっちゃでもええわい。そんなしょうもないことに惑わされやがって』
「え……?」
『確かにオレのは妄想かもしらん。せやけど、それやったらおのれのはなんやねん。あ?』
「私の発言のどこが妄想だと――」
『ほな聞くけどな。東京から救援が来なんだらどないすんねん。今、この瞬間に東京が襲われてない保証がどこにあるんや? 襲われてのうても、奴がその救援依頼を承諾する保証は? 承諾したとしてや、今度は奴を乗せたバゼラートが撃墜されへん保証は? 撃墜されんでも、時間通りに来る保証は? 時間通りに来たとしても、必ず勝てるっちゅう保証は!?』
「あ……う」
 EDFレディは、胸を打ち抜かれた気がして、よろめいた。橋の橋脚に寄りかかる。
『来るか来ぉへんかわからん救援に期待して、それを待てっちゅーのが妄想とどう大差あんねん! それより、今やらなあかんことがあるやろが!! ……うざいんじゃ! 今取り込み中や、後にせえ!』
 サンダー2にまとわりつく羽蟻を力任せに振り払って、対岸からEDFレディを指差した。
『ええか、女! おのれが着とるその制服の意味もわかっとらん奴が、大口叩くな!! その制服を着たらなぁ、後ろに何かを守る義務が生まれるんじゃ! 助けを待つ連中のために戦わなあかんオレらが、助けを待ってどないすんねん! 何が起きてもおのれ一人で決着つけたるだけの根性ないんやったら、はなから出てくな! 目障りじゃ! イね!』
 サンダー2は言いたい放題言いまくると、くるりと背を向け、南に向かって歩き出した。

―――――――― * * ※ * * ――――――――

『お、おい小野、撤退するんとちゃうんかい!』
 井上が慌てて叫んだ。
「やめじゃ! あ゛〜〜〜〜〜〜ムカムカする……こないなったら、奴が来る前に全部終わらしたる! たとえ機体の中のサンダー線融合炉を引きずり出してもや!!」
『引きずり出して……何すんねんな』
『さあ。蟻て、サンダー線が弱点なんですかね?』
「覚悟の話やっ!! ――おう、ええとこに憂さ晴らしの相手が来おったわ」
 小野は舌なめずりをした。
 2匹の女王蟻がサンダー2の行く手を塞ぎ、大量の酸をバラ撒いていた。
 バケツで水でもかぶるような勢いで、黄色い酸がサンダー2の白い装甲にぶっかけられている。
「邪魔じゃボケえええええええっっっ!!!!」
 揃えて突き出した両腕の拳が飛び出す。
 胸をどつかれてのけぞり倒れた二匹の女王に、サンダー2はのしかかった。
 もはや何の躊躇もなく頭部をがっしとつかみ、胸部に足をかけて力任せにもぎ取る。その、まだ顎がぎちぎち動いているその頭部を、最後の一匹にドッジボールよろしくぶつけた。
 再び横倒しになった最後の女王の腹部と胸部の間を押さえつけ、脚をつかむ。
「……おう、井上。ちぃと占おか」
 邪悪そのものの笑みを満面にたたえた小野に、井上の表情が引き攣る。
『う、占うて……どないして』
「花占いならぬ、蟻占いじゃっ! ほれ、人類は勝てる〜」
 言うなり、女王蟻の脚を一本引き抜いた。
「人類は負ける〜」
 次の脚を引き抜く。哭き喚いて暴れる女王蟻だが、サンダーロボの力はびくともしない。
『え、えげつないことしよんのぉ!?』
『うわああああああああ、小野はん、それは放送できまへ〜ん!!』
 二人の叫びも虚しく、小野の蟻占いは続いた。

―――――――― * * ※ * * ――――――――

 EDFレディは蟻占いに興じるサンダー2の背中を見つめていた。
「……博士……五月雨博士、聞こえますか」
 その声は、今にも壊れてしまいそうなほどか細かった。
『なんじゃ、どうした? 不具合か?』
「私は……間違っていたのでしょうか…………EDF隊員として、心得違いを――」
『……………………』
「節度、協力、効率……自らの力と戦況を冷静に見極め、出すぎず、退きすぎず……力が足りなければ、力を集める。私は兵士として、それが正しいと思っていました」
『それが普通じゃろ』
 五月雨博士のぶっきらぼうな声に、EDFレディは左右に首を振った。
「しかし、実際、戦績を上げているのは彼らです。まるで、全てを嘲うかのように――」
『やれやれ……。確かにお主は小野隊員に比べ、大事なものが欠けておるようじゃ』
「やはり……そうですか」
 唇を噛む。悔しさが込み上げる。あんな、妄想を誰はばかることなく撒き散らす害悪の象徴のような男に劣っている自分に。
『お主には、“心意気”が足りん』
「……“心意気”?」
 意味がわからず、蒼いバイザーの下で眉をたわめた。
『そうじゃ。EDF隊員としての“心意気”じゃ。誰に後ろ指を差されようとも、その制服に誓って果たすべき何かを果たすという“心意気”。小野隊員はやり方こそ無茶苦茶で、誰彼なく迷惑をかけてはおるが、おのれの信念にだけは筋を通しておる。お主にはそれがないから、くよくよ悩まねばならんのじゃ』
「…………………………」
『じゃが、EDFレディよ、悩むことはない。お主とて小野隊員が持っておらぬものを持っておるではないか』
「私が?」
 劣等感と屈辱に沈みかけていたEDFレディは、すがりつくように聞き返した。
「私が……彼にないものを持っている?」
『そうじゃ。お主自身が言ったことじゃ。節度、協力、効率……それに品性も加えておこう。いずれも小野にはないものではないか。EDFレディ、これまでオペレーターとしてあの小野隊員の行状を見てきたお主が、彼を見下げたい気持ちはよくわかる。じゃが、お主と小野はいずれもEDF隊員ではないか。目指すべき目的は同じのはず』
「…………………………」
『ないものねだりで悩んでおる暇があれば、おのれの能力を十二分に発揮して、状況を打開せよ! わしが与えた力は、そのためにこそある!!』
 黒い手袋に包まれたEDFレディの指が、トリガーにかかる。しかし、すぐ何かを恐れるように、引き下がった。
「しかし……私は彼らに拒否されました。この戦場にはもう――」
『では逃げるがよかろう。逃げてお主が言ったように救援を待つがよい。それも一策』
「しかし、それではEDF隊員として示しが!」
 思わず叫んでから、自己矛盾に頬を染める。
『やれやれ、難儀な娘じゃのう。戦う理由は人それぞれ、戦い方も人それぞれじゃ。あやつと考え方が違うからといって、同じ戦場で戦ってはいけないという法はないし、その逆もまた然り。どこで、いつ、どのようにして、誰と、何故戦うかは戦う本人でなければ、決められん。たとえ戦うことを義務付けられた兵士でものぅ。お主はどうしたいのじゃ? この場から引き上げたいのか、それとも連中とともに戦いたいのか?』
 EDFレディは拳を握り締めた。
 決まっている。戦いたい。いや、戦わなければならない。私はEDF隊員なのだし、何よりオペレーターの仕事を放り出してここへ来たのは彼らの援護をするためではなかったか。
 ふと東の空を見上げた。
(ああ……)
 吸い込まれそうなコバルトブルーの夏空に、真っ白な入道雲が、地球の覇権を争って戦い続ける地球人と侵略軍の戦いなど知らぬげにどっかり浮かんでいる。
 胸の中にうずくまっていた雑念が霧散してゆくのを感じた。
(……そう。私は何を悩んでいたの)
 前線に出たからには、下らないことで悩む前になすべき責務がある。ここで逃げ出せば、小野隊員たちどころか、自分にさえ顔向けができなくなる。それに、あの襲撃の日に亡くなった家族や恋人にも。
(私は、命惜しさに戦っているんじゃない。うまく言葉にはできないけれど、私にも戦う理由はある)
 ふと、唇がほころんだ。
「五月雨博士……ありがとうございます。目が醒めましたわ」
 不意に、その視界を遮って蜘蛛が降ってきた。
 慌てず騒がず、銃口をぴたりと複眼の真ん中にポイントし、トリガーを引く。
 蒼い稲妻レーザー光が頭部から腹部まで真っ直ぐに突き抜け、蜘蛛はガックリ八本の脚を折って崩れ落ちた。
「――たった一つの命を捨てて、生まれ変わったこの身体。宇宙の悪魔を撃ち砕く、私がやらねば誰がやる……」
 蒼いバイザーの奥で、眼がギラリと光を放った。
「EDFレディ、行きます!!」
 地面を蹴って高く跳んだEDFレディは、空中で華麗に前転を決めると、腰のブースターを噴射してポートアイランドへと向かった。

―――――――― * * ※ * * ――――――――
 
 蟻の足は6本である。
 したがって、最初に【人類が勝つ】で始めると、どうしたって偶数本目は【人類は負ける】となる。
 羽むしりに触角むしりを入れたところで、結果は同じ。
 つまり――
『小野はん、もう引っこ抜くもんがありまへんで』
『人類の負けかいな。……ぷぷぷ』
 通信画面の向こうで、二人はこらえきれずに小さく吹いていた。
「やかまし! ……ほなら、これでどないや!!」
 もはやぴくぴくとその巨体を震わせ、酸を垂れ流す芋虫と化した女王蟻の頭部をつかみ上げ、一息にねじ切る。
「これで【人類は勝つ】。ついでに楽にしたったんや。誰も文句あらへんやろ。かっかっか」
『文句なら山ほどあります。無駄な戦闘でこんなに酸を撒き散らして……復旧作業がどれだけ大変か。後のことも少しは考えてください』
 夏の蒸し暑さを切り裂く一陣の秋風のように、EDFレディの凛とした声が通信機から流れる。
 小野のこめかみに血管が浮いた。
 レーダーとサイドモニターを確認する。EDFレディがビルの屋上から屋上へ飛び移り、接近してきていた。
「なんじゃい、役立たずの妄想女。後のことなんぞ知るかい、今は勝つことが一番やゆうて――」
『女王蟻の脚を何本引き抜いても、敵を撃退することはできません。今あなたがなすべきは、神戸空港にある敵本拠地を叩くことのはず。それをこんなことで時間の浪費をして……まるで小学生ですね。しかも一本足りないし』
 クス、と笑った声まで通信機は拾い上げる。
「このアマ……じゃかあしいっ!! おのれが戦力にならんさけ、潰しとったんやないかい!」
『それはお世話様。頼んだ覚えはありませんけれど』
 ビルの上まで這い上がってきた黒アリが、EDFレディの行く手を塞ぐ。
 EDFレディは慌てず、左手を横に拡げると何かを導くように黒アリへ振った。何か小さなものが3つほど腰の後ろから飛び出し、三条の赤いレーザー光を放つ。黒アリは悲鳴を残して、ビルの谷間へ落ちた。
 それを横目で見ながら、小野は鼻を鳴らした。
「ふん。ああ、そーかいそーかい。ほな、あとは知らんで。――瀬崎っ! サンダー1やっ! 一気に飛ぶで! オープン・サンダー!」
『ラジャー!! チェェェンジ・サンダアァァァ・1ンンッッ!! スイッチ・オンン!!』
 空中で華麗にお互いの位置を入れ替えた三機は、紅のロボットへと合体変形し、ポートピアに建つビル群を一息に飛び越えて神戸空港島を目指した。

―――――――― * * ※ * * ――――――――

 赤い機体が立ち並ぶビルやマンション群を颯爽と飛び越えて行く。
 その姿を見送るEDFレディは微笑んでいた。
「そう。あなた達は行きなさい。後ろは、私が護る」
 バイザーのHMDに表示されたレーダーに、数十の赤い光点が映っている。
 神戸ポートピアホテルを横目に、神戸新交通ポートアイランド線・通称ポートライナーの南公園駅の屋根を軽く踏みつけ、中央緑地に着地する。
 振り返ったEDFレディはポートピアの中心街を――その中に潜み、蠢く巨大生物達を一瞥した。
「さあ、いらっしゃい。ここから先は通しませんわよ」

―――――――― * * ※ * * ――――――――

 コナミ本社を踏みつけ、南公園を越え――サンダー1は神戸空港島に臨んだ。
『……何ですのん、あれ』
 サンダー1を神戸空港橋の上空に待機させたまま、瀬崎が言葉を失う。
 小野・井上もまた、驚きに声が出せなかった。
 神戸空港島はいまだ粉塵に蔽われていたが、その中からにょっきりそびえ立つ隆起物の異様な姿だけは見て取ることができた。
 それは、高さ100mほどの不恰好な土の塔だった。でこぼこの外観デザインにはあまり知性は感じられない。
『……のう、小野。ワシ、あれに思い当たる節あるんやけどな。南米とか東南アジアとかでよぉ見かける、シロアリの巣に似てへんか?』
「ああ……オレもそう思とった。蜘蛛はともかく、蟻が出てきとるわけやしな」
『つまり、あれを壊せばそれ以上蟻は――』
 瀬崎の声が希望に輝く。しかし、小野はむしろ緊張の走る表情で答えた。
「いや、中途半端に壊したら、かえって中におった蟻が一気に湧き出して来よる。潰すんやったら中のやつらごと殲滅せなアカン。サンダービームでな」
『わかりました。ほな、神戸空港島に着陸してサンダー2に――』
 レーダー上の敵影を警戒しつつ、着陸する。
『それじゃ、オープン……』
『待て、瀬崎!!』
 井上の叫びと同時に、舞い上がる粉塵の壁が内側から吹き散らされ、紅の壁が衝撃を伴ってサンダー1に襲い掛かった。
 震動するコクピットに三人三様の苦鳴が漏れる。
『な、なんですのん!?』
「……ここにおったか!!」
 小野が引き攣った笑いを浮かべる。 
 その殺意を揺らめかす視線の先に立ちはだかる身長40mの巨体――二本足でそびえ立つ巨獣【ソラス】。
 身長が30mに満たないサンダーロボより頭一つ高い。
『小野……奥……』
 何かに怯えるような井上の声に、モニター画面の望遠が切り替わる。
 【ソラス】の奥にまた【ソラス】。しかも、左右に一体ずつ。
「【ソラス】……3匹やとぉ!?」
『うっわー……ああ、今日が僕の命日、ここが――』
「そのセリフは聞き飽きた」
 泣き声混じりの瀬崎を一蹴して小野は鋭く息を吐いた。
「瀬崎、飛べ! やつらは空に弱いはずや!! 空中から攻撃するんや!!」
『りょ、りょうか――え?』
 再び翔ぼうと空を見上げたサンダー1は、動きを止めた。
「な――」
 モニターに映る光景に、小野も絶句する。
 井上も口をぽかんと空けたまま、呆けていた。

―――――――― * * ※ * * ――――――――

 カウントは二十を超えたところで諦めた。後から後から襲い来る赤蟻、酸蟻、蜘蛛。
 ポートライナー南公園駅は既に酸臭漂う廃墟と化しつつあった。周囲の緑も、無残に踏み潰されている。倒れた木々の梢に絡まった白い蜘蛛糸は、季節外れの雪のようだ。
「ふっ」
 鋭い呼気とともに、浮遊するレーザー発振装置に狙うべき敵を指示する。
 そこから放たれた三条の赤いレーザーが赤蟻の硬い甲殻を撃ち抜き、真っ二つにした。
 不意に静寂が訪れた。
 レーダーを見れば、次の敵が接近してくるまで少し間があるようだ。
 EDFレディは一息ついて、浮遊レーザー発振機を格納した。
 サンダーロボが神戸空港島の敵本拠を叩きに行った以上、背後からの攻撃はあまり気にする必要がない。あとは本拠と分断されたザコ敵を掃討すれば、神戸はひとまず安全になるだろう。
(そうね……こちらから迎え撃って早急に殲滅し、サンダーロボと合流した方が――)
 少し思案にふけった時、ふと日が翳った。
 何気なく南の空を見上げる――そして、目を疑った。

 空は、塞がれていた。

―――――――― * * ※ * * ――――――――

『おおおおおお、小野ぉぉぉぉおおっっっ!!! ここここここれ……』
 どもりまくる井上。瀬崎の叫びだか喚きだかは既に意味をなしていない。
 空は銀色の蓋に蔽われていた。
 キャリアーを超える威容。下部センターハッチから生える八本の脚状砲塔。その砲塔を囲むように浮いている、紫色のスペースリング。
「マザー…………シップ!!!」
 からからに渇いた口で、かろうじて小野は吐き捨てた。
 その満面に笑みがこぼれる。
「……く……くく…………くくくくくくく、ふあははははははははははははははははは!!!! 来た来た来た来た来た来た来たでええええええっっ!!」
 二人が恐怖に頬を引き攣らせる中、小野だけは狂ったように哄笑を続けた。
「きーひひひひひひひ、ふひゃはひゃひゃひゃひゃひゃ、ほーっほほほほほほほほほほ、ぎゃあははははははっはははっははは――とうとう敵の大将がお出ましやっ!! 千載一遇、一日千秋、一期一会、危機一髪、こぉこであったが百年目ぇ!!」
 コンソールをバンバン叩き、心底嬉しそうにシートの上で身悶える。
 そして、一瞬にして表情を消し、びしりと指差した。
「――墜とす!」

――第4話へ続く


【第4話 予告編】
    【目次へ戻る】    【ホーム】