EDF関西外伝!!

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第2話 新たなる脅威!!


『どうやら概ね片付いたようじゃな』
「ああ、博士。あとはザコ蟻ばっかりや。オレらこれを降りて生身でも戦えるわ」
 小野が大きく一息ついたその時だった。
『待て、小野!!』
 井上の叫びを待つまでもなく、異常を感じた。
 宙に浮くサンダー1の足元、海面が波立っている。
 周囲を見回せば、ビルが左右に揺れ、阪神高速の高架やたった今破壊されたビルが崩落している。
『じ、地震……!?』
 瀬崎が心底怯えた声を出した。
『じ、地震は、あ、あきまへん……!!』
「落ち着け瀬崎! ……このタイミングで大地震が来るかいや。これは何か別の……」
 周囲の映像パネルを見回す小野。その眼鏡の奥の眼が、あるパネルに吸いつけられたとき、通信機からオペレーターの悲鳴が響き渡った。
『大変です! 神戸ポートアイランド沖、神戸空港に謎の隆起物が!! そこから無数の巨大生物が飛び出してきています!!』
「……これか!」
 小野は目を凝らし、パネルの望遠倍率を上げる。しかし、それと思しき場所は舞い上がる砂塵によって遮られ、何があるのかはっきりとはわからない。
 続け様にオペレーターが叫ぶ。
『小野隊! 敵第二派出現! 海から新たな円盤!! 山から……撃墜されたキャリアーからも、精鋭円盤出撃!! それに隆起物から巨大な生物の反応……無数の巨大生物と……女王!? 女王蟻です!!』
『うっわー……えげつないくらい出してきよんな。どういうこっちゃ』
『奴ら、気づきおったのじゃ』
 井上のぼやきに、五月雨博士が答えた。
 小野は訝しげに聞き返した。
「気づいたて、何に?」
『ここに人類反攻の切り札があることにじゃ! 全勢力を持って、叩き潰すつもりじゃ!』
「なるほど」
 ギラリ、と小野の眼鏡が(どこから差し込んだかわからぬ)光を弾く。
「つまり逆に言えば、ここで奴らを挫けば人類の勝ちが決まると言うわけや。くっくっく、これはオレに風が吹いてきたようやな。この決戦に勝てば、オレが大阪府知事で関西連合国の首長や!」
『なんや、まだ諦めてへんかったんかい』
 井上のうんざりしきった一言に、小野は天を向いて吼えた。
「男がそうそう己の野望を捨ててたまるかいっ!! タイガース優勝と大阪遷都はオレの悲願なんやっ!! ――井上、瀬崎! やるど!!」
『了解!』
『へいへい。ほんで、どれから叩くんや?』
 小野の目が素早く周囲の状況を読み取る。
「精鋭や! あのはしこいのは一番厄介や! 瀬崎、行け!」
『了解! うりゃああああああ!!!』
 お互い高速で接近したサンダー1と精鋭円盤軍団は、三ノ宮駅上空で激突した。
 サンダー1のパンチを受け、鍋蓋のように吹っ飛んだ円盤が神戸阪急ビルに突っ込む。
 別の一機が蹴りを受けてはるかセンタープラザに落ちる。
 だが、そんな衝撃をものともせず立ち直り、再びサンダー1を包囲する群れに加わる。周囲を囲まれたまま、レーザーバルカンの集中砲火が始まった。
 だんだんサンダー1の空振りが多くなり、腕や脚で防御姿勢をとることが多くなる。
『……くぅ、やはり精鋭、硬い! 速い! うっとおしい!』
「こうなったら瀬崎、サンダー2のサンダービームで!!」
『アホ言え、避けられんのがオチや! そんで動けへんなったらどないすんねん! まだこの後、女王もおるんやど!』
 井上の珍しくまともな指摘に、小野は歯噛みをした。
「ほな、どないすんねん! サンダー3かてこの状況ではどないもならんやろうがっ!!」
『何いうてけつかる、このメンバーでいつも案を出すのはお前やないか! お前がしっかりせんで、どないするねん!!』
「オレばっかり頼っとらんと、自分でもちょっとは考えたらどないやねん!」
『おのれの野望に人を巻き込んどいて、なんちゅう言い草や! お前が府知事に立候補しても、絶対お前には入れたらんぞ!』
「へっへーん、お前の票なんぞなかろーとぶっちぎりのトップで当選したるわい」
『小野はん、井上はん』
 瀬崎の妙に神妙な声。しかし二人の舌戦は収まらなかった。
『おお、そーか。ほなワシも立候補したるさけの。そうすりゃ票が割れること間違い無しや。何やゆうても、ワシも【ソラス】退治の立役者の一人やさかいな!』
「こすっからい選挙妨害やのぉ! お前みたいなんが、選挙に影響出るほど票を集められると思とんかい。鏡見て出直して来いや!!」
『このサンダー1……本来の力を出します。黙ってへんと舌噛みまっせ!』
 言うなり、サンダー1は急加速した。あまりに早すぎて、今まで佇んでいた場所に残像が残るほどの速さで。
 井上と小野は座席に押し付けられ、もはや一言も発せなかった。
 簡単に精鋭の背後を取ったサンダー1は、組み合わせた両手を叩きつけた。
 足元の三宮JR駅に叩きつけられた精鋭円盤の上に、膝から落ちてとどめをさす。精鋭は爆発した。
『……これが、サンダー1!! なんて早さだ! バゼラートの比じゃない!』
『当然じゃ。ローターを回して揚力で飛ぶなどという非効率的なものと、サンダー線融合炉をフルに稼動させて有り余るパワーで強引に空を飛ばすのを同列に考えてもらっては困る! 第一、そのサンダーロボは円盤の浮遊飛行技術に近いものを使用しておるのじゃ。技術が同じなら、後は供給エネルギーの総量が――』
『勝てる! これなら勝てるぞ! 神戸の町は守れる!!』
 五月雨博士の説明も聞かず、超高速で移動を繰り返し、次々精鋭を墜としてゆく。
 そのため、ふと五月雨博士が呟いた一言を瀬崎は聞き落とした。
『……それはどうかのぅ。それだけで勝てるほど、この戦いは甘くはないぞ』

―――――――― * * ※ * * ――――――――

「こんな……こんなの……勝ち目なんてない」
 正面パネルを見ていたオペレーターは唇を噛んだ。
 サンダーロボのエネルギーは半分を切っている。だが、敵は第1派より多い。
 謎の隆起物から続々と現われ、三宮周辺で苦戦しているサンダーロボ目指して真っ直ぐ突き進んでいる。
 その数、ゆうに百体を超えている。神戸空港はもとより、ポートアイランド南部は赤に染まっている。
 振り返ると、北川と入れ代わって着任したばかりの山岡司令は、関係各所に連絡を取り、応援部隊を組織しようとはしている。しかし、このままでは間に合わないだろう。何しろ、ここから神戸まで公共交通機関は現在、麻痺しているのだ。輸送用バゼラートでも運輸能力には限度がある。
「……この戦いが……人類の行く末を決めるかもしれないのに……このままじゃ…………今は……一人でも戦力が必要なはず……」
 オペレーターは握り締めた手を、胸に抱きしめるようにして目を閉じた。
 山岡司令は東京総司令本部にも連絡をつけているらしい。つい先日のように、英雄を呼ぶのだろうか。
「……そう、英雄が来るまで…………英雄が来るまでの時間稼ぎなら……私にも……」
 目を開いたオペレーターは、決然と席を立った。
 たまたまそこにいた女性隊員の肩を叩き、後はお願い、とだけ言って足早に部屋を出て行く。
 その女性隊員と山岡司令は何が起きたのかわからぬ風に、ただ呆然とその後姿を見送った。

―――――――― * * ※ * * ――――――――

 最後の精鋭円盤を叩き潰した時、謎の隆起物から現われた巨大生物群は、ポートアイランドにつながる神戸大橋を渡り、三宮の街へ入っていた。ここからでは見えにくいが、レーダーの南側は真っ赤に染まっている。
 瀬崎は唇を噛んだ。人の姿はないとはいえ、故郷を蹂躙される様は悔しいの一言に尽きる。
「クソ、次から次へと……だが、この神戸はボクらが守って見せる! 次は貴様ら――』
『焦るな瀬崎!』
 そのまま迎撃しようとするサンダー1が、空中で動きを止めた。
 瀬崎は信じられない、とばかりにサイドパネルに映る小野の顔を睨んだ。
「な、なんでです、小野はん!?」
『こういう時は、各個撃破か一転集中突破が基本や。後から後からひっきりなしに押し寄せる相手を、まともに正面から相手にしたらアカン! エネルギーかて、無限やない』
「ほな、どないするんです!」
『オレら歩きやったらやばかったけど、こいつやったら大丈夫や。ええか、これだけの数が来てるんや。今やったら、神戸空港は手薄なはず。敵の中枢、隆起物を潰すんや!』
「な、なるほど……戦場を高速移動できるサンダーロボならではの特攻戦法ですね! じゃあ、行きます!」
 サンダー1は一瞬溜めを作ると、ジェット機のような速度で飛び出した。一息にポートアイランド沖合いの神戸空港島を目指す。
『なんや、冴えてきよったやないかい』
『あほう、初めからゆうとるやろ。オレの頭がEDFの最強の武器なんや。かかかかか』
『さよけ』
 小野と井上の毎度の掛け合いを聞いていた瀬崎は、不意に機体を急停止させた。
『ぬが』
『うご』
 つんのめった二人がそれぞれに悪態をつく。
「小野はん!! ……何です、あれ!?」
『はぁ?』
 瀬崎の眼差しが、正面に映るそれを睨む。それは円盤だった。だが、精鋭でもないし、通常の円盤でもない。
 銀一色で、中央から棘のようなものが突き出している。そして、形状が円ではなく八角形だ。
『……新型か!?』
「くっ…………どけ! サンダー・バルカン!」
 両肩から生えたバルカン砲が火を吹く。
 しかし、放たれた弾丸はサンダー1に跳ね返ってきた。
 放った弾数の半分ぐらいをまともに受け、バランスを崩して墜ちたサンダー1は、創価学会の建物を押し潰し、貿易センタービルの下部にめり込むようにして止まった。
「……く……な、なんですのん、今のはっ!」
『まさか、弾き返しおったやと!?』
 小野の声がひっくり返っている。
 レーダーを確認した井上が叫ぶ。
『アカン、囲まれるど! サンダー3にチェンジや! 三機ともの兵装を全部使えるしさかいな! 総火力で圧倒するんや! それやったら接近中の群れにも対応できる!』
『せやな、それがええかもしれん。瀬崎、オープン――なんや?』
 その時、何かがサンダー1の身体に巻きついた。それはすぐに視界を覆うほどの量となって、機体に降り注ぐ。
『……糸!?』
 同時にお馴染みの粘着質な打滴音が聞こえてくる。
『アカン、酸の雨まで――瀬崎、はよう分離を――』
 小野の叫びは鈍い衝撃で封じられた。何かが貿易センタービルに背を預けて座り込むサンダー1の胸の上に乗っかっていた。
 正面カメラを覗き込む四つの赤い複眼、短毛に覆われた丸っこい体、太い八本の脚――
『蜘蛛ぉ!?』
 井上の悲鳴に、珍しく小野が慌てふためききった声で応じる。
『ちょお待て、どういうこっちゃ!? オレらの敵は蟻とちゃうんかい!! くそ、とにかく瀬崎、立て! ――本部! 本部!! 博士でもええ! 誰か説明してくれー!!』
 言われるまでもなく、瀬崎は先ほどからサンダー1を立たせるべく、あちこちのレバーやらスイッチやらペダルをいじり回していたが、機体に絡みついた白い糸が立ち上がる動作を邪魔している。
『――瀬崎隊員。飛ぶんじゃ!』
 五月雨博士の声が届いた。
『立とうとしてはいかん! むしろ力任せに飛べ! バルカンで蜘蛛を掃討し、飛び上がって空中で体勢を立て直すのじゃ!』
「了解!!」
 返事と同時に、サンダーバルカンを起動。機体の上に乗っかる蜘蛛を数体蹴散らすと、飛行ユニットのパワーレバーをMAXまで叩き込む。
 ぶちぶちと音を立てて千切れ飛ぶ糸。
 だが、サンダー1が空中に浮かび上がる寸前、前方からの光が翳った。
「――な……」
 絶句。
 そこには蟻の頭を並べたような巨大な節足生物が――
「ムカ――」
 デ、の発音を許されず体当たりを受けたサンダー1は、再び貿易センタービルに背を預けて座り込んだ、元の態勢に戻されてしまった。
 それぞれ三様の悲鳴と苦鳴が交錯する。
 さらに体長30mはありそうな巨大ムカデはそのまま貿易センタービルに巻きつくようにして、サンダー1を縛りつけた。そこへ再び蜘蛛の糸が降りかかる。
「あ、あきまへん……飛べまへん!」
『一回ぐらいで諦めんな、ぼけえ!! もっぺん行ったらんかい!』
 思わず漏らした瀬崎の弱音に、井上の怒声が飛ぶ。
「飛ぶ前に動けまへんのや! バルカンもムカデの腹で押さえられて、銃口が前向きまへんねん!」
『くそ、サンダー2なら出力絞ったサンダービームで吹き飛ばすんやがな! それにしてもなんなんや、この連携の取れた攻撃は!!』
 小野も名案が浮かばないのか、苛ついた声で喚く。
『……小野、瀬崎! 装甲を叩く音が……酸や!』
 井上の声に耳を澄ますと、確かにびちゃびちゃといやらしい音が真紅の装甲を叩いている。
 蒼ざめていた瀬崎の顔から、さらに血の気が引いた。
「さ、五月雨博士! 装甲は保つんですか!?」
『保たん』
 即答だった。瀬崎の頬が引き攣る。
『その状況では、蟻酸に溶かされるかムカデに締め潰されるかのどちらかになる。……まあ、いいところ3時間というところか。女王が来たら、その効率はさらに上がるじゃろう』
『冷静にゆうとる場合かいっ! 博士! なんか妙案ないんかいや! こういうときの博士号とちゃうんかい!』
 井上の叫びに、五月雨博士はしばし沈黙した。
『む……博士号はそういうモンではないんじゃが…………一つだけ奴らに一泡噴かせる方法がないでもない』
『おお、それを早う――』
『博士、自爆は却下な』
 小野の素早い突っ込みに、通信機の向こうで舌打ちが鳴った。
『……井上、瀬崎。覚悟決めえ』
 その声を聞いた途端、瀬崎はガックリ首を折った。小野がこれを言い出すとろくなことにならない。
 案の定、井上も同じ思いのこもる声を発した。
『まーたそれかい』
『まあ、聞け。この状況で取れる手段は四つや。博士がゆーたように奴ら巻き込んで自爆するか、このまま機体が溶かされるまでの命を永らえるか、機体を捨てて外へ出て協力しながら戦域離脱を図るか、それぞれ別々に分かれて敵追っ手を分散させ、個別に撃退しつつ戦域離脱を図るか、や』
『まー、どれも却下したい気分やな』
「そーもいかんでしょ」
 瀬崎は大きく吐息をつきながら、コクピットの中に納めた自分の武器を見やる。
 【ソラス】撃退の時と違い、どう転んでも自分の命日は今日で、死に場所はここらしい。もっとも、他の二人と違って、生まれ故郷で死ねることを幸せと思うべきなのかもしれない。
(……貿易センタービルが墓石かぁ。近代では最大の墓石ちゃうかな?)
「で、どっちにします? 一緒? 別々? あれこれ考えるのは苦手なんで、小野はんに任せます」
『ワシも任せる』
『決まっとる、こういう時は――』

―――――――― * * ※ * * ――――――――

 突然空を切り裂いて走った蒼い稲妻が、サンダーロボに巻きついていたムカデの頭部を灼いた。
 のけぞり暴れた拍子に、巨大ムカデごと絡み付いていた糸がぶちぶちと引きちぎられる。
『……なんや、どないしたんや!?』
 小野隊員の慌てぶりに、思わず口元が緩む。
 稲妻を巧みに操り、機体を縛る糸を次々と切断しながら通信回線を開く。
「小野隊、援護します、もう一度、立ち上がって下さい」

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『援護、て……今のオペのねーちゃんやのぉ?』
 井上が呆然と漏らす。
『ええ。ボクにもそう聞こえましたけど……今の、いつものオペレーターのお姉さんですよね』
 瀬崎も間抜けな声で聞く。
 小野だけがコクピット内のモニターや機器に目を走らせていた。
「瀬崎! 拘束が解けとる! 飛べっ!!」
『は?』
「ええから飛べ!!」
 いささか気の抜けた瀬崎を叱咤する。途端に上からのGが小野を襲った。
『と、飛べた…………!? 何で!?』
「応援が来おったんや! 横見てみい!!」
 貿易センタービルの屋上に人影があった。
 グレイを基調にコバルトブルーとイエローをあしらったデザインの、ミニスカートの制服。すらりと伸びた脚は、腿の中ほどまである黒いニーソックス風のブーツに包まれている。そして見たこともない未来風の形状の武器を携え、腰の部分から小さな翼めいた機械が見えている。
 その人影は、鳥のくちばしを思わせる形状の蒼いバイザーのついたヘルメットをかぶっていた。表情は窺い知れない。
 井上と瀬崎が呆気に取られ、ぽかんとしていると再び涼風のような声の通信が入った。
『ふふ、まさに酸だーロボですね。赤い装甲に黄色い粘液、白い粘着糸……凄いカラーリングだわ』
 ふっと微笑んだ気配がしたが、次の瞬間にはいつもの事務的なオペレーターの声が戻ってきた。
『サンダーロボ。こちらEDFレディ。蜘蛛と蟻の雑魚掃討は任せてください。女王とムカデ、反射型円盤はお任せします。よろしく』
 返事を聞かず、EDFレディは貿易センタービルの屋上から身を投げた。
『い、EDFレディぃ!?』
『つか、飛び降りましたよ!? 110mあるんですよ!?』
 三人の目の前で、華麗に足を地に向けたEDFレディは腰の翼から不思議な色の光を放った。
 途端に降下速度が落ち、ゆっくり安全に着地する。
 次の瞬間、再び翼から光の尾を二筋引きながら、人間ではありえない高さまで飛び上がる。
『な、何モンやアレは……』
 呆然と呟く井上に、小野は舌打ちを漏らした。今はそんなことはどうでもいい。
「アレがなんであろうと何でもええ! 瀬崎、チャンスや! サンダー2に変われ! 飛べへんけど装甲が1より厚い分、あの糸を多少くろうてもパワーで押し切れる! 女王と格闘戦も出来るだけのスピードもある!!」
『り、了解! オープン・サンダー!!』
「チェエエエエンジ・サンダー2!! スイッチオン!!」
 空中で華麗に組み合わせを変えた三機は再び一つになり、大地に降り立った。すかさずムカデが這い寄る。
「うっとおしいっちゅうねん!!」
 大きなモーションでムカデの頭を思いっきり殴りつける。ムカデは軽々と吹っ飛ばされ、貿易センタービルに叩きつけられた。
「……サンダー1は華麗に、サンダー3は力任せ……ええか、クソ侵略者ども!! よお見てけつかれ! サンダー2の戦い方は、こうじゃあっ!!!」
 サンダー2はうねくり踊るムカデをむんずと捕まえると、その胴体を真ん中から引きちぎった。
『うひいいいいいいいっっっ!!!!』
『うひゃあああああああああっっっ!!』
 二人のどちらがどちらともつかぬ悲鳴がこだまする。
 小野は、眼鏡を(どこから差し込んだかわからぬ光で)ギラリと輝かせた。
「くくくく、しょせん虫は虫。人間様にたてつこうなど、56億7千万年早いわい!! 皆殺しじゃああああああっ!!」
 その狂気をみなぎらせた眼差しは、次の獲物――神戸大橋にたかる3匹の女王蟻に向けられた。

―――――――― * * ※ * * ――――――――

 EDFレディはポートライナー【貿易センター駅】の上に降り立った。周囲からは糸だの酸だのが降りそそいでいる。
 ふとサンダーロボを見やると、ちょうど超巨大ムカデを真っ二つに引き裂いているところだった。
「凄い。やはりこの戦い、彼らが鍵に……」
 ふわっとスレンダーな身体が宙に浮く。
 たった今まで立っていたところへ、酸の雨が降り注いだ。
 駅の壁面を登ってきた蟻に向けて、レーザーをお見舞いする。耳障りな悲鳴とともに黒焦げになる蟻。
 ダンスのように軽やかに、ターンすると蜘蛛が覆い被さるように飛び掛ってきていた。
 しかし、それも空気の圧力で飛ばされる木の葉のように、ふわりと後方へ跳ぶことで見事に躱してみせた。
 少し表情を蒼ざめさせつつも、銃口を赤い複眼の間に向け、トリガーを引く。
 再びジャンプした蜘蛛は、そのまま空中で蒼い稲妻に打たれ、黒焦げになって駅の下へ墜ちていった。
「ふぅ……やはり、さすがに気持ちが悪い。でも、彼らは……いいえ、前線で戦う隊員達はこれをずっと……」
 ヘルメットから唯一覗く唇が、決意を込めてきゅっと引き締まった。

―――――――― * * ※ * * ――――――――

 サンダー2は女王蟻と格闘戦に入っていた。
 もっとも、格闘というほど向こうが抵抗できないので、一方的にどつき倒しているだけではあるが。
 途中で割り込んでくる反射円盤も拳や肘打ちは弾き返しきれず、鍋蓋のように吹っ飛んではビルに衝突している。
 小野のコクピットからは聞くに堪えない哄笑が、終わることなく響き渡っていた。
「瀬崎、モニター見とるか? EDFレディや」
『見てます見てます』
 鼻の下を伸ばした井上の言葉に、瀬崎はすぐ答えた。
『見えそで見えへんところが、何かええなあ。ぐっと来るなぁ』
「え? 見えるんか?」
 慌てて望遠を使い、モニターを食い入るように見つめる。しかし、ミニスカートの裾はまくれ上がりそうでまくれ上がらない。
「……ああっ、うぬっ、もうちょっと……――くく、くそ、もどかしい!」
『いやだから、見えへんて言うてますやん。帰ったら映像解析しまひょ』
「しかし……アレ、ホンマにオペレーターのねーちゃんなんかいな」
『そうじゃ』
 不意に割り込んできた五月雨博士の声に、井上は面食らった。
「お、おったんかいな、博士」
『ちょっとな、確認しておった。間違いない、あの娘じゃ』
 五月雨博士の口調に込められた、複雑な感情に井上は気づいた。
「え〜と……知り合いでっか?」
『まあの。彼女はサイボーグじゃ。わしが改造した』
 井上はコンソールに突っ伏した。
「……なんやて? さいぼぉぐぅ?」
『5月7日の全世界同時襲撃の日、【ひらパー】も蟻どもに襲撃されたことは知っておるか?』
「いや……そうなんか?」
『彼女はその日、非番でな。家族で【ひらパー】に遊びに来ていて、その襲撃に巻き込まれた。彼女は蟻に食われる寸前、わしがかろうじて助け出せた唯一の生き残りじゃ』
『唯一って……じゃあ、彼女の家族は……?』
 瀬崎がおそるおそる聞く。返ってきたのは予想通りの答え。
『みな死んだ。彼女と我々秘密基地の人間以外に、あの襲撃を生き残った者はおらんよ』
「えらいシリアスでんな〜。ほんで、復讐のためにサイボーグでっか? せやけど、これまでオペレーターしかしとらんやろ、あのねーちゃん。戦場に出てきたのは初めて見たで?」
『そうですね。今の戦いぶりも、あんまり鬼気迫る風には見えんし』
『サイボーグになったのは復讐のためではない』
 五月雨博士の声は低く、落ち着いていた。
『助け出したものの、彼女の傷は深く、もはや死を待つばかりじゃった。そこでわしは密かに開発しておったサイボーグ手術を彼女に施し、見事甦らせたわけじゃ。ついでに状況が状況なので、特殊兵装を扱えるようにしておいた。今の時代、どういう形であれ、力は必要じゃからのう』
 井上は激しく首を左右に振った。
「いやいやいや、ついでて。瀕死の重傷さえ救えばええんとちゃうんか。特殊兵装やら空飛ぶやらて」
『まあ、気にするな。その辺はわしの趣味だ』
「趣味で空飛ばすな! 人の身体いじるな!」
 井上の突っ込みを、ぬはははは、と得意げに笑い飛ばした五月雨博士は、すぐに元の声色に戻った。
『じゃが、冗談抜きであの娘には地球最強を誇れるだけの技術をつぎ込んでおる。戦い方次第では【ソラス】との一騎討ちも可能じゃろう。じゃが、心の方はどうにもならんかった』
『心、ですか?』
『そうじゃ。PTSD――トラウマじゃ。敵、特に蟻に対する恐怖が強く、まともに戦えなんだ。じゃが……ようやく乗り越えたようじゃな』
 井上はサイドモニターを見やった。
 蝶のように舞い、蜂のように刺す、という表現がこれほど的確な戦闘もないだろう。見ている間に、二匹の蜘蛛が稲妻レーザーに灼かれ、蟻が数匹紅の光条に撃たれて燃えた。その戦い振りからは、博士の言葉を裏付ける恐れや心の弱さのようなものは感じられない。
「……【洗脳君Ex】を使ったんやあるまいな」
『その手もあったか』
「おい!!」
『冗談じゃ』
 小野と同じく、この博士が言うとまるっきり冗談に聞こえない。
『とにかく、彼女はようやく戦士として立ち上がったのじゃ。先輩として、諸君らも負ける出ないぞ?』
「へいへい」
 井上がやる気のない声で答えたとき、一匹目の女王蟻が羽をむしられ、頭部をねじ切られて神戸港に叩き落された。

―――――――― * * ※ * * ――――――――

「ふあははははははははははは、弱いっ! 弱いぞ、女王!! 貴様が女王なら、オレは神だっ!!」
 残り二匹を前に、腕組みをして神戸大橋の鉄橋のてっぺんに立ち、傲然と哄笑するサンダー2。
『神や、て。うっわー……イくとこまでイってもたか』
『あああ、小野はん……元から壊れとったけど、ますます取り返しのつかん方向へ……』
「じゃかあしいぞ、神の下僕(げぼく)一号二号! ――女王ども、神に、ひれ伏せええええ!!!」
 腕組みを解き、悪魔の翼のように両腕を広げて鉄橋上を前傾姿勢で走り、女王蟻に迫る。無人の荒野を突き進むがごとく、行く手を遮る反射円盤も弾き飛ばして走る。 
『……いやもう、つっこむ気力も出てこんわ』
『ボクもですわ。誰や、こないな危険人物にこんなオモチャ与えてもうて……』
 サンダー2は二匹目の女王蟻を捕まえると、その背に跨った。
「その圧倒的な巨体、下から見れば確かに畏怖の対象やったけどな」
 サンダー2を振り落とそうと暴れる女王蟻を、ひひ、と小野は唇を歪めて嘲笑う。
 横合いから片割れが、酸の霧を吹きつけてきた。
「邪魔やっ!! サンダー・ナックルッ!!」
 突き出した右手の手首から先が射出される。チェーンの尾を引いて飛んだそれは、狙いたがわず3匹目の女王蟻に命中し、軽々と吹っ飛ばした。一声鳴いて海に落ちる。
「ククク、人間様の怒りと知性を思い知れ」
 戻ってきた右手をそのまま女王蟻の頭に押し当て――ようとした時、何かが正面カメラを覆った。
「な、なんやっ!!」
 慌ててその何かを引き剥がす。それは、羽の生えた蟻だった。サンダー2の手の中でもがいている。
「……え〜と……女王が縮んだ?」
『そんなわけあるかいな、あほう!! 羽蟻や! よお見い、いつの間にやら周り中におるで!?』
 言われて周囲をうかがえば、確かに女王のミニチュア版のような羽蟻が何十匹と羽根を細かく震わせて宙を舞っている。
『くそぉ、空飛ぶ蟻やと!? 連中、進化しよったんか!』
『進化でっか、それ?』
 サイドパネルで瀬崎が小首を傾げる。
 言った井上も訝しげに首を傾げる。
『ちゃうか?』
『井上はん、時期が来たらオス蟻に羽が生えて、巣から飛び立つのは自然の摂理でっしゃろ。別に進化言うほどのことでも……あ、ちゅうことは神戸空港の隆起物てひょっとして!?』
『蟻の巣か!?』
 そこへ五月雨博士が割って入る。
『うむ。瀬崎隊員の読み通り、その可能性は高い。これだけ蟻どもを撃滅しても、まだ敵の勢力が衰えた様子がない。隆起物から連中が進撃してきておるところから考えても、アレが敵の中枢に間違いあるまい!』
「ええい、ごちゃごちゃうるさい、下僕ども! 要は全部叩き潰しゃあええんや!! サンダー・ナックル!!」
 小野は右拳を群がる羽蟻に向けてぶっ放した。しかし、羽蟻の群れは一斉に分かれ一匹も当たらない。
 井上が舌打ちをする。
『あほう、なにとち狂とんや! あんな細かい的に単発で当たるわけ――』
「あほうはそっちじゃ、見とれっ!! ――サンダー・ナックル・タイフゥゥゥゥゥンッ!」
 小野は右腕をコントロールするレバーをぐりぐり回し始めた。
 サンダー2は拳と腕をつなぐチェーンを伸ばしたまま、それを振り回し始める。
 女王蟻の背に跨り、頭上でチェーンを振り回すその姿はカウボーイのロデオに似ている。
 近づこうとした羽蟻はたちまち唸りをあげて空を裂く鎖に弾かれ、砕かれ、裂かれて墜ちて行く。反射円盤もなすすべなく弾き飛ばされ、火を吹いて墜ちて行く。
「イィィィィィィィィィヤッホォォォォォォォッッッッ!! ふははははははは、脆い、脆いのおっっ!! 死ね死ね死ね死ね死――ごわ」
 振り回しすぎた拳が神戸大橋のアーチに当たった。当たった拳はアーチを構成する分厚い鉄骨をへし曲げ、そのまま跳ね返ってサンダー2の顔面に命中していた。
 時が――止まった。
 自分の拳で自分の顔面を殴った姿勢のまま、微動だにしないサンダー2。
 動いているものは、殴られた威力で振動しながら低く鳴動している神戸大橋のみ。女王蟻と周囲の羽蟻さえ、動きを止めていた。
 誰もが、いや、世界が呆気に取られていた。
 そして、不意にぐらりと傾いだサンダー2は、そのまま頭から下の海へと落下した。
 時は――動き出した。

――第3話へ続く


【第3話 予告編】
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