EDF関西外伝!!

【目次へ戻る】   【ホーム】



第1話 迫り来る脅威!!

「んあ〜、ひまやのう」
 井上が大きく伸びをしながら欠伸を連発する。
 彼の跨る黄色い塗装の新型エアバイク【ベアー】は先ほどからエンジンを止めていた。
 兵庫県神戸市中央区三宮。
 かつてはJRと阪急の電車がひっきりなく行き来していた高架の下で、彼は警戒に当たっていた。
 眼前に伸びるのはフラワーロード。左手にそごう神戸店が、右手の先には途中からぽっきり折れた市役所が見えている。
 現在、この周囲は避難勧告が出されているため、人影はない。街は死の静寂に包まれていた。
 本当はパトロールとして、街の中を移動しなければいけないのだが、例のごとくサボっていた。
 晩夏の日差しが降りそそぎ、陽炎揺らめく神戸の街には、午後の気だるげな空気が流れていた。

―――――――― * * ※ * * ――――――――

 大阪駅前の壊滅と引き換えに巨獣【ソラス】を倒した小野隊はしかし、度重なる命令違反と服務規程違反、そしてその危険な言動から大阪司令部を追い出されることになった。
 とはいえ、表向き【ソラス】撃退の立役者である小野隊を冷遇するわけにもいかず、そのため彼らは新開発兵器と共に、神戸に派遣されることとなった。
 大阪と西日本をつなぐ要衝でありながらも、いまだ目立つほどの被害を受けていない神戸に派遣された彼らは、他の地方派遣隊とは違い、大阪への帰投が許されなかった。
 つまり、小野隊はたった3人で神戸に駐留し、防衛せねばならなくなったのである。

―――――――― * * ※ * * ――――――――

『とりあえず神戸は5月7日の最初の攻撃以降、酸も吐かんような黒のアリンコしか来とらんからなぁ』
 井上の通信機に小野の、これまた気の抜けた声が聞こえた。
 小野は井上とは反対側の車線に停めた白い塗装の最新鋭戦車・新型ギガンテス【ジャガー】の中でスタンバイしている。最新鋭車両だけあって冷房が効いているため、その座席に座る人間は日々ローテーションで決めている。
「ほいでも、その最初の攻撃で中華街から旧居留地あたりも全滅やろ? ……しょーじき、こんなとこに派遣されてもなぁ。何の楽しみもないわ」
 井上の目がちらりと西を見やる。高架の橋脚が邪魔で見えはしないが、JR元町駅を中心に瓦礫の廃墟が広がっている。【神の雷】と呼ばれる侵略者の超絶兵器の威力である。
『甘いですよ、井上はん。小野はん』
 瀬崎の声が届く。
『神戸は南京町だけとちゃいます。大体、中華な街やったら神戸の永遠のライバル・横浜にもあるやないですか。神戸ゆうたらポートピア、ポートタワー、六甲山1000万ドルの夜景、有馬温泉、異人館、須磨の桂離宮、保久良――金鳥山、あと灘の酒蔵なんかもありますよ〜。今度、案内しますわ〜』
「おお、酒蔵か。それはそそられるのぉ」
 うっとりとした顔で舌なめずりをする井上。
 小野は不思議そうに言った。
『瀬崎……お前、生まれ故郷がこんな目におうとるのに、よぉもまあそんな呑気に……』
『正直、全然平気とは言いまへんけど……』
 低いローター音を響かせて、赤い塗装のバゼラート【イーグル】が北から三ノ宮駅上空を通り過ぎて行く。
 井上は眩しそうに手を額にかざしながら、その姿を見送った。
『でも、ボクら95年の阪神大震災で街が壊れた光景は見てますからね。人さえ無事なら、町は甦りますよ。必ず。まあでも……せやからゆうて、この間の大阪駅前みたいなことはもう御免――』
 不意に瀬崎が口ごもった。
「? どないした、瀬崎?」
『――来た』
「『来た?』」
 小野と井上の声が重なった。
『な、なんやあれ! ダロガが……ダロガがいっぱい――ダロガが踊ってる!』
「はあ?」
『踊るダロガ? なにゆうとんのや、瀬崎』
『自分でもなにゆうとんのやと思いますけど……ウソちゃいます! ポートアイランド西沖側から三角形の陣を敷いたダロガの部隊がぴょこぴょこ跳ねながら……』
「ダロガが跳ねながら?」
 井上が首を傾げていると、続けて瀬崎が叫んだ。
『な、何だこの音楽は……何か、音楽が聞こえて……』
「音楽?」
 通信機に耳をそばだてる井上。小野も声がないということは、同じ気持ちなのだろう。
『……ダ〜ロガ〜ダ〜ロガ〜、た〜っぷりダロガ〜、ダ〜ロガ〜ダロガたっぷりダ〜ロガ〜がやってく〜る〜――うわああああああ、何だこの洗脳ソングはああああ……!! 大阪司令部、大阪司令部!』
「瀬崎!! ――……小野!」
 本部への報告を瀬崎に任せ、井上は傍らのギガンテス【ジャガー】を見やった。
『わかっとるわい!』
 叫びとともにギガンテス【ジャガー】が無茶なウィリーをして走り出――そうとしたとき、大阪司令部より緊急通信が入った。
『――罠です! 背後……六甲山系は摩耶山方面より敵が!!』
 久々のオペレーターの声は緊迫の度が濃い。
 ギガンテス【ジャガー】はつんのめるようにして停まった。
 井上がエアバイク【ベアー】を反転させ、山が見える位置まで移動する。六甲山系をわさわさ這い回る黒と赤のつぶつぶ。そしてその上から巨大円盤・キャリアーが。銀色の光沢が夏の陽射しを弾いて眩しい。
『無数の蟻、キャリアーからなる部隊……あ、神戸沖合いからも円盤多数飛来! 危険です!』
「……いや、危険です、やのうてもう少し具体的な指示をやな」
『敵は圧倒的な戦力です。これではもう……』
「こらー!!! 現場より先に諦める奴があるかぁ!!! ……くそ、小野! どないする! 挟み撃ちやど!」
 井上はギガンテス【ジャガー】を見やった。
『……ふ、義経のひよどり越え逆落としのつもりか。侵略者の分際で味な真似を。だが、所詮は二番煎じや!』
「おお、何ぞ案があるんか!?」
『え〜と…………………………ちょっと時間くれ。今考える』
「ないんかい!!」
 井上が吼えたとき、別回線からの通信を知らせるアラームが鳴った。
「……なんや?」
 周波数を合わせる。通常は使われていない周波数だ。
『……とうとう敵が本格的な侵攻に出てきたようじゃな』
 聞き覚えのない老人の声。井上は眉をひそめて周囲を見回した。
「誰や? 悪いけど、今ワシら忙しいて――」
『わしか。わしはお前らの乗っておる新型ヘリ、戦車、エアバイクを造った者よ。大阪の枚方は【ひっらパー】内に建てられたサンダー線研究所所長、五月雨(さみだれ)博士じゃ!!』
「早乙女やか五月雨やか五月蝿いやか知らんが、今は戦闘中なんや! 後にせえ後に!」
『待て、井上!』
 不意に小野が割り込んできた。
『五月雨博士、このタイミングで通信ということは……ついに完成したんか!?』
『おお、その声は小野隊員じゃな。もちろんじゃ。今、この通信の裏側でお主らの機体のプログラムを書き換えておる。今こそ、三つのサンダー線増幅装置を一つに合わせ、侵略者を叩くのじゃ!』
『了解や、博士! ――井上、南や! 南に向かって瀬崎と合流するンや!』
 井上は何がなんだかわからず、呆然としていた。
(サ、サンダー線増幅装置? 五月雨博士? 誰?)
『井上、詳しいことは行きながら話すさかい、とりあえず来いや!!』
「わ、わかった……いったいなんなんや」
 小野の声色に希望が溢れている、ということに一縷の望みを託し、井上はエアバイク『ベアー』を南へ向けた。

―――――――― * * ※ * * ――――――――

『……五月雨博士は、元々宇宙から微量に降りそそぐサンダー線ちゅう宇宙線を発見した人でな。それだけやない。5月17日の世界同時襲撃以前から、宇宙からの侵略に対する危険を叫び続けていたお人や。もっとも、以前はそんな話空想、いや、妄想で片付けられてたから、僻地の閑職に追いやられていたんやけどな』
「それが【ひらぱー】……ひらかたパークかいな」
 二人は速度を合わせてフラワーロードを南下してゆく。
『せや。そんな妄想おやじ、遊園地の機械管理でええと思とったんやろな、EDF総司令部は。せやけど、五月雨博士はそんな扱い受けてもめげへんかった。密かにひらパーの地下に研究所を作ってたんや。そして、今日のこの日のためにずっと研究を続けてはった』
(遊園地の下に秘密基地て…………ええのか、それ?)
 目の端に映る三宮花時計をチラッと見やりながら、井上は悩んだ。まったく世の中は『事実は小説よりも奇なり』だ。
「……そんで、何でお前がその博士を知っとるンや。どこで知り合うたんや?」
『大阪決戦の後、ちょっとオレだけ日勤教いk――いや、別行動させられたやろ。そん時に、博士の方から近づいてきたんや』
『わしは、わしの開発したメカを乗りこなすチームを探しておった』
 五月雨博士の声が割り込んできた。
『力を持つ者は、一人ではいかんのだ。チームの中の意見の相違、それらをも乗り越えて力を合わせられる、そんな隊員たちでなければ、わしのメカを託すわけにはいかん。そこへ、抜群のチームワークで巨獣【ソラス】を倒した三人組のお主らが現れた』
「せやけど、ワシら大阪駅前目茶目茶にしたいうてこの扱いや。ええんかいな、そんなんで」
『ふふン、こわもての井上隊員にしては殊勝なセリフじゃの。構うものかい。瀬崎隊員も言っておったろう。壊れた物は建て直せばよい。大事なのは、勝つことじゃ。生き残ることじゃ。地球の危機を前に、小さいことしか言えぬ者は放っておけ』
 井上はげんなりした。なるほど、小野と気が合いそうな人物だ。危険人物の臭いがぷんぷんする。
 折れた市役所庁舎を横目に見ながら、路上に散らばる庁舎の欠片を避けて行く。
「ほんで、ワシらは何をしたらええんや」
『ふふ、それもじきにわかる。諸君らのヘルメットには簡易高速教育装置、【洗脳君Ex】が仕込まれておるからの』
「せ、【洗脳君Ex】!? なんやいな、その物騒な名前は」
『本来ならそれをかぶった者の脳内情報を書き換え、死をも恐れぬパーフェクトソルジャーに仕立てあげるんじゃが、今回は新兵器の扱いのみをダウンロードするようにプログラムしておる』
「……後でぶっ壊したる」
『これには別の使い方もあってな、例えば敵の洗脳波を打ち消す作用もある。そろそろ瀬崎隊員も正気に戻っている頃じゃろう』
 途端に、瀬崎の泣きそうな声が入ってきた。
『――小野はん、井上は〜ん!! あきまへん、ダロガのミサイルと円盤の攻撃避けんのが精一杯で――』
「タイミングええのー」
 ギガンテス【ジャガー】とエアバイク【ベアー】は丁度税関前交差点を右に折れ、メリケンパークへと向かうところだった。
 と、そこへオペレーターの声も割り込んでくる。
『六甲より迫る敵部隊は新神戸駅を蹂躙、破壊……!! もうすぐ蟻は市街地中心部に達します! 早く逃げて!!』
「逃げてて……オペレーターのねーちゃんがそんなこと言うてええんかいな」
『案ずるな、それが演出というものじゃ』
「は?」
『博士、それではいよいよ……』
 舌なめずりでもしているかのような小野の声。彼は何をどこまで知っているのか。
『うむ。――瀬崎隊員。小野隊員と井上隊員の位置はわかっておるな。その上をパスするのじゃ。あとは【洗脳君Ex】と小野隊員に任せよ!』
『り、了解!』
 低いローター音が前方頭上から近づいてくる。
 阪神高速の上に赤い機体を視認した瞬間、井上は脳を掻き回され――一瞬気を失った。

―――――――― * * ※ * * ――――――――

 ギガンテス【ジャガー】の運転席に座る小野のメガネとその奥の眼が、狂気をはらんでぎらりと光った。
 右手の脇にあるボタンカバーを、拳で叩き割る。たちまち、運転席内のあちこちから正体不明のレバーやらペダルやらボタンやらが生えてきた。
 そのレバーのうちの一本を握り、ペダルを思いっきり踏み込んで叫ぶ。
「うおおおおおお、ちぇええええええんじ・さんだあああああああ・すいっちおぉぉぉん!!」
 凄まじいGが、上方から襲い掛かる。並みの人間なら床に這いつくばらされるそのGの中で、小野は不敵に笑っていた。

―――――――― * * ※ * * ――――――――

 上空をパスしようとしていたバゼラート【イーグル】が急降下した。
 浜街道をてれてれ走っていたギガンテス【ジャガー】がキャタピラの間からジェットを噴き出して空を飛ぶ。
 併走していたエアバイク【ベアー】がその下へと潜り込んだ。
 そして三つのメカは一つになった――何とも表現しがたい合体・変形の過程を経て。

―――――――― * * ※ * * ――――――――

「こ、これが……」
 メカの最上部、バゼラート【イーグル】の座席に座る瀬崎は、自らの乗るメカの威容を見下ろして絶句した。
 赤を基調にしたスマートな人型のメカ――ロボット。
『それが、人類反攻の端緒を開く切り札。名づけてサンダーロボじゃ! お主の乗るバゼラート【イーグル】を先頭に合体したその機体は、空中戦に長けたサンダー1。最新鋭メカ三機を合体させて、三基のサンダー線増幅装置のパワーを集中することでサンダー線融合炉をフル稼働、その巨体でありながら空を飛ぶことが出来る! その速度、反応は赤い精鋭円盤も真っ青になるほどじゃ』
『博士、それじゃあこいつはゲッ――っとと、サンダービームを腹から?』
『残念ながら、それは小野、お主がメインで操縦するサンダー2の武器じゃ。サンダー1は空を飛ぶだけでかなりのエネルギーを使うでな』
『いや、結局撃てるんかよ』
 井上の突っ込みを小野の傍若無人な叫びがかき消す。
『御託はええ! 瀬崎! 円盤どもをいてまえ!』
 昂揚しきった小野の声を受け、瀬崎が元気よく応える。
「了解ぃ!! うおおおおお、サンダートマホォォォォォク!!」
 サンダー1はバゼラートのメインローターを二つの『く』の字に分け、両手に握った。
 巨体を思わせぬ速度でメリケンパーク上空に浮かぶ円盤の集団に突っ込み、当たるを幸いになで斬ってゆく。その様はパイロットが生まれて初めてこの機体に乗っているとは思えないほど見事なものだった。
 もちろん、腹部、腰部で機体各部を制御する小野、井上も自分のものとは思えない見事な技量を発揮して、瀬崎の攻撃をサポートする。
「サンダー・トマホーク・ブーメラン!!」
 両手の武器を投げる。弧を描いて飛んだブーメランはいくつもの円盤を真っ二つに切り裂いて、再びサンダー1の手に戻ってくる。
「サンダー・バルカン!」
 バゼラート装備のバルカンが肩から生え、周囲の円盤を次々に撃ち落してゆく。
「サンダー・レザー!!」
 ギガンテスのキャタピラだった部分で円盤を切り裂く。
 やがて、5分も経たず円盤部隊は壊滅した。
「……洗脳ソングが止んだ!? 奴らが出していたのか!!」
 瀬崎は嬉しげに拳を握った。
 そこへ、事務的なオペレーターの通信が届いた。
『こちら大阪司令本部。現在蟻の群れは三宮中心部に到達。現在ゲッ――失礼、サンダーロボに向かって殺到中』
 背後のカメラを確認した小野が告げる。
『……ダロガはまだ沖合いやな。井上、瀬崎! とりあえず蟻を叩くんや! サンダー2や!』
「了解! オープン・サンダー!!」
『オ、オープン・サンダー』
 自分の発したセリフに赤面する井上を置き去りに、赤い巨体は再び三つのメカに分かれた。
 小野が叫ぶ。
『ちぇええええええええんじ・さんだぁぁぁ・ツウーーッッ!!! すいっちおぉぉん!!』

―――――――― * * ※ * * ――――――――

 空中で分離した三機は、重力に惹かれて落ちてゆく。
 バゼラート【イーグル】は急降下してエアバイク【ベアー】の下へ潜り込む。
 ギガンテス【ジャガー】とエアバイク【ベアー】はジェットを噴き出して落下速度を落とす。
 そして三つのメカは再び一つになった――やっぱり何とも表現しがたい合体・変形の過程を経て。

―――――――― * * ※ * * ――――――――

 メリケンパークオリエンタルホテルを背にして立つ、白を基調にした二足歩行の人型ロボを見下ろし、小野が感に堪えぬ声を漏らす。
「おお…………これがオレの……ゲッター2か!!」
『いや、小野はん、サンダー2です』
「高速機動は出来んでも、必殺ビームをもっとる辺りは【號】仕様やな」
『せやから……』
『どっちでもええがな。ほれ、蟻どもが来おったで?』
 呆れ声の井上の指摘通り、赤や黒の蟻が周囲にたかり始めていた。
 小野は唇を邪悪な笑みに歪めた。メガネがぎらりと(どこから差し込んだかわからぬ)光を弾く。
「ふふン、これまで貴様らには口が裂けてもアリンコ、などとは表現しようがなかったが……」
『いや、さっき普通に言うとったがな』
 井上の突っ込み、無視。いや、聞こえていない。
「今なら言える! 貴様らアリンコなぞに、この地球渡しはせん! 渡しはせんぞぉ!!」
『なんか別のもんが混じってますね』
 瀬崎は相変わらず呑気だ。
「いくでぇ、井上、瀬崎! いきなりサンダアアアァァァァビィィィィィィィムぅぅっっ!!!!」
『いきなりかい!』
 じゃかっ、とサンダー2の腹部に発射口が開き、ピンク色の光線が放たれた。
 ジグザグに折れ曲がりながら迸る光の奔流は、復元帆船サンタマリア号、神戸港震災復興メモリアルパーク、浜手バイパス・阪神高速に群がっていた蟻の一団を高架ごと、そしてその向こう側に建っていた神戸水上署をも巻き込んで吹き飛ばした。
 さらにそのまま、機体の向きを左へ――西へと旋回させる。
 機体の旋回に合わせてビームも西へと走る。
 阪神高速、浜手バイパス、ホテルオークラ神戸、海洋博物館、兵庫国道事務所、神戸タワーサイドホテル、中突堤中央ビル、神戸ポートタワー、ダイワハウスメリケンパーク展示場、中突堤中央ターミナル――要するにメリケンパークから阪神高速の間の建物・名勝はことごとく、文字通り、灰燼に帰した。
 当然と言えば当然ながら、瀬崎の悲痛な叫びがこだまする。
『わああああああああああああああああ、メリケンパークがっ!! 神戸タワーが!! サンタマリアが!! 海洋博物館があああああ!!!』
「かかかかか、ごっつきもちええのぉ。博士、これ、射程距離は何ぼですのん?」
『測ったことはないが、サンダー線融合炉のパワーから言って10kmぐらいはゆうに届くじゃろう』
「了解、ほなアレも落とせるな」
 舌なめずりをした小野のメガネに映るのは、摩耶山上で新たな蟻をボトボト落としている十機のキャリアー。
「くらわんかいっ!!! おおおりゃああああ、サンダアアアァァァァビィィィィィィィムぅぅっっ!!!!」
 今度は左から右へ一閃する。
 ピンク色の光線は錨山、市章山上空をよぎり、摩耶山の山頂を少し削ってキャリアー十機を一蹴した。
『……こちら大阪司令本部、今ので摩耶山の標高が約3m低くなりました』
『ああああああああああああああ、小野はん何ちゅうことをををををを!!!!』
『……凄まじい威力やなぁ』
『それだけにエネルギーの消費が激しいのじゃ。宇宙から無限に降りそそぐサンダー線を採集し、増幅する装置を三つ載せているといっても、この短期間ではそうそう回復はせんし、融合炉で使う触媒も補給せねばならん。おそらくサンダービームは、この戦闘中にはもうあと一回しか撃てまい』
「えー?」
 五月雨博士の声に、小野は天を仰いだ。
「ほなダロガはどないすんねんな」
 レーダー上、三角形の頂点をこちらに向けて接近してくる赤い光点。
『撃っても構わんが、そのまま動けんようになる可能性は高いのう』
 小野が舌打ちを漏らした時、井上が意を決した声で言った。
『……ワシに代われ、小野。【洗脳君Ex】の情報によると、サンダー3は海に強いし、エネルギーもあんまり食わんみたいや』
「しゃあないのう、ほな任せるで。オープン・サンダー! ……叫べや、井上!」
 白い巨体は再び三つのメカに分かれた。
『さ、叫ばないかんのかいな!?』
『基本は音声入力じゃ。一定以上の声量で叫ばねば、プログラムロックが外れん』
 叫ばずとも合体できると思っていた井上は、五月雨博士の言葉に頬の傷をぴくぴく引き攣らせた。
『どないな仕様や……ええい、しゃーないのぉ!! チェェェンジ・サンダースリー!! スイッチ・オン!!』

―――――――― * * ※ * * ――――――――

 ギガンテス【ジャガー】が着地する。
 その上にエアバイク【ベアー】をメインローター上に載せたままのバゼラート【イーグル】が着陸した。
 そして三つのメカはまたも一つになった――名状しがたい合体・変形の過程を経て。

―――――――― * * ※ * * ――――――――

 サンダー3はお約束どおり、キャタピラ脚のメカだった。
「ほな行くでえ!」
 井上はレバーを押し込み、ペダルを踏み込んだ。
 デフォルトの行動なのか、胸の前で両腕をがっつんがっつん打ち合わせ、サンダー3はきゅらきゅらキャタピラを鳴らしながら神戸港へと飛び込んだ。
『……井上、合体ワードを叫んだお前や、お約束はわかっとるやろな!』
「お約束!? 何の話や?」
 小野の声に井上は訝しげに首を傾げる。
『決まっとる、サンダー3の必殺技や。ええか、サンダー3の必殺技は……』

―――――――― * * ※ * * ――――――――

 リズミカルな着地音が神戸の海を揺るがしている。
 総勢84体のダロガのジャンプダンスは、凄まじい騒音と振動を発生させていた。
『――ええか、技のかけ方は井上、お前自身が知っとるはずや! 【洗脳君Ex】でダウンロードされとる! 思い切って行け!!』
「わかったわかった――クソ、なんでワシがこないなこと……うおおおおおおおおおおっっ!!!」
 神戸港の海底を蹴立てて突っ込むサンダー3に、ダロガのレーザーボムが雨あられと降り注ぐ。
 しかし、その攻撃をものともせず突破したサンダー3は、先頭のダロガにつかみかかった。四本脚の付け根に突き出した、対地掃討用バルカンランチャーを両手でしっかと握り締める。
『今や、井上!! 行けーーーーー!!!』
 小野も井上とともに叫ぶ。
「『うおおおおおおおおおおおお、六甲おろおおおおおおおおおおおおし!!!!!!!』」
『……べたべたやね』
 瀬崎の呟きなど誰も聞いていなかった。
 小野が高らかに歌ういつもの野球球団応援歌をBGMに、サンダー3の技が炸裂する。
 つかんだダロガをブンブン振り回し、周囲のダロガをボーリングのピンよろしく薙ぎ倒しながら突き進む。その動きで海の中に潮流が生まれ、やがてその方向は定められ、激しい渦潮を起こし始めた。
 残る83体のダロガは否応なくその圧倒的な水流に巻き込まれ、ただ木の葉のように押し流される。あるものはお互いにぶつかって爆発し、あるものは脚がもげ、あるものは海底に叩きつけられ……。
「どおおおおおっっっっせぇぇぇえええええいいいいっっっ!!」
 流れの速さが頂点を極めたところで、サンダー3の動きが変わった。上方へと回転と流れのモーメントを導く。
 海面に発生していた渦が盛り上がり、竜巻となって空に舞い上がる。当然、ダロガも打ち上げられてゆく。
「ぬぅおおおおおおおお――お? ……あ、もげた」
 サンダー3がつかんでいたダロガも、対地掃討用バルカンランチャーだけを手の中に残して海上へと飛び出していった。
「ようし、ほんじゃとどめ行くぞ、瀬崎ぃ!!」
『了解!』
 サンダー3はギガンテス底部のブースターを全力噴射して海上へ飛び出した。
「オープン・サンダー!!」
『チェエエンジ・サンダァァァァ――1! スイッチオォン!!』
 海上へ飛び出すなり合体を解き、素早くエアバイク【ベアー】がギガンテス【ジャガー】の下へ回り込む。
 再び赤のロボ・サンダー1が姿を現わした。
『サンダァァァアアア・トマホォォォォォォォォク!!』
 両手に握った武器でなすすべなく落下してくるダロガを次々切り刻む。
『サンダー・トマホーク・ブーメラン!!』
 投げた刃が次々とダロガを叩き切る。
 戻ってきた刃を頭上で元のように合体させ、あるべき位置に戻したサンダー1は、いまだ渦の名残を残す海に背を向けて腕を組んだ。
『……ミッション・コンプリート、やな』
 小野の呟きを合図にしたように海中で次々爆発が起こった。
 立ち昇る水しぶきを浴びた真紅の装甲が、夏の太陽を弾いて濡れ輝いた。


――第2話へ続く


【第2話 予告編】
    【目次へ戻る】    【ホーム】