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EDF関西!! 逃走 闘争編  みっしょん・きゃぷちゅうど 〜決戦は御堂筋〜


「アイツを御堂筋沿いに北上させるて、どないするんや? なんか手があるんか?」
 新橋交差点が見えてきた頃、小野のヘルメットスピーカーから井上の声が聞こえた。近距離通話用の回線なので、小野の悪巧みも司令部には聞こえない。
 小野がエアバイクを止め、続いて二人も小野を挟むように停めた。
「見いや。御堂筋は広いさかいな。ここから奴が御堂筋渡るのを待つ。そん時に横っ面に井上のロケット砲を叩き込むんや」
「それでおびき寄せられるんかなぁ」
 不安げな瀬崎。しかし、小野は自信満々に言った。
「来る。……さっき、アイツは足元の奥村隊に向かって火ぃ吐いとった。つまりや、あいつは一発やられたら、そいつを敵と認識するだけの知能はあるっちゅーことや」
「なるほどな。ほんで、おびき寄せた後はどないするんや」
「オレに任せとけ。……つーわけで、オレは仕掛けをしに行くし、後は任せた。仕掛けが出来たら呼ぶさかい、そっちの状況中継してくれ」
「あに!?」
 井上が抗議の声を上げる間もなく、小野はエアバイクを急発進させ、そのまま御堂筋をフルスロットルで北上してゆく。
「……逃げる気ちゃいますやろか」
 瀬崎の言葉に、思わず井上の頬傷が引き攣る。
「そ、そんなわけあらへんやろ。ここで逃げてどないすんねん。それやったら初めから逃げとるて」
「やとええんですけど…………ほな井上はん、行きましょか?」
 瀬崎は女好きのする笑顔ではにかみながら、エアバイクのアクセルを噴かした。

****** ※ ******


 大阪ドームで迎え撃った奥村隊を壊滅させ、隣接する大阪ガスを瓦礫に変えた【ソラス】はそのまま東進し、大正橋を踏み抜いた。
 そして西道頓堀川を遡り、あみだ池筋、なにわ筋を横断し――ついに、御堂筋にその姿を現わした。


「来ましたね〜……」
 瀬崎が口笛を鳴らす。だが、その音はかすれて震えている。
「ようやっと来おったか。――おう、こっち井上や。小野、準備の方はどないや?」
『……おう、もうちょっとかかりそうや。ちぃと粘ってんか』
 スピーカーから流れる小野の声に、しきりに雑音が混じる。どこか電波の届きにくい場所にいるのだろうか。
「そらええけどやな。……御堂筋沿いにこのまま北上したらええねんな?」
『せや。そのまんま、大阪駅に向かって引き寄せてんか。淀屋橋の辺まで来たら、教えてや。次の指示出すさかい』
「ほ〜か、りょーかい。ほな、おっぱじめんでぇ」
 井上はゴリアスDDを肩に担ぐと、瀬崎を見やった。
「あいよ、りょーかいぃ!」
 瀬崎もまたGランチャーUM−1Aを肩に担ぎ上げ、頷き返す。
 二人は御堂筋にその威容を現わした怪獣【ソラス】に向けて、それぞれの武器をぶっ放した。

****** ※ ******


「あかんがなあかんがな!! ぜ〜んぜん効いとる気配があらへんがな!!」
「わひゃひゃひゃひゃひゃあああああ!!!」
 御堂筋を埋め尽くし、迫る炎の壁。
 【ソラス】が吐いた炎がアスファルトを舐め、煮えたぎらせる。
 井上は跨ったエアバイクを慌てて発進させ、距離を置いて再びゴリアスDDを――
「あきまへん、井上はん!! 立ち止まったらあきまへーん!!」
 すぐ脇を追い抜いてゆく瀬崎を追うようにして、声が届く。
「げ」
 【ソラス】が走っていた。少し頭を下げ、御堂筋の両側に立ち並ぶビルを体当たりで粉々に打ち砕きながら信じがたい速度で追いかけてくる。ビルを遥かに超す巨大な質量が凄まじい速度で迫る時の迫力は、筆舌に尽くしがたいものがある。気を抜けば引き込まれそうだ。
「どおおおおおわあああああああああああああ!!」
 跳ね飛ばされたかどうかした、拳大のコンクリート片がヘルメットをかすめていった。【ソラス】の足元は粉塵が舞い上がり、まるで火山の噴煙のようになっている。
 とりあえずゴリアスDDを全弾撃ち尽しておいて、再びエアバイクに跨り、アクセルを目いっぱい開く。
「こ、こらあかんっ! おびき寄せるどころやないがな、このままやとワシら死ぬど! おいこら小野、まだかいや!?」
『――なんや、もう着いたんかい。気ぃ早いのお。もうちょっと待ちぃな』
 緊張感のない声に、頬の傷がぴくぴくと引き攣る。
「待てるかー!! このままやと踏み殺されるか、焼き殺されるか、瓦礫に埋もれて逝ぬー!! 何とかしてくれー!!」
 道頓堀から淀屋橋まで概ね3Km。
 逃げる井上、瀬崎。追う【ソラス】。
 10分少々の間に御堂筋界隈は瓦礫の山と化した。

****** ※ ******


 EDF関西駐屯部隊・臨時司令部 大阪城天守閣。
「【ソラス】、突如方角を北へ取り、御堂筋を北上中」
「なに?」
 オペレーターの冷静な声に、大阪中心部の避難状況を確かめていた北川司令は顔をしかめた。
 確かに正面パネルのグリッドマップ上では、【ソラス】を示す光点が大阪駅へ向かって北上している。
「どういうことだ? なぜ急に北へ? 何が起きている?」
「【ソラス】を先導するかのように小野隊の井上、瀬崎両名の反応が御堂筋を北上中。あちらが通信封鎖中のため状況を正確には把握できませんが、おそらく【ソラス】は二人を追っているものと思われます」
「……追われて……? あの馬鹿どもめっ!」
 北川はデスクに拳を叩きつけた。
「何でそっちなんだ! そこから東進すれば、すぐ司令部ではないかっ!! おのれ、役立たずめ! 足止めだけでいいといっているのに、それすらも満足にできんのかっ!」
「お言葉ですが、司令」
 その瞬間、北川の背筋が凍った。頭に昇っていた血が、一瞬で冷える。
 それほどドスの聞いたオペレーターの一言だった。
 椅子ごと振り返ったオペレーターの目に殺意めいた蒼い炎が燃えている。
「今の言葉、取り消してください。不真面目な小野隊員たちを指して言っているのは承知していますが、それでは奥村隊の人達にあまりに失礼かと」
「あ」
 そうだった。頭に血が上って忘れていた。小野隊のサボりが原因とはいえ、命懸けで先陣を務めて力尽きた奥村隊からすれば、あまりにひどい暴言だ。
 北川は即座に謝った。
「む……すまん。悪かった、取り消す。忘れてくれ」
「了解です」
 オペレーターは頷くと、再びオペレーションデスクに戻った。
 そっと一息つく北川。
(しかし……なんなのだ、今の迫力は……。以前からどんな状況でも全く取り乱さない冷静な娘だとは思っていたが……ひょっとして相当の修羅場を――)
「司令」
「は、はいっ!!」
 冷ややかな声に思わず素っ頓狂な声で答える。
 オペレーターが唇の端を薄く持ち上げたような気配がした――気のせいだろう。気のせいだということにしておこう。
「非番の隊員や負傷して待機扱いの隊員が情報を聞きつけ、集まってきています。御指示を。小野隊の援護に?」
 援護というか、任務交代を言い渡したいところだったが、ふと正面パネルの状況を見て思い直した。
「いや、市民の避難誘導に当たらせろ」
「え?」
「大阪城内、大阪城公園には避難市民が大勢いる。あの馬鹿どものおかげで、【ソラス】がこちらへ来る可能性が高くなった。おまけに奴ら自身がトチ狂ってこっちへ逃げてこないとも限らん。ここは危険だ」
「しかし……全く援護無しでは、余計にその危険が」
「我々の本分を忘れるな。EDFは市民を守るためにある。我々の作戦目標は、これ以上市民の死者を一人も出さないことだ! 東京から英雄が到着するまで、あと2時間半もあるまい。その間だけ、市民を守り通せばいい。方法は問わん。とにかく守り通すことが、我々の勝利なのだ! そのためには臆病者のそしりも敢えて浴びよう。全て私が責任を取る。改めて関係各部署にそう通達し、全戦力を誘導・移送・搬送に傾注させよ!」
「了解です」
 ヘッドセットのマイクをつかみ、指示を出そうとしたオペレーターはふと思いとどまった。
「司令……失礼しました」
 北川は黙って頷くと、追加の指令を下した。
「それから、小野隊とコンタクトを取れ! あらゆる手段を使って構わん! あの馬鹿ども、直接どやしつけてくれる!!」

****** ※ ******


「へーー…………っきし!!」
 井上と瀬崎はエアバイクに跨ったまま、同時にくしゃみをした。
「……なんや、誰ぞ噂しとるな。小野か、北川司令か、それともオペのねーちゃんかいな」
「井上はんに限って最後のはないでしょ。ボクじゃあるまいし。つーか、単に埃のせいとちゃいまっか」
 鼻をぐずぐず言わせながら、御堂筋を見やる。
 ビルに頭を突っ込んで動きを止めた【ソラス】が、全身を蠢かせて頭を抜いている。
「ここまでんとこ、効いたと思うか? 瀬崎」
 ゴリアスDDに弾頭を再装填しつつ、気の抜けた声で井上が聞いた。
「効いてるように見えるんでしたら、眼医者を紹介しまっせ。美人女医の」
「おおっ!! そらええな。是非紹介してくれ!」
「生きて帰れたら、紹介しますわ――ボクのオカンですけど」
 井上はバイク上でずっこけそうになった。
「なんじゃそら」
「今の美人女医とは言うてまへん。二十年前はキレイでしたで?」
「……ちなみに、今は?」
 瀬崎は軽蔑するようにへらっと笑った。
「50過ぎの子持ち熟女が好みでっか、井上はん」
「キレイな女に年は関係あらへんっ!! ワシの射程範囲はこいつと一緒で事実上無制限じゃ。ぐははははははははは」
 笑いながらゴリアスDDの腹を叩く。
 さすがの瀬崎も頬を引き攣らせた――とたんに、腹に響く振動。
 返り見れば、【ソラス】がこちらに向かって口を開いていた。口元に水蒸気のようなものがゆらゆらと……
「や、やばっ!」
「井上はんがいらんこと言うてるさかいー!!」
 二人は同時にアクセルを噴かした。エアバイクが急加速で滑り出す。
 その二人の後を炎の壁が凄まじいスピードで追いかけて広がってゆく。
 炎の壁を先導する衝撃波がエアバイクを追い抜き、危うく体勢を崩しそうになりながら二人は目的の地を駆け抜けた。
 淀屋橋北詰――大阪市役所前で急停止する。
「あ、あっぶなー!! ひっくりコケるか思たー!」
 GランチャーUM−1Aを再装填する瀬崎の横で、井上がマイクに向かって叫ぶ。
「小野、小野っ! 今、淀屋橋通過したで! この先どないすんねやっ!?」
 エアバイクに跨ったまま、背後の【ソラス】を振り返る。まだ交差点二つほど向こうだ。
『あー、ほな梅新南交差点を左へ入って、大阪駅前ビルの方へ来てんか。……そやな、第二ビルと第三ビルの間からヒルトンホテルへ向こうて、そのまま大阪駅へ出るんや』
「真っ直ぐ御堂筋のぼって左に曲がったらあかんのかいな!!」
『あかん』
 非情な声で、小野は言い切った。
『あのデカブツが御堂筋から大阪駅前第三ビル通過して、ヒルトンに向かうようにおびき寄せて欲しいんや。ええから言う通りにしたってや。待っとるしな』
 通信は切れた。井上は呆然として、行く手を見上げた。
 阪神高速環状線の高架の向こうに広がるビル街。その奥で、小野は何を狙って息を潜めているのか。
「井上はん、来ましたで!?」
 瀬崎に急かされて気づけば、【ソラス】はもうはや一つ手前の交差点まで来ている。
「くそー!! なんか知らんけどむかつくぞー!!!」
 叫んでゴリアスDDをぶち込む。瀬崎のGランチャーUM−1Aも火を吹く。
 二人の攻撃を嘲うように、怪獣は空に向かって吠えた。

****** ※ ******


「避難は市民の協力を得て、順調に進んでいます。公的機関もようやく活動を復帰したようです。現在多数の警官が誘導整理に当たっており、混乱は起きていないようです」
 あくまで冷静に、オペレーターが報告する。
 北川は嬉しそうに頷いた。
「それはなによりだ」
「あ……」
「なんだ?」
 珍しいオペレーターの失言に目をやると、彼女はあからさまに目をそらした。
「おい……何があった」
「――……大阪市役所、日銀大阪支店が倒壊しました……」
「なにぃぃぃぃぃ!?」
 どちらも大阪の中枢機能をになう組織の建物だ。
「どちらも避難済みで、人的被害はありません。……多分」
「あの馬鹿どものせいかっ!?」
「ここからでは状況はわかりませんが、戦闘中ですので喧嘩両成敗ということで責任はフィフティフィフティではないかと――」
 北川は何か苦いものでも食べたかのように、顔をしかめた。
「何を言っているんだ、君は?」
 オペレーターははっとした様子で虚空を見上げると、小さく頭を下げた。
「いえ、少々動転してしまいました。失言です。お忘れください」
 気のせいかもしれないが、頬を染めている気配がする。それは気のせいかもしれないが――耳が赤くなっているのは気のせいではなさそうだ。
「あの馬鹿ども……このままでは大阪が壊滅するぞっ!! 早く……早く来てくれ、英雄!! 【ソラス】と……奴らを止めてくれ!」
 拳を握り締めた北川司令は、正面パネルを睨み、呻くように漏らした。

****** ※ ******


 遥か視界の彼方に富士山が悠然と佇んでいる。
 輸送型バゼラートの後部座席に座った男は、ただ黙然とその景色を眺めていた。

****** ※ ******


「ふっふっふ。来たな、デカブツ」
 小野は低く笑った。その眼鏡が妖しくきらりと輝く。
 ヒルトンホテル最上階。
 平時なら入るどころか近づくことさえままならない最高級デラックススイートの一室で、小野はビルの合間から覗く【ソラス】の巨体をうかがっていた。
 その周囲でしきりに閃光が弾けている。井上と瀬崎が無駄な抵抗をしているのだろう。
「くっくっく、はなからオレらの豆鉄砲でどうこうできるとは思っとらんわ。おのれを葬るのは、このオレの頭脳や」
 呟いて、ブランデーグラスの中の琥珀色の液体を揺らす。
 グラスも中の液体も、この部屋に備えてあったものだ。ちなみに豪勢な彫刻のなされた部屋の扉は、木っ端微塵になって部屋中に散らばっていた。小野がこの部屋に侵入するために使用したHG−02Aの威力である。
「さあ、来んかい。おんどれには生きたまま捕らえられるっちゅう最高の屈辱を与えたる。そんで、大阪遷都のための礎になってもらうで」

****** ※ ******


 堂島川にかかる大江橋を踏み抜き、阪神高速環状線の高架を薙ぎ倒した【ソラス】は、そのまま勢い余ってアメリカ総領事館に頭から突っ込んだ。
「ええい、そっちじゃねえぞ!!」
 井上は舌打ちをして、ゴリアスDDを構える。
 瀬崎もGランチャーUM−1Aをぶっ放した。
 瓦礫から身を起こすため、めちゃくちゃに巨体をねじらせる【ソラス】。
 巨体による蹂躙と、無差別攻撃により、たちまちアメリカ総領事館は完全な瓦礫の山と化した。
 起き上がった【ソラス】が振り返り、二人の姿を認めて歩き出す。
 二人はすぐにエアバイクを出した。
 梅田新道の交差点を左へ曲がり、右手に聳え立つ大阪駅前第三ビルを巻くように次の交差点を右に曲がる。
「駅前第二ビルと――」
「第三ビルの間を通り――」
 呟きながら今度は左へハンドルを切る。一つ交差点を走り抜けると、右手にホテルが見えてきた。
 瀬崎はそのホテル手前の大阪丸ビルの角を曲がって大阪駅へ向かったが、井上はそこでエアバイクを止めた。
 振り返って【ソラス】の様子を確かめる。
 二人を見失った【ソラス】は、果たしてこのコンクリートジャングルに分け入ってくるのか、それとも外側を回ってしまうのか。もしルートを逸れるようなら修正が必要になる。
 果たして、奴は第三ビルと第二ビルの間からぬうっと現われた。威嚇するようにこちらへ口を開ける。
「よっしゃあ、そのままこっちへ来るん――や?」
 【ソラス】が井上に迫ろうと一歩踏み出した時、井上の足元で大きな轟きが起きた。
「じ、地震か?」
 【ソラス】の起こす地響きにも似た、しかしそれより鋭い音と振動――次の瞬間、世界が傾いた。

****** ※ ******


 一人大阪駅を前に歓声を上げかけた瀬崎は、その地響きに思わず身を強張らせた。
 【ソラス】の地響きではない。むしろ――思わず地面に視線を落とす。小学生の頃体験した、阪神大震災の揺れを思い出す。
「何で今――ここに地震が!? ……井上はん!?」
 瀬崎が振り返ったそのとき、最前抜けてきた駅前ビル群は猛烈な粉塵の中に沈みつつあった。

****** ※ ******


 ビル群が一斉に傾いてゆく――違う、傾いているのはアスファルトだった。
 ビルの建っていない道路部分だけがめくれ上がってゆく。ちょうど撃沈された船のように。そして沈む方向には――【ソラス】が地下にめり込みつつあった。バランスを崩してビルに寄りかかるように倒れ、そのままずるずると陥没してゆく。
『これが……小野の狙いか!! あいつ、なんちゅうことを……』
 感心するのも束の間、井上は重大なことに気づいた。今、自分はエアバイクごと、【ソラス】に向かって滑り落ちていっている。
「あかんがなあかんがなっ!!」
 叫んで、アクセルを噴かす。しかし、既に坂の傾斜は限界を超えていた。空を飛ぶほどの噴射力を持たないエアバイクでは、もはやこの坂を登り、飛び越えることは出来ない。
「どわああああああああああああ、こんな最期いややああああぁぁぁぁぁぁぁぁ………………」
 悲壮な叫びとともに、井上は【ソラス】の足元へと飲まれていった。

****** ※ ******


「アメリカ総領事館に続いて、大阪駅前ビル群の地下街壊滅。センサーに人工的な爆破を裏付ける衝撃波形検出。何者かが人為的に破壊したようです」
 何者か、など考えるまでもないのに、オペレーターはしれっと報告した。
 その背後で北川司令が歯軋りをする。
「小野…………あのキチガイめ、本気で大阪を焦土にするつもりか……。これでは、奴の方がよほど怪物ではないか」
「でも、何のためにこんなことを……?」
「キチガイのすることなど、理解できるものかっ! ああ、こうなればもう一刻も早く英雄に来てもらうしか……」

****** ※ ******


「井上はん、井上はんっ!! 応答してください、井上はんっ!!」
 瀬崎の呼びかけに、答えは返らない。
 瀬崎の周囲も巻き上がった粉塵が視界を塞ぎ、世界は薄茶色に染まっている。ヘルメットのエアカーテンがあるからいいようなものの、普通の粉塵対策用マスクなどでは、あっという間に目詰まりを起すだろう。
 その上、足元のアスファルトは波打ち、ひび割れ、危ない状態になっている。この状態では迂闊に動けず、瀬崎は井上の名を呼び続ける以外に、なす術がなかった。
『――……〜い、瀬崎。井上はどないしたんや? 返答がないねんけど』
 小野の声が通信機に入った。瀬崎は慌てて応答した。
「小野はん!? どないしたもこないしたもありまへんがな! 井上はん、今の騒ぎに巻き込まれて行方不明なんでっせ! これ、どういうことですねん!?」
『どういうことて……あらかじめ地下街の主要な柱崩しといたんや。ほんで、ちょっと仕掛けしてリモコン爆弾を』
「はぁ?」
『一本壊したら、あと連鎖的に崩れて、上に乗っとるもんごと沈むちゅう仕掛けなわけや。要するに、落とし穴やな』
「お、落とし穴ぁ!? なんちゅう原始的な……」
『あほう、きちんと綿密な計算の上での作戦や』
 瀬崎はむっとして言い返した。
「どこが綿密ですねん。井上はんは行方不明で、ボクは立ち往生――この粉塵では右も左もわかりまへんがな。下手に動いたらエアバイク壊してまいますわ。おまけに【ソラス】かて、きちんとかかったかどうかわからんし……穴から抜け出してるかも」
『それはない』
 小野の声は絶対的な自信がこもっていた。
『あのな。【ソラス】の身長は40mやろ? 膝までやったら少なく見積もっても10mや。地下街は地下2階まででも、それぐらいはあるわな。で、あの体型や。足はほとんど上がらんし、オレらみたいに手えついて下半身を穴から引き抜くちゅうわけにもいかん。あとはあいつが弱るのを待つか、周りからぶっ放して弱らせるかしたらええんや。どや、完璧やろ』
「完璧て……ほな、井上はんはどないなるんです!? どうやって助けるんです!?」
『……瀬崎』
「はい」
『いつの時代でも、偉大な成功の陰に犠牲というものはつきもんなんや』
「お、小野はん!!! あんた何言うてんのか、わかってまんのか!?」
『わかってる! ……いずれ平和になったら、大阪駅の前にあいつの銅像をどーんと建ててやろうや。もっとも、【ソラス】捕まえた俺よりは小さい扱いやろうけどなー』
 瀬崎はもはや言うべき言葉を失って、立ち尽くした。
(あ、悪魔や……この人ほんまもんの悪魔や……)
 瀬崎の通信機からは、勝利の高笑いが鳴り響いていた。

****** ※ ******


「司令、小野とコンタクト取れました。――……何か、意味不明のことを言っています」
 北川は苦りきった表情で頷いた。
「回線、オープンにつなげ。――小野か」
『へい、小野ですー。司令、喜んでや! ミッション・キャプチュード、成功しましたで!』
「ミッション・キャプチュード? なんだそれは。それより貴様――」
『【ソラス】を生きたまま捕獲したんやがな! これでもう東京モンに大きな顔はさせまへん! いやっほー! 大阪遷都やー!! ちゃーんちゃらちゃんちゃちゃっちゃー、だかだんだん、ろーっこーおろ……』
 歌い始めた小野を放置して、北川はオペレーターを見やった。無言で頷いたオペレーターが、小野の位置を正面パネルに表示する。
「……大阪駅前、ヒルトンホテルです」
「ヒルトンホテル? そんなところで何をしている!?」
『――にーちーりー……なにて、せやから【ソラス】捕獲を』
 再び北川はオペレーターを見、正面パネルを見上げた。
「確かに、【ソラス】は移動を停止しています。ただ、センサーに活動に伴う諸反応が出ていますので死んではいないようです」
「ええい、バカモノが……そんなものをつかまえてどうする!? よく考えろ! 捕まえたのはいいとして、それをどうやって研究施設のある東京まで運ぶつもりだ!? しかも、生きたまま!」
『司令、あんまりアホいいなや』
 小野の声のトーンが少し、落ちた。
『何でオレらがつかまえたモン、わざわざ東京なんぞに持っていかなあかんねん。あいつらがこっちに来たらええんやんけ』
「なんだその横暴な理屈は。貴様、自分を何様だと――」
『アホんだら、最初からゆーとるやろー!! オレは関西人様やー!!! 全国数千億万人の、地方人の代表じゃー!! 東京モンにへいこらせなあかん状態こそ横暴やんけ!! ……北川司令、あんた鎌倉生まれやゆーたな』
「あ、ああ。それがどうした」
『もし、もしや。鎌倉の大仏様とおんなじモンが江ノ島で埋まってるのが見つかったとしてや。奈良の考古学研究所に持ってって、飾って研究するっちゅー話になったら、あんたどない思う? ここでやれ、と思わんか? 要するにや、【ソラス】調べたいんやったら、こっちに研究所立てるのが筋とちゃいまっかっちゅー話や。まあ、そのついでに重要な研究所を洗いざらい持ってきてもオレは止めんけどな。ぬははははははははは』
 品格の感じられないその笑い声に、北川司令の顔が引き攣る。
『まー、EDFも怪獣殺すしか能の無い東京モンより、頭使うて怪獣捕まえる有能な隊員のおるこっちに重心を置くのが当然といえば当然の結末――』
『あきまへーーーーーん!!』
 悲痛な叫びがスピーカーを震わせた。
「ごわっ…………だれだっ!!」
 北川司令の言葉を受け、オペレーターが発信源を探る。
「――瀬崎隊員です。大阪駅前交差点にいます」
『司令、あきまへん! この男は鬼です、悪魔です! 耳を貸したらあきまへん!』
「今度はなんだ……」
 疲れ切って、ガックリ肩を落とす北川に瀬崎の声が降りかかる。
『小野はんは、【ソラス】捕まえるために井上はんを犠牲にしたんでっせ! 鬼や、悪魔や、裏切りモンや、デビルマンや、ぺんぺん草や、ゴキブリや、ミミズや、オケラや、便所コオロギや! こんなん、軍法会議モンとちゃいますんか! 絞首刑や、電気椅子や、デビルカッターや!』
「瀬崎、落ち着け。――小野、瀬崎の言っているのは本当か?」
『……わざとやったわけやおまへん。オレの仕掛けた罠に運悪くかかってもうたんです。せやけど、これは犬死やおまへん! あいつは【ソラス】の捕獲っちゅー素晴らしい成果を残して、逝ったんです。オレは忘れまへん。この大阪に希望の光を灯してくれた、偉大なる男の名を。そこで、司令。これからはあの怪獣を【ソラス】やのうて、【イノウエ】と呼びたいと――』
『勝手に殺すなボケぇぇぇぇぇぇぇっっっ!!!!!』
 オペレーターがコンソールを操作して振り返る。しかし、北川は首を振った。
「……言わんでもわかる。このタイミングで割り込んでくるのは井上だ」
『何で【ソラス】にワシの名前をつけるんじゃ! ほな何か、これからあの怪獣が上陸するたび、ワシの名前が憎しみをもって連呼されるんかい!! おんどれ、どういう了見でそないなこと――』
『井上はん、生きてはったんですか?』
『おお、わが友よ! オレは信じていたぞ! それにしても、よー生き残っとったな』
「場所は?」
 頭上でやり取りされる掛け合い漫才を無視して、オペレーターに聞く。
「曽根崎警察署前です」
『いやーそれがな、落ちた拍子にまだ埋まってない通路にうまいこと入り込めてやなー……って、ちゃうやろがっ、ワレ! よぉもワシを亡き者にしようとしてけつかりやがったな! 戻ったらとりあえずシバキ倒したるさかい、覚悟しとけや、小野!』
「……あー、三人とも聞け」
『何言うとんねん。落ちたのはおのれのせいやろが。いっしょにおった瀬崎が大阪駅前におるのに、何でお前だけ遅れてんねん。どうせなんかいらんこと考えて、足止めよったんやろ。おのれの責任で足止めといて、人のせいにするとは片腹痛い。やれるもんならやってみいっちゅーんじゃ』
「聞け」
『おお!? 言いよったな。ええ度胸やのぉ。一言謝ったらおさめといたろと思たけど、やめじゃ。表出え、表。決着つけたらぁ!』
「……聞け!」
『おお! 望みどおり白黒つけたるわい! かかって来んかいやぁ!!』
 通信機の向こうから、派手な爆発音が聞こえてきた。
「…………聞け!!」
『……瀬崎です。ボクの頭上をゴリアスDDが飛んできました。ヒルトンホテルの上層階に当たったみたいです』
『ほ、ほんまにやりくさりやがったな! こんくそがぁ!! オレのスナイパーを舐めんなっ!!』
「……………………聞け!!!」
『わぁっ! 小野はん、それボク、ボクでんがな!』
『……へっへーん、はっずれー』
『この、クソ瀬崎! 紛らわしいとこに立つなや!』
『そんなぁ。そんな言い方はないんとちゃいますか。そんなこと言うならボクかて――』

「ぅふん♥」

『……………………』
『……………………』
『……………………』
 たちまち静寂が漂った。
 三人が息を潜め、耳をそばだてている気配が回線の向こうからびんびん感じられる。
 おかしな声を出した本人は、いつも通りつんとすました顔でコンソールに向かっている。
 北川司令は咳払いをして、話を続けた。
「とりあえず、三人とも無事でよかった。【ソラス】の件はひとまず足を止めたということで――」
『司令、なに、今の声!? 今の声!!』
『もーいっぺん、もーいっぺんやぁ!』
『ねえねえねえ、ほんとに今の、オペレーターのお姉さん? あんな声も出せるんだ』
「お、おい、お前達――」
 北川は見ていた。オペレーターの顔色から血の気が引いてゆくのを。
『いっまの声、アンコール! いっまの声、アンコール!』
『ぴゅーぴゅー、うっひょーたまんねー! もっぺん頼むよーおねーちゃーん』
『実はさー、前から気になってたんだよねー。今度ボクとさあ、六甲へ――』
 通信の向こうのおはやしが最高潮に達した時、オペレーターはついに口を開いた。
「おだまり」
 たちまち通信機は故障でも起したように一斉に黙り込んだ。


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