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地球防衛軍4SSシリーズ・フェンサーストーリー


 ストーリー3.ミセス・サイボーグ 後編

「――今日はいい防衛日和だね!」
「姐さん、それ洒落になってません」
 川べりの住宅地。その背後に流れる川の土手の上から、手をかざして空を見やっているフェンサー15。
 しかし、その視界に青空はない。雲一つない。昼時だというのに。
 彼女達の眼前に広がっているのは、分厚い銀色の六角形を隙間なく連ねた天井。

 アースイーター。

 地球人類に対して、もはやマザーシップが絶対の攻撃手段でないと思い知ったフォーリナーの新たな戦術は、砲台を備えた連結する六角形の物体を空に敷き詰め、地球そのものを覆い尽くしてしまおうというものらしい。
「宇宙って広いねぇ。そんな大それたこと真面目に考える奴も、それを実行しようって奴も、いるもんなんだねぇ」
 とは、アースイーターの説明を初めて聞いた時の、フェンサー15の感嘆の声である。
 
 そして、これまでアースイーターに対して散発的に迎撃を行ってきたEDF総司令部は、今回、これ以上の『制覆』を看過できないとして、全世界において一斉にアースイーターを攻撃する作戦を指示。
 EDF極東本部日本支部作戦指令本部でもまた、全戦力を投入したミッションを以てアースイーターの排除を行うこととなった。作戦指令本部自身が指揮を行う、ブルートフォース作戦以来の大規模ミッションである。
 当然、フェンサー15の所属している基地も作戦指令本部からの指令を受け、ガードを除く基地全戦力による出撃を決定。
 彼女達が受け持つのは、砂津谷地区に隣接した津川浦市街地となった。

 ―――――― * * * ――――――

 彼女達が配置されたのはまだアースイーターの端の方なので、覆われていない部分から差し込む太陽光でそれなりに明るい。しかし、奥の方へ行くにつれて暗がりになっている。
「まったく、地球丸ごといただいちゃおうとか、欲張りにもほどがあるって。欲は身を滅ぼすって、教えてやんなきゃ」
「……姐さんは怖くないんですか?」
 圧倒されたように見上げっぱなしのフェンサー43。その問いに、フェンサー15は小首を傾げる。
「全然。そもそも、まだ敵が元気だってのに、丸呑みにしようとか迂闊にもほどがあるでしょ」
「そ、そうスか?」
「外国じゃどうか知らないけどさ、日本じゃ偉大な先達の話があるからねぇ。――一寸法師の話、聞いたことない?」
「一寸法師て。御伽噺じゃないですか」
 呆れたように嘆息するフェンサー43。
「うちの旦那曰く、今にも残る昔話には、残るだけの真実がある――ってね」
 その時、背後で他の隊と打ち合わせをしていたフェンサー32が戻って来た。
「隊長、上(かみ)の方の作戦領域にストームチームが配置されてるらしいっスよ」
「へぇ。上の方って言うと……砂津谷かな? ふふ、そりゃあ、こっちも負けてられないね」
「あと、もうすぐ極東本部のえらいさんがなにやら演説かますらしいです。大人しく聴いているよう、作戦指揮所から厳命が」
「やれやれ、ゴマすり乙、だな。うちの作戦指揮官殿は」
 そう吐き捨てるのはフェンサー44。
「その演説の後、えらいさんの攻撃の指示が下りてから――」
「……! 姐さん、上を!」
 フェンサー43の悲鳴じみた声に一同が見上げる。
 六角形の物体が落下してきていた。しかし、フェンサー43が叫んだのはそのこと自体ではない。
 その六角形が、彼女達の前に既に並んでいたものとは明らかに異なった様相を見せていたせいだ。
 1ブロックそのものがオレンジ色の輝きを放つ巨大なライトのようなもの。
 1ブロックに火炎を思わせる形状の桃色の突起、紫の扁平な形状のドーム、アンテナを思わせる銀と青の尖塔などが、数機から十機配置されたもの。
 輸送船の下部を思わせる形状の筋彫りとオレンジの発光部を備えた、飛行ビークルやディロイを投下するハッチブロック。
 そして、これまであちこちで視認したことのある、直下を極太レーザーで焼き尽くす巨大砲台ブロック。
 それらが空の彼方から飛来しては、次々に連結して天井を形成してゆく。
「……ヤバい!」
 そう叫んだのはフェンサー15。
 直ちに、作戦領域内の全ての兵力に――眼前で起きている光景を、呆然と見つめているだけのでくの棒と化している仲間達に――通信回線を開いた。
「こちらフェンサー15! 砲台だ! 全員、盾にできる建物の傍に移動して! それから、早くあれを落とすんだ! 頭上を押さえられた! 逃げ場はない! 起動する前に、一つでも多く潰すんだよ!」
 たちまち、作戦領域中に緊迫感があふれ出す。
 次々と各個で攻撃開始を宣言する各チーム。
『――こ、こら! フェンサー15! 貴様何を勝手に……待たんかお前ら! まだ司令官殿の演説が!』
「射てぇえええええええっっっ!!!!」
 砂津谷にてミッションが始まるより早く、津川浦市街地で35mmガリア重キャノン砲が戦闘開始の号砲を轟かせた。

 ―――――― * * * ――――――

『こちら作戦指令本部。フォーリナーの力は圧倒的だ。地球を丸飲みにする計画は少しずつ進行しており、今も上空に新たなアースイーターが出現している。このままでは、いずれ地球は暗闇の星となる。対抗策は未だ見出すことは出来ないが、このまま指をくわえて見ていることも出来ない。アースイーターを攻撃し、やつらの計画を少しでも遅らせる必要がある。総員、戦闘を開始せよ!』

 ―――――― * * * ――――――

 作戦指令本部からの通信が、全戦域に入る。

『アースイーターの下側には、無数の砲台があります』
 女性の戦術仕官だかチーフオペレーターだかの声に(現場の人間にはわからない)、すかさず司令官が応じる。
『砲台を撃て。アースイーターの下側だ』

「――言われなくても見えてるし、もうやってるよ!」
 吼えたフェンサー15の35mmガリア重キャノン砲が、桃色の炎じみた形状の砲台を二つまとめて撃破する。
 しかし、頭上を狙え、と指示をされたところで、射程距離が足りなければ手の出しようがない。
 相手の高度は200mを遥かに超え、AF−17アサルトライフル主体のレンジャーチームには届かないのだ。
 ウィングダイバーの武装も、そこまでの射程距離を持つものはごく少ない。
 いきおい砲台を破壊する役は、遠距離攻撃手段を持つフェンサーチームと、ロケットランチャーやスナイパーライフルを装備して来たレンジャーチームのいくつか。
 落ちてくる六角ブロックに配置された砲台の数と耐久力に対し、撃破を試みる銃口・砲口は圧倒的に少ないと言わざるをえない。
 作戦指令本部のえらいさんの演説など、ここ津川浦市街地では既に聞いている者はいなかった。
 砲台をいくつか撃破しつつ、各チームが砲撃を避けるために周辺の建物の陰に隠れた頃――それは開いた。
「――こちらスカウト38(スリーエイト)! 津川浦戦域の全隊員に通達! ハッチが開いた! ……新型だ! 飛行ビークルが出てくるぞ!」
 上空を見やれば、輸送船の下部を思わせる形状の筋彫りとオレンジの発光部を備えたハッチブロックが開き、オレンジ色に輝く内部より数機の飛行機械がゆらりと出現していた。一つのハッチにつき数機。全部で二十機以上。
 機首形状がどことなく顔に似ていた旧称ガンシップ――飛行ドローンに対し、機首上方に伸びるサイのような大きな角状の突起が特徴的な、各所に緑色の蛍光パーツを配した非常にメカニックな――言い換えれば非人間的な――デザインの機体形状となっている。
 マザーシップ撃墜後、ジャンプシップもしくは大型輸送船と呼ばれるフォーリナーの瞬間移動型宇宙船の出現と時を同じくして現れ始めた、新型の飛行攻撃機『飛行ビークル』。
 空中での機動性を優先し、攻撃の命中率と継続性につけ入る隙のあった飛行ドローンに対し、機動性こそ劣るものの高い命中率と攻撃継続時間の長い対地レーザー照射を誇るマン・マーダーマシンである。
 ひとたびそのレーザーが当たり始めれば、ウィングダイバーやフェンサーの最高速でも逃れられない、恐るべき掃討兵器。
 弱点があるとすれば、機体上方への攻撃ができないことと、その機動がガンシップと異なり、前方への移動を基本としているためにある程度読みやすいことか。地上を狙うためか安定性も高いので、しっかりと狙えれば、連続で弾丸を当て続けることが可能であり、一対一ならば慣性を無視した機動をする飛行ドローンよりは戦いやすい。
 もっとも、そんな場面はありえない。
 今、作戦領域内で展開されているように、飛行ビークルとは大量に降下して的確に人類を見つけ出し、回避も避難も不能なレーザー照射を数に任せて間断なく行い、確実に排除、殲滅を遂行することこそを目的としている兵器なのだから。
「――隊長!? どうします!?」
 フェンサー32の問いかけに、フェンサー15は構わず35mmガリア重キャノン砲をぶっ放した。
「降りてくりゃアサルトでも落とせるし、どうせ降りてくる!! ビークルは後回しだ! 先にハッチを叩け! 開いてるうちに中を射て!!」
「了解!」
「「「「「了解!」」」」」
 答えるフェンサー32の声に、他のレンジャー部隊からの声も混じる。
 果たして彼女の指示通り、ハッチは次々と破壊され、天井から脱落、爆発してゆく。しかし、そもそもの銃口・砲口が少ない。破壊される前に閉じてしまったハッチも、いくつか残った。
 しかし、それを残念がっている暇は与えられない。
 高度を落としてきた飛行ビークルに加え、いよいよ天井に張り付く砲台も起動し始めた。

 ――地獄の宴が、始まる。

 ―――――― * * * ――――――

 高威力の緑色光線、青く輝く吸着光弾、そして爆発を伴うピンクのプラズマ光球に、飛行ビークルの放つ赤色レーザーが降り注ぐ。その様は、まさしく光の雨。だが実際は、その詩的な表現とは裏腹な、恐るべき殺意の土砂降り。
 その下で、EDF陸戦部隊は自由に動くことを封じられていた。
 しかし、建物の陰に隠れていたとしても、火炎状の桃色砲台から放たれるプラズマ光球で建物ごと吹っ飛ばされ、あぶり出されて集中攻撃を受ける。
 逃げられる脚も、抵抗する射程もないレンジャー部隊には、ここは絶対の死地と言えた。
 それをさせんと咆哮するのは、フェンサーの誇る長距離超重火砲。
「あのオレンジ色! 新型が出てくるハッチの中にもあったよね、確かぁ!!」
 1ブロック一つが窪んだ形になっており、その奥にオレンジ色の光体部分がある――スポットライトのような形状のブロック。
 フェンサー15の35mmガリア重キャノン砲が、その光体を狙い――射つ。
 ダメージを受けた光体が明滅する。天を揺るがすような悲鳴じみた音響が轟く。
「――やっぱり、あれがウィークポイントか! は! いっちょまえに痛がってやがるよ! うらあああああぁぁぁっっっ!!!! 死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね、死にさらせぇーーーっっっ!!」
 両腕に装備した35mmガリア重キャノン砲が交互に炎を噴く。
 E551ギガンテスRG2型戦車の主砲・130mm榴弾砲に匹敵する威力の弾頭を集中的に浴びた光体から光が失せる。
 すると、隣接するブロックとの接合部から火を噴き始めた。ずるり、と力を失ったように落下を始める光体ブロック。ワンテンポ置いて、そのブロックを囲む六つのブロックも火を噴いて落下を始め、相次いで空中で爆発四散してゆく。
 空いた空間から太陽の光が、戦場に差し込む。青い空と白い雲が見えた。
「やった! やりましたよ、隊長! あれがアースイーターのコアだったのか!」
 返答は、35mmガリア重キャノン砲の咆哮。
 その筒先は既に次のコアに向いている。
「気を緩めるなっ! コアとつながってない独立したブロックもあるんだ! ハッチも、砲台も、飛行ビークルも、全部落とすまで、引鉄を引き続けろ!」
「りょ、了解!!」
 フェンサー15の言葉どおり、今や方々で上空を舞い踊るメタリックな死神との戦いも始まっている。
 フェンサーチーム15周辺にも、数機が群がってくる。

 しかし。

「――やらせはせんっ!」
 自分達が砲火に曝されるのにも構わず飛び出してきたレンジャーチームが、AF−17アサルトライフルを乱射して飛行ビークルを攻撃した。降り注ぐレーザーの雨を受けながらも、一機、また一機と落としてゆく。
「ひゅう! ……そこのレンジャー! ありがとう! だけど、無茶しないで! みんなで一緒に生き残らなきゃ!」
 やがて、周辺全ての飛行ビークルを撃墜したそのチームは、リロード中のフェンサー15の傍に来て、敬礼をした。
「レンジャー74、これよりあなたの指揮下に入ります! ――みんな、今回はこっちがフェンサー15の援護だ! 守るぞ!」
「「「「おおー!!」」」」
「というわけでフェンサー15、ビークルはこちらで相手をします。心置きなく空を落としちまってください!」
「うん! 任せた!」
 同時にリロードが終わり、35mmガリア重キャノン砲が火を噴く。
 青と銀の尖塔型砲台が炎を吹いて落ち、空中で爆散する。
「ひょお、あれを当てるか。流石だぜ。――こちらレンジャー74! 作戦領域内の各チームに連絡! たった今フェンサー15と合流した! こちらの位置がわかる者は集結せよ! 生き残りたい者はフェンサー15の指揮下に入れ! 川べりだ! この上には、本当の空があるぞ!!」
 通信回線が雑音だらけになっていると思うほどの雄叫びが満ちる。
 レーダー上のあちこちに散らばっていた青い点が、次々に移動を始める。
 もはや作戦指揮所からの通信など、雑音でしかなかった。

 ―――――― * * * ――――――

 フェンサーチーム15が陣取る川べりを中心に、次々とアースイーターのブロックが落下してゆく。
 コアを失い、あるいはハッチを破壊され、もしくは直下を焼く極太レーザーの発射砲台を砕かれ、銀の天井が落ちてゆく。
 そして、青い空と白い雲が覗くその隙間が、徐々に面積を広げてゆく。
 集まった部隊による集中攻撃は熾烈を極めた。一面に砲台を生やしたブロックが、コアが、ハッチが、直下レーザー発射砲台が、一つにつき1分持たずに落下、あるいは丸裸になってゆく。
 それだけEDFの各部隊がダメージを受けることも少なくなり、戦況は好転していると誰もが考える。

 戦況か決まったかに見えた、その刹那――領域内最後のハッチを落としきる前に、そいつは出現した。

「ディ、ディロイだー! ディロイが来たぞぉー!」
 叫んだのはスカウトか、それとも視認したレンジャーか。
 三脚歩行戦闘マシン『ディロイ』。
 EDF最大の巨体を誇る全長25mのE651戦車タイタン、それを遙かに上回る巨大な胴体を、高出力対地掃討レーザー砲台を備えた三本の多連関節の脚で支え、空を闊歩する。まさしく鋼の獣。
 正面に位置する巨大な一つ目にも見える部分から薄青いプラズマ光球を放ち、ビル街も住宅街も何の障害ともせず闊歩して接近してくる。
 その独特の歩行方法により、胴体部分が上下するため非常に狙撃が難しい。
 今しも、それが投下されるなり放った薄青いプラズマ光球は、集結の遅れていたチームの傍に着弾。彼らを文字通り吹き飛ばした。集結予定のフェンサーチーム15の頭上を飛び越え、次々と川に着水するレンジャーチーム。
 それを見たフェンサー43が焦った声で嘆く。
「くっ……姐さん! ああも上下するんじゃ、狙いが!」
 ディロイが次に狙うのは、確実にこの周辺だ。こうなると集まったのが逆に仇になる。
「……そうだ! おい、レンジャーの中にスナイパーライフルのチームが――あ」
 それがさっき川に飛ばされた連中だと気づいて、ほぞを噛むフェンサー43。
「あちゃー」
「いいから射つんだよ!」
 フェンサー15の両腕から轟音が響き渡る。
 不思議なことに、その弾丸が当たる。こちらへ近づいてくるディロイが、面白いように打撃を受けて踊り狂う。
「姐さん!? 凄ぇ!」
「凄くないっ! いいから射てってば!」
 一喝され、肩を竦めるフェンサー43。
「あれに当てようと思うから難しいんだよ! こっちはスナイパーライフルと違って弾速が遅い! あのでかい胴体が動き回る空間を、なるべく長時間かけて弾が通過する、そんな弾道をイメージして射ちまくればいい! 射つのはあの胴体じゃない! あの胴体が通る空間なんだよ!」
「わ、わかりません姐さん!」
「――いいから射てってことだよ!」
 そう叫ぶのは、同じように射ちまくっているフェンサー32。
「距離が届かないのは論外だが、届くなら射ちまくれ! 奴のあの動きは回避じゃないんだ! 連射してれば、何発かは自分から当たりに行く! 当たれば痛いんだよ、こいつの弾は!」
「なるほどそりゃわかりやすい説明で!」
 納得したのか、ただ単にリロードが終わったのか、再び砲撃を開始するフェンサー43。
 結局、フェンサー四体=計8本の35mmガリア重キャノン砲の弾幕を突破することは、流石の鋼の獣を持ってしても叶わず、AF−17アサルトライフルの射程内に入るよりも早く、火を噴いて擱坐、轟沈した。

 ―――――― * * * ――――――

 荒い息がヘルメットの内部を満たす。

 右肩が痛い。熱い。――さっき、嫌な音がしてた。

 滝のような汗が顎から胸へと滴り落ち、痛みと熱による苦悶で左目をすがめずにはいられない。歪んだ表情が戻らない。

 右足鼠頚部が痛い。熱い。――音がしてたのはこっちか?

 周辺の砲台、コア、ハッチは全て落とし終えた。発進した飛行ビークルも、仲間が全て落としてくれた。

 右目周辺が痛い。熱い。――燃えてるみたいだ。

 これで、ミッションが終わった――

 内臓が重い。熱い。――息が、灼ける。


 ――のか?


 痛み止めが切れかかってる。――義腕と義脚にガタが来てる。

 ふと緩みかける意識の片隅をよぎる警告。

 もう楽になりたい。――メンテナンスしなきゃ。

 そんな時こそ、奴らが仕掛けてくる。

 もういいじゃん、帰ろうよ。――帰らなきゃ。


 見ろ、来た。

 ―――――― * * * ――――――

 フェンサーチーム15の周囲に集まっていた全ての部隊が、勝利の感慨に気が緩みかけたその時、異変は起きた。
 砲台を失ったまま残っていたアースイーターのブロックが、凄まじい速さで空に吸い込まれてゆく。
 それは、あまりの速さにブロックの形状が縦に長く引き伸ばされているかのように見えるほどだった。いや、もしかしたら事実引き伸ばされていたのかもしれない。空間ごと延長するなど、フォーリナーにとってはさほど難しい技術ではないはずだ。

 そして、再びブロックが降下してきた。

 さっきの激戦で失った砲台など幻影だった、と言わんばかりに、全く無傷の砲台ブロック、ハッチ、コア、直下レーザー砲台が降り注ぎ、空中で連結してゆく。

『破壊しても次々と降下してくる……なんという物量作戦だ!』

 よその作戦領域でも同じことが起きているのだろう。
 作戦指令本部から本作戦全領域を指揮する者たちですら声を失うその光景に、現場が動揺しないわけがない。
 呆然と立ち竦む者たちの中で、一番最初に行動を起こしたのは、やはりフェンサー15だった。
 その場に集まる全ての者の目を覚ます号砲一発、コアの悲鳴を響き渡らせる。
「何を呆けてんだ! リロードだよ! 単にフォーリナーがリロード終わらせただけじゃないかっ!! だったら、また全部落としてやるだけさっ! EDFに同じ手は通じないって、教えて――」
 今度は、砲台の起動が早い。
 ハッチが開き、直下殲滅レーザーが大地を穿ち、砲台が次々と光弾光線を放つ。
「……やばいっ!? みんな、一旦散って――」
 集まっていることが裏目に出た。
 攻撃目標がばらけていればこそ、個々の攻撃の合間を縫って反撃もできる。フェンサーなら多少のダメージを覚悟で射撃を続けられる。
 しかし、今はこちらの戦力が一箇所に集まったばかりに、敵の攻撃も効率的になる。
 レーザー光線や吸着光弾だけならば、それは生きる盾となりえたかもしれない。しかし、爆撃という範囲攻撃の前には、盾という考え方は通用しない。
 炎をかたどったような形状の桃色の砲台から放たれたプラズマ光球が炸裂し、EDF陸戦部隊は次々と爆風に吹っ飛ばされ、蹴散らされる。

『――アースイーターから、飛行ビークルが飛び立っています』

 作戦司令本部から、憎たらしいほど冷静な――そして、遅すぎる注意喚起。
 周囲の砲台全てがこちらを向いて攻撃してくるのだ。反撃する暇など与えられず、当然、開くハッチにも出撃する飛行ビークルにも対応などできない。
 さらに、間を置かずに投下されるディロイ。しかも、複数。

『アースイーターがディロイを投下しています』
『まずい……物量の差が圧倒的すぎる!』


 戦況が逆転する。

 ―――――― * * * ――――――

 これはやばい。
 周囲の仲間もろとも吹っ飛ばされたフェンサー15は、立ち上がりながら戦況を判断する。

 ――どうあがいても全滅。

『時間を稼ぐしか我々には手がない! アースイーターに少しでも損傷を与えるのだ!』
 作戦指令本部はそう命じても、現場では既に崩壊が始まっている。損傷どころか、時間稼ぎだって……。

 もはや戦況的に絶望とかそういう話ではなく、通信で作戦指令本部が喚いているように、圧倒的物量に押し潰されるだけの話。
 戦術とか戦法レベルでどうにかなる話ではない。まるで蟻が人に踏み潰されるかのような、当然の結果だけが後に残るだけ。

『地球を覆う相手だ……この程度を壊したところで焼け石に水だ! 一体どうすれば……!』
 フォーリナー研究の専門家が漏らす弱音。
 だったら、最初からこんな作戦立てさせるな。実行させるな。

 ――冗談じゃない。

 フェンサー15は胸の内で激しく毒づく。

 あたしはいい。
 けど、みんなにはまだ未来があるんだ。
 ここで全部終わりになんかさせない。

 ―――――― * * * ――――――

『アースイーターからディロイが降下しています』
『地上部隊、空爆を待て!』


「待って……られるかぁぁぁぁぁぁっっっっ!!!!」
 装備変更、ディフレクション・シールドとブラストホール・スピア。
 背部バックパックにサイドスラスターが装備される。

「おおおおおおおおおおおおおおおおおおおっっっっっ!!!!」

 これまで何人たりとも聞いたことのない咆哮を上げ、ディロイの群れに突っ込んでゆく。
「隊長!?」
「姐さん!?」
「無茶です、姐さん!」
 吹き飛ばされ、落着した川から上がってくるのに時間をとられ、隊長の動きについてゆけない隊員三人の悲鳴が響く。
「あたしが囮になる! あたしが狙われている間に、ディロイと砲台を――」
 シールドのディフレクター(物理運動反転フィールド展開装置)展開とサイドスラスター噴射を交互に繰り出し、防御しつつ高速でEDF陸戦部隊の集団から離脱してゆくフェンサー15。
 目に見えて、周囲への着弾が減り、一直線にこちらを狙っていたディロイの動きにも遅滞が現れる。
「――全員、フェンサー15の指示に従えええええぇぇぇぇっっっっ!!!!」
 叫ぶなり、フェンサー32の35mmガリア重キャノン砲が火を噴き、頭上のコアを震わせた。
 次々と起き上がった陸戦部隊の反撃が始まる。

 ―――――― * * * ――――――

 アースイーターからの砲撃は、ある程度高速移動を続けていれば躱すことはできる。ロックオンと射出までにタイムラグがある。
 しかし、ディロイの攻撃――脚部にある高出力対地掃討レーザー砲に関しては異なる。その正確なロックオンと追尾性能を伴う光線を、機動力・移動力で躱す術はない。ビルや住宅などを盾にするしかない。
 しかし、立てこもったところで、今度はプラズマ光球でもろともに爆砕されるだけ。
 まして、複数のディロイに囲まれた場合、もはやとりうる対策はない。無慈悲に制圧・掃討されるのみ。
 フェンサー15が飛び込んだのは、そんなもはや修羅場とさえ言えない虎口だった。
 まだ建ち残る住宅の隘路をサイドスラスターとディフレクター展開の繰り返しによる高速移動で駆け抜け、シールドの緊急冷却の時間を土手の段差と川を渡っていた橋の橋脚の陰に隠れてやり過ごす。
 しかし、反撃はできない。三機ものディロイを相手に、足を止めることは自殺に等しい。そして、身を隠す場所は徐々に減ってゆく。
 仲間がどう戦っているかも、確認できない。
 レーダー画像は近距離で蠢くディロイと、頭上の砲台で真っ赤に染まっており仲間の青を判別できる状態ではない。もはや何とか粘ってくれていることを祈るしかない。
「!!」
 シールドの冷却時間を待って橋脚に隠れていたフェンサー15は、大きく弾き飛ばされた。近くにプラズマ光球が着弾したのだろう。
 スーツの耐久力が半分を切った。
 起き上がり、すぐさまサイドスラスターを噴かそうとした瞬間、視界が真っ白に染まった。

 それは光の滝。
 高出力対地掃討レーザー砲から放たれる、無慈悲に全てを焼き尽くす光の奔流。
 スーツの耐久力が凄まじい勢いで減ってゆく。
「シールド!」
 シールドを構えれば、正面方向からの攻撃はある程度緩和できる。さらに反動による高速移動も期待できる。耐えろ!
 しかし、次の瞬間凄まじい衝撃が突き抜けた。
 シールドの耐久値がごそりと消え、再び冷却に入る。
 そして、フェンサー15は大きく弾き飛ばされていた。
「――ご、あ! なにが、起きた!?」
 揺れる視界を圧する光の世界に、その答は映らない。

 ―――――― * * * ――――――

 その巨体を支える三本の脚の先は、まるで客船かタンカーのアンカー、錨のようになっている。
 フェンサー15がそれで蹴り飛ばされたのが、フェンサー32たちの位置からも見えた。
「……姐さん!?」
「隊長!」
「フェンサー32! 姐さんを救わないと!」
「この状況でか!? 無茶言うな!」
 叫び合いながら、35mmガリア重キャノン砲を射ち続ける。
 周囲のコアとハッチを破壊し、砲台と飛行ビークルを落とす。
 遠距離攻撃の手段が少ない陸戦部隊において、高威力長射程の武装を持つフェンサーチーム15がこの場を離れることは、下手をすると全滅の引鉄を引く恐れさえある。
 そして、だからといってこの場からディロイを狙えるほど、頭上からの攻撃の密度は薄くない。ここで攻撃目標を変更することは、そのタイムラグの間に再び爆撃を受けて戦力を散らされる可能性を招く。
 間断なく投下される飛行ビークルの処理にも手間がかかっている。
「――私たちが行きます!」
 飛び出したのは、ウィングダイバーチーム。
「三次元機動できる分、奴らの狙いも定まりにくいはず! 彼女が脱出できる隙を作ります!」
「頼む!」
 次々飛び出してゆくウィングダイバーチームに希望を託し、残る者たちの奮闘は続く。

 ―――――― * * * ――――――

 2回目、そして3回目の衝撃でスーツの耐久力が切れた。
 同時に、右腕と右足が千切れ飛ぶ。

 痛みには許容量がある。
 激しすぎる痛みには、脳がその受け取りを拒否する。
 そして、フェンサー15の意識はその時点で灼き切れていた。

 ―――――― * * * ――――――

『――隊長、フェンサー15の反応が!』
 ウィングダイバーチームからの悲鳴が通信回線を走る。
『諦めるなっ! 彼女が、こんな程度で!』
『ダメです、隊長! ディロイのレーザー砲台がこっちを――』
『くっ、躱せ!』
『む、無理で――あああああああああああああーーーーーーっっっっ!』
『ひ、光がっ!! うわあああぁぁぁぁっっ!!!』
 次々と入る悲鳴。
 フェンサー32の位置からは、獲物を弄ぶように地面に向けてしつこく高出力対地掃討レーザー砲を照射する三機のディロイが見えている。
「ウィングダイバー!! 退れ! 一旦――」
 フェンサー32の叫びも空しく、通信回線に返事はない。
 そして、三機のディロイがこちらを向いた。
 一つ目を思わせる部分が、青いプラズマの光を放ち始める。
「!!」
 周囲に集まるレンジャーチーム、フェンサーチームが目に見えて怯む。
 精神的支柱を失い、仲間が無慈悲になすすべなく蹴散らされるのを見た彼らに、怯むなというのは無理というものだ。
「ど、どうすればいいんだ!」
「誰か、階級が上の者はいないの!?」
「く……バカ野郎、戦場で手を止めるなぁっ!! 射て射て射てぇ!」
 唯一フェンサー15の意志を継いで戦いの手を止めないフェンサー32の叫びも、絶望に沈み始めた彼らの心を奮い立たせることはできない。
 近傍のコアを落とし、周辺の砲台の除去の目処もついたところだったが、ディロイ三機はあまりに巨大な絶望だった。

 さらに。

 新たなブロックが降りてくる。コア、その周辺の砲台ブロック、ハッチ……落としたばかりのアースイーターの穴を再び埋めてゆく。
「――きりが、ない」
 EDF極東本部のえらいさんと同じ感想を、誰かが呟く。
 そして、その間にもまた一機、ディロイがハッチから降りてくる。
「……ここまでか」
 誰が呟いたのか。
 飛来する三つのプラズマ光球。
 なすすべなく、陸戦部隊は吹っ飛んだ。

 ―――――― * * * ――――――

 そこからはもう、一方的な蹂躙だった。
 連続して炸裂するプラズマ光球により、反撃どころか立っていることすらままならない。
 上空の砲台から、飛行ビークルから間断なく閃く光線により、視界すらはっきりしない。
 隣にいるのが誰か、悲鳴をあげているのは誰か、そもそも生きているのか、敵はどこか、どこから攻撃され、どちらへ移動すれば弾幕が少しでも薄くなるのかすら判断できない、混乱と混沌の屠殺場。
 そして、最後の処刑執行人たるディロイ三機が、一同の頭上にやってきた。

「もうだめだぁ……」

 ディロイの長い脚に設置された高出力対地掃討レーザー砲が、一斉に地面を向く。
 鏡面を思わせるその表面に、光が宿り――


 その音は、雷鳴に似ていた。


 その衝撃は、雷撃に似ていた。


 そしてその威力は、三つの巨体を軽々と、同時に、撃ち抜いた。


 唸りをあげて地球人を屠殺するはずだった高出力対地掃討レーザー砲が力なく光を失い、多連関節を構成する節々が次々に火を噴く。
 三つの巨体は次々と落下して、あるものは川の中へ、あるものは川原に転がる。
 偶然か否か、生き残っている多くの者がその残骸の陰に隠れ、しばし上空からの攻撃から守られる形になった。

 なにが起きたのか。

 死を覚悟していた陸戦部隊の誰一人として、状況の判断ができなかった。
 そして、再びあの雷轟が空を引き裂く。
 別のディロイが火を噴いた。
 さらにもう一撃。
 頭上のコアが。
 1ブロック置いて配置されたハッチが。
 次々と落ちてゆく。

『……なにをしているんだ、そこの陸戦部隊! 本部の命令が聞こえなかったのか! 撤退だ! 早く撤退しろ!』
 ようやく顔を上げたフェンサー32は見た。
 戦場の空気を塗り替える雷撃の主が、重々しいキャタピラの音も激しく土手の上を疾走して来る。
「あれは……完成していたのか!」
 それは自走砲。レーザーサイト付の角ばった砲塔をキャタピラのついた台車に載せた形状の戦車。
「電磁投射砲運搬装甲車両……イプシロン装甲ブラストレールガンE!!」
 EDFが誇る最強の攻撃兵器。
 電磁力で超高速の弾体を打ち出す装置を運搬するためにキャタピラをつけた結果、主力である戦車ギガンテスよりも巨大な体躯と耐久力を誇るようになった、現代の最新鋭投石器。
 速度、機動性こそギガンテスに譲るものの、その超高速弾体は放物線を描くことを知らず、狙ったところに確実に当たる精密性、高速ゆえにほとんどの物体を貫通破壊する威力により、敵が大きければ大きいほどそのパワーを遺憾なく発揮するジャイアント・キラー。
 今目の前にあるのは、その最終仕様だった。
 フェンサー32が、そこに乗っているのが通信の主だと思い至ったのは、そのあまりに猛々しく、あまりに頼もしい姿に見とれていることに気づいた後だった。
「こ、こちらフェンサー32。すまん、援護に感謝――」
『お前が誰でもどうでもいい! いいからさっさと行け! 足手まといだ! こっちだって撤退中なんだぞ!』
 にべもない、しかし全く反論のしようもない返答。
 そう言いながらも、イプシロン装甲ブラストレールガンEは土手の上にその巨体を止め、最後のディロイが放っていたプラズマ光球をその身に受けた。
『こいつの耐久力なら、お前らが作戦領域外まで撤退する間は保つ! 僕が時間を稼いでいる間に、さっさとここを離れろ!』
 砲塔が旋回し、その仰角を持ち上げてゆく。
 轟く雷鳴が空気を引き裂き、コアの一つを粉砕した。
「し、しかし我々の隊長が!」
『諦めろ! ……反応がないってことは、そういうことだろう!』
「く……」
『忘れるな! EDF隊員が死んでいいのは、市民のためだけだ! 死んだ仲間のためじゃない! 行けーーーーっっっっ!!!』
 イプシロン装甲ブラストレールガンEに乗っている誰かのその言葉に背を押され、フェンサー32は叫んだ。
「――撤退だ! フェンサーチーム15、この作戦領域から撤退する! 生き残っている者は、急いで作戦領域外へ向かえ!」
 次々と命令受諾の応声が通信回線を行き交う。
 それをいちいち聞くことなく、次の指示を飛ばす。
「フェンサー43、44! 生きているか!」
『こちらフェンサー44。フェンサー43は残念ながら……』
 通信に返事はあれどもフェンサー44の姿は見えない。一斉に撤退を始めた陸戦部隊の中にいるのか、離れた場所にいるのか、フェンサー32からはわからない。ただ、声が聞けたことにはほっとした。
「よく無事だった! スーツの耐久力はまだ残っているか!?」
『半分ほどなら』
「上等だ! それでもレンジャー並みにはあるってことだからな。隊長の意志を継ぐ! 撤退援護だ、フェンサーチーム15で殿を務める!」
『了解!』
「最後尾は俺が務める。お前は先行して安全な位置からアースイーターの砲台を狙え! 桃色のだ! プラズマを吐く奴だけでいい!」
『わかりました! 御武運を、フェンサー32!』
 そのやり取りの間にも、イプシロン装甲ブラストレールガンEは上空からレーザーの雨を浴びせかける飛行ビークルをものともせず、次々とコアを撃ち抜いてゆく。
「――この野郎っ!」
 お別れの挨拶だ、とばかりに35mmガリア重キャノン砲が火を噴き、飛行ビークルを撃墜してゆく。
 残り数機まで倒した頃、頭上で爆発が起き始めた。フェンサー44が爆発を伴うプラズマ光球を吐き出す砲台だけを落としてくれている。
 ここらが潮時だ。
 装備をシールドとブラストホール・スピアに切り替え、まだ眼前で戦闘を続けているイプシロン装甲ブラストレールガンEに通信を入れる。
「……どこの誰だか知らないが、感謝する! いつか会えたら、酒をおごらせてもらうからな!」
『いや、こちらこそうっとおしいハエの駆除、感謝するよ。無事の帰還を祈ってる』
「そちらこそ」
 通信を打ち切り、サイドスラスターを噴かして高速移動を開始する。
 その背中に、まるでエールの如き雷轟が轟き渡った。

 ―――――― * * * ――――――

 先行する撤退部隊に追いつき、その最後尾で援護を行いつつ、フェンサー32は陸戦部隊の全員に気力を奮い起こすよう叫び続けた。
 フェンサー15ならそう言うだろうという言葉で。
 自分がフェンサー15を演じなければ、そのことに集中していなければ、隊長を失ったことに心が折れそうだった。

 そして、夕刻。
 その道程はかなりの遠回りになりはしたが、アースイーターの追撃を振り切り、一同は奇跡的に少ない損耗率で基地に辿り着いた。

 ―――――― * * * ――――――

 目覚めた時、いつもの天井が見えた。
 すなわち、二段ベッドの上段の床板。
「………………………………………………………………………………………………………………………あれ?」
 フェンサー15はベッドの上にいた。
「……なんで? えー……ここが地獄……ってわけじゃないよね」
 やだなぁ、こんなむさくるしい、日常と変わらない地獄なんて、と胸の内で呟く。
 記憶を呼び起こす。たしか、ディロイの集中攻撃を受けちゃったんだ。視界を塞ぐ光の中で、すごい衝撃を受けて……四度目までは憶えてる。三度目で手足が引きちぎられて、意識を失う瞬間に四度目を胸に――
「姐さん!」
 視界の横から顔を出したのは懐かしささえ覚える顔、フェンサー44だった。
「おや、44。……えらく男前になったね」
 そう言ってにやりと頬を緩める。
 44は額に包帯を巻き、右耳と左頬に血のにじむガーゼが貼られていた。
「……姐さんこそ、すげえ色っぽいことになってますよ」
 涙ぐみながら笑う。
「どゆこと? ――うぐっ!」
 起き上がろうとするが、全身を貫く痛みに鋭く呻いて動きを止める。
 フェンサー44が慌てて左肩を押さえて押しとどめる。
「だめっスよ、姐さん。今、姐さん右腕右足がなくなってて、胸にも大穴が空いてるんですから……姐さん、胸の中まで機械とは知りませんでしたけど、そのおかげで生きてられたみたいです」
「胸に穴? どういうこと? っていうか、あたしどうして生きてンの?」
「俺にもわかりません。俺たちが作戦領域から撤退して基地に戻ってきたら、既に姐さんが医療室に運び込まれてて。何でも、ガードの話だと、ぼろぼろで煙と火花噴いてるイプシロンに乗ったエアレイダーが連れて来てくれたらしいっス」
「……エアレイダー……………………………………ああ。なんだ」
 フェンサー15は左腕で目の辺りを遮るようにした。その口元が明らかににやけている。
「心当たりが?」
「多分、旦那だよぉ。そっか……来てくれたんだ。やっぱりあの人は、あたしのヒーローだなぁ……」
「『あたしのヒーロー』どころか」
 肩をすくめて首を振るフェンサー44。
「うちの基地のヒーローですよ。うちの連中が生き残ってるの、あの人が殿で落ちてくるアースイーターとディロイを一人で引きつけて、レールガンで撃墜し続けてくれたからなんスよ。まさかあの弾幕の中、隊長まで救い出してたとは思いもしませんでしたけど……今ンところ、誰も誰だか知らないですが」
「じゃあ、黙っててよ。44」
「え。でも……」
 フェンサー15はすねたように口を尖らせる。
「あの人は、あたしのヒーローなの。あたしだけのヒーローなの。この基地の誰でも、あんたでも、32でも43でも、EDFのおえらいさんでも、あたしからちょっとでも奪うのは許さないからね」
 投げつけられた言葉をしばらく咀嚼したフェンサー44は、あきれ返ってため息を漏らす。苦笑とともに。
「……こんなひでぇ嫉妬、初めて見た。子供か、あんた」
「うっさい」
 左腕を少しずらし、青く光る右目と残る左目で睨む。
 フェンサー44はにんまり笑った。
「つーか、姐さん。可愛いとこありますね、旦那のことで嫉妬とか。日頃の器がでかいから、しないのかと思ってたのに」
「うっさい。それ以上言うな! 玉握り潰すぞ!」
「おお、こわいこわい。……ま、その元気があれば大丈夫っスね」
 軽く左肩を叩いて、身を起こす。
「あとこれ、32から起きたら伝えてくれって言われてたんスが、姐さんのその体の機械の部分、直す人がこっちへ向かってるらしいっス。何でも、手術室一式ポーターズに運ばせるとか何とかでえらい騒ぎだとか」
「……そうか、先生もまだ無事だったか。それもあの人の手配だね。でも、これで………………あたしはまた戦える」
「……まだ、戦いますか。そんな身体なのに」
 なにを思うのか、目を閉じて薄く微笑む女戦士に、男は痛ましげな表情で問う。
 目を開いたフェンサー15は、左手を目の前で握り締めた。
「こんな身体だからだよ。あたしはまだ……人類が未来をつかむ瞬間を見てない。見るまで、戦い続けるよ。そのために、あたしは生き長らえているんだから」
 返せる言葉は無い。
 フェンサー44はただ、やるせなさそうに首を振った。

地球防衛軍4SSシリーズ・フェンサーストーリー 「ストーリー3.ミセス・サイボーグ」 おわり

ストーリー4 前編へ続く


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