ストーリー2 後編へ戻る   目次へ戻る   小説置き場へ戻る   ホームへ戻る   ストーリー3 後編へ続く


地球防衛軍4SSシリーズ・フェンサーストーリー


 ストーリー3.ミセス・サイボーグ 前編

 西暦2022年――
 新都内某所の手術室。
 モスグリーンの手術着に手術帽、マスクにグラスバイザーを着用した男女が、厳かに術前の儀式を執り行っていた。
 手術台の脇に立った人物が、吸気マスクをつけて横たわる若い女を見下ろす。
 女は素っ裸だった――が、それはおよそ一般的には美しいとは言い難い裸身だった。
 年の頃は二十代後半から三十代前半。顔も含めて全身に負った酷く醜い傷痕が彼女の年齢をわかりづらくしている。
 右腕は上腕の3/4ほどから先が、右脚は腰辺りから先が欠損し、右顔から股間、左腿の内側まで酷いケロイドが覆い尽くしていた。
 腹部にも女性らしい丸みが見られず、よく見れば微妙に窪んでいる――外側からではわからないが、既に女性の機能は失われていた。
「ふむ、素晴らしいな」
 誰ともつかない姿をしたその人物は、女の全身を見回したあと、そう告げた。
「これほどの怪我を負いながら、被験者は半自律装具ではなく用具を用いた自力歩行を行い、自立生活を送っていた? ……素晴らしい。一体どれほどのリハビリとトレーニングと訓練と鍛錬を積み重ね、血を吐くような思いを――いや、地獄を見てきたのか。全ては生きようとする意志のなせる業、か」
「違うよ、先生」
 女は、じろりと男を見やった。
「あたしは死にたいの」
「?」
 小首を傾げる男に、女は吸気マスクの下でにんまり頬を緩める。
「あたしは、もう愛する人の子供を生んであげることはできない。復興を始めている人類に貢献することもできない――そう思ってた。ただ生きて呼吸して、誰の役にも立つことなく、死を待つだけの人生なんて、嫌で嫌で仕方がなかった。だから死にたかった。でも、自殺したら、私はフォーリナーに負けて殺されたことになる。それはもっと嫌だった。……あたしだって、EDF陸戦兵の一員だったんだから。今でもその一員のつもりだから。そして、あたしを愛してくれる人をそんな形でだけは裏切りたくなかったから。だから、必死で自分を偽って元のように動けるようになるんだって、それだけでリハビリを続けてきた。……でも、それが無理なこともわかってた」
「……だから、この実験の被験者に?」
 女は頷く。
 そして、男の肩越しに見える上階の窓ガラスを見つめる。優しく、喜びに満ちた眼差しで。そこにいる人影を。手術台の上からでは眩しく輝く無影灯の光で見えないが、そこにいることが彼女にはわかっていた。
「あの人が……教えてくれた。成功しても失敗しても、あたしの望みが叶うって」
「望みが叶う、か。……では、わかっているのだな。失敗はもとより、成功しても君は……」
「いいの。それで。あたしを踏み台に、人類がより良い未来をつかんでくれるなら。彼が……あの人が叶えてくれたあたしの願いだから。どうなっても全部受け止めるよ。絶望はしない。最後まで、前を向いてゆく」
「――全員、手ぇ止め!」
 男の鋭い一喝。
 それまでごそごそ動いていた手術室内の人員全てが、時が止まったかのように動きを止める。
 男は、グラスバイザーを押し上げてマスクを下ろし、素顔を曝すとびしりと敬礼を決めた。
「全員、この気高きEDF陸戦隊勇士に敬礼!」
 無言のまま、全員が男に倣う。
「……やだ、やめてよ先生。恥ずかしいじゃん」
 そういって照れる表情は、若い娘そのもの。
 看護師を呼んでマスクとグラスバイザーを直してもらいながら、男は頷く。
「君の願いは承った。君を再び戦えるようにしてみせよう」
「……戦う?」
 女の怪訝な表情に、男はまた頷く。グラスバイザーに無影灯の光が映り込んで、その眼差しは見えない。
「フォーリナーは戻ってくる――EDF内にそう信じている者は多い。私もそう思う。いつ戻るかまではわからんが……その時には、君が最高の戦士として戦えるように、私の業と知識、経験と発想の粋を全てつぎ込んで、君を生まれ変わらせてやろう。無論、そこで得られた知見の全てが、君の後に続く者たちの血肉になってゆくだろう。君が死んでも、必ず君の生きた証しは残してみせよう」
「……そう、かぁ」
 なぜか、安堵したように大きく息を吐く女。
「どうした?」
「せんせ、一つだけ確認していい?」
「なんだね」
「新しい腕と脚をつけてくれるんだよね」
「あと、新しい右目といくつかの臓器補助装置だな」
「そっちはどうでもいいや。……ねぇ。新しい腕のパワーって、間違ってコーラの缶を握り潰せる?」
「………………」
 しばらく黙っているのは呆れているのか、呆気に取られているのか。
 いたずらっ子のように輝く瞳が、下から答を待っている。
 ふっと失笑を漏らした男は、首を横に振った。
「コーラ缶を間違って握り潰すだと? 私を誰だと思っている。……その気になればドラム缶でも引き裂けるわ」
「わお。……想定以上だよ。うん、これで何にも心置きはないや。あとは、よろしく」
 女の覚悟を認めて、男は全身麻酔の開始を麻酔担当に指示する――点滴が開始され、幸せそのものの笑みを浮かべたまま、女はすぐに眠りに落ちた。

 各部署が改めて女の状態をつぶさに調べてゆく間に、男は看護師にマイクを要求した。手渡されたマイクは、本来手術をしながら講義や説明するためのものだ。男は上階の窓ガラスを振り仰ぎ、そこにいる人影を見据えながら告げる。
「……この、学会には発表できない秘密手術も含め、人から基地外呼ばわりされる私だが」
 男は一旦そこで言葉を切る。
 その視線が見つめる相手に、動きはない。ただその場に佇んでいる。
「君たちはそれ以上だな。これほど純粋で、歪んだ愛情を、私は想像だにしなかった。自分の妻が、人でない物へと切り刻まれるのを、最後まで見られるものかと高をくくっていたが……長い戦いになるぞ。覚悟しておきたまえ」
 人影に動きはない。
 男は看護師にマイクを返すと、窓ガラスに背を向け、手術台に向かった。
 丁度手術直前の全作業が終わったところだった。
「……では、手術を始める。メス」
 看護士が鋭く光るメスを渡す。
 その脇では、トレイに入れられた機械の腕と脚、その他様々な部品が出番を待っていた。



 そして、3年後……その時は来た。

 ―――――― * * * ――――――

 二刀装甲兵フェンサー。
 EDF陸戦隊の中でも、猛者・精鋭と呼ばれる輩の集まりである――と思われている。
 ベガルタ数十機を擁していたEDF虎の子の機甲部隊を、たった一戦で壊滅に追い込んだ、フォーリナーの自律歩行防御スクリーン展開装置『シールドベアラー』。空軍による空爆すらも防ぐ恐るべき防御専門兵器。
 一時は人類を絶望に追い落としかけたこの兵器を、世界に先駆けて『防御スクリーン内への徒歩進入』という原始的な方法により破壊したのが、フェンサーだった。(ストームチームであるという噂もある)
 筋力増強装置『パワーフレーム』を内蔵し、レンジャーのアーマースーツの倍以上の耐久力を誇る装甲と、人力では運用どころか持ち上げることすら不可能な巨大火砲や超反動連射砲、音速を超えるとも言われる速度で射ち出す鋼の尖槍であらゆる物を貫く格闘兵器や、敵の射出物をそのまま反転させてしまう巨大シールドなどを取り回す。
 その外見からは鈍重と思われがちだが、武装の組み合わせによっては、背部ブースターでの高速移動や高所への移動さえ可能。
 まさしくEDFの最終兵器と言える性能を持つ最強の装甲兵士、それが二刀装甲兵フェンサーである。

 しかし、その現場での実際の運用となると、一部の者を除いてその性能が生かされているとは言いがたい。
 その耐久力の高さから、(作戦指揮所及び本部に)切り札と言われて戦線に投入されることは多いものの、高速移動を生かすことができずに集中攻撃を受けて壊滅したり、パワーフレーム装備者自身が耐久力と火力の高さを盲信してむやみな前進を行い、これまた集中攻撃を受けて壊滅する、などという有様である。
 未熟な戦術指揮と脳筋が組み合わされると、希望は簡単に絶望へ転がり落ちるという好例――もとい、悪例であろう。

 その中で、女性フェンサー15(ワンファイブ)率いるチームは、例外的に高い功績を挙げつつもチームとしての生存率が高いという結果を残していた。

 ―――――― * * * ――――――

 山岳地帯。
 窪地を挟んだ斜面の向こうに黒色甲殻巨大生物の群れ。そして、それを守る防御スクリーン――うっすらと蜂の巣状の構造が見えるプリズムカラーの光の膜が輝いている。その中心に、高所投光器めいた形状の四足機械が鎮座していた。
 シールドベアラー。防御のみに特化した兵器。EDFのあらゆる兵器による攻撃を無力化し、通過させないバリア発生装置。
 前大戦を制したという伝説の狙撃銃も、プラズマコンデンサ7つ分のエネルギーをつぎ込んだ雷撃兵器でも、全長25mの戦車が放つ戦車砲弾も、宇宙からのレーザー照射にすら、そのバリアはびくともしない。

 しかし、今そこに攻撃を続ける者たちがいた。
 フェンサーチーム15。女性が隊長を務める稀有なチームである。(もっとも、稀有なのは女性というだけでも、それが隊長を務めているというだけでもないのだが……)
 四つのレンジャーチームの最前衛として配置されたはずのそのチームは、作戦指揮所からの戦闘開始の合図を待たずレンジャー部隊の後方へ、サイドスラスターを使用して高速移動。
 フェンサーチームの突撃からシールドベアラーの破壊を待って、レンジャー部隊が敵の群れへ突入する――それが、本ミッションにおける基本作戦だった。
 しかし、それを根底から覆すその行動に、レンジャー隊員たちが呆気にとられ、作戦指揮所が状況を確認する通信を叫んでいる間に、四人のフェンサーが両肩に装備していたFH22迫撃砲が順番に火を噴いた。
 強い放物線を描いて飛んだ弾頭は、次々とシールドベアラーの防御フィールド上に炸裂。
「バカ野郎、もっと下だよ!」
 チームの隊長フェンサー15が叫ぶものの、もともとがパワーフレームでも支えがたい重量と抑えきれないほどの反動が発生する代物。射つたびに、いや射つ前から照準がぴたりとは定まらず、その狙いはなかなか下に届かない。光のドームに爆発の花が咲き続ける。
「……ちぃっ! ええい、これ作った奴はバカじゃないの!?」
 吐き捨てながらも、射撃の手を緩めない。
「パワーフレームでも抑えきれない反動ってなに!? 処理能力上がりましたから、さらにその限度超えてオブジェクト突っ込んでみましたとか、どっかのゲームソフト製作会社みたいなことしやがってぇ! 威力上がっても精度と即応力落ちたら意味ないでしょおぉっ!?」
「――隊長! 通信切ってンすか、隊長! 指揮所が怒鳴ってますよ!?」
 隣でこれまた投射の手を緩めないまま、射撃を続けるフェンサー32(スリーツー)が叫ぶ。
「なんだよ、32! アホな指揮に従ってられるか! こちとら命が懸かって――おぉら、当たったぁ!」
 爆発した花の一つが、防御フィールドの外にさまよい出てきた黒色甲殻巨大生物を木っ端微塵に吹き飛ばしていた。周辺の黒色甲殻巨大生物が、一斉に威嚇のポーズをとる。こちらを捕捉したようだ。
 途端に、フェンサー15の通信が、その場にいる全員に入った。
「――来るよ! 全軍この斜面に防衛線を形成したまま迎え撃て! ヤバかったら退ってもいい! あたし達フェンサーチームが全力で援護する! 生き残るよ!」
 斜面を下って怒涛のごとくに攻め寄せる黒色甲殻巨大生物の群れに対し、FH22迫撃砲の榴弾が次々と炸裂し、黒い殺意を黒い物体に変えてゆく。
 レンジャー部隊もせまり来る黒い波濤を前に、無抵抗でいるわけにいかず、次々と射撃を始めた。
『――おい、フェンサー15! 状況を報告しろ! 貴様、臆病風に吹かれたか! シールドベアラーを叩かねば勝ち目はないんだぞ!』
 作戦指揮所の指揮官が喚く。しかし、一度始まった戦闘の形を、そんな簡単には転換できはしない。
 そして、そんな指揮官の想定を裏切るように、シールドベアラーのゆっくりした歩行速度を待ちきれずに、黒い甲殻巨大生物は我先に斜面を下り、こちらへと向かってこようとしている。
「黒い連中はシールドベアラーの守りはいらないってさぁ! ――おひょ、ひゃっはー! なんかすっゲー飛んでったね! 今吹っ飛ばしたのはレンジャー37(スリーセブン)か!? ご機嫌じゃないのさ!」
「ちっくしょう、驚かせやがって! こちらレンジャー37だ! ここまできたら、チーム全員あんたに従うぜ! 生き残るってあんたの言葉、信じたからな!」
「おおっと、こいつは熱い告白受けちまったね! でも残念、あたしはもう既婚者なんでね! まぁせめてあんたらの恋人の元へは返してあげるとするよ! ほぉら、連中が窪地に入ったよ! 狙い放題だ! 射て射てー!!」
 窪地に殺到する黒色巨大生物達が、次々と榴弾と銃弾の雨を受けて引き裂かれて爆裂四散する。
『こちら作戦指揮所、レンジャーチーム全体に伝える! 一旦撤退だ! 作戦は根底から崩壊した! 状況を見直して――』
「こちらレンジャー29(ツーナイン)、我が隊はフェンサー15による現在の作戦指揮が妥当と判断する! つーか、今背中を向けたら、それこそ犬死するぞ! 全員、死ぬ気で射てぇぇぇ!!」
「「「「ラジャー!」」」」
「はっはー! 死ぬな死ぬな! 生きて何ぼの人生だよ! 最後まで生きることにしがみつけぇ!! ――おらおらおらぁ! 吹き飛べ消し飛べ砕けて散れぇ!!」
「フェンサー15、こちらレンジャー41(フォーワン)! あんたくそったれに最高だ! ……野郎ども、ここを抜かせるなっ! この戦場の勝利の女神は、俺たちの背中にいるぞ!」
「「「「おおおおおおおっっっ!!!! EDF! EDF!」」」」
『こちら作戦指揮所だ! 全員で命令無視だと!? いい加減にしろ、貴様ら! こんなことが許されると――』
「こちらレンジャー74(セブンフォー)。通信妨害が酷い。誰かアースイーターが頭上に来てないか確認しろ!」
「え? ……ああ、こちらレンジャー80(エイトゼロ)。隊長っすか今の? ああ、確かに六角形のものが見えますねー(シールドベアラーの防御フィールドに)。ちくしょう、射撃音がうるさくて話しにくいなぁ。せめて通信がまともに聞こえたら」
「あ、あー! こちらレンジャー92(ナインツー)。おい、このままでいいのか? 誰か通信出てくれよぉ。しょーがねーなー。みんな射ってるし、射ち続けるぞぉ!」
『レンジャーチーム74、貴様らその小芝居をやめろ! 私を侮辱しているのか!?』
「あーあーきこえなーい」
『今言ったの、誰だー!!』
「あははははははははは! あんたらサイコー! いいねぇ、現場はこうでなくっちゃ! みんな、愛してるよー!」
「「「「「愛の告白キタァァァァーーー!!!!」」」」」×4
「いっけね、これじゃ不倫だ。ごめんね、あなたー! あははははは!」
 そんなやり取りをしている間にも、窪地の爆炎弾雨を避け、左右を迂回してきた黒色甲殻巨大生物が迫ってきていた。
「ほい、左右から迂回組接近中! 数は少ない! レンジャーチームはそのまま正面の弾幕維持を優先! ――おい、野郎ども! あたしらの出番だ、一体たりとも抜かせんじゃないよ!!」
「「「ラジャー!」」」
 命令一下、フェンサーチームの面々は重々しい音を立てて両腕の武器を変更。左手にディフレクションシールドMA、右手にブラストホール・スピアM6を装備する。
「フェンサーチーム15、突撃ぃぃーーーーーっっっ!!!!」
「「「おおおおおおおおおおおおおおおっっっ!!!」」」
 四体の鎧武者が、必殺の槍を構えてブースターを噴かす。それぞれのレンジャーチームに迫る黒い殺意を射ち貫くために。

 ―――――― * * * ――――――

 ミッション終了後。
 基地に帰投したフェンサー15は、案の定作戦指揮所に呼び出された。
 一緒についてゆくと主張する隊員やレンジャーチームの隊長たち。
 しかし、彼女は謝意を伝えると、それぞれに休息をとるように言って一人で指揮所に向かった。

「……大丈夫なんですかね」
 ヘルメットを脱いだフェンサー43(フォースリー)が、隣のハンガーのフェンサー32に訊ねる。
「ん、まぁ大丈夫だろ」
 同じくパワーフレームの装備を外してゆくフェンサー32の返事は素っ気ない。
「今までもあったことだしな、作戦や命令の無視なんて。今回は被害無しだし、文句言えんだろ。……実際、あの人の現場への対応力には舌を巻くよ。ああいうのなんだろうな、ストームチームに召集されるのって。ストームチームってのも、自分で戦闘行動を決めたり、戦場の部隊を指揮下に置く判断を任されてるらしいから」
「へぇ。じゃあ、既にストームなことやってるんですね、姐さん」
 反対側のハンガーで装備を外していたフェンサー44(フォーフォー)も感心の声をあげる。
「ここの指揮官がアレな時にはどうしようかと思ってたけど……姐さんの下で良かったよな、ほんとにさ」
「出世の目は断たれるかもしれんがな。……俺はもう諦めた」
「――フェンサー32、あんまり上官の文句を、声の響くとこで言うもんじゃないよ」
 含み笑う女の声に全員が振り返ると、装着室の入り口にフェンサー15が立っていた。
「それこそ出世できなくなっちゃうぜ。うちの旦那みたいにね。……ふふっ」
「隊長?」
 呆然としている三人の間を通り抜け、自分のハンガーに腰を落ち着けた15は、まず武装に伴うバックスラスターを外す作業に入る。作業は機械により自動で行われ、それらは個人のハンガーではなく、共通のメンテナンスルームに送られ、保管される。
 機械の作業に身を任せ、それ以上なにも言わないフェンサー15に、三人はお互いに顔を見合わせあい、代表してフェンサー32が訊ねた。
「ちょっとちょっと隊長、いくらなんでも早すぎませんか? なにがどうなったんです?」
「ん〜……だって、一言で終わったし」
「は?」
 話している間にスラスターを返却し終わったフェンサー15は、ヘルメットを取った。
 スポーティなショートヘア――と、顔の右半分を覆う無骨な金属製の仮面が露わになる。目のところは青いレンズ状になっており、一瞬ちかりと光った。
 ぷふ、と一息ついてラックにヘルメットを掛け、次の作業――フェンサースーツを脱ぐ手順を始める。手元のコンソールをいくつか操作し、ハンガー奥からスーツを掛けるラックが出てくるのを待つ。
「指揮官室に行ったらさ、どうもあたしを査問だか裁判だかにかけようと思ってたらしくてさ。見たことない肩章付けたおっさんがいたのよ。だもんで、まあ、言い訳するのも面倒くさいし、いつもどおりに戦果報告をしたわけ」
 出てきたラックにスーツ下半身の各ポイントをはめてゆく作業の手を途中で止め、正面を向いてきりっと表情を引き締めたフェンサー15は、右手でびしっと敬礼を決めた。
「フェンサーチーム15以下、レンジャーチーム4隊、予定通り敵を殲滅して帰投しました。我が方の損害無しであります」
「……それで?」
 フェンサー15は表情を緩めて肩をそびやかすと、元の作業に戻る。
「それでもなにも、そのおっさんが『予定通りか』って聞いてきたんで、『はい、予定通りであります』って答えたら、『了解した、ご苦労だった』って」
 下半身が終わったら、背中を預けるようにして腰部、背部、頚部、肩部、腕部と決められた場所に合わせ、ポイントでロックされる音が聞こえるまで押し込んでゆく。
「はぁ」
 三人はまたも顔を見合わせた。わけがわからない……わけではない。
 なにやらあんまり知りたくない類の力が働いたような気がして、話すのを憚られただけだ。
 そんな三人の内心を知ってか知らずか、フェンサー15は屈託ない笑顔を満面に浮かべながら最後のポイントである右腕を止めつけた。
 右手の位置にあるボタンを押すと、フェンサースーツの各部から駆動音が響き、内から爆ぜるように装甲がばくんと開く。中から露わになったのは、グレーのジャージに似たレンジャースーツ姿。アーマーはついていない、着心地重視のものだ。
 ただし、右肩から先と右脚の付け根から先には着衣はない。そこから先は真っ黒に塗られた骨組みじみた義腕と義脚になっていた。
「まあ、EDF上層部もまだまだ捨てたもんじゃないってことでしょ。よかったじゃん、誰にも損にならない結末でさ」
 こめかみに汗を垂らした三人の視線が飛び交う。誰にも……? いや、面子丸潰れの誰かさんは確実に損した気になっているはずだ。
 この結末を喜んでいいのか悩みつつ、三人は一番最後に来た隊長に遅れじと装甲を外す作業に戻る。
 その間にフェンサー15はフェンサースーツから脱け出し、義腕と義脚の調整を始める。
 暢気な鼻歌がハンガーに漂った。

 ―――――― * * * ――――――

 次のミッション。
 廃墟と化した市街地にて、迫り来る赤色甲殻巨大生物の群れを迎撃せよというミッションだった。
 ともに出撃するのは、本部派遣のウィングダイバーチームが2チーム。
「隊長のウィングダイバー72(セブンツー)だ。今日はよろしく頼む」
 シャギーの懸かった短髪のウィングダイバーがミッション前の握手を求める。
「君の噂はいろいろ聞かされた。女性初のフェンサーってことで、同じ女性として期待しているが……今日はあまり命令無視をしないで欲しいものだな」
「そいつは無理だね」
 握手を受けながら、フェンサー15はせせら笑う。
「今日の相手は赤いのだろ? 引き射ちしてりゃあ勝てる相手に、防衛線を築いて踏ん張って戦う作戦? バカじゃない? ……お互い、チームの隊員の命預かってんでしょ? なにが大切? 仲間死なせたいなら先にそう言ってよ。あんたらが囮になってくれてる間に、離れたとこから好き放題に射たせてもらうし」
 握手を解いたウィングダイバー72は少し引き攣った笑みを浮かべながらも、深く頷いた。
「……了解だ。思った以上にまともな思考ができる相手で少し安心したよ。我々は瞬間最高速度はともかく、機動力はそちらに負けない。君らの移動に、我々がついてゆこう。引きながらの接近戦は任せてくれ。……よろしくな」
「こちらこそ。でも、引き射ち大丈夫? どこの隊もあんまり練習してないみたいだしさ」
 ウィングダイバー72は不敵な笑みを頬に刻んだ。
「なぁに、こちとら視界の無い中でも戦う術を叩き込まれてる。後ろを見ないで下がるくらい、朝飯前さ」

 ―――――― * * * ――――――

 ミッション開始1時間後。
 蜘蛛型巨大生物の増援という不慮の事態に対応しきれず、ウィングダイバーの一人がやられたものの、被害はその一人のみで作戦は完了した。
 作戦の終了を告げる通信を作戦指揮所から受けた後、ウィングダイバー72はまだ肩で息をしながら、苛立たしげに瓦礫を踏み倒した。
「……くそっ! なにが防衛線構築だ! 危うく全滅していたところだ!」
 やられたのは彼女のチームの隊員だった。今は直撃を受けた酸性の糸に全身を侵され、頭を失った原型をとどめぬ姿で彼女達の前に横たわっている。
 生き残った二人も、別のチーム四名も、青い顔をしてその場に佇んでいる。
「悪かったね、その娘……あたしがもう少し気をつけていれば」
 スラスターを噴かしてやってきたフェンサー15に、ウィングダイバー72は激しく首を振った。
「あそこであんなに大量の蜘蛛が湧くなんて、誰にもわからなかった。スカウトの連絡さえなかったんだぞ。……何をやってるんだ、ここの作戦指揮は」
 吐き捨てた後で、はっとしてフェンサー15に深々と頭を下げる。
「ミッション前の君の言葉が無ければ、一人ではすまなかった。全滅もしていただろう。君には深く感謝する」
 他のウィングダイバーたちも次々頭を下げる。
「……このことは、本部にも報告するつもりだ。それでなにがどう変わるか、変わらないか、わからないが……今後も君たちが警戒深く、そして思慮に溢れた行動を取り続けることを希望するよ」
「思慮、ねぇ。普通のことを普通にやってるだけなんだけどね。でも、ありがとう。がんばるよ」
 フェンサー15から差し出した手を、ウィングダイバー72が握る。
 そして、その後次々にその他のウィングダイバーたちがその握手に手を重ねた。

 ―――――― * * * ――――――
 
 その次のミッション。
「……ついに、俺たちだけになっちまいましたねぇ」
 フェンサー44がぼやきとも諦めともつかない、テンションの低い声を漏らす。
 前回のミッションからほとんど日を置かずに与えられたのは、市街地に襲来した蜂型飛行巨大生物の駆除だった。
 出動チームはフェンサーチーム15のみ。
「しかも、フェンサーには相性の悪い飛行生物とか。……悪意さえ感じられるんですが、姐さん」
「そこを愚痴ったってしょうがないよ」
 肩にブラストホール・スピアM6を担ぎ上げ、フェンサー15はからからと笑う。
「どちらにしろ、EDFなんだから一匹でも多く巨大生物を倒し、一つでも多くフォーリナーの侵略兵器を潰さなきゃ。それがお仕事だろ? 苦手なのは頭使ったり、訓練で腕を上げればいいんだよ。それに、仲間がいないなら、今日は気兼ねしなくていいじゃないか」
「相変わらず前向きっスねぇ、隊長は」
 敵の数はレーダーで確認した限り、三十体あまり。ただし、スカウトの斥候ができない区域がこの先にあり、そちらにも相当数が飛来し、滞在しているだろうとの情報がある。
 巣穴の出口があるかも知れず、また巣穴の無いところに巨大生物が飛来して集まっていることから、新たな巣穴を作られている可能性もあるので、できるだけ早急かつ確実に対処しなければならないケースであるはずなのだが……。
「ま、市街地なんだからそうは苦労しないでしょ。前回とは逆に足止めて射ち合えばいいんだし、気楽なもんよ」
「足止めて?」
「飛行生物相手に?」
 自殺行為としか思えないその戦法に、顔を見合わせるフェンサー43と44。
 その肩にフェンサー32が手を置き、低く含み笑う。
「ふっふっふ。両腕ガトリングとそれを守る両腕シールドの組み合わせの恐ろしさを見せてやるよ。閉所にこもったフェンサーチームが本気になれば、女王でも瞬殺できるんだぜ」

 ―――――― * * * ――――――

 作戦領域に飛来していた蜂型飛行巨大生物が全滅したのはそれから15分後。
 さらに隣の領域から飛来した増援も、10分待たずに全滅。
 高いビルに囲まれた狭い広場に立てこもり、フェンサー43と44の二人が上空に向けて両腕のUT3ハンドガトリングで弾をばら撒き続けただけ。その両側を固めたフェンサー15と32が、こちらも両腕に装備したシールドのディフレクター(物理運動反転フィールド展開装置)を切れ目無く展開し続け、時折降ってくるブレードじみた蜂型飛行巨大生物の針を弾き返し続けただけ。
 射線を取ろうとビル街上空をよぎるたびに、弾幕へ自ら突っ込み、もしくは自ら放った針をその身に浴び、ピーピー鳴きながら落ちてくる巨大蜂の死体が周囲にうずたかく積もる。
 ただそれだけの戦いだった。

 その後、一旦帰投することも許されずに、継続して投入されたミッション――増援が飛来した隣接区域に出現していた複数の巣穴の出口を塞ぐという作戦も、各々の第二装備、ブラストホール・スピアM6とディフレクションシールドMAの前に30分経たずに完了。
 いかに高い耐久力を誇る『ただの土くれ』巣穴の出口といえども、四方からほぼ同時に連続して打ち込まれるブラストホール・スピアM6の威力には瞬殺を免れなかったのである。

 ―――――― * * * ――――――

「そもそもフェンサーは最強だって言う奴がいるけど、単体ではそうでもないんだよ」
 流石に3連続のミッションは命じられず、基地へ帰投したフェンサーチーム15。
 フェンサースーツを脱いだ一同は、食堂で夕食を摂っていた。
 そこで他のフェンサーチームの若手も参加する講義を垂れているのは、言うまでもなくフェンサー15だった。彼女が開催したわけではなく、彼女の話を聞きたがるフェンサーが多いのだ。
 話しながらもその左手は、取り外してテーブル上に置いた右腕の調整を行い、その仮面みたいな右眼は青いライトを放って細部を照らしている。
「フェンサーは攻撃力、耐久力は全兵科でも随一だし、それにサイドスラスターやジャベリン投射時の残存慣性キャンセル移動を使えばウィングダイバーにも劣らない機動力を持てます。最強じゃないですか」
 そう噴飯するのは、つい先日基地へ配属された新人。
 下を向いたままのフェンサー15は、左手に持ったマイクロドライバーを器用に操りながら、その声に答える。
「そうは言うけどね。武装の威力はエアレイダーの爆撃要請とかの方が強いし、移動力はともかく機動力はウィングダイバーに劣るよ。移動力と機動力を一緒にしない方がいい。あと、武器の扱い易さや、装備によっては方向転換する速さもレンジャーに劣るし、最大の特徴と言える耐久力の高さだって、初期型プロテウスの足元にも及ばない。そんなもんさ」
 そこまで言って、左手のドライバーを咥えて別のドライバーを持ち、しばらく作業を続ける。
 そして、再び元のドライバーを持ち直して、話を続ける。
「けど、チームとして動くことを考えたら、エアレイダーの爆撃要請ほどインターバルを要さずに継続して使える高い攻撃力、防御スクリーン発生装置電磁トーチカより取り回しのいいシールド、ウィングダイバーより接近戦での不慮の事故に強い耐久力、レイピアに匹敵する前方への制圧力、レンジャーを置いてけぼりにして好きな位置取りのできる移動力と、なかなかの性能が揃ってる。要はどの兵科でも同じことだけど、長所短所を上手くつかんで、足りない分は他の人にカバーしてもらえるように考えなきゃ。自己完結しようとすると、あれもこれもで結局どうにもならなくなる」
 ふと顔を上げて、さっき文句を言った新人に笑顔を向ける。
「せっかく一人じゃなくて、みんなで一緒に戦うんだ。苦手なものは任せるのも一つの手、だよ。もちろん苦手は克服すべきだけど、すぐにできるものでもないからね。訓練、鍛錬、トレーニングを怠らなければ、君が考える最強にも、ひょっとしたらいつか辿り着けるかもしれないけど……寂しいじゃん。みんなでいるのに、自分だけ特別な顔してツンケンしてるのは、さ」
「それは……旦那さんから教わった哲学ですか?」
 別の声に、フェンサー15は苦笑した――多分に照れの入った笑いだが。
「いや〜、ごめん。期待を裏切って悪いけど、あの人そういうのからっきしだから」
「……前大戦を最前線で生き残った精鋭、と聞いたことがありますが」
「あの人曰く、生き残った人みんなそう言われてるらしいよ。……うちの作戦指揮官とかもそうらしいし」
 ドライバーをぷらぷら振りながらの一言に、その場に集まっていたフェンサーだけでなく、聞き耳を立てていた他のテーブルのレンジャーまでが軽いブーイングを挙げる。
「ありゃりゃ、みんな嫌ってるねぇ。……あの指揮官、前の戦いの時には本部にいたらしいんだけどね〜」
「あれの話はもういいです。それより、それじゃあ、あなたの考える最強ってどんなのですか?」
「最強、ねぇ」
 再び調整作業に入ったフェンサー15はしばらく黙ったままだった。義腕の中でマイクロドライバーが仕事をしている小さな音だけが響く。その場にいる誰も口を挟まず、フェンサー15の答を待つ。
「――ふむ」
 ようやく顔を上げ、作業のために開いていた蓋を閉じたフェンサー15は、一同を見渡した。
「やっぱ、ストーム1でしょ」
 誰もが息を飲む、その名前。
「うちの旦那は一度だけ一緒に戦ったことがあるらしいけどね。とは言っても、一方的に守られてただけだったって。その後の別の戦いで彼を真似しようとしたけど、全くダメだったらしいんだわ」
 ざわめく一同。
 八年前に、八年前の装備と戦力と戦術であのマザーシップを墜とした英雄。
 今や虚実入り混じった噂でしか確認することのできない伝説の陸戦兵の、数少ない証言なのだから。
「あたしよりよっぽど頭のいいあの人が、それでもダメってんだから、そりゃ物凄いんでしょうよ。人類最強とか言われても納得しちゃうわ。……でもさ。最強なんていらないよ。………………――って、」
 ぎょっとしたような場の空気を敏感に感じて、慌てて言い直す。
「ちょちょちょ、待って! タンマ! 今のは、ストーム1がいらないって意味じゃないからね!? あの人がいなかったら、うちの旦那だって死んでたんだから。そしたらあたしだって今ここには……そうじゃなくてさ、この戦いは最強を決める戦いじゃないんだ。だから、そんな価値観はいらないって言う意味」
 ほっとしたような空気が漂う。なによりほっとしているのは、発言者本人だが。
 一同を見回し、きちんと意図が通じたか確認して、右腕装着作業に入る。
「……この戦いの勝ち負けは、生き残れるかどうか。それだけ。だから、最強じゃなくていい。最強になる必要も無い。みんなで助け合って、できるだけたくさんの人が生き残って、再び人類社会を繁栄させる――それが、あたし達の……君たちの勝利」
 ばちん、と一際大きな音がして右腕が機能を回復する。
 目の前で指先を握ったり開いたり、指ごとに動かしながら、フェンサー15は笑う。
「だから、みんなで幸せになろうよ。ね?」
 その場で講義を聞いていた者たちは皆、一斉にはい、と答えていた。

 ―――――― * * * ――――――

 深夜。
 基地内のコンテナ置き場の陰に、フェンサー15の姿があった。
 フェンサー15は携帯電話をかけていた。
 暗がりではわからないが、それは軍用のものですらない、およそ一般には出回っていない特別仕様。
「――うん。腕はもうすぐ限界かな。脚も似たようなもん。痛み止めも最近効きが短くなってきてる。ん? ……三日に一回かなぁ」
 回る探照灯が一瞬、眉をたわませたその横顔を暴き出す。
「……黙り込まないでよ。考えたくないこと、考えちゃう。君が……君の覚悟が揺らいでるんじゃないかって。……うん。あたしは幸せだもん。君が見ていてくれる限り、君と一緒に立ち向かう限り、どんなことでも受け入れられるから。でも……辛いなら言って。何にもできないけど、……本当はあたしが言うべきじゃないのかもしれないけど……聞いてあげるだけなら、いくらでも聞いてあげるから」
 再び回ってきた光が、横顔を暴き――左目の縁できらめく。
「……違うよ。あなたが、いつもあたしのことしか考えてないあなたが、自分の気持ちをちゃんと伝えてくれるのが嬉しいの。我がまま言ってくれるのが、嬉しいの。君が苦しいと、あたしも苦しいもの。吐き出してよ。あたしのせいで積もった鬱憤なら。そうだよ? あたしが聞きたいの。………………。そうだね。あたし達は二人で一つ。傍にいなくても、傍にいる。うん。うん。……あたしも。大好きだよ。ん、おやすみ」

ストーリー3 後編へ続く


ストーリー2 後編へ戻る   目次へ戻る   小説置き場へ戻る   ホームへ戻る