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地球防衛軍4SSシリーズ・ウィングダイバーストーリー


 ストーリー2.キレるぞキケン! 後編

 戦場。
「弾幕薄いわよ、なにやってんの!?」
 ウィングダイバー35の通信に、ウィングダイバー51は舌打ちを漏らす。
「文句はクモに言え! くっそう、あのキャリアー、蛇行なんかしやがって! 停止してりゃ、レーダー反応だけでも撃ち落して――とわっ! 危ねえ、糸が飛んできやがった!!」
「ちょっと、それヤバイじゃない。援護に行こうか? わ、わわっ! ――ごめん、前言撤回。今行ったら敵の数、倍になりそう」
「それは願い下げだな。……この辺のを片付けるのに集中していいか?」
「しょうがないわね。どっちにしろそうしないと……う〜ん、すぐ傍に新しいのが落ちてきた。こっちもちょっとやばいかも」
「あらら。……どうする? 訓練生の手前だが、一旦退くか?」
「一人迷子がいたでしょ。退いても大丈夫かしら」
「そいつは自己責任てもんじゃねーのっ! っと。だめだ、一旦100mほど退くぜ」
「――ダメです! 今、援護します!」
 二人だけの通信に割り込んでくる、エッジの声。レーダーの端に侵入してくる青い点。
「!? なんだ!?」
「ちょっと、あんたたち命令違反――」
「こちらエッジ。ウィングダイバー51、援護します。3、で飛んで下さい」
「3? 何の話だ!?」
「いーち、にーぃ……さん!」
 言われたままにブースターを噴かして飛び上がるウィングダイバー51。
 同時に鳴り響く雷轟。白い霧に覆われた大地を這い進む雷撃。
 十五条×四ヶ所からの雷撃の枝は、地面で跳ね踊り、その進路上にいた蜘蛛型巨大生物をことごとく捕らえてダメージを与える。
 ウィングダイバー51の周囲に迫りつつあった蜘蛛型巨大生物がまとめて数体、悲鳴じみた短い声を残して吹っ飛んだ。

 ―――――― * * * ――――――

 エッジのカウント3が繰り返され、その都度ウィングダイバー51を示す青い点の周囲から、次々と赤い点が消えてゆく。
 そして、後方から迫ってきた青い点の集合体とウィングダイバー51の青い点が合流した。
「……へえ、やるじゃない。どうやったのか知らないけど」
 顔をかすめる糸を、まるであらかじめその軌道を知っていたかのような華麗な動きで躱すウィングダイバー35。
 お礼代わりとばかりにロックオンした対象に数発、誘導レーザーに当てて硬直させ、瞬時に武器を切り替えてレーザーランスCで撃ち貫く。その間、彼女の視界に一切敵影は映っていない。
 そして、その白い霧を蹴散らして炸裂する青い閃光。
 滞っていたウィングダイバー51の援護射撃が、蜘蛛型巨大生物をまとめて2匹、間抜けな悲鳴とともに吹き飛ばす。
「うん。ま、これなら戦力として及第点かしらね。――こちら、ウィングダイバー35。エッジ、聞こえる?」
「はい、こちらエッジ。ウィングダイバー51の安全は確保しました。私たちはそちらに行かない方がいいと思いますので、新たな指示がない限りは、この場にとどまって彼女の援護を続けたいと思います」
「じゃあ、新しい指示を出すわ」
「え? あ、はい」
 ウィングダイバー35の物憂げな目が、ちらりと頭上を見やる。その間も、蜘蛛の糸を躱し、誘導レーザーを放ち、ランスの一撃で一匹始末する。
「キャリアー、落として」
「………………はぁ?」
「キャリアーの飛行高度が高すぎてさぁ、私の装備じゃ届かないの。51でもいいけど、とにかく蜘蛛は私が優先して片付けるから、元を絶ってよ」
「えええええええ!?」
「ちなみに、知ってるでしょうけどキャリアーの外装をぶち抜けるのは今のところ、空軍の新型貫通弾グラインドバスターだけ。私たちはハッチが開いたところを内部狙撃しないといけないわ」
「こ……この濃霧の中から、それをやれと!?」
「頼んだわよ」
 通信回線を切ったウィングダイバー35は、新たな獲物を始末しながら、ほくそえんでいた。
「さぁて、ようやく羽ばたく練習を始めたひよっこたちは、どんな答えを出すのかしらね」
 それは、それまでに自分が落ちるとは微塵も考えていない口調だった。

 ―――――― * * * ――――――

 作戦領域外側、とある山頂。
 男と女が対峙していた。
 ウィングダイバーのスーツを身にまとう少女クレイ。その腕に短い砲筒型の武器を携えている。
 レンジャーのアーマースーツをまとう男。年は30代、陰気な顔つきで、その手にはスナイパーライフルを持っている。
 向かい合う二人の背景では、今しも蜘蛛型巨大生物を投下し続ける二隻のキャリアーが、銀色の光沢を輝かせつつ、白くたゆたう雲の海の上をゆっくり移動している。
「……あんた、誰?」
 クレイの問いに、男は苦笑をこぼした。
「俺がその問いを投げかけられるとはな。というか、お嬢さん。ここは作戦領域外だぞ。こんなところにいていいのか」
「そんなこと聞いてない。あんた誰、って聞いてんの」
 警戒もあらわなクレイに、男はやるせなさそうに首を振る。
「見てのとおり、レンジャーだ」
「レンジャーが一人で、なにしてんの。こんなとこで」
「……それについては、どう考えてもお互い様だと思うが」
「あたしはいいんだってば。敵を追っかけてきたら、ここへ出ただけだもん。でも、おっさんはどこから来たのさ」
 男は自分の背後を親指で指し示した。
「お前が来たのとは反対側だ。ここは狙撃に良い場所だからな。それに、俺は常に一人でミッションを受けてきた。一人でいることに不思議はない」
 クレイは思案投げ首で、男の言ったことを繰り返す。
「反対側……狙撃……一人でミッション…………ああ」
 手槌を打って顔をほころばせた少女から、たちまち警戒心が霧消する。
「おっさんかぁ。教官たちが言ってた応援の部隊って。なんだ、それなら早くそう言いなよ〜」
 事実は違うのだが、面倒なので男はそれを訂正しないまま話を続けた。
「わかってくれたのなら、いい。ともかく、務めを果たそう。あれを落とすんだろ?」
 男が指差す先に、キャリアー二隻。
「おお。……ちょうど二隻だし、おっさんと競争だね。負けないよ!」
 クレイは持ってきたブラスト・ランチャーを肩に担ぎ上げ、照準を合わせて引鉄を引いた。

 ―――――― * * * ――――――

 ウィングダイバー51近傍。
 ダガーが喚いていた。
「この濃霧の中から、キャリアーを落とせって!? 訓練生にふっていいレベルの課題かっ!」
「い〜ち、に〜ぃ、……さんっ!」
「よっと」
 エッジのカウントに合わせてウィングダイバー51が飛び上がり、雷撃が地面を這う。近づいていた蜘蛛型巨大生物がレーダー上から――。
「消えない!?」
「跳躍してたな。……任せろ、誘導兵器の射程内だ」
 ダガーが武装を切り替え、ミラージュ5WAY−Bの誘導レーザーが霧中の蜘蛛を的確に捉え、今度こそ完全に始末する。
「フォローありがと、ダガー」
「お〜楽ちん楽ちん。なるほど、人数かけて広がる雷撃兵器で範囲制圧攻撃、漏れたら誘導兵器でピンポイントかぁ。戦場でもこう対応してくれりゃあ、あたしも色々と楽なんだけどなぁ。……訓練終わったら、お前ら揃ってうちのチームに来ない? ――ほいっと」
 ウィングダイバー51がそう言っている間に新たなカウントが繰り返され、再びジャンプする。
 同時に空中で彼女が放った青白いプラズマ球弾は、緩い放物線を描いてウィングダイバー35に殺到しつつあった赤い点を数体蹴散らした。
 そして、その間にもウィングダイバー35の周囲では次々と赤い点が消えてゆく。
「――ウィングダイバー51周辺の敵影なし。各自レーダーで状況を確認しつつ待機。……上のはどうしましょうか、教官」
「おー、いっぱしの戦場指揮官だねぇ、エッジ。とりゃっ」
 答えながら、砲撃。そして、チャージ。
「しかし、どうしましょうかと言われたって、こっちは手が離せないんだ。そっちで考えてくれよ指揮官殿。――そぉりゃっ」
「はぁ。……とはいえ、そもそもこっちにも上空へ届く武器がないのよねぇ」
 あまりの無茶振りに思わずため息が漏れる。
「エッジ、こちらブレード。……私が垂直に飛び上がって霧の上へ出て、そこからサンダーボウを連射するか、高度が合うようならランスで攻撃してみようか」
「待て待て」
 慌ててとどめたのはダガー。
「ランスで届くならウィングダイバー35が対処してるはずだ。それに、その場での垂直上昇のつもりが、知らずに流されて移動することもありえる。あまり大きなジャンプをすると、次に巨大生物が押し寄せてきた時に、こちらの制圧攻撃範囲内にいることになるかもしれないぞ」
「……そうか。まあ、それならそれでエッジのカウントに合わせて飛び上がればいいんじゃない?」
「その時、君が緊急チャージに入ってなければいいがな」
「ない……とは言えないかぁ」
「あの〜。アックスです〜。わたしたちが前に出るのはダメでしょうか」
 珍しく、アックスが提案をする。
「今より少し前に出ることで、35教官に向かう敵の一部をこちらに引きつけるんです。それを制圧している間に、51教官の砲撃でキャリアーを落としてもらうっていう案ですけど」
「……今より敵の数が増えた時に、この戦術がそのまま機能するか、それが心配ね」
 エッジの返答にも苦悩がにじむ。
「ダガーだ。心配があるなら、戦術を変更するのは危険だろう。こっちへ来るのが一部とは限らない。全部が来た時、対応できるのか? また、今は接近して来るのが前方のみだからいいが、周囲に無作為に落ちてくるようなら、私たちの対応能力から言って、この戦術は破綻すると思うぞ。それに……そもそも51教官、余裕ができたとして、キャリアーを砲撃で落とせます?」
「無理」
 全く逡巡する気配もなく、一刀両断にすげなく断られた。
「全く視界のない霧の中から? 蛇行移動するキャリアーの位置を特定し? その下部のハッチが開いている間だけを狙って砲撃? はっはっは、無茶言うな。……さっきから何回かやってたが、当たってる気がしねぇ」
「いや、結局やってたのかあんた」
 ダガーの反応ももはや驚愕というより、ただの突っ込みになっている。
「まあ、上空に専念させてくれるなら、そのうち落とせるだろうけど……ちょっと時間はかかるかもな。――ほいっと」
「でも……今はそれが一番確実かもしれません」
 ちょうど敵増援が途切れたタイミング。
 エッジはまた少し考えて、続ける。
「あとは……敵の来ないタイミングを見計らって、チーム・ヤイバ全員で上昇、霧の上から全員でキャリアーを射撃、着地したことをそれぞれ申告して状態をお互いに認識しておく、ぐらいしか」
「バラける危険はあるが、そっちでもいいんじゃないか? いざとなりゃ、あたしだって接近戦はできるし、いくらか援護射撃が遅れても35の奴は落ちやしないさ。――うりゃっ」
 どちらの戦術が正しいのか、より効率的なのか、より安全なのか。
 答えのない問いを前に、エッジは悩む。戦場ではそんな時間などそうはないことを理解していても、悩まざるを得ない。
 その時、ウィングダイバー35から通信が入った。
「――ちょっと! そっちからやりなさいよ!」
「は?」
 意味不明の叱責に、エッジはそれまでの懊悩を全て忘れて聞き返していた。
「え、なんです? こっちは何もまだ――」
「いきなり蜘蛛の死体が降ってきて、びびったじゃない! いやあの、死体にびびったんじゃなくて、直撃しそうになったからびびったんだけどさ。死体はレーダーに映らないからよけにくいのよ。落とすなら、こっちから遠い方のキャリアーからにして頂戴」
 びびった言い訳のポイントがおかしいとか、『よけられない』ではなく『よけにくい』であるとか、色々突っ込みどころはあったのだが、言いたいことだけ一方的に言って、通信は打ち切られた。
 なにを言われたのかわからないまま、エッジはウィングダイバー51に問いかける。
「……教官、上、撃ちました?」
「い〜や? 今はお前が指揮官だからな。指示もないうちは35の援護に集中してるぜ。とりゃっ」
「ええええ……じゃあ、なにが起きてんの?」
 見上げる空は、白い霧の彼方。そこにいるはずの白銀の船も見えはしない。

 ―――――― * * * ――――――

 作戦領域外、山頂。
「違う、もっと船の前方で、もう少し上向きだ」
 男の指示に従い、砲筒の向きを修正、引鉄を引く。
 たちまち、プラズマエネルギー供給装置の緊急警報音が、山頂の静謐をかき乱す。

 ブラスト・ランチャー。
 超高圧のプラズマエネルギーを射出するプラズマ・ランチャーで、その射程距離は実に7200mに及ぶ。
 加えてその威力は、流石にE551ギガンテスJ型戦車搭載の120mm榴弾砲や、レンジャー装備のMG−14接触起爆型ハンドグレネードには及ばないものの、フェンサーが使用するパワーフレーム無しでは射出不可能な火砲・30mmガリア重キャノン砲M2に匹敵する。
 さらにその爆破範囲はレンジャー装備のMG−14接触起爆型ハンドグレネードのほぼ倍、20mに及ぶ。
 ただ、唯一の弱点は必要プラズマエネルギーが120%であるということ。プラズマエネルギーコンデンサの全エネルギーを開放してなお、残り20%を直接プラズマエネルギー発生装置から取り出すため、一度射撃すれば8秒間は次弾の射撃はおろか、飛ぶことすらできない緊急チャージ状態に陥る。(コンデンサ内エネルギー完全回復にはさらに2秒ほど必要となる)
 プラズマエネルギー噴射による高速機動を特長とするウィングダイバーにとって、直接敵と相対する戦場では使い物にならない兵器だが、弾道がほぼ直線であり、弾速もそれなり、高威力で広範囲と、安全な地域から一方的に撃つには非常に有効な武器ではある。

「しかし、やかましいな。なんとかならないのか、これは」
 砲筒から放たれた薄赤いプラズマエネルギー球の行方を目で追いながら、男は愚痴る。
 常に静謐な戦場に身を置いてきた男にとって、この騒音は頭痛を催すほどのものだが、機械的な理由によるものなので静穏を求めるのは無理とはわかっている。それでも愚痴らずにはいられない。やかましすぎる。
 そうこうしているうちに、プラズマ光球は敵に命中した。
「よっしゃ、当たったー! ……けど当たってなーい」
 命中したのは狙ったキャリアーではなく、その下にばら撒かれた蜘蛛型巨大生物にだった。広い爆破範囲が功を奏し、落ちてゆく最中の数匹をまとめて葬ったらしい。落ちてゆく赤い点の数が半分ほどに減る。
「もう少し上だったな。その調子だ、がんばれ」
「おーう。次は当ててみせる! ……って、おっさんはやらないの?」
「ああ」
 クレイの後ろで腕組みをしている男は、スナイパーライフルを脇の木立に立てかけていた。
「お前さんの仲間が優秀なんでな、今回は俺の出番はないみたいだ。……いいことさ。ま、あとは暇なんでお前さんを鍛えてやるよ。動く標的の狙撃の仕方、憶えていくといい。いろいろな場面で役に立つ」
「天才でさいきょーの私が、さらに天才でさいきょーになるってことね! 任せなさい! この地球、まるっとあたしが守ってやるわ! 待ってろラスボス! あたしに倒されるその日のために!」
 根拠不明の不明の自信に満ち溢れたその言動に、男の唇はふと緩む。
「お前さんが天才かどうかは知らんが……最強を名乗りたかったら、まずはストームチームへ選抜されることだな」
「ストームチーム? 遊撃部隊だっけ?」
「そこに、正真正銘掛け値なしの人類最強の男がいる」
 人類最強。
 その魅惑の響きに、たちまちクレイの目が輝く。
「おおおおお。それって……」
「ああ。あの最後の戦い……誰もが絶望の淵に落ち、戦う意志さえ失いかけたときですら、一心に戦いをやめず、ついにはマザーシップを撃墜した男。伝説のストーム1。今はどの兵科に属しているのか知らないが、お前さんが本気で『最強』を名乗りたいなら、そいつに『お前は強いな』と言われなきゃならん」
「そのためには、まずストームチーム入隊ってことね」
「そういうことだ」
「任せてよ! あたしが最強だってこと、必ず人類最強に認めさせてみせる!」
「だったら、まずあれくらいさっさと墜とさないとな」
 いつの間にか、少し黒い煙を吐きつつあるキャリアーを指差す。
 振り返ったクレイは、すっかり忘れていたらしく、おお、と驚く。
「そうだった! ……エネルギー充填!? うん、120%!! ファイアー!! ……あれ?」
 気合とともに放ったプラズマ光球は、船尾方向の明後日の方角へ飛んでゆく。
「……先は長そうだな」
 緊急チャージを知らせる警報音にまぎれ、男は苦笑した。

 ―――――― * * * ――――――

 下。
「ちょっとぉー! あんたら人の話聞いてないのー!? こっちは後にしてって言ってるじゃない! また降ってきたわよ!」
 ウィングダイバー35の不満げな通信。
 しかし、エッジたちはそれどころではない。
 現在、彼女達はウィングダイバー51より前に出ていた。落ちてくる蜘蛛型巨大生物を着地する端から制圧することで、ウィングダイバー51が砲撃に集中できる状況を作ると同時に、自分達の戦法が敵の数が増えたとしても通用するのかを確かめるためである。
 しかし、お互いの向いている方向、いる位置が視覚で確認できない状況下において、チーム・ヤイバの全員が一糸乱れぬ戦術行動を取れるよう指揮するのは、並大抵の神経の使いようではない。
 そこへ、ウィングダイバー35のクレームである。
「……51教官!?」
 通信を受けたエッジは、サンダーボウ15の制圧一斉射撃の合間に隙を見て振り返る。もっとも、そこにいるはずの訓練指導官は濃密の霧の彼方に隠れ、見えはしないが。
「知らねえぜ? あたしはずっとこの上のキャリアーしか狙ってねえぞ!? ――どりゃあっ! ……ほんとに当たってんのかな、これ」
「不安になるようなこと言わないでくれないか、教官!! ――サンダーボウ、残弾ゼロ。リロード開始! と、一匹残ってる……この距離なら……ブレード!」
「見えている! 任せて!」
 ダガーの指示に応じて、ブレードが目前の白い霧に浮かぶ巨大な影へレーザーランスRカスタムを連射で叩き込む。残っていたレーダー上の赤点の表示が消える。
「処理完了! レーザーランス、リロード! 51を1810に置いて正面向きに待機する!」
 ――と、そこでまたウィングダイバー35がまた叫ぶ。
「ほらまた! 危ないってば! いい加減にしないと怒るわよ!」
「だから、私達じゃないですってばー!」
 答えるエッジの声は、心なしか涙混じりに聞こえる。
「あんた達以外に、この戦場で戦ってる奴がどこにいるってのよ!」
「そんなこと言われてもー! ……上でなにが起きてんのー!?」
「エッジ、悲鳴あげてる場合じゃない! 次が来た!」
 ダガーの注意喚起に、エッジはすぐ戦闘指揮官としての優先順位を復活させる。
「いーち、にーぃ、……射てぇ!」
 六十条の雷撃が、一斉に霧中の樹間を走り抜ける。各自の残弾がなくなり、リロードが始まるまで。
 輸送船下部のハッチから落とされてきた蜘蛛型巨大生物8体は、大半が地面の感触すら感じる間もなく絶命した。

 ―――――― * * * ――――――

 山頂。
 男は目の前の光景に、思わず唸った。
「……こいつは凄いな。一種の才能だ」
「あーん! なんで当たんないのー!?」
 クレイの放つプラズマ球弾は、その全てがキャリアーの船体にすら当たることなく、船体下部のハッチから投下される蜘蛛型巨大生物の列に命中し、その数を半分に減らし続けていた。
 ブラスト・ランチャーの直線に見えて、実は少しばらけている弾道を、見ているだけでおおむね把握した男でも、ここまで見事に外しながら、これだけ連続で命中させる自信はない。
 見ている間にも、また命中し、蜘蛛数匹を爆発四散させている。……狙ったところにはかすりもしてないが。
 既に十回連続。これだけ続ければ、これはもう偶然ではないだろう。

 この娘、鍛えれば強くなる。

 そのためにはどう指導するのが早いかと考えていると、不意にその娘はかんしゃくを起こして叫んだ。
「あー!! もうあったまきた!! いくら射っても当たんないんじゃ、意味ないじゃん! ――おっさん!」
「ん? あ、なんだ?」
「色々教えてくれてありがとう! またね!」
「え?」
 礼儀正しく両踵を揃えて頭を下げたかと思うと、こちらが何か口を挟む間もなく背を向け、ウィングを展開し、ブースターを噴かして中空に飛び出した。
「――真下から直接命中させてやるっ!!」
 と喚きながら。

 ―――――― * * * ――――――

 下。
「エェェェーーーッッッジ!!」
「知りませーん!! モウ>ヽ(TДT)ノ<ヤダー」
 もう何度目だかもわからないやり取りは、既にその二言だけに集約されていた。
 エッジが混乱し始めていることは誰の目にも(霧のせいで見えてはいないが)明らかで、指揮官の混乱は戦場での敗北につながる。
「――エッジ、私が確かめる!」
 たまりかねてそう叫んだのはブレード。
「私がこの霧の上まで出て、なにが起きているかを確認する!」
「え? ええっ?」
「ブレード、待て! 君が今単独行動を取れば、エッジが余計に――」
「いや、行け!」
 ダガーの制止をさらに制止したのは、ウィングダイバー51だった。
「やや後方へ上昇! レーダーで私達と35の位置を確認しながら、ここの後方へ降下しろ! お前の抜けた穴は、あたしが埋めてやる!」
 後方にいたウィングダイバー51が砲撃を中止し、チーム・ヤイバの作っている戦線を埋めるために前進してきている。
「でも教官!」
「うるせーぞエッジ! 戦場でまず大事なのは状況把握だ! あたしの砲撃も、正確な状況がつかめないままじゃ意味がない! あたしとお前が混乱してなきゃ、戦線は立て直せる!」
「り、了解! ――ブレード、お願い!」
「了解! 下は任せた!」
 言いざま、ウィングを展開し、ブースター全開で真上に飛び上がる。
「――忍者のつもりで木の枝を踏み台にして、少しでもエネルギー消費を抑えるんだ! 高さを稼げ!」
「了解です、教官!」
 霧の中に浮かんで消える木立の枝振りの良いものに乗っかり、しなり折れる寸前で再びブースターを噴かす。それを繰り返しながら上昇し続け、ついにブレードは霧の海から晴れ渡る青空の元に顔を出した。
 眼前には、日の光を浴びて銀光を弾く二隻の宇宙船。しかし、うち一隻は既に黒煙を吐いて落下の態勢に――
「……見え――むぎゅっ!?」
 突然、視界が闇に落ちた。
 なにが起きたかわからない。
 しかし、ここで心乱してはいけない。剣道で培った平常心をフル稼働させて、状況の把握に務める。
 ――蜘蛛か? 違う、この感触は硬い! 少なくとも剛毛の感触はない!
 ――エネルギーは? まだ警報は鳴ってない! ブースターを緩めるな! 高度を維持しろ!
 ――ダメージは? まだ耐久値は残ってる!
 ――レーダー! ……赤点が…………重なってない!?
 わずか数瞬の思考。
 しかし、状況はますます混迷を深める。なにが起きたのか、平常心で確認しても、何もわからなかった。
 ともかく、この視界を塞ぐ何かをどけて――
「あれー、ブレードじゃん」
 唐突に、聞こえてはならない声が聞こえた。
 聞きたくなかった声、ともいう。疫病神とか貧乏神とかと同列の。
「……ク、クレイ!?」
「ごめんねー、そんなとこから出てくるとは思わなかった。でも、助かったよ」

 なんだ、なにを言っている? なんでお前がそこにいる!?

 再び唐突に、右太腿と左胸を強く圧迫される衝撃を感じ、視界に光が溢れる。
 その視界を覆っていた闇が離れて、小さくなってゆく――逆光に見えているのはクレイの背中。ブースターを噴かし、ハッチを開きつつある残り一隻に向かって上昇してゆく。赤くゆっくりと進む誘導レーザーをいくつか放ちながら。
 そこで、ブレードのプラズマエネルギーコンデンサが空になった。
 けたたましく鳴り響く緊急チャージの警報音の中、ブレードははっきり認識した。なにが起き、自分が何をされたのかを。
「わ……私を踏み台にしたぁぁぁぁぁぁ!!????」
 叫びとともに、落ちてゆく。……落ちてゆく。

 ―――――― * * * ――――――

 ミッションの結果。
 ウィングダイバー35――蜘蛛型巨大生物89体掃討。
 ウィングダイバー51――蜘蛛型巨大生物52体掃討。
 チーム・ヤイバ――蜘蛛型巨大生物57体掃討。(共同戦につき、個別判定できず)
 クレイ――蜘蛛型巨大生物41体掃討、キャリアー2隻撃破。

「なっとくいかーん!!」
 火を吐かんばかりのブレードの叫びに、エッジも今度ばかりは激しく頭を上下させる。ダガーは黙ったままこめかみをぴくぴくさせている。アックスは困り顔で笑うばかり。
 そして、クレイはドヤ顔で腕組み。
「やっぱり、あたしったら最強ね!」
 教官の前でも構わず殴りかかろうとするブレードを、他の三人がようやく止める。
「まあ、結果は結果よね」
 そう冷静に評価するのは、ウィングダイバー35。
 ミッション終了後、7人は施設に戻ってきていた。
 後ほど本部の人間が今回のミッション進行状況の詳細について、事情を聞きにやってくる。その前の情報整理――いわゆるデブリーフィングというやつだ。
「しかし、教官! こいつは単独行動で! うち一隻は、本当なら51教官の!」
「だからぁ、結果は結果だと言ってるだろ」
 ウィングダイバー51も35の言葉を繰り返した。
「51教官まで! ……じゃあ、戦場では何をしても、戦果さえ挙げればいいって言うんですか!?」
「おいおい、落ち着けブレード。踏み台扱いされて頭にきてるのはわかるが……ぷぷっ、興奮しすぎだ。誰もそんなことは言ってないぜ? ――なぁ、35」
「ええ」
 頷くウィングダイバー35。
 エッジはその目を見て、背筋に冷たいものを感じた。
 35がクレイを見る目は、少なくとも戦果を評価している者のそれではない。むしろ、もっと冷たい……怒りの炎?
「結果は結果。あなたがどれだけ喚こうと騒ごうと、そして納得できようとできまいと、クレイがキャリアー二隻を撃墜したという結果は変わらない。別にそれが凄いというわけでもないけどね。それから……こいつが戦場掻き回してくれたのも、結果の一つよね。違う?」
 ふふっと微笑む。知らない人が見れば、物憂げで妖艶な笑みに見えるだろう。しかし、それを向けられたブレードには、カエルを前に舌なめずりをするヘビの笑みに見えた。
「……あ、はい」
 頭に昇っていた血が、氷水に突っ込んだ体温計みたいに一気に下がる。
「じゃあ、今回のミッションを振り返る前に……訓練指導官として、あなたたちに伝達事項があるの。聞いて頂戴」
 一同を見渡す。
 訓練生は知らず、背筋を伸ばして直立不動の体制をとっていた。
「今回のミッションの結果から、当該訓練生にはもはや履修の必要ない科目があると判断し、いくつかの科目を免除します。免除科目については後ほど改めて、それぞれの訓練生に書面にて伝えます。ただし、免除科目授業は履修自由になるだけです。受けたければ、事前に申し出てください。また、履修免除授業が行われている時間は自由時間としますが、基本的に他の訓練に当てるように。あなた達が特別な才能を持ち、選ばれた存在であることを胸に刻み、後に続く者たちの模範となるよう振舞うことを望みます」
 続いて、ウィングダイバー51が進み出る。
「じゃあ、あたしからも一言。――うん、まあお前らよくやった。戦闘中に言った台詞も、冗談のつもりはない。十分頼りになる戦い方だった。そこだけは誇りに思っていい。少ない経験からよく考えたな。えらいぜ」
 言いながら、それぞれの頭を撫でてゆく。
「けど、まだまだお前ら自分の身体の扱いがなってない。どう動くか、どう飛ぶか、飛ばないか、どこに着地するか。いつまで噴かすか……全然まだまだだ。そんなこったから踏み台にされて怒るんだよ。踏み台にされたのが屈辱か? ――逆に考えてみろ。あの茫洋たる雲の海に、たった一瞬現れた人の顔めがけて飛び寄る……お前、できるか?」
「あ、あんなのは偶然です!」
 昨日の講義でノーカンだ、と叫んだ誰かさんにそっくりなブレードの抗議に、ダガーは赤面し、ウィングダイバー51はかんらと笑う。
「そこはできる、と答えるとこだぜブレード。お前さんはお前さんで、踏み台にされたのを誇りに思っていいんだよ。ウィングダイバーの垂直上昇限界高度を超えて、そこまで駆け昇ったのも事実なんだから。忍者みたいにして、な。踏み台にされるだけの高度維持をやってのけて、それでもできないって? 謙虚も過ぎると嫌味だぜ?」
「……そんな……つもりは……」
「それに、偶然をつかめるのも実力のうちってな。……それが身につくまで、鍛え直しだ。覚悟しとけ、お前ら」
「ふっふーん。つまるところ、よーするに、行き着く先は、けっきょく南極やっぱりあたしは天才――」
「そんで、クレイだがな」
「そうそう。クレイよね」
 腕組みをして得意満面に胸を張るクレイに、二人の訓練指導官がこれまた満面の笑みを向けていた。
「……? え、なに? あたし、まだ何か免除されたりする? っていうか、もう卒業とか?」
 期待に瞳を輝かせるクレイ。
 ウィングダイバー35が笑顔を一切崩さないまま、宣告する。
「あんた、履修教科時間二倍だから」
「ほえ?」
 ウィングダイバー51もいっそ清々しいひまわりのような笑みで続ける。
「訓練時間も二倍な」
「え、えええ!?」
 がたた、と音を立てて椅子が倒れ、クレイが後退る。自信に満ちていた――否、増長しきっていた表情が凄い勢いで青ざめてゆく。
 そして、とどめとばかりに二人の恐るべきハーモニーが奏でられた。
「「でも、一日にこなす授業単位と訓練単位は同じな」」
「ちょ、それって……」
 後退り続け、教室の壁まで追い詰められたクレイは、いやいやと首を振る。
「あー、りかいできるんだぁ。えらいわねー(棒)」
「えらいぞえらいぞ。そのてんさいてきなあたまがあれば、ふやしたじゅぎょうもすぐにこなされちゃうなー(棒)」
 そして、気持ちの一切こもっていない拍手。
 わなわなと唇を震わせて、首を振り続けるクレイの涙目を見ながら、溜飲を下げた三人。そして意味がわからない一人。
「……どういうこと?」
 わかっていない一人――アックスの問いに、エッジは簡潔に答えた。
「訓練期間は延ばさないまま、一日の授業と訓練時間が単純に倍になったってこと。……寝る時間とか自由時間とか、削られまくりね」
 半目になってざまあみろ、とほくそ笑むエッジに、アックスは引き攣った笑いを浮かべた。
「……わぁ、大変だぁ……」

 ―――――― * * * ――――――

 そんでもって、月日は流れ。
 なんだかんだでそれぞれにナンバーをもらった五人は、それぞれの戦場へ旅立つ。
 クレイと呼ばれた訓練生は――


 その日、待機状態だったウィングダイバーチーム19(ワンナイン)に出動命令が下った。
 作戦領域は関東のZ県駒関市の市街地。
 突如市内に複数の巣穴の出口が隆起、赤色甲殻巨大生物が出現し、市民を襲っているという。
 隊長であるウィングダイバー19以下四名は、レンジャー部隊に先駆けてまず避難所のある駒関市民公園に出現した巣穴の出口を塞ぎ、現地作戦指揮所の安全を確保。その後、現地作戦指揮所の指揮に従い、他の部隊の援護に回ること――。
「――以上が、今回のミッションの内容だ。いいな、新人ども! ――ウィングダイバー68(シックスエイト)!」
「はい! がんばります!」
 そう言って真剣な眼差しで敬礼するのは、栗色のロングヘアを背に揺らす、かつてのアックス。
「ウィングダイバー71(セブンワン)! 貴様の大口、実現する時が来たぞ!」
「まっかせてください! やってやります! けちょんけちょんです! ……ストーム1に、あたしはなる!!」
 かつて訓練所でクレイと呼ばれていた娘も、顔を引き締め――ることなく、親指を立てて応える。
「ふふ、強気だな。その意気だ! ……こいつらから目を離すなよ、ウィングダイバー29(ツーナイン)。特に71の方はやんちゃと聞いている」
「そのようでありますね。……了解であります」
 慣れた者同士の笑みの交換を行い、頷き合う。
「――ウィングダイバー19、出動!」
「「「ラジャー!!」」」
 号令一下、八つの光の尾を引いて、四人の戦姫は待機していた作戦本部を飛び出した。目指すは――街中の戦場。

 午後の日の光を弾いて、猛禽の翼が舞う。


地球防衛軍4SSシリーズ・ウィングダイバーストーリー 「ストーリー2.キレるぞキケン!」 おわり

ストーリー3 前編へ続く


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