地球防衛軍4SSシリーズ・ウィングダイバーストーリー
ストーリー2.キレるぞキケン! 前編
摩周湖。
時に霧の中に沈むことで有名な観光地であるが、その気候を利用したEDFの特別訓練施設があることはあまり知られていない。
視界を確保できない場合の対処・立ち回りを、シミュレーションではなく実地に体験できることから、日本支部の訓練生が送り込まれては
酷い目に会う 鍛えられる。
フォーリナーの再襲来が判明した後もその事情が変わることはなく、今現在もレンジャー部隊から選抜されたばかりのウィングダイバー訓練生が5名、低視界戦闘訓練を強いられていた。
(※ウィングダイバーは、女性レンジャーの中でサイオニクスリンク適応試験に優秀な反応を示した者のみがその資格を与えられる。誰でも望めば配属されるかのような、EDFが作った広報は嘘だ! だまされるな! ……うわなにをするやめくぇrちゅいおp@「
―――――― * * * ――――――
霧に包まれた湖畔。
伸ばした自分の腕さえも見えなくなりそうな、濃密な霧の中でその訓練は行われていた。
視界は一面白。ともすれば、足元の地面さえ見失う。この中で構わず飛び回れる訓練生はそうはいない。
無論、ここを出てゆく時にはそれが最低ラインなのだが。
気弱げな声が通信波に乗る。
『こちらアックス。レーダーに反応有りですけど……霧が濃くて視認できませーん。みんな、いるー?』
『ブレード、アックスに同じ。……わずかでも動きがあれば……』
こちらは緊張感に溢れた声――すぐに、やや甲高い別の声が応じる。
『こちらダガー。君たちは実にバカだな。見えなければ、見える場所まで近づけば――』
『ダガー! うかつに動いて隊形を崩さないで!』
また別の声があげた制止が終わる前に、短いレーザーランスの射出音。ダガーの悲鳴が響く。
『ぐあっ! な、なんだ!? どこから――』
『討ち取ったりー! へっへー、エッジ、やったよ! なんか近づいてきたのを撃ち落した!』
この濃霧を全く意に介していないかのような、能天気な声が勝ち誇る。
しかし、ダガーを制止しようとした声の主エッジは、失望に満ちた口調で漏らした。
『……クレイ、それダガーよ……』
『ほえ?』
確かに、レーダー上に表示される味方を表わす青い点が一つ、残る全員のバイザーから消えていた。
―――――― * * * ――――――
同時刻、施設内の応接室。
二人の男が応接テーブルを挟んでいた。
「……原隊復帰ですか?」
この訓練所で訓練指導官を務めている男は、顔をしかめた。
「私ももう30を超えてます。申し訳ないですが、今さら陸戦兵に戻る気は――」
「あなたにお願いしたいのは、陸戦兵――いや、現レンジャー部隊への復帰ではない。従って、正確には原隊復帰とは言えませんね。現場復帰とは言えるでしょうが」
訓練指導官の前に座る男は、EDFの配属担当官だった。
ぱりっと糊を利かせた背広が似合う、見るからにキャリア組。訓練指導官よりいくつか若く見える年頃だが、戦場に出たことはあるのだろうか。
「前大戦を生き抜いた歴戦の勇者レンジャー42(フォーツー)。その業と経験をこんな僻地で眠らせておけるほど、EDFも人材が豊富なわけではありません。ぜひ受けていただきたい」
「よしてください。歴戦の勇者なんて……。私は辛うじて生き残っただけです。多くの仲間や部下の犠牲の上に。そもそもストーム1(ワン)がいなければ、私は確実に死んでいた。今は、そこで得た経験と知見を、新しい世代に叩き込むのが仕事です。今さら現場には――」
「そのストーム1は、今も戦っていますよ」
自らの発言にかぶせて告げられたその言葉に、訓練指導官は一瞬考え込んだ。
「……行方不明になったのでは?」
「彼の存在は各方面に影響が大きいのでね。本人の希望もあって、EDF内でも特別極秘情報扱いで秘匿していたそうです。後で聞いた話ですが、フォーリナーの接近情報以上の扱いだったとか。……彼は、今もストームチームにいます。最前線で戦っています。もっとも……私程度の肩書きには、それくらいしか情報は回ってきませんが」
配属担当官は残念そうに両手を広げて、肩をそびやかした。
「そう、ですか」
「それで、あなたの新たな職務ですが……エアレイダーです」
告げられたその単語に、訓練指導官は一瞬考え込んだ。
「……エアレイダー? 確か……空爆誘導兵とかいう?」
「そう。空軍の爆撃・攻撃部隊、陸戦部隊の砲兵隊、兵器輸送部隊、一部の攻撃手段においては戦略空軍、海軍までもがあなたの指示誘導を待つ。戦場の特性や戦局の変化を即時に把握し、必要な攻撃要請を着弾までの時間差をも考えて行わなければならない――しかし、経験の浅い連中では、今一つ揮った戦果が出せていません。それに――」
配属担当官は、身を乗り出すようにして、声を潜めた。
「戦後、あなたがEDFの各所に人脈を作っていたことは判っています。何のための人脈作りだったのかは知りませんが。――情報部は政治的な背景が見えないあなたの動きをいぶかっていましたがね。ま、あなたの狙いがどうであれ、その人脈が今回生きました」
「……話が見えません。だいたい、あれは人脈作りというより、ただ人探しのための――」
「今現在において、あなたの認識はどうでもいい」
ぴしゃりと元レンジャー42の口を封じ、じろりとその目を見据える。
「既に、あなたとともに戦えるならば、という声も得ています。……砲兵隊に転属した元陸戦兵ですが、戦場であなたに助けられた経験があるそうです。それに、陸戦部隊だけじゃない」
配属担当官は、空軍の将校の名を挙げた。幕閣に名を連ねるほどの俊英だ。無論、訓練指導官も個人的に知っている名前。
「空軍は前大戦での緒戦において航空戦力を壊滅させられ、その後一切イニシアティブを握れなかった苦い経験から、今回は陸戦部隊と機動的に連携をとって功績を挙げることに前向きです。それゆえ、自前で誘導兵を用意せず、エアレイダーとの連携を承諾してくれた。そこにあなたの名前が出て、一層の結束が出来つつある。バラバラだった各軍が戦力を統合し、一つのEDFとして敵に当たれるこのチャンスを逃すわけには行かない」
とん、と控えめにテーブルに手槌をつく。
そうして、了承しろとばかりに訓練指導官を見据えてくる。
「だとしても、本人の了承が後というのはどうなんです」
ため息とともに漏らす嫌味。
しかし、相手はそんなことなど意にも介さない。むしろ、それ以上の嫌味で返してきた。
「おや? あなたは元々大企業に勤めていたと聞いていますが? この程度の異動にいちいち反抗するほど、初心なねんねでもないでしょう?」
「組織って言うのは、どこでも同じというわけですか」
「当然です。組織というのは、目的を果たすために存在するのです。個人の思惑に左右されて目的達成の道のりが遠のくようでは、組織は意味を持ちませんから」
「やれやれ」
再びため息。
「わかりました。EDFの各方面には色々お世話になりましたからね。私程度の命と経験でお役に立てるというのなら、応じさせていただきますよ」
配属担当官は、にやりと頬を緩める。
しかし、訓練指導官は別のことを考えていた。
(……今回の五人はなかなか良い素材だと思ってたんだが。彼女達を一人前に育てて、あいつのいる戦場に送り込んでやりたかったな)
―――――― * * * ――――――
日が昇り、濃霧が消えたため、午前中の低視界訓練が終了した。
とぼとぼと訓練施設へ戻って来た五人は、かなり険悪な表情になっている。
「本当にバカばっかりだな、君たちは」
そう吐き捨てるのはダガー。五人の中では一番背が低く、ショートカットの髪を頬にかぶるようにシャギーにしている。
「動かない標的相手に、何でこんなに苦戦するかな」
「……そういう自分だって、突出してクレイに落とされたくせにー」
口を尖らせて、目を明後日の方向に向けたまま嫌味を呟くのは、栗色のロングヘアが目印のアックス。
「あ、あれは……!」
この訓練が始まって以来、チーム内での初被撃墜の汚名をかぶってしまったダガー。その頬はたちまち耳まで真赤に染まり、ひくひくと引き攣る。
「だって、思うわけないだろう!? まさか、基礎訓練に2WAYランスを持ってくるなんて! っていうか、あんな産廃兵器を持ち出す奴、初めて見たよ!! 射線が二又に分かれるってなんだ!? 真正面への攻撃手段がないのに――」
「へっへー、真の天才は筆を選ばないものなんだよ。第一、二発とも当てたらRカスタムよりダメージでかいし。ま、とりあえず撃墜1で、あたしの勝ちだね! あたし、さいきょー!」
五人の中でただ一人、能天気に笑っている元気娘がクレイ。
「味方を撃墜数に入れるな」
クレイの背後から、ショートボブのブレードが逆手に持ったランスのグリップで頭を小突く。
「とはいえ、クレイの言うことも一理ある。武器である以上、使えるか否かは使い手次第。油断したわね、ダガー」
「だから、油断ってなんだ!? 私はこの先も後ろからの味方の射撃に怯えなきゃならないのか!? レンジャー部隊の訓練でもそんな奴、直ちに修正されてたぞ!? おかしいのはクレイだろ!?」
「おかしいのはあんたら全員だ!」
堪え切れずに足を止め、振り返って喚いたのはエッジ。アックスと同じくロングヘアだが、こちらは黒髪だ。
「なに、今の会話!? 軍隊の訓練生の会話!? 訓練だってそう! 反撃や攻撃どころか、動きもしない標的相手に、誰一人まともな対応ができないって、どういうこと!? あんたたち、元の部隊でどんな教育受けてたのよ!!」
「……わ、私は訓練より現場でこそ――」
しれっと反論しようとしたブレードだが、即座にエッジに睨まれる。
「単独行動ばかりで連携が取れない兵士なんか、足手まといよ! 剣道高段者かなんだか知らないけど、くだらない御託ばら撒いてる暇があったら、弾幕ばら撒きなさいよ!」
「そうだそうだ。まったく、君はバカ――」
「あんたもよダガー!」
「え」
調子に乗った途端、火が燃え移ってきたダガーは凍りつく。
「私、隊形崩すなって言ったわよね!? 事前に決めた約束事放り出して突出した挙句、仲間の射線に飛び出して撃墜とか、足手まといじゃなかったら、なんだっての!? クレイの武装に文句言う前に、まず仲間の装備すら確認してなかった自分のバカさを笑いなさいよ! 訓練用の低威力モードでなかったら、あなた今頃腹に風穴が空いてるのよ!?」
「……ええと。わたしも、問題あったでしょうか……?」
おずおずと手を挙げるアックス。その瞳はおどおどと揺れている。
「あんたは………………その気弱な性格なんとかしろっ! 通信でわざわざ『みんな、いるー?』とかどこの小娘だってーのよ!」
「みんな、だめだめだなぁ。やっぱ、あたしが一番――」
他人事のようにからからと笑うクレイ。
「「「「あんたが一番だめだめだよ!!」」」」
お前にだけは言われたくないという四人の思いが結実したハーモニーだった。
―――――― * * * ――――――
講義室。
訓練指導官の一人、ウィングダイバー51(ファイブワン)が、今朝の訓練の成果を評価していた。
「えー、まずアックス。足元が見えなくなった途端、動けなくなってリタイア」
うつむくアックス。
「次にブレード。勝手に飛び出してって、岩肌に激突。鼻血噴いてリタイア。……お前、剣士なら気配読めよ」
「い、岩の気配はまだ読めないです」
「まだってなんだ、まだって。――次、クレイ」
「はーい!」
「通信内容聞いてたら、お前、ダガーのこと狙って撃ったな?」
隣のダガーが、驚いた顔でクレイを見やる。
「だって、前で何か動いたんだもん」
否定しないクレイに、さらに驚くダガー。
しかし、訓練指導官は目を細めて、ブリーフボードをぽんぽんと手の中で弄ぶ。
「今日の標的は動かないって言っておいたはずだが?」
「動くかもしれないじゃん!」
「なんの付喪神だ。うちの標的でそんな古いのはねーよ」
「? よくわかんないけど、指導官のその言葉がフェイクだったとしたら……」
「ほー。兵士としてその心掛けはいいが、訓練指導官に逆らったらどうなるか、考えたか?」
「ううん」
ブリーフボードの角が、クレイの頭頂部に精密爆撃よろしく着弾した。
「……か、角は、角はだめだよ……!」
悶絶するクレイを放置して、ダガーを見やるウィングダイバー51。
「えー、本格的な戦闘訓練が始まる前に撃墜されるという、まあ普通ありえない記録を残したわけだが、なにか言うことあるか、ダガー」
「ノ、ノーカンだ! あんなのノーカンだぁ!!」
「まぁ、記録上から削除してもいいが、記憶は消せんぞ。特にネタ系の笑い話はな。今日のこの良き日の記念に、一生語り継いでやるからな。そして――まず勝手に味方の前へ突出したことを反省しろな?」
「……うぅ……はい……」
「で、最後にエッジか」
黒髪のロングヘアは、唇を噛んで膝の上に拳を添えて待っていた。少し涙目になっている。
「言い訳はしません。チームの統制に失敗しました」
「……ああ、うん。ちょっと同情はしてる。まあ、いい経験だと思ってこーいう奴らの手綱を引く方法を考えとけ」
「はい。必ず」
「あんまり堅く考えるなよ。個性を生かしたチーム作りってのも、方向性の一つだからな」
「…………はい……」
一通りの評価が終わり、ウィングダイバー51は教壇に戻った。
「さて、今回の訓練は失敗に終わったわけだからな。明朝霧が出たら、もう一度同じ訓練を行う。それまでに、もう少し武器の選択、立ち回りについて考えておけよ。あと……そうだな」
ふと親指を口元に当てて考え込む。
「これだけは言っておくか。――お前ら、そもそも武器選択のセンスが悪すぎるぜ。みんな揃いも揃ってレーザーライフルやらランスやら見栄えの悪いもんを持ち出しやがって。いっちょ前に、レンジャーみたいに継戦能力が大事とか考えてるんじゃないだろうな」
むっとした面持ちで、ダガーが手を挙げる。
「じゃあ、教官ならどうするって言うんだ」
「決まってる」
歯を剥いて笑う教官。
しかし、訓練生は一様に怪訝そうに小首を傾げる。
「方向と距離がわかってて、相手が動かないなら、狙いなんか適当でいい。範囲攻撃兵器――プラズマランチャーで辺り丸ごとふっ飛ばせばいいんだよ。戦闘はパワーだぜ」
―――――― * * * ――――――
講義室。
ウィングダイバー51の後は、ウィングダイバー35(スリーファイブ)の講義――だったが、今朝の顛末を知っているため、彼女もまたその話題から入らざるをえない。というか、怒っていた。
「あんたら、揃いも揃ってバカすぎ。もっと戦いに入る前に考えること、あるでしょ」
いきなりの辛辣な物言いに、五人はもう反論する気力もない。
「訓練の目的とか、クリアするべき目標から何を求められているのか、どう対処すべきなのか、考えた? 考えてないでしょ」
そこで手を上げたのはエッジだった。すがるような目で訓練指導官を見つめる。
「そうですよね! 今回の訓練の目的は、視界のみに頼らず、レーダーを頼りに距離を測って射つ。高威力だけど射程の短い武器の多いウィングダイバーだからこそ、距離感が大事ということですよね!?」
「教科書通りの解説、ありがとうエッジ」
にっこり微笑むウィングダイバー35。
でもね、と続けた途端、その表情から笑みが消える。
「そんな下らないこと考えてるから、あんたらウィングダイバーのナンバーもらえずに刃物のコールサインで呼ばれてんのよ。恥と思え」
「ええええええ」
「……あたしも?」
きょとんとするクレイ。
「あんたもよ。クレイモアのクレイだ」
「そーだったのか……あたし、天才だから一人だけ特別扱いだと」
「まあ、天才的にバカなのは確かね」
「褒められた!?」
「バカにされてんの!」
喜び勇んで立ち上がるクレイの頭を、エッジがはたく。
それを傍目に、耳をほじりながらウィングダイバー35は続けた。
「そもそもあんたらさぁ、武器のチョイスが甘すぎ」
「……ウィングダイバー51教官にも言われました。範囲攻撃兵器を使えって」
ブレードの言葉に返ってきたのは舌打ちだった。
「あのバカ。なんてこと教えてんのよ」
「違うんですか?」
アックスが小首を傾げる。
「あんなもん、あんたらみたいなハナたれが扱えるもんじゃないわよ。味方巻き込んで全滅エンドが目に浮かぶわ」
ウィングダイバー35は、物憂げな眼差しで言い返せない一同を見渡した。
「そもそもさぁ、あんたら、なんでここにいるか忘れてんじゃないの? 今回の訓練なんか、自分たちの才能を生かした武器を使えば楽勝じゃないの。なんで誰も考えつかないわけ?」
「自分の才能なんかわかんないですー」
「レーザーブレードがないから、ランスに甘んじているんです! 剣を、斬撃武器を下さい!」
「あたし、天才だから武器は選ばない主義」
「君、2WAYランス選んだ理由、なんか言ってなかったか!? あと、ブレードはもうフェンサーに転属しろ!」
「………………」
だん、と教卓に拳が落ちた。たちまち教室は静まり返る。
「ったく、どいつもこいつも。勘違いも甚だしいわね。あんたらの才能はウィングダイバー訓練生に選ばれた時点で判明してるでしょうが。言っとくけど、それがなければあんたらまだ今頃レンジャー部隊にいるのよ?」
考え込んでいたエッジが、ぱっと顔を上げた。
「……サイオニクスリンク……!」
「そうよ。サイオニクスリンクを使った誘導兵器を使えば、標的なんか勝手にロックオンして撃破できるでしょうが!」
ばん、と教卓を叩いてびしりと指を差すウィングダイバー35。
そのドヤ顔に、一同はげんなりする。
「……ええええ!? そんなのでいいんですか?」
「霧の中で心眼を開くとかそういう訓練では……」
「そこに気づくとは、お前、天才か……」
「訓練どころか、ゲームとしても作業ゲーになりそうだが」
「……私の心労は一体………………いや、待って。待って下さい」
唯一、受け入れを拒んだのはエッジ。
「誘導兵器は一発一発のダメージが低い上に、ロックオン射程内の敵を最大上限まで瞬時にロックオンしてしまいます。それで発射すれば、プラズマエネルギーがすぐに尽きてしまう可能性があります!」
「本当に教科書通りの解説ばっかするわね、あんた。これから教科書って呼んであげようか」
「お断りします!」
本気で嫌がるエッジに含み笑いを浮かべながら、ウィングダイバー35は問い返す。
「今回は敵が動きもしないし、反撃もしてこないんだからエネルギー切れに何の問題がある? それに、実際の戦闘でもそんなことを気にしてたらなんにも使えないわよ」
「え……? あれ、実際の戦闘で使えるんですか? エネルギー効率の面から言って、使えないとばかり……」
「あたしは使ってる」
再び、今度は腕組みをしてのドヤ顔。
今回ばかりはエッジも、尊敬の眼差しで訓練指導官を見つめる。
「教えてください! なにかコツとかあるんですか?」
「直感」
自分のこめかみに指を向け、片目をつむってみせるウィングダイバー35。
一言でぶった切られ、五人はぽかんとした。
「なによその顔。ロックオン距離内で、サイトに適当な数だけ収めて、エネルギー切れにならない程度に発射するよう立ち回ればいいだけの話じゃない。別に難しくもなんともないわよ。間合いよ間合い。基本でしょ――戦闘は直感と間合いと立ち回りよ。憶えておきなさい」
……ウィングダイバー35。
彼女がペイルチームに並び称されるウィングダイバーチーム・ダブルカラーの隊長として地方戦線で活躍するのは、もう少し後の話である。
―――――― * * * ――――――
翌朝。
今日も摩周湖に霧は立ち込める。
訓練施設の校庭に揃った五人は、互いの装備を確認する。
「アックス、サンダーボウ15とLAZR−199です」
「ブレード、サンダーボウ15とレーザーランスRカスタムだ」
「クレイ、ガイスト2とブラスト・ランチャー! あとLARG−V!」
「君、ほんとに二又武器が好きだな。……ダガー、サンダーボウ15とミラージュ5WAY−B」
「エッジ、サンダーボウ15とレーザーランスRカスタム……とりあえず、私の要望に応えてサンダーボウを持ってきてくれたみんなに感謝するわ。あと、クレイはどれか一つ返して来い。今すぐだ」
「やだ」
右手にガイスト2、左手にLARG−V、背中にブラスト・ランチャーを背負ったクレイは首を横に振った。
苦笑いをしたアックスが、子供をあやすように教える。
「ウィングダイバーのスーツが一度に管理できる武器は二つまでですよ。エネルギーチャージコネクタだって、二つしかないわけだし。三つ持ってっても、使えませんよ〜」
「ふ、そこが白魚のあさかはさはさ……さいきょーの私には、三つを扱うアイデアが――」
ひゅが、と物騒な音を立てて校庭に穴が空いた。
空けたのはエッジのレーザーランスRカスタム。地面に穴が空くのだから、訓練モードではない。
寒々しい風が吹き抜ける。
エッジの目はもう冷たいを通り越して、殺意を孕んでいる。
「……今ここで風穴空けられてリタイアするか、返却するか選びなさい?」
「LARG−V返してくる」
すたこらさっさと施設に走り去るクレイ。
入れ替わりに、訓練指導官二人が舞い降りた。二人ともウィングダイバースーツを着用している。
「指導官? どうしたんですか、そのお姿……」
「出発前でよかった。訓練は中止だ。お前ら、施設に引き上げろ」
ウィングダイバー51が、親指で背後の施設を指し示しながら告げる。
怪訝そうにする四人に、ウィングダイバー35が説明する。
「本部からミッション指令がきたのよ。フォーリナーのキャリアー(輸送船)が二隻、こっちに向かってる。一応、応援部隊も召集したそうだけど、地形とこの霧で、ミッション予定時間内に到達するのは難しいみたいね。ここは、私とウィングダイバー51で対処するから、あんた達は施設内に避難してなさい。これは命令よ」
「あの、訓練指導官はもう一人おられませんでしたか? 男の人の……あの方は?」
アックスの質問に、ダガーも乗る。
「そうそう。確か、彼は元レンジャー42と聞いている。戦力としては十分じゃ」
「あいつなら、昨日ここから去ったわよ」
「エアレイダーに転職だってさ」
二人のウィングダイバーは、武器のコネクタをスーツ側のコネクタに繋ぎながら答えた。
ウィングダイバー51がE5プラズマランチャーとイズナ−Dカスタム。
ウィングダイバー35がミラージュ15とレーザーランスC。
「そーゆーわけで、ここで今戦力になるの、私達だけだから」
「ま、泥舟に乗ったつもりで見物してな。現役の凄さ、見せてやるよ」
「泥舟なら、あんた一人で乗りなさいよ。私は大船に乗るから」
「タヌキは泥舟に乗るもんだろ」
「私はタヌキじゃない」
二人は妙な掛け合いをしながら背部プラズマブースターを噴かし、霧の彼方へ飛び去って行った。
―――――― * * * ――――――
一同は施設屋上へと移動した。
施設自体は高台に作られており、摩周湖を望めるようになっているので、霧が出ていてもある程度の見晴らしは利く。
ただ、ウィングダイバー35と51の姿は、もう流石にここからは見えない。
ふと、屋上の縁に手をかけ、身を乗り出すようにしていたダガーが呟く。
「来たぞ。正面やや右」
視界にはまだ見えないが、レーダー画面上に映った敵を意味する赤い光点の下に、長く細いラインが垂れ下がっている。かなりの高度にいるらしい。
そして、それらに向かって味方を意味する青い光点が二つ、多少前後して接近してゆく。
「キャリアーってことは、巨大生物を投下するってことよね。なにが来るんだろう?」
腕組みをして前方を睨んでいるブレードの問いに、同じく腕組みをしているエッジは首を振る。
「わからないわよ。実際に落とされてみないと。ヘクトルってこともあるそうだし」
「そういやそうか。……ヘクトルだったら、教官たちとはいえ、二人だけではきつそうね。もしもの時は、私達も出る?」
「……このチームで? むしろ教官たちの足を引っ張りそうだから、行かない方がましな気がするけど」
「む。……確かにウィングダイバーとしては訓練生だけど、一応それぞれレンジャーとして戦場を経験してるはず。ウィングダイバーとしてではなく、レンジャーのつもりで援護すればいいのでは?」
「………………」
エッジの白い目がブレードを見やる。ブレードをして思わず怯え竦むような、冷たく蔑むような眼差し。
「じゃあさ……昨日の訓練では、それすら期待できない結果になったことについて、原因の一人として何か一言」
隠す気もない皮肉に、ブレードは素直に頭を下げる。
「正直、すみませんでした。――で、でも、一晩中特射ちしたから、今度は大丈夫。……きっと。多分。おそらく」
「……一夜漬けで劇的に腕が上がるなら、みんな苦労はしないのよ」
「(´・ω・`)ショボーン」
取り付く島無し。
その時、アックスがふと疑問を口にした。
「ねえ、エッジ。これ……なんで青い点が二つなんでしょう」
「………………? なに言ってるの、アックス?」
怪訝そうに眉を寄せるエッジに代わり、ダガーが答える。
「君はバカか。ウィングダイバー35と51で二つじゃないか。なんの不思議もない」
「いやでも、二人とも一緒に飛び立って行きましたよね。ずっとレーダー見てましたけど、いつこんなに行程の差がつきましたっけ?」
確かに先行する青い点は既にレーダーの端に辿り着いて、もう距離がわからない。遅れている光点はまだレーダー上の距離がわかる範囲内にある。
「……???」
「あれ? やけに静かだと思ったら……エッジ、そういえばクレイはどうしたの? 訓練中止、伝えてあげたっけ?」
空気を読まないブレードの疑問が、残る三人に解答を与えた。
「「「クレイかーーーー!?!?!?」」」
―――――― * * * ――――――
霧の中を突き進むクレイ。
「おっとと」
霧中から突然出現する木立を空中で躱し、ブースターを噴かし直す。
「……くそー。あたしが武器戻してる間に出発するなんて、卑怯な」
ぼやきはするものの、その表情は不敵に笑っている。
「そんなにこの天才が怖いか、凡人どもめ。ふっふっふ。よかろう、それならそれで真の天才の最強っぷりとやらを見せてくれようか。……って、まだ追いつかない。通常の3倍ってやつ? なんでこんなに早いのよ。あいつら、実は猫の皮かぶってたの?」
先行するレーダー上の青点を睨みつつ、クレイは霧で底の見えない斜面へと飛び降りた。
―――――― * * * ――――――
訓練施設。
「どうするエッジ? 教官に連絡を?」
ブレードの提案に、エッジは首を横に振った。
「意味ないでしょ。混乱させるだけ。まずクレイよ。ダガー、彼女を止めて。通信内容でなにが起きてるか、教官たちなら把握すると思うから。あとはこっちで処理すれば、教官たちも心置きなく戦えるはずよ」
「了解した。――クレイ、聞こえるかクレイ」
通信回線を開いたダガーに後を任せ、エッジはアックスとブレードを見やる。
「連絡がついて、彼女の足が止まったらクレイの回収に向かうわ。タイミングによっては敵キャリアーの落とした――」
そう言っている間に、レーダー画像の端に表示されている赤点がその面積を増した。画面上では少しだが、おそらく実際は二隻のキャリアーで合計10体以上の敵勢力が出現しているはずだ。
来たわね、とエッジの呟きに、アックスとブレードも頷く。
「あいつらとの交戦も十分考えられるから、武装は標準モードに戻しておいて。それと……わかってるだろうけど、それでも言っておく。ここから先は、訓練じゃない。昨日みたいな真似は、自分とここにいる全員を死に招く。だから、昨日の夜に説明した私の作戦に従って。お願い。従えないなら、今のうちに言って。それなら、そっちの動きを予定に入れた案を今考えるから」
「……了解しました。否やはありません」
「私も了解した。今日はエッジの指揮に従う」
息を飲んでレーザーライフルを抱きしめるアックス、表情を引き締めるブレード。
そんな緊張もあらわな二人に、エッジも少し強張った笑顔を返した。
「ありがとう二人とも。二人の得意な戦い方は、このミッションが終わった後、訓練の中で見せてもらうわ。……楽しみにしてる」
―――――― * * * ――――――
先行するウィングダイバー35と51。
「……おい35、なんか後方からついてくる奴がいるぞ」
「あとでお仕置きね」
それでも、霧中の樹間を巧みに抜けてゆく二人の戦姫の進行に、遅滞はない。
そのうち、ダガーの呼びかける通信を傍受し始めた。
「なるほど、後ろのはクレイか。そういや、あの場にいなかったな」
「申し送りすら期待できないとか。……まあいいわ。敵もばら撒き始めたし、私は突っ込む。あなたはこの辺からでしょ?」
「さすが、わかってらっしゃる」
ウィングダイバー51は急に進むのをやめた。
着地するなり、前方にイズナ−Dカスタムを向け、銃撃を始める。射出された太い雷撃が白い霧の中を跳ね回り、たちまち、前方から木立が倒れてゆく悲鳴じみた音が轟く。
そうこうしている間に、レーダーの端に集まっていた赤点が、範囲内に入ってバラけて来る。その進行速度は一定ではない。緩急がついていた。まるで飛び跳ねているかのように。
「……クモか」
「……蜘蛛ね」
奇しくも、同時に発言。
蜘蛛型巨大生物。
地球の生物で言うとハエトリグモを巨大化させたような、丸っこい体つきに剛毛を全身に生やした姿の巨大生物である。
平面前方移動が基本である蟻型の巨大甲殻虫と異なり、跳躍移動するため高い機動性を有している。さらに、黒色甲殻巨大生物の基本攻撃手段である液滴型強酸体液の射出に代わり、建築物を瞬時に貫通する強酸性と捕らえた獲物にダメージを与え続ける粘着性を持った恐るべき糸を腹部から複数同時に放つ。
その体表が甲殻ではないため、耐久力こそ甲殻巨大生物に劣るものの、その機動力と攻撃力は凄まじく、現場で移動要塞と言われたBM−01ベガルタ(初期型)でさえ数体に囲まれれば、ものの数秒すら保たなかったと言われている。
「8かける2の16体ってとこか?」
「8、9の17体だと思うわ。――勘だけど」
「ま、全部ぶっ飛ばせばいいだけだぜ。――当たんなよ!」
「……当てないように撃ってほしいものだけど。ま、あなたにそれを期待するのは無理ってものよね」
「わかってるじゃない! 行くぜ、E5プラズマランチャー、ファイアァ!」
ウィングダイバー51の抱えた砲筒から薄青い光球が飛び出し、霧の彼方の稜線に向けて飛んでゆく。
―――――― * * * ――――――
クレイは岩壁に阻まれていた。
耳元ではダガーがやかましい。
『クレイ、戻るんだ! これは訓練じゃない! 君の前にいるのはウィングダイバー35と51なんだ! 君が戦場に入れば、彼女達の足手まといになる! すぐに戻れ! これは訓練じゃない、死んだら死ぬんだぞ!』
「うるさいなぁ。わかってるよ、そんなこと。あたしだってレンジャー部隊の隊員だったんだぞ、まったく」
通信回線は開かずに、ぶつぶつ愚痴る。
みんなが前にいないことはわかったが、だからといってなぜ引き返さなきゃならないのか。戦力は一人でも多い方がいいに決まっているのに。
本部だってアホみたいな戦力逐次投入やって被害の拡大を招いているのに、ここでその愚を繰り返してどうするのだ。実戦ならばこそ、やらねばらないとは思わないのか。
「……やっぱり天才と凡人の差ってこういうところに出てくるのよね。とはいえ、この岩壁どうしようか」
ブースターを噴かして飛んでみたが、よほどの高さがあるのか崖の上に出られなかった。
足を濡らす川の流れが冷たい。
「……うん。敵は高いところを飛んでいるんだから、高い方に行けば多分鉢合わせするわよね」
そう頷いて、クレイは上流に向けて跳び始めた。
―――――― * * * ――――――
訓練施設。
一向に返答のない通信に、ダガーはエッジを振り返って首を振る。
「ダメだ。出ない。あのバカ、聞こえてるはずなのに無視してる」
「どうする、エッジ」
「行きます?」
腕組みをしたまま、目を閉じて考え込んでいるエッジに、行く気満々の目つきでうかがいをたてるブレードとアックス。
「……前進しましょう。ここは離れすぎてて、状況が把握できない」
エッジの判断に頷く二人。しかし、ダガーは顔をしかめた。
「通信しながら、君らの話は聞いていた。覚悟はわかっているつもりだ。しかし、それでもそれが最善手とは思えない」
「なにか問題が?」
「霧だ。作戦領域は濃霧に侵されている。……確かに、昨夜エッジが提示した戦術は霧中でも有効そうだが、まだ机上の戦術だ。本当に有効なのか訓練で確かめていない。長所短所の見極めもできていないのに、ぶっつけ本番で投入すべきではないと考える。万が一教官たちの足を引っ張ることになれば、それこそミイラ取りがミイラだ」
「そうね。でも、ここからでは欲しい情報が得られないのも確か。クレイを連れ戻すにも、誰か一人を投入するより、全員でお互いをカバーできるよう意思を統一して行った方がいいと思うの。そして、彼女を放置すれば、絶対に、そして確実に、教官たちの足を引っ張る」
「……それは、そうだな。ええい、あのバカめ」
吐き捨てるダガー。
エッジは唇を噛んで目を閉じた。きゅうっと眉間に険が走る。
「彼女のことは、失念していた私のミスよ。責任は感じてる。だからこそ、このミッションは失敗できない。これ以上のミスを重ねないために、これ以上の窮地を招かないために、みんなの力を貸して頂戴」
言わずもがなだと言わんばかりに、おのおのの武器を構えるブレードとアックス。
ダガーも、ため息をついた。
「……すまない。そうか。そうだな。私も彼女のことを忘れていたんだ、同罪か。わかった。条件付きで賛成しよう」
「条件付き?」
「ああ。クレイとの合流、救出は後回しだ。教官と合流し、その援護を行うのを優先する」
「ちょっと、それこそ足手まといになるんじゃ」
「待って。聞きましょう」
言い募るブレードを制したのはエッジ。
ダガーは頷いて続けた。
「無論、一直線に突き進んで合流するわけじゃない。彼女達の動きがわかる位置まで近づき、そこから援護する。具体的には、まずウィングダイバー51だ。昨日の講義と今日の装備から考えるに、彼女の戦闘スタイルは威力重視の長距離砲撃タイプだ。だが、周囲に敵が来た時、その排除をしなければならないため、先行するウィングダイバー35への援護はできなくなる」
「なるほど。先に彼女の周囲を掃除し、その安全を確保するということですね。それによって、51が生き、35も生きる」
うんうんと頷くアックスに、ダガーもこくりと頷く。
「ウィングダイバー35の装備は誘導兵器と近接戦闘兵器。どちらも実質の射程は長くはない。おそらく戦闘スタイルは短・中距離で機動力回避重視型。難しい戦闘スタイルだ。クレイとは違い、真の意味で天才的な才能か、凄まじい経験の蓄積がなければ不可能な神業スタイルとも言えるが、いかんせんパンチ力に欠ける。数で押されれば、退かざるを得まい。また、蜘蛛型巨大生物の放つのが空間占有量が高く、占有時間も長い糸だということも、相性の悪さに挙げておかねばなるまい。つまり、戦闘に入る前に数を減らしてくれるウィングダイバー51の援護は必要なんだ」
「仲悪そうに見えて、あれでばっちり戦闘スタイルが噛み合ってるということ、か」
思わず唸るブレード。
ダガーは続ける。
「さて、この二人への考察に基づいて、私達の動きを考えよう。足手まといになってしまう可能性が高い行動は、何も考えずに作戦領域へ突撃することだ。もしくは、現場で作戦を立てようとすることだ。今はクレイの捜索・合流・救出こそこれに当る。そうではなく、現場の戦力として活躍できる作戦を優先することで戦場を支配し、その後に余裕を見て次の作戦に当るべきだ、というのが私の考え方だ」
エッジは両手を広げて、肩をすくめた。
「わかったわ、ダガー。そこまで理路整然と説明されたら、私に反論の余地はないもの。あなたの案で行きましょう」
「さっきはああ言ったが、ウィングダイバー51に接近したあとは、君が昨夜考えてくれたあの戦術で行けるだろう。できれば、彼女との連携が取れるといいんだが」
「それについては、今考えたわ。現場で指示する。じゃあ――」
エッジの視線が三人を見回す。三人は固唾を飲んで、彼女の号令を待つ。
「ウィングダイバーチーム・ヤイバ。初戦闘、行くわよ」
「「「おう」」」
八つの光の尾を引いて、四人の戦姫が空を舞う。目指すは――霧中の戦場。