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地球防衛軍4SSシリーズ・レンジャーストーリー


 ストーリー1.駒関(こまのせき)の守人

 EDF陸戦部隊の所属隊員は、特殊な機材装備を持たない場合、基本的にレンジャーと呼ばれる。
 そのレンジャーも、役割によっては別の呼称を与えられることがある。
 有名なところでは遊撃部隊『ストーム』、作戦領域外で斥候を務める『スカウト』、前大戦では地底戦にて活躍したといわれる『モール』、噂だけでその実態は不明の『オメガ』など。
 そして、前線では全く話題にも上らないが、むしろ『ストーム』より市民に馴染みのある部隊が『ガード』である。
 その役割は名前どおり、避難所や避難経路、避難中の市民、作戦指揮所などの守備防衛。
 たとえレーダーの端に赤点が映っていようとも自ら攻めに出ることはなく、定められた場所や対象を守ることだけを目的とした拠点守備専門部隊。
 最初の巨大生物による襲撃からフォーリナーの再襲来、複数のマザーシップによる地上制圧、キャリアーによる巨大生物散布、ヘクトル降下、四足要塞の進撃……目まぐるしく変わってゆく戦局の中、新たな兵科や武装兵器が投入されても、『ガード』の役割だけは変わらない。
 襲撃を日々警戒し、襲撃の際には防衛戦闘にて時間を稼ぎ、レンジャー部隊の到着を待つ。もしレンジャー部隊到着までの拠点防衛が困難と判断したら、市民の避難誘導を行う。
 チーム内に敵を打ち倒す英雄はいない。敵を打ち倒すための高揚感も必要ない。
 ただ、誰よりも市民を守ることを優先し、そのための冷静さと、時においては崇高な自己犠牲を必要とされる。
 それが『ガード』チームである。

 ―――――― * * * ――――――

 駒関(こまのせき)市。
 関東のZ県にあるこの小さな市もまた、巨大生物とフォーリナー再襲撃とは無縁ではなかった。
 市内に侵入してきた甲殻巨大生物とその後降下してきた白銀の巨人については、出動した極東本部のレンジャー部隊が鎮圧。
 しかし、その戦闘において小さな市街地は壊滅的な被害を受け、数多くの人々が市内随一の公園の周囲に防壁を建てただけの避難キャンプでの生活を余儀なくされていた。
 しかし、避難が必要とはいえ、相手がいつどこから襲い来るかわからない、いつまで避難していればいいのかもわからない状態が長くなると、市民の精神状態は著しく悪くなる。
 そのため、近辺に敵影がない場合は、市民の活動に明確な制限は課せられないことになっている。
 ただし、こうした非常時に指定避難場所以外に赴き、その結果急遽勃発した戦闘に巻き込まれたり、事故に巻き込まれた場合、EDFはその責任をは負わない、という法律が再襲来以前に定められており、知っている者は指定避難場所近辺から動くことはない。
 とはいえ、中には知っていても離れざるをえない者、知らずに離れる者も必ずおり、そういう人達を早めに発見して本人と現地作戦指揮所に注意を促すのも、ガードの仕事の一つである。そのために、ガードは毎日避難指示指定地域周辺を巡回している。

 ―――――― * * * ――――――

 その日、ガード71(セブンワン)は、避難指示指定地域の駒関市北部地区を巡回していた。
 肩からAF−17アサルトライフルを吊るし、腰にはMG−14接触起爆型ハンドグレネード(手榴弾)をぶら下げている。
 この北部地区は市内でも一際破壊の痕が酷い場所だ。
 まともな建物といえば、なにがどうなって奇跡的に残ったのか、市立駒関幼稚園(築18年鉄筋コンクリート2階建て)のみである。周囲の建物という建物は全てヘクトルの砲撃と爆撃(あと、おそらく応戦したレンジャー部隊の攻撃もあるはず)で跡形もなく破壊され、瓦礫の荒野と化している。
 聞いた話だと、幼稚園の隣にあった4階建てのとある企業の独身寮を拠点にしたレンジャー部隊と、ヘクトル部隊がガチンコでぶつかった戦場なのだという。
 その戦闘があった日時には、まだガード71は訓練中で配属されていなかったため、その光景を見てはいない。
 ただ避難所の人達はレンジャー部隊が、幼稚園だけは守ってくれたのだと信じていた。
 ほぼ全滅に近かったにもかかわらず、生き残ったレンジャー部隊隊長が避難所内の現地作戦指揮所に引き上げてきた時にこう言っていたそうだ。

「あの暴れん坊ども、子供の遊び場所から追い払ってやりましたよ」

 それは恐らく、自虐の言葉だったのだろうとガード71は思う。
 無理にでも笑っていないとしんどい時はあるものだ。けれど、その言葉が避難所の人達を元気づけたのなら、それは無理のし甲斐のあった笑顔なんだろう。もし、将来ガードからレンジャーに配置転換されて戦うなら、そんな隊長の下に配属されたいものだ。

 そんないきさつのある幼稚園だが、当然ながら現在は避難指示指定地域にあるため、基本的に立ち入り禁止である。
 ただ、周囲が全て瓦礫に変わっている中に残った2階建ての建物の高さというのは、なかなか便利なものである。この周辺を巡回するガードは必ずここに立ち寄って屋上へ上がり、周囲を見渡して異常がないか確認するのが慣例になっている。
 ガード71もその慣例に従い、幼稚園の敷地に足を踏み入れた――
「あれ?」
 そこに、いてはいけない人影があった。
 いや、場所柄居ても不思議のない人影ではあるのだが。
 数人の子供――年恰好から見てこの幼稚園に通っていた園児たちか。女の子も、男の子もいる。流石に非常事態時なので、園児服ではないが。
 彼らは園庭の隅にしゃがみ込み、しきりに地面を突っついている。
 ガード71は周囲に大人がいないか見回しながら、園児たちに近づいた。
「おーい、君たち」
 その声に反応した園児達は、満面の笑顔だった。
「わ、いーでぃーえふだ!」
「ほんものがきたー!」
「ほんものほんものー!」
「……本物?」
 園児たちの言っている意味がわからず、顔をしかめながら近づく。
「君たち、ここでなにしてるの?」
「いーでぃーえふごっこ! ほらほら!」
 一際元気のいい青い服を着た男の子が、得意げに指先をガード71に向ける。
 意味がわからずその指先を見てみると、潰された蟻が引っ付いていた。
「ああ……なるほど」
「ここにね、きょだいせいぶつのすがあるの! だいちゃんがみつけたんだ! だから、ぼくらでたいじしてたの!」
 それだけ言うと、再びしゃがみ込んで蟻潰しを再開する。他の子供達も銃声や爆撃の擬音を口で奏でながら再開する。
 因縁、言いがかりにもほどがある。
 ガード71は降ってわいた災厄に右往左往する蟻たちに同情しつつも、再び辺りを見回す。とりあえず庭には大人の姿は見えない。
「君たち、大人の人は一緒じゃないの? 君たちだけでここまで来たの?」
「ん〜ん」
 女の子の一人が首を振った。
「みねにわせんせといっしょだよー。せんせはねー、なかでなにかとってくるってー」
「中にいるのか」
 建物の方に視線を飛ばしながら、ヘルメットのスイッチを押して通信回線を開く。
「……こちら巡回中のガード71。指揮所、どうぞ」
『こちら駒関市作戦指揮所。聞こえています、ガード71。どうぞ』
 男のオペレーターの声が、ヘルメット内蔵スピーカーから響く。
「ただいま北部地区の駒関幼稚園にて、園児――一、二ぃ、三……園児五名を確認。園児によると、引率の先生と一緒に来たそうです。先生は建物の中にいると。まだ接触してません。どうぞ」
『了解。一応園児たちの名前を聞いて下さい。どうぞ』
「了解」
 そのやり取りだけで、ガード71は今日も平和だと把握する。
 緊急事態にはそんな万が一への対応は後回しになるものだ。
「おーい、みんな。お名前教えてくれるかな?」
 片膝をついて園児たちに訊ねる。たちまち、元気よく手が挙がる。
 黒い服の少女がガード71の右腕にかじりつくようにして名前を告げる。
「あたしルミー! よりあみ・るみだよー」
「ぼくともゆき! ひかみ・ともゆき!」
 なぜか自信満々に腕組みをして胸を張る、青い服の男の子。
 その陰にいる緑の服の男の子は、人見知りするのか、ともゆきとは対照的に自信なさげだ。
「えっと、だいです……。こぎし・だい……」
「わたしは、ほたるだに・りくです」
 ボーイッシュな髪型と雰囲気の少女が礼儀正しく頭を下げる。
 最後の一人は少し呆けたところのある少女。ガード71と目が合った途端、なぜか小首を傾げた。カナリアとか九官鳥を思い出す仕草だ。
「とりい・きりあ。おうたがすきです」
 全員の名前を聞き終わったあと、ともゆきがさらに手を挙げた。
「あとねー、みねにわせんせとちえせんせー」
「あれ? 先生二人来てるの?」
「うん!」
 元気よく頷く。
「そっかー、ありがとね。……こちらガード71、指揮所、どうぞ」
 立ち上がりながら、再度通信を開く。
『はい、こちら駒関市作戦指揮所。ガード71、どうぞ』
「園児と先生の名前を聞きだしました。伝達します。どうぞ」
『了解。――どうぞ』
 ガード71がそれぞれの名前を伝えた後、少しの間があった。
『――了解。特に問題なければ、早めに帰るようにだけ注意を促しておいて下さい。それと、帰った時には避難所入り口のガードに帰ったことを伝えるようにと。どうぞ』
「了解、いつもどおりということですね。とりあえず先生を探して話をします。以上」
 通信は途切れた。
「――さて、と。君たち、後でちゃんと手を洗いなよ〜」
 いつまでも飽きることなく蟻の虐殺を続けている園児たちにそう告げて、ガード71は幼稚園舎に向かった。

 ―――――― * * * ――――――

 園舎の教室一つ一つを覗くまでもなく、一つだけ入り口が開いたままの教室があった。
 中を覗くと、二十代の女性と中学生ほどの少女がいた。
 周囲にボールやかるたなどの玩具や絵本が並べられ、女性はなおも棚の中を漁っているようだ。少女の方は床に顔をぴったりつけて、顔をしかめている。床下に聞き耳を立てているようにも見えるが……パンツが見えそうなのは、注意してやるべきなのだろうか。
 ガード71は窓ガラスをノックして声をかけた。
「こんにちはー。EDFのものでーす」
「え? あ……ガードさん?」
 振り返った二十代の女性がEDFのアーマースーツを見て、目を点にする。
 床に顔を押しつけていた少女も慌てて居住まいを正した。
「えーと、庭で園児に聞いたんですけど、みねにわ先生と……ちえ先生?」
 二人は顔を見合わせて頷いた。
「はい。私がこの幼稚園で働いている嶺庭糸鹿(みねにわ・いとか)です。こちらは屋久野中学の生徒さんで、今は避難所で子供達の世話のお手伝いをしてもらってます」
「屋久野中の生徒さん? へえ、すごいね」
 ガード71でも聞いたことのある駒関市内の有名進学女子中学校の名前に驚くと、少女は照れ臭そうに頬を染め、ぺこりと頭を下げる。
「二又千恵(ふたまた・ちえ)です」
 確かに利発そうな顔つきの少女である。 
「あの、すみません。勝手に来てしまって」
 嶺庭先生がすまなさそうに頭を下げる。
「あ、いや。別にいいんですけどね。自己責任なんで。ただまあ、一応こういう時には安否を確認するのが仕事なもので。……子供たちのおもちゃですか」
 床に並べられた遊び道具を見ながら訊ねると、嶺庭先生もそれを振り返って頷いた。
「はい。避難所では主に外で遊ばせてますけど……雨が降ると、ね」
「そうですね。……子供たちの心の安定のためには、遊ぶの大事ですもんね」
「一応、紅井園長には許可をもらって鍵を預かってきたんですけど、そういえば、EDFにも伝えておいた方が良かったかしら」
「そうですね。子供達を連れ出すなら連絡をいただいておいた方がいいですね。万が一の時も即座に動けますし、目的地を巡回場所に入れておけますので」
「すみません。思慮が足りませんでしたわ」
「いえいえ。次回からお願いしますね。それで、避難所に戻ったら出入り口のガードに、みんな揃って帰った旨を伝えていただけますか。園児に話を聞いた時に、こちらに来ていることは指揮所に伝えておきましたので」
「それはお手数を……」
 再び嶺庭先生が深々と頭を下げる。
「帰ったら、ガードの方に伝えるんですね。わかりました、必ず」
「それでは、私はまだ巡回途中ですので、これで――」
 敬礼をして離れようとした時、二又千恵がその手を取って引き止めた。
「っと、え? なになに?」
「……変な音がするんです」
「は?」
 意味をつかみ損ねている間に、少女は強引にガード71を室内に引き込んだ。そのまま、さっき顔を押し当てていた辺りを指差す。
「さっきから、あそこの下でなんか音がするんです。なんていうか……もそもそというかごそごそというか」
「もそもそ? ごそごそ? ……猫とか、いたちじゃないの?」
「そういう動物的な音じゃないんです。ええと……砂とか土が波打ってるような……わかります?」
 さっぱりわからない。
 首を横に振ったガード71は、ヘルメットを脱いでその辺りに耳を――押し当てるまでもなく、異変が起きた。
 突如、硬質な岩の塊か何かが力任せに割られるような音が響き、すぐに床板がめりめりと悲鳴をあげて盛り上がってきた。
 フローリングの床が無残に引き裂かれ、割られてゆく光景に女性二人は短い悲鳴をあげて後退る。
 ガード71も脱ぎかけたヘルメットをかぶり直し、二人を背にかばう。
 何が起きているのかはわからないが、ともかく床下から何かが現れようとしているのは確か。
 そして、大体こういう時は悪いことが起こるものだ。
「先生たちは、園児達を連れて避難を」
 振り返らずにそう指示して、右手を肩から吊るしたAF−17アサルトライフルのトリガーにかける。
 二人の気配が背後から消えるのを待って、自分も園舎の外に飛び出す。
 数秒遅れて床が完全に捲れ上がり、窓が内側から割れる。
 床下から盛り上がってきたものは――土の塊。どう見ても土の塊。
 直径数mはありそうなその土の塊は成長を続け、とうとうその部屋だけでは収まりきれず隣の教室との壁をも破壊し、さらには天井さえもぶち抜いて二階にまで先端を届かせる。
「これは……!」
 ガード71は窓から覗くそれの全容を把握して、青ざめた。
 実物を見るのは初めてだが、訓練で同じものの写真を何度も見た。
「巣穴の出口だって!?」
 園児と先生たちが混乱状態に陥っているのを横目に見ながら、左手でヘルメットの通信機能を呼び出す。
「――こちら、ガード71! 指揮所! 緊急事態だ! 駒関幼稚園の施設内に、巨大生物の巣穴の出口が出現した! どうぞ!」
『こちら指揮所。ガード71、報告は受信した。その場にいると連絡のあった園児と先生たちは無事か? どうぞ』
「今は無事だ。どうぞ」
『了解した。……ガード71は保護対象者を守りつつ、できるだけ迅速にその場を離れ、避難所まで撤退せよ。どうぞ』
「なに? ちょっと待て、指示はそれだけか? 応援は?」
『今すぐの応援はない。速やかに撤退せよ』
「どういうことだ! これを放置する気か!? 待機の二班だっているだろう!?」
『………………彼らは今、図書館に向かっている。書庫に巣穴の出口が出現したとの通報があった。その他にも市内各地で一斉に通報が来ている。今情報をまとめているが、おそらく5箇所から7箇所、出現したものと思われる』
「なんだって!?」
『ガードチームは現在、全隊員が避難経路の確保と避難誘導、避難所の守備のために出動している。君にも早々に戻って守備に就くよう、連絡を入れようとしていたところだった。だが、そこにいたのは僥倖だった。早く保護対象者を連れて、その場を離れるんだ。どうぞ』
 ガード71は唇を噛んだ。
 守備地域外部からの侵攻、侵入に対する心構えはできていた。しかし、よもやレーダーの利かない足元から直接やって来るとは。
 そういう事態もありえるとは教わった覚えがあるものの、これまで目の当たりにしたことはなかったので完全に失念していた。そしておそらく、この作戦領域に存在するほとんど全てのガードが同じ思いでいるだろう。
 ガード71の沈黙を、逡巡と受け取ったオペレーターは続けた。
『心配するな。本部へは既に要請を出した。本隊が来るまで、それまで持ちこたえればいい』
「しかし……」
 巣穴の出口は、わずかにだが呼吸をしているかのように収縮を繰り返している。
 そして、言われて初めてレーダーにいくつもの赤い光点が映っていることに気づいた。そちらへ向かっている青い点、赤い点から離れようと動いている白い点も――自分の背後にもある。
 ガード71の頭は目まぐるしく回転し、状況の整理を行った。
 同時に、園児と先生達に逃げるよう再度促そうとして、はたと気づく。
 道に出るには、園舎一階端の送迎バス駐車場を通らねばならない。それはつまり、一旦巣穴の出口近辺まで近づかなければならないということだ。
 周囲を見回してみても、他の三方は破壊された家屋の瓦礫が積み重なっており、女性はもちろん園児たちの足で乗り越えられるような状態ではない。
 とはいえ、やはり巣穴の傍を通るルートは不安があるのだろう。不安げな顔で指示を待つ園児と先生。
 この状況を切り抜ける、最高の手段は何かないか――ガード71は不意に閃いた。
「……指揮所、今ならやれるぞ」
『こちら指揮所。ガード71、やれるとは何だ』
「まだ巣穴の出口から巨大生物は出現していない。今なら手持ちのMG−14で爆撃すれば――」
『許可できない』
 全く思案する素振りもなく、即刻却下。
『君の近くに園児と一般人女性がいるのだろう。そんな強力な爆発物を至近で炸裂させてはいけない』
「言ってる場合か! 今潰さないと、俺達どころか避難所まで……!」
『それを守って戦うのが我々『ガード』の役目だ。敵を倒すことは役目ではない。まだ巨大生物が出現していないのなら、なおのこと都合がいい。早くその場を離れろ。これは命令だ。繰り返す。保護対象者とともにそこを離れろ。以上』
「く……」
 通信は途切れた。おそらく、他の地域とも連絡を取っているのだろう。
 だからこそ、ここは……命令無視はできない。
 不承不承ながらガード71は、振り返って先生達にこの場から速やかに立ち去ること、そして帰り着くまでの警護を自分が務めることを告げた。

 ―――――― * * * ――――――

 幼稚園の敷地を離れ、道に出る。
 グラスバイザー型HMD(ヘッドマウントディスプレイ)に表示されているレーダー画像、その一番近い赤点から多くの赤点が湧いているのが見えた。
 そして、振り返ればそのレーダー画像越しに、出現した蟻に似た巨大生物の姿も。
 日の光に照り映える甲殻の色は――赤。
「……赤色甲殻巨大生物か!!」
 ほんの少しの安堵と、それを上回る脅威に心臓が踊る。
 少なくともあの色の巨大生物は酸や糸などの飛び道具を持っていない。その点では、レーダー上の離れた距離からの攻撃を考えなくていいのは助かる。しかし、その弱点を補うようにやたらと耐久力が高い。爆発物の使用を封じられたこの状況において、果たしてAF−17アサルトライフルでどれほどその侵攻を防ぎ止められるか。
 なにしろこちらは園児の足に合わせて移動しなければならない。
「いいか、振り返るな!」
 AF−17アサルトライフルを肩付けに構え、近づいてきそうな赤色甲殻巨大生物に銃口を向けつつ、背後に叫ぶ。
「君たちの背中は俺が守る! 君らは、避難所まで辿り着くことだけを――」
 一体が、威嚇の声を上げながら頭部を地面すれすれに下げ、突進してきた。
「くそ!」
 AF−17アサルトライフルの銃口が火を噴き、突進してきた赤色甲殻巨大生物が仰け反るように硬直する。
 本当ならここでMG−14をぶち込んで引導を渡してやるところだが、今はそうは行かない。
 とにかく銃弾だけで仕留めるのだ。
 幸い、マガジンの全弾を使い切るまでにそいつは斃れた。
 しかし、周囲には既にいくつもの赤い点が接近してきている。
 ガード71は軽い絶望感にとらわれた。
「……これ、本当に俺だけでしのげるのか!? やっぱ、巣を壊してきた方が良かったんじゃ……」
 それ以上の思考はできなかった。
 背後に回り込もうとしている赤い点がある。
「やらせるかぁ!」
 体を反転させて、AF−17アサルトライフルを腰だめに持ち替える。
 泣きそうになりながらも必死に走っている園児達と、それを励ましながら走っている先生達の行く手の脇から姿を現した赤色甲殻巨大生物に、マガジンが空になるまで叩き込んだ。
 空になってもすぐ交換し、園児達が駆け抜ける前に絶命させる。

 しかし。

 いや、やはりというべきか。
 迫り来る敵の数に対し、一人では手が足りない。
 ガード71が背後にまで迫った赤点に反応しようと振り返った瞬間、その体は赤い顎に吸い込まれるように捕らわれていた。
「ぐわあっ!!」
 凄まじい力だった。女性の悲鳴が聞こえた気がしたが、確認などしていられない。
 レンジャー装備を含めるとかなりの重量になるにもかかわらず、まるで綿の詰まった人形でも持ち上げるかのように、軽々と持ち上げられていた。
 こうなると、脱出手段は一つしかない。
「この……離せぇええええっっっ!!!」
 捕らえた獲物を砕いてから食べようとしているのか、牙をもぐもぐさせて弄ぶ赤色甲殻巨大生物の頭部にAF−17アサルトライフルを突きつけ、引き金を引く。
 さっき交換したマガジンが空になる頃、赤色甲殻巨大生物は絶命した。
「ざまあ」
 投げ出され、すぐに立ち上がったガード71は、食われかけた恐怖に踊る心臓と呼吸をなだめながら吐き捨てた。
 アーマースーツの耐久度は大幅に下がったが、おかげで体は無傷。しかし、これをもう二、三度食らえば確実にアーマースーツはその機能を停止するだろう。つまり、それを着ている自分は死ぬ。
 マガジンの交換をしながら、ふと弱気に呟く。
「俺が生きている間に、応援が来てくれるかね……――大丈夫だからこっち来るな! 走れ!」
 こちらを心配して立ち止まっている園児と先生――園児は既に泣いている子もいる――を叱咤し、自分もそちら方向へ駆け出す。
 頷いて駆け出す先生達と、追い立てられて不承不承駆け出す園児達。
 その光景に重なって、レーダー画像には次の赤点が迫ってきていた。

 ―――――― * * * ――――――

 駒関市は大混乱に陥っていた。
 混乱の原因は、現場と指揮所の認識の相違によるところが大きい。
 ガード71が提案した巣穴の破壊は、なにも彼だけが考えうるアイデアではなかったのだ。
 放置すれば次から次へと敵は湧き出す。ならば、積極的に攻撃、破壊して敵の増加を抑えるのも防衛の範疇だと考えるのは至極当然。
 確かに、突如出現した多数の巣穴の出口に市民が驚愕・混乱していた事実はあるが、最も混乱していたのは、『ガード』としての役目の履行を忠実に守らせようとする指揮所と、自分達にも市民にも被害を最小限にするために巣穴をまず破壊しようという現場だった。

 ―――――― * * * ――――――

 あのあと、さらに1回噛まれた。
 グラスバイザー型HMDに表示されているアーマースーツの耐久値は残り二桁。
 しかし、保護対象者は誰も脱落していなかった。
 途中で命令を無視し、MG−14接触起爆型ハンドグレネードを使用し始めたこともある。
 爆破範囲11m、E551ギガンテスJ型戦車搭載の120mm榴弾砲に匹敵する威力は半端ではない。
 範囲内にさえいれば、いかに耐久力の高い赤色甲殻巨大生物といえども必殺必至。そのうえ、巻き込めれば複数始末できるのも魅力である。
 ……投げる距離を間違えたり、射線に入られれば自分も巻き込んで殉職必至ではあるが。
 ともあれ、その威力のおかげで一行はなんとか追撃を振り切り、避難所へと到達しつつあった。

 ―――――― * * * ――――――

 ガード71が保護対象者とともに到着したとき、市内随一の市民公園に設けられた避難所は大混乱に陥っていた。
 出入り口に誰もいない。
 当然である。避難所の中で、赤い巨大甲殻巨大生物が暴れているのだから。
「な……なんだぁ!?」
 保護対象者を不安にさせないため、極力叱咤激励の言葉以外は口にしなかったガード71も、この時ばかりはその自制を失念して叫んでしまっていた。
 近辺に巣穴の出口ができたのか、それとも避難してきた市民についてきたのか……レーダーでは判然としないし、通信を入れても指揮所自体が大混乱で、同時にあちこちへ指示を出してしまい、さらなる混乱を助長している有様。
 不意に鋭い悲鳴が沸いた。恐怖に駆られての悲鳴ではない。これは――
 見やれば、市民が赤色甲殻巨大生物に咥え上げられて、そのまま地面に叩きつけられるところだった。
 白昼の日差しに、飛沫が飛び散る。
「見ちゃだめっ!」
 嶺庭先生が叫んで園児たちを抱きしめる。同じように二又千恵もあぶれた園児達を抱きしめながら顔を背けた。
 園児たちが泣き始める――一人を除いて。
 青い服を着たともゆきだけが、嶺庭先生に抱かれながらもじっとガード71を見ていた。
 なにを考えているのかはわからない。こっちは保母さんでも幼稚園教諭でもないのだ。
 それでも、ガード71はにやりと笑った。
「ともゆきくんだっったか。……怖くないのか?」
 断末魔の悲鳴は続いている。先生と中学生の少女はもう顔を上げられずにぶるぶる震えている。園児達はもう自分で混乱を収める術を知らず、ただもう泣き喚くしかない。
 しかし、ともゆきだけは違った。ガード71の言葉に、しっかりと頷いたのだ。
「……いーでぃーえふはさいきょうだもん。まけないんだ。こんなやつら、すぐにやっつけてくれるんだ!」
「やれやれ」
 嬉しそうに微笑みながら――内心は半分は困りながら――ガード71はマガジンを交換した。
 避難所内では流石にMG−14接触起爆型ハンドグレネードは使用できない。使えるのはAF−17アサルトライフルのみ。
「そう言われたら、おにーちゃんは負けられないなぁ」
「おにーちゃん!」
 ぱっと輝く顔。
 ふぅっと一息ついた後、ともゆきに向かって親指を立てる。
「おう。ちょっと行って来るぜ。――先生、レーダーで見ると、東の方には今敵がいない。そっちへ逃げてください。たくさんの人が同じ方向へ向かってます。ついていって」
「は、はい」
 嶺庭先生の返事を背に聞きながら、ガード71は駆け出した。
 その背中に、ともゆきの声援が届く。
「がんばれ、いーでぃーえふ! まけるなー!!」

 ―――――― * * * ――――――

 広い公園内では、ガードの仲間達が湧き出してくる赤色甲殻巨大生物と戦闘を繰り広げていた。
 とはいえ、公園にいた市民が退避し切れておらず、爆発物が使えないため一体一体を倒すのに手間取り、侵攻を抑えているのが精一杯だ。押し返す力はない。
 そこへガード71が加わったところで、焼け石に水とまでは言わないものの、戦局をひっくり返すには至らない。
「おっ、誰か来てるとは思ったが、応援はお前か71! 今はお前でも心強いぜ!」
「『でも』は余計だろ、『でも』は。――しかし、こいつら、次々と……一体、どこから来てるんだ!?」
「指揮所だよ!」
 肩を並べるガード仲間のガード62(シックスツー)は、AF−17アサルトライフルを撃ちまくりながらわめいた。
「指揮所の傍に巣穴の出口が出現しやがったんだ! 指揮所からの状況報告を聞いて出入り口から駆けつけようとしたがこの有様だ! 市民の退避が完了するまでは進めそうにない!」
「一応、さっきあちこちに指示は出してたみたいだから、無傷とは言わんが……誰かは残ってるようだ」
「はは。こいつら、建物を壊すって知能はないからな。正直、『コンテナ指揮所とかwww』って笑ってたが、こうなるとプレハブよりは心強いな!」
「違いない。けど、こっちもこのままじゃあ――」
 市民めがけて突進しようとした赤色甲殻巨大生物に、二つの銃口が火を噴き、あっという間に穴だらけの死骸に変える。
「とにかく、応援が来るまで保たせるしかねぇ! ……正直、もうアーマースーツの耐久力が――」
「62!!」
 警告は間に合わなかった。
 横合いから突進してきた赤色甲殻巨大生物の顎がガード62をすくいあげ、噛み砕く。
 野太い悲鳴と飛び散る飛沫は、彼のアーマースーツの耐久力が切れたことを示している。
「く……っ!」
 助けようとしたものの、自らにも別の一体が突進してきているのを無視はできない。
「このぉっ!」
 まず自分に襲い掛かってくる赤色甲殻巨大生物を始末し、それから――
 不意に、バイザーに何かの飛沫が張り付く。
「!?」
 続いて、妙に甲高い発砲音が小さく響いた。
 飛沫は、目の前の赤色甲殻巨大生物のものではない。角度的には横、ガード62を噛み砕いていた赤色甲殻巨大生物の――
 こちらが目の前のを倒したとほぼ同時に、その赤色甲殻巨大生物が雪崩れるように射線に割り込んできた。
 一瞬遅れて、再び甲高い小さな発砲音。
 その赤色甲殻巨大生物は既に絶命していた。AF−17アサルトライフルでは残るはずのない形状の、深い弾痕を胸部に空けられて。
 ガード62もまた、絶命していた。
 その遺体はアーマースーツごと腹部で寸断されていると同時に、頭が砕けていた。爆ぜたように。

 ―――――― * * * ――――――

 避難所内で拮抗していた赤色甲殻巨大生物とガードチームのバランスが崩れた。
 理由はわからない。ガードチームの員数は減っており、ジリ貧だったにもかかわらず。
 だが、そんな理由を探している余裕はない。
 ここぞとばかりにガードチームは指揮所脇に出来た巣穴に向かって進撃を開始した。

 ……彼らが進んで行った後には、不自然な弾痕を空けられた赤色甲殻巨大生物の死骸が残っていた。

 ―――――― * * * ――――――

 ガード71は仲間と合流しつつ、巣穴を目指す。
 しかし、そこが守るべき拠点であることは巨大生物の方も同じ。
 ガードチームは進撃するものの、敵の抵抗はむしろ強くなってゆく。
 それでも、安堵することが一つだけあった。レーダーに映る赤点が自分達より背後にはいない。
 これなら園児達も先生達も、無事逃げられるだろう。
「――各員、公園内の市民の避難は済んだ! MG−14を使うぞ!」
 赤色甲殻巨大生物との近接戦闘が途絶えた瞬間、臨時のチームリーダーを務めているガード13(ワンスリー)の指示の下、総勢十名にまで増えたガードチームは、一斉にMG−14接触起爆型ハンドグレネードを投擲した。それこそ、これまでの鬱憤を晴らすように。
 複数のハンドグレネードがほぼ同時に炸裂し、前方に爆炎の壁が生まれる。接近していた赤色甲殻巨大生物が、次々とその爆発に巻き込まれて巨体を四散させつつ吹っ飛んでゆく。
「よし、いけるぞ! 投げ続けろ!」
 ガード13の命令一下、ガードチームは投擲しながら前進を続け、爆発から逃れた巨大生物をAF−17アサルトライフルで仕留める。
 さっきまでの苦戦が嘘のように、進撃がはかどる。
 そして、目的地である指揮所が目視できる位置まで近づいた時、ガードの一人が叫んだ。
「おい、冗談だろ!? 巣穴の出口が――」
 コンテナを改造したような形状の指揮所のすぐ隣に突出した、カルデラ火口のような形の巣穴の出口。
 その奥に、丁度もう一つ別の巣穴の出口が出現しているところだった。
「……まさか……他の地区の出口が塞がれたんで、こっちにもう一つ作ったのか!?」
 ガード13のその予想を裏付ける証拠は何もない。それを正しいと言える者も、間違いだと指摘できる者も、その場にはいない。
 ただ、全員がやばい、と感じていた。勝利の高揚感が霧散する。
「奥の出口から巨大生物が出る前に、潰すんだ!」
 しかし、その命令を言い終わる前に、手前の巣穴から赤色甲殻巨大生物が、ぞろりと這い出てきた。
「う、うおおっ!!! こ、攻撃ー!! 巣穴を潰せー!!」
 爆発と銃声、赤色甲殻巨大生物の悲鳴と威嚇の声が交錯した。

 ―――――― * * * ――――――

 一つの出口から這い出てくる赤色甲殻巨大生物だけであれば、ガードチームでも勝ち目はあった。かろうじて数の上で優位に立っていたし、AF−17アサルトライフルの足止めとハンドグレネードの威力をうまく使えば、殲滅はそれほど難しい話ではなかった。巣穴の出口も集中爆撃で破壊し、封じることはできただろう。
 しかし、出口は二つになり、数の上でも優位性を失った。否が応でも近接戦闘に持ち込まれるため、ハンドグレネードは使用できなくなった。
 ガードチームはたちまち蹂躙された。

 ―――――― * * * ――――――

 隊員が次々と赤い牙の餌食となってゆく。
 ガード71もなんとか背後に回りこまれないよう立ち回りながら、仲間に食いついている赤色甲殻巨大生物を優先して銃撃してゆくが、間に合わない。その上、安全策と仲間の救出を優先した立ち回りのおかげで、どんどん巣穴から離れてゆく。
 だいたい、巣穴を攻撃しようにも、赤色甲殻巨大生物の処理が終わらぬままでは如何ともしがたい。視界の前を頻繁に赤い巨体が横切るため、誤爆しない安全な投射線が取れない。
 絶望が戦場を包んでいた。もはや、指揮を執っていたガード13がどこにいるのかすらもわからない。
 どこかで誰かが叫んだ。
「ちくしょう、これじゃあ本隊が来る前に、俺たちが全滅しちまう! ――ぐわああああああ!」
 どこかなどわからない。右からも左からも似たような絶叫が聞こえてくるのだから。
 ガード71にもどうしていいかわからない。わからないが、ただ引鉄を引き、マガジンを取り替え、撃ち続けるしかない。
 何度目かのマガジン交換――わずか1秒か2秒ほどの、無防備な瞬間。
 ガードの一人を噛み殺した赤色甲殻巨大生物が、その遺体を放り捨てるなり、まるで待っていたかのようにガード71へ襲い掛かった。
「ちょ……!」
 銃口をそちらへ向ける暇は与えられなかった。
 しかし、さっき二度噛み付かれた経験が生きた。
 かろうじて間に合う動き――頭部を低く下げて突進してくる赤色甲殻巨大生物に合わせ、自ら跳びながら、体を丸める。
 まるで走ってくる車のボンネットの上に自ら跳ね転がって、勢いをまともに受けないようにするスタントの動き。おかげで、その赤い牙に挟まれることはなかった。代わりに予想外に高く跳ね上げられたが。
「ぐっ」
 地面に落ちはしたが、アーマースーツのおかげでダメージはない。
 すぐさま起き上がろうと手を地面に突き――既に赤色甲殻巨大生物は方向転換を終え、頭を下げてこちらに突っ込んできていた。
「早すぎんだろ……」
 一応AF−17アサルトライフルの銃口を上げて応じようとするが、それが絶望的に遅いことは自分でわかっていた。
 奇妙に時間の進みが遅くなる感覚とともに、赤い殺意の塊がどうしようもなく真直ぐ迫り来る。

 その瞬間。

 射出音と打撃音と穿ち抉る音をほぼ同時に奏でたような太く、鈍く、短い音が響いた。
 同時に、目の前に迫っていた赤色甲殻巨大生物が真横に吹っ飛んだ。
 入れ替わるように横合いから飛び込んできたのは、やたら露出の激しい薄青い甲冑を身にまとった女性。
「……ウィングダイバー!?」
「はい、そうでーす!」
 絶望に覆われた戦場に似つかわしくない、明るいその声にガード71は再び驚く。
「応援要請をもらって、超特急で飛んで来ました〜。ごめんね、おまたせでーす。後は任せてくださいねー」
 お尻を引いて前傾姿勢になった妙にコケティッシュなポーズをとりながら、軽いのりで敬礼をするウィングダイバー。
 響く巨大生物の悲鳴に辺りを見回せば、彼女と同じ装備の女性隊員達が空中を舞いながら赤色甲殻巨大生物を駆逐してゆく。その速度は圧倒的に早い。巣穴の出口からの出現が全く追いつかない。
 呆然としていると、目の前のウィングダイバーは手を差し伸べてきた。
「ええと、大丈夫? 立てない?」
「あ、いや。大丈夫。……助かったんで、ちょっとホッとしてた」
「そっか、それなら――」
 手を引っ込めて、にっこり笑う。その時、別のウィングダイバーが叫ぶ。
「おい、ウィングダイバー71! まだ敵の掃討が終わってない! 怪我したガードの世話は衛生部隊に任せておけ!」
「はーい」
 あちらがどうやら先輩なのだろう。
 えらそうな口調の命令に、ちょっと投げやりな返事を返し、武器を構え直したウィングダイバー71はじゃあね、と告げてウィングを展開、ブースターを噴かして跳んでいった。
 ガードチームがついに届かなかった巣穴の出口へ、いともあっさりと。

 五分も経たず、巣穴の出口を潰したことを示す二つの土砂の噴出が、ガード71のところからもはっきり視認できた。 

 ―――――― * * * ――――――

 市内に出現した巣穴の出口は到着したレンジャー部隊とウィングダイバー部隊、それにエアレイダーによる爆撃誘導で瞬く間に制圧された。

 ―――――― * * * ――――――

 公園内にいたガードチームの生き残りはわずか4名。
 ガード13も殉職した。
 コンテナ指揮所内にいた指揮官とオペレーター達は生きていた。
 指揮官は奮戦したガード隊員一人一人に労いの声をかけ、隊を離れていった。
 駒関市の避難所は解散し、市民は周辺の市町に分かれることとなったからだ。
 巣穴の出口が出てきた以上、この地の地下には間違いなく巨大生物の巣が作られており、そこを掃討しなければならない。まだ巨大生物が出てくる可能性がある以上、ここに市民を残すわけにはいかない。
 今回の襲撃で身に沁みている市民はその決定に異を唱えることなく、疎開は粛々と進められた。 

 ―――――― * * * ――――――

「まだガードにいたい?」
 EDFの配属担当に呼び出されたガード71は、レンジャー部隊への転属を勧める言葉に首を横に振っていた。
「レンジャーは、いいです。ガードでいいです。場所は選びません」
「しかし、今回の戦いで君が上げた勲功は十分――」
「いえ。俺は、勘違いしてました。ガードとしての職責を全うしないまま、レンジャーには行けません」
 ガード71は首を横に振り続ける。
 腕組みをした配属担当の男は、大きくため息をついて首を傾げた。
「よくわからんね。……君だけだよ、今回の候補者四人の中で断るようなこと言ってるの。レンジャー隊の方が活躍できるし、我々としても君のような優秀な隊員はいくらでもほしいんだ。是非、助けてほしいんだがね」
「俺が優秀だなんて……過大評価――いや、誤解ですよ。完全な」
「誤解?」
 ガード71は頷いた。
「今回、俺はウィングダイバー71に救われました。あと数秒、彼女が来るのが遅かったら、死んでいました。指揮官の命令どおり、ガードの役目を守り、応援到着を待つ戦いをしていれば、あるいはそれを皆に徹底するよう告げていれば、ガードチームにここまでの被害を出すことはなかったと思います」
「………………」
「無理をして指揮所を奪還しようと、ガードの役目を超えたことをしようとした。いや、それ以前に子供の声援を受け、まるで自分が英雄であるかのように思い込んでしまった。そんな無思慮な兵士が、ここよりもシビアな前線に行ってはいけないと思います。俺は、もう一度ガードとしてやり直したいんです」
 ガード71の告白を聞いていた配属担当は、しばらく虚空を睨みながら考え込んでいた。
 室内のあちこちに視線を飛ばし、頭を掻き……そして、最後に自らの膝をぽんと叩いた。
「なるほど。君の要望はよくわかった」
「我がままですみません」
「全くだ。……しかし、その落ち着きぶりは、今年の五月に入隊希望してきた隊員とは思えんな。ふふ、戦後に渡り歩いてきた数々の職種は伊達ではないということかな」
 苦笑しながらも、何かをブリーフボードの書類に書き込んでゆく。
「とりあえず、今回は君の要望を聞いてガードチームに残すことにする。ただし、チームの隊長は務めてもらう。君のその理想のガード像を、仲間に叩き込んでやってくれたまえ」
「はい」
「だが、EDFもそんなに人材が豊富というわけではないし、戦局も予断を許さない状況だ。君のような思慮深い人材を、いつまでもガードに残しておく気はない。まして、レンジャーになど……」
「え?」
「あ、いや。なんでもない。とにかく、今は与えられた職務をまず全うしたまえ。君が望むとおりにな」
 配属担当の言葉に深く頷いたガード71は立ち上がり、その場で敬礼をした。
「ありがとうございます。必ずご期待に沿える成果を残してご覧に入れます!」
 頷く配属担当に頭を下げ、そのまま踵を返して部屋を出てゆく。
 その影が扉のすりガラス窓からも消えた後――配属担当は、目を細めて書類を見やった。
 ガード71の身上調査票、その最下段の備考欄に、先ほど書き付けた文章が並んでいる。
「――覚悟しておきたまえ。時が来たら、君が行く先は……ストームチームだ」

地球防衛軍4SSシリーズ・レンジャーストーリー 「ストーリー1.駒関の守人」 おわり

ストーリー2へ続く


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