【一つ前に戻る】      【目次へ戻る】   【ホーム】



終章 TALK OF RAVENS

 アレックス=シェイディ記す。

 ……あれから四ヶ月がたった。
 刻一刻と変わる戦況の中で、行方不明になった一人のレイヴンズ・アーク所属オペレーターのことは、人々の記憶の片隅にも残っていないらしい。ま、そんなもんだろう。
 未だに、奴がしようとしていたことが成功したのか、失敗したのか、ナービス領には伝わってこない。
 アーク所属レイヴンに、明らかに『強化人間』と思われる奴はいまだにいるし、戦場でアザルタイプの無人機と出会ったこともない。
 まして第三企画局がどうなったかなど、俺の知るところではない。
(とはいうものの、気にはなっているので情報屋に調査させているが)
 ミラージュは今のところ、いつも通りに傲慢な振る舞いを改めてはいない。
 クレストは本社と現場が分裂しているようだ。
 キサラギは相変わらず怪しげな動きをみせている。
 ナービスは虫の息。
 O.A.E.は役立たずのままだ。
 つまり、押しなべて世の中何も変わっていない。

 俺は、ようやく17位になった。
 世間では、回避には優れているが攻撃面でムラのあるレイヴン、と評されているようだ。ほっとけ。

 ******

 ラルフ=ファエラ記す。

 計画は予定より少し遅れ気味。レイヴン・シュミレーターの方はすぐに完成したんだけど。名づけて、『ナイン・ブ(検閲削除)
 最大の問題は、ここがあまりに辺鄙な森の中にあるということ。
 もっとも、辺鄙なおかげで一切の邪魔が入らず、研究がはかどっているのでいいといえばいいんだけど……必要資材搬入にタイムラグがあるのが痛いなぁ。何とかならないだろうか。
 現在、ここには【はぐれ】、【稲妻】、【霧影】など五人のレイヴンが所属しているが、仕事自体はコーテックスから回してもらっている状況だ。まあ、この辺は【はぐれ】さん達の名前が効いているらしい。さすが伝説のレイヴン。
 もっとも、向こうではコーテックスのルスカ支部、という認識らしい。いいけどね。今は。
 そういえば、アレックスがランク17位に上がったと聞いた。微妙な位置だ。よく頑張ってると褒めていいのか、まだそんなものかとけなしていいものか。
 もう彼との接点はないのだが、やはり気になる。私の担当したレイヴンの中で、一番手のかかった彼。
 なるほど、手のかかる子ほど可愛い、とはこういう気持ちのことを言うのだろうか。
 『可愛い』という形容詞からは10万光年ほど離れていそうな男だったけど。

 ……これは誰にも話していないんだけど。
 多分、この組織が暴走した時、どういう形であれ、止めてくれるのはアレックスのような気がする。
 だから、彼はここを離れた。組織に取り込まれないために。
 そんな見方は穿ちすぎだろうか。

 ******

 ラシュタル・G・ナインソード記す。

 計画は順調に進行中。
 かつての上司、ローランド元中佐との接触にも成功。元【軍】所属の『強化人間』六名が、ここルスカに集まっている。
 いずれも、人間に戻れるという希望に魅せられている。彼らに絶望を味合わせぬよう、この命をかけよう。頼むぞ、ラルフ=ファエラ。

 第三企画局については、今のところ動きをつかめない。
 何度か【はぐれ】達とともにナービス領へ遠征したが、アザルタイプの無人機が動いている気配はない。どうなっているのか……。
 聞いた話では、ミラージュはレイヴンズ・アークにちょっかいを出して逆に基地を一つ壊されたとか。
 また、レイヴンズ・アークに潜り込んでいた隠れ専属と買収幹部も追放されたとか。
 こちらに関わっている暇はないということなのだろうか。自由に動けない身がもどかしい。
 いずれにせよ、いつか決着はつける。今は、ひたすら牙と爪を研ぐだけだ。

 最近、シェリスとよく話す。
 彼女はナービス領へ戻りたがっているようでもある。いや、ただ懐かしんでいるだけか?
 その辺の女性の感情の機微がわからないのが、私の悪いところだとエクレールさんにもからかわれた。ひょっとして私は世間で言う、鈍い奴なんだろうか。よくわからん。カレンがいれば、聞いてみるんだが。
 ともかく、責任感が強い彼女シェリスは、他の三人のまとめ役として日々頑張っている。そのため、私にしか愚痴をこぼせないようだ。
 もしこの身体が生身に戻れたら、一度ナービス領へ戻ろうと約束した。かなり喜んでいた。
 そうだな。カレンとエリックの墓にもお参りしなくては。
 そうそう、アレックスに会いに行けば、彼は驚くだろうか。
 彼が――そうだ。彼が、より強くなっていることを望む。戦場で背中を任せられるぐらいに。彼はそこまでいける男だ。
 アレックス=シェイディ。いつか、借りは返す。待っていてくれ。

 ******

 【はぐれ】記す。

 ラルフ=ファエラに今のところ暴走の兆しなし。
 ミラージュ第三企画局捕虜四人組にも、逃走の兆しなし。こちらは少し意外ではある。
 ラシュタル以下、計七名の『強化人間』はやや浮かれ気味の気配はあるが、こちらの指示に素直に従う。ただ、やはり『強化人間』の機能に頼りがちで動きが画一的である点の修正は難しいようだ。生身に戻った時が思いやられる。
 かつてのミラージュMT乗り達は、なんたらブレイカーとかいうラルフが開発したACシュミレーターで腕を磨いている。いずれ、彼らにもACを提供しなければならない。そろそろスポンサーを本格的に探す頃合だろう。
 現在、ここはフォグシャドウ、エクレールを揃えた陣容だが、仕事がない。情報の入手も難しい。これは早急に手を打つべき問題だ。
 ここをラシュタルとラルフに任せるという手を考えているが……まだ早い。少なくとも、ラシュタルが真のリーダーとして過去と決別する必要がある。
 ラシュタルが連れてきた【軍】のローランド元中佐は人格的に信用していいと判断するが、【軍】の考え方が染みついている。レイヴンを采配するには力不足だ。
 ここを拠点にナービス領へも手を広げる予定だったが、その実現にはまだもう少し時間がかかりそうだ。
 ……ったく、当分引退は無理だな。やれやれ。

 追記。
 いずれ、ここは世界の動きの中心となる。そんな確信がある。
 ラルフ=ファエラの物言いになぞらえて言えば、進化の原点、もしくは革命の発火点。
 だが、私にはその先の世界が見えない。これが年を取ると言うことなのかもしれない、と最近思う。エクレールには笑われたが。
 どちらにしろ、世代交代の時期にきているのは確かだ。……簡単に譲り渡すつもりはないが。
 願わくば、彼らの戦いが私の息子や娘に平穏を与えんことを。

 ******

 メール着信。

『依頼主:不明
 依頼内容概要:秘密施設殲滅
 契約金 :××××××
 成功報酬:××××××
 作戦領域:ナービス領内ヌクレオ地区山岳地帯
 依頼内容詳細:以前調査を依頼された、ミラージュの秘密施設の場所が
判明した。場所はナービス残党が立てこもっているヌクレオ地区の採掘場
に程近い山岳地だ。
 近づくと、物凄いECMが常時働いているので逆にわかりやすいだろう。
 残念ながら、警備状況などはさすがにわからなかったが、聞いた話では
警備は全て無人化されているとのことだ。
 とにかく、予想より規模の大きな施設らしい。もし行くのなら、充分気をつ
けたまえ。
 最後に。最近、命の危険を感じている。悪いがこれ以上は力になれない。
 君が私に預けたクレジットは、事前の約束通り、情報料を差し引いた上で、
契約金と成功報酬という形で返す。君がこの情報を元に何をするにせよ、
もう私とは無関係だ。このメールも読んだら即座に削除してくれ。
 ではな。』

 メールは即刻削除された。削除済みフォルダも空にしてしまう。
 ついで、メール作成画面が呼び出された。
 指がキーボードを激しく叩く。

『送信者:A.S
 表題:来い
 用件:奴らのねぐらを見つけた。潰すぞ。
 場所はナービス領内ヌクレオ地区山岳地帯。目印は高出力のECM。
 来るなら来い。俺は行く』

 メールは直ちに送信された。
 メールブラウザを終了させ、男はチェアの背もたれにかけていたジャケットをつかみ上げた。
「ナタリー、出撃するぞ。ゴミ掃除だ。『ペイル・ホース』のB装備。準備しろ」
「了解。……本当によろしいんですね?」
 怜悧な印象の女性オペレーターの問いに、立ち止まった男は頬の逆十字を歪ませた。
「ふん、レイヴンの未来なんぞ知ったことじゃないが……おまんまの食い上げはごめんだ。やられる前にやってやる」
「敵が敵です。気をつけてください。レイヴン」
「おうよ」
 応えて拳を握り、レイヴンは靴音も荒く部屋を出て行った。


REVOLUTION:EVOLUTION 完


     【目次へ戻る】   【ホーム】

最後の部分別バージョン