【一つ前に戻る】      【目次へ戻る】   【ホーム】



11 Carnival Of Predators (2)

「ちいぃっ!」
 ラシュタルは舌打ちをして、マルチブースターREMORAを発動した。
 高速機動型のMTが放ったエネルギーグレネードが、それまで『九剣絶刀』のいた場所で炸裂する。
 敵の機動を読んで銃口をそちらへ向ける――だが、ロックオンゲージが追いきれない。
「くそ、ちょこまかと……MTのくせにいい腕だ!」
 視界をよぎってゆくのは2輪型の高速機動型MT。この夜闇と雨と森の中、縦横無尽に走り回って攻撃を仕掛けてくるのは、MTの性能以上にパイロットの腕によるものだろう。
 動き自体は網膜モニターの3Dマップで把握しているが、反撃に転じる隙がない。残りAPが低く、一撃すら受けるわけにはいかないため、どうしても回避に重きを置かざるをえない。
 こういう場合は距離を置くのが定石だが、あの機動性と速度では、引き離すことも難しそうだ。
 じりじりと自ら定めたタイムリミットに近づいてゆく。
「く……『強化人間』を、舐めるなよ」
 自分で攻撃できなくとも、方法はある。
 MTの動きを睨むラシュタルの眼が、鋭い光を放った。

 ******

 『ラファール』の眼前に迫る十三機目のMT。
「十三機目!!」
 だが、突然警報とともに、メインモニターの画像が大きくずり上がった。
 同時に下から突き上げる衝撃。
 シートベルトで固定しておきながら、なおシートから尻が浮き上がるほどの衝撃に、【稲妻】は思わず苦鳴を漏らした。
「ぐぅっ……な、なに!?」
『右膝部緩衝装置破損、アクチュエーター破損……』
 コンピューターが状況を読み上げてゆく。
「馬鹿、何で今!! 目の前に敵が――」
 メインカメラを前方に向けさせると、MTが射突型ブレードを振りかぶっていた。
 その切っ先がやけにスローな動きで迫り来るのを、【稲妻】はなすすべなく見ていた。

 ******

「主任! MT十五機目撃破されました! 残りは第2班と第3班の六機のみ! アザル達はあのKARASAWA装備ACに手こずっており、MT部隊の援護に回せません!」
「アザル二機がかりで墜とせない!? 一体何なの、あのACは!? ACがあんな動きが出来るものなの!?」
 サトウの愚にもつかない喚き声が響き渡る。
 不意に、索敵席に着く分析担当から声が上がった。
「主任! 新たな敵機が……三機出現!」
 さあっとサトウの表情が蒼ざめた。
「ま……まだ三機増えるっていうの!?」
「いえ、それが……接近してくるのは一機のみ、他の二機は、理由はわかりませんが等間隔で待機……とにかく、一機は確実に来ます!」
 サトウは呆然と立ち尽くしていた。
「い……一体奴らはどれだけの戦力を……何なの、ここは……何で、何でこんなことになるのよぉ!!」

 ******

 ラシュタルの計算通り、『九剣絶刀』は高速MTに前後を挟まれた。
 予想通りに、後方のMTがグレネードを放ってくる。
 決めていた通りに、マルチブースターREMORAとブーストダッシュを組み合わせてその攻撃を躱すラシュタル。
 予定通りに、躱されたグレネードは前方にいたMTに命中した。
 MT一機撃墜。そして、撃った側のMTの機動が微妙にぶれる。
 その動揺が欲しかったのだ。
 『強化人間』特有の旋回性能で振り向いた『九剣絶刀』の、両腕の軽量マシンガン・SYLPHの銃口が火を吹く――十数発の銃弾をまともに浴びて、そのMTも火を吹いた。
 残る一機が突進してくる。
 『九剣絶刀』は、エネルギーグレネードを垂直に跳んで躱した。
(この機体でも出来るか!? いや、やる!)
 跳びながら機体をひねり、脚の一本を伸ばして傍の大木の幹を蹴る。
 天地がひっくり返り、眼下を走り抜けてゆくMTの姿をロックオンゲージが捉える――
 MTが反転しようとした刹那、デュアルミサイル・SPARTOIと左の軽量マシンガン・SYLPHの弾丸が襲い掛かり、最後の一機も擱坐した。

 ******

 これまでと比べ物にならない衝撃が、軽量二脚の機体を突き抜けた。
 二重、三重の警報音が鳴り響く。もはや何がどう悪いのか、判別することすら難しい。
「く……『ラファール』、もう少し、もう少しだけ――」
 さらに凄まじい衝撃が背後から突き抜けた。
 シートベルトの止め具が弾け飛び、左の腿を打つ。叫ぶ間もなく、額からメインモニターに突っ込んだ【稲妻】は、声すら立てずにメインコンソールの上に崩れ落ちた。
 メインモニターはいびつに歪み、あちこちが潰れて表示不能になっている。加えてぶつけた拍子についた血飛沫が、モニターとしての機能をほぼ完全に奪い去っていた。
『射突型ブレードによりダメージ累積、緩衝機構ほぼ停止。危険です、機体運用の停止をお奨めします』
 緊張感の欠片もないコンピューターの声。嗅ぎ慣れた、きな臭い匂い。どこかで弾けている火花の音。左足が熱い。
「あ、ぐ……」
 動けない。いや、意識が飛びかけて、どう動けばいいのかわからない。ただ、死が近いことだけがわかる。
『次に同様の攻撃を受けた場合、APがなくなるだけでなくコアの構造体の防御能力も超えることは確実です。速やかなる退避を――……』
 警報に重なって、通信機から敵のものと思しき声が聞こえてくる。
『や、やったぞ! AC一機撃破だ!』
『馬鹿野郎、まだ完全に止まってねえぞ! さっさととどめを――』
(ああ……ここが…………私の……)

 ******

「――エクレール!?」
 戦場の異変を感じ取った【はぐれ】の表情が曇る。
「ちいぃ、遊んでいる場合ではないなっ!」
 珍しく焦りの言葉を吐く。
 途端にACの機動が変わった。鋭く、早く。
 木から木へ幹を蹴って、空へと駆け上がり、あっという間にアザル3の頭上に飛び出す。
『――貴様!?』
 ACにはありえない予測外の機動に、アザル3の動きが鈍る。
 【はぐれ】の機体は、寸分たがわずその両肩に乗ってみせた。
 急な重量の増加に、さしもの強化機体も耐え切れず、地面へと墜ちる。
『……何だ、この機動は!? 貴様、本当に人間か』
「人間だからこそ出来る業だ。貴様らには出来まい」
 【はぐれ】はKARASAWAの集中砲火を浴びせながら、一旦アザル3から離れた。
「コンピューター、背部ミサイルの安全装置解除だ」
 離れながら背部のミサイルランチャーをパージし、それを器用に足先で蹴り上げて拾う。
「人間はな、こういう万分の一の可能性をも考慮に入れて、腕を磨く。初めから限界の決まっている貴様らプログラムには、永遠にたどり着けない境地だ。いや、それよりも大事なのは――」
 速射エネルギーキャノン・LAMIAの輝きが、【はぐれ】の機体の装甲で弾けた。
 レーダー上、アザル4とおぼしき光点が背後に回り込んでいる。アザル3も、バズーカを撃ちながら回り込もうとしている。
『そんな曲芸など必要ない。我らは勝つ』
 次々放たれる光弾と分裂弾を、まるで全方位に目があるかのように躱してゆく。
「人間様と貴様らでは、決定的な差がある。それは――想像力だ」
『何をしようと無駄だ。二次元機動は、三次元機動より予測が容易だ。いかなる動きでも予測し、追従し――』
 【はぐれ】は、アザル3に向けてダッシュをかけた。絶好のタイミングに、アザル3はMOONLIGHTを振りかぶる。
 アザル3のブレードダッシュに合わせ、ターンブースターと肩入れを利用してあっさり背後を取る【はぐれ】。だが――
『予想通りだ』
 既にアザル4が【はぐれ】の背後に回りこんでいた。
「それはこっちのセリフだ」
 【はぐれ】は構わず、左手に持たせていたミサイルランチャーをアザル3の背中に投げつけた。
 同時に猛然とバックした。背後に回りこんでいたアザル4に機体をぶつけながら、KARASAWAを撃つ。
『なに?』
 異物をぶつけられ、予想外の負荷変化にアザル3のブースターが止まる。
 その瞬間、放たれた蒼光はミサイルランチャーを直撃し、小型ミサイル数十本分の大爆発を引き起こした。さらにアザル3が背負っていた両肩垂直ミサイル・CENTAURにも誘爆し――
 アザル3は墜ちた。断末魔の悲鳴もなく。たった一撃で。
 アザル4がレーザーブレード・MOONLIGHTを振り回す。
『馬鹿な。何だ、この戦術は……こんなことはありえない』
「人間はありえないことを想像し、それを実現すべく学習と修練を重ねる。だが、貴様らにはそのスタート地点、不可能を可能にするなどという発想は出来まい。それが、限界だ」
 【はぐれ】はMOONLIGHTの切っ先を巧みに躱しつつ、まったく驕り昂ぶりのない口調で宣言した。
「次は貴様だ」

 ******

「……させるかあっ!!」
 二つの声が見事に重なった。
 一人はラシュタル。
 軽量マシンガン・SYLPHを乱射しながら突っ込んできた『九剣絶刀』は、今しも『ラファール』の背後から射突型ブレードを突き立てようとしていたMTを爆破炎上、擱坐させた。
 もう一人はアレックス。
 猛然と飛び込んできた『ペイル・ホース』は、MTをレーザーブレード・ELF2で切り裂きながら『ラファール』との間に機体をねじ込み、『ラファール』が受けるはずの射突ブレードをその身に受けた。
 残りAPが少なかったせいか、それともたまたま装甲の薄い脇腹に受けたせいか、ブレードの先端がコアを抉り、反対側の肩口から突き出ていた。
 体中から火を吹いてがっくりと擱坐する『ペイル・ホース』とMT。
 そして、実はもう一機。
 いきなり現われた何の武装も持たないカスタムACが一機、『ペイル・ホース』と同じように『ラファール』の盾となってその身にブレードを受けていた。

 ******

 『ペイル・ホース』のコクピット。
 けたたましい警報の中、コンピューターがミッションの中止を告げている。
 きな臭い匂いが立ち込め、あちこちで火花散るコクピットで、アレックスは通信回線を開いた。
「……悪ぃ、【はぐれ】……墜ちちまった。けど、【稲妻】は守ったぜ。……聞こえてるかどうかわかんねーけど……今、34.7だ」
『メインシステム、ダウン。オーバーダメージが安全値を越えています。パイロットの退避を勧告――……』
 ぶつん、という音とともにメインモニター、通信回線、警報音……全ての動きが落ちた。
 コクピットは暗闇と静寂の帳に包まれた。

 ******

『放せっ……くそっ、こいつっ!!』
『……【稲妻】さん、生きてますかっ!!』
 しきりに喚くだみ声に混じって、男とも女ともつかない声が回線から飛び込んできた。
 その声に、【稲妻】はふと我に返った。
「その……声…………ラル……フ……?」
『そうです! ああよかった、間に合ったようですね』
『ちくしょう、放しやがれっ、こいつっ、一体……』
「わた……し、生きて…………る……?」
 意識が定まらない。足が、額が、肩が、背中が、お腹が、痛い。身体中で痛みが脈打っている。
『生きてます! まだ、動けますか!? 操縦桿は握れますか!?』
 ラルフの声に、ぼんやりと自分の体勢を確認する。
 私は今……コンソールに突っ伏している……?
 左手は……目の前にある。右手は……?
 まだ、握っている。操縦桿を、握っている。
『握れるなら、あと一撃、あと一撃だけ、放って下さい!』
『くそったれ、この野郎っ!!』
(あと、一撃……? なんの……はなし……?)
 朦朧とした意識の中で、ラルフの声を反芻する。
『この機体、遠隔操作でそこまで持っていったのはいいんですが、武装がないんです! こちらでMTを抑えている間に、とどめを!』
 気力を振り絞って、首をもたげる。周囲はほとんど真っ暗だった。メインモニターはひしゃげているのと、視界がはっきりしないのとで役に立たない。
「……ごめん……モニターがやられて……見えない……の……」
『大丈夫! 私を信頼してください! トリガーに指をかけて! ……撃ってーーっ!!!!』
 見えない手に後押しされるように、右手の人差し指に力が宿った。
 トリガーを引く――その瞬間、身体ごと後ろへ引っこ抜くような制動がかかった。
『ひ、まだこいつ……や、やめ……――』
 何かにぶつかる衝撃とともに、背中をシートでしたたかぶつけ、【稲妻】の意識は闇に落ちた。

 ******

 『九剣絶刀』のコクピット。
 ラシュタルは絶望に苛まれていた。
 急に出現した第三のカスタムACも目に入っていなかった。
 『ラファール』は無事だ。MT部隊最後の1機を、カスタム機ごと両断してみせた。
 だが『ペイル・ホース』は――左脇腹から突入したブレードの先端が、右の肩口から突き出している。これでは、中のパイロットは……
「アレックス! アレックス、無事かっ!! 何て無茶な真似を……」
 回線が開かない。
 あらゆる周波数で呼びかけても、返事はない。『ペイル・ホース』も動く気配はない。
「くっ……」
 ラシュタルの眼が暗く鈍い輝きを帯びた。
 機体が振り返る――指揮車を。
「サトウ……!!」
 『九剣絶刀』は再び、指揮車に向かって駆け出した。

 ******

「……確かに受け取ったぞ、アレックス」
 【はぐれ】は呟いた。
 ブースターペダルを踏みつけ、空へと舞い上がる。
 負けまいとするようにアザル4も舞い上がった。
『貴様は人間ではない――人間であってはならない』
 アザル4の背中からオービットキャノンが放たれた。
 【はぐれ】は機体を背中から自由落下させ、頭上に並ぶオービットキャノンを四機、KARASAWAで撃ち落した。
 着地寸前に体勢を戻し、撃ち落し損ねた二機が追ってきたところを体当たりで叩き落とす。
 続け様に、上空に占位したアザル4から、速射エネルギーキャノン・LAMIAの光弾が次々と撃ち下ろされた。
 その全てを、【はぐれ】はすいすいと躱してゆく。
『人間にしては、貴様の能力は高すぎる。『強化人間』でさえ、貴様のデータには及ばない』
「あんなものと一緒にするな。この力は、生き抜くために磨いた力だ。未来を切り拓くための力だ」
『我らも同じはずだ。我らはミラージュの未来を切り拓く力だ』
「貴様のは与えられた力だろうがっ!」
 【はぐれ】は空中のアザル4に向けて、KARASAWAを連射した。
 アザル4はそれを軽やかに躱してみせる。
『何を動揺した。攻撃が雑だぞ』
 それでも、【はぐれ】はKARASAWAを撃ち続ける。
「未来は人間のためにある。『強化人間』を含め、貴様ら機械は未来を切り拓きはしない。なぜなら、貴様らは道具にすぎないからだ。貴様らに出来るのは破壊と構築だけだ。真の創造をしえぬ貴様らに、未来を語る資格も拓く能力もない」
 虚しく空を裂くKARASAWAの光弾を吸い込んでいた黒雲に、一筋光が走った。
 【はぐれ】の目がわずかに細まる。
『お前たち人間の道具として生み出された我らが拓く未来は、人間の望んだ未来だ』
 撃ち下ろされた速射エネルギーキャノン・LAMIAの光弾が木々を吹き飛ばし、退避する【はぐれ】の機体を追う。
「そうかもしれんな」
 一通り躱し終わった後に流れる、寸刻の平穏――ふっと【はぐれ】は息を吐いた。
「だが、その未来を望まないのも、また人間だ」
『矛盾している』
「そうとも。それも人間の業だ……真の空を取り戻し、強大な試練を乗り越えてもなお、人間は意志を一つに出来ない。だから争い続ける。しなくてもいいことをし続ける。これを業といわずして、何と言う」
『意味不明だ』
「理解しなくていい」
 急な切り返しから――再び樹を蹴って上空へと駆け上がる。
『二度も同じ手は――』
 肩に乗られることを警戒し、レーザーライフル・SHADEを撃ちながら後方へと退がるアザル4。
 何発か受けながらも、【はぐれ】は機体各所の姿勢制御ジャイロを巧みに操って、空中で器用に逆様になり、足の裏をアザル4に向けた。
「誰が同じ手だと言った」
 後退するアザル4のコアに、下から【はぐれ】のACの飛び蹴りが入った。
 人間なら予想できたかもしれない。だが、そうした攻撃パターンを知らないアザルには、躱しようがなかった。
 衝撃を受け、アザル4のブースターが止まる。
 落下するその機体と体を入れ替え、【はぐれ】がその腹に乗った。
『――貴様っ』
 墜落した二機の周囲に、泥が舞い上がる。
 【はぐれ】の機体を受け止めたアザル4のコアには、深いくぼみと亀裂が入っていた。
 アザル4の腰に片足を乗せ、KARASAWAを突きつける【はぐれ】。
 下からレーザーライフル・SHADEを突きつけるアザル4。
『……貴様は何者だ』
 アザルがその態勢のまま、聞いてきた。
『貴様は何かが違う。他のレイヴンとも、ミラージュの人間とも。貴様は何者だ。何を知っている』
「……………………」
 奇妙な沈黙が流れた。
 頭上で不気味な唸りが鳴り響いている。だが、叩きつける雨の勢いは、もう大分弱まっている。
「……聞いて、どうする? それこそ、戦闘に係わりのないことだ」
『貴様の異常な戦闘能力の秘密は、貴様の経験にあるはずだ。貴様が何者かわかれば、貴様のその強さの秘密も類推可能だ』
「この期に及んで、まだ強くなりたいのか」
『それが存在理由だ』
「実に、哀れだな」
 再び、沈黙が流れた。
 レーダーサイトに映っている敵影は、もはや目の前のアザル4と、指揮車のものだけになっている。
 味方の機影も二機しか映っていないが。
「……レイブンコード0824−FK3203を検索してみろ」
 数秒の沈黙が流れた。
『……………………何だこれは…………これは……貴様が……【管理者】と【IBIS】を』
「ほう、そこまで検索できるのか。ミラージュでも、トップシークレットのはずだがな」
『貴様は……何をするつもりだ。世界すら変えたその力で、何を』
「別に。何も」
 頭上で雷轟が唸りをあげる。
「私が、私に課した役目は、【思い】を次代に伝えることだけだ」
『オモイ?』
「地表を追われた人に再び空を、という【思い】……空を見ることなく滅びてしまった者達の【思い】……その【思い】を守り、次代に伝える。言葉やデータのような記号ではなく、行為でな。そのための適切な受け手も選ばねばならない。そう、かつて【管理者】と【IBIS】が私を選んだように」
『実に、非効率的で不確実な情報伝達法だ』
「そう断じてしまう、それも機械の限界だ。だから、私は機械を選ばない。彼らも選ばなかった。……これでわかっただろう。いくらデータを集めても、道具は人間を超えられん。たとえ命を奪えても、続いてゆく【思い】までは奪えない」
『……まだだ。貴様をここで殺してしまえば――』
 突然、アザル4の下で爆発が起きた。爆発で浮き上がった機体と地面の隙間から、オービットキャノンが一機、飛び出してきた。
 【はぐれ】の意識がそちらへ向いた刹那、アザル4のレーザーライフル・SHADEが放たれた。
 【はぐれ】は一発目を受け、二発目を躱した。そのまま、大袈裟なほどブースターを噴かし、後方へと一目散に退がってゆく。
 アザル4は立ち上がりながら、勝ち誇ったように言った。
『くく、今のは貴様の行動パターンから得たやり方だ。一見無用の行動で注意を引きつけ――』
 アザル4の声はそこで途絶えた。
 激しい雷撃がレーザーライフル・SHADEの弾跡を伝ってアザル4に直撃していた。
 何度か落雷を受けた白い機体は、そのまま擱坐し、二度と動くことはなかった。

 ******

「どういうことだ……どういう、ことだぁっ!!」
 外部スピーカーを通して放たれたラシュタルの怒声が、指揮車の装甲をびりびりと震わせる。
 フロントガラスから覗き込んだ指揮車コクピットに、サトウの姿はなかった。
 女オペレーターが二人、それぞれ負傷したらしきオペレーターを抱き上げて、床に座り込んでいる。
 怖くてしがみついているのか、守ろうとしているのか。だが、そんなことはラシュタルの知ったことではなかった。
「おい、聞こえているだろう! 奴はどこへ消えたっ! 隠すなら――」
 腕を振り上げる。
『しゅ、主任は――逃げましたっ!!』
 オペレーターの片割れ――拡大画像では胸のプレートに『戦闘補佐』と銘打たれた女の涙声が、公用通信で返ってきた。
「逃げた!? お前たちを置いてかっ!? どこへだっ!!」
 二人は首を横に振った。
『知りません。気がついたら外へ……本当です! わ、私達は降伏します、命だけは……お願い、何でもしますから……この二人の手当ても……おね、お願い……』
 白い布を振って、必死にアピールしている。
「ええいっ、この――」
 苛立ちに任せて振り上げた腕を、途中で止める。
 否、誰かに止められた気がした――それが、ナインソード家の誇りか? と。
 そう耳の奥に囁いた声は、誰のものか、わからない。だが、ラシュタルの頭に上っていた血を、一瞬にして冷ましてくれた。
「ちぃ……あの女狐め」
 ラシュタルは機体を翻すと、脇目もふらず森へと飛び込んでいった。


【次へ】
     【目次へ戻る】   【ホーム】