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11 Carnival Of Predators

 オーバードブースト機動中でも、女豹の眼差しは瞬時に三機の武装構成を読み取った。
 両肩垂直ミサイルと分裂バズーカ――除外。
 オービットキャノン、速射Eキャノンにレーザーライフル――後回し。
 リニアキャノン、実弾スナイパーライフル、そしてロケット砲――ECM影響下では最大の戦力。最優先排除。
 左右に揺れ動いていたロケット砲のガイドマーカーが、ぴたりと獲物を狙いすます。
 オーバードブーストと叩きつける雨音のシンフォニーに紛れ、トリガーが微かな音を立てた。

 ******

 頭部にロケット弾を食らったアザル5が大きくのけぞる。その手から『九剣絶刀』の右腕が離れる。
 アザル5が体勢を立て直すほんの数瞬。その隙に、『ラファール』は懐を取っていた。
 両腕が夜闇に紅の輝きを撒き散らす。雨滴が蒸気となって、斬撃の軌道を彩った。
 なすすべなくさらに後方へ跳ね飛ばされた白の機体に、すかさず追い撃ちがかかる。
 右、左、右、左とリズミカルに着弾するロケット弾。不恰好に踊るアザル5。
 止めとばかりに放たれた赤いエネルギー光波が弾けたところで、ようやくサトウの悲鳴じみた命令が響き渡った。
『アザル! そのACを迎撃、排除なさいっ!』
 号令一下、アザル達は襲撃者を迎え撃つため、『九剣絶刀』を放り出した。
 アザル3とアザル4が、それぞれにブレード・MOONLIGHTを振り回す。
 全く連携の取れていないその攻撃を、『ラファール』は軽量機体らしい速度で躱し、大きく跳び退った。
『逃さん』
 体勢を立て直したアザル5がオーバードブーストを発動した。機体各所から細かい火花を撒き散らしながら、『ラファール』に迫る。
 その時、再び雷が落ちた。
 天と地をつなぐエネルギーの奔流、闇夜を照らし出す一筋の輝き――その輝きを背に迫る新たなACのシルエット。カメラアイが不気味に光る。
 『ラファール』と入れ代わりに突入してきたそのACは、アザル5の突進を真正面から受け止めた。
 耳障りな金属同士の衝突音が響き渡った。
 急な制動に、お互いの装甲を濡らしていた雨滴が、ざあっとお互いへと降りかかる。
『貴様』
 呻きめいたアザル5の声。オーバードブーストで突進していた機体が、左手一本で止められていた。コアの先端をつかまれて。
 果たしてAIでも屈辱を感じるのだろうか。
『――この距離なら、雷も問題なかろう』
『何を――』
 アザル5のコア下部には、いつのまにか右腕武装の大型銃の銃口が押し当てられていた。
 三度目の稲妻が背後の大地を撃つ。
 同時に銃口から青い爆光が迸り、アザル5はチェーンの切れたサンドバッグのように、後方へ吹っ飛んだ。
 そこへ、入れ代わりに追いついたアザル3、4が斬り込んで来る。
 ACのカメラアイの残光が、闇に流れる。
 つんのめったように頭を低く下げ、アザル3の斬撃をかいくぐる。
 続けてアザル4の斬撃をブレードで弾き、体勢を崩した隙に一息で間合いを詰め、銃口をそのコアに押しつける。
『脇が甘いぞ、人形』
 次の瞬間、銃口とコアの間に蒼光が溢れた。機体を『く』の字に折って吹っ飛ぶアザル4。
 熱をもった大型の銃――KARASAWAから蒸気が立ち昇る。
 向き直ったアザル3と、かろうじて転倒をこらえたアザル4に挟まれたAC――その三機の頭上を、『ラファール』が飛び越えていった。
 標的は、アザル5。
 ロケット弾で踊らせ、着地寸前の空中デュアルブレード二連斬。アザル5は擱坐した。

 ******

「ア、アザル5、擱坐! 信じられません……スコアタイム30秒を切っています!」
 戦闘補助担当オペレーターの声が上ずる。
「3……!? ふざけないで! そんなことありえないわっ! アザルは最強なのよ!? 『強化人間』数十人分の戦闘経験を持っているのよ!!」
「しかし、現実に……!」
 突然の乱入劇に、指揮車は混乱に陥っていた。
「くうぅぅぅっ……――索敵っ! 索敵は何をしていたのっ!! なぜ敵の接近に気づ――」
 通信・索敵担当席を睨みやったサトウは、はっとして口をつぐんだ。
 担当オペレーターは、コンソール上に突っ伏したまま、動かない。
 きりり、と歯が軋んだ。
「く……役に立たないったら! 分析! 代わりに通信・索敵をっ!」
「え、でも敵の分析が……」
「寝ぼけているのっ!? 状況把握が先よ!」
「は、はいっ!」
 慌てて自席を立った分析担当オペレーターは、ぐったりして動かない通信・索敵担当オペレーターを抱き起こした。
 その表情が青ざめる。
「……!!」
 レーダーモニターとコンソール上は、べっとり血に濡れていた。オペレーターの口元から頬、顎、胸元までも広がっている。
 生死は不明だが、ひとまずシートにもたれかけさせ、コンソールと画面を手と袖でぬぐう。
 血糊の下から現われたレーダーモニターに輝く数多の光点――一瞬、分析の表情が強張った。だが、すぐに愁眉が開く。
「主任! 来ました! MT部隊です!!」
 喜色の混じった分析担当オペレーターの報告に、サトウもしかめっ面を緩めた。
 前のめりになっていた姿勢を伸ばし、背もたれに背を預ける。ざっと髪をかき上げ、脚を組む。
「ようやく腰抜け部隊のお出まし? はっ、遅いわよ」
「主任、MT部隊から要請です。ECMの影響が出て、敵機の補足が出来ないと」
 分析オペレーターの報告に、サトウはすぐもう一人のオペレーターを見やった。
 戦闘補助担当は即座に頷いた。
「妥当です。ECMを解除した方が、アザルも充分に火力を発揮できます!」
「よろしい。では、ECMを解除。でも、アザルは退がらせて指揮車の直掩に当てなさい」
「了解」
 戦闘補助担当の指が軽やかにキーボード上を走る。
 サトウは満足げに頷き、脚を組み直した。
「分析、じゃなくて通信! MT部隊に通達! 動く物全てを殲滅するのよ!!」
 たちまち、MT部隊による一斉無差別射撃の弾雨が、指揮車をかすめるようにして飛び始めた。

 ******

 地鳴りじみた一斉砲撃が、大地を震撼させる。
 続けて集中豪雨のように着弾する。
 【はぐれ】と【稲妻】は危険を察知しさっと退いた。
 アザル3、4も指揮車の直衛につくべく、後退してゆく。
 大きく跳び退りながら【稲妻】は、口笛を鳴らした。
「まさに弾幕ねー。旧基幹要塞制圧ミッションを思い出すわ」
『この距離と数では少々分が悪いな。ECMも切られたし……』
 【はぐれ】の素っ気ない声に、【稲妻】の唇が少しとがる。
 レーダーを確認すると、敵はほぼ横一列、三機づつ固まって進撃してきていた。
「囲まれると厄介ね。……ところで、このミッションの目的は? 敵殲滅? 指揮車撃破? それとも……」
『これまでと一緒だ。殲滅する』
 一片の情も感じられないその響きに頷く。少し緩みかけていた目つきが、たちまち女豹のそれに戻った。
「了解。じゃあ、敵の側面から回りこむわ。陽動お願い」
『――待て。後方から……アレックスか。丁度いい。陽動は奴に任せよう。行け』
「ほっといても注目集めてくれそうだものねぇ、彼」
 くすっと笑って、【稲妻】はブースターペダルを踏んだ。

 ******

 それは、唐突に飛来した。
 夜目には巨大な岩のような塊が、いくつか被弾しながら作戦指揮車に激突した。
 衝撃で揺れる司令室に悲鳴が交錯し、唐突に目の前に転がったその巨大な物体に、アザル達の銃口が向けられる。
 指揮車背後の森から姿を現わしたMT部隊も、思わず手と足を止めていた。
 夜空に一筋、白光が走り、その正体が照らし出された。

 ******

「ミ、ミラージュ……シルエット!?」
 顔を上げた分析担当オペレーターが、上ずった声で呟いた。
 確かにそれは、コアと頭部パーツだけの『ミラージュシルエット』だった。コアの背部に、内側から弾けた竹のような有様のカルテットレーザーキャノンCHIMERAのなれの果てを背負っている。
「アザル……2!? うそ!! なぜ!?」
 サトウの悲鳴じみた声――それをかき消すような声があがった。
『しょせんはオモチャだってことだよ、サトウ!』
 公用通信で高らかに叫びながら、森から姿を現わしたのは『ペイル・ホース』。
 当然のように倒れ伏す『九剣絶刀』をかばう位置に立った。
 パクパクと金魚のように口を開け閉めするサトウ。
「ま、ま、まさか、あのクズレイヴンがっ!? うそよ! そんなはずはないわっ!」
 だが、もはや物言わぬ塊と化した『ミラージュシルエット』(アザル2)は厳として、そこに存在している。
「何で……何であなたごときクズが、わたくしのアザルをっ! きぃぃぃぃぃぃっっっ!! 一体何をしたの!?」
 ヒステリー全開で叫び、指揮官席のアームレストを爪が食い込むほど握り締める。
『てめーには礼を言っとくぜ、サトウ』
「……礼、ですって?」
 この場にそぐわぬ単語に、思わずサトウは聞き返していた。

 ******

 アレックスの声が、通信機から流れてくる。
『五日前、敗北した俺はアザルを妬んだ。人の限界を超えたその力が羨ましかった。欲しかった。だから、折りあらばミラージュに投降して、『強化人間』にでもしてもらおうか、などと考えていた』
(彼は……何を言うつもりだ?)
 ラシュタルは、ようやく指先に正常な感覚が戻ってきたのを感じながら、聞いていた。
 【はぐれ】と【稲妻】の乱入にも驚いたが、アレックスの告白自体もかなり衝撃的だ。
(よもや、この場で投降……いや、そんなはずは)
『――だが、再戦してよくわかった。そんなものは幻想だった。『強化人間』も、無人ACも、本物のレイヴンには勝てない。戦闘経験というデータをいくら集めても、反応速度をいくら上げても、操縦技術がいくら精確になっても、その程度では埋めきれない溝がある。それが、わかった』
『はぁ?』
 小馬鹿にしきった声のあと、ふ、とサトウの鼻笑いが聞こえた。
『やっぱり、クズはクズね。しかも、夢見るクズ。最悪だわ。気持ち悪いったら』
『………………』
『弱い奴ほどそう言うのよ。意地だ、信念だ、守るためだ……挙句、科学的根拠を否定する。でもね、クズのあなたにもわかるように教えてあげるわ。よおく、お聞きなさい』
 女教師が覚えの悪い生徒に噛んで含めるような、猫なで声。
『石を投げれば、いつか地面に落ちる。それが現実。何者であろうと物理法則は覆せないわ。アザルは『強化人間』ども数十名分の戦闘経験を持ち、人間より早く精確に反応し、機動できる。戦場では、それが全て。それが現実。精神論など、不要だわ』
『そこに転がるガラクタは、現実じゃないのか?』
 たちまち、異物を飲み込んだような声を出してサトウは黙り込んだ。
『確かに、俺などまだまだ本物を名のるにゃおこがましいクズレイヴンだ。だが、こんなクズ程度に捻られてるようじゃあ、その現実とやらも大したことはねえな。ええ? おい』
 からからと笑うアレックスの声に、高周波と聞き違えるようなサトウのヒステリー声が重なる。
 声を出さずに笑っていたラシュタルは、ふと重大な事実に気づいて表情を引き締めた。
(待てよ……そうだ。なぜ彼はアザルに勝てた? 技量、反応、先読み、戦術……どれをとっても勝ち目はなかったはずだ。しかし、彼は生きてここにいる。なぜだ? 何があった? 【はぐれ】たちが手を貸したのか? いや、そんな時間は……だったら、何が彼をアザルの上に押し上げた?)
『アザルが、私の作った最高傑作が、あなたなんかに負けるはずはないのよっ!! あなた! どんな卑怯な手を使ったの! そうでなくては――』
 真面目に考え込んでいたラシュタルは、思わず吹き出した。
 卑怯? 理屈で言いくるめようとしていたくせに、負けた言い訳がよりによって『卑怯』?
「……底が見えたな、サトウ」
『ナインソード!? あなた、まだ……』
 ぎょっとしたような声が耳に心地よい。力と意志が湧いてくる。
 痺れの取れた手で操縦桿を握り、機体を立ち上がらせにかかる。
 人工頭脳がネガティヴな情報を次々と囁き、今機体を動かすことの非を訴えている。だが、そのほとんどはラシュタルの意識に入ってこなかった。
 今大事なのは、情報ではない。意志だ。立ち上がれ。
 立て、『九剣絶刀』。俺の身体。我の意志を、その姿で示せ。
「戦場に卑怯もクソもあるか。彼が勝ち、アザルは敗れた。それだけのことだ。戦場では生き残った者だけが正しい。敗者に語る資格はない」
『く……死にぞこないの廃棄物までが、何をほざいているのかしらね。あなただって敗者でしょうに』
「ああ、そうとも。貴様らのおかげで、命以外の全てを失った。だが……まだだ。まだ、命が残っている」
『そうそう。人間、生きてりゃ何とかなるもんさ』
 『ペイル・ホース』が『九剣絶刀』の左肘を抱えるようにして、立ち上がらせる。
 お互い、各部から火花が散っている。
『生きてりゃいろいろある。不味い酒を美味いと言い、い〜い女をつれなくフって、雨降りでも傘を差さずに走る……よくあることだが、てめえら機械人形とそのママさんにゃあわからねーだろうな。何でそうなるのか』
『そんな不合理、わからないし、わかりたくもないし、わかる必要もない!!』
『そーかい。だけどな、そんな経験が勝敗を分ける時がある。数十人分の戦闘経験なんぞ飛び越してよ。生きるために、今この時までを、今この時に全てつぎ込む。だから面白え。油断できねえ。それが戦場だ。それがレイヴンだ。理屈だけじゃあ、ねえんだよ』
 ラシュタルは、不意に視界が開けたような気分を味わった。
 アレックスがアザル2に勝てたのは偶然なのかもしれない。だが、逆に考えればあれだけの実力差がありながら、偶然を味方につけさえすれば勝てるレベルまで押し上げたものがあったということだ。その正体が今、わかった。
「――つまり、【カニ】と【カニ味噌】か」
 その独り言を、揶揄されたと受け取ったサトウは、ヒステリックに喚き散らした。
『そんなものは、全てノイズにすぎないわっ! MT部隊! 何を呆けているのっ!! 早くこいつらの減らず口を永遠に封じなさいっ!!』
 思い出したように、MT部隊の射撃が再開される。
 『ペイル・ホース』と『九剣絶刀』は、さっと二手に分かれて弾幕を避けた。
「本当にわかってないようだな。そのノイズも含めて――」
『――”人生”っつーんだよ!!』

 ******

 障壁のように両勢力の間に爆発が起こり、凄まじい地響きが轟き渡る。
 MTといえども、7小隊21機による無差別一斉射撃は、なかなか壮観なものがある。侮りがたい。
「にゃろう、いい気になりやがって」
『アレックス、ラシュタル、退がれ』
 【はぐれ】の声にアレックスは気色ばんだ。
「何でだ! 俺だってまだ戦える!」
 言われなくとも、激しい弾幕に圧され、前へは進めないのだが、改めて退がれ、と命令されると腹が立つ。
 確かにAPは限りなく低いが、残弾もあるしブレードもある。この弾幕さえうまくかいくぐれば、墜ちるまでにMT1小隊は墜とせるはずだ。
『墜ちることを前提に戦うな。死期を早めるぞ』
 こちらの思考を読んだかのような指摘に、アレックスは一瞬呼吸が止まった。
「な――何で」
『ようやくレイヴンとしての自覚ができたようで、結構。だが、お前らはまだまだヒヨッコだ。戦場の渡り方を知らん』
「戦場の?」
『渡り方?』
 アレックスとラシュタルの声が重なる。
『一人で戦うだけが戦闘じゃないということだ。ミッションはもう始まっている。アレックス、マシンガンを『九剣絶刀』に渡せ』
「はぁ!?」
 アレックスは耳を疑った。
「どういう意味だ、そりゃあ!? 俺はもう戦うなとでも――」
『ああそうだ。退がっていろ。アザルを二機も墜とせば充分だ。それに、もうAPも残ってはいまい? 無理に前へ出ることはない』
「APが残ってないのはラシュタルだって同じだろう!!」
『基本的な実力が違う。それに、お前に墜ちられてはミッション上困るから言っている。時間がない。今は黙って従え』
 【はぐれ】は少し苛ついたような声を出した。
 敵の弾幕は前進を続け、こちらは少しづつ後退を余儀なくされているからだろうか。
「時間がないって、何が……」
 その時、不意に公用通信でサトウの声が響き渡った。
『左翼第10班!! どうしたの!? 応答しなさいっ!!』
 同時に、弾幕が途切れた。
 メインモニターの右上を見やると、SIREN4のレーダー表示から右手に展開していたMT3機の表示が消えるところだった。
「……何だ!?」
 【はぐれ】が叫んだ。
『――今だ!! 行くぞっ!!』
「ええい、ちくしょうめっ!! ほれ、受け取りやがれっ、ナインソード!!」
 アレックスは悪態をつきながらも、両腕を『九剣絶刀』に向けて武器パージボタンを押した。
 同時に『九剣絶刀』も無用の長物と化していた両腕の武器をパージし、器用に空中でマシンガンを受け取った。
『ありがたく借り受ける』
 ラシュタルの律儀な通信に、アレックスは吠えた。
「てめー、余計な遠慮するなよ! 全部ばら撒いて来やがれ!!」
『了解した』
 立ち尽くす『ペイル・ホース』を残し、【はぐれ】の機体と『九剣絶刀』が飛び込んでゆく。

 ******

 第10班班長の機体が突然、断末魔の悲鳴とともに火を吹いた。
 三機の中でも後方に陣取っていたため、残り二機が何事かと振り返る。
 MTの爆炎を背景に両肩から紫の光を放つACが、襲い掛かるところだった。
 何が起きたかわからぬまま、班員二名は直ちに隊長の後を追った。

 ******

『何だ? 紫色の光が……う、うわっ――』
『ダメだ、レーダーに映らな――』
『く、来るなっ来るなあぁぁぁっ!! ひいいいっ、あたらねえええ――』
 次々とMT部隊の悲鳴が沸きあがり、消えてゆく。
 レーダー上からも、味方の光点が次々と消えてゆく。
「じ、10班の反応消失!」
「何!? 何なの!? 索敵! 何がどうなってるの!?」
 サトウは苛ついた声を上げたが、索敵を担当している分析オペレーターは蒼ざめたまま首を振るしかなかった。
「わかりません! 姿の見えない敵勢力が横から襲ってきたとしか――」
「見えない? 幽霊じゃあるまいし!」
「戦術コンピューターの回答が出ました!」
 戦闘補佐の声にサトウが振り向く。
「敵はMEST−MX/CROWというパーツにより、ステルス状態を保持しているようです! 先ほどアザル5を墜としたデュアルブレード機体がエクステンションに装備! 索敵、そっちで確認できる!?」
「…………確かに、敵の反応が三つしかありません! 一機消えています! 一体いつの間に!?」
 サトウは指揮官席のアームレストを叩いた。
「消えていようがどうだろうが、関係ないわよ! さっさと墜としなさい!」
 戦闘補佐が叫ぶ。
「主任、アザルの投入を! 時間を稼いで、パーツの効果時間、発動回数を浪費させなければ、MT部隊は全滅します!」
「指揮車の守りはどうするの!?」
「左翼のMT部隊が全滅したら、それこそ左側はがら空きですよ!?」
 サトウが返答に窮した刹那、今度は索敵席に座る分析担当が叫んだ。
「――主任! 敵機二機、突入してきます! KARASAWA装備の中量二脚と、『九剣絶刀』です!」
 サトウは眼と歯を剥いた。
「次から次へと……この蛆虫どもぉっ!!」

 ******

 メインモニターにMTが三機。
 森の中から飛び出した『ラファール』は最後方の機体にロケット砲を叩き込み、デュアルブレードで切り裂いた。同時にオーバードブーストをかける。
 爆発し、擱坐したMTが膝を着く前に、瞬間オーバードブーストで『ラファール』は横へ飛んでいた。
 MTが旋回してくる――それが終わる前に、紅の閃光が二度闇を裂いた。
 手前のMTの陰で、射線が取れない残り一機に回り込みながらロケット弾を撃ち込む。
 第8班壊滅にかかった時間はわずか七秒――【稲妻】の目は次の獲物を捉えていた。

 ******

『ナインソード、敵の右翼MT部隊を任せる。機械人形は引き受けた』
 【はぐれ】の通信に、ラシュタルは驚いた。
「一人で奴らと!? 無茶だ! 掩護を――」
『必要ない』
 冷淡な一言ともに、【はぐれ】の機体が方向を変え、指揮車へ向かってゆく。アザルからの攻撃を、すり抜けるような機動。人間業とは思えない。
 わずかに逡巡していたラシュタルは、MT部隊へ機体を向けた。
「コンピューター、敵MT部隊制圧に必要な所要時間を割り出せ!」
――……二分十三秒。
「なら、一分で墜とす!」
 『九剣絶刀』は狂ったような勢いで、MT部隊に突っ込んでいった。

 ******

『アレックス、聞こえるか。SIREN4のファンクション14を呼び出せ。MAX値が35に近づいたら知らせろ』
 今しもアザル二機と交戦しようとしている【はぐれ】からの通信に、アレックスは顔をしかめた。
 しかし、言われたとおりに、背部レーダーSIREN4のファンクション14をサイドパネルに呼び出してみる。
「おい、コンピューター。SIREN4のファンクション14起動だ」
『了解、SIREN4・ファンクション14起動』
 サイドモニターに妙な3Dグラフが表示される。幾つもの山が盛り上がっているかのような不思議な図形。これまで使うどころか、存在すら知らなかった機能だ。これが何を意味しているのか、アレックスにはさっぱりわからない。
「何だこりゃ? おい、機能解説しろ」
『機体を中心とした周辺の電荷密度を測定しています。現在探知範囲内測定値MAX27.05、MIN15.26、平均20.26』
「電荷密度? って、何だ?」
 アレックスの問いに、【はぐれ】が応えた。
『電気エネルギーの蓄積量の目安だ。その値が一定の値を超えたら、放電が発生する。空気の絶縁値は……概ね35.5KV/cmだそうだ』
「つまり35ってのは……」
『この状況では、雷の発生する寸前の値と言うことだな』
「雷の発生を予測できるのか!?」
 思わずアレックスはメインパネルを叩いて身を乗り出していた。
『あくまで発生予測だそうだ。どこに落ちるかはわからない、とラルフ君は言っていたが……それで充分だ』
「……そうか、KARASAWAがあれば! ちくしょう、そんな手があったのかっ!」
『では、警告を頼むぞ。そろそろ、落ち着いて話していられる状況でもなくなってきた』
 通信が切れる。アレックスはレーダーを、見やった。
 【はぐれ】の機体の周囲を、ミサイルが飛び交っている。その一つとして、【はぐれ】を示す光点に重なることなく消えてゆく。
 アレックスは感嘆の言葉もなく、ただ口笛を吹くしかなかった。

 ******

 ブースト全開でMT部隊の背後に回りこみつつ、デュアルミサイル・SPARTOIを放つ『九剣絶刀』。命中前に武器を切り替え、マシンガンの弾をバラ撒く。
 三機一組のMT部隊はわずか30秒で壊滅した。
「――遅いっ!! コンピューター、何が無駄だ!?」
――ロス、なし。むしろ予測値より大幅に短縮。これ以上のスコアは不可能。
「違う! 俺はまだ速くなれるはずだ! 俺の限界はこんなものじゃないはずだっ!! 次は――」
 網膜モニター上の3Dマップに残る四班十二体の光点が――十一体になった。
「なに!?」
 驚いている間に、十体へ。
「これは……【稲妻】かっ!? 何て速さだっ!!」
 つくづく、この夜闇の中で闘わずに済んでよかったと、ラシュタルの胸を奇妙な安堵がよぎっていった。

 ******

「――九機めっ!」
 紅の閃光が夜闇を切り裂き、逆関節型MTが爆発しながらのけぞり倒れる。
 次の獲物を探してレーダーに目を走らせた時、衝撃が機体を貫いた。
「つぁっ、なによ!?」
 【稲妻】は旋回しながら周囲に視線を飛ばした。
 CROWは発動している。ECMが解除されていても、狙撃はできないはずだ。
 メインモニター上に映ったのは、ガードメカタイプの二脚MT――長い腕にロケットキャノンと射突型ブレードを備えている。
「これは――また懐かしいものを」
 【稲妻】は苦笑しつつ、横へ跳んだ。かつて、まだレイヴンになる前に乗っていた機体だ。
 懐旧の思いが、少し周囲への注意力を落とさせていたのか。再び機体を背後から貫く衝撃。
「くあっ!!」
 【稲妻】はシート上でつんのめった――衝撃がいつもより激しい。
 レーダー上、後方に敵が二機。
「――囲まれた、か」
 目が細めた【稲妻】は、額に巻いた包帯を一撫でして、操縦桿を握り直した。
「本気でいくわよ」
 『ラファール』の動きが変わった。ブレード光波が飛び、すぐさま斬撃が入り、離れ際にロケットが炸裂する。
 三機のガードメカはすぐさま鉄屑と化した。
 だが、『ラファール』には異常が発生していた。
 着地する、それだけでかなりの衝撃が走る。額の傷に響く。
「つ……コンピューター……緩衝装置に異常があるみたいだけど」
 サイドパネルのモニターに、『ラファール』の状況が映し出される。
『両脚底部、両膝部、脚部とコアのジョイント部分、コクピット周辺部、腕部とコアのジョイント部分、肘部、頸部、各所緩衝機能低下中。現状で平均30%低下。防御機能不全も起きています。直ちに戦闘・ミッションを中止し、オーバーホールを行うよう推奨します』
 ふと、ラルフのセリフが甦った。
『……次擱坐したら命はないものと思ってください。コアを含めてパーツ各所に深刻なダメージを受けています。擱坐の際のオーバーダメージを吸収しきれない可能性が大です』
(擱坐の前に、私がミンチになるかもね……ミンチで焼かれるとなると、ハンバーグ? いや、ミートボールかしら)
 自分の発想に皮肉げな笑みを漏らしながら、【稲妻】は飛来して来たロケット弾を躱した。

 ******

 上空を取ったアザル3から放たれた垂直ミサイルと連動ミサイルのコンボが、まさに雨のごとく降りそそぐ。
 だが、【はぐれ】はその全てを躱した。
 【はぐれ】の周囲を、十数本のミサイルが乱舞し、目標に当たることなく落ちてゆく。
 続け様にロックオン警告。
 周囲に飛来する六つの飛行物――オービットキャノン。
「無駄だ」
 【はぐれ】は少し機体を浮かせ、ブレードを振るった。同時に『肩入れ』の動作を行う。
 ブレードの残光が半円の弧を描き、初弾を撃つ間もなくキャノンの半数が墜ちた。
 残りの半分も、後方ダッシュでの体当たりで叩き落とす。
 着地を狙って放たれたレーザーライフルSHADEと、分裂バズーカGIANT2の弾幕を華麗に躱し、二機の無人機へ迫る。
 アザル達はそれぞれにブースターを噴かし、【はぐれ】の背後を取ろうとしていた。
 右へ左へランダムにステップを刻みつつ、ターンブースターを発動して反転する。そう易々とは背後を取らせはしない。
「数十人分の戦闘経験だと? これがか? 馬鹿馬鹿しい」
 【はぐれ】は吐き捨てた。
『貴様、何者だ』
 アザル3と4、どちらかはわからないが通信が届いた。
「人間様に向かって偉そうな口を利くな、機械」
『不完全で不安定な人間風情こそ、口を慎め。我々は貴様らとは違う。完璧で、完全だ』
「連携攻撃も出来ないくせに、何が完全だ。笑わせるな」
 先ほどから、二機はお互いの射線に割って入っては同士討ちをしている。
 アザル3の分裂バズーカ弾が爆発し、レーザー弾が地面を抉る。そのそれぞれを、軽く躱してみせる。
「おい、正直に答えてみろ。数十人分の戦闘経験のうち、実際に使えるのは何人分だ?」
『……………………』
 【はぐれ】はにんまり頬笑んだ。獲物を前にした肉食獣が、牙を剥くように。
「だんまりか。いいだろう。貴様らには、人間様の恐ろしさを篤と教えてやる――遠距離戦では埒があかんぞ。かかって来い」

 ******


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