10 WHITE CROWS
「――指揮車後退! 逃げた腰抜け部隊を呼び戻しなさいっ!」
どっかり指揮官席に腰を落とし、いまだ消えやらぬ怒りを表情に宿したまま、指令を出す。
ざっと髪を掻きあげ、脚を組む。ずれた眼鏡を指先でくいっとずり上げた。
「敵ACの戦力解析。データはアザルへ。そうそう、他にも敵ACがいるはずよ。そちらの警戒も怠らないで。あと、残る戦力も全部使えるようにしておきなさい!」
てきぱきと下される指示に、オペレーター達はコンソールを叩き、次々報告を上げる。
「現在のところ上空の雷雲のせいで、いつもの半分以下の能力しか発揮できていませんが、周囲1Kmのレーダー圏内に『九剣絶刀』、『ペイル・ホース』以外の敵影確認できず」
「敵AC武装スキャン終了。『九剣絶刀』、デュアルミサイル残弾12本のみ。『ペイル・ホース』、右腕SYLPH残弾62発、左腕ブレードELF2、左腕格納SYLPH残弾97発、背部垂直ミサイル4本」
「A3からA5起動開始。……武装装備開始、五分で出られます」
「MT部隊に呼集をかけました。全隊転進応答あり……いえ、ヘリ部隊と4班7班9班が交信可能域外へ出たのか、返答なし」
「その3班とヘリ部隊は帰還後、ペナルティとしてアザル機部隊との戦闘訓練に参加させなさい。いいわね」
肉食獣の唸り声を思わせる低い声に、室内の気温が下がった。
「は、はい……」
指示の意味がわかっているオペレーターの声が震える。
すると、サトウは口許を押さえて、急ににこやかに微笑んだ。
「あらいけない。期待の新型機と実戦訓練できるんだから、ご褒美になっちゃうかしら。うふふ――……生き残れたらですけど」
作戦司令室は奇妙な緊張感と、静けさに包まれた。誰も笑わない。笑えない。
「さて、と。アザル2の状況を報告なさいな」
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覚醒した『ミラージュシルエット』(アザル2)の機動は、まさに圧倒的の一語に尽きた。
『九剣絶刀』を押さえていたため右腕武器こそ装備していなかったが、左腕のブレード・MOONLIGHTと背中のカルテットレーザーキャノン・CHIMERAだけでも驚異的な威力を誇る。
何より、大出力と大容量コンデンサに物をいわせたブースター噴かしっぱなしの機動に、なかなか攻撃のチャンスが見い出せない。
二機は後退する指揮車から強制的に引き離されつつあった。
アレックスは『ミラージュシルエット』(アザル2)の正面に立たぬよう始終動き回っているため、結果として狙いが定められない。レーザーライフル・SHADE2もなく、APも半分ほどしかない今、これ以上カルテットレーザーキャノン・CHIMERAをまともに食わないためには、動き続けるしかない。
ラシュタルもまた、残り少ないデュアルミサイル・SPARTOIを確実に当てるため、なかなか引き金が引けずにいた。そもそも【はぐれ】との戦いで受けたダメージが大きすぎる。警報音は切っているが、画面の隅では【ARMOR POINT LOW】の表示が点滅している。
追う『ミラージュシルエット』、退く二人。
それは、凶暴な肉食獣の爪と牙の前で、右に左にステップをして逃げる小動物のような光景だった。
******
網膜モニターに投影された3Dマップ上、指揮車を示す赤い光点が徐々に離れてゆく。
「く……さすが俺達『強化人間』の戦闘データを使って生まれただけのことはある」
油断も無ければ、隙も無い。さっきから人工頭脳と己の知能の全てを傾けて、突破口を探っているが、全く見当たらない。
数発もらう覚悟で戦えれば、まだ二機がかりの分だけ道は開けるのだが。
つたない動きのACが、メインモニターの前をよぎる。
『ペイル・ホース』。
助けに来てくれたことはありがたいが、相手が『ミラージュシルエット』(アザル2)では雑魚に等しい。回避技術だけはそこそこの腕のようだが、攻防のバランスが悪い。良くも悪くも、並レベルのレイヴンだ。
このままでは早々にカルテットレーザーキャノンCHIMERAを食らって墜ちるだろう。何とかこちらで策を練り、指示をしなければ――だが、上手い策がない。こちらの考えつく案を実行するには、操縦技術が未熟で雑すぎる。
せめて、彼と武装を交換できれば。彼には防御に専念して囮になってもらい、攻撃だけに集中できるのだが。
何か手は無いか、何か。
『――ナインソード! ここはいい! 行け!』
「なに?」
不意の通信に、ラシュタルは目をしばかせた。何を言い出すのだ、この男は。
『お前の仇はこいつじゃないだろう! こいつは俺がやるっ!!』
確かにそうだ。倒すべき敵はこいつではないし、現状では指揮車からは引き離される一方だ。
だが、ここを離れれば『ペイル・ホース』は確実に墜とされる。それだけの実力差が、厳然としてある。
ラシュタルの逡巡を見破ったように、再びアレックスが叫んだ。
『いいから行け! 俺なら大丈夫だ!!』
「……わかった」
ラシュタルは覚悟を決めて戦場離脱にかかった。
アレックスの言い草を信じたわけではない。『ペイル・ホース』は長くても五分で墜とされる、と人工頭脳も判断している。
だが、その五分さえあれば、あんな張りぼて車両など鉄屑に変えてみせる。そう、事を為す上で最も確実な方法を選んだまでだ。人工頭脳もそれを支持しているし、彼も覚悟の上だ――
そんな打算の末に選択を下した自分に対して、わずかな自己嫌悪を感じつつ、ラシュタルはブースターペダルを踏み込んだ。
彼の厚意は必ず受け止める――あの女に、ミラージュに、怒りの鉄槌を下す。必ず。
******
「サトウ主任、『九剣絶刀』が急速接近、当指揮車ロックオンされてます!」
「え?」
通信・索敵オペレーターの叫びに、サトウはぽかんとした。
「ミサイル発射確認――ECM発動します!」
「え? え?」
雨に濡れるフロントガラスの向こうからミサイルが二本、炎の尾を引いて飛来した。
「き、きゃあああああっっっ!!」
叫んで立ち上がり、後ずさろうとしたサトウは、そのまま指揮官席に膝の裏を取られ、ものの見事にひっくり返った。
すらっと長い脚をV字に開いたまま、席の後ろへ頭からもんどり落ちる。
二本のミサイルは命中寸前で軌道を変え、森の中に消えた。ワンテンポ遅れて爆発が起こる。
指令室内に安堵の空気が流れる。
「ひ、ひぃい……な、なに!? 大丈夫でしたの!?」
指揮官席の背もたれに抱きつくようにして身を起したサトウは、45度傾いた眼鏡を震える手で直した。
オペレーターは誰も指揮官の無様な姿を笑うことなく、淡々と報告だけを入れた。
「当指揮車のECMレベルは最高です。たとえアザル=ゼールでもカウンターはかけられません。大丈夫です」
「敵『九剣絶刀』の武装はミサイルのみですから、これ以上の戦闘は――」
「『九剣絶刀』、来ます! この速度……体当たりでもするつもり!?」
雨滴で濡れたフロントガラスの向こう、人魂のように接近してくる光。
サトウは背もたれを抱きしめたまま、かっと目を見開いた。
******
ロックオンゲージが消え、レーダーに砂嵐が映る。
――目標、ECM展開。レーダー、FCS動作不安定。
ラシュタルは舌打ちした。
メインモニター上、ロックオンゲージが現われたり消えたりしている。この状況では、唯一残る武装のミサイルは撃てない。ロックオンまで時間がかかるミサイルは、ECMの効果を如実に受ける。レーダー無しでも戦闘継続は可能だが、ロックオン出来なければ攻撃は出来ない。
「コンピューター、ECCM機能を最大にしろ!」
――現在効果、最大。
残り少ない武装も無効化され、次に打つ手は――人工頭脳は撤退を提案している。
「まだ、手はあるっ!!」
ラシュタルは真っ直ぐ指揮車へと突っ込んでいった。
******
ロックオンゲージが消えた途端、ブレード光波が飛んできた。
レーダーが砂嵐状態にもかかわらず、『ミラージュシルエット』(アザル2)は追って来る。
「好都合だ」
アレックスはにやりと笑った。通信機をいじり、アザルと回線を開く。
途端に、あの無感情な声が聞こえてきた。
『どうした、降伏でもするのか? 蒼ざめた鷲』
「まさか」
アレックスは鼻で笑った。
「勝てる相手に降伏する奴があるかよっ!!」
ブースターを噴かして跳び上がる。旋回しつつ、『ミラージュシルエット』(アザル2)の頭上へと移動する。
それを制するように、『ミラージュシルエット』(アザル2)も旋回しながら上昇する。
『勝てる? 愚かな。つい5日前、我に倒されたクズの分際で。貴様の攻撃パターン、能力はアリーナで調査済みだ。ランクE。参考にもならない……メモリーと時間の無駄だった』
「そのセリフ、ついさっきも聞いたぜ」
『勘違いだな。以前に言ったことは一度もない』
その断言口調が余計におかしく、アレックスは苦笑した。
「まあ、確かに言ったのはお前じゃないお前だけどよ」
ECMの合間を縫って、不意にロックオン警告が灯る。同時に四条の蒼光が闇を裂く。
『ペイル・ホース』は機体を傾けて躱した。
『試験機か……連絡が途絶えたのはまさか、貴様が? ありえん』
二重螺旋を描くように、上昇してゆく二機のAC。
その頭上、先ほどまで沈黙していた暗黒の雲塊の中が仄白く閃き始めている。
「てめえには致命的な弱点があるんだよ、アザル!!」
『それは錯覚だ。私に弱点は無い』
「試験機とやらが証明したんだよ。頭上への射撃が弱いってな」
『錯覚だ――人間は不正確で不合理な存在だからな』
カルテットレーザーキャノンCHIMERAが前へせり出し、四条の青い光弾を放つ。
『ペイル・ホース』に当たることなく虚空を薙いだ蒼光は、暗黒の空に吸い込まれた――不気味な唸りに似た雷鳴が、雲間に轟いた。
******
『九剣絶刀』が真正面から作戦指揮車にぶつかった。衝突の振動で車体が激しく揺れる。
悲鳴の交錯する作戦司令室を、カメラアイの輝きが覗き込んだ。
「は……あは、あはは、あはははは……ほほほほほほ、無駄よ、ポンコツっ!!」
指揮官席の背もたれにつかまったサトウは、顔中引き攣らせながらなおも強気に笑った。
「ミサイルしか装備してないあなたに、わたくし達を殺す手段はないわっ! ほほほほほ、残念で〜した!」
『……黒のフリルつき』
「はぁ?」
ずれた眼鏡のまま目を点にした女指揮官は、しばらくじっとフロントガラス越しのカメラアイを見つめていたが、言葉の意味に思い当たり、耳まで真っ赤になった。慌てて見えてもいないスカートの尻を押さえる。
「ななななななあなたなななにをををを」
『ふン。あの無様な転倒ぶりといい、貴様は戦場を知らなさ過ぎるな、サトウ。……ミサイルがダメでも、こういう方法がある』
軽く後退した『九剣絶刀』は、マルチブースター・REMORAとブースターを同時に噴かし、真正面から作戦指揮車に衝突した。
さっきとは比べ物にならない威力の衝撃が突き抜け、再び乗組員の悲鳴が交錯する。
四人のオペレーターのうち二人が座席から放り出され、一人がコンソールに額を、もう一人がコンソールで腹部を打った。
サトウは何度か後転し、奥の壁に叩きつけられていた。
「……つ、つつつつ、なんて乱暴な――」
取るものも取りあえず、ずれた眼鏡を直す――その視界に、再び突っ込んでくる『九剣絶刀』の頭部パーツCR−YH85SRが見えた。
「ひ――ひいいいいいいいっ!!」
再び突き抜ける衝撃。
鈍い音がして、指揮車の車輪が脱落した。前部バンパーがひしゃげ、ボンネット部分がへこむ。
『――指揮車を壊さずとも、中の人間はミンチにできる。……最初のはカレンの分、今のはエリックの分だ』
返事はない。作戦司令室には呻き声だけが漂っていた。血を吐き、意識を失っているオペレーターもいる。
『嫌なら出てくるがいい。この手で握り潰し、即座に息の根を止めてやる――三発目、奴の分だ。行くぞ』
『九剣絶刀』が下がってゆく。
サトウは無様に這いずり、すがりつくように叫んだ。
「アザルッ……アザル、助けて、アザルッ……」
******
サトウの悲鳴は、アレックスにも届いていた。
「ママがお呼びだぜ、機械人形!!」
三度目の跳躍中。
いよいよ『ミラージュシルエット』(アザル2)の攻撃は激しさを増していた。
空中ではオーバードブーストで接近し、カルテットレーザーキャノンCHIMERAの斉射。
地上に降りればブレード・MOONLIGHTの斬撃と光波。
何度か避け損ねたため、APはもう二割を切っている。だが、頭上の閃きと唸りはいよいよ激しくなってきていた。
一旦着地した『ペイル・ホース』目掛けて、『ミラージュシルエット』(アザル2)が真っ直ぐ降下してくる。着地寸前にブースターを一噴かしして、斬撃、光波。
アレックスは後退ブーストダッシュと、ターンブースターANOKUの組み合わせで華麗に躱した。
「やはり攻撃手段がブレードだけだと、せっかくの先読み能力も宝の持ち腐れか! ママに頼んでECMを切ってもらったらどうだ!?」
『ほざけ。だが、確かにこれ以上貴様と遊んでいる暇はない。貴様は後回しだ』
『ミラージュシルエット』(アザル2)は急に旋回すると、オーバードブーストを発動した。
「この……行かせるかよっ!」
アレックスは咄嗟にその進路上へ飛び出した。二機のACはまともにぶつかり、凄まじい衝撃がコクピットを揺らす。
ぐらついた機体を立て直したのは、『ミラージュシルエット』(アザル2)が早かった。カルテットレーザーキャノンCHIMERAが前方にせり出す。
『邪魔だ。墜ちろ』
「なんのぉっ!」
ブレード・ELF2の一撃が『ミラージュシルエット』(アザル2)を退がらせた瞬間、カルテットレーザーキャノンCHIMERAが放たれた。四条の薄青い光芒が装甲に突き刺さる。機体のあちこちから火花が散り始め、【ARMOR POINT LOW】の警告が鳴り響く。
『あと一撃だ』
「それがどうした――てめえには負けねえっつってんだろ」
口の中を切ったのか、血の味がにじんでいる。
その時ふと、『ミラージュシルエット』(アザル2)が不自然に沈黙した。
『………………喜べ。今ここで始末してやる』
「――!?」
アレックスは不穏なものを感じて後方へ大きく跳んだ。
なぜだ。なぜ、アザル=ゼールがサトウを見殺しにするような行動を。何かある。いや、あったのだ。
『貴様の跳躍パターンは既に解析済みだ。逃がしはせん』
カルテットレーザーキャノンCHIMERAが、空中の『ペイル・ホース』に狙いを定める。
ECMの影響か、二秒程の空白があり――四本のレーザー光が暗闇を引き裂いた。
******
「なに!?」
『九剣絶刀』の三度目の突進は、間に割り込んできた機体に止められた。
機体は――『ミラージュシルエット』。
(まさか、彼がもうやられたと――いや、違う)
アザル2と呼ばれていたあの機体が背負っていたのはカルテットレーザーキャノン・CHIMERAのはずだ。だが、この機体は両肩垂直ミサイル・CENTAURを背負っている。
(別の機体だと? ――う!?)
鈍い振動とともに機体が動けなくなった。
網膜モニターの3Dマップに、不鮮明ながら別の機体が映っている。どうやら背後から押さえ込まれたようだ。
「もう二機だと……まだ隠していたのか!!」
『もう二機ですって……?』
サトウの怨嗟に満ちた低い声がコクピットに響いた。
『うふ、うふふ、うふふふふ……戦況判断が甘いんじゃなくて? 元大尉さん』
横合いから、また新しい一機が出現した。手加減の無いタックル――『九剣絶刀』は軽々と跳ね飛ばされた。
「ぐあっ……!!」
したたかに額をぶつけた。生ぬるいものが頬を伝う。
「――……く……三、機?」
視界が揺らぐ。こんなことは生身の時以来だ。今の衝撃で脳が揺らされたか。動けない。
『そぉ〜よぉ。こんなこともあろうかと、試験機を含めた六機を連れて来てましたのよ! 【遺跡】には何が眠っているか、わかったものではありませんから。よもや、あなたごとき屑鉄に使うことになろうとは思いませんでしたけどねっ!』
「く……」
万事休す。三機が相手では『ペイル・ホース』と『九剣絶刀』の総攻撃力を足しても倒せる可能性は無い。
もはや再び自爆するしか手は無い――だが、脳震盪で身体が動かぬこの状態では、肝心のジェネレーターの空ぶかしが出来ない。
『うふ、うふふ、うふふふふほーほほほほ、よくもやってくださいましたわねっ!!』
叩きつけるような怒声。顔をみるまでもなく、昂揚しているのがわかる。
『アザル3、4、5! その機体を武装解除するのよ。もぎ取りなさい、カニの脚をちぎるようにね。うふ、うふふふふふ。そして、カニ味噌をこそぐように人工頭脳とコンバットレコーダーを回収するのよっ!!』
『……【カニ】、【カニ味噌】――意味不明。意味の入力もしくは指示内容の変更を願います』
『このおバカッ! ACの手足をちぎって、コアから人工頭脳とコンバットレコーダーを引きずり出せと言っているんですのよっ!!』
『了解』
アザル3――両肩垂直ミサイルを背負い、分裂弾バズーカを抱えた機体が頷く。
『了解』
アザル4――オービットキャノンと速射Eキャノンを背負い、レーザーライフルを装備した機体が一歩踏み出す。
『了解』
アザル5――リニアキャノンと三弾同時発射ロケットを背に、実弾スナイパーライフルを右腕に装備した機体が左手を伸ばす。
こんな時でも相手の装備を解析し、網膜モニターに表示してくる人工頭脳の律儀さに、ラシュタルは思わず苦笑した。
三つの巨体が、メインモニターを圧して迫る。
(身体が……動かない……。ここ……までか)
一度は助けてもらいながら、結局最後まで事を為し得ない自分が腹立たしい。
(何が、『強化人間』……俺は……俺には…………何の力も無い……。――すまない、アレックス……すまない、カレン……)
いつか味わった苦い絶望が、再び喉の奥に漂った。
******
動かずとも、気配でわかるものがある。ともに年を重ね、死線を潜り抜けてきた者ならば。
「助けに、行くのね」
微かな笑みを含んだ女の声に、男もはにかみを含んだ声で答えた。
『ああ。……甘いな、私も』
「まーた、心にも無いことを。私の前でかっこつけるのは無しよ。あなたがそういう人だって、先刻承知してるわ」
メインモニターは闇に包まれている。
コクピットに公用通信から勝ち誇った女の、けたたましい哄笑が響き渡っている。
「この下品な笑い声……同じ女として、聞くに堪えないわね。黙らせてやるわ」
目を細めた女は、操縦桿を握り締めた。
ステルス、発動。
オーバードブースト開始――
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「よくも……よくも、わたくしにこんな真似を……」
指揮官席にどっかり腰を下ろしたサトウは、レンズにひびの入った眼鏡をかけ直し、乱れた髪をざっと手で掻き上げて手ぐしで整えた。スーツの乱れもはたいて正し、きっと前を睨み据える。
「あなただけは楽に死なせなくてよ、ラシュタル=G=ナインソード」
きりきりと歯を軋ませ、釣り上がった目尻をぴくぴく引きつらせながら、肘掛に爪を立てる。
「いいえ、死んだ後もミラージュに逆らった愚か者の筆頭として、ナインソード家を糾弾し、汚名にまみれさせてやるわ――通信・索敵! MT部隊はまだ来ませんの!?」
よろめきつつ自席にたどり着いた通信・索敵担当オペレーターは、蒼白な表情でモニターを見て、報告した。
「い……今……後方に…………もう、すぐ……」
戦闘補助担当オペレーターは、めまいがするのか頭を振り振り自席に着く。
「ECMは順調に……展開中……う……戦術コンピューターも……このまま指揮を執るのに支障、なし」
分析担当オペレーターも血の滴る額を押さえつつ、自席のモニターを確認する。
「指揮車、前輪シャフトが破損。走行、できません……それに操車担当が意識を……」
腹部を強打した操車担当オペレーターは、口から血を吐いたまま、コンソール上に突っ伏している。
サトウは舌打ちを漏らした。
「こんな時に! いいわ、車が動けないなら起きていても意味はありませんから。通信、さっさと医療担当班を呼びなさい!」
「……7……班は……げ……んざい……通信、ふの……う…………」
ごとり、という音とともに通信・索敵担当のオペレーターも、前のめりに崩れ落ちた。
鮮やかすぎる血のにじむ紫色の唇の下、レーダーサイトに新たな光点が一瞬灯って、消えた。
******
『愚かな奴め』
糸の切れたマリオネットのような『九剣絶刀』を、アザル3が引きずり起こした。
『おとなしく人工頭脳とコンバットレコーダーを差し出して置けばよかったものを』
アザル4が背中から支える。
『しょせんは人間。非効率と不合理を捨てきれぬか』
アザル5が右腕をつかみ、無造作にねじる――みしみしとコアパーツと腕パーツのジョイント部分から嫌な音が立つ。
加えられる外力と強度の拮抗が崩れる刹那――雷が落ちた。
少し離れた場所、アレックスが『ミラージュシルエット』(アザル2)と戦っている辺りに。
「落……雷……」
ラシュタルの眼差しと『ミラージュシルエット』達の頭部パーツ・WASPが、一斉にその自然現象に引き寄せられる――そして見た。
天と地をつなぐ白光の柱を背に、迫る影を。