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8 Thunder Bird[s]

「ち、ちょっと待って下さい!! ……えーと、監視装置、監視装置……」
 ラルフが慌ててキーボードを叩く。
 管制室のメインモニターに暗視画像が現われ――一瞬で消えた。
「え? ……なに、何? なんで?」
 同じ監視装置を呼び出そうとするが、ERROR表示が繰り返されるだけ。
「……レーダーに切り替えて」
 【稲妻】がふらっと立ち上がり、ラルフの背後についた。
「進路上の監視装置を破壊しながら接近してるんだわ。今度のは、下の奴みたいに余裕を見せてない」
「だったら――」
 顔つきをちょっと引き締めたラルフは、先ほどの暗視画像を呼び出した。
 画面をよぎる白い影――その姿を捉え、画像処理を施してゆく。
 【稲妻】が驚いている間に、その正体ははっきりと現われた。
 その画像に、ラルフは思わず立ち上がっていた。
「え……? ……これって……そんなバカなっ!!」

 ******

 ラルフの叫びに、アレックスは眉をひそめた。あいつが叫ぶなど、ただ事ではない。
「何だ、ラルフ! 何があった!? ――くそ、もうダメだ」
 レーダーの端をうろうろしつつ、確実に接近してくる光点。おそらくは、ミラージュ側の第3波。
 このまま【遺跡】に近づけるわけにはいかない。【稲妻】の機体は撃破され、【はぐれ】の機体もAPが尽きかけている。
 今出なければ、時間稼ぎも出来ない。
「――ラルフ、俺は出るっ!! 順次情報を入れろっ!」
 戦闘モードを立ち上げ、ペダルを踏み潰す勢いでブースターを噴かす。
 雨が装甲を叩き、ブースターの炎が蒸気を吹き上げる。
『ダメですっ! あなたが行ってはいけません!!』
「うるせえ、今まともな戦力つったら、俺だけだろうが!」
『それでもダメなんですっ!! あなたでは勝てません!! 敵は……敵はランク25位、アザル=ゼールです!!』
「な、に……」
 怯みが一瞬、ブースターの出力を下げる。
 しかし、すぐに踏み直した。
「……上等だ! 五日前の屈辱、ここで晴らしてくれるっ!!」
『馬鹿言わないでくださいあなたあれからどれだけ強くなったという――』
 喚くラルフの声が不意に途切れた。
 同時に暗視モードのメインモニターを埋める光。一瞬遅れてグレネードの爆発を思わせる、腹の底に響く轟きが鳴り渡った。
「雷かっ! ……通信が乱れるな」
 アレックスは舌打ちを漏らした。
 ACの通信機能は、雷程度でダウンしない。しかし、あまりに近くで発生した場合、送信データが受信する前に修復不可能なまでに擾乱されてしまい、さすがに途切れざるをえない。
「まぁ、いい。どうせやめろだの、無駄だのしか言われねえんだしな」

 ******

(……何だ。何が起きている? アザル=ゼールとは何者だ?)
 ラシュタルは銃口を突きつけられたまま、一連のやり取りを聞いていた。
『アレックスとの回線が落ちたな』
 【はぐれ】の落ち着いた声に、すぐ若い男だか女だかよくわからない声が応える。
『……アンテナに落雷が直撃しました。施設内と外部ではこのアンテナを中継しないと通信できませんから、現在外との通信は出来ません。ええと、被害は……アンテナ側のメモリの中身が吹っ飛んじゃったみたいで、現在修復中。一分ほどで回復します』
 ラシュタルは通信を聞きながらじっと考えていた。【はぐれ】は自分と同じ疑問を持っているだろうか、と。
 果たして、【はぐれ】はラシュタルの問いを口にした。
『で、相手は何者だ。なぜ敵だとわかる?』
『五日前にアレックスがアークのアリーナで戦った相手です。上から下までミラージュ製品だけを使ったAC『ミラージュシルエット』を駆る、おそらくは『強化人間』。【OP-INTENSIFY】か、改造人間かはわかりませんが』
(そんなバカな)
 ラシュタルは顔をしかめた。
 【軍】の『強化人間』なら全員自分の指揮下に入っている。ミラージュの隠れ専属として働いている『強化人間』レイヴンも、全て確認している。だが、アザル=ゼールという名前は記憶にない。
 自分の知らない『強化人間』がいるのか。だとしたら、どこで作られたのか。【軍】以外に研究施設があるとは聞いていないが……。
 嫌な予感がした。
『ふむ、第三波ということか』
「……違う」
 【はぐれ】の気が逸れている、と感じたラシュタルは、いきなりマルチブースター・REMORAを噴かした。
 突きつけられたKARASAWAごと相手を押し込み、壁際の空きハンガーに叩きつける。

 ******

「ぐぅっ!」
 衝撃が背中から突き抜け、【はぐれ】は思わず苦鳴を漏らした。
 即座の反撃はしかし、ACの右腕から上体に絡まったハンガーの足場によって封じられていた。
「……ちぃっ!!」
 力任せに足場の残骸を押しやり、くびきを解いた青い機体にデュアルミサイル・SPARTOIとEキャノン・GERYON2が襲いかかる。
「無駄な足掻きをっ!!」
 鉄骨柱を盾にミサイルを誘導し、Eキャノン・GERYON2の光弾を防ぐ。その間に『九剣絶刀』は破壊孔にたどり着いていた。
 このまま逃げられれば、厄介なことになる。
「ナインソードッ……!!」
 KARASAWAを突きつける――距離はギリギリ。命中させられる。
 だが、【はぐれ】は舌打ちをして、トリガーから指を外した。
 その隙に、『九剣絶刀』の白い姿は雨の闇へと消えた。
『……どうして? やっぱり、知り合いだから?』
 少し不満そうな、しかし微笑しているような【稲妻】の口調に、【はぐれ】はバツの悪そうに笑った。
「いや。……残弾ゼロだ。やはり焦るとろくなことがない」
 シートにもたれこんで、大きく一つ息を吐く。
「――ラルフ君。悪いがすぐに補給を頼む。出来れば、【稲妻】の機体の修復も。大至急だ。ここのことを知っているあいつを、生かして帰すわけにはいかない。俺の手で、必ず始末をつける」

 ******

「……修理と補給にかかる時間は?」
 言いながら、【稲妻】はヘッドセット型通信機を再び頭にかぶっていた。
 額の包帯に血がにじんでいるし、少し表情に疲れの色が見えているが、眼光の鋭さはいささかも衰えていない。
「【はぐれ】さんが10分、『ラファール』が再起動も必要なので20分……ただし、『ラファール』の方は、次擱坐したら命はないものと思ってください。コアを含めてパーツ各所に深刻なダメージを受けています。擱坐の際のオーバーダメージを吸収しきれない可能性が大です」
「わかった。それにしても、早くて10分か……逃げられるわね。とりあえず、アレックスとの通信回線が回復次第、彼に追撃させて」
「了解です。つながったら、お二人の回線にも回しておきますね……できたら、戦闘の指示をしてあげてください」
「彼がそれを受け入れればいいけど、ね」
 ふっと顔をほころばせた【稲妻】は、少し足を引きずりながらエレベーターへ歩いていった。

 ******

 いかに暗視装置付きとはいえ、闇夜の、しかも雨の降る森を高速で駆けるのは自殺行為だ。
 しかも人の手が入らぬこの奥地となれば、AC並みの大木がごろごろしている。若木や朽木は自重と勢いに任せてへし折ればいいが、大木はそうはいかない。
 闇の中から突如現われる大木を危うい動きで躱し、場合によってはブレードで切り飛ばして、道を切り開きながら進んではいるが、やはり昼間のようには行かない。
「……くそう。これじゃあ、いざ出会っても――う!?」
 レーダーにもう一つ、光点が現われた。方位は後方、高速で真っ直ぐこちらへ向かってくる。
「なんだ!? 【はぐれ】か? それとも――」
『それは、『強化人間』ナインソードですっ!』
 ラルフの通信が入った刹那、アレックスはACを急停止させ、180度旋回した。
 右肩の垂直ミサイル・CRWB73MVに切り替え、正面に射線を取り、待ち構える。
「【はぐれ】はどうしたっ!? まさか、やられちまったのかっ!!」
『大丈夫。今、補給中です。ちょっとした隙にまんまと逃げられてしまって……』
『……そいつはもう虫の息よ。出来ればあなたが始末して』
 【稲妻】の声が割って入る。
 アレックスは正面に目を凝らしたまま、舌打ちを漏らした。
「そっちのへまの尻拭いかよ。この貸しは後できっちり返してもらうぜっ……! 来たっ!!」
 ロックオンゲージの上下に数字が現われてゆく。
 その数字が4まで表示された時、トリガーを引いた。引いて、その瞬間に後悔した。
 山なりの放物線軌道を描いて発射されたミサイルは、こちらへ向かってくる『九剣絶刀』を捕捉し、空中で急旋回する。
 下手をすると爆発に巻き込まれる――アレックスは主兵装を右腕のレーザーライフル・SHADE2に切り替えた。
 ロックオン。まだ機体は見えないが、この闇の彼方に確実にあの『強化人間』のACが――
『――アレックス、待てっ!!』
 【はぐれ】が叫ぶ。
 『九剣絶刀』が頭上を飛び越える。
 アレックスがトリガーを引く――雷が落ちた。
 その瞬間、メインモニターが真っ白に輝き――くじ引きに使うガラガラの中へ放り込まれたような衝撃と振動が、アレックスを意識ごと吹っ飛ばした。

 ******

「……アレックスとの通信回線また遮断。ええと、今度はあっちが雷の直撃を受けたみたいです……」
 ラルフはキーボードを叩きつつ、心配そうに眉根を寄せた。
『まずいな……墜ちたかもしれん』
 補給中の【はぐれ】の言葉に、ふと手が止まった。
「そんな……ACがそう簡単に」
『背中のミサイルにさえ誘爆していなければ、まだ希望はあるが』
「ゆ、誘爆していたら……?」
『あいつの背負っているミサイルは何発だ? とにかく、それが至近距離で大爆発する。まあ……祈れ』
 ラルフはがっくりうなだれ――ふと、顔を上げた。
「でも、何で今『待て』って……」
『ACの装甲を穿つ高出力のレーザーは射線上にプラズマを発生させ、雷を呼び寄せる。一旦垂直に飛び出すミサイルも、飛ぶ避雷針みたいなものだ。――まあ、雷雨の中の戦闘なんて、生まれて初めてだったんだろうが……さて、どうしたものか』
『エネルギー兵器が迂闊に使えないとなると……実弾兵器か、接近戦しかないわね』
 今日二度目になる『ラファール』再起動作業中の【稲妻】の声。
『とはいえ、連中相手に接近戦はきついものがあるし……せめて囮か盾役がいてくれればね』
(囮か……)
 キーボード操作を再開しながら、ラルフはぼんやり考えた。
(そういえば……さっきナインソードも見事に……アレックスも、【稲妻】さんまで――そうか!)
 にんまり頬笑んだラルフは、スタンド型の通信マイクをつかんだ。
「お二人さん、ありますよ。囮と盾にうってつけのが」

 ******

 やかましい。
 耳障りな警報音が鳴り響いている。
(う……)
 アレックスは意識を取り戻すなり、コクピット内部を見回した。
 カメラがやられたのか、真っ黒なメインモニター上、ラジエーターがフル回転して機体を冷却している旨が表示されている。コンデンサ容量がレッドゾーンにあり、APが下がり続けている。
 やがて冷却が終わり、コンデンサもチャージが完了、APの低下も止まった。
(俺は……何故生きている?)
 オーバーヒートで緊急冷却中のACなど、いい的だ。しかも、数秒か数瞬か、意識を失って完全な木偶の棒になっていたというのに、全く攻撃された様子がない。
 訝しみながら、機体のチェックを行う。
 機体損傷の程度、武装、AP、通信――
『……何者だ、お前は。所属を述べろ』
 立ち上げ直した通信機が、いきなりしゃべった。この声はナインソードとかいう『強化人間』のものだ。
 アレックスが口を開くより早く、応えた声があった。
『何かと思えば、遺失技術開発研究所のポンコツか。貴様に用はない。…………今送ったデータの地点に、我々の部隊がベースキャンプを張っている。貴様はそこへ行け。最後の任務がある』
 ぎり、と歯が軋んだ。忘れようったって忘れられない屈辱の声。アザル=ゼールだ。
『断る。俺は【軍】の強化人間部隊隊長。たとえミラージュ製品で統一された機体であっても、所属不明の貴様に命令されるいわれはない』
『【軍】の強化人間部隊、か。くく、貴様らの役目は終わった……もはや【軍】も貴様らも、ミラージュには必要ない。本社の意思に従えないというのなら、今この場で排除するのみ』
『何だと……?』
 ナインソードが戸惑っているのが、アレックスにも声の調子でよくわかった。
『【軍】が……我々が必要ないだと……? ミラージュ本社がそう決定したというのか? バカな、そんなことはありえないっ!! 貴様一体……!』
『これ以上の問答は無用。ベースキャンプには本社の人間がいる。そこで訊くがいい。それとも、我とやりあうか? その機体で』
『くっ……!』
――機体のチェック終了。ダメージはあるものの、概ね正常。戦闘継続可能。
 コンピュータの診断結果がメインモニターに現われる。アレックスは通信から現実に引き戻された。
「コンピュータ、メインモニターが死んでるぞ」
『メインカメラが障害物に覆われています。除去してください』
「……壊れたわけじゃないのか」
『モニター、カメラともに正常に作動中』
「それさえわかればっ!!」
 アレックスは操縦桿を引いた。
 メインモニターに重なり合う葉が大写しとなり、それが徐々に離れてゆく。なるほど、茂みに頭を突っ込んでいたらしい。
「待ちやがれ!!」
 振り返った『ペイル・ホース』のメインカメラが対峙する二体のACを捉える。
 見覚えのある中量二脚ACと、四脚AC。二体は同時に振り返った。

 ******

「……生きていたのか」
 ラシュタルは驚きを隠さずに呟いた。
 こちらが垂直ミサイルを躱すなり、なぜか落雷を受け、そのまま茂みに突っ込んで動かなくなったので、無視していたが……。
 ややこしい事態になった。人工頭脳は迅速なる撤退を提案しているが、同意見だ。
『……てめえら、両方とも逃がしゃしねえぞ』
『――声紋照合。……ああ、蒼ざめた鷲のアレックス=シェイディか』
 アザルがせせら笑う。通信回線の向こうで、アレックスとかいうレイヴンの歯軋りが聞こえた。
『ふん……ほざくな、クズめ。それはこちらのセリフだ。我が任務は貴様らの排除。逃げる理由などないし、逃がしもしない。完全確実に消去する』
『へっ、やってみろよ機械人形。男子、三日会わざれば剋目して見よ、つってな。今度は後れを取らねえ』
 両者の間で、緊張感が高まってゆく。
 時折閃く稲妻と轟く雷鳴、降り続く雨。
 ラシュタルは戸惑った。
 あのレイヴン、実力のほどは並の上といったところだったはずだが、何の自信と根拠があって奴と俺に喧嘩を売れるのか。
 たまにいる、自分の実力を勘違いしている単なるバカか。それとも――
『――よくそんな故事成語知ってましたねぇ。ちょっとびっくり。落雷のショックで脳が活性化したのかな?』
 不意に割り込んできたラルフとかいうオペレーターの声に、ラシュタルは面食らった。
 まだここは【遺跡】の通信圏内だったのか。
 その時、ほんのわずか、睨み合う両者の緊張がふっと、緩んだ。
(今だっ!!)
 ラシュタルはブースターを噴かし、『ミラージュシルエット』の後ろへ回り込んだ。3Dマップで『ミラージュシルエット』が『ペイル・ホース』の射線の壁になるよう確認しながら、突っ走る。
『く、逃がすかっ!!』
 3Dマップ上で、『ペイル・ホース』が射線を取ろうと横へ移動する。すると『ミラージュシルエット』も横に動いて進路を塞いだ。
『クズめ、消えろ』
 高エネルギー反応を後方に感知――爆音が轟いた。

 ******

『アレックス!? 大丈夫ですかっ!? 何が起きたんです!?』
 エネルギーグレネードキャノン・WB08PL−SKYLLAの爆音が向こうにも届いたのだろう。ラルフが必死に呼びかけてきている。
 眼前の白い機体の挙動と、自機の操縦に全神経を集中させながら、アレックスは答えた。
「ナインソードが逃げた! こっちも追える状態じゃない」
 暗視装置に、雨、閃く稲妻、森の中。こちらに不利な条件が揃い過ぎているが、ここは、ここだけは逃げるわけにはいかない。
 不意に暗闇の中、青い光がぼうっと浮かび上がった。
 横っ飛びに跳ぶ。
 木々を薙ぎ倒して青いエネルギーの奔流が、たった今立っていた場所で爆発した。
『貴様の攻撃パターン、能力はアリーナで調査済みだ。ランクE。参考にもならない……メモリーと時間の無駄だった』
 今一つ抑揚の感じられない声は、この夜陰の中で聞くといっそう不気味に感じられる。
「そうかい。だが、今度はこっちもそちらの戦い方を承知してるんだぜ!」
 ロックオンゲージで捉えながら、距離を置く。
 ロックオンゲージは間に障害物があっても表示される。敵の位置を測るのに、これほど便利な機能はない。
 そして距離を置けば、多くの攻撃は避けられる――回避機動が一本調子にならないようにしなければならないが。
 アリーナの時はオーバードブーストで距離を詰められて動転し、そのあとむきになって近距離戦を挑んだのが敗北の一因だ。その轍は踏まない。
――頭を冷やすんだな。よく見て戦えば、強化人間など恐るるに足りん。
 【はぐれ】の言葉が頭の中で反響する。未だに恐るるに足らないとは思えないが、先日よりは冷静に対処できている、と思う。
『――聞こえるか、アレックス』
 不意に届いた【はぐれ】の声に、必死で回避機動を取っていたアレックスは驚いた。
「何だ、今取り込み中だ!」
『レーザーは雷を呼ぶぞ。使い方によってはブレードも同様だ。気をつけろ』
 それで、さっきは落雷が直撃したのか――得心している間に、たった今通過した茂みが爆発した。
 エネルギーの通過光は見えなかった。三連ロケット砲・CACUSのロケット弾か。
「く……撃つな、斬るなってことかよ! どう戦えってんだ!!」
 回避機動のテンポを変えて大きく跳び退る。
『今のは単なるアドバイスだ。それに、撃ったから即落雷するというわけでもない。どう戦うかは、お前の考えることだ――我々が到着するまで逃げ回るのも手だが』
「そいつは出来ねえ相談だ」
 乾いた唇を舐めずり、闇の彼方に見えない敵を凝視する。
 とはいえ、こうなってくると実際問題、戦力差を測るのもバカらしいほど不利だ。
 回避最優先で機動してはいるが、敵の予測の精度は人並み外れて精確だ。その攻撃を連続で食らわないのは、ひとえにアリーナの時と違って障害物が多く、お互い射線が取りにくいからに過ぎない。これがアリーナだったら、直撃になっている攻撃が何度もある。
 第一、こっちから攻撃できないのは、不利とか不利でないとか以前の問題だ。
(どうする? 大口は叩いたが、いつまでも躱しきれるわけではなし……。とはいえ、接近戦に持ち込むにしても……どうする? どうする?)
 落雷のダメージなどでAPは既に半分ほどになっている。
(くそ、ハンデあり過ぎだ――落雷? そうか、その手だ)
 アレックスはブースターペダルを踏み込んだ。機体を上昇させて樹冠部を抜けると、『ミラージュシルエット』の姿が見えた。
 アリーナの時と同じように空中に占位し、撃ち下ろす戦闘スタイルを変えていないのは、完全に舐められている証拠か。
 しかし、アレックスはふと気になった。
 この状況で空中に占位するとは、どういうつもりなのだろう。頭上では雷雲が不気味な唸りをあげているというのに、落雷が怖くないのか。
「――っと!」
 『ミラージュシルエット』の肩口が青く輝いた。慌てて機体を傾け、降下する。
 機体をかすめて走った光は、すぐ脇の巨木に当たり、それを木っ端微塵に吹き飛ばした。
 着地したアレックスは、ひとまず後退した。すると、後退の軌跡を追ってロケットが着弾する。
(なぜだ? なんで今ので落ちない? ……俺の時は直撃したくせに……。運まで俺の敵に回るってのか)
『……逃げ回るばかりか』
 死神の声――瞬間、衝撃が突き抜けた。爆発に伴う振動がコクピットを揺らす。
 大きく旋回しながら、APを確認する。
「――!?」
 予想に反して、さほど減っていない。Eグレネード・SKYLLAの直撃を受けたはずだが。
(……どういうことだ?)
 続けて、ロケット弾が飛んでくる。一発目二発目を躱し、三発目を食らった。
 APを確認――予想通りのダメージ。
(…………つまり、エネルギー兵器のダメージだけが下がってる……なぜ――雨かっ!!)
 水滴で光やエネルギーが擾乱され、おまけに熱を多少なりとも奪われればダメージも下がる。
 だとしたら。ある程度のダメージ覚悟で接近できる。
(考えろ、ここが勝負の分かれ目だ――奴を倒すには……この圧倒的不利を覆すには、どうしたらいい? 奴に落雷させる方法はないか!?)
 ふと、アレックスは思いついた。
「……コンピュータ、落雷の場所、時間を予測・特定できるか」
『不可能。能力・データ不足』
「ちっ。――ラルフ、聞こえるかっ!!」
『はーいはい。なんでしょう?』
「落雷の時間と位置を予測する方法はないのかっ!?」
『……ありませんよ、そんなもん』
 いかにも呆れたような声が苛つかせる。
 レーザー弾が飛んでくる。二、三発もらったが、やはりダメージは予想より低い。
「そっちのコンピュータでシュミレーションとかできないのかっ!」
『無理です。ピンポイントで墜ちる落雷の予測なんて、【管理者】でもできるかどうか。ああ、でも強制的に落雷させる方法ならありますけど』
「強制的に落雷?」
 ロケット弾、Eグレネード、レーザー弾が次々に降ってくる。まさに弾雨。盾にできる障害物が樹木だけでは、そうそう保たない。逃げ回るにも限度がある。早く何か突破口を見つけなければ――
「どうすればいい!?」
『雷とは要するに空中放電なので、ある程度エネルギーの蓄積がないと発生しないんです。具体的には空気の絶縁値を越えないと発生しない。だから、雷雲へエネルギーを供給してやれば、それが引き金になって放電が発生する可能性はあります。その際、発生したエネルギーはプラズマ化した空気の通路、放電路を通ってエネルギーの供給装置に落ちてくると予想できます』
「わかりやすく言え!」
『雷雲をエネルギー兵器で撃ってください! そうすれば、その機体に落ちます!』
「それじゃ意味ねーだろーが!! ……いや、待てよ…………それだ!」
『どっちなんですか』
 アレックスは再びブースターペダルを踏み込んだ。機体を上昇させる間も、『ミラージュシルエット』の攻撃は続く。だが逆に、その攻撃が位置を知らせてくれる。
 『ミラージュシルエット』の死角へと回り込みながら、上昇を続ける。
(奴の頭上を取れれば、奴は上へ向けて撃つはず――その前に、俺に落ちたら万事休すだが)
 しかし、樹冠部を越えても攻撃は上空から降ってくる。
「野郎……まだ上昇するってのかっ!!」
 射撃を考えないでいい分、空中での機動にエネルギーを回せる。弾雨を躱すため右に左に機体を揺らしながら上空を見上げれば、『ミラージュシルエット』はこちらに合わせて上昇していた。どうあっても制空権は渡したくないらしい。
「くそ……レーザーライフルにEグレネードを撃ちながらまだ上昇するとは、デタラメにもほどがあるぞ!!」
 白い機体を睨み上げながら、メインモニターの端に表示されるコンデンサ容量と機体の熱量を確認――限界だった。
 ペダルを放し、自由落下に移る。
「野郎……このまま終わるかよっ!!」
 両腕パージ。格納から取り出し、装備した軽量マシンガン・SYLPHをロックオンするなりダブルトリガーでぶっ放す。
 しかし、数発が当たっただけで、あとは躱された。
 こちらは落下、向こうは上昇。距離が離れれば、いかにマシンガンといえども集弾率は下がり、躱されやすくなってしまう。
「くそったれ……! 待ってろ、すぐそこまで戻って――」
 喚きながら撃ち下ろしのEグレネードをひらりと躱す――その時、雷刃が閃いた。
 メインモニターが白い光に埋め尽くされる。貫く衝撃。
 だが、アレックスは見た。モニターが白く輝く寸前、夜闇を背景に『ミラージュシルエット』がいかづちに撃たれる姿を。

 ******

 計測能力を超えるエネルギーが直撃し、『ミラージュシルエット』を地面に叩き落としたことをアザル=ゼールは理解した。
 APが三分の一ほど削り取られ、瞬間的に発生した超高温をラジエーターの緊急冷却で押さえ込む。だが、コンデンサ蓄積エネルギーを使い果たしてもなお、冷却には足らなかった。『強化人間』用に調整された機体であるこの『ミラージュシルエット』のAPが、熱的ダメージによって削られてゆく。凄まじい威力だった。
 何故こんなことになったのか。アザル=ゼールは直ちに状況の分析を行った。
 ・上空で突如発生した超電気的エネルギーは、『ペイル・ホース』の放ったマシンガンの弾を渡って伸びてきた。
 ・しかし、その前からこの周辺には同様の攻撃が無差別的に着弾していた。
 ・『ペイル・ホース』も戦闘の直前にこの攻撃を受けている。そして、今回も攻撃を受けている。
 ・『ペイル・ホース』は探索目標の施設と接触した可能性がある。
 ・探索目標の施設には、未知の技術が隠蔽されている可能性がある。
 ・上空は現在、常に電波擾乱状態。89.64%の確率で高レベルECMが使用されている可能性あり。
 ゆえに――
――敵AC搭載の未知の新型武装の可能性0.21%。
――未知の新型兵器の可能性93.12%。
 アザル=ゼールは判断した。
 上空に未知の敵が潜んでいる。まずそれを排除せねばならない。

 ******

 オーバーヒートを起こしているのか、動きの鈍い『ミラージュシルエット』にダブルトリガーでマシンガン・SYLPHを叩き込む。
 『ペイル・ホース』も無傷ではなかった。『ミラージュシルエット』を撃った雷撃は、『ペイル・ホース』にも枝を伸ばしてきた。ただ、直撃を受けたよりはダメージが低く、オーバーヒートもしなかったため、いくらかAPを削られただけで済んだ。
 今のうちに、『ミラージュシルエット』のAPを削れるだけ削っておかなければ――いや、あわよくばこのまま倒せれば。
 ふと気づいて、アレックスは右トリガーの兵装を垂直ミサイルに変えた。
 全弾ロックオンしてぶっ放す。
 最初の何発かはエクステンションの迎撃ミサイル・E07AM−MORAYに落とされたものの、気持ちいいほどがつんがつん当たる。
 やがて――『ミラージュシルエット』の機動に生気が戻った。
「くそ、倒しきれなかったか――とっと」
 牽制に放たれた三連ロケット弾とブレード光波を後退して躱す。
 『ミラージュシルエット』は再び舞い上がった。
『……【遺跡】で見つけた新兵器を解き放ったものの、扱いきれないか。やはりクズはクズ。まずはそれから潰す』
「はぁ?」
 『ミラージュシルエット』はオーバードブーストを噴かして、視界から消えた。
「野郎、何を……あ、逃げるつもりかっ!?」
 アレックスもブースターペダルを踏み込んで森の上空へ抜ける。
 『ミラージュシルエット』は漆黒の空を背景に、上空へEグレネード・SKYLLAの砲口を向けていた。
「何だぁ?」
 青い光芒が雷雲へ向けて放たれる。一発では終わらない。二発、三発……。
 コンデンサ内エネルギーが底をつき、アレックスは一旦着地した。
 頭上で雷雲がいっそう激しく唸っている。
「あいつ……何をしてるんだ!? あんなことをすれば――」
 言い終わらないうちに、天と地が光の柱でつながった。その中央に『ミラージュシルエット』の姿があった。
 翼を奪われた堕天使のように、自由落下で落ちてくる。
「……そら見ろ、いわんこっちゃない。手間は省けるが……」
 アレックスの前に落ちてきた『ミラージュシルエット』は、しかし、再びEグレネード・SKYLLAの砲口を上空に向けた。
「おいおい」
 妄執。その姿はどう見ても正気を失っている。
 アレックスの背筋を、冷たい汗が流れ落ちてゆく。
 再び青いビームが放たれ――その行為への天罰のように、直ちに稲妻が落ちた。
『…………排除……すル…………ミラーじュの……敵…………ハイ……ジょ……』
 全身から火花を噴き、脚部関節がガクガクと揺れている。
 続け様に落ちる雷撃。Eグレネード・SKYLLAの誘導無しに――しかも、ブーストダッシュで躱そうとする『ミラージュシルエット』を、稲妻が追ったようにアレックスには見えた。
 もはや声もなく擱坐する『ミラージュシルエット』。
 さらに稲妻が落ちる。
 火花が、爆発に変わった。パーツ各所から火を噴き、バラバラになってゆく。
 アレックスはその姿を見つめ続けていた。
 勝利の高揚も何もなく、目の前で起きたことに何らかの意味を見つけようとするように、ただ呆然と見つめ続けていた。


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