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6 Uroboros  (2)

 破壊孔を潜り抜けた刹那、右側に敵機の反応が現われた。
 超至近距離。
(やはりそう来たかっ!!)
 『九剣絶刀』の両肩のマルチブースター・REMORAが火を噴いた――斜め前への急加速。
 虚空を灼くブレードの鈍い音が重なり、網膜モニター上の敵機表示が背後に飛んでゆく。
 網膜モニター上の3Dマップに表示されている鉄柱の裏へと回り込む。
――デュアルブレードによる攻撃。回避。
 ラシュタルの視界には、広大なガレージが映っていた。それに重ねてレーダー画像……ガレージ内に二体の敵機反応――
「なにっ!?」
 ラシュタルは焦った。二機の敵が、瞬時に十数機に増えていた。
「デコイか!?」
――デコイ射出の形跡なし。危険。彼我の戦力差は戦術レベルでのリカバリーを超越。包囲されています。撤退を推奨。
 同時に、ロックオン警告がモニター上で点滅する。
「バカな、どういうことだっ!?」
 ラシュタルは機体に回避機動を取らせながら、周囲に目を走らせた。

 ******

「躱されたっ!? くっ、読まれていたというの――え!?」
 追撃のため、旋回していた【稲妻】のレーダーに、十数機の機影が増えた。
「デコイ!?」

 ******

 驚いたのはアレックスも同様だった。
 飛び込んできた白い機体をロックオンした瞬間、レーダー上の敵機表示が十数機に増えた。
「くわっ、何だ!? ハックされたのか!?」
『――違いますよ。カスタムAC全部、火を入れました。動きはしませんけど。まだ。すぐに敵味方判別を味方に変更しましたから、影響ないはずです。向こうは敵に囲まれたと思ってるでしょう』
 ラルフの言葉どおり、すぐに敵機表示は一機に戻った。
「オッケー、となると今がチャンスだなっ!!」
 勢い込んで飛び出そうとする『ペイル・ホース』。その瞬間、ラルフが止めた。
『ダメです。アレックスはエク……おほん、【稲妻】さんの援護を』
「ラルフっ!! てめえまで俺を――」
 恐慌状態に陥った魚のようにガレージ内を駆け巡る白い四脚ACをロックオンしつつ、無念の歯噛みをする。
 【稲妻】の『ラファール』は、エクステンションのステルスを展開して四脚ACを追っている。
『その武装で【稲妻】さん並の至近戦をするつもりですか。っていうか、できるんですか?』
「う……」
『至近戦は後でも出来ます。今は――』
「畜生、わかったよ!!」
 アレックスは慎重に狙いを定めた。

 ******

「周りのこいつらは……なんだ!? ちぃ……コンピュータ! 0.5秒以上移動行動のない反応は、ひとまずレーダーから削除しろ!!」
 レーダー上の表示から、次々と動かないACが姿を消す。
 残ったのは、デュアルブレードの軽二の迷彩ACと薄青い中二AC。
 前者はしつこく背後を取って切り刻もうとしてくるが、後者は後方からの狙撃に徹するようだ。
「ぬるい」
 飛んできたエネルギー弾を造作もなく躱す。
 3Dマップで位置が割れている以上、彼我の位置関係から狙撃方向はわかるし、射撃のタイミングも鉄骨などの障害物を遮蔽版代わりに使えば、ある程度読める。そもそも、あの機体のレイヴンはさほどの実力とは思えない。目の前の迷彩ACの方が遥かに強い。
 しかし、コンピュータの判断は違った。
――敵はデュアルブレードとロケット砲による近接攻撃特化機体。距離を保ち、遠距離からの狙撃が有効。
――援護機体はエネルギーライフルとブレード、ミサイルによる汎用機体。速度による撹乱、集中攻撃が有効。
「こいつから離れて、向こうにくっつけ、ということか」
 しつこく背後を取ろうと回り込んでくる迷彩ACを牽制しつつ、ラシュタルはにんまり笑った。
「逆だ、コンピュータ」
 鉄骨の裏へ回り込み、そのまま旋回せずに後進する。
 追ってきた迷彩ACは鉄柱を回り込み、『九剣絶刀』の正面に出た。
 慌ててブレードを振りかぶる――ロックオンの方が早い。
「こういうときは攻撃力の高い方を――なにっ!?」
 迷彩ACの両肩のエクステンション、見慣れぬ三角定規のような装置が紫の光を撒き散らした瞬間、ロックオンゲージとレーダー反応が消えた。  トリガーを絞ると同時に鈍い衝撃が機体をえぐる。
――ブレードによる斬撃命中。損傷軽微。
「……く、こいつは――あの形、この性能……幻のステルス装置、CROWかっ!!」

 ******

 斬撃と引き換えに、【稲妻】も痛手を負った。
 至近距離でのショットガン直撃は凄まじい威力だった。一瞬でAPの一割以上が持っていかれた。さらに左腕のハンドガンを食らい、その被弾反動でブレードの二撃目がキャンセルされた。
「……ちぃ、アレックスの時といい、なんでこう発動が遅れるのよ。…………やっぱり古いからかしら……」
 後退しながら鉄骨の間をスラロームしてゆく四脚ACに追いすがる。
 あえてブレードによる斬撃を狙わず、ロケット弾で牽制してゆくと、再び鉄骨の背後に回りこんだ。
「そうそう何度も――」
 【稲妻】は真っ直ぐ鉄骨へ突進しながら、デュアルブレードを振るった。

 ******

「――同じ手は使わんっ!!」
 ラシュタルは鉄骨を回りこんだところで足を止め、進行方向へ旋回した。
 迷彩ACの乗り手はかなりの腕の持ち主だ。同じ轍を踏まぬよう、逆側から回り込んでくる――そこへのカウンター。
 肩のEキャノン・WB15L−GERYON2を伸長した瞬間、横から衝撃が突き抜け、機体がスライドした。
「なにっ!?」
――ブレードによる斬撃、二度命中。
 右側には鉄骨が障害物としてあったはずだ。
「鉄骨越しに……斬りやがったのかっ!!」
 慌てて横っ飛びに鉄骨から離れる。その瞬間、さらに追い討ちを食らった。
――ロケット弾による攻撃命中。
「こ、こいつ……」
 APは八割を切っている――ラシュタルの口元に、笑みが浮かぶ。
「――まさか、これほどとは……嬉しいぞ、レイヴン!!」
 次々襲い来るロケット弾と時折放たれるエネルギー弾をかいくぐり、迷彩ACに接近してゆく。
 お互いにお互いを正面に捉えようと、ガレージの中でどちらが鬼だかわからぬ追いかけっこが展開されてゆく。

 ******

「おい、一発も当たりゃしねーぞ、どういうことだっ!!」
 『ペイル・ホース』のコクピットで、アレックスは喚いていた。
 眼前では、まるでアレックスの存在を忘れたかのような激闘が繰り広げられている。
『私に言わないで下さいよっ! 自分の腕の問題でしょ!!』
「オートロックオンの機体で腕もクソもあるかっ!!」
『ありますよ! ロックオンするのは機械でも、トリガーを引くのはあなたなんですから! タイミングの問題です!』
「……くそう。やっぱりここは、両腕パージしてダブルマシンガンで……」
『確実に【稲妻】さんを巻き込みますよ。下手すると撃墜しちゃうかも』
「じゃあ、俺にどうしろってんだ!!」
『地道に狙ってください』
 アレックスは黙って照準作業に戻った。
 しばらくして、一発も撃たないうちからぼそりと漏らす。
「……賭けてもいいが、【稲妻】に当てちまうぞ。自信がある」
 軽量機と機動戦機の戦闘だけあって、二機の機動はじっくり狙うことを許さない。『ラファール』はオーバードブーストの瞬間発動、『九剣絶刀』はマルチブースター・REMORA発動により、およそ常人では目で追うのも難しいような機動を繰り返している。少なくとも、安全圏からの狙撃は不可能に思える。
『賭けなくていいですから、当てないで。彼女がやられたら、多分私達、お終いですから』
「てめー、誰のオペレーターだ。もっとまともに働きやがれ!! なんか知恵出せ、知恵!!」
『戦闘のプロはあなたの方でしょう!! プライドってもんはないんですかっ!!』
「この仕事受けてから、サンドバッグみたいに殴られまくってもうボロボロだよ!!」
『は、そりゃまた安くて軽くてヤワいプライドですねぇ〜。……とにかく、私に聞かないで下さい。私だって作業があるんですから』
 回線が落ちた。
「むううううう……」
 アレックスはどうにもならないジレンマの中で、ただひたすら唸り続けた。

 ******

 【稲妻】は焦っていた。
 腕はほぼ互角。だが、先読みの能力は遥かに相手が上だ。その上、武器との相性がよくない。
 ショットガンは広範囲に弾をばら撒くため、ギリギリで躱したつもりでも何発か食らう。装甲が厚ければそれでも気にすることはないのだろうが、この機体は薄い。徐々にAPが削られている。
 逆に、こちらの攻撃は当たらない。向こうは退き撃ちを主戦術にしているので、ブレードの範囲にはまず入ってこない。その上、ロケット砲もやすやすと躱す。瞬間オーバードブーストで距離を詰め、空中ブレードのホーミング機能をフルに利用してみても、紙一重で躱してみせる。
「これだから『強化人間』って奴は……!」
 エネルギーショットガン・WYVERN2を使いながら、ブースターを噴かしっぱなしで高速後退されると、アレックスならずとも愚痴の一つも言いたくなる。
 さらに後衛に配したアレックスが狙撃のタイミングを取れずにいる。本来なら自分が相手を追い込んで、そのチャンスを作ってやらねばならないのに、それが出来ない。ことごとくこちらの動きを先読みし、牽制してくる。
「くぅ……こいつ…………ただの『強化人間』じゃない」
 CROWを発動し、敵の攻撃を躱しつつブレードを振るうものの、敵の機動は巧妙を極めている。捉えたつもりが、肩のマルチブースター・REMORAによって思わぬ方向へ緊急回避されたり、左腕のハンドガン・MIST2で動きを止められてしまう。
 その状況でEショットガン・WYVERN2の直撃を食らわないのは、CROWのステルス機能が働き、ロックオンできないために射撃補正も働いていないためにすぎない。
 つまり、CROWが切れたときが、勝負。
「さぁて、あと2回……どうしようか」
 額に嫌な汗を感じつつ、【稲妻】はぼそりと呟いた。

 ******

「こいつ、何者だ……ただのレイヴンとは思えない」
 ラシュタルは残弾表示を確認しながら、思わず漏らした。
 多少食らっているとはいえ、見事という他ない蝶のような回避機動と無駄のない追尾機動。まともに正面に捉えられない。そして時折見せる乾坤一擲の攻撃。紙一重で躱しているとはいえ、凄まじい緊張を強いられる。さらには後方で木偶の棒と化しているACにさえ、攻撃機会を与えようとするしたたかさ。
 機動戦が身上の四脚でなければ――否、強化人間でなければ、勝ち目はなかっただろう。
 何より、一年前、磁気嵐の中でやりあった謎のACを髣髴とさせる重圧感と緊張感が、ラシュタルを腹の底から笑いたい気分にさせてくれる。
「しかしこいつ、CROWにデュアルブレード、ロケット装備とは……まるで昔のエク――ん?」
 ふと、表情が翳った。お互いの切り返しの瞬間――迷彩ACと交錯し、ブレードを振るう姿が一瞬画面をよぎった時だった。
 すぐに網膜モニターの脇に一回り小さなウィンドウを開き、最前の映像を拡大表示する。さらにその映像に表示されているACの左肩を拡大表示。  ラシュタルの目を惹きつけたエンブレム――熟れた柿色の多角形を背景に、光り輝く紡錘形に絡まるリボン。
「こいつは……!!」
 検索するまでもない。
 見たのは遥か昔――今は亡き父に連れられ、生まれて初めて見たアリーナの試合。そこで勝利を挙げたACの左肩、そしてアリーナ最奥部の電光表示板に映っていたエンブレム。あのレイヴンの勇姿は今も脳裏に焼きついている。
 だが、ありえない。あれは二十年近く前の出来事だ――では、誰が。あのエンブレムを。
 ショックを受けながらも精確な機動を崩さず、混乱する頭を必死で落ち着けようとする。
 その時、人工頭脳がインフォメーションを流してきた。
――敵戦術解析。目的は当方攻撃手段の喪失と推測。確度37.78%。
――背面よりの攻撃に固執と推測。確度26.51%。
――回避優先と推測。確度11.26%。
「……攻撃手段の喪失ってのはなんだ」
 エンブレムのことを頭から払い、人工頭脳の助言に意志を集中させる。
――弾薬の非効率的強制使用。
「要するに無駄弾撃たせようってことだな――なるほど、いい読みだが……あれはそんなレベルのレイヴンじゃない」
 機動の先読みはできるが、戦術の先読みが難しい。
「そうとも、あれが本当にあのレイヴンなら……その実力はこんなもんじゃない……――さあ、どうする?」
 相手に対してか、自分に対してか、ラシュタル自身もわからない呟きだった。

 ******

「…………………………」
 アレックスはじっとメインモニターを睨んでいた。
 何をすべきか。
 何かヒントはないか。
 何かきっかけはないか。
 ぴくりぴくりと痙攣のように震える腕。
 それでも操縦桿は動かさず、ただじっと戦況を見つめ続けた。

 ******

 突如、【稲妻】はステップを乱した。
 『九剣絶刀』の背後に回り込む機動を諦め、同時に同じ方向へ跳んだ。瞬間オーバードブースト発動。
 結果、二機のACは初めて相対した――CROW発動。
「……くらえっ!!」
 振るったブレードの先から、紅の刃が飛ぶ。

 ******

 唐突に飛んだブレード光波に、しかしラシュタルは慌てなかった。
「持っていけ! だが――」
 人工頭脳からの警告を無視して、ハンドガン・MIST2をぶっ放し、同時にマルチブースター・REMORAを噴かす。
 三日月形の光波が機体に衝撃を加えた時、右背部のEキャノン・GERYON2の射線上に、迷彩ACは立ち尽くしていた。
「これは躱せるかっ!?」
 Eキャノン・GERYON2、ハンドガン・MIST2のダブルトリガーを放つ。

 ******

 ハンドガン・MIST2を食らって一瞬棒立ちになったものの、メインモニター真ん中に『九剣絶刀』はいた。Eキャノン・GERYON2を伸長している。
「望むところっ!!」
 照準の必要もない。ロケットを放ち、即座にブレードを振るう。

 ******

 競り勝ったのは【稲妻】。
 ロケット弾が『九剣絶刀』の姿勢を崩し、Eキャノン・GERYON2とハンドガン・MIST2の照準を外させた。次いでデュアルブレードの二段斬りがまともに入る。
 真後ろへ吹っ飛ばされた『九剣絶刀』に、さらなるロケット弾の追い討ち、そしてブレード光波――そこで迷彩ACは固まった。
 読み勝ったのはラシュタル。
 わざと真正面からブレードを受け、マルチブースター・REMORAでは動けない真後ろへ下がり、絶妙の間合いを取った。追い討ちも甘んじて受けた。
 それはCROWを使われる前にハンドガン・MIST2の被弾反動によって硬直させるため。そこへ、Eキャノン・GERYON2をまともに食らわせる。
 青い爆光を受け、『ラファール』はフィギュアか何かのように軽々と吹っ飛ばされた。
 しかし、なおも硬直は解けない。ハンドガン・MIST2の連続被弾により、無様なダンスを繰り返す『ラファール』。それは、ラシュタル相手には致命的な隙だった。

 ******

――AP50%。機体ダメージが増大しています。
 コンピュータの警告を、ラシュタルは快く聞いていた。
 正面で少しダッシュしては硬直する、無様な機動を繰り返す迷彩AC。
 時折飛んでくるロケットも、この連続硬直の中ではまともに当たりはしない。
 二度、三度とEキャノン・GERYON2の青い光弾を食らい、全身から火花が飛び始める。
「……軽量は、脆いな」
 ふっと笑ったラシュタルは、最期の一撃を見舞うべく、トリガーに指をかけた――

 ******

「まだよ、まだっ!! 『ラファール』、あと一撃だけ保って!!」
 酷い振動に揺れるコクピット。【稲妻】はオーバードブーストを発動した――しかし、ハンドガン・MIST2の被弾反動によって発動直後にキャンセルされてしまう。
「く……せめて鉄柱の陰に――え!?」
 絶望的に遠く見える鉄柱。その映像を遮って、青い影がよぎった。

 ******

『おおおおおおおおおおおおおっっっ!!!!!』
 アレックスの技術もへったくれもない、実に原始的な攻撃法と雄叫びはしかし、完全にラシュタルの意表をついた。
 『ペイル・ホース』の体当たりをまともに受けた『九剣絶刀』は、そのまま一体となってガレージを横断し、壁に叩きつけられた。APにダメージはないものの、様々な衝撃がラシュタルを揺さぶる。
「な、何だっ、こいつは!?」
 接近を前もって感知していながら、まるで金縛りにあったかのように動けなかった。
 いや、ただの射撃や斬撃なら充分躱せただろう。事実、そのつもりだった。だが、よもや駆け引きも何もなくACでタックルを仕掛けてくるとは、予想できなかった。あまりに幼稚であまりに無謀、普通ならありえない戦法だった。
「くそ、離れろっ!!」
 Eキャノン・GERYON2の筒先を眼前のACに向ける――近すぎて照準が合わない。
 ならばとEショットガン・WYVERN2に切り替え、至近距離でぶっ放した。
 わずかに後退る敵機。中量二脚はさすがに軽量と同じように吹っ飛んではくれない。
 だが、その隙間で充分だった――だと思った。
 激しい衝撃が走り、APがごっそり下がる。
 機体の左側に迷彩ACが張り付き、ブレードを振るっていた。さらにこの密着状態でロケット弾を放たれては、いかにラシュタルと『九剣絶刀』といえども、躱しようがない。
 ラシュタルは初めて自分の置かれた危機的状況を認識した。
 たった一度のタックルで、こうも簡単に状況をひっくり返されるとは。
「――俺もまだまだかっ!!」
 マルチブースター・REMORAを噴かして右前方へ脱出しつつ、温存しておいたイクシードオービットを発動する。
 背部から浮き上がったユニットが至近にいた迷彩ACを捕捉し、連射を始めた。同時にEキャノン・GERYON2とハンドガン・MIST2のダブルトリガーで青いACを撃つ。
 すぐに迷彩ACが火を噴いて擱坐した。
「……残るは貴様だっ!!」
 青いACはレーザーライフル・SHADE2を撃ちながら、こちらのロックオンサイト外へと回り込もうとしている。しかし、最前まで戦っていた迷彩ACに比べると、ノロノロとしか表現しようのない速度で、思わず口元が緩む。
「――これで、終わりだっ!!」
 トリガーにかけた指に力がこもる――その刹那。
 ラシュタルは呼吸を忘れた。
 否。身体が呼吸を拒否した。
 背筋を走る、電撃のような悪寒――妖刀で脊椎を縦に割られた錯覚。
 殺気と呼ぶにはあまりに鋭く、あまりに衝撃的な――決して人工頭脳にはわからない感覚。
 咄嗟にマルチブースター・REMORAを発動させていた。
 今度は、自分が薄青いACにタックルする形となった。
 たった今、自分がいた空間を薄青い光弾が薙ぐ。壁面で爆発飛散する青い燐光――武器検索するまでもない。
「……KARASAWAかっ!!」
 ブレードを振るう青いACを軽くいなし、射線をたどる。
 それは、破壊孔の前に傲然と立ちはだかっていた。
 青と黒のツートンカラーの機体――【はぐれ】か。……否。
 記憶の淵で常に光り輝くそのカラーリング、機体構成……そして、左肩に燦然と掲げられたエンブレム。
 ラシュタルは――吼えた。
「き……貴様あああああああああああぁぁぁぁぁぁっっっっ!!」
 スピーカーを割りかねない音量の怒号に、そしてその異常な気迫に、その場にいた者全てが動きを止めていた。
 怒りのあまり、荒げた息がそのままスピーカーに流れる。
「……ライノ少尉を撃破したことも……我々の邪魔をすることも……これほど、怒らせはしない。……貴様はやってはいけないことをやった」
 静まり返ったガレージ。青いACの立つ破壊孔の外から、しとしとと雨の降る音が聞こえてくる。
「その機体……そのカラー……そしてそのエンブレム……。それは……それは貴様ごときが使っていいものではないっ!!! それを使っていいのは、ただ一人、伝説の、あのレイヴンだけだっっっ!!!」


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